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<title>kenshumomのブログ</title>
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<title>鳥をやっつけてくるくるした後の陶酔</title>
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<![CDATA[ <div style="WIDTH: 325px"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141228/21/beh0914/06/cd/p/o0320024013172712193.png"><img border="0" alt="ピグライフ スナップショット" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141228/21/beh0914/06/cd/p/o0320024013172712193.png"></a><div style="TEXT-ALIGN: right"><a href="http://life.pigg.ameba.jp/user/beh0914/" target="_blank">→ピグライフのお庭へ</a></div></div><br><div>本文はここから</div>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11970209463.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Dec 2014 21:56:25 +0900</pubDate>
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<title>天パのあかちゃん</title>
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<![CDATA[ <p>　この前の日曜日、天然パーマの赤ちゃんを見た。</p><p>　</p><p>　買いものに行った時、エレベーターに親子で乗って来た。その子はまるで外国の赤ちゃんのようにほんとにくるんくるんの髪だった。</p><br><p>　お父さんらしき人が、その子を「ばー！」っと言っては笑わせていた。ほほえましい光景だったので、にっこりしながらその子を見ていると、同じエレベーターに乗って来たおばあさんが、</p><br><p>　「これはすごい髪の毛じゃねえ。くるんくるんじゃ。パーマをかけたみたいじゃ。」</p><br><p>と言った。わたしも、「たしかにそうだな」と思ったので、笑ってうなづいた。するとおばあさんは、</p><br><p>　「パーマかけたん？」</p><br><p>とわたしに聞いてきた。</p><br><p>　「…こ、これはわたしの赤ちゃんではありません。」</p><br><p>と答えておいた。</p><br><p>「わたしの赤ちゃんは、おばあさんの目の前にぬぼーっと立っている、その無精ひげの男ですのよ。」</p><br><p>と心の中でつぶやいた。</p>
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<pubDate>Mon, 15 Jul 2013 16:34:39 +0900</pubDate>
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<title>melting</title>
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<![CDATA[ <p>Melting, melting, I'm melting.</p><p>Help me, please, before I disappear.</p>
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<pubDate>Wed, 19 Jun 2013 13:59:37 +0900</pubDate>
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<title>ロフトの落書き</title>
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<![CDATA[ <p>　３日前、渋谷のロフトに遊びに行った時の話である。</p><br><br><p>　わたしたち一家は、５人そろってロフトに行ってきた。ステーショナリー大好きな私は、子供たちを好きな所へ行かせて、自分はシールやスタンプなどを見て回り、買い物をした。</p><br><br><p>　そのあとまた子どもたちと合流したときのことだ。ペン売り場の横に、ペンの書き味をためすコーナーが設けられていた。比較的大きな紙が用意されている。そこに書かれた落書きをふと見ると、普通の落書きとは一味ちがうものがあった。</p><br><br><p>　そのコーナーの上に掲示されていた、ペンを持ってにっこりとする女の人の似顔絵を描いたものらしかった。</p><br><p>「うまいねえ、これ！！」</p><br><p>わたしは思わず大きな声で言った。すると二男が</p><br><p>「うまい？」</p><br><p>とにやにやしている。</p><br><p>「それ、うまいと思う？？？」</p><br><p>その反応から、その落書きが三男が描いたものであるとわかった。写真を載せておくことにする。</p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130214/20/kenshumom/c1/d4/j/o0800106712419529233.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130214/20/kenshumom/c1/d4/j/t02200293_0800106712419529233.jpg" alt="kenshumomのブログ-落書き2"></a><br><br><br>拡大図<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130214/20/kenshumom/de/f8/j/o0800060012419529232.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130214/20/kenshumom/de/f8/j/t02200165_0800060012419529232.jpg" alt="kenshumomのブログ-落書き1"></a>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11470580379.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Feb 2013 19:41:19 +0900</pubDate>
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<title>友歩道</title>
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<![CDATA[ <p>　わたしが通勤する道の途中に、道路工事中の所がある。そこでは道が狭くなっているため、歩行者や自転車の人のために、横に小さな道をつくってある。それがわたはずっとずっと気になっていた。</p><br><p>　気になっていたのは、歩道自体ではない。そこに貼られた掲示物である。無造作に白い紙に書かれたそれには、「友歩道」、とある。</p><br><p>「友歩道？」</p><br><p>わたしは思った。</p><br><p>「はは、遊歩道のまちがいね。」</p><br><p>わたしはこの頃のことばの乱れを憂いた。漢字のまちがいが多すぎる。日本語全体が乱れている。なんと嘆かわしいことだ。</p><br><p>　しかし３日前、わたしはその白い紙が、風にはたはたとひらめいているのを見た。よく見ると、「友歩道」と書かれたその紙は、左上の部分、つまり友という漢字の左の方が折れて裏返っている。その時わたしは、</p><br><p>「あ！！！！！」</p><br><p>と思った。その紙に書いてあったのは、「ゆうほどう」ではなく、「仮歩道」だったのだ！！！！！！！！</p><p>そうだ、あれは遊歩道じゃないよな、観光地じゃないんだから。工事している間だけの仮の歩道、仮歩道だ！！</p><br><p>　憂うべきはわたしの頭のはたらきの方であった。</p><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=AWpsOqh8q0M">http://www.youtube.com/watch?v=AWpsOqh8q0M</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11465028019.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 19:08:28 +0900</pubDate>
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<title>笑顔の効能</title>
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<![CDATA[ <p>　先週の朝、車で出勤している途中でのことだ。わたしは結構裏道を通って運転するので、その日も大きい道路から脇道へ入ろうとしていた。大きい道路の相手側の車線はとても混雑していた。交差点には車は停車しちゃあいかんのだが、小さい脇道のことはみんな考えていないらしく、わたしが裏道へ入っていくことはできなかった。まあ、いつものことである。</p><br><p>　ところが、その日はいつもとちょっと違うことが起こった。脇道の出ている場所のすぐ後ろに止まっていた車の運転手（３０～４０歳くらいの女性）が、とてもあわてた顔をして、後ろの車の位置を確認したのである。バックして道をあけてくれるつもりだったのだろう。しかし後ろは詰まっていてバックする余裕はなさそうだった。</p><br><p>　その人があまりにもあわてて困った様子で後ろを見たのが、とてもほほえましかった。いっしょうけんめいわたしが入れるように考えてくれているのがわかった。それで思わずわたしはにっこりとした。</p><br><p>　やっとのことでその女性の前の車が動いた。すると彼女はわたしににっこりと笑いかけて、どうぞ、と手招きをした。とても、とてもさわやかな瞬間だった。いつもわたしは運転するとき、「おらおら、さっさと運転しろ！」とか車の中でつぶやいている。けれども、こういうやりとりもありだなあ、とその日は１日中なんだかうれしかったのだった。</p><br><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=6QQQKJJBJOY">http://www.youtube.com/watch?v=6QQQKJJBJOY</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11462151236.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Feb 2013 17:46:11 +0900</pubDate>
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<title>谷の村での記憶</title>
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<![CDATA[ <p>　わたしは、親の仕事の関係で、田舎の町を転々とした。小学校２～３年の時住んでいたのも、谷の中にある村だった。</p><br><p>　わたしの家の裏には、泉がわいていた。…うーん、泉じゃないかもしれないけれど、わたしは</p><br><p>「これが泉なのかもしれない」</p><br><p>と、わくわくした気持ちで毎日そこで遊んだ。小さな小さな水たまりだった。山から染み出てくる水がごつごつした岩の下のくぼみににたまって、泉のようになっていたのだ。水の豊富なその場所には、他では見られないような植物が生えていて、今でもその形や色、においまでも覚えている。ときどき地味だけれどかわいらしい花も咲かせていた。あれは何という植物だったのだろうか。わたしはその泉の所で、ままごとをしたり、ただ水がわき出るのをながめたりした。</p><br><p>　その泉の横に、小さな小道があって、山の上へ登っていけた。平地のない村なので、山の斜面には畑が作られていた。そこを登って行って、山の中腹でお弁当（？今になってみると、なんだったのかはっきりは覚えていないけれど）を食べるのが好きだった。日がさんさんと当たる山の斜面で、下の畑や家、川の反対側の山を見ながら食べるごはんは最高においしかった。</p><br><br><p>　２つとも、なんでもない風景なのだけれど、とてもきらきらしていて、なんだかまぶしいのである。</p><br><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=tGkOuPAitNs">http://www.youtube.com/watch?v=tGkOuPAitNs</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11458140289.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 18:51:15 +0900</pubDate>
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<title>Someday</title>
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<![CDATA[ <p>　大学４年の１１月だったと思う。</p><br><p>　わたしはその頃週に１度くらいしか授業がなく、めったに大学には行っていなかった。しかしその日は卒論を書くため、ちょうど学園祭をやっていた構内へと入って行った。</p><br><p>　学園祭にはほとんど参加したことがなかった。１年生の時もの売りをやったが、笑顔をふりまいて積極的に売りまくる友人に対して、口数のすくない私は、全くと言っていいほど商品を売りさばくことができなかった。だからその日、学校に着いてライブの音を聞いた時、「学園祭だったんだ！」と、驚いたのである。</p><br><p>　その時ちょうど佐野元春の曲である'SOMEDAY'が聞こえてきた。誰か後輩が、いっしょうけんめい歌っていた。わたしはしばし立ち止まって聞き入った。決して上手な歌ではなかったのだけれど。</p><br><p>　'SOMEDAY'は、自分の大学生活を表したような歌だった。コンパで、よくディスコへ行って踊った。あの頃は何も怖いとは思わなかった。</p><br><p>　３年生の時わたしは教授に、某旧帝大の大学院へ進学しないか、とすすめられた。その当時つきあっていた彼にプロポーズめいたことを言われていたわたしは、それを断った。彼とわたしはしかしその後あまり長くは続かなかった。彼は、わたしのことを好きなのだと勘違いしていたのだと思う。本当に人を好きになるのはどういうことかを、彼はまだ知らなかったような気がする。</p><br><p>　'SOMEDAY'を聞いていると、悲しいような、さみしいような、息が苦しいような、胸が熱くなるような、いろんな感情がわきあがってきた。でもやがて曲は終わり、「強い女」にもどったわたしは図書館へと向かった。</p><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=kn6-c223DUU">http://www.youtube.com/watch?v=kn6-c223DUU</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11457218445.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Jan 2013 16:17:01 +0900</pubDate>
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<title>作文模倣</title>
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<![CDATA[ <p>　わたしは、母親にほめられた記憶がほぼなかった。勉強に関して特に厳しかった母に、９０点台のテストを持って帰ると</p><br><p>　「１００点がいたんでしょう？」</p><p>と言われた。１００点のテストを持って帰ると</p><br><p>　「１００点は全部で何人いたの？」</p><p>と聞かれた。</p><br><br><p>　小学５年生の時、作文の時間があった。今でも覚えているが、最初更紙に下書きをして、あとでそれを推敲しながら原稿用紙に清書した。わたしは、作文を書く少し前にあった大雨の日のことを書いた。学校の帰り道、突然の大雨に友達と雨宿りした時のできごとや感じたことを作文にした。自分で言うのもなんだが、結構うまくかけたな、と思った。</p><br><p>　みんなの作文が文集になってできあがってきた。担任の先生は、一番最初に</p><br><p>「～ページの○○さんの作文を見なさい。」</p><br><p>と言い、わたしの作文をみんなに読んできかせてくれた。わたしは悦に行ってその文集を家に持って帰った。父はわたしの文を絶賛した。だが母は、わたしの作文のことには一言も触れず、友人の作文を読んで</p><p>上手に書けている、とほめちぎった。</p><br><p>　翌年、同じ担任の先生のもちあがりのクラスになったわたしたちは、同じような時期にまた作文を書くことになった。わたしは、母がほめた友人とそっくりの作品を書いた。</p><br><p>　文集ができあがったあと、参観授業と懇談があった。その次の日だっただろうか、わたしは先生に呼ばれた。</p><br><p>　「お母さんがね、あなたの作文は××さんの真似をしているだけだ、とおっしゃってたわよ。よくわかっていらっしゃるわね。」</p><br><p>　そういう内容のことを言われた。先生が話している間、わたしは表情ひとつ変えずに聞いていた。先生が話し終わると、</p><br><p>　「それだけですか？」</p><br><p>と言うと、さっさとその場を立ち去った。その先生は４０歳くらいのベテランの先生で、学級経営も上手だったように思う。しかしわたしはその時、先生も母もその程度のことしかわからないのか、とこころの中で嘲笑った。</p><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=FXJS1p8lNig">http://www.youtube.com/watch?v=FXJS1p8lNig</a></p><br><br>
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<pubDate>Thu, 24 Jan 2013 22:00:13 +0900</pubDate>
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<title>さみしがりやの定義</title>
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<![CDATA[ <p>　小学６年生の時、友達が突然その場にいた数人に質問してきた。</p><br><p>　「ねえ、どんな風景が一番好き？」</p><br><p>　みんな、雨にぬれる街だの海が見える丘だの、なかなかロマンチックなことを言っていた。</p><br><p>　「○○ちゃんは？」</p><p>　「うーん、そうやねー。遊園地にいっぱい人がいるような光景かなー。」</p><p>　「そういうにぎやかな場所を選ぶ人はね、さみしがりやなんよ。」</p><p>　「ええ？？？？」</p><br><p>　わたしは、なんてあてにならない分析なんだ、と思った。わたしがさみしがりやのはずがないではないか。</p><br><p>　高校生の時、２～３歳のころよく遊んだ女の子と会う機会があった。なんとその子は、高校生になって、わたしのいとこと同じ学校の同じクラスになったのだ。それが縁で、大学生の頃までしばらく文通したことがある。ある日送られてきた彼女の手紙の中に、こういう文があった。</p><br><p>　ーーー××くん（いとこの名前）が、「○○はさみしがりやだから、必ず手紙の返事を書くようにしてくれ」と言っていました。ーーー</p><br><p>えええ？なんでわたしがさみしがりやなのだ？？？わたしは振り返って考えてみた。そういえば、わたしは田舎の祖母の家（いとこの家でもある）から自分の家に帰らなければならない日、いつもしくしく泣いていた。かわいがってくれる祖母のところから、現実世界にひきもどされる感じがしたのだと思う。それをいとこは「さみしがっている」と思ったのだろう。</p><br><p>　最近になって、友人に</p><br><p>　「○○さんはさみしがりやだから」</p><br><p>　と言われた。えええ？わたしは、１日中家の中でじーーーっとして、誰にも会わなくたって平気である。それなのに、なんでさみしがりやに見えるのだろうか。わたしがさみしがりやのはずがないではないか。でもまるで関係のない３人が、それぞれわたしのことをさみしがりやだと言う。もう少し明るい顔をしとかんとだめなのかな？？？ちょっと練習してみようか。</p><br><p>今日の１曲：</p><p><a href="http://www.youtube.com/watch?v=dQsjAbZDx-4">http://www.youtube.com/watch?v=dQsjAbZDx-4</a></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kenshumom/entry-11455465248.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jan 2013 22:55:07 +0900</pubDate>
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