<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>流離うカタツムリ</title>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kicoanduribo/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>Yahooブログの閉鎖によりFC2へ移行したもののブロ友達の行く先を追いながらアメブロへたどり着きました。以前の記事は、FC2へ留めております。興味のある方覗いてみて下さい。URL　https://6260kico.blog.fc2.com/blog-category-1.html</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>2021年元旦</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:2.74em;">　　　　　　　2021年　元旦</span></span></span></p><p><span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:2.74em;">　　　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/09/kicoanduribo/4e/24/j/o0637070014875234966.jpg"><img alt="" height="462" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/09/kicoanduribo/4e/24/j/o0637070014875234966.jpg" width="420"></a></span></span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;">　　　　<span style="font-size:2.74em;">　</span></span></span><span style="font-size:2.74em;"><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#000000;">う</span></span></span><span style="font-size:1.96em;"><span style="font-weight:bold;">ん</span></span><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">を呼ぶ</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　</span><span style="font-size:2.74em;">し</span><span style="font-size:1.96em;">ん春の風</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　　</span><span style="font-size:2.74em;">と</span><span style="font-size:1.96em;">おり過ぎ</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　　　　</span><span style="font-size:2.74em;">し</span><span style="font-size:1.96em;">ごと初めは</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　　　　　　千客万来！</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　語呂合わせの戯れ歌にて</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　明けましておめでとうございます。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　　　　　本年もよろしくお願い致します。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.96em;">　　　　</span></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12647497406.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jan 2021 10:01:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No20  エピローグ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No20　エピローグ</p><p>&nbsp;</p><p>　2019年6月18日午前7時30分、起床してすぐに、ホテルのブッフェへ向かうのでございます。私達は、本日の14：15発の飛行機で帰国となり、ここでの朝食が、サラエボでの最後の食事となるのでございました。『この地での最後の食事！』と言われて若い時分には、旅の終わりのセンチメントに浸っていたものでございます。しかし、今の私には、そんな感情は微塵も無く、我ながら年を取ったものだと思わずにはいられないのでございます。心豊かな老人を目指していたつもりが、ひたすら枯れてゆくだけのようなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/46/fe/j/o0800060014749129443.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/46/fe/j/o0800060014749129443.jpg" width="620"></a></p><p>　この時に私の気持ちを占めていたのは朝の空腹感と、漸く東京へ帰れるという安堵の気持ちでいっぱいだったのでございます。そんな私が朝食ブッフェの品々を前にして、健康オタクのように全粒粉粗挽パンを選んで皿にのせ、そのヘルシーさを全て打ち消すように大きなソーセージとスクランブルエッグを山盛りにしてパンにのせ、自分の席で満足げな顔で記念撮影をしているのございます。そしてその量を平らげると、もう一皿ゲットしに向かうのでございます！昨晩の控え目な夜食の成果など、全て御破算としてしまうようなボケ老人の所業でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/1d/6b/j/o0800060014749129447.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/1d/6b/j/o0800060014749129447.jpg" width="620"></a></p><p>　もともと変化の少ないオカアチャンは、いつもと変わらずマイペースでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/69/53/j/o0800060014749129449.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/69/53/j/o0800060014749129449.jpg" width="620"></a></p><p>　朝食ブッフェで、お世話になったお嬢様達でございます。右側のお嬢様の『裏ピース』がちょっと気掛かりでしたが、おそらく彼女に悪意は無く、普通にピースサインのつもりだったのでございましょう。しかし、私の写真のショットは不用意で、彼女達の戸惑いを捉えてしまったような瞬間でございました。この写真を見るにつけ、彼女達にお願いし『スマイル!』でもうワンショット写さなかったことが、いまでも悔やまれるのでございます。</p><p>　食事を終えて、１１時過ぎまでノンビリとホテルの部屋でくつろぎながら、手持ちの現地通貨を数えてみると、200ＫＭでございました。日本円換算で約一万三千円也でございます。空港までタクシーを使っても、余裕の手持ち資金でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/08/af/j/o0800060014749129454.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/08/af/j/o0800060014749129454.jpg" width="620"></a></p><p>　そんな訳で、チエックアウトするときに、空港までのタクシーを呼んでもらい、迎えに来てくれたのが写真のドライバーさんでございます。乗り込むと直ぐに『私もＴｏｋｙｏ Japanでタクシードライバーをしているのです』と告げると、僅か15分ほどの道のりでしたが話は弾み、とても快適に空港まで運んでくれたのでございます。料金はチップも含めて13ＭＫの料金でございました。日本円換算で多めにみても900円ほどの料金でございました。この時に思い起こされたのは、サラエボに到着した日の出来事なのでございます。それは、空港から目と鼻の先にあるホテルへ行くのに、東京でのタクシーの初乗り価格とほぼ同じ6ＭＫを払った事でございました！あのときには、女房共々体調を崩しており、感謝の気持ちでいっぱいでしたが、案外な料金を払っていたことを知らされたのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/21/88/j/o0800060014749128967.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/21/88/j/o0800060014749128967.jpg" width="620"></a><br>　私達を迎えてくれた車は、チェコの自動車メーカーの<b>SKODA(シュコダ・オート)</b>&nbsp;制でございます。このメーカーは、ドイツのフォルクスワーゲングループの傘下で、チェコ国内自動車生産のシェア1位を占める会社なのでございます。そのスローガンは『SIMPLY CLEVER』でございます。大衆車からプレミアムブランドまで凌ぎを削るヨーロッパ市場に於いて、高い評価と大きなシェアを誇るメーカーなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/40/9d/j/o0800060014749128968.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/40/9d/j/o0800060014749128968.jpg" width="620"></a></p><p>　彼の説明によれば、サラエボ郊外には組立工場があり、このタクシーはそこで造られた 『made in Bosnia』 なのだそうでございます。私が乗っているハイブリット・カムリの燃費の話をしても、さほど驚かなかったことに、日本車の将来に対する漠とした不安を感じさせられたのでございます。</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/ec/c6/j/o0800060014749128164.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/ec/c6/j/o0800060014749128164.jpg" width="620"></a></p><p>　贔屓目に見ても日本の地方空港と同じにしか見えない、ボスニア・ヘルツェゴビナ国際空港の正面玄関でございます。今後の経済発展が上手くいけば、大きくて立派な空港へと建て変えられてゆくのでございましょう。将来、この空港名が、何処の国の偉人の名前を冠しているのか、とても興味深いところでございます。しかし、心の底から私が願っていることは、再び争いが起きることなく、ひたすら平和の道を歩んでほしいとの思いだけなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/bc/6d/j/o0800060014749128971.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/bc/6d/j/o0800060014749128971.jpg" width="620"></a></p><p>　チエックインカウンターのオープンまでには、まだ少し時間がございます。人影疎らな空港1Ｆロビーのカフェで、先ずはコーヒータイムと洒落こむのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e3/f9/j/o0800060014749128378.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e3/f9/j/o0800060014749128378.jpg" width="620"></a></p><p>　料金は、ラテアートに失敗したようなカフェラテとエスプレッソを注文して、6ＭＫでございました。カップのロゴから推察すると、イタリアのコーヒーチエーンの様でございます。価格は日本円換算430円ぐらいでしょうか、サラエボを離れる頃になって、ようやく身体に染みついてきた現地の物価でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/c8/46/j/o0800060014749128166.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/c8/46/j/o0800060014749128166.jpg" width="620"></a></p><p>　チエックインカウンターが開く時間が近づいてくると、三々五々と人々が集まり始めるのでございます。私達も徐にその場所へと移動して、早々にチエックインを済ませてザックを預けると、気持ちは最早日本へと向かっているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/52/bc/j/o0800060014749127848.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/52/bc/j/o0800060014749127848.jpg" width="620"></a></p><p>　出発ロビーへと進む途中で、滑走路越しに見える遠景には山並が連なり、サラエボが盆地であることを改めて認識させられるのでございます。手前の駐機場にはボスニアエアラインの機体がポツンと一つ寂しげにボーディング・ブリッジを外されて、貨物の積み下ろしをしているのが見えたのでございます。スモークのかかった窓にさす日差しは、６月とはいえ十分に真夏の強さでございました。『今ごろ東京は梅雨どきで、さぞ蒸し暑かろう』と、サラエボの景色を眺めながら、日本のことが思い起こされたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/66/73/j/o0800060014749127852.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/66/73/j/o0800060014749127852.jpg" width="620"></a></p><p>　出発ロビーへの通路をさらに先へ進むと、ボスニア語で書かれた看板が目に飛び込んでくるので御座います。看板に書かれている意味を調べてみると『貴方の為の広告場所！』という広告勧誘でございました。このような広告スペースの空きは、そこらで散見んされるのでございます。今後中国が一帯一路に絡めて、東欧やバルカン半島への足掛かりを固め続けると、この広告の空きスペースは、中国企業が埋めてくるのであろうと推察されるのでございます。JICAの支援も様々行われて来たようですが、報われることはなさそうで御座います。中国人旅行客の姿はよくみかけるのですが、日本人とは、殆ど出会う事の無かった今回のボスニア・ヘルツェゴビナの旅でございました。日本がこの地に入り込む余地などは、殆ど無いように思えてくるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/9d/df/j/o0800060014749127433.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/9d/df/j/o0800060014749127433.jpg" width="620"></a></p><p>　出国ロビーで一番目立つのが免税品店でございましょうか！私達は残った現地通貨を、こちらの免税品店で大方使い果たしたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/56/38/j/o0800060014749127431.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/56/38/j/o0800060014749127431.jpg" width="620"></a></p><p>　昔からお土産の免税品は、煙草やお酒を購入するのが一般的のようですが、私達の狙いはスィーツでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/63/c9/j/o0800060014749127427.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/63/c9/j/o0800060014749127427.jpg" width="620"></a></p><p>　子供向けのユルキャラ人形と御菓子の組み合わせが目に入りましたが、これはパスでございました。結果としてゴディバのチョコ詰め合わせ1箱64.35ＫＭと、ドライフルーツ入り『made in bosnia』チョコを9箱88.01ＫＭで買うことになったのでございます。この時点で、残り現地通貨は18ＫＭでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/53/85/j/o0800060014749127854.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/53/85/j/o0800060014749127854.jpg" width="620"></a></p><p>　お土産のゲットも済ませて、いよいよ全ての現地通貨を使い切るために、カフェへと向かうのでございます。出国に近い場所へ移動するごとに、カフェの品物の値段は上がってゆくのでございます。残金と相談しながら、慎重にメニューを見て注文したのは、カプチーノが2杯で9ＭＫとショートケーキが4ＭＫ、それに機内で飲むためのペットボトルの水が、2本で5ＭＫとなり、現地通貨は大方使い果たして、幾許かの小銭が、私の財布の中に残っているだけとなったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e4/ac/j/o0800060014749127008.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e4/ac/j/o0800060014749127008.jpg" width="620"></a></p><p>　空港の外にある売店で買ったお水は、写真右の大きさで1ＭＫのお値段でございました。出発ロビーのカフェで売られたいた水が、左にある小さな2本のペットボトルで、お値段は1本2.5ＭＫでございました！フライドバイの機内では水の値段はドル払いとなって、さらに高値となってゆくのでございます。私達は、貴重な水をゲットして、搭乗ゲートへと向かうのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/b0/79/j/o0800060014749126273.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/b0/79/j/o0800060014749126273.jpg" width="620"></a></p><p>　搭乗ゲートへ行ってみると、フライドバイの機体はすでにボーデイングブリッジに繋がれており、フライトの準備が進められていたのでございます。ボスニア・ヘルツェゴビナ出国までの残り時間は、一時間を切っておりました。　　　</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/a2/b1/j/o0800060014749126289.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/a2/b1/j/o0800060014749126289.jpg" width="620"></a></p><p>　搭乗ゲートの待合い場は、狭いながらも居心地よく感じられる造りでございました。ここまで来ると、あとはボーットしながら、搭乗開始を告げるアナウンスを待つだけでございます。　　　　</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/30/d3/j/o0800060014749125668.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/30/d3/j/o0800060014749125668.jpg" width="620"></a></p><p>　ほどなく搭乗を済ませて、座席に着いた私の顔は笑っておりますが、エミレーツと共同運航のフライドバイの座席はとても狭くて、膝に故障のある私にとっては、拷問を受けているような６時間のドバイへのフライトとなるのでございます。そして話はそれますが、お水を頼むと有料で500mlペットボトル1本が、1ドルとなるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/9c/46/j/o0800060014749125382.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/9c/46/j/o0800060014749125382.jpg" width="620"></a></p><p>　窓から機外を眺めると、隣の駐機場ではターキッシュエアラインがフライトの準備を進めているところでございました。その様子を見ながら、次回サラエボを訪れるときにはエミレーツは使わずに、必ずトルコ航空にしようと、心に決めた瞬間なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/64/11/j/o0800060014749125384.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/64/11/j/o0800060014749125384.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;ボーデイングブリッジが外されて、私達が乗る機体はタキシング<span style="font-weight:bold;">（飛行機が自らの動力で地上を移動すること）</span>を開始して、ゆっくりと誘導路を進み始めるのでございます。滑走路の端へ辿り着き、その機首を飛び立つ方へ向ける途中で、真っすぐに伸びる滑走路と、そのもう一端がとても小さく霞んで見えたのでございます。右前方に微かに見えているのは、私達に続いてタキシングを開始したトルコ航空機でございます。先ほどまで射していた日差しは無くなり、どんよりとした曇り空に変わって、山間のほうでは雨となっているようにも見えたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/2c/52/j/o0800060014749125389.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/2c/52/j/o0800060014749125389.jpg" width="620"></a>　私達の乗った飛行機には、すでに離陸許可が出ていたようで、機首の方向を変えると、タキシングの惰力を使ってそのまま離陸滑走を開始したのでございます。窓外に見えたターキッシュエアラインに一瞥をくれて『さらば、サラエボ！』の瞬間でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/d9/41/j/o0800060014749124991.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/d9/41/j/o0800060014749124991.jpg" width="620"></a></p><p>　高度を上げ始めた機外に広がるサラエボの家々の屋根だけを見ていると、すでにサラエボ包囲戦の傷は癒え、平穏な日々の営みがあるだけのように思えるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/db/fa/j/o0800060014749124997.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/db/fa/j/o0800060014749124997.jpg" width="620"></a></p><p>　しかし、思い出されるのは、イヴォン・アンドリッチ自身が、1992年のボスニア内戦でのセルビア人の蛮行を予見するかのように書き上げた短編『1920年からの手紙』（邦題：サラエボの鐘）の一節でございます。筆者から友人へのメッセージを伝える手法を取り『憎悪は力を与え怒りは運動を喚起する・・』の一連の語りで始まり、ボスニアは憎悪と恐怖の土地である事が書かれていたでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e3/cc/j/o0800060014749124998.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/e3/cc/j/o0800060014749124998.jpg" width="620"></a></p><p>　ボスニアのような国では、憎む能力のない者、さらには意識的に憎もうと欲しない者は、いつも少しく余所者で変り者とみなされ、しばしば殉教者とされてきたのでございます。どれだけの憎しみと恐怖が、この地で生まれたのでございましょうか！その憎しみの連鎖は、本当に消え失せてしまっているのでございましょうか？</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/40/9c/j/o0800060014749123625.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/40/9c/j/o0800060014749123625.jpg" width="620"></a></p><p>　この美しい土地で共存していた人々の心の中にくすぶる火種を焚き付けたのは、自らを正義の使者と任ずるマスメディアだったことは、すでにお話した通りでございます。特に、ユーゴスラビア内戦の口火となるスロベニア、クロアチアなどでも、西側の広告代理店を使って民族意識を煽り独立を早めさせたことが明らかになっているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/3c/9a/j/o0800060014749123623.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/3c/9a/j/o0800060014749123623.jpg" width="620"></a></p><p>　かつて、サッカー日本代表の監督を務めたマスコミ嫌いのオシムも<span style="font-weight:bold;">『新聞記者は戦争を始めさせることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある』と</span>コメントしていたのでございます！イビチャ・オシムは、サラエヴォ出身のサッカー選手で、旧ユーゴスラビアでの最後の監督となった人物でございます。飛行機は更に高度をあげながら、サラエボから遠ざかってゆくのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/5c/88/j/o0800060014749122959.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/5c/88/j/o0800060014749122959.jpg" width="620"></a></p><p>　サラエボは、日本と無縁の土地ではございませんでした。旧市街を歩けば必ず『サラエボ事件』の歴史を知ることになり、それは第一次世界大戦へとつながり、日本は実際に参戦してはいなかったものの、連合国側としてセルビアに加担して、イギリス、アメリカ、フランス、イタリアと共に戦勝五大国となり、パリ講和会議を主導して、中国大陸の青島及び赤道以北の南洋諸島全体を委任統治領とすることを、当時の世界から認められたのでございます！今から丁度１00年ほど前のお話でございます。</p><p>　ボスニア・ヘルツエゴビナを旅した結果、うる覚えの日本の近現代史を確かなもとして、先の大戦から現在に至る誤った歴史認識も修正したいと考えるようになったことは、今回の旅の大きな収穫でございました。</p><p>&nbsp;</p><p>　このブログを読んで、一人でも多くの日本の方々に、ボスニア・ヘルツエゴビナを旅して頂ければ幸いでございます。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/27/e3/j/o0800060014749122961.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200426/07/kicoanduribo/27/e3/j/o0800060014749122961.jpg" width="620"></a></p><p>　一年掛かりでアップしたボスニア・ヘルツエゴビナの旅に最後までお付き合い頂きありがとうございました。今は、毎日、膝のリハビリで奮闘中でございます。大方の予想では、私の膝は治らないと思われていたようでございます。それが、驚くことに、新型コロナウイルスへの感染を警戒して、営業自粛していたおかげで、膝のリハビリが順調に進み、間もなく完治しそうなのでございます。新型コロナウイルスは、ボスニア・ヘルツエゴビナの亡霊達から私への贈り物だったのではと、不思議な思いに囚われているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12604221090.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Jun 2020 20:26:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No19</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No19</p><p>&nbsp;</p><p>2019年6月17日(月曜日) 午後4時50分で御座います。昼食後にホテルへもっどって昼寝を決め込み、体力の回復を試みていたのでございます。午後4時過ぎには、おもむろに起きだして、向かった先は、サラエボの町を高台から眺められる<span style="font-weight:bold;">Ｚｕｔａ Ｔａｂｉｊａ(黄色い城塞)</span>でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen aria-hidden="false" frameborder="0" height="450" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m28!1m12!1m3!1d2419.0596173134577!2d18.432383744725183!3d43.86074260647306!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!4m13!3e2!4m5!1s0x4758c8b5c894fb1d%3A0xe90c843375b3dac8!2sYellow%20Bastion!3m2!1d43.8614405!2d18.4376477!4m5!1s0x4758c8c8c322a109%3A0xe90aa1a39f58600b!2z44OQ44K344Ol44OB44Oj44Or44K344OkIEJhxaHEjWFyxaFpamEgMSwgU2FyYWpldm8gNzEwMDAg44Oc44K544OL44Ki44O744OY44Or44OE44Kn44K044OT44OK!3m2!1d43.8598071!2d18.4312914!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1588119989572!5m2!1sja!2sjp" style="border:0;" tabindex="0" width="600"></iframe></p><p>　ガイドブックによれば、<span style="font-weight:bold;">Zuta tabija(黄色い城塞)</span>への登り坂の途中には墓地があり、そこへも行ってみたいと思っていたのでございます。お墓はこの世に生を受けた誰もが、最後にはお世話にならなければならない場所でございます。宗教は違えども、その在り方には興味があるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/a7/32/j/o0800060014748105160.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/a7/32/j/o0800060014748105160.jpg" width="620"></a><br>　目印となるお墓を目指して坂道を登りながら、お墓について色々と考えるのでございます。あらゆる動物が死んでゆくその中で、人間だけは本人が望むかどうかに関わらず、死者をそのまま放置して腐らせるようなことはしないのでございます。死者に対する尊崇の念をいだきながら葬儀を行い、お墓をつくり埋葬するのでございます。宗教が何であれ、誰のお墓であれ、人々は弔いの場に臨み、故人を偲びながら、皆無意識に自分の人生を省みて、これからの自身の生き方を考えさせられるのでございます。お墓とはある意味で、この世で生き続ける私達への道標なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/36/5c/j/o0800060014748105165.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/36/5c/j/o0800060014748105165.jpg" width="620"></a></p><p>　そして、無念の死を遂げた人も、人生を全うした人も、そのお墓が等しく私達へ語りかけてくる事は、命の尊さに他ならないのでございます。坂道は、上の方でカーブしているため見通しが悪く、私達は先の見えない様子に急かされるように、その坂道を上り続けるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/c5/e4/j/o0800060014748105166.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/c5/e4/j/o0800060014748105166.jpg" width="620"></a></p><p>　勾配の緩んだあたりを僅かに右におれると、目の前に突然広がる無数の白い墓標の乱立する様子に、思わず立ちつくしてしまうのでございます。この墓地に埋葬されている方々は、ボスニアヘルツェゴビナ独立を目指して、ユーゴスラビア政府軍と闘い戦死した兵士達でございます。 強いて申し上げれば、ここは祖国独立の為に戦い、尊い命を失った方々の御霊の集まる墓所なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/c4/8b/j/o0800060014748105167.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/c4/8b/j/o0800060014748105167.jpg" width="620"></a></p><p>　墓地の先には、小路が設けられており、私達が目指す<span style="font-weight:bold;">Yellow bastion(黄色い城塞)</span>へと続いているのが見てとれるのでございます。墓地を迂回するように城塞跡へ向かう立派な道もありますが、私には、最短で進む墓地中の道が、とても心地よさげに見えたのでございます。墓場を忌み嫌う方もおりますが、私達はお墓に眠る方々の生き様に思いを寄せながら、墓所を抜ける小路を進んでゆくのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/2f/41/j/o0800060014748104893.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/2f/41/j/o0800060014748104893.jpg" width="620"></a>　埋葬されている人達の大半はサラエボ包囲の戦闘で亡くなっており、その生存期間は皆一様に1995年で終わっているのでございます。墓標に刻まれた生存期間に、サラエボ包囲戦の凄惨さを感じずにはいられないのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/6d/2a/j/o0800060014748104895.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/6d/2a/j/o0800060014748104895.jpg" width="620"></a></p><p>　独立の為であろうと祖国を守る為であろうと、命を懸けるということは何物にも代えがたく重たいものなのでございます。そして、その是非については、常に問い続けられなければならない事なのでございます。長きに渡り、アメリカに守られる安寧を享受してきた私達には、自国の平和に自らが責任を持つという自覚が希薄になっていることに気づかされるのでございます。戦争がいけないことは、誰にでもわかっていることなのですが、平和とは多くの犠牲と努力の上に成り立っていることを忘れてはならないのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/78/7e/j/o0800060014748104628.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/78/7e/j/o0800060014748104628.jpg" width="620"></a></p><p>　死して語らずとも、お墓には説得力がございます！戦争がいけなことは、誰もが知っていたのでございます。しかし、戦う覚悟を示さなければ、真の平和は訪れなかったのでございます。ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦には、欧米の広告代理店とマスメディアも深く関わっていたことは、今では公然の事実でございます。マスメディアの世論誘導によりユーゴスラビア国内の民族意識は高められ、内戦拡大へと向かっていったのでございます！また、世論操作により、クライアントの敵セルビア側を『国際社会の敵』に仕立て上げ、最終的には国連総会の場から追放してしまったのでございます。自らお膳立てして、世界の目をバルカン半島に向けさせて、独立の為に戦ったのでございます。クライアントとは、ある意味ボスニア・ヘルツェゴビナそのものなのでございます！</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/79/dd/j/o0800060014748104634.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/79/dd/j/o0800060014748104634.jpg" width="620"></a></p><p>　そのクライアントとは、私の後ろにあるドームのお墓で眠る、ボスニア・ヘルツエゴビナ初代大統領アリヤ・イゼトベゴヴィッチでございます。彼は2003年10月に、心臓病が悪化して死去するのですが、それまでの功績が讃えられ、サラエヴォの大通り『チトー元帥通り』と『サラエボ国際空港』を改称して、彼の名を冠することが提案されていたのでございます。しかし、これは<span style="font-weight:bold;">スルプスカ共和国(セルビア側)</span>の政治家からの反対を招き阻止されただけでなく、イゼトベゴヴィッチの墓は、2006年8月11日に何者かによって爆破されてしまったのでございます。現在のお墓は、イスタンブール市により建て直されたものでございます。</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/55/2c/j/o0800060014748104471.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/55/2c/j/o0800060014748104471.jpg" width="620"></a>　サラエボ包囲戦では軍人だけでなく、一般市民に、より多くの犠牲が出ていたのでございます。写真右奥の遥か彼方の高台に見えるAvaz Twist Tower北側には、オリンピック・スタジアムのグランドが広がり、当時は沢山の遺体がそこに並べられ、今ではそこがボスニア内戦の犠牲者を追悼する為の大きな墓所となっているのでございます。またその墓地には、キリスト教徒とムスリムの両方の墓標が、境界も曖昧に埋葬されている箇所がございます！サラエボ包囲の最中には、多くのクリスチャンも市内に留まっていた為に、キリスト教徒の犠牲者も少なく無かったのでございます。宗教が違っても手厚く埋葬されていたことに対する安堵の気持ちと、遣る瀬無さが複雑に入り混じる話しとなっているのでございます。私は此処の墓地に眠る戦士の御霊に励まされながら、膝が痛む事も忘れて、<span style="font-weight:bold;">Zuta tabija(黄色い城塞)</span>へと辿り着いたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/74/a8/j/o0800060014748104357.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/74/a8/j/o0800060014748104357.jpg" width="620"></a></p><p><b>　</b>この城塞は、オスマン帝国にとって、サラエボが重要な前哨基地としての役目を果たしていた1727年から1739年の間に建てられたそうでございます。&nbsp;1878年には、オーストリアハンガリー軍に対する防衛拠点としても機能していましたが、オスマン帝国は次第に衰退してゆくのでございます。城塞跡の石垣は数回損傷を受け再建され、最近では1998年に補修が行われたようでございます。トルコは、サラエボを自国の飛び地と考えているようで、此のあたり一帯には、トルコ資本が盛んに投下されているようでございます。オスマン帝国時代の古い城門や城壁の修復を進めたり、先ほどお墓で拝見したボスニア・ヘルツエゴビナ初代大統領アリヤ・イゼトベゴヴィッチの記念館もつくられているのでございます。残念ながら私達は、それらを見学することは出来なかったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/1f/ee/j/o0800060014748104362.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/1f/ee/j/o0800060014748104362.jpg" width="620"></a></p><p>　階段を登って石垣の上に立ってみると、城塞跡からの眺めは素晴らしいものでございました。今は此処に砲台や大きな建物は無く、訪れる観光客が寛ぐ為の椅子とテーブルが設けられ、ソフトクリームやコーヒー・水などを販売する小屋があるだけなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/ba/b8/j/o0800060014748104020.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/ba/b8/j/o0800060014748104020.jpg" width="620"></a></p><p>　石垣の上からの写真は、曇り空のボケ気味で、昨晩山間で降った雨で、ミリャツカ川の水は茶色く濁っていたのでございます。如何ともし難い不満は胸に留めて、ソフトクリームを食べながら読んだガイドブックから、紛争中にはこの川の南側（写真左側）が前線となっていた事を知り、市街戦で逃げ惑う一般市民の惨状に思い至ると、居た堪れない気持ちとなるのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/e1/79/j/o0800060014748103892.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/e1/79/j/o0800060014748103892.jpg" width="620"></a></p><p>　本日のスケヂュールはこれで終わりと思いながら、ぼんやり山の方を眺めていると、斜面に沿って何かが動いているのが見えたのでございます。目を凝らしてよく見ると、ケーブルカーがあるようで、ホテルで貰った観光地図を読み返すと、確かに『Ｃａｂｌｅ Car』の記載があるのでございます！旅立つ以前には全く知らなかった大発見の情報となったのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/95/91/j/o0800060014748103283.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200424/01/kicoanduribo/95/91/j/o0800060014748103283.jpg" width="620"></a><br>　高いところの好きな私達は、迷うことなくケーブルカーに乗ってみようと思い立ち、急いで元来た道を戻り始めたのでございます。しかし、下り坂では膝にかかる負担が増すようで、私には眼下に見える景色を楽しむ余裕もなく、ひたすら足元を凝視しながら慎重に一歩一歩と踏み出して、降りてゆかなければならなかったのでございます。写真でご覧いただける石畳の補修にも、トルコからの資金が使われていることは間違いないようでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/2c/bc/j/o0800060014748081828.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/2c/bc/j/o0800060014748081828.jpg" width="620"></a></p><p>　無事に下まで降り切って安堵の顔で記念撮影でございます。後ろに見えているのは、バシチャルシアのセビリ(水飲み場)の辺りでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/fb/1b/j/o0800060014748080948.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/fb/1b/j/o0800060014748080948.jpg" width="620"></a></p><p>　このあたりも、時間があればじっくりと歩いてみたかったのですが、ケーブルカーの営業時間が気がかりで、素通りとなったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/48/50/j/o0800060014748080950.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/48/50/j/o0800060014748080950.jpg" width="620"></a></p><p>　古物を商うお店もございました。価値があるとは思えぬ品々が並んでおりましたが、品定めする余裕もないまま、お店の写真をカメラに納めて先を急ぐのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/46/65/j/o0800060014748080952.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/46/65/j/o0800060014748080952.jpg" width="620"></a></p><p>　　　再び訪れる機会はあるのだろうかと思いながら、お店の前を通り過ぎたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/99/44/j/o0800060014748080953.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="466" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/99/44/j/o0800060014748080953.jpg" width="620"></a></p><p>　観光地図を見ながらケーブルカーの駅へと向かう道すがら、上の写真は目的地への分岐点となる旧市庁舎前でございます。オーストリア・ハンガリー帝国時代に、ムーア様式の市庁舎として建てられ、その後に国立図書館となった建物で、サラエヴォのシンボルともいえる建物だったのでございます。しかし、1992年の砲撃で、建物は外壁を残して全焼し、貴重な蔵書もほとんどが焼失してしまったのでございます。2014年には、建物の修復工事も終わり、かつての美しさを取り戻すことが出来たのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/aa/91/j/o0800060014748080956.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/aa/91/j/o0800060014748080956.jpg" width="620"></a></p><p>　旧市庁舎の角を曲がってミリャツカ川を渡り山の方へ進めば、ケーブルカーの駅へ辿り着くだろうと方角を見定めながら、道行く人達にも尋ねながら歩いてゆくと『Ｃａｂｌｅ Car』の案内表示を見つけることができたのでございます。現在午後7時12分でございます。この時には、営業時間に間に合うのだろうかと、少し弱気な気持ちにもなっていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b8/3b/j/o0800060014748080301.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b8/3b/j/o0800060014748080301.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;午後7時20分には、サラエボケーブルカーの駅へ無事到着、営業終了まで十分に余裕のあることも確認して、ホット一息ついているところでございます。発着場となる建物は、出来たてのホヤホヤで、周りの敷地にはまだ、整備の機材も置かれたままでございました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/33/19/j/o0800060014748080309.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/33/19/j/o0800060014748080309.jpg" width="620"></a></p><p>　営業再開を祝う垂れ幕は、急拵えの様に掛けられてはおりましたが、そのデザインは、ボスニア語でケーブルカーを意味する<span style="font-weight:bold;">Ｚｉｃａｒａ</span>と<span style="font-weight:bold;">Ｓａｒａｊｅｖｏ</span>の<span style="font-weight:bold;">ａｒａ</span>の部分を重複させて、洒落が効いて機知に富んだ出来上がりと思えたのでございます。その垂れ幕の下の方に記載されている1959～2018の数字から、サラエボ・ケーブルカーの歴史は、相当に古いと知ったのですが、1989年には設備の老築化の為に使用禁止となり、さらにボスニア内戦時の1992年には、ケーブルカー施設は完全に破壊され、トレベビッチ山中には地雷が敷設され、近づくことも出来ない状態となっていたのでございます。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/38/82/j/o0800060014748080312.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/38/82/j/o0800060014748080312.jpg" width="620"></a></p><p>　サラエボケーブルカーは、それが設置されている山の名前からトレベビッチケーブルカーとも呼ばれ、2018年4月6日に正式再開となったのでございます。新しいシステムを構成する合計33基の近代的なゴンドラは、トレベビッチ山頂まで片道9分の乗車時間でございます。1時間あたり最大1,200人の乗客を輸送することができるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/97/96/j/o0800060014748068652.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/97/96/j/o0800060014748068652.jpg" width="620"></a></p><p>　こちらは、1984年のオリンピックで、トレべヴィッチ山がボブスレー会場として使われていた時のゴンドラでございます。ゴンドラ自体の違いもさることながら、この時の1時間当たりの輸送人員が400人であったことを考えると、新しいゴンドラの快適さが御分りいただけるのではないでしょうか！料金は、山頂を往復して御一人様20ＫＭ、日本円換算で1300円でございました。ちなみに、地元在住の方々は、6ＫＭでお子様は無料となっているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/72/bc/j/o0800060014748079304.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/72/bc/j/o0800060014748079304.jpg" width="620"></a></p><p>　33基のゴンドラの内5基だけを、五輪カラーの赤・黄・青・緑・黒に塗りわけて、その他はボスニア・ヘルツエゴビナ国旗の色を使い、サラエボの統一性と多民族性を表しているのだそうでございます。私達が乗ったゴンドラの色は、一番数の多いボスニア・ヘルツエゴビナ国旗に使われているダークブルーでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/17/b3/j/o0800060014748079308.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/17/b3/j/o0800060014748079308.jpg" width="620"></a></p><p>　ゴンドラの側面は総ガラス張りとなっているので、全方位をパノラマとして楽しむことができるのでございます。写真は情けないものばかりなのですが、ゴンドラからの眺めは、住宅地を間近に見下ろすように通り過ぎる箇所もあり、遊園地のアトラクションのように圧巻でございました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/8e/b7/j/o0800060014748070733.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/8e/b7/j/o0800060014748070733.jpg" width="620"></a></p><p>　曇り空の夕闇迫るサラエボの町でございます。高度があがると遠景はさらにぼやけて、判然としなくなるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/ad/66/j/o0800060014748075194.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/ad/66/j/o0800060014748075194.jpg" width="620"></a></p><p>　トレベビッチ山頂駅のスロープには、鮮やかな五輪マークが設えられており、サラエボオリンピック誘致への願いが込められたいるようでございました。サラエボは、2010年にも冬季オリンピックを開催しようと立候補して、一次選考で落選したそうでございます。また2018年大会にも立候補する意欲を示していましたが、最終的に断念したそうでございます。2022年大会は北京に決定しており、2026年はイタリアとなれば、サラエボのチャンスは、2030年となるのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/1a/9b/j/o0800060014748075186.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/1a/9b/j/o0800060014748075186.jpg" width="620"></a></p><p>　トレベビッチ山頂駅でございます。6月半ばではございますが、Ｔシャツでは寒いのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/37/a3/j/o0800060014748074453.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/37/a3/j/o0800060014748074453.jpg" width="620"></a>　山頂からの景色は、逆光で天候にも恵まれず、写真を写す気にもならないくらいに、冴えが無かったのでございます。しかし、トレベビッチ山の売りは、ハイキング・コースにもあるようでございました！</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/06/b5/j/o0800060014748074450.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/06/b5/j/o0800060014748074450.jpg" width="620"></a></p><p>　1984年サラエボ・オリンピックのボブスレー・トラックは、今は廃墟となっているのですが、それをハイキング・コースと組み合わせ、魅力あるルートを造りだしていたのでございます。ボスニア内戦の傷跡を、逆手に取った手法でございます。地図の左よりに破線で描かれているラインがボブスレー・トラックだった箇所でございます。私の膝の具合と残された時間では、見学に行くのは無理と判断し、残念ながら諦めたのでござでいます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/b7/0c/j/o0700046714755055538.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="180" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/b7/0c/j/o0700046714755055538.jpg" width="270"></a>　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/8a/5d/j/o0700046714755055543.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="180" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/8a/5d/j/o0700046714755055543.jpg" width="270"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/3c/8f/j/o0700046714755055553.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="180" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/3c/8f/j/o0700046714755055553.jpg" width="270"></a>　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/1f/a1/j/o0700046714755055548.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="180" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200507/14/kicoanduribo/1f/a1/j/o0700046714755055548.jpg" width="270"></a><br>　実際に歩くことは出来ませんでしたが、ネットからお借りした四枚の写真で、ボブスレー・トラック廃墟コースの様子をお伝えさせて頂きました。</p><p>　</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b1/42/j/o0800060014748077248.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b1/42/j/o0800060014748077248.jpg" width="620"></a></p><p>　私達は、ハイキング・コースに思いを残して、ゴンドラに乗り込み麓の町までおりてゆくのでございます。そろそろお腹も空いてきて、晩御飯とするＢ級グルメのブレクを求めて、麓の駅から再びバシチャルシアへ向かうのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/d5/69/j/o0800060014748068665.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/d5/69/j/o0800060014748068665.jpg" width="620"></a></p><p>　ブレク（Ｂｕｒｅｋ）は、バルカン半島で広く愛されている料理で、もともとはトルコが発祥でございます。このＢ級グルメも、国や地域、お店によって形は様々なのですが、一般的には写真のようにパイ生地を渦巻き状にクルクル巻いた形をしているのでございます。人数や食べる量により、好みの大きさや形にカットしてもらい、その重さで値段が決まるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/bd/16/j/o0800060014748068656.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/bd/16/j/o0800060014748068656.jpg" width="620"></a></p><p>　さくさくのパイ生地の中には挽肉やチーズなどの具が入っているのでございます。一番ポピュラーなのは、挽肉ブレクですが、チーズブレクやチーズとホウレン草のブレクもございます。また、甘党の方にはスィーツ感覚で食べられるリンゴブレクやサワーチェリーブレクがおすすめでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/c8/34/j/o0800060014748067248.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/c8/34/j/o0800060014748067248.jpg" width="620"></a></p><p>　私達が選んだブレクはホウレン草とチーズで、渦巻の中心部分をカットしてもらったのでございます。ご覧のカットでも意外に重く、お値段は4ＭＫでございました。ドリンクは、アイリャン(塩味のヨーグルト)でございます。日本円換算で560円を切る最後の晩餐となったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/80/3d/j/o0800060014748067256.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/80/3d/j/o0800060014748067256.jpg" width="620"></a></p><p>　パリパリに焼かれていながら、ズシリとした重さを感じるパイ生地と、それに負けないぐらいに詰め込まれたホウレンソウとチーズが造りだす絶妙の味わいに、塩味のヨーグルトが良く合うのでございます。ご覧のカットを二人でシェアして食べたのですが、私達には、十分な量でございました？</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b3/2f/j/o0800060014748065563.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/b3/2f/j/o0800060014748065563.jpg" width="620"></a></p><p>　　隣のオバサン達は、甘いブレクでお茶を飲みながら一休みと言うところでございましょうか？おそらく、お茶の時間に食べるスィーツは別腹で、晩御飯はもう少し遅い時間になってからでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/01/3c/j/o0800060014748064788.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/01/3c/j/o0800060014748064788.jpg" width="620"></a></p><p>　表へ出て見ると暮れなずむサラエボの町に灯がともり、ヨーロッパ風の通りを歩く人達の足取りは、心持ち急ぎ足に見えるのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/99/81/j/o0800060014748064792.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/99/81/j/o0800060014748064792.jpg" width="620"></a></p><p>　明日の午前中には空港へ向かい、サラエボにサヨウナラの私達は、ミリャッカ川の南側沿いの道をゆっくり歩いてホテルへ帰るのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/e7/e7/j/o0800060014748063673.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/e7/e7/j/o0800060014748063673.jpg" width="620"></a></p><p>　ホテルフロントの夜の部担当のアルミンでございます。彼には、本当にお世話になったのでございます。私達は『明日、日本へ帰ります』とお別れを言いながら、まだ知らないサラエボの町が有ることを未練を込めて伝えると『また来てください！』と言われたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/bd/06/j/o0800060014748063667.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/23/kicoanduribo/bd/06/j/o0800060014748063667.jpg" width="620"></a></p><p>　最後の晩餐が少なすぎたようで、小腹が空いて寝付けそうにないので、近所のマーケットへ夜食と缶ビールを買いに出かけたのでございます。お店の前には、毛の伸びすぎた黒いテリアが『やめときな！』と言いたげな顔で私を見つめていたのでございます。オカアチャンにも『やめときな』と言われたことを思い出して、本当に少しだけ買ってホテルへと戻ったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　<span style="background-color:#ffcc00;">※私はまだコロナにはやられておりません！みんなも頑張れ！</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12591915993.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2020 23:54:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No18</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ボスニア・ヘルツェゴビナの旅　No18</p><p>&nbsp;</p><p>　2019年6月17日(月曜日) 午前11時50分で御座います。バシチャルシアの入口近くにあるユダヤ博物館の見学を終えて、その疲れを癒す為にカフェで一休みしていたところで御座います。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/ec/a3/j/o0800060014702631769.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/ec/a3/j/o0800060014702631769.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;カフェを出て、前を横切るSaraci(サラシ)通りから上を見上げると、ガジ・スフレヴ・ベグ・モスクの尖塔と時計塔が並んで建っているのが見えたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen aria-hidden="false" frameborder="0" height="450" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m12!1m3!1d988.157799732398!2d18.4281304695172!3d43.859350610053!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1587088392147!5m2!1sja!2sjp" style="border:0;" tabindex="0" width="600"></iframe></p><p>　すでに、お昼の御飯時なのですが、それは遅らせて、見上げた先にあるガジ・スフレヴ・ベグ・モスクの見学へ行こうと思いたち、高く聳えるその尖塔を見定めながら、バシチャルシアの商店街を抜けてモスクへと近づいてゆくのでございます。地図中央のやや右手にある<span style="font-weight:bold;">ＣｌｏｃｋＴｏｗｅｒ（時計塔）</span>と<span style="font-weight:bold;">ガジ・スフレヴ・ペグ・モスク</span>は、隣り合わせに建っており、どちらも此処を訪れる旅行者にとっては、心強いランドマークとなっているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/e9/07/j/o0800060014702644655.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/e9/07/j/o0800060014702644655.jpg" width="620"></a></p><p>　ミナレット(尖塔)をランドマークとして見定めてながら、さほどの距離はないことを確信して、ノンビリとウインドショッピングしながら目的地へと向かうのでございます。<br>　　　　</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/61/ae/j/o0800060014702644658.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/61/ae/j/o0800060014702644658.jpg" width="620"></a></p><p>　気になる店の前を通ると、ついつい覗いてみたくなるのは、人情でございます。行きかう人々が、品定めに迷う様子などを見ていると、人種や宗教に違いはあれど、人間のやる事にはさほどの違いは無いのだと、思わず微笑んでしまうのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/d3/14/j/o0800060014702631773.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/d3/14/j/o0800060014702631773.jpg" width="620"></a></p><p>　木造瓦屋根の商店街の後ろに、風呂屋の煙突のようにそびえる<span style="font-weight:bold;">ミナレット(尖塔)</span>を見ていると、何故か懐かしさにも似た感覚に囚われるバシチャルシアの商店街なのでございます！カメラを向けて写した写真は、デジャブとも思える一瞬でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c0/b1/j/o0800060014702631782.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c0/b1/j/o0800060014702631782.jpg" width="620"></a>　近づいてその全貌を見て取れば、風呂屋の煙突などとは比べるべくも無く、此処の旧市街を代表する立派なモスクなのでございます。高いミナレット、大きな建物、その敷地内には広い庭も設けられているのでございました。周りには、このモスクを中心として、学校、浴場、バザール、キャラバンサライ(隊商宿)などが建設されていったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c9/cd/j/o0800060014702631793.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c9/cd/j/o0800060014702631793.jpg" width="620"></a></p><p>　弱った体では、僅かな距離を歩いただけでも辛くなり、寺院の上がりに腰かけて、暫し休憩させてもらうことにしたのでございます。残り少なくなったスケヂュールと自身の体力を秤に掛けながら、頼りなげに行動する私なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/0c/24/j/o0800060014702631799.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/0c/24/j/o0800060014702631799.jpg" width="620"></a></p><p>　寺院の入口に腰かけて佇んでみると、表通りの喧騒を掻き消したその静かな雰囲気に、心休まる気持ちになるのでございます。私と同じように、ここで足を休めて、一息いれている観光客は多い様でございました。ここから先へ進んでモスクの内に入ることができるのはイスラム教信者だけと言われて、入口で休憩したまま、ここの見学は終了となるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f4/7b/j/o0800060014702631802.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f4/7b/j/o0800060014702631802.jpg" width="620"></a></p><p>　当モスクは、ボスニア総督カジ・スフレヴ・ベグによって1531年に建てられたモスクであり、美しいオスマン帝国の建築物なのでございます。モスクを設計したのは、このブログを始めからお読みの方はすでにご存じのミマール・スィナンでございます。スィナンはヴィシェグラードのソコルル・メフメト・パシャ橋や、イスタンブールのスレイマニエ・モスクをを設計した人物でございます。スィナンは名前で、ミマールは建築家を意味するアラビア語に由来する言葉でございます。ミマール・スィナンとは<span style="font-weight:bold;">『建築家スィナン』</span>という意味でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/ac/11/j/o0800060014702631807.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/ac/11/j/o0800060014702631807.jpg" width="620"></a></p><p>　このモスクも御多分に洩れず、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時のサラエボ包囲のときには、敵対するセルビア人から、ムスリムの象徴的建物であるとして攻撃の対象とされ、大きな損傷を受けたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/62/6a/j/o0800060014702631810.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/62/6a/j/o0800060014702631810.jpg" width="620"></a></p><p>　紛争終結後の1996年から修復が始まったのですが、このときの修復資金は、サウウジアラビアからのものが多く、修復に際してはイスラム教ワッハーブ派の影響を受けた為に、修復後のモスクからは色彩や装飾的な要素は取り払われ、白を基調とした質素なつくりとなってしまったので<span style="font-size: 11.6667px;">ございます</span>。2000年から再び、モスクを紛争前の姿に戻すための完全な修復の作業が、始まったそうでございます。修復は未だ道半ばなのか、おそらく今後、ご覧の白壁には、アラベスク文様のタイルがはめ込まれてゆくのでございましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/12/j/o0800060014702631817.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/12/j/o0800060014702631817.jpg" width="620"></a></p><p>　モスクの前の広場から西に目を向けると、古い時計塔の全容を、一目で見ることができるのでございます。この時計塔は、17世紀に建てられたもので、この辺りに住む<span style="font-weight:bold;">ムスリム</span>へ、一日に五回の礼拝の時刻を知らせ続けてきたのでございます。また、19世紀には新しい時計がロンドンから取り寄せられて、古い時計と付け替えられたそうでございます。バシチャルシァの中ではどこからでもよく見える時計塔は、観光客にとっては時間を知る為と言うよりも、道に迷った時の目印として役に立っているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/44/fe/j/o0800060014702644665.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/44/fe/j/o0800060014702644665.jpg" width="620"></a>　腹も空き、歩く事にも耐えられなくなって、いよいよ昼食でございます。目ぼしをつけて入ったのは、外看板に、<span style="font-weight:bold;">ドルマ(煮込み料理)</span>有りと書かれていた、此方のレストランでございます。入ってすぐに手渡されたメニューには、大っきく英語でステーキハウスと書かれておりましたが、<span style="font-weight:bold;">Bosanska Kuca(ボスニアの家)</span>という立派な名前を持つ、地元料理のレストランなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/44/a1/j/o0800060014702644670.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/44/a1/j/o0800060014702644670.jpg" width="620"></a></p><p>　まず私が注文したのは、サラエボの美味しい水で造られた地ビール、<strong>サライェフスコ(Sarajevsko)</strong>でございます。このビールを仕込んだ名水は、サラエボ包囲の最中に、多くの人々の飲料水として使われ、ボシュニャクの人々の命を繋いだのでございます。バルカン半島には、民族それぞれに愛飲する美味しい地ビールがあり、それが民族ごとのアイデンティティともなっているのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/63/a0/j/o0800060014702644671.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/63/a0/j/o0800060014702644671.jpg" width="620"></a></p><p>　そして、オカアチャンが注文した飲み物は、甘くないレモネードでございます！普通の日本人は皆一様に、美味しくないと評する一品なのですが、何が気に入ったのか我が家のオカアチャンが、好んで注文する飲み物となったのでございます？</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/47/ad/j/o0800060014702644677.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/47/ad/j/o0800060014702644677.jpg" width="620"></a></p><p>　料理は、ドルマと呼ばれる肉詰め野菜の煮込みでございます。真ん中の白いのはライスでございます。ライスを囲むようにして、右側の濃い緑色は、ブドウの葉でひき肉を包んだもので、手前がパプリカ、左の赤いのがトマトでその上が小タマネギとなっており、其々に詰め物がされているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/cb/b4/j/o0800060014702644678.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/cb/b4/j/o0800060014702644678.jpg" width="620"></a></p><p>　葡萄の葉で包んだり、野菜の中に詰められている餡子は、それを作る家庭やレストランによって様々で、米、タマネギ、挽肉、香味野菜、などを混ぜ合わせて香辛料を効かせて練ったものでございます。中央アジアから北アフリカまで広く分布する料理で、そのバリエーションは数多となり、用意に手間がかかることから、古くはご馳走料理の範疇に入っていたようでございます。中でも、キャベツの葉に巻かれてヨーロッパに伝わったものは、ロールキャベツの紀元となっているのでございます。手前の器に入った白いものは、追加注文したライスでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/5e/18/j/o0800060014702644679.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/5e/18/j/o0800060014702644679.jpg" width="620"></a></p><p>　　写真手前に並んでいる、茶色い固まりは羊の肉で、パプリカ香辛料を効かせた煮汁は、甘酸っぱい苦みと独特の香りを伴い、ピールのあてとしても最適でございました。二人で一皿シェアしながら、全て美味しく完食でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/fd/4b/j/o0800060014702644674.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/fd/4b/j/o0800060014702644674.jpg" width="620"></a>　　　　　　　　　　　　　　　　ビール　　　　　　5.00</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　レモネード　　　 4.00</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　ドルマ　　　　　 12.00</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　ライス　　　　　　 4.50</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　パ　ン　　　　　　 4.00</p><p>　　　　　　　　　　　　　－－－－－－－－－－－－－－－－－－</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　合　　計　　　&nbsp; 　29.50 ＫＭ　</p><p>　</p><p>　パンとライスのお値段が少々お高い感じがいたしました。食後のコーヒー、デザート無しで、日本円換算1,800円ほどの昼食となったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/64/f8/j/o0800060014702649842.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/64/f8/j/o0800060014702649842.jpg" width="620"></a>　食事を終えて、再びバシチャルシアの雑踏をうろうろしながら、ひと際目立つ緑色のドーム屋根が見える広場へとやってきたのでござます。この建物は、ブルサ・ベジスタンでございます。ブルサとは、トルコで有名な高級絹の集産地であり、まさにシルクロードの一翼を担っていたような町なのでございます。ベジスタンとは、取引所を意味するボスニア語でございます。おらく、サラエボの<span style="font-weight:bold;">ブルサ・ベジスタン</span>は、シルクロードの枝道としての取引所だったのでございましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/92/j/o0800060014702649850.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/92/j/o0800060014702649850.jpg" width="620"></a></p><p>　この建物は、現在サラエボ歴史博物館として利用されており、先史時代からオーストリア統治時代までのサラエボの歴史に関する展示を行っているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c5/bb/j/o0800060014702644663.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/c5/bb/j/o0800060014702644663.jpg" width="620"></a></p><p>　入口まで来ては見たものの、昼に飲んだビールも効きはじめて、どうにも足が動かないのでございます。ブルサ・ベジスタの入口をカメラに納めて、中には入らずじまいでございました。博物館の見学は嫌いではないのですが、疲れも極限に達しているようで、ここらで一度ホテルへ戻って態勢を立て直すことにしたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/a1/65/j/o0800060014702649864.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/a1/65/j/o0800060014702649864.jpg" width="620"></a></p><p>　くまなく歩き回れば、まだまだ発見があるバシチャルシアの町ですが、ここらが私の限界でございました。ホテルまで歩くのも危うくなっていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/1b/53/j/o0800060014702649886.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/1b/53/j/o0800060014702649886.jpg" width="620"></a></p><p>　オカアチャンは、些か不満もあったようですが、ひとまずホテルへ戻ることに同意して頂いたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/71/19/j/o0800060014702649920.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/71/19/j/o0800060014702649920.jpg" width="620"></a></p><p>　このアーケード街は、ガジ・スフレヴ・ベグ・<span style="font-weight:bold;">ベジスタン(バザール)</span>でございます。遺跡として発見された古いバザールの跡地横に沿って、新たに造られたショッピングモールでございます。このショッピングモールを抜ければ、トラムに乗ってホテルへ帰ることができるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/16/kicoanduribo/ff/12/j/o0800060014747880851.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/16/kicoanduribo/ff/12/j/o0800060014747880851.jpg" width="620"></a></p><p>　古いバザールの遺跡を展示してある表通りでございます。バザールの遺跡は、確りと管理保存されており、ここを訪れる人々に無料で展示されているのでございます。新しいショッピングモールは、この遺跡に沿った向こう側に作られているのでございます。写真は、後程撮影したものでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/db/51/j/o0800060014702649928.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/db/51/j/o0800060014702649928.jpg" width="620"></a></p><p>　トラムに乗って、ホテルへもどって、ひとまずシエスタ（昼寝）でございます。この季節のサラエボの日没が午後8時過ぎであることを考えると、私達にはまだ残された時間があるのでございます。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　<span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;"><span style="background-color:#ffcc00;">※まだコロナにはやられておりません！みんな頑張れ！</span></span></span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12590185852.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Apr 2020 01:40:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>日本両棲類研究所　サラマンダー(両棲類)の水族館</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　コロナ・ウイルスが更なる猛威をふるい、外出して遊ぶことに後ろめたさと不安が感じられるようになった三月某日に、日光国立公園内、中禅寺湖畔にある<span style="font-weight:bold;">『日本両棲類研究所』</span>を訪れておりました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/ed/db/j/o0800060014741853461.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/ed/db/j/o0800060014741853461.jpg" width="620"></a></p><p>　日光国立公園は、2000ｍにもおよぶ標高差、渓流、河川、池、沼、湿原など多様な生態系を誇り、昭和9年（1934）12月4日に誕生した我が国初の国立公園でございます。そしてここは、世界でも有数の両生類の生息地ともなっており、有尾類ではクロサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、トウホクサンショウウオ等、無尾類ではアズマヒキガエル、モリアオガエル、シュレーゲルアオガエル、ツチガエル、タゴガエル、ダルマガエル等、多くの種が生息しているのでございます。此処に棲む生物の多様性は世界的にも注目されているのだそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/10/kicoanduribo/1d/25/j/o0489035014742348927.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="444" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/10/kicoanduribo/1d/25/j/o0489035014742348927.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/14/kicoanduribo/9e/88/j/o0258019514742459036.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="195" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/14/kicoanduribo/9e/88/j/o0258019514742459036.jpg" width="258"></a></p><p>　<span style="font-weight:bold;">『日本両棲類研究所』</span>はその中で、自然環境の保全と多くの人々が楽しめる国立公園との観点に立ちながら、自然環境調査、環境アセスメントをはじめとして、繁殖時に産卵のために移動するサンショウウオが安全に通過するための横断トンネルを建設したり、クロサンショウウオの産卵地が砂防堰堤により埋没する事のないように、人工産卵池を設置する等の事業を栃木県と共同で実施して、奥日光における両生類の保護活動を行っているのだそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/09/kicoanduribo/01/10/j/o0485034914742339200.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="446" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/09/kicoanduribo/01/10/j/o0485034914742339200.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;砂防ダム建設により埋没した北関東最大のクロサンショウウオ産卵池群を保護するために栃木県と取り組んだプロジェクトでは、秋に落ち葉の除去を行い、雪解けの際に支障をきたさない為の環境整備なども行っているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/3b/b2/j/o0800060014741853472.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/3b/b2/j/o0800060014741853472.jpg" width="620"></a>　当研究所は、昭和45年（1970）に初代所長で医師として地域医療にも尽力された篠崎尚次氏が設立した私立研究所だったそうでございます。ここで、尚次さんは、再生医療の研究のために国内外の貴重なサンショウウオなどを飼育する傍ら、一般の方々にも公開していたのですが、1994年ごろに閉鎖することになったのでございます。</p><p>　当時、研究所を継承し運営していたのは、尚次さんの次男で、慶応大医学部特任准教授の篠崎尚史氏でございます。しかし、尚史さんは、1993年から角膜センターを設立して8千件を超える角膜移植に貢献したり、臓器移植法制定の仕事などの為に、日光を離れなければならなかったことから、この研究所を閉鎖としたそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/c7/e9/j/o0800060014741853475.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/c7/e9/j/o0800060014741853475.jpg" width="620"></a></p><p>　父と同じく医療の道に進み、角膜・臓器移植や再生医療の分野で活躍していた尚史さんは、故人となった父親の遺志を継ぎ、研究所の再開を決意したそうでございます。研究者や企業など約40個人・団体の協力で運営会社『日光アカデミー』を設立するなどして、2年ほど前から再開の準備をし、2019年8月16日、25年ぶりに、リニューアルオープンしたのだそうでございます。場所は、日光二荒山神社中宮祠近くの国道１２０号沿いの大崎にあり、その中央正面はモダンな三角赤屋根の木造２階建で、延べ床面積約４００平方メートルもある立派な造りなのでございます。綺麗にリユーアルされているその建物は、私達が幾度となくその前を通りながら、カフェかレストランと思い続けていた建物でございました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/8d/79/j/o0800060014741853478.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/8d/79/j/o0800060014741853478.jpg" width="620"></a></p><p>　　玄関をはいって私達をお出迎えしてくれたのは、アカハライモリのマスコット人形でございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/82/95/j/o0800060014741853226.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/82/95/j/o0800060014741853226.jpg" width="620"></a></p><p>　御一人様2,000円のところを、リニューアル・オープン記念期間中ということで、半額の1,000円で見学することができたのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/09/23/j/o0800060014741853229.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/09/23/j/o0800060014741853229.jpg" width="620"></a></p><p>　受付横に設けらている土産物売り場には、得体の知れないキャラクターグッズが並べらており、これから見学へ向かう私達の期待は、いやがうえにも膨らまされるので御座いました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/89/86/j/o0800060014741853242.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/89/86/j/o0800060014741853242.jpg" width="620"></a></p><p>　展示室に入るとすぐに目に飛び込ん出来たのは、多数に区切られた水槽とその中でうごめく、小動物の姿でございました。この中にいるのは、生息域ごとに分別されたアカハライモリ達なのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/5d/66/j/o0800060014741852622.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/5d/66/j/o0800060014741852622.jpg" width="620"></a></p><p>　アカハライモリのお腹の文様や体色には、地域特性があるようで、背面もオレンジ色になっている個体や全身が真っ黒の個体、また全身が真っ赤な個体もいるようでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/12/kicoanduribo/8d/01/j/o1024070214741882297.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="425" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/12/kicoanduribo/8d/01/j/o1024070214741882297.jpg" width="620"></a></p><p>　両生類の中でもアカハライモリは、四肢、脳、顎、水晶体、すべての臓器を再生できるのだそうでございます。その進化の道を探るなどして医療に役立て、治療が難しい病気を治すことも夢ではないのだそうでございます。当研究所の所長、篠崎尚史氏が顧問を務めるベトナムの病院では、すでに脳の再生技術を活かして、小児麻痺児童の試験的治療にも成功しているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/48/bd/j/o0369024614741872267.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="413" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/48/bd/j/o0369024614741872267.jpg" width="620"></a></p><p>　　こちらは、ウーパールーパーでございます。いわゆるサンショウウオのオタマジャクシなのでございますが、一生をオタマジャクシのままで生活するのだそうでございます！これを幼形成熟（ネオテニー）というのですが、幼体であるために再生能力が非常に優れており、手足などが切られても再生するほど強靭な生き物なのでございます。しかし、ウーパールーパーのこの白い個体は、実験動物として何代にもわたって増やされている中、突然変異により現れたものが固定化したのだそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/63/58/j/o0560031214741877135.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="345" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/63/58/j/o0560031214741877135.jpg" width="620"></a>　固有原種はメキシコにのみ生息していいて、黒っぽい色をしているメキシコサラマンダーと呼ばれているサンショウウオの幼体なのでございます。そして、このメキシコサラマンダーは、ワシントン条約で取引が禁止されている絶滅危惧種でもあり、写真はネット上で見つけて、アップしたものでございます。ウーパールーパーは、メキシコサラマンダーから突然変異で生まれたものを人工繁殖し、量産したものであるため、取引禁止の対象外でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/15/kicoanduribo/c1/97/j/o2417288714742516289.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="741" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200412/15/kicoanduribo/c1/97/j/o2417288714742516289.jpg" width="620"></a></p><p>　再生医療分野で注目される両棲類の特性について、私達にも分るように優しく解説したボードが展示されており、再生医療に関するビデオもございました。カエルは、オタマジャクシから変態してカエルになることにより再生する能力が失われたそうでございます。人間にも再生するための遺伝子はあるのですが、何かがその能力を邪魔をしているのだそうでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/af/b2/j/o0800060014741852653.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/af/b2/j/o0800060014741852653.jpg" width="620"></a></p><p>　展示室の中央に設えられている大きく丸い水槽の中を覗いてみると、半分に裂いても再生するという俗説から、ハンザキの異名をもつオオサンショウウオが木の洞に頭を突っ込んでいたのでございます。オオサンショウウオと言ってもこちらは、中国オオサンショウウオでございます。自然界に生息しているものは保護されておりますが、中国では食用として飼育されているものもあるそうでございます。中国との枕詞はついておりますが、コロナ・ウイルスと違って当売店のユルキャラマスコットになるほどの人気者でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/ea/92/j/o0800060014741852641.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/ea/92/j/o0800060014741852641.jpg" width="620"></a></p><p>　日本両棲類研究所が1994年に閉鎖となるときに、ここから二匹の中国オオサンショウウオが岡山の大学に引き取られていったそうでございます。残念なことに、１匹は死んだしまったそうでございます。しかし、生き残ったもう一匹が、此の度のリニューアルオープンに合わせて里帰りしたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/75/5d/j/o0700046714741872274.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="413" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/11/kicoanduribo/75/5d/j/o0700046714741872274.jpg" width="620"></a></p><p>　生き延びた中国オオサンショウウオは体長約１・４メートル、体重約35キロのメスで、推定年齢70歳のお婆ちゃんでございます。特製の水槽で、時折頭を上げ肺呼吸をするそうでございます。私達が見学のときには、木の洞で作った隠れ家に頭を突っ込んだまま顔を見せようとしなかったので、ネットで見つけた写真をアップさせて頂きました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/21/91/j/o0800060014741852140.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/21/91/j/o0800060014741852140.jpg" width="620"></a></p><p>　見学を終えて、カフェのある二階へ向かって行くと、階段途中で再び頭上に、オオサンショウウオが現れたのでござます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/af/d6/j/o0800060014741852144.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/af/d6/j/o0800060014741852144.jpg" width="620"></a></p><p>　そのオオサンショウウオをバックに写真を写すと、ご覧のように不思議な写真がとれたのでございます。そして、これがお気に入りの写真となったのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/23/5b/j/o0800060014741852170.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/23/5b/j/o0800060014741852170.jpg" width="620"></a></p><p>　コーヒーとフレンチトーストを注文し、備え付けの書籍や雑誌に目を通しながら、先ほど見てきた数々の展示について話していると、丁寧に焼かれたフレンチトーストを運んできたオジサンが、私達の会話に加わりながら、いつしか話題の中心を務めていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/19/ad/j/o0800060014741852176.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/19/ad/j/o0800060014741852176.jpg" width="620"></a></p><p>　その話は、両棲類の特性を生かした再生医療にはじまり、ウーパールーパー、アカハライモリ、ここを美智子様が妃殿下としてお立ち寄りになられた時の事、秋篠宮文仁親王殿下がナマズの研究をされるようになった経緯など、その話題性から只者で無いことは、明らかでございました。なんとはじめに私がカフェの給仕と思っていたオジサンは、当研究所所長の篠崎尚史氏ご本人だったのでございます！この時には、そのことに気づかず、一緒に写真を撮らせて頂くこともなく、カフェを後にして来たのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/7c/27/j/o0800060014741852173.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/7c/27/j/o0800060014741852173.jpg" width="620"></a><br>　素敵な文様の入ったコーヒーカップは写しましたが、とても美味しかったフレンチトーストは撮り忘れてしまったのでございます。当研究所の篠崎尚史所長は、サンショウウオと生息地の保護を行いながら、両棲類に関する展示の公開スペースとカフェをつくり、地域住民のコミュニティースペースも整備して、それらに自ら携わっておられるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/a9/a7/j/o0800060014741852156.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200411/10/kicoanduribo/a9/a7/j/o0800060014741852156.jpg" width="620"></a></p><p>　『生まれ故郷である日光を、世界に類を見ない先端技術を提供できる国際的観光地にしたい』と話された<span style="font-weight:bold;">日本両棲類研究所所長篠崎尚史氏</span>のお写真を添えて、お礼に代えさせて頂きます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200413/14/kicoanduribo/4f/6c/j/o0500061914743009472.jpg"><img alt="" height="520" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200413/14/kicoanduribo/4f/6c/j/o0500061914743009472.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　　　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12588754711.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 10:56:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不謹慎ながら、日光湯元へ湯治へ！</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　コロナウイルスが蔓延するこの時期に不謹慎とは思いましたが、膝の調子も幾分よくなり、久しぶりに奥日光へ行って参りました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200321/10/kicoanduribo/48/35/j/o3264244814731339621.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200321/10/kicoanduribo/48/35/j/o3264244814731339621.jpg" width="620"></a></p><p>　淺草東武駅から乗った電車は、特急『きりふり』でございます。東武日光駅へは、乗り換え無しで直通で繋がっているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200321/10/kicoanduribo/85/4f/j/o3264244814731339654.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200321/10/kicoanduribo/85/4f/j/o3264244814731339654.jpg" width="620"></a></p><p>　乗り込んだときには、ご覧のようにガラガラの客席と思っておりましたが、ほどなく座席は埋まっていったのでございます。普段に比べて、若い人達が多かったような気が致しました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/d9/f3/j/o2447209314733634990.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="530" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/d9/f3/j/o2447209314733634990.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　<span style="font-weight:bold;">しもいまいち駅</span>でのわずかな停車時間に、蒸気機関車『大樹』の姿を見ることができました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/ce/7f/j/o2439181314733635000.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="461" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/ce/7f/j/o2439181314733635000.jpg" width="620"></a></p><p>　この列車は、<span style="font-weight:bold;">しもいまいち駅</span>から歴史・伝統・文化と自然が共生する日光・鬼怒川エリアへと接続されているのでございます。次回はこの蒸気機関車『大樹』に乗ってやろうと、子供の様に素直な気持ちで思い立ったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/61/90/j/o3177172914733648485.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="338" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/61/90/j/o3177172914733648485.jpg" width="620"></a></p><p>　先日の連休中日は天気も良く、駅には外国人観光客の姿も見受けられ、意外に多くの人出でに私達の罪悪感も薄れていったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/de/f0/j/o2857163714733646778.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="356" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/16/kicoanduribo/de/f0/j/o2857163714733646778.jpg" width="620"></a></p><p>　駅前から東照宮のある方向へ目を向ければ、はるか向こうには男体山から女峰山への連なりが眺められ、参道は行楽の車で渋滞していたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/f8/3f/j/o2447180114733677808.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="456" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/f8/3f/j/o2447180114733677808.jpg" width="620"></a></p><p>　東武日光駅から東照宮山内までの渋滞でバスは遅れましたが、まだ日の高いうちに奥日光湯元温泉へ到着でございます。湯元のバス停から見える<span style="font-weight:bold;">前白根山</span>へと連なる尾根には、まだ沢山の雪が残っておりました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/c4/e4/j/o2448244814731997669.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/c4/e4/j/o2448244814731997669.jpg" width="620"></a></p><p>　私達が真っ先に向かったのは、バス停近くの板屋旅館でございます。ここの看板犬マロさんは、私達の大のお気に入りなのでございます。以前に、一生懸命に教えた『お手！』は、出来なくなっておりました！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/18/kicoanduribo/2b/c7/j/o2448244814733689767.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/18/kicoanduribo/2b/c7/j/o2448244814733689767.jpg" width="620"></a></p><p>　お手の出来ないダメ犬になっておりましたが、愛嬌をふりまくのはお上手で、さすがに看板犬でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/00/a8/j/o0653049014733669148.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/00/a8/j/o0653049014733669148.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　　　　　此処での私達のの宿泊先は、定宿<span style="font-weight:bold;">『奥日光小西ホテル』</span>でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/19/kicoanduribo/00/f1/j/o2448244814733722437.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/19/kicoanduribo/00/f1/j/o2448244814733722437.jpg" width="620"></a></p><p>　此方のホテルには随分長い期間、ご無沙汰しておりましたが、いつも通りの温かなおもてなしを受け、とても美味しい柚子ジュースのウエルカムドリンクも頂きました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/4c/62/j/o3264244814731995628.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/4c/62/j/o3264244814731995628.jpg" width="620"></a></p><p>　夜には、板長さんご自慢の料理に舌鼓をうちながら、マイナスイオンたっぷりの空気に満たされた奥日光の空気を吸い、残雪を見ながら、コロナウイルスのことも忘れて、ゆったり過ごすことができたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/2b/b0/j/o3264244814733667345.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/17/kicoanduribo/2b/b0/j/o3264244814733667345.jpg" width="620"></a></p><p>　コロナウイルスとは無縁そうな奥日光で、ご馳走を前にして、膝が治るまでの禁酒は破られ、渡辺美智雄が愛飲したという日光権現で一杯でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/0d/50/j/o2448244814731997412.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200322/14/kicoanduribo/0d/50/j/o2448244814731997412.jpg" width="620"></a></p><p>　ほろ酔いでの食後のコーヒーは、暖炉の火にあたりながらでございます。森と滝と湖に囲まれてマイナスイオンたっぷりの空気を吸いながら酔いを醒まして、全国で4番目の濃さの硫黄泉で疲労回復でございます。ここのお湯は本当に肌合いが宜しいのでございます！免疫力も高められ、露天風呂で星空を眺めながら、思わずスクワットしていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/18/kicoanduribo/ab/13/j/o0800060014733696974.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200325/18/kicoanduribo/ab/13/j/o0800060014733696974.jpg" width="620"></a></p><p>　翌日は、2019年8月16日　リニューアルオープンした、日本両棲類研究所、サラマンダーの水族館の見学へ行って参りました！</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　※ サラエボのブログも頑張ってアップいたします！</p><p>　　　　　　　※ 今回の写真は全てipadで写したものでございます。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12583696389.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Mar 2020 10:50:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No17</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No17</p><p>&nbsp;</p><p>　2019年6月17日(月曜日)午前10時30分でございます。バシチャルシアの入り口までやってきて、お昼にはまだ早く、もう一つ見学へ行こうと算段しているところでございました。私が気になっていたのは、サラエボにもシナゴーグがあるとの情報でございました。シナゴーグとは、ユダヤ教徒の会堂であり、ユダヤ教会の俗称でもあり、キリスト教会の前身と言われているものでございます。それは、今いる場所から歩いてすぐの距離にあるようなので、地図に従って行ってみると、ダビデの星が刻まれた建物は、容易に見つけることができたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c1/03/j/o0800060014702514018.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c1/03/j/o0800060014702514018.jpg" width="620"></a></p><p>　ボスニア内戦で衝突した三つの宗教、ローマカトリック教・セルビア正教・イスラム教の他に、この地に根付いた宗教にユダヤ教がございます。1492-1496年にスペインとポルトガルの<span style="font-weight:bold;">レコンキスタ(キリスト教国家による国土回復運動)</span>により、イベリア半島の各地で国外へ追放されたセファルディ系のユダヤ人が、<span style="font-weight:bold;">ディアスポラ(民族離散)</span>により、当時オスマン帝国の土地であったサラエボにもやって来て定住していたのでございます。当時の法廷記録にも、スペインからのユダヤ難民が1565年にサラエボに住んでいたことが記録として残されているのでございます。ユダヤ教とイスラム教が千年以上も敵対してきたというのは、今世紀最大の大嘘であることは、皆さんもすでにご存知のことでございましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/22/82/j/o0800060014702514023.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/22/82/j/o0800060014702514023.jpg" width="620"></a>　ダビデの星が刻まれたこの建物は、1581年に、かつてオスマン帝国の自治領であったルメリア州の指揮官が、ユダヤ人難民のための宿泊施設として建設したもでございます。その後、このホステルは何度か火災で損傷したのち再建されているのでございます。&nbsp;1846年の火災の記録が、現在残されている参照可能な最後の日付でございます。こちらは裏口のようなので、表の方へ回ってみることに致します。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/47/28/j/o0800060014702514033.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/47/28/j/o0800060014702514033.jpg" width="620"></a></p><p>　ユダヤの難民宿泊所であった建物は、<span style="font-weight:bold;">ＧＡＬＥＲＩＪＡ NOVI HARAM(ギャラリー新しい寺院)</span>とよばれる展示会場として貸し出されているようでございます。建物は古いながらもしっかりとリニューアルされており、展示スペースは100平方メートルほどもある立派な出立ちなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c2/cd/j/o0800060014702514041.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c2/cd/j/o0800060014702514041.jpg" width="620"></a></p><p>　私達が探しているシナゴーグは、どうやら隣に建っている石造りの建物のようでございます。そこには、ユダヤ人の団体旅行客が見学にきていたのでございます。　</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/29/7d/j/o0800060014702514050.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/29/7d/j/o0800060014702514050.jpg" width="620"></a></p><p>　オスマン帝国は、ユダヤ人難民宿泊所と併設して、サラエボに定住したユダヤ人のための最初の宗教的な施設、シナゴーグを建てることも許可していたのでございます。現在この建物は、シナゴーグとしてでは無く、この地に定住したセファルディ系ユダヤ人達の歴史や生活を紹介する博物館として使われているのでございました。セファルディとは、15世紀前後に、主にスペイン・ポルトガルまたはイタリアなどの南欧や、トルコ、北アフリカなどに定住した褐色のユダヤ人を指す言葉でございます。石壁をくりぬいて無理やり作ったようにも見える入口の右上には、下の銘板が打ち据えられていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/ba/e4/j/o0800060014702514060.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/ba/e4/j/o0800060014702514060.jpg" width="620"></a></p><p>　入口に掲げられているその銘板には、<span style="font-weight:bold;">ローラ・パポ・ボホレタ</span>の名前があり、その生存期間<span style="font-weight:bold;">1891-1942</span>が刻まれており、その下には<span style="font-weight:bold;">『ユダヤ-スペイン語で執筆したボスニア出身の最初で最も有名なユダヤ人女性作家』</span>との文言が書き添えられているのでございます。この銘板を見た時には、この博物館は彼女の偉業をたたえるための建物のようにも思えたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e7/e2/j/o0800060014702514107.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e7/e2/j/o0800060014702514107.jpg" width="620"></a></p><p>　石壁をくり抜いたアーチを抜けると、建物の全容が見て取れるのでございました。博物館内部の説明書きから、この建物は1697年と1788年の二度にわたる火災により、大きな被害を受けて損傷していたことが分かるのでございます。その後に修復されて、建物は19世紀初頭には、現在の外観に近いものとなったそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e4/19/j/o0800060014702514112.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e4/19/j/o0800060014702514112.jpg" width="620"></a></p><p>　第二次世界大戦中の1941年になると、シナゴーグは略奪され、当時ナチス・ドイツの支援を背景として、サラエボでも勢力を誇っていたクロアチア独立国のファシズム政党ウスタシャにより管理され、バルカン半島のアウシュヴィッツとも言われた<span style="font-weight:bold;">ヤセノヴァツ強制収容所(絶滅収容所)</span>への漸進拠点となり、捉えたユダヤ人やロマ(ジプシー)、ソ連軍の捕虜や同性愛者の刑務所として使われていたのでございます。終戦時には、倉庫として使用され、1957年に改修復元され、再びシナゴーグとして使われることになったのでございます。一番奥に見えている黒い扉が正門のようですが、使われている様子は無く、閉ざされたままでございました。その左手に、建物への入口があり、右手にある小屋のような処がチケット売り場となっているのでございます。疎らな見学者に交じって、御一人様3兌換マルクを支払っての見学となるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/55/43/j/o0800060014702514118.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/55/43/j/o0800060014702514118.jpg" width="620"></a></p><p>　1966年には、このシナゴーグはすでにボスニア・ヘルツェゴビナのユダヤ博物館となっており、1990年以降のユーゴスラビア内戦中のサラエボ包囲下では、砲弾による被害を受けたのでございます。2003年には、その時の損傷も綺麗に修復され、扉にはイスラエルの国章ともなている<span style="font-weight:bold;">メノーラ(七枝の燭台)</span>をモチーフとした文様が描かれているのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f5/2c/j/o0800060014702631734.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f5/2c/j/o0800060014702631734.jpg" width="620"></a></p><p>　中に足を踏み入れてまず気づくのは、この建物が３階建であることでございます。シナゴーグとして使っていた時のままで、真ん中は天井までの吹き抜けになっており、各階ごとに外壁に沿って回廊がつくられていおり、その回廊を利用して各階ごとに展示がなされているのでございます。1Fでは、ここにユダヤ人が住むようになった歴史的背景の展示、2Fでは、その後の文化的な功績、そして3Fでは、第2次大戦におけるナチスドイツやその傀儡クロアチア独立国のファシスト政党ウスタシャが行った迫害を写真パネルで展示しているのでございます。痛む足を引きづりながら、1Ｆ展示の見学に向かうのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/77/2d/j/o0800060014702514125.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/77/2d/j/o0800060014702514125.jpg" width="620"></a></p><p>　世界史の中では、ほとんど語られることのないバルカン半島のユダヤ人について、ここにある展示には興味深いものがございました。１５世紀の中世の時代、イスラム教社会及びキリスト教社会において、ユダヤ人は常に不安な状況下で生活を続けており、ある日突然すべての財産や生命までもが奪われることが度々起こっていたのでございます。そのためユダヤ人は、自分達の中で最も有能な人物を、支配者側の社会にとって有益かつ機動力を残しておける職業、つまり医業に就かせていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/7f/67/j/o0800060014702631739.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/7f/67/j/o0800060014702631739.jpg" width="620"></a></p><p>　医者の家族は、医業に関する様々な商品を取り扱ったのでございます。たとえば薬品、アヘン、薬草、香料、学術書などでございます。これらの商品を取り扱うためには、外国との交易も必要となり、様々な国の言語にも堪能でなければならなかったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/65/0a/j/o0800060014702631746.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/65/0a/j/o0800060014702631746.jpg" width="620"></a></p><p>　このようにして張り巡らされた交易網によって、情報を素早く獲得し、迫害の脅威が迫ってきたときには、別の国へと避難したのでございます。１５世紀にスペイン・ポルトガルで起きた<span style="font-weight:bold;">レコンキスタ(キリスト教国家による国土回復運動)</span>によりイベリア半島を追われ<span style="font-weight:bold;">、</span>サラエボに定住することになったユダヤ人達の中にも、医業や薬草売りで生計を立てていた人達が少なからずいたことが、ここの展示からも伺い知れるのでございます。そして、サラエボ以南へ向かうように、バルカン半島各地やトルコへとディアスポラ（民族離散）していったのでございます。民族離散と訳されるディアスポラですが、ギリシャ語を語源とし<span style="font-weight:bold;">『植物の種などが撒き散らされたもの』</span>という意味に由来しているそうでございます。ここで、サラエボ以北へは民族離散がおこなわれなっかとは、すでに東欧社会に根付いたアシュケナージ系の白いユダヤ人との軋轢が生じることを予言していたような話で、さらに興味深い話しなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f6/b0/j/o0800060014702631763.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/f6/b0/j/o0800060014702631763.jpg" width="620"></a></p><p>　1Ｆの展示を見終えて、2Ｆへ足を踏み入れて真っ先に目に入ってくるのが、ご覧の肖像写真でございます。近づいて確認することもなく、その写真が<span style="font-weight:bold;">ローラ・パポ・ボホレタ</span>であることは、直感で認識出来たのでございます。彼女に関する展示品は、この写真一枚だけで、その下に添えられた説明書きがとてもシンプルであることにも驚かされたのでございます。その説明書きは今思い出しても以下のこと以外は何も書かれていなかったのでございます。彼女に関する展示は、本当にこれだけでございました！</p><p><span style="font-weight:bold;">『彼女はいち早くセファルデイアの伝統と民間伝承の火が消え始めたことに気づき、ロマンス、詩、物語、セファルディのことわざを集め、時代の精神に合わせて表現を刷新し、適応させ、コミュニティの若者と先祖が話す言語との間に関係性を植え付けることに成功しました。そして、家父長制の強かったセファルデイア系ユダヤ人の社会で女性を解放へと導いた人でもありました』</span></p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200315/10/kicoanduribo/aa/47/p/o0220031214728270124.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="426" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200315/10/kicoanduribo/aa/47/p/o0220031214728270124.png" width="300"></a></p><p>　1961年にローラ・パポ・ボホレタの妹から購入した彼女のオリジナル原稿や関連文書などは、まだ整理が進んでいないのか、展示されていないままのようでございます。余りにも少ない彼女の展示に驚き、ネットで検索して、彼女とその姉妹達が一緒に写した写真を掲載いたしました。上段中央の女性が、ローラ・パポ・ボホレタでございましょうか。詩人・小説家・劇作家であった彼女が、ボスニアヘルツェゴビナのセファルディア系ユダヤ人コミュニティの主要人物の1人であったことは確かなことで、それに刺激された妹達が、サラエボにサロン『シャポーシックパリジャン』をオープンしたり、ファッション店をオープンして、起業家としての地位を確立していったことは、当時のセファルディア女性の解放においても特筆すべき出来事だったようでございます。　</p><p>　第二次世界大戦とホロコーストが始まった1941年に、彼女の2人の息子はファシズム政党ウスタシャによってヤセノヴァツ強制収容所に連れて行かれたそうでございます。 その息子達がヤセノヴァツへ行く途中でウスタシャに殺されたことも知らされないまま、彼女は、悲しみと失意の中で病気となり、1942年にサラエボのシスターズオブマーシー病院で亡くなったそうでございます。&nbsp;</p><p>　今思い返しても、この博物館の石塀に打ちつけられていた銘板の立派さと、彼女の展示の少なさのギャップに対する不可解な思いは消え去ることがないのでございます。　</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/73/47/j/o0800060014702514120.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/73/47/j/o0800060014702514120.jpg" width="620"></a></p><p>　不可解な気持ちと痛む足を引きづりながら、当時セファルデイア系ユダヤ人達が使った祭器の数々の見学を続けたのでございます。上の写真は、トーラーの巻物に取り付けられる飾り板でございます。これは神の指示によ り大祭司が胸当てを付けるよう義務づけられたことに由来する祭器で、17世紀頃からは、トーラーを他の巻物と区別するために使われるようになったそうでございます。その形状は地域によっ て異なり、三角の形をしたものや背面に鏡を備えたものもあるそうでございます。トーラーとは旧約聖書の最初のモーセ五書でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/1e/26/j/o0800060014702631752.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/1e/26/j/o0800060014702631752.jpg" width="620"></a></p><p>　過越祭では欠かせない種無しパン<span style="font-weight:bold;">（マッツァー）</span>を食べる時に使われるテーブルカバーでございます。種無しパン<span style="font-weight:bold;">（マッツァー）</span>は、ユダヤ人がエジプトから脱出するとき、パンを発酵させ膨らませる時間が無く、酵母を入れずに焼いために、クズがこぼれやすいパンに仕上がったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/4c/7b/j/o0800060014702514129.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/4c/7b/j/o0800060014702514129.jpg" width="620"></a></p><p>　同じく、過越祭の宴セデルで使用される特別な皿でございます。このお皿に、ユダヤの歴史を 象徴する食物をのせるのございます。その食物とは、種無しパン（<span style="font-weight:bold;">マッツァー</span>）、羊の前脚、ゆで卵、 野菜、苦菜、果物のおろし汁と砕いたクルミを混ぜ合わせたペーストでございます。ゆで卵は神殿崩壊の嘆きを表し、苦菜はエジプトでの奴隷生活の過酷さを、羊の前脚は神殿で生け贄にされた子羊を象徴し、果物とク ルミのペーストはエジプト王の都市建設のために強制されたレンガ造りの漆喰を象徴するものでございます。 他にも色々展示されておりましたが、私には判然としない品物ばかりだったので、3枚の写真を写しただけで撮影は中止して、見学するだけで終わらせることにしたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/be/b6/j/o0800060014702631766.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/be/b6/j/o0800060014702631766.jpg" width="620"></a></p><p>　3Ｆに展示されていたホロコーストに関する写真は、本当に胸を痛めながらの見学でございました。その後、私の興味は天井から太い鎖で吊り下げられている一冊の大きな本に向けられたのでございます。これは『サラエボ・ハッガーダー』と呼ばれるユダヤの宗教本のレプリカでございました。 出エジプトを記念する過越祭の為の物語と祈りの言葉が記されているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200314/09/kicoanduribo/a2/9a/j/o0315018014727703693.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="354" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200314/09/kicoanduribo/a2/9a/j/o0315018014727703693.jpg" width="620"></a></p><p>　上の写真がオリジナルの『サラエボ・ハッガーダー』の写真でございます。14世紀にスペインで制作されたもので、中世細密画の挿絵が入ったヘブライ語の本としては最古に属するものだそうでございます。この時代のハッガーダーとしては画期的に美しく仕上がっており、人類の秘宝ともいうべき文化財なのだそうでございます。このオリジナル本は、ボスニア・ヘルツェゴビナ博物館に所蔵さているのですが、悲しいことに、私達はそのオリジナルを見ることなく帰国したのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200405/22/kicoanduribo/2e/68/j/o0512037714739309447.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="456" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200405/22/kicoanduribo/2e/68/j/o0512037714739309447.jpg" width="620"></a></p><p>　『サラエボ・ハッガーダー』は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって没収されそうになりましたが、ムスリムの学者が命がけで守り、ブジャラスニカ山中のモスクに戦後まで隠し通したそうでございます。また、ボスニア内戦中に博物館が攻撃されて『サラエボ・ハッガーダー』の所在が不明となりましたが、その時にも、この本を安全な場所に移して守り抜いたのは、ムスリムの学芸員だったそうでございます。ユダヤの文化財をムスリムが守り抜いた話は、ニューヨーク・タイムズの記事となり、2012年10月3日の日本経済新聞でも取り上げられたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/09/49/j/o0800060014702514083.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/09/49/j/o0800060014702514083.jpg" width="620"></a></p><p>　見学に疲れて、表に出ると博物館の隣に寄り添うように営業するカフェに目がとまりました。美味しそうにスイーツを食べる孫と婆ちゃんの横に席を陣取り、私達も休憩でございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/1a/a9/j/o0800060014702514078.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/1a/a9/j/o0800060014702514078.jpg" width="620"></a></p><p>　お昼も近いので、私はスイーツは食べずに、トルコ・コーヒーに添えられたロクムを食べて我慢でございます。トルコ・コーヒーを飲みながら一息ついて思い起こしていたのは、かつてブラジルを放浪していた時に、ユダヤ人家族の過越祭の食卓に招かれた時のことでございました。その時に家長が、家族を前にして最後に語ったのは『自分達が何処から来たのかを忘れるな』という言葉でございました。其の言葉が、根無し草のような生活をしていた無神論の私の心に突き刺さったことを、今でもはっきりと覚えているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/12/j/o0800060014702631817.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="375" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/19/kicoanduribo/04/12/j/o0800060014702631817.jpg" width="500"></a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12570045758.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jan 2020 16:13:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No16</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No16</p><p>&nbsp;</p><p><span style="text-align: left; color: rgb(0, 0, 0); text-transform: none; text-indent: 0px; letter-spacing: normal; font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,&quot;メイリオ&quot;,Meiryo; font-size: 14px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; text-decoration: none; word-spacing: 0px; float: none; display: inline !important; white-space: normal; orphans: 2; background-color: rgb(255, 255, 255); -webkit-text-stroke-width: 0px;">　2019年の6月17日（月曜日）でございます。午前7時には目を覚ましていたようでございます。昨晩見た夢が予知夢となるのか<span style="font-weight: bold;">『私は痛む膝を引きづりながらボスニアの荒野をさ迷い歩き、年老いたイスラム教徒の武道の達人と出会い、秘伝を授けられようとしていた・・・！』</span>のでございます。夢の余韻を楽しみながら、ホテル１階に設けられているカフェテリアで朝食でございます。旅していると、頭が普段とは違った回転をしているようで、夢と現実の狭間にいるような感覚に囚われるのでございます。人が旅するのは、そんな気分に浸りたいからなのだろうと、勝手な解釈をしているところでございます。おそらく、ドラッグでトリップすると言うのは、この感覚を捉えての言い回しなのでございましょう！</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="text-align: left; color: rgb(0, 0, 0); text-transform: none; text-indent: 0px; letter-spacing: normal; font-family: &quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,&quot;メイリオ&quot;,Meiryo; font-size: 14px; font-style: normal; font-variant: normal; font-weight: 400; text-decoration: none; word-spacing: 0px; float: none; display: inline !important; white-space: normal; orphans: 2; background-color: rgb(255, 255, 255); -webkit-text-stroke-width: 0px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ab/b3/j/o0800060014702468323.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ab/b3/j/o0800060014702468323.jpg" width="620"></a></span></p><p>　私達が宿泊したホテル『Ｒ』は、一階にあるカフェテリアとホテルの営業時間を整合させ、それぞれの営業の守備範囲を調整しながら、顧客のニーズに応える経営をしているようでございます。カフェのバーカウンターの前に、昨日の昼時には無かった特設テーブルが設けられ、その上にはブッフェスタイルの朝食の品々がならベられていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/71/62/j/o0800060014702468327.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/71/62/j/o0800060014702468327.jpg" width="620"></a></p><p>　　彩り豊な品揃えではありませんが、朝食メニューに必要なものは一応そろっているようでございます。以前宿泊の際には、早朝出立の為、ここでの朝食はございませんでした。ホテル『Ｒ』での朝食は、今日が初めてでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/cb/de/j/o0800060014702468329.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/cb/de/j/o0800060014702468329.jpg" width="620"></a></p><p>　カフェのホールは、昼食時に近隣で働く地元の方々をランチ客として迎え入れるための場所ともなるようでございます。少々手狭に感じられるテーブルは、豪華ではありませんがシンプルで安定感があり、程よい間隔で配置されているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ad/28/j/o0800060014702468338.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ad/28/j/o0800060014702468338.jpg" width="620"></a></p><p>　私達は、窓際のお気に入りの場所を確保でございます。早い時間のためか、他のお客の姿は無く、自分の好きな場所を選ぶことができたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/c7/d0/j/o0800060014702468360.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/c7/d0/j/o0800060014702468360.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　　　　　　　　　キノコ好きの私が盛り付けたプレートでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/02/ec/j/o0800060014702468363.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/02/ec/j/o0800060014702468363.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　オカアチャンが盛り付けたプレートでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/e9/84/j/o0800060014702500129.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/e9/84/j/o0800060014702500129.jpg" width="620"></a></p><p>　私達が食事をし始めて一時すると、イスラム教徒の大家族が多人数で現れたのでございます。昨晩同じ階に泊まった方々でございます。彼らは、中庭に面したテラス席に陣取ったようでございます。サラエボの土地柄でしょうか、<span style="font-weight: bold;">ハラール(イスラムの宗教戒律に従った食材)</span>の食事もしっかりと用意されているようでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/bf/64/j/o0800060014702500134.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/bf/64/j/o0800060014702500134.jpg" width="620"></a></p><p>　朝食を済ませて外へ出てみると、曇り空でございました。ミリャッカ川を流れる水は茶色く濁っており、昨晩は山の方で結構な雨となっていたようでございます。曇天のサラエボの町は、歩いて回るにはちょうど良い気温で、体調不良の私にとっては、恵みの天気となったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="450" src="https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m14!1m12!1m3!1d2876.8254461823785!2d18.4165354!3d43.8594465!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1583678106508!5m2!1sja!2sjp" style="border: 0px currentColor; border-image: none;" width="600"></iframe></p><p>　膝の痛みと風邪っぴきで、本日の観光は、サラエボ市内の狭い範囲に限定されるのですが、残された時間を無駄にしないためにも、早々にホテルで頂いた地図を頼りに市内観光のスタートでございます。上に掲載の地図はＧｏｏｇｌｅマップでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/25/2f/j/o0800060014702500145.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/25/2f/j/o0800060014702500145.jpg" width="620"></a></p><p>　まず目指したのは<span style="font-weight: bold;">『サラエボ包囲の最中に紛争の犠牲となり殺された子供達への追悼碑』</span>でございました。日本でゲットしたガイドブック（地球の歩き方）にその記載はなく、ボスニア観光情報は、これから充実してゆくのだろうと思えるのでございました。地図に従って、経路にあたるイスラム寺院アリ・パシナ・モスクを目標に進んでゆくと、それはすぐに見つかったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/b1/89/j/o0800060014702500149.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/b1/89/j/o0800060014702500149.jpg" width="620"></a></p><p>　アリ・パシナ・モスクの中庭を抜ける道を北へ進むと、大きな通りへぶつかるのでございます。電車も通るこの大通りは『チトー通り』と呼ばれており、左へ進むとホリデインのあるスナイパー通りへと連なり、右へ進めば、サラエボの旧市街で観光名所のバシチャルシアへと辿り着くのでございます。向こう側は公園となっており、さらに東へ進むと、私達が目指すサラエボ包囲で犠牲となた子供達を追悼する碑へと行きつけるのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/a7/7b/j/o0800060014702500156.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/a7/7b/j/o0800060014702500156.jpg" width="620"></a></p><p>　私達は、この大通りを旧市街バシチャルシアのある東方向へと進んでゆくのでございます。右手は官庁街となっていおり、その幅広の歩道を、ヨタヨタと歩く私の前を、モダンな縦縞のコートを羽織り、大股で闊歩する女性とボスニア・ヘルツエゴビナの国旗のアングルに面白さを感じ、思わず写真撮影していたのでございます。山間の盆地にあるサラエボの６月中頃の服装は難しく、午前中の早い時間帯では、半そでＴシャツの人もいればご覧のように軽いコート姿の方もいるのでございました！また、日が沈んだ頃からは、意外に肌寒さを感じたりするのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/0c/ee/j/o0800060014702500165.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/0c/ee/j/o0800060014702500165.jpg" width="620"></a>　大通りを進行方向の左手へ渡ってさら進むと、1992年～1995年のサラエボ包囲の最中に犠牲となった子供達を追悼するための碑に行き着くことが出来たのでございます。追悼碑の後背地は緑豊かに整備されヴェリキ公園と呼ばれており、その所々に子供達は埋葬され、白い石造りの墓標が建てられているのでございます。この紛争によって約3400人の子供達が殺され、そのうち1500人がサラエボで命を落としたのだそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d5/95/j/o0800060014702500179.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d5/95/j/o0800060014702500179.jpg" width="620"></a></p><p>　実際のサラエボ包囲は、1992年の4月5日から1996年の2月29日まで行われたのでございます。サラエボは4年近くにわたってセルビア人勢力に包囲され、周囲の山々から空爆や狙撃を受け続けたのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ac/a9/j/o0800060014702500193.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/ac/a9/j/o0800060014702500193.jpg" width="620"></a></p><p>　此処に眠っている子供達の名前、生まれ歳、没年が刻まれた銘板でございます。ソ連崩壊後に、欧州で起きた大規模なこの内戦は、欧米各国のそれぞれの利害関係からうまく対応することができずに、仲間割れといってもいい状態になっていったのでございます。戦争や平和を道徳的・倫理的な側面で語ることの多い私達日本人には分りずらいことなのですが、実際の戦争というものは、より現実的で構造的に起きているのでございます。分かりやすく言えば、戦争にも政治にも『ビジネス』の顔があるのでございます。そのために、内戦が大規模な民族浄化へ発展していっても何も出来ずに、まったく罪の無い若い命が、民族の違いだけで短い生涯を強いられることになってしまったのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/3c/e5/j/o0800060014702500188.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/3c/e5/j/o0800060014702500188.jpg" width="620"></a>　虐殺は3つの民族勢力それぞれの間で相互に起きましたが、とくにボシュニャク人に対するセルビア人勢力のジェノサイドは組織的に行われるひどいものだったと言われているのでございます。集団殺戮・強姦が、かつての近隣住民、友人であった人々に対しても行われたのでございます。その中で、正気を保っていたセルビア人に対しても、容赦のない暴行が行われたのでございます。しかし、この狂気の元凶がすべて、セルビア側にあったわけではない事は、忘れてはいけない事実なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/61/1b/j/o0800060014702500212.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/61/1b/j/o0800060014702500212.jpg" width="620"></a></p><p>　狂気の集団の中に取り込まれると、正気を保っている人間は『おかしくなったのは自分なのでは?』との錯覚に陥ることがあるのでございます。正気を保つ人間が狂人扱いされることは、私達の社会の中でもよく聞く話でございます。古今東西組織や学校の中で普遍的に起きる虐めの中にも、人の性とも思える弱さ・卑しさ・厭らしさが潜んでいるのでございます。サラエボの町を、足を引きずりながら歩いていていると、自分もそんな中で孤立を深めた時期があったことが、思い出されたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/6e/96/j/o0800060014702500223.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/6e/96/j/o0800060014702500223.jpg" width="620"></a></p><p>　人間の心に潜む闇に気づかされながら歩いていると、肉感的な男女の石像が両側に立つ立派な建物の前にやってきたのでございます。此処が、ボスニア・ヘルツェゴビナ中央銀行でございます。ボスニア・ヘルツェゴビナ中央銀行は、1997年6月20日のボスニア・ヘルツェゴビナ議会で採択された法律に従って設立され、1997年8月11日から営業を開始したそうでございます。</p><p><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/32/94/j/o0800060014702500227.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/32/94/j/o0800060014702500227.jpg" width="620"></a>　この銀行の主な目的は、ボスニア・ヘルツェゴビナの通貨の安定性を維持することでございます。固定為替レートで、1 兌換マルクを0.51129ユーロとなる換金率で、いつでも自由に交換可能となるように、外国為替資金を全額カバーできる範囲を堅持しながら、国内通貨を発行しているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/b8/d5/j/o0800060014702512772.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/b8/d5/j/o0800060014702512772.jpg" width="620"></a>　また、この中央銀行は、ボスニア・ヘルツェゴビナの金融政策を定義・管理しており、適切な支払いおよび決済システムをサポートし維持すると共に、国内銀行の認可と監督を担当しながら、その活動を調整しているのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c0/27/j/o0800060014702512786.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c0/27/j/o0800060014702512786.jpg" width="620"></a></p><p>　かくして、ボスニア・ヘルツエゴビナの通貨の信用は保たれ、現金主義の私などは、この国の紙幣をしっかりと握りしめて旅を続けることができるのでございます。たかが紙切れなのですが、目に見えない電子化されたお金よりも実感を伴った紙幣に、此の上ない安心感を与えられるのでございます。<br>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/df/cc/j/o0800060014702512787.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/df/cc/j/o0800060014702512787.jpg" width="620"></a></p><p>　海外の町を歩きながら、その国の紙幣を握りしめてのショッピングは、心躍るものがあるのでございます。あれこれと見てあ歩き値踏みするだけでも、感度の鈍くなった好奇心をも刺激してくれるのでございました。</p><p>　　　　　　　　　　</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/26/aa/j/o0800060014702512791.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/26/aa/j/o0800060014702512791.jpg" width="620"></a></p><p>　日本ではけっして気に留めることもないショーウィンドーにも目が行くようになるのでございます。この私が、洋品店のデザインとお値段を厳しくチエックしたりするのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/4d/6f/j/o0800060014702514011.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/4d/6f/j/o0800060014702514011.jpg" width="620"></a></p><p>　足の痛みのこともわすれて、生地や縫製に対する細部にまで目をむけたりしていたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/0e/83/j/o0800060014702512795.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/0e/83/j/o0800060014702512795.jpg" width="620"></a></p><p>　　買い付けもしないのに、気分はひとかどのバイヤーとなった心持になっているのでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e1/ff/j/o0800060014702512813.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e1/ff/j/o0800060014702512813.jpg" width="620"></a></p><p>　　　サラエボの商いを見てあるきながら、この国の将来を伺いしろうとの思いなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/b9/d6/j/o0800060014702513998.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/b9/d6/j/o0800060014702513998.jpg" width="620"></a></p><p>　注意深く見てゆくと、けっして悪くはない品々が、そこそこのお値段で手に入り、商いが成り立っているようなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/bf/71/j/o0800060014702513964.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/bf/71/j/o0800060014702513964.jpg" width="620"></a></p><p>　興味をそそられるパン屋さんもございます。働くお姉ちゃん達、パンを買うお姉ちゃん達、美味しそうなパン達！日本で売られているものよりも格段にボリューミィーなのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/ec/1b/j/o0800060014702512779.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/ec/1b/j/o0800060014702512779.jpg" width="620"></a></p><p>　　　　　サラエボの将来に自分なりの明るさを感じながら、先へと進んでゆくのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c6/ac/j/o0800060014702512800.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/c6/ac/j/o0800060014702512800.jpg" width="620"></a></p><p>　古いヨーロッパスタイルの町並を眺めながら、さらに旧市街へ近づいてゆくと、何やら炎が見えてきたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e6/a7/j/o0800060014702513958.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/e6/a7/j/o0800060014702513958.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;　此処に灯されているのが<span style="font-weight:bold;">『サラエボ永遠の炎』</span>でございます。1945年4月6日にパルチザンがサラエボ市民と共闘し、ファシストからサラエボを解放したことを記念すると共に、その戦いで斃れた英霊達への感謝を表したものでございます。ここは、チトー元帥通りの終点となり、バシチャルシアの入口となる場所なのでございます。1992～1995年のボスニア紛争中には、石油不足で一時その火は消えていたそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/3f/c8/j/o0800060014702513978.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/16/kicoanduribo/3f/c8/j/o0800060014702513978.jpg" width="620"></a></p><p>　永遠の炎の前で、記念撮影でございます。現地時間２０１９年６月17日(月曜日)午前１０時15分でございました。まだお昼には早く、もう一か所見学できそうでございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12570044942.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jan 2020 16:11:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No15</title>
<description>
<![CDATA[ <p align="left">ボスニア・ヘルツェゴビナへの旅　No15</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">　元気とは言い難い状態でモスタルからサラエボまで戻ってきて、泊まったホテルは先日も利用したHotel『<b>Ｒ</b>』でございました。以前もお話しましたが、このホテルには、早朝出立でモスタルヘ向かう私達の為に、お弁当まで作ってくれる親切で心温かいフロントスタッフがいらっしゃるのでございます。下のホテルの写真は、ヴィシェグラードから戻ってきたときに写しものでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200131/16/kicoanduribo/12/b1/j/o4000300014705365704.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200131/16/kicoanduribo/12/b1/j/o4000300014705365704.jpg" width="620"></a></p><p>　ホテル『Ｒ』には、ヴィシェグラードから戻った日と、本日と明日の二泊を含めて都合三泊いたしました。ロケーションも良く、サラエボでの活動拠点ともなったホテルでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/12/a7/j/o0800060014702465781.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/12/a7/j/o0800060014702465781.jpg" width="620"></a></p><p>　6月16日（日曜日）午後7時を過ぎ、夢と現実の狭間のような状態でホテルのベッドに横になり続け、漸く起きだして『今宵は如何したものか？』と考えたのでございます。お昼に食べた、ステーキとチエバブチチがまだ完全には消化しきれていない上に咳も止まらず、夜は何処へもいかずに養生に専念すこととしたのでございます。しかし私は根が卑しいのか、身体が辛いと言いながらも、小腹が空いているような気がして、近所のマーケットへ買い物に出かけることにしたのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d1/76/j/o0800060014702465791.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d1/76/j/o0800060014702465791.jpg" width="620"></a></p><p>　ホテルから歩いて3分ほどのところにあるマーケットは、普段の生活の必需品は十分な品揃えで、鮮魚売り場が無いことを覗けば、日本のスーパーとさほどの違いは無いようでございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/bd/83/j/o0800060014702465796.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/bd/83/j/o0800060014702465796.jpg" width="620"></a></p><p>　　　しかし、野菜や果物の値段を注意深く調べてゆくと、日本よりも安いようでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d8/e4/j/o0800060014702465806.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d8/e4/j/o0800060014702465806.jpg" width="620"></a></p><p>　牛乳、ヨーグルト、各種乳製品の種類も豊富で、拘らなければ問題なく生活していけそうでございます。そして、これらのお値段も日本よりは、お安い設定となっているようなのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/a4/ef/j/o0800060014702465813.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/a4/ef/j/o0800060014702465813.jpg" width="620"></a></p><p>　　缶詰類には、ツナ缶、イワシ缶、ニシン缶、牡蠣缶もございました。豆類やマシッュルームに関しても品揃えは豊富でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/2b/e8/j/o0800060014702465818.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/2b/e8/j/o0800060014702465818.jpg" width="620"></a></p><p>　PEKARAはベーカリーの意味でございます。売れ残りのパンがディスカウントされているのも日本と同じでございました。私達はいつもの習慣からなのか、迷わずに売れ残りのパンを選ぶのでございました。残念なことに、写真のアングルが悪すぎでございました！写り具合を確認する余裕もなく、ブログを書く意識も薄れている状態だったのでございます。マーケットの写真は、ここで途切れて、あとは自分の買い物に専念していたのでございます。結果として、此方のマーケットでゲットした品々は、</p><p>&nbsp;</p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　 バナナ&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;1.77</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　　桃　　　　&nbsp; &nbsp; &nbsp;4.00</b></p><p align="left"><b>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;</b><b>　　　　　　サラミ　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;2.45</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　チーズ　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 2.50</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　ヨーグルト　　 1.90</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　ワイン　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;5.30</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　缶ビール　　&nbsp; &nbsp;2.15</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　　水&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 1.10</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　ビスケット　　　1.50</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　パン　　　　　　 1.10</b></p><p align="left"><b>　　　　　　　　　　　　　ジュース　　　　1.55</b></p><p align="left">　　　　　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;<b>---------------------------</b></p><p align="left"><b>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;</b><b>　　&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 合　　　　計　　 　25.32ＭＫ　　　　日本円換算1,600円也でございました。</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/91/59/j/o0800060014702467104.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/91/59/j/o0800060014702467104.jpg" width="620"></a></p><p align="left">&nbsp;　ホテルへ戻って細やかな食事でございます。差し向かいで食事出来るテーブルはなく、ご覧のような狭苦しい状態で、パンとチーズにサラミの夕食となったのでございます。オカアチャンはザクロジュースを飲みながらパンとチーズを食べていたのでございます。</p><p align="left">&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/72/44/j/o0800060014702467111.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/72/44/j/o0800060014702467111.jpg" width="620"></a></p><p align="left">　私は、調子が悪いので、アルコールで胃を刺激して食欲を増進をさせようと、まずはビールで喉を潤し、様子を見ている処でございます。本当は、ワインから飲みたかったのですが、フロントでワインオープナーが見つからずに、ワインの栓を開けることが出来なかったのでございます。フロント係が『任せて下さい！』とおっしゃるので、買ったワインをそのままフロントに預けて来たところでございます。写真でもご覧の通りに、ワインが飲みたいと思いながら、ワインを待ち続け、顔には疲労が色濃く表れている処なのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/28/a6/j/o0800060014702467119.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/28/a6/j/o0800060014702467119.jpg" width="620"></a></p><p align="left">　そんな時に扉を叩く音がしたので開けてみると、彼がワインを持って立っていたのでございます。私のワインには、何処で見つけたのか、栓にしっかりとワインオープナーが刺さっていたのでございます！</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/df/9d/j/o0800060014702467125.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/df/9d/j/o0800060014702467125.jpg" width="620"></a></p><p align="left">　私達の前で静かにワインの栓を抜き『ワインはしっかり冷やしてあります』と言い残して去っていったのでござます。先日早朝にモスタルへ向かう際に、お弁当の用意を整えてくれたのが彼でございました。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d8/ac/j/o0800060014702467129.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200126/15/kicoanduribo/d8/ac/j/o0800060014702467129.jpg" width="620"></a></p><p>　私の体調は良くありませんでしたが、気分は上々となったのでございます。ワインは、半分だけ飲んで残りは明晩に飲む事にいたしました。ほろ酔いの旅の宿で見る夢は、予知夢ともいえるような不思議な夢を見ることが多いのでございます。信心も無く宗教に対して畏敬の念を持つ私が、何故か信仰に勝るものを感じるひと時なのでございます。サラエボ市街、ホテル『Ｒ』203号室の夜は、漸うと更けてゆくのでございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　※追伸</p><p>　<span style="font-weight:bold;">自宅パソコン接続の写真をバックアップするハードディスクが作動しなくなり、本当に苦労しておりました。結果として過去の写真は全て復元することができました。</span></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12570021580.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jan 2020 15:01:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>”拡散お願いします【埼玉県より収容犬多数！ 一頭でも助けたいです！”</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br><iframe class="reblogCard" data-ameba-id="satooya-7" data-entry-id="12543818856" frameborder="0" height="234px" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" scrolling="no" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/satooya-7/entry-12543818856.html?reblogAmebaId=kicoanduribo" width="100%"></iframe></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kicoanduribo/entry-12566012245.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Jan 2020 17:33:28 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
