<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>けんたんゆうたんのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kenyu-2020/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>イタリア在住。このブログは誰かに読んでほしいというより、自分の生きた足跡を残したいという目的で書いています。よろしくお願いします。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>ここまでの私の足取り</title>
<description>
<![CDATA[ イタリア生活も18年となった。<br><br>どうして私がイタリアに住み着くようになったのかを踏まえながら、これまでの自分の歴史を少しひもといていきたい。<br><br>小さい頃、ピンクレディーが大好きで父がよくLP版を買ってきてくれた。片面3分ちょっとしか続かないため、終わると母にその都度「もう１回!!!」とせがんだ記憶がある。よほど好きで聴いていたのだろう。そんな延長線上でたまたまうちに置いてあったおもちゃのピアノを触りだし、４歳でピアノを始めるようになった。<br>成長していくにつれ、本格的にレッスンも始まった。それと平行して音楽理論、ソルフェージュ、楽典などのレッスンも始まった。<br>学校プラスレッスン、そして家で最低２時間は練習しなければいけない日々。その当時わたしは大変だと思ったことはなかった。音楽が純粋に好きだったし、何より両親が理解をしてくれたおかげで続けていけることができた。そして自然な形で音楽大学進学という夢を抱いていったのである。<br>そんな中、私に衝撃を受けた出来事があった。<br>１９９０年、チャイコフスキー国際音楽コンクールで当時１８歳だった諏訪内晶子さんがバイオリン部門で優勝されたのである。<br>諏訪内さんはその当時桐朋学園のディプロマコースに在籍されていた。私は地元長野で桐朋学園付属「子供の音楽教室」に通っていたのでとてもみじかに感じたのか、子供心に諏訪内さんの通う桐朋に憧れを抱くようになっていった。<br>しかし、現実は甘くない。<br>私の出身地、長野ではピアノは弾ける方ではあったが、全国区で見ると上には上がいて自分の実力のなさに平れ伏した。<br>桐朋は高校からあり、大学そしてソリストディプロマコースまで併設されており、日本の音楽大学の中ではプロの演奏家を目指すことを目的とする屈指のエリート校である。受験で弾かなければならない課題曲も多く、そして難易度がとても高い。さらに入学定員も少ないのでちょっとやそっとでピアノがひけるくらいでは正直心もとない。<br>やがて周りの諸先生方の助言もあり、桐朋を諦め、都内の別の音楽大学を受けた。(ここでは簡単に諦めたように書いているが,実際は悔しくて悔しくて何回も泣いた。自分の実力不足も省みようともせず。)<br>大学に入ってから、音楽に没頭することができる日々を送れるという嬉しさといったらなかった。<br>そんな中、ある声楽科の学生から試験の伴奏を頼まれた。面白そうだと思い、即引き受けた。<br>ここから私のイタリアへの足がかりとなったと言っても過言ではない。<br>声楽科の彼女は、はつらつとイタリアオペラを何曲か歌っていて私もだんだんオペラに興味を覚えた。<br>そんなある日のこと。<br>二期会のある先生のツテで、伴奏の仕事で二期会に時々足を運ぶようになっていった。そこで衝撃的な出会いが!!!<br>当時、リッカルド.ムーティの右腕としてオペラの稽古伴奏者としてミラノスカラ座で活躍していたマエストロ・ピサーニがミラノから起こしになり、声楽の公開レッスンをするというので即見に行かせて頂いた。<br>先生はオペラの稽古での伴奏が主なお仕事なのだが、歌のこともよく知っておられるので声楽家を主とした公開レッスンだったが時々ピアノ伴奏にも触れてさまざまな助言を入れながらというスタイルだった。<br>とてもいいレッスンだった。マエストロの奏でる音楽そのものがはるかイタリアからこの日本に乗り移ったかのような錯覚を覚えたのである。<br>その時、わたしはミラノに行く決心をした。そしてマエストロのレッスンを受けたいと思った。<br>イタリア語が全く出来なかったが、なんとか身ぶり手ぶりでレッスンを受けることが出来ないかお願いしてみた。<br>その答えは「NO」だった。<br>わたしも簡単には引き下がらなかった。(今考えると若気のいたりってやつか。。今さらながら恥ずかしい。)<br>OKの答えを頂くには時間がかかったが、なんとか承諾していただき、ついに２００２年、ミラノへ正式に行くことが決まった。<br>その後のイタリアでの留学生活はどうなっていくのか、続きはまた明日。。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12635389900.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2020 23:31:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>Halloween</title>
<description>
<![CDATA[ 今日はハロウィン。<br>子供達にとってはこの時期になると毎年楽しみにしているお祭りのひとつなのだが。。。<br><br>今年はうちわだけのさみしいハロウィンとなってしまった。<br>イタリアではハロウイン恒例「ドルチェットスケルツェット」といって近所のお家を突然訪ね、アメやお菓子などをいただくという行事がある。<br>今年はできない。コロナウイルスの影響である。<br>子供達にはかわいそうであるが仕方がない。お互いの命を守るためには！<br><br>朝から我が家はハロウィンの飾り付けで大忙し。せめてうちわだけでも華やかにそして楽しく過ごさせてあげたいと思う。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201031/22/kenyu-2020/0f/46/j/o3120416014843764063.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201031/22/kenyu-2020/0f/46/j/o3120416014843764063.jpg"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12635141237.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Oct 2020 22:25:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>コロナウイルスとの生きずらさ。</title>
<description>
<![CDATA[ コロナウイルスというにっくきウイルスは人々の距離をさらに離してしまった。<br>ハグをすることとキスをする習慣が身についたイタリア人にとってはまずつらいことだろう。<br><br>孫たちの成長を一心に見守ってきたイタリアのジジババにとってハグをするなということがどれだけ悲しいことか。。<br>しかし、義父、特に病気がちの義母に近づくことはある意味彼らにとって命に関わることになる。それだけは避けなければならない。<br>彼らも年だし、こう言ってはかわいそうな言い方かもしれないが残されている時間がない。<br>そういう中、孫とあう制約がある。そのうち子供達も友達との時間を優先するようになり、ジジババの家に寄り付くこともなくなっていく。<br>私の両親も同じ事である。<br>今年は日本に帰国することができなかった。<br>コロナが私たち家族のコンタクトをいとも簡単にひきさいてしまった。<br>現実は厳しい、そして悲しい。<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12634881348.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Oct 2020 18:13:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>散歩。</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日のミラノは天気が良くとても気持ちがよかったので、お昼を食べた後ちょっとお散歩をした。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201030/06/kenyu-2020/98/f8/j/o4160200014842796859.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201030/06/kenyu-2020/98/f8/j/o4160200014842796859.jpg"></a><br>ここはうちの近所。<br>ミラノから車で10分ほど。<br>都会の喧騒から一歩離れるとご覧の通り、緑に包まれたのどかな田園風景が広がる。<br>時々カモの親子、白鳥が羽を休めにこの湖に遊びにくる。<br>時が止まったかのような時間。<br>いろんなことに思いを馳せながら、つかの間の休息を楽しむ。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12634762905.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Oct 2020 06:39:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ミラノでの暴動</title>
<description>
<![CDATA[ １０月２４日、コンテ首相が演説し、この日から<br>１１月２４日までの１ヶ月間、コロナウイルスにおける新たな緊急措置を発表した。<br>大まかに言うと、<br><br>1. 18時から朝６時までのバール、レストラン、娯楽施設等の営業を禁止する。<br>2. あらゆるスポーツ活動(特に人同士が接触するスポーツ。バスケット、バレーボール、サッカー等)をする事を禁止する。<br><br>等。<br><br>特にこの1、夜の飲食店業務の禁止に関しては労働者のうっぷんが爆発した形となってしまった。<br>いわゆる暴動だ。<br>労働時間が短縮されるがゆえ、その分稼ぎも減ってしまう。家族を養わなければならない人にとっては尚更苦境に陥ってしまう。<br>経済最優先といきたいが、これからのイタリアのコロナウイルスの現状を見ていくにつれ、仕方がない判断だったのか。<br>わたしはミラノの郊外に住んでいるが、暴動の起きたゾーンは私にとって馴染みの深いよく知っているところなので他人事とは思えなかった。<br>火炎瓶を警察官に投げつけ、そしてたくさんの人々が連行されていく。<br>コロナは人々の生活の価値観を一気に変えてしまった。にっくきコロナ😡😡😡<br>いつになったら元のような穏やかな日々が来るのだろうか。<br>不安で仕方がない毎日である。<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12634455722.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Oct 2020 17:25:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>友とは。</title>
<description>
<![CDATA[ ３月某日。<br><br>日本人の友人から電話がかかってきた。<br>日本へ帰国したというのである。<br>イタリアでは爆発的にコロナウイルスの感染が確認され、死者が増え続けて最悪な状況を迎えていた時だった。<br>そんな時に帰国というのもなかなか勇気がいることである。<br>彼女が帰国した理由は、イタリアでの歯の治療がうまくいかず、らちがあかないので日本で治療をしたいとの事だった。<br>彼女曰く、イタリア人は東洋人と見ると差別をしたとかなんとかという理由でどこの医者に行っても馬が合わないらしいのである。<br>今までもなんだかんだと私に電話をかけてきてはその愚痴に付き合わされてきた。<br>わたしも神妙に彼女の話を聞いてあげていた。<br>ところが、コロナウイルスが増えそしてロックダウンも施行され、生活形態も変わらざろう得なくなってきた。私の中では心の余裕がなくなっていた。<br>そんな中、かかってきた彼女からの電話だったのである。<br>彼女も彼女なりに気使って電話をくれたのだろうが、その当時は私も彼女の話を聞く余裕が無く、冷たい返事をしてしまった。<br>申し訳無いと後から思った。<br>しかし、考えても見て欲しい。<br>わたしも一人の人間だ。<br>いつも神様仏様のようにいい人間でなんていられない。彼女にとっていつも思いどうりのけんゆうではない。<br>私の事を相談にのってくれる良き友と思ってくれていたのに期待を裏切ってしまったようで、ある意味申し訳ないのだが。<br>それ以降、彼女からの連絡が途絶えた。<br>こちらからもあえて連絡をしていない。<br>さみしいことだが、仕方がない。<br>それまでの付き合いということだったと心の中に秘め、自分は自分の納得のいく人生を歩みたい。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12634268726.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Oct 2020 19:32:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オアシスに現れたたぬき</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/ad/6e/j/o4160200014840142730.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/ad/6e/j/o4160200014840142730.jpg"></a><br><br>かわいい!🦝🦝🦝
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12633714877.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2020 06:38:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ミラノのオアシス</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日のミラノは曇り。<br>肌寒い。<br><br>コロナウイルスが再び私たちの日常生活を脅かそうとしている。いつまたロックダウンが始まるのか戦々恐々としながら毎日のニュースに耳を傾ける日々である。<br><br>いつかロックダウンに入るであろう、今のうちに我が家は週末になると外に出かけている。<br>昨日は土曜日ということもあり、家族みんなで近所の公園へ。<br>ミラノ郊外にあるイドロスカロというこの公園。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/77/dc/j/o4160200014840137810.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/77/dc/j/o4160200014840137810.jpg"></a><br><br>元々、リナーテ空港の滑走路を人工的に湖にし、公園化したのである。<br>今日ではミラノのオアシスとして、ミラノ市民を始め、ミラノ郊外から来る人たちの憩いの場所となっている。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/ac/dd/j/o2000416014840138502.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201025/06/kenyu-2020/ac/dd/j/o2000416014840138502.jpg"></a><br>自転車用通路もきれいに整備されている。<br><br>[photo:03]<br>人工の波でサーフィンを楽しむ人たち。<br>水上スキーもできる。<br><br>あれれ?!?!こんなところにタヌキ?!🦝🦝🦝<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12633713905.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Oct 2020 05:53:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>義父</title>
<description>
<![CDATA[ 息子たちの学校が始まって約１ヶ月が過ぎた。<br>コロナウイルスの感染者が増えるにつれ、子供の送り迎えにピリピリする親の気持ちはいくらばかりと察する。私もそんな親の一人だ。<br>そんな中、一人の男性が学校の前で張り付いて立っている。<br><br>義父である。<br><br>孫たちの登校を見届けようと毎日毎日お百度参りをする修行僧のように雨の日も風の日も待っているのである。<br>こんなジジババは見たことがない。<br>義父ぐらいなもんだ。<br><br>コロナウイルスを機におじいちゃん、おばあちゃんたちと孫たちとの交流が一気に途絶えた。<br>ましてや義母は病気がちなため、万が一子供達がウイルスを知らぬ間に家に持って来てコロナにかかろうもんなら大変なことになる。なので私たちもあえて義父母の家に寄りつかないようにしてきた。<br><br>だから義父は寂しいのであろう。。<br>せめて登校する孫たちの顔を見ることが救いなのだ。<br>孫に会うことができなくて寂しい気持ちはどこのジジババも一緒であろう。しかし、義父の場合はその度合いが違う。<br><br>息子である主人は気前が悪いのか、<br>「毎日毎日何しに学校来るんだよ！」<br>と文句を言う。<br>気がいい嫁は、<br>「いいじゃん、来させておけば。」<br>と言っておく。<br><br>午後６時現在、孫たちはバスケットをしにいっている。彼らの姿を一目みようとかけつけているに違いない。体育館のガラス越しから1時間30分もの時間、しかも雨が降りしきる寒い中。。<br><br>ご苦労さん。<br><br>である。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12633484702.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Oct 2020 00:29:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>イタリアでのコロナウイルス。</title>
<description>
<![CDATA[ テレビ、新聞等でも報じられているとうり、こちらイタリアでもコロナウイルスの感染者が増えている。<br>10月22日現在のミラノでの感染者は16000人あまり。予期していた事とはいえ、この数は流石に多い。<br>問題は重症患者も増えていること。<br>病院が逼迫する程、重症患者が増えてしまうことになるとまたロックダウンをせざるを得ないのではないかと思った。<br>しかしイタリア政府は、生活上必要最低限度の経済活動は閉鎖しないと言っている。経済が困窮することは何が何でも避けたいのである。<br>そして、小中学校。<br>子供の教育は最低限保証されなければならない。(高校、大学は一部オンライン授業のようであるが。)<br>なので２月から４月にかけておこなわれたロックダウンとは少々様相が違う。<br>ただ、イタリア人が心配していること。それは、<br><br>  「クリスマス休暇にロックダウンになる可能性」<br><br>である。<br>彼らにとってこの現実だけは絶対に譲れないことであろう。今から嘆く声をよく聞く。<br><br>この2020年は生涯忘れられない年となろう。<br><br>わたしの中の流行語大賞。<br><br>「コロナウイルス」<br>「ロックダウン」<br><br>で決まりだ。<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kenyu-2020/entry-12633393801.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Oct 2020 16:39:57 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
