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<title>スポーツ界の伝説から成功マインドを学ぶ</title>
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<description>スポーツ界、野球界において歴史に名を刻んだ伝説の男たちの成功マインドを紹介します。</description>
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<title>王貞治氏が実行した畳を何枚もボロボロにする魂の努力</title>
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<![CDATA[ 王貞治氏は、そのバッティング、つまり一本足打法を会得するために、毎日実際の試合、練習が終わったあとさらに、当時のバッティングコーチであった荒川氏と打撃トレーニングではなく、畳の上で刀を振るトレーニングをしていました。<br><br>そのとき下半身に掛かるあまりの強力な力に、畳が何枚もボロボロになり、足からは大量に血が吹き出していた、と言います。<br><br>荒川氏は彼の努力について、<br>「普通の人では王の半分も努力出来ない」<br>と当時を振り返っていました。<br>それだけのことを言い切らせてしまう彼の努力とは、やはり見ててもとてつもないものであったのでしょう。<br><br>彼を見学に行ったチームメイトやコーチたちは、その練習風景を見ていて気がついたら正座をしていたそうです。<br>最初はあぐらをかいて余裕を見せ付けていたそうですが、そのあまりの迫力に、圧倒されてしまったそうです。<br><br>当時彼は、非常に才能は感じるが荒削りなバッターで、そのバッティングはホームランどころか三振ばかりで、「三振王」の王であると揶揄されていたようです。<br>それが４年ほど続いたため、ファンももうそういう選手であるという見方をし始めていました。<br><br>これを言われて黙っている王氏ではありませんでした。<br>何とかしないといけないと、彼は死ぬ気の努力を決行する覚悟を決めるのです。<br><br>結果下半身の尋常でない粘りを身に付け、片足立ちしても全く崩れることのない、そして片足立ちした状態から最大限のヘッドスピードを可能にするバッティングの形を完成させました。<br><br><br>後に、王氏はこんな心に響く言葉を残しました。<br><br><font size="3"><strong><em>「努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのであれば、それはまだ、努力と呼べない」<font color="#FF0000"></font></em></strong></font><strong></strong>
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<link>https://ameblo.jp/kenkouosuru/entry-11361670200.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Sep 2012 00:03:20 +0900</pubDate>
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<title>考えが変われば、意識が変わる　について</title>
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<![CDATA[ 野村克也氏の言葉です。<br><br><br>考えが変われば意識が変わる。<br>意識が変われば行動が変わる。<br>行動が変われば習慣が変わる。<br>習慣が変われば人格が変わる。<br>人格が変われば運命が変わる。<br>運命が変われば人生が変わる。<br><br><br>彼は、捕手としての役割、バッティングに関することのみならず、その他のあらゆる野球に携わることについて相当な勉強をし、研究をし、努力をした人物です。<br><br><br>素晴らしい信条で、僕もまさにそのとおりだ、と思います。<br>しかしながら、不十分な部分がある、と言わざるを得ないところがあるのも事実です。<br><br>それは、間違っているところがある、と言っているのではなく、これを信条とするだけではあまりにも抽象的過ぎるから変わり方が良くわからない人がたくさんいるだろう、という意味です。<br><br><br>というのは、考えが変われば意識が変わるから入っていますが、「考えが変わる」の考えとは自分が理屈上で正しいと思う、自分が信じたい内容です。<br><br>しかし人間の潜在意識は、それをなかなか許容しません。<br>頭ではそれが筋が通っていて正しいと考えていても、どうもなかなか素直になれない面があります。<br><br><br>ちょっとその考え方を心に留めておくことをやめると、もう何で正しいのかを忘れて前の考え方に戻っています。<br>それどころか、その新しい考え方を知らず知らずにアレンジし、自分の従来の考え方に似た、自分にとって都合のいい考え方に変えて捉えてしまっている可能性すらあります。<br><br><br>脳は、極端に変化を嫌うからです。<br>それは、脳の習慣性によるものです。<br><br>考え方も、意識も、行動も全て習慣があるからなんです。<br>つまり、考えを変えることから本当の意味で意識を変える（つまり潜在意識レベルで）までに大きな壁がある、ということです。<br><br>意識が変わって行動が変わるまでにも当然壁はありますが、考えから意識を変えるときの壁ほどではありません。<br><br><br>ということは、考えを変えるから意識を変えるまでに、一体何が必要なのか、この部分を理解しないことには、結局行動を変える以降に繋がっていかない、となります。
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<link>https://ameblo.jp/kenkouosuru/entry-11359210636.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Sep 2012 23:40:31 +0900</pubDate>
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<title>習慣の影響力</title>
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<![CDATA[ 根拠のないことを言う人が多過ぎる、それに対して無条件で信じている人が多過ぎる、と思います。<br><br>例えば、<br>「性格は直らない」<br>あなたは、自分が出来る全てのことをやってみたのですか？<br>なぜそうだと言えるのですか？<br>人が言ったからじゃないですか？<br><br>・・・・・・もしそんなこと言ってなければ、すいません。<br>でも、これは本当におかしな話です。<br><br>偉そうに言って申し訳ないですが、こうやって言う人ほど、努力をしない人で、自分の思い込みで生きている人が多いことは間違いないです。<br><br>性格なんて、言ってみれば習慣みたいなもんです。<br><br>なかなか感謝の言葉が言えない人でも、<br>普段から人に対して反射的に<br>「ありがとう」<br>と言う癖を付けられれば、<br><br>何かあったら「ありがとう」<br>とついつい口にしてしまう気持ちいい人間になるんです。<br>そうすると、周りの人はあの人の性格が変わった、すごくイイ奴になった、となるんです。<br><br>つまり、僕からしてみたら、<br>「何で直らないと言い切って、自信を持っているの？」<br>と言った感じです。<br><br>これも、思い込みという習慣から来てるものではないですか、ということです。<br>行動は目に見えますけど、思いは目に見えないから、わかり辛いですけど、どちらも習慣で成り立っていることは間違いありません。<br><br>野球界はおろか、日本スポーツ界の偉人中の偉人、イチロー選手や王氏は本当にバッティングというものに対して妥協を許さない、凄まじい強固な意思を兼ね備えた性格だと思います。<br>でも、自分たちだってそのような習慣が付けば、今からだってなれる可能性はあるんじゃないの？<br>そりゃ簡単じゃないかも知れないけど。<br><br><br>と、思います。
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<link>https://ameblo.jp/kenkouosuru/entry-11358409390.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Sep 2012 23:44:33 +0900</pubDate>
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<title>バッティングのセンスは、生まれ持ってのものではない</title>
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<![CDATA[ バッティングについて、大事なことをお話しします。<br>そもそもバッティングは、生まれ持ってのセンスだとか言う人たちがいますが、そういう人たちの言葉に耳を傾けてはいけません。<br><br>そのような人たちは、何を根拠にバッティングがセンスだなんて言っているのでしょうか。<br>ただ一方で、どうしても生まれつきで証明されているものはあります。<br><br>それは、体格です。<br>これは見れば解ります。<br>これは１００％生まれつきで、どうしようもないものかも知れません。<br><br>牛乳を飲めば少しは違ってくるかも知れませんが、とはいえあまり飲まなかった場合とよく飲んだ場合とで最終的に身長が１０cmくらいの開きになるとは思えません。<br><br>ところが、センスについてはどうでしょうか。<br>これは目に見えません。<br>何を持ってセンスなのか、その定義すら曖昧です。<br>そもそもバッティングセンスなんていうのは、言い訳なんです。<br>センスと言えば、取り敢えず誰かが上手くて誰かが下手な理由になるわけですから。<br>ある意味、非常に無責任な言葉であるとも言えます。<br><br>僕はというと、バッティングセンスというものについて、自分の意志で得られもするし失いもするものであると思っています。<br><br>自分に自信がなければバッティングセンスは失うし、自分に自信があればバッティングセンスは得られると思っています。<br><br>そう、自分の才能を信じる気持ちが、ここで非常に重要なポイントになってくるということを、僕は信じて疑いません。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kenkouosuru/entry-11357575957.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Sep 2012 00:17:13 +0900</pubDate>
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<title>野球の頂点に登り詰めた方々から学ぶ、成功の法則</title>
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<![CDATA[ <p>あらゆるジャンルにおいて、勝者と敗者が存在します。</p><br><p>これはまぎれもなく、事実です。</p><p>ただ問題なのは、それを自分自身がどのように捉えることが出来るかであって、実際の勝ち負けは二の次、なんです。</p><br><p>しかしながら、ここがポイントなんですが、</p><br><p><strong><font color="#000000" size="2"><em>「負けてもいい」では、勝てない</em></font></strong></p><p><strong><u><font size="2"><br></font></u></strong></p><p>んです。</p><p>だからまた、気持ちがややこしいことになってくる訳、なんですね。</p><br><p>勝者は、勝つことだけをイメージしています。</p><p>どうしたら相手に勝てるか、どうしたら相手を負かせられるか。</p><br><p>それをいろんな角度から、考えているんです。</p><br><p>しかし本当の実力者は、当然人の失敗を望むようなことはしないですし、そのための行動も取りません。</p><br><p>で、さらにここが衝撃的なほどポイントで、一番抑えておかないといけないところなんですが、本当の成功者にとって、敵、戦う相手は</p><br><p><font color="#000000" size="2"><strong><em>自分自身であり、他人ではない。</em></strong></font></p><p><strong><em><font color="#ff0000" size="2"><br></font></em></strong></p><p>これは、紛れもない事実です。</p><br><p>通算ホームラン数の世界記録を持っている王、年間安打数の世界記録を持っているイチロー選手、世界でもその名を知らしめた日本プロ野球界の誇りであり、かけがえの無い宝である両氏にとって、敵は己でしかなく、その最強の敵である己自身に対しどこまで向かって行くことが出来るかが、全てである――</p><br><p>旨のことを、言葉として残しています。</p><br><p>彼らは野球（両者ともバッティングのみに目が行きがちだが、守備、走塁においてもその存在感を示していた）ですが、野球であろうとなんであろうと、成功者のマインドは同じです。</p><br><p>それを証明すべく、様々なジャンルの方々の語録を紹介しながら、成功の哲学について語っていきます。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kenkouosuru/entry-11350494351.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Sep 2012 20:28:10 +0900</pubDate>
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