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<title>気良歌舞伎ジカブキログ</title>
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<description>【気良歌舞伎（けらかぶき）公式ブログ】岐阜県郡上市の地芝居団体「気良歌舞伎（けらかぶき）」の事務局によるブログです。</description>
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<title>高雄・気良地歌舞伎かわら版第５号</title>
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<![CDATA[ <p>昨年、発行して好評だった高雄・気良　地歌舞伎かわら版。</p><p>今年も発行させていただくこととなりました！</p><p>&nbsp;</p><p>本日６月１１日（日）の郡上八幡の中日新聞販売店・白雲堂さんの配達エリアの新聞に折り込まれております。</p><p>&nbsp;</p><p>皆さま、ぜひご覧くださいませ。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170611/10/kerakabuki/57/f6/j/o3035429913958051091.jpg"><img alt="" height="595" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170611/10/kerakabuki/57/f6/j/o3035429913958051091.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 11 Jun 2017 10:20:18 +0900</pubDate>
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<title>2017気良歌舞伎キックオフミーティング</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">5月29日（月）、2017気良歌舞伎キックオフミーティングを行いました。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170530/21/kerakabuki/19/5e/j/o3840216013949481804.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170530/21/kerakabuki/19/5e/j/o3840216013949481804.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: left;">はじめに髙田座長より、岐阜県地歌舞伎保存振興協議会への加入が承認されたとの報告を行いました。</p><p style="text-align: left;">続いて、「岐阜県地歌舞伎推進プログラム」の一環で行われている「ぎふ清流プラザ」での地歌舞伎公演に気良歌舞伎として来年出演の予定であることの説明がありました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">また、昨年から「気良歌舞伎展」を開催したり、稽古用の常設舞台を設置した明宝歴史民俗資料館の講堂について、今年も引き続き活用していくこととしました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">その後、歌舞伎以外の地域の活動などについても意見交換。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">ひととおりミーティングを終えるとそのまま懇親会へ。</p><p style="text-align: left;">今年の配役について話し合いを行い、おおかた決定しました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">飲みながら配役を決めるのが気良流。</p><p style="text-align: left;">飲んだ勢いで手を挙げたために後で後悔する、なんてことも時にはありますが、皆でワイワイやって楽しいひと時でした。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170530/21/kerakabuki/ca/39/j/o3840216013949481971.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170530/21/kerakabuki/ca/39/j/o3840216013949481971.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12279343597.html</link>
<pubDate>Tue, 30 May 2017 21:29:51 +0900</pubDate>
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<title>気良歌舞伎、県内３０団体目として岐阜県地歌舞伎協議会へ加入</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>５月２３日（火）、中津川市加子母公民館にて岐阜県地歌舞伎保存振興協議会の総会が開催されました。</p><p>&nbsp;<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170524/21/kerakabuki/8e/86/j/o3840216013944954043.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170524/21/kerakabuki/8e/86/j/o3840216013944954043.jpg" width="420"></a></p><p>その総会において、気良歌舞伎の同協議会への加入が承認されました。</p><p>&nbsp;</p><p>岐阜県地歌舞伎保存振興協議会は、岐阜県の地歌舞伎保存団体が協調して、地歌舞伎の保存と振興を図り、地歌舞伎保存団体の活性化を図るとともに、県民文化の向上、地域の活性化に資することを目的として設立された会です。</p><p>&nbsp;</p><p>これまで県内２９の地歌舞伎保存団体が参加していましたが、今回、気良歌舞伎が新たに３０団体目として加入することとなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>承認を受けて髙田座長からご挨拶させていただきました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170524/22/kerakabuki/b2/e3/j/o3840216013945021712.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170524/22/kerakabuki/b2/e3/j/o3840216013945021712.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>気良歌舞伎復活から13年目となりますが、他の団体と比べて何分にも未熟な我々がそのような協議会に加入して良いものだろうか、と悩みもありましたが、日ごろからお世話になっている高雄歌舞伎保存会からもご推薦いただきこのような運びとなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>現在、岐阜県では「地歌舞伎推進プログラム」に取り組んでおり、今回の協議会総会でも県の方が多数出席されており、地歌舞伎を地域資源として岐阜を盛り上げようと非常に力を入れている様子が伝わってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>能力も経験もない我々ですが、何かしら地域振興に協力できればと考えております。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12277637276.html</link>
<pubDate>Wed, 24 May 2017 22:37:52 +0900</pubDate>
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<title>奥会津・檜枝岐村の歌舞伎舞台</title>
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<![CDATA[ <p>福島県は奥会津・檜枝岐（ひのえまたむら）。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/53/56/j/o3840216013931333438.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/53/56/j/o3840216013931333438.jpg" width="420"></a></p><p>人口は約６００人。日本一人口密度が低い村とも言われる。</p><p>この檜枝岐村は日光や那須から会津若松への入り口である南会津の中でも主要街道から外れている。2,000ｍを超える会津駒ケ岳や燧ケ岳の麓の集落だ。</p><p>&nbsp;</p><p>今では尾瀬の北の玄関口として利用される村であるが、平家の落人が住み着いたという伝承があるように、もともとは山間の静かな村だった。</p><p>&nbsp;</p><p>この地で江戸時代から270年以上続けられているのが歌舞伎である。</p><p>&nbsp;</p><p>江戸時代、村人たちにとっての最高の娯楽が歌舞伎だったのだろう。</p><p>農民である自分達が衣装をまとい武士や姫を演じる。観客は拍手喝采。これ以上の喜びはほかになかったのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>事務局が訪れたのはGW真っ只中の5月5日である。</p><p>GWの真っ只中であるが村内はひっそりとしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>南会津町から山間の道を通り、川沿いに通っている村の主要道を車で走っていくと、檜枝岐歌舞伎の幟が立ち並ぶ一角が現れる。</p><p>来週、5月12日に春の公演があるということで幟が立っているのである。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/fb/bb/j/o3840216013931080261.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/fb/bb/j/o3840216013931080261.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>しかし、肝心の舞台がどこにあるかわからず通り過ぎてしまう。</p><p>Uターンをしてゆっくりと車を走らせると、神社の境内らしい場所を発見する。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、案内板もない、駐車場所もない。</p><p>ちょうどお昼時であったので近くの蕎麦屋に入店し、食事後、車を置かせてもらって見学することにする。</p><p>&nbsp;</p><p>蕎麦屋「まる屋」。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/ed/7f/j/o3840216013931081550.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/ed/7f/j/o3840216013931081550.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>店内の座敷に入ると歌舞伎の写真が掲げられている。</p><p>奥州安達ケ原三段目「袖萩祭文」である。歌舞伎に造詣の深いNHK元アナウンサーの葛西さんの色紙も飾ってある。さすが歌舞伎の村だ。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、まる屋は裁ちそば発祥の店とのことで裁ちそばを注文する。</p><p>定食には山菜の天ぷら付きのミニ天丼が付いている。</p><p>十割そばの風味と独特の細い麺。決して豪華な料理ではない。しかし、素朴ではありがながら、この地にあった御馳走である。</p><p>&nbsp;</p><p>おなかを満たし、お目当ての舞台へと向かう。</p><p>国道沿いにふっと現れる参道。</p><p>幅2ｍもないぐらいである。ちょうど歌舞伎の幟が参道の左右に掲げられているからわかるものの、普段は何気なく通り過ぎてしまうような場所。</p><p>逆に言えば、それほど当たり前のように風景に溶け込んでいるとも言えるかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>左右に旅館などの建物があり、本当に路地裏のような趣。</p><p>石畳は整備されており、両脇に立てられた歌舞伎幟がそのひっそりとした道に情緒を醸し出している。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>参道入口から10ｍ程度歩くと左手に奥州安達ケ原三段目の袖萩とお君の像が立っている。</p><p>気良歌舞伎復活後、２回演じた演目である。降り積もる白い雪に親子の情愛が際立つ名シーン。しかし、地芝居の舞台で固定の演目の像があるのは初めて見た。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/d1/d8/j/o3840216013931079348.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/d1/d8/j/o3840216013931079348.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>その像の向かい側には歌舞伎伝承館「千葉之家」が建っている。新しい建物で歌舞伎の展示があるようである。帰りによってみることとする。</p><p>&nbsp;</p><p>そして神社境内の手前に手水鉢。</p><p>手を洗い、口をすすぐ。</p><p>&nbsp;</p><p>境内に入ると真正面に石段の上に鎮守神社が見える。</p><p>鎮守神社から見下ろす場所、つまり今歩いてきた参道脇に建てられいるのが檜枝岐村の舞台であった。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/38/09/j/o3840216013931083448.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/38/09/j/o3840216013931083448.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>茅葺の屋根の舞台に花道がついている。花道には屋根もついており、出口は裏に回れるようになっていた。面白い造りだ。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/8d/a1/j/o3840216013931079645.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170506/22/kerakabuki/8d/a1/j/o3840216013931079645.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>舞台自体はかなり小さいものである。</p><p>3月に訪れた小豆島の農村舞台よりも二回りぐらい小さい。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/e8/93/j/o3840216013931315545.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/e8/93/j/o3840216013931315545.jpg" width="420"></a></p><p>ふと疑問に思う。</p><p>「このスペースでどうやって歌舞伎を演じるのだろう？」</p><p>いや、これぐらいでも演じれるものなのだ。歌舞伎というものは。</p><p>&nbsp;</p><p>舞台側から客席側を見る。</p><p>&nbsp;</p><p>面積としては狭い感じがするが、扇状に広がる境内に石段が組まれていて、もはや小劇場のホールのようである。</p><p>しかも神社らしく背後には杉の大木が伸びていて昼間でもしんとした聖なる劇場の雰囲気である。</p><p>なんと人口600人の村に、観客席数は1200人！</p><p>県外からも観客が押し寄せる。</p><p>&nbsp;</p><p>鎮守神社に参拝して、帰りに「千葉之家」に立ち寄る。</p><p>檜枝岐村歌舞伎を演じ、伝承しているのが「千葉之家花駒座」である。</p><p>そして、この村で歌舞伎の伝承を目的として参道脇に建てられたのが「千葉之家」という施設。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/18/27/j/o3840216013931314982.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/18/27/j/o3840216013931314982.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>館長さんと少しお話をした。</p><p>&nbsp;</p><p>館長「よその人に言ってもわからないかもしれないが、奥会津は天領でねぇ」</p><p>&nbsp;</p><p>館長「かつては何十とあった歌舞伎舞台で、今、私が知っているので残っているのは４つだけ。しかも芝居を今でもやっているのは、檜枝岐村だけになってしまった」</p><p>&nbsp;</p><p>館長「「過疎でねぇ。とにかく歌舞伎を伝えていくこと。子供達のうち、ひとりでもいいから”いいな””小さいころやったな”と思ってくれて、次に伝えてくれれば」</p><p>&nbsp;</p><p>私「袖萩祭文（奥州安達ケ原三段目）はよくやるんですか？」と尋ねる。</p><p>&nbsp;</p><p>館長「やっぱりね、（袖萩祭文は）人気があってね。ここでは十八番というぐらい。昔、国立劇場でもやったんだけど、私が貞任をやったんだけどね。その時には檜枝岐の舞台を再現してもらったような舞台でね」</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっとレベルが違いすぎてついていけない感はあるが、熱意というよりも人生そのものを語る館長の姿に圧倒される。</p><p>&nbsp;</p><p>館長「舞台に立って50年。もう、俺は役者はダメだ」</p><p>&nbsp;</p><p>という言葉から、”まだまだやりたいんだ”という気持ちが零れ落ちているような気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>館長「ぜひ歌舞伎を見に来てよ。5月はまだ寒いから、8月がいいよ」</p><p>&nbsp;</p><p>そう仰ってくださった。</p><p>&nbsp;</p><p>檜枝岐村からの帰路、南会津町の大桃の舞台にも立ち寄る。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/dc/f4/j/o3840216013931315346.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/dc/f4/j/o3840216013931315346.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>こちらも檜枝岐の舞台と同じような造りであるが花道は常設ではないようであった。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、檜枝岐歌舞伎に話を戻す。</p><p>参道脇に2017年の檜枝岐歌舞伎の公演日程が掲げられていた。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/09/06/j/o3840216013931320031.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170507/07/kerakabuki/09/06/j/o3840216013931320031.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>5月12日</p><p>「寿式三番叟」</p><p>「奥州安達ケ原　文治館の段」</p><p>&nbsp;</p><p>8月18日</p><p>「一之谷嫩軍記　須磨浦の段」</p><p>&nbsp;</p><p>9月第一土曜日</p><p>「絵本太功記　本能寺の段」</p><p>&nbsp;</p><p>地芝居でおなじみなのは「奥州安達ケ原三段目　袖萩祭文」、「一之谷嫩軍記　熊谷陣屋」、「絵本太功記十段目　尼崎閑居」であるが、今年の演目はそれぞれの前段であるのが面白い。</p><p>&nbsp;</p><p>奥会津・檜枝岐。</p><p>地域の人たちの情熱によって地芝居が続けられている。</p>
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<pubDate>Sat, 06 May 2017 22:03:57 +0900</pubDate>
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<title>東気良の祭り</title>
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<![CDATA[ <p>明宝歴史民俗資料館設立に尽力された故・金子貞二先生が、明宝地区（旧明方村）の方々から採話したものを綴った「奥美濃よもやま話」に東気良地区の祭礼について記述があるので紹介する。</p><p>&nbsp;</p><p>金子貞二著　奥美濃よもやま話五　第二百六十九話「東気良の祭り　鈴木弥吉さんのお話」</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「<span style="text-decoration:underline;">祭り（注１）</span>は、<span style="text-decoration:underline;">吉田（注２）</span>から習わしたんやいな。まーず百年ぐらい前のことやな。孫兵衛さの慶四郎って人が獅子、<span style="text-decoration:underline;">沢の竹松（注３）</span>という人が太鼓、この衆が大将で習わしたんや。それど、ずーっとお師匠様やった。佐藤桂造・笠野菊造って人んた（人達）もそうやったと思う。それから後に、この神楽は、<span style="text-decoration:underline;">奥長尾（注４）</span>へ教えたもんらしい。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１：東気良白山神社で奉納される伊勢神楽</p><p>＊注２：郡上市八幡町初納吉田の八幡神社</p><p>＊注３：気良歌舞伎事務局（澤）の高祖父</p><p>＊注４：郡上市明宝奥住の奥長尾地区</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「太鼓が一人、笛が四、五人、唄が四、五人、獅子回すもんはこどもや。やさしい顔の獅子をかぶって、独り芝居やな。<span style="text-decoration:underline;">所作（注５）</span>で、男んなったり、女んなったりして見せるんや。獅子の<span style="text-decoration:underline;">カヤ（注６）</span>を持つ、後持ちがいるが、これは、こどもが交替でやるんや。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注５：踊り。しぐさ。</p><p>＊注６：獅子の胴幕</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170409/15/kerakabuki/42/71/j/o4928326413909800596.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170409/15/kerakabuki/42/71/j/o4928326413909800596.jpg" width="420"></a></p><p><i>（今も変わらない伊勢神楽の様子）</i></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「わしらのこども時分の衆は一所懸命やったな、他にはなんにもないもんやで。それもなんや、一時サびてしまって、<span style="text-decoration:underline;">スガレクチ（注７）</span>で、大方潰れて<span style="text-decoration:underline;">まよった（注８）</span>ことがあるんやんな、映画やの、テレビやの、いろいろあるようになって。それに、ああいうことはてれくさいようなこと思うんやな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注７：凋落して。寂しくなって。</p><p>＊注８：しまいそうになった。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「祭りは、九月の二十八、九日で、試楽（しんがく）の日は、まず、野口の観音堂で打ち出いてな、お宮へ打っていったんや。今は<span style="text-decoration:underline;">奥の宮が出てきてござる（注９）</span>で、打ち出しはそこやけどな。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">本楽（ほんがく）の日は、奥の宮へは来んのや。<span style="text-decoration:underline;">井尻（注１０）</span>で打ち出いてな、<span style="text-decoration:underline;">田口の秋葉様（注１１）</span>、禰宜のとこで打って、それから、お宮へ来るんや。井尻は神楽の道具を預かってもらっとるもんで、そのお礼のタイ（注１２)やな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注９：東気良の山中、かつて集落があった巣河地区にあった奥の宮を、野口に移して祀ってある。</p><p>＊注１０：気良田口地区にある旧家。現在は無人。</p><p>＊注１１：気良田口地区にある秋葉神社。</p><p>＊注１２：体。かっこう。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「役者は、みんな着流しや。赤い着物が買ってあるはずや。元は編笠をかぶりょおったしな。神楽は、どこでも、野天にミシロ敷いとってやったんや。まず神神楽（かみかぐら）をやって、<span style="text-decoration:underline;">外題もの（注１３）</span>を一つやって終わるんや。神神楽は＜神神楽えー、神をいさめたひとどりは、船は出ていく、帆を揚げて走る、これはのえー＞こんだけの、ほん一口回すんや、手に御幣と鈴を持っとってな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１３：芝居の演目。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「外題ものは、みんな<span style="text-decoration:underline;">切狂言（注１４）</span>で、昔は十二幕あったんやいな。阿波の徳島とか、忠臣蔵の六段目とか葛の葉とかな。鈴木主水は、あんまりやらなんだ、むつかしいで。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１４：歌舞伎などの演目の見せ場を演じる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「神楽もどえらい人気でな。獅子のとこへ銭やの菓子やの、<span style="text-decoration:underline;">投げバナ（注１５）</span>を投げまったな。随分そりゃ上手、下手があるんやんな、こどもによって。隣の隠居やなん、上手でな、長いこと回いたもんや。師匠もやったしな。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">神楽は、おれはやったことはないわいな。一軒に三人若いもんがあるといと、一人はやらんでもええことんなっとったんな。おりゃ、いちばん末やったで。ちょっと<span style="text-decoration:underline;">はりやない（注１６）</span>ようなもんや。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１５：お金や菓子を包んだおひねり。</p><p>＊注１６：寂しい。張り合いがない。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「ほんでも、地芝居よ、おれも、そいつにゃ出た。そいつにゴウツ（注１７）いて、神楽の方へ出でも、わりにあほらしいとも思わなんだんや。もう、六、七十年も前の話やな。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">祭りの晩の地芝居は、幕間に神楽を一、二へんまぜてな。そうせんと警察が<span style="text-decoration:underline;">やかましょう（注１８）</span>てな、一時までも、二時までも見物が野天におるもんやで。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１７：熱中する。</p><p>＊注１８：うるさくて。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「地芝居は、拝殿に舞台を<span style="text-decoration:underline;">やわって（注１９）</span>な、前の<span style="text-decoration:underline;">倶楽部（注２０）</span>を楽屋にして、<span style="text-decoration:underline;">顔えどったり（注２１）</span>、衣装を替えたりしたんやわいな。倶楽部からは、花道まで屋根してつなげてな、花道へ上がっていけるようになっとった。<span style="text-decoration:underline;">下（しも）（注２２）</span>から来た衆が誉めたな、＜こんな、衣装つけせるすーな、芝居が見えるようなところは、めったにない＞ってて。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注１９：準備して。</p><p>＊注２０：地区の寄合場であった建物のこと。</p><p>＊注２１：化粧をしたり。</p><p>＊注２２：下流域にある他の地域。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170409/15/kerakabuki/c2/1f/j/o1176164713909800644.jpg"><img alt="" height="588" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170409/15/kerakabuki/c2/1f/j/o1176164713909800644.jpg" width="420"></a></p><p><span style="font-weight:bold;">「おれは、熊谷をやったことがある。敦盛との組打ちや。敦盛は、はや死んだけども、坪井庄右衛門。おれより十ぐらい若かったな。忠臣蔵の三段目の判官をやったしな。師直は千葉徳。<span style="text-decoration:underline;">あの仁（じん）（注２３）</span>は、ほとんど八幡におったがな。それから、玉藻の前を坪井安平がやって、おれは、上使をやった。坪井は、主に<span style="text-decoration:underline;">ガタ師（注２４）</span>で通いたな。鈴木両太郎とも、よう一緒にやったしな。あの仁も好きやった。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注２３：あの人。</p><p>＊注２４：女方（おんながた）のことを指していると思われる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「<span style="text-decoration:underline;">おらんた（注２５）</span>のこども時分にも<span style="text-decoration:underline;">俄（にわか）（注２６）</span>があったが、そりゃなんでもないことを、思い付きで、見に来とる女子どもの着物を借りて着たりしてやらしたな。</span></p><p><span style="font-weight:bold;">それが、しまいにゃ衣装も<span style="text-decoration:underline;">カトウ（注２７）</span>も買ったくらいやんな。<span style="text-decoration:underline;">明方（みょうがた）（注２８）</span>脇でも、ここらは、ちったやる方ではあったな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注２５：自分たち。</p><p>＊注２６：にわか芝居。素人芝居。</p><p>＊注２７：（不明）カツラのことか？</p><p>＊注２８：明宝地区の旧名。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「師匠は、<span style="text-decoration:underline;">小須見（注２９）</span>の植村のオッサで、おれの従兄弟や。この仁は、小久須見の俄の大将でな。朝鮮へ行って死んだわい。ありゃ西気良へも、奥の方へも、ずーっと行ったんや。その時分は、浄瑠璃は<span style="text-decoration:underline;">市島（注３０）</span>から来たでな。顔師もな。衣装は、関から来たことがあるし、しまいにゃここにもあったしな。次第にこっちも<span style="text-decoration:underline;">コウをへてくる（注３１）</span>し、見る方も目が肥えてくるしな、台詞につまると、結構、見物の方から指されたでな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>注２９：郡上市八幡町小須見地区。</p><p>注３０：郡上市八幡町市島地区。江戸時代から地芝居が続く高雄歌舞伎がある。</p><p>注３１：経験を積んでくる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「稽古は、いくらもやらんのやな。五、六回やりゃやれたな。稽古の宿をずーっと頼んで回って、師匠の食事やなんもそこで<span style="text-decoration:underline;">おもって（注３２）</span>もらってな。雨でも降りゃ昼間もやったが、アカ天気やとお師匠様は、昼間は、宿で休んでござるんや。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注３２：ごちそうをふるまって。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「戦争に負けた年やったと思うが、ちょうど俄を<span style="text-decoration:underline;">やりょおったら（注３３）</span>、刀を<span style="text-decoration:underline;">抜くこたいかんてて（注３４）</span>、存外やかましょおなってな、<span style="text-decoration:underline;">弱っとったら（注３５）</span>、おれの弟の政一が来とって＜なんでもない刀を抜いて振りまわるくらいなこた、おれが呑み込むでやれ＞っていうことでやったがな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注３３：やっていたら。</p><p>＊注３４：抜いてはだめだということになって。</p><p>＊注３５：困っていたら。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「政一は、尋常卒業で警視になって、高山の署長で退職して、<span style="text-decoration:underline;">無尽（注３６）</span>を始めたんやったが、六十で死んでまったがな。」</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊注３６：無尽講。お互いにお金を融通しあう組織。</p><p>&nbsp;</p><p>昭和のはじめの頃の祭り、地芝居のことについて語られている貴重な記述である。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12264047096.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Apr 2017 15:22:41 +0900</pubDate>
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<title>小豆島・農村舞台探訪</title>
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<![CDATA[ <p>香川・小豆島の農村舞台を見てきた。</p><p>といっても農村舞台そのものが目的ではなく、あくまでも家族旅行の一環としてなので、舞台建物を見学したという程度である。</p><p>&nbsp;</p><p>小豆島に現存する農村舞台は２つ。</p><p>&nbsp;</p><p>一つは肥土山農村歌舞伎舞台。</p><p>こちらは小豆島の土庄町にある肥土山離宮八幡神社の境内に作られた舞台である。</p><p>港に近い土庄町の市街地から山手の方へと向かうと扇状地に水田が広がっている。その水田の山側の斜面近くにあるのがこの神社である。</p><p>神社の社に向かい合わせで建てられている茅葺屋根の建物が歌舞伎舞台である。</p><p>まさに「神様に向かって舞台を奉納する」といった趣がある。</p><p>社の方が高い位置にあり、舞台を見下ろすことができる。</p><p>そして、社と舞台の間は傾斜地を利用して段が作られており、舞台の観客席となっている。</p><p>青々とした草が生え、まさに「芝居」（芝生に座って鑑賞する）の席である。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/84/36/j/o4928326413896930816.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/84/36/j/o4928326413896930816.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>舞台側からは観客席がこのように見える。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/92/12/j/o4928326413896930749.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/92/12/j/o4928326413896930749.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>小豆島のもうひとつの舞台は肥土山農村歌舞伎から１ｋｍほど登ったところにある千枚田の中にある中山農村歌舞伎舞台である。</p><p>&nbsp;</p><p>↓こんな棚田の里に。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/71/61/j/o4928326413896951221.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/71/61/j/o4928326413896951221.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>茅葺の建物。これが農村舞台である。菜の花とのコントラストが鮮やか。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/25/46/j/o4928326413896951260.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/25/46/j/o4928326413896951260.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>こちらも春日神社に向かい合わせで作られている。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/2a/b1/j/o4928326413896950829.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/22/kerakabuki/2a/b1/j/o4928326413896950829.jpg" width="420"></a></p><p>観客部分もやはり緩やかな傾斜に段が作られている。</p><p>&nbsp;</p><p>この神社と舞台の一角を除いては棚田が広がっており、この空間は地域にとっては異質なものであるはずだが、ここに立ってみると違和感は感じられない。それどころじわっと郷愁の気持ちが沸きあがってくる。</p><p>&nbsp;</p><p>年に一度のお祭りの日。</p><p>地元の人たちが弁当を広げ、酒を片手に舞台を見る。そういう風景が脳裏に浮かんでくる。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、この農村舞台のすぐ隣に「こまめ食堂」という農村カフェがある。</p><p>小豆島の中でも超有名店であり、行楽シーズンは整理券を渡して、かつ2時間待ちという超人気店である。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/23/kerakabuki/56/de/j/o4928326413896971371.jpg"><img alt="" height="278" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170323/23/kerakabuki/56/de/j/o4928326413896971371.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>その「こまめ食堂」の時間待ちの人たちは、千枚田を散策したり、農村歌舞伎舞台の観客席の芝生に座って時間をつぶしている。</p><p>&nbsp;</p><p>”色々な人に歌舞伎を知ってもらうチャンスがある地域だなぁ”</p><p>&nbsp;</p><p>そう直観的に感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>自分たちが住むこの地域でも何かできることはあるんじゃないか。</p><p>&nbsp;</p><p>と思う旅行であった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12259110346.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Mar 2017 23:34:00 +0900</pubDate>
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<title>高雄歌舞伎・気良歌舞伎懇親会</title>
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<![CDATA[ <p>毎年、恒例となっている高雄歌舞伎との懇親会を先週日曜日に開催。</p><p>&nbsp;</p><p>気良歌舞伎の髙田座長はまさかの入院のため欠席（もう良くなって先日退院済み）でしたが、気良歌舞伎からは清水副座長はじめ９名が参加。</p><p>高雄歌舞伎からは会長、振付指導のお師匠さま、青年歌舞伎の成瀬委員長など９名。</p><p>&nbsp;</p><p>お酒を飲みながらワイワイと歌舞伎談義に花が咲く。</p><p>去年の演技がどうだった、いつかあの役がやりたいなどなど盛り上がる。</p><p>知らないうちにお師匠様が立ち上がって演技指導を始める場面も。</p><p>&nbsp;</p><p>事務局から今年の演目について台本とDVDを渡して相談。「もう決めるのか」と言われるも、ご了承いただく。</p><p>演目が決まったところで、もう誰がどの役をやるか飲みながら相談し始めるメンバー達。</p><p>&nbsp;</p><p>今年は一昨年からはじまった「高雄・気良青年歌舞伎公演」も区切りとなる３年目。</p><p>集大成として良い公演ができるよう高雄・気良の双方で思いをひとつにした良い機会となった。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170225/11/kerakabuki/8d/b0/j/o3840216013876635566.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170225/11/kerakabuki/8d/b0/j/o3840216013876635566.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12251053876.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Feb 2017 11:33:17 +0900</pubDate>
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<title>若手中心で勉強会</title>
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<![CDATA[ 先週の木曜日、２月２日に若手中心に集まって歌舞伎勉強会を開催。<div>&nbsp;</div><div>実をいうと気良歌舞伎のメンバーは「歌舞伎大好き！」という人はほとんどおらず、地芝居として演じはするけど普段はあまり歌舞伎を鑑賞しない人の方が多い。</div><div>&nbsp;</div><div>”はまり込みすぎない”</div><div>&nbsp;</div><div>メンバーそれぞれ個人としては、そのぐらいが長く続けていくには丁度良い加減なのかもしれない。</div><div>&nbsp;</div><div>しかし、歌舞伎の面白さを知ってもらって、こういう幕がやりたい、こういう役がやってみたいというメンバーが増えてきてくれれば、そういう人たちが次の世代の気良歌舞伎を引っ張っていってくれると思う。</div><div>&nbsp;</div><div>定期的にこういう機会を設けることができたらと考えている。</div><div>&nbsp;</div><div>さて、今回の題材は名作・伽羅先代萩（めいぼくせんだいはぎ）。</div><div><div>復活後の気良歌舞伎では演じていないが、やりたいと思っている演目のひとつ。</div><div>&nbsp;</div><div>伊達家のお家騒動を題材にした本作品。</div><div>簡単にあらすじと登場人物の説明を行ったあと、解説よりも「観た方が早い」ということで「竹の間」「御殿」「床下」「対決」「刃傷」と一気にDVDを鑑賞。</div></div><div>&nbsp;</div><div>「竹の間」ではあの手この手で政岡を嵌めようとする悪人であるがどこか愛嬌のある八汐。</div><div>それに対して、あどけない若君・鶴千代君が名君の素質の片鱗を見せてやり返す場面。</div><div>&nbsp;</div><div>「これってそのまんま「スカッとジャパン」じゃん！」との声。</div><div><div>なるほど言いえて妙。</div><div>昔から日本人はそういうのが好きだったのかも。</div></div><div>&nbsp;</div><div>※「スカッとジャパン」は現在放送されているTV番組。ムカッとする人に対してスカッとする切り返しをするエピソードを再現する番組。</div><div>&nbsp;</div><div>次の「御殿」では健気にも鶴千代君を助けるため死んでいく千松。</div><div>我が子が殺される様子を目の当たりにしながらもぐっと耐える政岡。</div><div>&nbsp;</div><div>現代ではあり得ない凄絶なシーンに皆息を呑む。</div><div>&nbsp;</div><div>そして「床下」。</div><div>典型的な荒事の荒獅子男之助の見得。</div><div>全観客の目を奪う仁木弾正の妖艶さ。</div><div>&nbsp;</div><div>「おおー」と感嘆の声があがる。</div><div>&nbsp;</div><div>あの役は誰がいい、この役は自分がやりたいといった会話も弾み、皆でわいわい楽しみながらの勉強会となった。</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20170205/19/kerakabuki/fc/24/j/o1706096013861867381.jpg"><img alt="" height="236" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170205/19/kerakabuki/fc/24/j/o1706096013861867381.jpg" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12244942384.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 19:25:32 +0900</pubDate>
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<title>名古屋こども歌舞伎</title>
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<![CDATA[ <div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20170123/23/kerakabuki/91/fe/j/o0960170613852366319.jpg"><img alt="" height="1102" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170123/23/kerakabuki/91/fe/j/o0960170613852366319.jpg" width="620"></a></div>1月22日（日）に名古屋こども歌舞伎を観劇。<div>（高雄歌舞伎の重鎮の皆様に連れて行ってもらった。）<div>&nbsp;</div><div>名古屋の中心街でしかもビルの１１階で歌舞伎を見るのは不思議な気持ちだった。</div><div>商業ビルの中にあるホールではあるが2階席含めなんと全700席！（郡上市の文化センターよりも席数が多い・・・）</div><div>&nbsp;</div><div>1階席の前列には着物姿の女性が座っている。</div><div>おそらく出演者の母親の方々であろう。こども歌舞伎ではあるけれど、着物姿の観客がいると華やかで良いなと思う。</div><div>&nbsp;</div><div>解説は地芝居お馴染みの安田文吉先生と、元NHKアナウンサーの葛西聖司さん。</div><div>&nbsp;</div><div>安田先生が日本駄右衛門のセリフ「問われて名乗るもおこがましいが」を言い始めたのは可笑しかった。本当に芝居が好きなんですねぇ。</div><div>&nbsp;</div><div>お二人の漫才のようなやり取りは面白かった。</div><div>しかし、葛西さんが演目の解説で盗賊の物語である「白浪物」を何故子供たちにやってもらうのか、とあえて説明をした場面は「う～ん」と思ってしまった。</div><div>&nbsp;</div><div>「なぜ子供たちに盗賊のお芝居をやってもらうか。彼らは義賊なのです。悪い人からお金を奪って、弱い人を助ける。そういう人たちの物語を知ってもらいたいのです」（うろ覚えなので正確ではないかもしれません）</div><div>&nbsp;</div><div>親御さんに気を使ってか、主催者からそう言うように頼まれたのかそう説明していた。</div><div>&nbsp;</div><div>まぁ義賊ということは説明してもいいだろうけど、善人だと言い切れるほどの真っ当な人間ではない。どこか後ろ暗いところがあるのが登場人物の魅力。</div><div>&nbsp;</div><div>そこまで言う必要はないけれど、あまり体裁を繕わず、「歌舞伎の様式美」「七五調のセリフが気持ちいい」と言うところだけ強調すれば良かったのではないかなぁ。それとも、やはり都会は色々と難しいのかな？</div><div>&nbsp;</div><div>さて、演目の一つ目は「浜松屋見世先の場」。</div><div>弁天と南郷の引っ込みのところで、ピコ太郎「PPAP」を絡めたやりとり。ウケるに決まっている・・・。</div><div>&nbsp;</div><div>二幕目は「鬼一法眼三略巻　菊畑の場」。</div><div>はじめて見ましたが、なかなか大変な幕ですね。</div><div>&nbsp;</div><div>三幕目は「稲瀬川勢揃いの場」。</div><div>こども歌舞伎の定番中の定番。</div><div>&nbsp;</div><div>３幕を通じて個人的には赤星十三郎の子が気になった。（私の長男が赤星十三郎をやったことがあるので特に・・・）</div><div>芝居心のある子のように感じたので、もっともっと練習すればすごい役者になりそう！</div><div>&nbsp;</div><div>観劇後、お師匠さまたちと、山本山の味噌煮込みうどんを食べ、松坂屋のデパ地下で大判焼きを買って帰宅の途へ。</div><div>&nbsp;</div><div>帰りの車中では歌舞伎談義に花が咲いたのは言うまでもない。</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12240924808.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jan 2017 23:46:43 +0900</pubDate>
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<title>地歌舞伎による地域振興について</title>
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<![CDATA[ <p>「岐阜県は全国最多の29もの地歌舞伎保存団体がある。」</p><p>&nbsp;</p><p>岐阜が地芝居（地歌舞伎）が盛んな土地であることを示す表現としてよく使われている。</p><p>&nbsp;</p><p>（ちなみに、この29の中には我々、気良歌舞伎は入っていない。この29というのは「岐阜県地歌舞伎保存振興協議会」に加盟している団体数であろう。協議会には気良歌舞伎は加盟していないのである。）</p><p>&nbsp;</p><p>県内でも特に東濃地域を中心に隣接する加茂郡や下呂市南部に集中している。木造の芝居小屋が残っているのもその地域である。</p><p>&nbsp;</p><p>岐阜県は「東濃地方の地歌舞伎と芝居小屋」を”岐阜の宝もの”に認定。（余談だが、個人的には東濃地方に限定しなくてもよかったのに・・・とは思う）</p><p>最近は外国人インバウンド（誘客）のための大きな資源と捉えて、県内にとどまらず海外に向けて発信を行っている。</p><p>&nbsp;</p><p>2020年東京オリンピックに向けてということで、毎年数回「ぎふ清流文化プラザ」で地歌舞伎公演を行うことも決まったようである。</p><p>昨年の９月には鳳凰座歌舞伎保存会が公演を行っており、今年は２月１９日（日）に佐見歌舞伎公演実行委員会、美濃歌舞伎保存会、可児歌舞伎同好会による公演、４月８日（日）には白雲座歌舞伎保存会による公演が予定されている。</p><p>（その後の公演について高雄歌舞伎保存会にも上演依頼があるとのこと）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20170115/17/kerakabuki/56/9f/j/o2480340713846173239.jpg"><img width="620" height="852" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170115/17/kerakabuki/56/9f/j/o2480340713846173239.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20170115/17/kerakabuki/68/90/j/o2292334613846173350.jpg"><img width="620" height="905" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170115/17/kerakabuki/68/90/j/o2292334613846173350.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p><p>これまでにないほどの地歌舞伎への熱の入れようである。</p><p>祭礼などと合わせてこれまで地域の中だけでの楽しみとして行われてきた地歌舞伎が、特に外国人向けの観光資源として大きな価値があるものだと認識されたのであろう。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、それでは我々の住む郡上市はどうであろうか。</p><p>我が郡上市は岐阜県の市町村別面積第２位にも関わらず、協議会に加盟しているのは高雄歌舞伎のみである。現存する芝居小屋はひとつもない。</p><p>&nbsp;</p><p>ただし、もちろん我々、気良歌舞伎も毎年公演は行っており、さらに、一昨年は郡上市大和町の２地区で地歌舞伎が上演されている。（この２地区は祭礼自体が十何年に１回という周期のため毎年は行われていない）</p><p>&nbsp;</p><p>また、芝居専用の芝居小屋は現存していないものの、廻り舞台の機構が施されている高雄神社の拝殿をはじめ、市内各地の神社拝殿には芝居のための機構が残されているものは多い。</p><p>&nbsp;</p><p>また、演じられるものが歌舞伎に関わらないのであれば、人情劇などの素人芝居は明宝地域（旧明宝村）の中では小川地区（数年前になくなってしまったが畑佐地区でも行われていた）で毎年祭礼に合わせて演じられている。ほかにも高鷲町ひるがので行われているとも聞く。</p><p>&nbsp;</p><p>これらは歌舞伎ではないのであるから、地歌舞伎とはいえないものの、素人が演じる芝居という意味では同じであり、全体において素人が芝居をするという文化は根付いていると言ってもよいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>高雄歌舞伎は郡上市の重要無形文化財。</p><p>郡上市の後援で一昨年からは高雄・気良青年歌舞伎公演も開催させていただいている。</p><p>しかしながら、特に若い世代を中心として、まだ地歌舞伎を見たことがないという市民の方は多い。</p><p>&nbsp;</p><p>したがって、地歌舞伎公演というと、市民の方も行政も”地域芸能の伝承”という観点で捉えられがちである。芸能の伝承といっても若い人たちにはとっつきにくいのも確かである。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、実際に毎年地歌舞伎を見に来てくださる人たちの感想はまるっきり違う。伝統がどうのこうのよりも「芝居が面白かった。また見に来たい」と言ってくださる。役者としてはその言葉が一番うれしい。</p><p>&nbsp;</p><p>見てくれる人が楽しんでくれること。地域の人はもちろん、地域外の方だった良い、外国人でも。</p><p>&nbsp;</p><p>我々が地域振興などというのはおこがましいが、毎年、自分たちの芝居を楽しみにしてくれる人がいるというだけでも地域を盛り上げる一助になっていると言っても良いのではないだろうか。</p><p>そのうえで、さらに地歌舞伎が地域外の方に当地を訪れていただく、知ってもらうきっかけとなって、観光資源となるならばなお良い。</p><p>&nbsp;</p><p>郡上市の日置市長は地歌舞伎に大変興味を持っていただいており、毎年、高雄歌舞伎、気良歌舞伎を観覧してくださっている。さらに昨年は気良歌舞伎に出演してくださるなどご支援をいただいたところである。</p><p>&nbsp;</p><p>我々としても自分たちができる精一杯のことをして、微力ながら地域の活性化に少しでも貢献できれば良いなと考えている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kerakabuki/entry-12238417038.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Jan 2017 20:32:24 +0900</pubDate>
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