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<title>裏庭のがれき</title>
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<description>備忘録。ネタ帳。</description>
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<title>長屋の虫身戦争</title>
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<![CDATA[ <br>　さてさて、一生懸命のおしゃべりでございます。<br>　だいたい人間の強さっちゅーもんは物理的に決まっておりまして、刀持ってる輩は刀持ってない輩よりも強いですね。こりゃもう当たり前の話です。江戸時代なんか２６０余年の太平の時代と言われていますが、当時の刀持ってない輩にしてみたら平和でもなんでもない、びくびく頭下げて暮らしてましたっちゅー見方もできますわな。<br>　いわゆる無礼討ちという言葉もあります。町民が侍に無礼を働いたならその場で殺せるっちゅー決め事ですな。基本的に侍の身体にうっかり触ってしまったら殺される権利が発生します。いやいやほんとの話で、例えば、おにぎり咥えた女の子が寺子屋の授業に遅れないためにすたこら走っていて、うっかり角を曲がってきた若侍とぶつかったとしますわな。<br>「どこ見て歩いてんのよ！」<br>「死ね！」グサ。<br>　――と斬られて人生が終わります。ラブコメなんか発生のしようもありません。女の子はむやみに走るな歯を見せて笑うな口答えするなという、今聞いたらえらい非人道的なしつけの数々も、侍が刀持ってた時代にあっては必要悪みたいなもんです。ほんまにその程度でも命が危うい時代です。<br>　もっとも無礼討ちにもデメリットはありまして、一生懸命証人をひっ捕まえて、お上に殺した相手の無礼さを証明しないといけません。証明できなければただの人殺しとしてお家改易や切腹やと厳しい処罰が下ったそうです。<br>　さっきの例で言いますと、若侍は斬ったあとすぐさま周りを見回して証人を探します。運悪く居合わせたのが天秤棒担いでこれから市場に行こうとしていた魚屋のおっさん。<br>「おい魚屋！　きさまついて来い、奉行所行くぞ」<br>「うへえ、なんでです。殺したのお侍さまやないですか」<br>「見てたなら女の無礼を証言せえ。口答えするとお前も殺すぞ」<br>「へえご勘弁を。これから仕入れに行きませんと、とりおきの魚腐らせたら後で買い取らなあかん始末でして」<br>「口答えしたな、斬る！」グサ。<br>　――さて周りを見回した若侍の目ぇがギョロッとあなたの方を向きまして。<br><br>　まあさすがにこんな短絡的な侍もなかなかいないでしょうから、極端な例えのための例えにすぎませんけど、ともかく町民にとっては侍ほど鬱陶しいものはない。お堀の中でええもん食って、ひっそりと刀でも振るってろという、これはそういうお話でございます。<br><br>「大変やー、大変や大変やご隠居、やってもうたぁ」<br>「なんやどうしたんや熊きち。ええ年して寝小便でもしたんかい」<br>「ちゃうわいちゃうわい、侍殺してしもうたんや」<br>「あ？　なんやて熊きち、何を殺した？」<br>「侍殺してしもうたんや」<br>「……侍？」<br>「侍殺してしもうたんや」<br>「ま、待て待て。殺したって、袴着て刀差してる侍か？」<br>「そや」<br>「横浜来て肩鳴らしとる」<br>「それはぺるりや。肩鳴らしとるて、ボケが苦しいでご隠居。勝手にぺるり提督肩こりにしたらあかんで」<br>「ああそやな、ぺるりには悪いことした。――そやかて熊きち。そらまずいやろ。ええ？　……はぁー、侍を？　殺した」<br>「殺してもうた」<br>「そらしかし、なんでまた殺してもうたんや」<br>「わし悪くないんや、世の中が悪いんや」<br>「世の中てお前、そんなガキみたいなこと言うな三十路近いくせに。なんで殺した。喧嘩か」<br>「いやそこの角で出会い頭にどかーんぶつかって」<br>「ぶつかって、それで？」<br>「わしはなんともなかったんやけど、侍が壁に頭ぶつけて気ぃ失ってしもうてな」<br>「そのまま死んだんか？」<br>「ちゃうんや、うっかり起こして無礼討ちになったらアカン思うて、そのまま放置して逃げよ思うてんけど」<br>「けど？」<br>「侍の懐に虫が入ってるの見つけてもうたんや」<br>「虫？　虫てどんな虫や」<br>「そらもう、この長屋でも毎日のように見る」<br>「黒いアレか？」<br>「黒いアレや。あんまり名前言うとカサカサ這い出てきようやから、よう言わんけど」<br>「ほんなら仮にぺるりにしとけ」<br>「ご隠居よっぽどぺるり提督嫌いなんか」<br>「やかましい、黒船も便所コオロギも似たようなもんや。――ほんでぺるりが入ってたから、どうした」<br>「いくらなんでも懐にぺるりが入ってるのはかわいそうや思うて、取ったろうとしたんやけど、素手でぺるり触るのも嫌やからなんか棒きれないかなと思うて。そしたら侍の腰に刀が差さってるやんか。鞘ごとしゅるりと腰から抜いて、それでぺるりをツンツンしとってんけど」<br>「危ないことしよるなあ。ほんで？」<br>「なにせ刀なんか生まれて初めて持ったから、重くてよう使いこなせん。外へ追いだそうとつついてるはずやのに、逆に懐に追い立てるみたいになってしもうて。ぺるりがどんどん奥の方に入り込んでいって、しまいにゃ見えなくなったんや。そんでふと気がつくとガサガサガサガサ異様な羽鳴りがお侍の股の辺りから」<br>「ふんどしの中入り込んだんか」<br>「そうやねん。ほんでこれはもうどうにもならん思うて、刀放り出して逃げようとしたら足をガシって掴まれて、待てい貴様と咎められ」<br>「お侍起きたんか」<br>「そうや。起きて暴れよるからふんどしの中のぺるりもますます暴れよる。お侍も腰砕けになって股押さえていったい貴様何をしたと喚きよるから、正直に話したんや。ぺるりが金玉齧ってまっせ」<br>「ほんで？」<br>「泡吹いて死んでもうた」<br>「はぁ……かわいそうに。お侍がぺるりに金玉齧られたらそら、生きてられんわな」<br>「ちょっとおもろいな」<br>「あほ、おもしろがるな。まあでもそんなら殺したのお前やなくてぺるりやないか」<br>「でもわしが馬鹿正直にぺるりのこと言わんかったら平気で生きてたかもしれんで。なんや金玉かゆいなぁボリボリ、ん、なんか変なコブついとる、性病かな？　ぐらいで済んだかもしれん」<br>「性病は性病で難儀やけどな。ともかくお前に悪意はなかったんやろ？　そんならそれでええやないか。不幸な事故や。ぺるり如きでビビって死んだお侍が情けない」<br>「わし悪くないんか？」<br>「悪くない、ということにしとかな、この貧乏長屋の連中にも迷惑がかかるやろ。同じ五人組の男がぺるりけしかけて侍殺しましたて奉行所にバレてみい。連座でみんな首飛ぶで。もちろん私の首も飛ぶ。そやから知らん顔しとけ。同心やらが取り調べに来てもなんにも言うなよ。お侍の遺族からしたら、侍がぺるりに金玉齧られて死んだなんて真実に耐え切れるはずもないから、絶対に事情を捻じ曲げて逆恨みしよるからな。お侍殺したのはぺるりやなくて熊きちということになり、熊きちは貧乏町人やなくて香具師の一味ということになり、私ら五人組もその片棒を担いだということになって殺され、それでもまだ武士の面目が立つかも分からん。下手したらこの町内、ぺるりのせいで人っ子一人いなくなるかもしれん」<br>「お侍ってのはそんなに陰険かいな」<br>「陰険や。陰険が服着て歩いてるようなもんや」<br>「そんなら黙っといた方がええな」<br>「そうせえ。熊きちがしっかり口を閉じるだけで何人の命が助かるやもしれんのやからな」<br>「ほんならそうしよう。ご隠居に相談したかいがあったわ」<br>「そうやろうとも。そんで熊きち、お前さんがお侍の刀持ってぺるりつついてたとこ、誰にも見られてないやろうな。誰かに見られてたら厄介やで。誤解されよる」<br>「それは大丈夫や。裏手の小便横丁の角やからな。あんなとこ、うちの長屋のもんが立ちションする時ぐらいしか人通らんで。ご隠居以外はみんな仕事に出てるしな」<br>「お前もぶらぶらしてんと働けよ。まあそれはええとして、小便横丁なぁ。なんでそんなところにお侍がいるんや」<br>「よお分からん。小便しようと角を曲がったら横丁から出てきて、そんでぶつかったんやけど。お侍も小便したかったんかなぁ」<br>「あほ、お侍が立ちションなんて外聞の悪いことするかいな。――いやでも他に考えられんな。うっかり我慢できなくなって、人気のない小便臭い横丁に入ったんやろうな」<br>「焦ってたからふんどしの締りも緩くてぺるりがするっと入ったんか。……なんかかわいそうなお侍やな。わし涙出てきたわ」<br>「そうやな。お侍なんていなくなった方が世の中のためやけど、この死に方はあんまりや。念仏ぐらい唱えたろ。なむなむ」<br>「どうせなら直接死体に唱えたってや」<br>　<br>　――熊きちがご隠居の部屋の戸を開けると、そこには洗濯桶に突っ込まれたお侍の死体がありました。<br><br>「お、お、お、お、お前あほかい熊きち。なんで私の部屋まで死体持ってくるねん」<br>「だってどうしたら分からんからご隠居のとこ相談しに来たんやし。突拍子もない話やからとりあえず現物見てもらおう思って。ほらこれがふんどしの中や」<br>「めくるな、袴めくるな！　はよ小便横丁戻して来い！」<br>「ほんならそうするわ」<br>「……ああ、待て待て。もとに戻すとこ誰かに見られるかも分からん。……嫌やけど持って入れ」<br>「よいせ……よいせっと。うわ、ぺるりが這い出てきた」<br>「余計なこと言うな、私も泡吹いて死にそうや……」<br><br>　ご隠居さんすっかり蒼白になりまして、熊きちと一緒に狭い部屋の中どたばたぺるりから逃げていましたが、やがて覚悟が決まったのか――<br><br>「よし、埋めよう」<br>「埋めようてご隠居、何処に埋めるねん」<br>「この部屋の床下や」<br>「ほ、本気で言うてんのか？」<br>「ほんまの本気や。ええか熊きち、私も昔は木っ端侍の三男坊で、旗本の家に奉公に出されてな。ちょっとしたことで不興を買って無礼討ちされそうになったんや。別に殺されるほど悪いことしてないねんから、堂々と殺されとけばお天道様に導かれて極楽にでもいけたんやろうけど、そんな度胸はなかった。必死にへいこらしてな。毎日土下座して、竹刀でケツ叩かれて、池のぬるい水に顔つっこんで鯉の真似してな。そんな日々を耐えて耐えて、耐えてるうちに人間が曲がってこのザマや。嫁の来てもなく、流れに流れて貧乏長屋でかすみ食って生きとる。恩義がなんや、忠節がなんや。そんなもん全部刀がやらせてることやないかと思うてしまうと、世の中支えてる屋台骨の道徳すら信じ切れん。そんな私のところに侍の死体が来たのも、これも何かの縁やろうな」<br>「縁てご隠居、死体の上で寝て平気なんかい」<br>「どうってことない。……ええか熊きち、夏も近いし、死体を地下に埋めても三日とたたずにひどい臭いがするやろう。そしたらお前は同心呼ぶなり奉行所駆けこむなりせえ。ご隠居の部屋から異臭がする言うて、駆け込め。五人組の連座は、ちゃんと密告すれば恩情で軽くなる」<br>「そやかて」<br>「ええから聞け。私は奉行所でお侍殺したと白状する。なんで殺した？　お侍が立ち小便したのをあげつらったら無礼討ちで殺されそうになったからや。そんで奉行に恨み節聞かせたるわ。なにが無礼討ちや。何が礼儀や。そんなもん人殺す理由になるかい。人をいじめる理由になるかい」<br>「なんか変なスイッチ入ってもうてるなぁ……。よっぽどお侍に殴られてきたんやろうな。……あのなご隠居、お侍殺したんはぺるりやで。ほれ見ろやふんどしの中！　見ろや！」<br>「見せんでええ。真実なんかどうでもええんや。ぺるりがお侍殺した言うて、世間の誰が納得するかい。金玉齧られて死ぬお侍なんておらんのや。世間的にそういうことになってしもうとるんや。……ええか、その間抜けなお侍殺したんは私や。ぺるりも私も似たようなもんや。もし私の言うこと聞かんと余計なことしよったら、ぺるりに生まれ変わってお前さんの金玉齧ったるからな！」<br><br>　思わぬところから年よりの頑固に火がついて、熊きちはすっかり狼狽してしまいました。ご隠居は床下をひっぺがし、侍の持っていた刀を器用に使ってザクザク地下を掘り抜いていきます。こらもうどうにもならんと思った熊きちは貧乏長屋を飛び出して、表通りにある同心の詰め所に駆け込みました。<br><br>「大変だ大変だ！」<br>「んだい人が昼寝してたのに。何かあったのかい」<br>「さ、佐吉の旦那。ご、ご隠居がぺるりの罪を被ってお侍の死体を」<br>「あ？　なんだって」<br>「ぺるりがお侍を殺してしもうて、その罪を被ったご隠居が奉行所に文句つけたるって」<br>「ぺるり？　ぺるりはこないだ海の向こうへ帰ったらしいで。なに寝ぼけてんねん」<br>「いやぺるりやなくて便所コオロギ」<br>「話にならん。酒が抜けてからもう一回来い」<br><br>　蹴り出されてしまいました。こわごわ長屋に戻ると、ご隠居はすっかり死体を埋めてしまったのか、表で洗濯桶をたわしでゴシゴシこすっています。<br><br>「あかん……手遅れや。ほんまに死体埋めてもうたら、殺したんが便所コオロギでも許してもらえん。何がなんでも隠し通すしかあらへん……」<br><br>　熊きちがびくびくする間に三日経ち五日経ち、死体がぷんぷん臭うようになりました。同心たちは行方不明のお侍の捜索に明け暮れていますが、手がかりがありません。詰め所で疲れた足をもんでいた佐吉は、ふと熊きちが妙なことを言っていたのを思い出しました。<br>「ははーん、さては」<br>「どうした佐吉。なんぞ手がかりでも見つかったか」<br>「へえ、親分。ちょっと例のワン公お借りしてもよろしいですか」<br>「おお、例の壬生の狼かい。あいつの鼻は普通の犬の五倍は利くからな。なんぞ心当たりがあるんやったら、思い切って使わせたろ」<br>「へ、任せといてくだせえ」<br><br>　翌朝、わんわんうるさい犬の声で長屋の連中が起き出しますと、同心の佐吉が普通の犬の二倍はあろうかというような大きなワン公を連れて現れました。<br>「なんや、くっさい長屋やな。こんなんやったら狼連れてこんでもよかったわ。おい熊、熊きち」<br>「へい」<br>「前にご隠居がどうのと言うとったな。隠すとためにならんぞ。ご隠居の部屋は何処や」<br>「っへい。……ご隠居の部屋は」<br>「さっさと言わんかい」<br>「っへい……」<br>「うー、わんわん」<br><br>　熊きちが言いよどんでいるうちに、狼がぴしりと戸が閉まった長屋の一室の前で吠えました。<br><br>「ふん、ここやな、開けるでご隠居、いるんやろ！」<br><br>　佐吉が戸を開けると、そこにいたのはご隠居ではありませんでした。狼とほとんど同じぐらいの大きさの巨大な便所コオロギが、手足をうぞうぞと動かしていました。<br>　佐吉も熊きちも、他の長屋の連中もみな腰を抜かしてへたりこみます。狼だけが闘争心をむき出しにして便所コオロギに襲いかかります。<br>　飛びかかった狼の牙がコオロギの背中を突き刺したかと思うと、コオロギがお返しに狼のでかい金玉をがぶー！　と噛んで、狼はコロリと死んでしまいました。<br>　そのまま狼の死体を踏みつけて、うぞうぞと部屋を出てきた便所コオロギの迫力に長屋の連中は阿鼻叫喚の大混乱、一目散に通りへ逃げたものだから、たまたま通りかかった旗本の輿と護衛の侍たちにぶつかってしまいます。<br>「なんだ貴様ら、無礼な！」<br>「手討ちにするぞ」<br>　と侍たちが言うや否や、巨大な便所コオロギが羽を広げて飛びかかっていきました。<br>　<br>　刀で斬りつけられてえげつない体液を吹き出しながらも侍たちの袴の下に潜り込んでは噛みきっていく便所コオロギに、熊きちは「ご隠居か？」と声をかけましたが、コオロギは夢中で身体を震わせるばかりでした。<br><br>「――そうか、あのお侍を殺したぺるりも、人間やったんか」<br>「熊きち、いったいこりゃなんや」<br>「佐吉の旦那、これがほんとの虫身戦争（むしんせんそう）や」<br><br><br><br><br>三題噺「虫・狼・無敵の運命」ジャンル指定「時代小説」了<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 23 Aug 2013 22:07:56 +0900</pubDate>
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<title>サボテン少女に告白を</title>
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<![CDATA[ <br>「お兄ちゃん塩野目さんに告白して振られたんでしょー」<br>　と家に帰るなり妹が言ったので、僕は塩野目春香という人間をうまい具合に軽蔑することができた。<br>　塩野目が自転車で帰るところをつかまえてしばらく一緒に歩いたあとの、信号待ちの間の会話――<br>「できたら明日も一緒に帰らない？」「なんで？」<br>「塩野目が好きだから」「……いや、ちょっと」<br>「あ……うん」「ごめんね」という残念なやり取りが即座に妹に伝わっているということは、塩野目がLINEかなんかのSNSで広大な範囲に即座に言いふらしたということだ。家が近くて小学校の集団登校が一緒だったというだけの妹のところまで届いているということは、さぞかしおもしろおかしく僕の名前を喧伝しやがったのだろう。<br>「あんなちょっと可愛いだけの馬鹿女に振られたところで痛くも痒くもないね。やり捨てられなくて残念だよ」<br>「うわー、うわうわうわ」<br>　ドン引きしたらしい妹が階段を上がって部屋に引っ込んだ。あいつも大概馬鹿だからたぶんLINEに書くだろう。気持ち悪い奴らめ。僕の知らないところで勝手に繋がりまくってるといい。乱交人間どもめ。<br>　妹の隣の部屋に引っ込んで、中古で五百円で買った古いモンハンをやっていると、携帯が鳴った。クラスメイトの安城金吾からだった。<br>「聞いたぞ余志屋。塩野目さんに告って振られたんだって？」<br>「……お前も知ってるのか」<br>　もし塩野目と付き合うはめになっていたら、僕がちょっとかっこいいこと言う度にLINEで晒されてしまったに違いない。地雷のような女だ。つくづく振られてよかった。<br>「いいか安城。筒井康隆の小説に俺に関するうわさという短編がある。読んだことはあるか」と僕は言ってやった。<br>「ないよ」<br>「今の世の中そのままあんな世界だよ。お前らのやってることはまったくもって新しくないぞ。田舎のジジババの楽しみをちょっと目新しいツールを使って再生産してるだけなんだぞ。俺を監視するのはやめろ！」<br>「なに一人で盛り上がってんだよ」と安城は電話の向こうで笑いやがった。<br>「でもまあお前が振られたのを誰かが【速報】タグ付きでLINEに流したのは確かだな」<br>「いったい誰だ。塩野目か」<br>「塩野目さんは、自分でそれをやるほど目立ちたがりじゃないだろう」<br>「お前が塩野目の何を知ってるというんだ」<br>「いや、キャラぐらい知ってるって、クラスメイトなんだから」<br>「なーにがキャラだ。いいか安城、キャラって言葉は所詮上っ面の言い換えにすぎないんだ。キャラクターが活き活きとしてるような小説ほど内容空っぽなんだよ。俺に言わせりゃラノベの延長のたぐいは全部不気味の谷から出ることはないね。あずにゃんでも舐めてろばーか」<br>「余志屋。俺はけいおんを馬鹿にする奴は今まで一人の例外もなく殺してきたんだ。お前もそうしてやろうか」と安城はキャラを強面に切り替えた。パフォーマティヴな奴だ。<br>「やってみろばーか」<br>「よーし言ったな。いつがいい」<br>「今度の土曜駅前のゲーセンいろいろ半額だから」<br>「ああそうな。でもお前いつまでたっても太鼓の達人うまくならないから一緒に行っても楽しくねーよ」<br>「お前だってキルミーベイベーしかうまくないだろ」<br>「死ね」<br>「お前が死ね」<br>　電話を切ってリオレウス倒してまだむかっ腹が収まらないから一階に降りて、「晩飯あとでいいから」と落語のDVDを見てケラケラ笑っている母に言い残して家を出る。<br>　サイクリングサイクリング、楽しいサイクリングの時間だ。特別値は張らないけど綺麗に磨いた自転車に跨って、僕はいつものように産業道路沿いを飛ばしながら途中のカーブで脇道に入り、何処までも続く山沿いの道に入る。緑の尾根、木々の匂い、崖の下を流れる川に鴫（しぎ）が一羽足をさしている。清涼感溢れる景色は何処までも何処までも――ってわけじゃないんだろうけど、まだこの山の向こう側をこの目で見たわけじゃないから、僕にとっては大いなる未知だ。<br>　実際のところ、僕はサイクリングというよりこの綺麗な川が好きなのだ。下流はしっかり護岸工事されてるけど、中流から上は岩がむき出しになっていて、釣りやバーベキュー向きのアウトドアエリアになっている。今も向かいの岸で暑そうな格好した釣り人が糸をたぐっているけれど、気にはならない。べつに孤独が欲しくてきたわけじゃない。欲しいのは距離だ。携帯や塩野目から物理的に離れてぼんやりと岩場を歩く。それこそが今必要なことなのだ。<br>　崖のところどころに設置されている急勾配の階段を降りて川べりにたどり着く。苔むした岩をすべらないようにしっかり踏みしめながら流れに近づいていく。魚に興味はないけれど、釣りでも始めればもっと頻繁にここに来ることができるだろうか。<br>　――何かに阻まれているわけでもないのに、年々この川べりにたどり着くのが困難になっている。思いついたことを最後までやり通す元気が、学年が上がるに連れて摩耗しているように思う。<br>「なんか、煩わしいよな、ほんと」<br>　それほど勝算があったわけでもないけど、我慢できなくなって告白してしまった。<br>　いちおう彼氏の有無を聞くなり小中学生の頃の他愛のない思い出を交えて話しかけるなりしてサインは出していたし、まんざら唐突というわけではないはずだが。昔の僕ならもっと周到に準備してタイミングはかって、例えば人数集めてイベントに繰り出したり警戒されない程度にメールのやり取りをしたり、というようなことを頑張っていたはずだ。<br>　そこまで頑張って彼女作って何がしたいの、というような、どうでもいい疑問が入ってくる余地はなかったはずだ。<br>「なにかしら楽しいことはあっただろうな……」<br>　元気もないし戦略的でもなくなってしまったけれど、今の僕には中学の頃にはなかったような分別がある。つまらない相手の欠点をほじくって喧嘩別れになってしまうようなことはもうあるまい。たぶん、そのはずだ。楽しくやれたはずなんだ。<br>「敗因はなんだ。スペックか？」<br>　運動部にでも入ればよかっただろうか。それともこの前髪切ったときに１０００円床屋ではなく美容院に行くべきだったろうか。親の金でむやみにおしゃれするのがこっ恥ずかしいとか言ってる場合じゃなかったんだろうか。<br>　――否。敗因が僕にあるわけがない。塩野目の目が曇っていて、性格がねじ曲がっているだけに過ぎない。ちょっと顔が可愛いからって調子に乗っているのだ。めんどくさいからそういうことにしておこう。<br>「ははは、気位が高い女の自尊心に貢献してやったぞ。人を振ってさぞかし気分がよかっただろう。今日はいいことをしたなぁ。まったくいいことをした」<br>　足元の小石を蹴ると、いい具合に岩の隙間を抜けていって、川の水面にポチャリと落ちた。<br>　その落ちた辺りの向かいの岸に、石を組んで網を張ってバーベキューの準備をしている少女がいた。<br>　少女も石の水音に振り向いたらしく、ちょうど僕と目が合った。<br>「あっ」<br>「げっ」<br>　塩野目だった。<br><br><br>　　　　　　○<br><br>　まさかこんな癒しの空間で、今世界でもっとも会いたくない人間に遭うとは思わなかった。不気味な女だ。なんで一人でバーベキューの準備なんかしてるんだろう。<br>「やあ、塩野目さん。人を振って肉を食って、ごきげんな一日じゃないか」川の向こうから声をかけると、<br>「第一声がそれ？　余志屋くんてほんと性格ねじ曲がってるよね……」塩野目は渋い表情で火打石を握る手を止めた。<br>　塩野目は白いシャツと半袖の緑のパーカーに、ショートデニムを合わせていた。サンダル生足。けっこうなことだ。ああけっこうなことだとも。<br>「一人でバーベキューするほど寂しいんなら僕と付き合えばよかったんだ」<br>「ってかなんでここにいるの？　ストーカー？」<br>「振られたから癒されに来たんだよ。この川べりは僕にとって貴重な癒しの自然なんだ。塩野目さんには来ないでもらいたいね」<br>　なあなあにはしたくない。出会ってしまった以上、塩野目を追い払わなくてはならない。<br>　これから先、川に来るたびに塩野目が何処かにいるかもしれないと心配するようなことになってはならない。それはこの場所を、心の平穏を失ってしまうということだ。学校で顔を合わせる分にはいくらでも愛想よくしてやるが、ここではダメだ。人間には絶対に嘘をついてはならない場所というものがあるんだ。<br>「べつに川は余志屋くんの物じゃないでしょ。私だってたまに使ってるんだから」<br>「いつ？　時間帯は？」なんで今まで会わなかったのだろう。<br>「今みたいな平日の放課後だよ」<br>「あっそう。僕は休日によく来るんだ」なんだ、住み分けができるじゃないか。<br>「絶対に休日に来るなよ。僕も二度と平日には近寄らないから」<br>「そんなの約束できないし。する必要もないでしょ。私は好きなときにここに来るよ」<br>　――これが振った側の余裕か。<br>「分かってもらえないかな。僕はこういうプライベートな空間で塩野目と会いたくないんだ」<br>「……余志屋くんさっき私に告ったんじゃないの？」<br>「さっき振られたからこだわってるんだよ」<br>「……いや、でも付き合うのはないよ。それはない」と塩野目は頑なに繰り返した。<br>　古風な火打石を器用に打ち鳴らして火種に火をつけている。新聞紙と炭、いくらかの雑木の切れ端。うちわの仰ぎ方からしても相当に慣れている様子だった。<br>「なんで一人でバーベキューしてんの？」<br>　誰かを待っているのなら、誰も来ないうちに火を起こしたりはしないだろう。塩野目は一人で肉を貪り食う気なのだ。確定した。<br>「それはけっこう立ち入った質問だから付き合ってもいない男の子に言う必要ないんで」<br>「あっそう」<br>　僕は川向こうから塩野目が火を起こす様子を見守り続けてやることにした。<br>「ねえ、さっさとどっか行ってよ。警察呼ぶよ？」<br>「呼べばいいよ」<br>「ほんとに呼ぶからね。あと明日先生にもストーカーされたって言うし」<br>「言えばいいよ」どうせLINEでなんでも駄々漏れの馬鹿女なんだから、騒ぎを気にしたってしょうがない。<br>「なにそれ」<br>「嫌がらせ」<br>「ほんと、子どもっぽい」<br>　塩野目はそう吐き捨てて僕をいないことにしたらしく、つつがなく火を煽って網を温めると、岩の陰に置いてあったらしいクーラーボックスからなにやら包みを取り出した。<br>　スーパーの袋から取り出されたのは、肉ではなかった。<br>　――ウリ？<br>　いや、違う。ウリはあんなに長細くない。きゅうりにしては大きすぎる。大根よりもまだ大きい。<br>　あんな野菜は見たことがない。<br>「それなに？」<br>　と聞いても塩野目は無視してくる。<br>「教えてくれたら帰る」<br>「……」<br>　塩野目はまな板とでかい包丁を取り出して、クーラーボックスを台代わりにサクサク謎の野菜をぶつ切りにし始める。<br>　しょうがないから持ち歌を歌うことにした。サザンオールスターズヒットメドレー。歌詞はサビしかちゃんと覚えてない。<br>　三曲目のTUNAMIでとうとう耐え切れなくなった塩野目は「ほんとに警察呼ぶからね」と喚いたが、僕は構わずいとしのエリーまで歌いきった。<br>「次はB'zとミスチルどっちがいい？」<br>「……サボテンだよ」<br>　とうとう根負けした塩野目は、思いもかけない植物の名前を口にした。<br><br><br>　　　　　　○<br><br>　恋した少女はサボテンを食べていました。<br>「サボテン？」<br>　鉢から抜かれて、事前に棘も抜かれていたらしいサボテンらしき緑色の塊が、薄くスライスされて網の上に乗せられていく。上から塩をひとつまみ。タレはつけずに食べるようだ。<br>「うまいの？」<br>「美味しいの」と塩野目は頷く。<br>「食えるの？」<br>「食べられるよ」<br>「何処で買ったの？」「うるさいなあ」「ひととおり教えてくれたら満足して帰る」「もうさっきからなんなのその流れ。やめてよほんときもい」「怪奇サボテン女にきもいとか言われてもな」「……食べたこともないくせに」<br>　もちろん食べたことはない。食えるものとも思わなかった。<br>「ちゃんと棘抜いてるんだろうな」<br>「抜いてるから心配しなくていいし」<br>「あっそう」<br>　だんだん川向こうから声を張るのが辛くなってきたので（歌いすぎた）、僕は水がしみるのも気にせず、じゃぶじゃぶ膝まで濡らして塩野目側の岸に渡った。<br>「こっち来ないでよ」<br>「喉が痛くなってきたんだよ。お互い川の水音で聞こえにくいだろう」<br>「いやべつに会話したくないし」<br>「いいからなんで一人でサボテン食ってんのか話してよ」<br>「美味しいから」<br>　……あっそう。そんなに会話が嫌ですかそうですか。<br>「私、いま包丁持ってるから近づくと危ないよ？」<br>「いっそ刺し殺せ」<br>　――気になる。とても気になる。<br>　もし塩野目がサボテンを食う女だと事前に知っていたなら、もっと慎重に告白して仲良くなって謎を探っていただろうに。<br>「それは、あれかな。一種の自己啓発というか？　キャラ付け？」<br>「はぁ？　なにそれ」<br>「宗教的な儀式かもしれないよな」<br>「違います。だから、美味しいからって言ってるでしょ」<br>「……ほんとに美味しい？」<br>　塩野目はうちわでパタパタサボテンを焼きながらぶすっとしていたが、やがて<br>「じゃあ一切れだけあげるから、それ食べて帰って」と小声で言った。<br>　なんとなく達成感を覚えた僕は意地の悪いことをするのをやめて、サボテンを焼く塩野目を見守った。<br><br>　割り箸でサボテンの切れ端を持ち上げて紙皿に乗せた。<br>　表面は焼けて鮮やかな色になっているが、中の方はジュクジュクと水気が残っている。それが美味しいのだと塩野目は言う。<br>「この焼き加減はガスバーナーじゃどうしたって再現できないの」<br>「……では」<br>　口に入れて一噛みしてみると、アロエに似た爽やかな味が口の中に広がった。<br>「あ、うまい」<br>「でしょー」<br>　一転して満面の笑みを浮かべた塩野目に不意をつかれて、座っていた岩から落ちそうになった。<br>　可愛い……。<br>「サボテンは美味しいんだよ」<br>「うん……」<br>　黙々とサボテンを一切れ食べ終わり、僕はつい二つ目に箸を伸ばした。塩野目は「一切れだけって言ったのに」と静止したが、その拍子に網の上の一切れに箸が触れてしまったので、なあなあになった。<br>　歯ごたえのある果肉をむしむし食いながら、よくサボテンを食べるなんて思いついたなあ、さすが塩野目は賢い賢いと褒め殺していると、塩野目はひとしきり嫌がってからようやくサボテンを食べるに至った経緯を話してくれた。<br>　なんでも塩野目の父親はサボテンを育てるのが趣味の枯れた男らしいのだが、刺のあるサボテンに子どもが触っちゃ危ないからと、鍵のかかった書斎でしか育てていなかったそうだ。<br>　なかなか書斎に入れてもらえなかったのが不満だった塩野目さんちの春香ちゃんは、ナルニアとかあのへんの、家具を調べたらファンタジー世界に繋がっているようなフィクションの影響で書斎に入らなくてたまらなかったらしく、とうとう親のポケットから鍵を盗んで忍び込んだのだが、めぼしいものはサボテンしかなかった。<br>　きっとあれは魔法のサボテンか何かだろうと一縷の望みを繋いだ春香ちゃんは、丁寧に棘を抜いてから齧った。魔法は使えるようにならなかったけど美味しかった。ということらしい。<br>　聞いても今ひとつ乗り切れない話だった。観賞用のサボテンを食うものだとみなした発想の飛躍がよく分からない。<br>「そもそもあの時の私はサボテンが観賞用だってことが分からなかったの」と塩野目は言った。<br>「だってあんなトゲトゲ見てたってしょうがないじゃない。綺麗でもなんでもないし。だから、ピーマンみたいな食べ物だと思ったのよ」<br>　実際に食べて育ってしまった少女が目の前にいるのだから、僕が否定したところで仕方のない話ではある。<br>「今食ってんのもお父さんのサボテン？」<br>「これは自前で買ったの。高いからたまにしか買えないんだよ？　なんで余志屋くんが食べてるの？」<br>　棘のような視線を受けて、僕は伸ばしかけていた箸を皿の上に置いた。<br>「べつにいいでしょ、私がサボテン食べたって。何か悪い？」<br>「悪いなんて言ってないだろ」<br>「言われた」<br>「言ってないって」<br>「……昔、言われたんだけど」<br>「昔？」<br>　そう言われてもさっぱり思い出せないが、塩野目は鮮明に覚えているようだった。<br>　小学校のとき同じクラスだったのは五年と六年のときだけで、ちょうど男子と女子がお互いを敬遠しあう頃合いだったし、塩野目と話しこんだ記憶なんてまったくないんだけど、どうやら僕らはサボテンの話をしたことがあったらしい。<br>「給食時間に暇だから「覚えてしりとり」しようって話になって、食べ物縛りでやってたの」<br>「そんなガキっぽいことしてたっけ？」<br>「してたの。それで私に「サ」で回ってきたからね。……勇気を出してサボテンって言ってみたのに」<br>　当時の僕を含めた五年二組三班は爆笑して、サボテンは食べ物じゃねーし「ん」付いてるだろボケボケだなーと盛り上がったのだそうだ。<br>「すんごい馬鹿にされた」<br>「まあそりゃ、したんだろうね。うん」覚えてないけど、きっとそんなリアクションをしただろう。他にどうしろっちゅーねん。<br>「それで私なんか傷ついちゃって、こうして一人隠れてサボテンを食べるようになったんだよ」<br>　塩野目は遠い目をしながら口をもぐもぐ動かしている。<br><br>　僕はなんだかちょっと晴れがましい気持ちになった。<br>　塩野目はちゃんと秘密を持てる人間なのだ。『人目に晒されてしまえば台無しになってしまうものの味』を知っているのだ。たった一人に向けた告白をわざわざ拡散しやがるような人間ではない。LINEに流しやがったのは、きっとたまたま通りかかった同じ高校の生徒かなんかだろう。<br>「今度は僕がサボテンを買ってくるよ」<br>「え、なんでそうなんの」<br>「一緒に食べような」<br>「だから付き合うの嫌だって言ってるでしょ」<br>「付き合わないって。一緒にサボテン食べるだけだって」<br>「え？　うーん」<br>　ちょっとだけ悩んだ塩野目のリアクションに手応えを感じながら、またついつまんでしまったサボテンの歯ごたえが心地よかった。<br><br><br>　この時まだ僕は知らなかったのだ。妹が盛大にまき散らした舌禍のことも、安城が実は塩野目をストーキングしていたことも。仲良くサボテンを食べている今の姿を遠くから双眼鏡で覗かれていることも。嫉妬に狂ってサボテンを投げつけてくることも……。<br>　<br>「ほんとにサボテン食べるだけだからね、絶対」<br>「はいはい」<br><br>　いざ人と真面目に付き合おうとすると、抜かなければならない棘は、思った以上に大量らしい。<br><br><br><br><br>三題噺「水・サボテン・希薄な記憶／ジャンル指定ラブコメ」了<br>　<br>　<br>　<br>　<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11582731722.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 20:12:14 +0900</pubDate>
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<title>手折る</title>
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<![CDATA[ <br>「あのねー、美浜さんがねー、黒くんがじろじろ見てくるのきもいって言ってたよ」<br>　飲み会の端っこの席でほんとうにほんっとうに楽しげにニヤつきながら、仁科は言った。<br>　一向に悪びれないぬらぬら動く唇と、飲めもしないのに強い日本酒を頼んで真っ赤になった顔に形容しがたい距離を感じた。<br>　仁科がどういう奴かというと、「よし、今から酔っぱらおう」と決意して酔っ払うような奴である。まだ酔っ払っていない段階から演技が入り、演技が抜けると酒が入る。そして酒が抜けると魂も一緒に抜けてテンションが下がり、機嫌悪そうにしながら帰っていく。<br>　ある意味飲みサーの正しい消費の仕方かもしれない。酒乱サークル「にょらい」は、もともと神社仏閣を巡ってお賽銭を払うようなサークルだったらしいのだが、長い歴史のうちに旅行するのも面倒になってもはや飲んでるだけという末法らしい。俺自身はっきりサークルに参加しているわけではない。益荒男という語学のクラスメイトに誘われるまま、都合がつくと飲んでいる。何故かというと前述の美浜さんという一年上の先輩がやたら綺麗だからだ。<br>「あーショックうけてるー」<br>　と仁科はケタケタ笑う。<br>　揺れている。<br>　仁科の救いようがあるところは大きい胸だ。<br>「嘘つけよ」<br>　と精一杯機嫌よく言い返す。<br>「嘘じゃないよ本人から聞いたしぃ」<br>「いやいやそんなこと思われてないから」<br>　俺もたいがい演技性の男なので、やめろよこいつぅとばかりに仁科の肩を軽く押すことができる。<br>「じゃあ本人呼ぶぅ？」<br>「えぇ、いいよやめとけってぇ」<br>　語尾で調子を合わせるうちに斜向かいのテーブル席にいる美浜さんと目が合う。思わず逸らしてしまうが根暗と思われるのもなんなので手でも振ってみる。<br>　美浜さんは愛嬌のある人なので困った感じで小さく振り返してくれる。「これでいいの？」という感じで。<br>　いいんですそれで。<br>「黒くんそんなとこで手ぇ振ってないで話に行きなよぉ」<br>「きっかけがなくて」<br>「だから私が作ってあげてんじゃん」と仁科が急に声を落とす。<br>「黒くん美浜さんのことチラチラ見ててきもいんですよー、ぐらいのつかみしてあげるから脈ありか脈なしか見極めてみなよ」<br>　いきなりのノリの変化に戸惑うが、二ヶ月だけ続いた居酒屋バイトで酔っぱらいに豹変された経験がなくもなかったので、ついていくことができた。<br>「なんで酒の席でそんな戦略的なことを……」<br>「あのねー黒くん、飲み会は戦場なんだよ。やる気のない奴は来ちゃいけないんだよ」<br>「仁科はやる気あんの？」<br>「あるよー。あるから美浜さんはさっさと型にハメないといけないの。綺麗な顔していつまでもフリーでいられるとこっちが困るんです。活動範囲がかぶっているからね」<br>「型にハメる……。なるほどなぁ」<br>　思わず感心してしまった。<br>「べつに黒くんが振られてもいっこうにオッケーだからさ、さっさと告るなりしてよ。んで振られても懲りずに飲み会来てニヤニヤしてようよ。すると美浜さんは黒くんのことをマジでめんどくさいなこいつと思って飲み会から遠ざかるはずだよ」<br>「……そんなきもい奴になってたまるか」<br>「美浜さーん、こっちこっち」<br>　仁科は容赦なく美浜さんを呼びつける。<br>　美浜さんは愛嬌のある人なので、しょうがないなぁという感じでこっちに来る。<br>「あっちで何の話してたんですか？」<br>　仁科が口を開きかけた瞬間に、俺は機先を制してそう訊いた。<br>「まじめな話だよー。あの太っちょの真宏くんっていう子も教育学部でね。単位がやばいっていうから試験のこととかつらつらと」<br>「迂遠だな真宏」と仁科が舌打ちをする。<br>　美浜さんは愛嬌のある人なので、「こらこら先輩だよ」と仁科をやんわり咎める。<br>「それで黒くんがきもいんですよ」仁科は強引に自分の話題をくりだした。<br>「えーきもいの？」と美浜さんもちょっと調子を合わせていくが、口調はまさに名人芸だ。非難とおかしみと、もう一つ何か色香なものが混ざった絶妙なチャーミング。<br>　思わずきもいですと同意してしまいそうになったが、それだとノリが続かなくなるから「きもくないっすよぉ」と言うしかなかった。<br>「なんできもいの？」<br>「美浜さんのことチラチラ見てるからですよ」<br>「見てませんよぉ」とチラチラ見ながら言うと、「見てんじゃん」と仁科が肩を叩いてくる。一座が笑いに包まれたところで、（今のボケって仁科が突っ込まなかったらただきもいだけだよな）と気づいて背筋が寒くなる。脇が甘い。酔っぱらいの不安定なツッコミに頼るような危ういボケは控えなければならない。<br>「いやだって美浜さん綺麗だし」<br>　と取り繕うようにして言うと、美浜さんは「そぉ？　ありがと」とはにかんだ。ありがと、をちょっと小声で言うところがミソだ。ツボを心得ていらっしゃる。<br>　あれ、沈黙が降ってきた。<br>「俺心臓ちっちゃいから綺麗な人見ると緊張しちゃうんでー」<br>　会話が途切れるのは何よりきついので、口から出るに任せて喋り続ける。仁科とか他の連中なにしてんだよと横目で左右を確認すると、仁科は腕を組んで観戦モードらしく、逆隣の益荒男は、そのまた隣の福原某とそのツレを相手にゾンビーゲームをやっている（ぞーんびぞんびぞんびいちぞんび！にぞんびさんぞんびよんっ……あー益荒男くん言えなかったぁはいおちょこ♪）。仁科の向かいの男二人は挨拶したきりまったく話さずに携帯を見ている。飲みサーだろうとこういうのはいるのか。いや、ただ神社仏閣が好きなだけなのかもしれない。<br>「そんなに褒め殺されたら困っちゃうよ」と美浜さん。<br>「いやほんとに」と言葉を探しつつ、もう知ってるけど「彼氏いないんですか」と聞いてみたりなんやらかんやらしているうちに我慢できなくなったのか、<br>「いやでもあんたさぁ」と仁科がうざがらみをしてくる。「サークル来だしてから二ヶ月ぐらい経つけど全然声かけてないよね」<br>　それは事実なので否定のしようもなかった。<br>「挨拶ぐらいはしてるよ」<br>「そういう中途半端なのが傍から見てると気持ち悪いって言ってんの」<br>「あのなぁ」<br>　仁科を強く咎めかけたが、美浜さんがだいぶ困っているので、ケンカするわけにもいかなかった。<br>　ぞーんびぞんびぞんび。はいはいはい。<br>　テンション上げて乗り切るのもわざとらしいように思えて、かなり嫌だけど、ほんと苦手なんだけど、ある程度さらけることにした。とっさの話題って結局、日頃思ってることしか出てこない。<br>「仁科は粋って概念を知らないのか」<br>「いき？」<br>「例えばほら、綺麗なひなげしの花があるとするだろ」<br>　美浜さんをそっと指差しつつ。<br>「見るだけですませるんだよ。手折ったりしたら台無しになる。それが粋」<br>　仁科は本格的に意味が分からなかったのか、大きく首をひねってそのまま倒れこんだ。<br>「黒くん少女漫画とか読む人？」そしてよく分からない文脈で推理を繰り広げているらしい。<br>　次はへたれだのなんだのうるさく言われるんだろうか。あぁめんどくさい。女だって目に入るイケメンみんなとやりたいわけじゃあるまいに。<br>「益荒男くん益荒男くん」<br>　仁科は不意にむっくり起き上がる。<br>「ぞんびぞんび、なんだ呼んだか？」<br>　益荒男はいつものように豪快に飲みまくっている。酔いが深まると全身が赤銅色になって、隆々とした体がさらに膨らむ。<br>「女の子って例えると何？」<br>「誰を例えるって？」<br>　俺越しに酔っぱらいの会話が飛ぶ。<br>「女の子一般。一般名詞」<br>「そりゃあ笛だな」と益荒男は即座に答えた。<br>「笛？　なんで？」<br>「なんでってそりゃ、俺の指でなくからさ」<br>　益荒男はむやみに俺の首をしめつつそう言った。<br>「加藤鷹かお前は」<br>　ちゃんと突っ込んでやるとテーブルの端から端まで爆笑が起こった。酔っぱらいの沸点は低い。<br>　ちらっと確認すると美浜さんも笑っていた。<br><br>　仁科はその辺りからグダグダになって、いつものように黙りこんでは突然爆発したり、慌ててトイレに駆け込んだりと忙しそうにしていた。<br>　美浜さんとは結局おもしろい会話はできなかった。ちょっとアガってしまうと何言っても滑るのが俺なんだ。<br>　誰ともおもしろい話なんてしてこなかった。そんな気すらしてきた。<br>　ところが、駅前のロータリーに集団で向かう途中で、美浜さんが声をかけてきた。<br>「ね、私の勘違いだったら申し訳ないんだけどさ」<br>「どんな勘違いを？」<br>「黒川くん、仁科さんとやった？」<br>　思わず仁科の姿を探すと、列の最後尾の辺りで同学年の女子に何やら頭をなでられていた。<br>「……あいつ言いふらしてるんですか？」<br>「違うよ。私の憶測。なんか前より距離感近いなって思って」<br>　足を止めると、ほんとに憶測だよと美浜さんは念を押した。<br>「いや、べつに俺はいいんですけどね。言いふらされても」<br>　また歩き出す。<br>「あいつが嫌そうにしてたから、黙ってようと思って」<br>「嫌そうにって、恥ずかしがってたってこと？」<br>「そうじゃなくて、後悔してたってことです」<br>　まあ笑い話なんですけどねと前置きして、小声で顛末を話した。<br>「二週間ぐらいまえの飲み会でしたっけ。なんか仁科の中で童貞って単語がやたら流行ってたらしくて、いつもの調子でうざがらみされたんで、３２歳のキャバ嬢に筆おろしされたんだって話をしたんですよ」<br>「え、それほんと？」<br>「いやほんとに。三ヶ月だけ続いたバーテンダーのバイトやってる時に、カウンター越しに仲良くなって、冗談みたいなノリでそのまま」<br>　あんまり嘘だ童貞だと仁科がうるさいから、じゃあ一回やってみようかと逆切れしたら断られずにそのまま。<br>「朝にものすっごいけだるい後悔を全身で体現されましたけどね」<br>「……今日、気まずくなかったの？」<br>「お互いに来るとは思わなかったんじゃないですか。試しに話してみたらいつものノリだったんで、なかったことにしたいんだろうと。次はもう来ませんけどね。美浜さんも今日で見納めかと思って、いつもより多くチラチラしてました」<br>「ねえ、……仁科さんそれで怒ってたんじゃないの？」<br>　――そうなのかもしれない。<br>　でも俺は、ホテルのベッドで、いったん化粧まで済ませたのにグズグズになって泣いてた仁科に先に切れてしまったのだ。<br>　今さらそんなふうには考えたくない。<br>「そうですかね」<br>　その辺りでロータリーに着いた。<br><br>　仁科は解散してからもベンチに座り込んでいた。同級生の女の子が何人か付き添っていたが、まあいつものことなので、時間が経つにつれて一人ひとり消えていった。<br>　俺は飲み会が終わった後にいつもやる、手段を間違えてしまったような、そもそも目的が間違っているようなよく分からない後悔をしながら益荒男としばらくだべっていたが、間が持たなくなったし、仁科がいつまで経っても帰らないので、仕方がないから声を掛けた。<br>「帰って寝ろよ」<br>「何って？」<br>　仁科は濁った声を出したが、咳払いをしてまなこをくりっと俺に向けた。<br>「家に帰って寝ろって言ったの。今日もグダグダだな」<br>「グダグダだよ」<br>「神社でも行って心を洗ってこいよ」<br>「……さっき何話してたの？」<br>「仁科のこと」<br>「なんで？」<br>「バレてたから」<br>「……最悪」<br>　仁科はしばらく頭を抱えていたが、やがて左手をすっと差し出した。<br>　握れ、ということだろうか。しかし握ってみると振りほどかれた。<br>「そうじゃなくて、手のひら」<br>「……手のひらがどうしたんだよ」<br>「傷があるでしょ」<br>　そう言われて目を凝らしてみると、手のひらの真ん中に、縦に入った細い筋があった。<br>「小学生のときにね、手のひらに運命線がないのがものすごく嫌で、カッターで無理やり線引いたの」<br>「……」コメントに困る。<br>「今ね、そんな気分だよ」<br>「すると……俺は傷か？」<br>「そう、たぶん。運命の方じゃなくて」<br>　仁科の着ている白いブラウスに、一筋。吐瀉物らしい汚れが、大きな胸の稜線にそって垂れていた。<br>「もっかいやるぞ、下手くそ野郎」<br>「酔っぱらいが……」<br>　<br><br>　後で、仁科はスイカの花だと胸をさわりながら言ったら、噛み付かれた。<br>　<br>　<br>三題噺「花・笛・意図的な運命」ジャンル指定「悲恋」了<br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11533816062.html</link>
<pubDate>Sun, 19 May 2013 22:01:43 +0900</pubDate>
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<title>ジャンキーベットウィーンA＆B</title>
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<![CDATA[ <br>「隊長、３時の方向に浮遊物が見えます！」<br>「OKジャスミン。どんな物体だ」<br>「凍りついていてはっきりとは分かりませんが、隊長が筋トレに使っているバーベルぐらいの大きさです」<br>「OK、ならそんなに大きくないな。アームで回収だ」<br>「ラジャー！」<br>　もちろん全部独り言だ。<br>　地球火星間のスペースデブリを拾うという作業を、もう何年も一人でやっている。なんでそんな大それたことを一人でやろうと思ったか？　長く生きるってことはそういうことなんだ。いろいろやりつくして、最終的には、誰も知らないところで誰もやらないようなことを人一倍頑張りたくなるんだ。<br>　例えば考古学者は類人猿の骨をほじくり返すだろ？　もうヒューマンが猿の体を捨てていくらも経つっていうのにまだやってる。量子コンピューターで過去の地球上の物理的な状態を頑張って再現して、十字軍が何人いて何を食ってどれだけ殺したかを精確に突き止めた熱狂的テンプル騎士団ファンもいる。何千世代にも渡って血統を証明するサービスなんかクローン愛好家の間で人気じゃないか。霊長類最強の巨人を作るサムソン計画だって月面で大まじめにやってるけど、あれもせっかく重力が六分の一だからって貧乏性ででかくなってるように思える。<br>　みんな年寄りなんだ。ただ、俺は少しだけ世の中の役に立ちたいと思った。<br>　たまに事故で壊れた船ともめぐり逢えるし、その中でぶっ壊れてオイルブラッドごと凍りついてるサイボーグをジンワリ解凍して壊れたデータを復旧するのが楽しみだ。べつに楽しみのためにやってるわけじゃないが。<br>　もちろん復旧したって自我（アートマ）は戻らない。あれはなんていうか癖みたいなもので、発展的なソフトウェアをいったん系統立ててからランダムな順序でインストールしていく過程で作られていくものだ。個性と呼べるほどじゃない、「優先順位」という程度。俺たちは全員ちょっと違うバージョンの自分みたいなもので、他人じゃない。コンビネーションに自他の区別はない。<br>　しかし互換性もない。<br>　マイクロの単位まで類似していながら、「同期」だけは捨て去っている。<br>　ソフトを組み入れていくたびに自我を更新する。クローン愛好家と主旨は違うが、サイボーグ派もまたダーウィニストだ。<br>　他には、体なんて持たない「マクロ」なんてのもいる。俺から見るとあいつらはサイバー上でどうでもいい同期（要するにかつて誰かがやったことを全員でシミュレートしている）ばかり行なって「いいね！」「いいね！」と盛っている気持ち悪い連中だが、向こうから見るとこっちはただの暇人だろう。自我を持たない連中に高尚さは分からない。<br>「そうだろジャスミン」<br>「そうですね」<br>　氷の塊をアームで回収して船内に入れる。センサーで確認すると、なんと金属ではない。<br>　木だ。<br>　慌ててモニターを見ると、半径六十センチほどの円の中に肌色の塊が見えた。<br>「……肉？」<br>　そんなまさかと目を凝らしてスキャンしてみると、タンパク質の成分がズラズラズラと視界から溢れてくる。<br>「うひょー、肉だぞ肉」<br>「珍しいですね」<br>　長いこと宇宙掃除をやっているが、初めての経験だ。<br>　裸の雄だ。まだ若い。いかにも作り物のようなハンサムな顔立ちをしている。元ネタはジョージ・ルーカスという俳優ですねとジャスミンが指摘する。名前には覚えがあったが、優先順位が低すぎてすぐには出てきそうにない。<br>　手足を抱え込んで、胎児のように丸まっている。するとこの木の入れ物は子宮のメタファーなのだろうか。<br>「ジャスミン、俺の解釈は妥当か？」<br>「一義的で危ういです！」<br>「それもそうだ。この木の入れ物には固有名があるのか？」<br>「タライです」<br>　ジャスミンは間髪入れずに答える。<br>「それはなんだ」<br>「かつて人類が使っていた手洗濯をするための道具です」<br>「そうか。服を着ていた時代のな。ん、しかしこいつは裸だぞ」<br>「回答不能」<br>　ジャスミンが答えられない質問は、実のところ、俺には分かり切っていることだ。そういうふうに設定してある。先に言われるとつまらない。<br>「つまりこの男が「服」なんだな、ジャスミン」<br>「一義的で危ういです！」<br>「俺は危険な男なんだ」<br><br>　服。<br>　クローン愛好家の中には、わざと差異のある身体に入りたがるものもいる。違法であるところの「交配」も事実上黙認されている。なんたらマーケットという即売会がオータムランドという小惑星で毎年開催されていて、そこでは様々なXとYが好き勝手カップリングされ、奇抜な体がウケるらしい。<br>「肉の解凍か……」<br>　どうやればいいかは分かり切っていたが、ちょうどいい温度を出す機材が船にはない（オイルブラッドは気圧で溶かす）。常温で溶かすしかなさそうだ。船内の温度を人肌程度にまで上げる。暑い寒いという感覚をもたらすソフトはまだ入れていないので、どんなものか想像もつかないからジャスミンの提示通りに摂氏三十度でお茶を濁す。<br>　三十四時間ほど待つと、ジャスミンが「溶けました」と報告してくれた。よほどみっちり凍りついていたらしい。<br>　放射能の兼ね合いでモニター越しにアームでつついてみるしかないのがもどかしい。せっかくの肉なのだから、形だけでも人型の指でさわってみたいものだ。<br>　ブニブニしている。<br>　腐っているわけではないようだ。筋肉質な見た目の割に柔らかい。<br>　半開きの口から、犬歯が覗いている。――少し大きい。<br>「あれが差異だと思われます」<br>「犬モデルか、ヴァンパイアモデルか、というところだな」<br>「犬モデルなら犬です」<br>　それもそうだ。<br>　ヴァンパイアモデル――。<br>　ただ牙を大きくしただけのものから、太陽光に反応するものや、オイルブラッドを吸うサイボーグ型のものまで、時代の発展と共に発達していった悪趣味。<br>「プロトタイプってやつか」<br>「博物館か企業の資料館にしかありませんよ。なにせ、牙を大きくしただけのものですから」<br>　どうもそうらしい。完膚なきまでに死んでいる。熱源反応ゼロだ。<br>　こんな体の中に入ってしまったら、地獄だろう。オイルブラッドが食えなければ、クローン愛好家を探しだして襲うしかない。<br>　まじめな話、やつらしか肉のための食べ物を持っていないのだ。牛も豚も鳥もやつらだけが楽しんでいる。いくら食べても太らない体で、食えるだけ食っている。<br>「この服をタライに入れて宇宙に流した奴の思考をトレースできるか？」<br>「できません」<br>　珍しく俺とジャスミンで可能不可能が一致した。<br>「無節操な推察ならできますが」<br>「やってみてくれ」<br>「何かのサブカルチャーの真似」<br>「該当する作品は？」<br>「サーバー上にはなし。とすると脳内のオリジナル」<br>「犯人のか、こいつのか」<br>「断定する意味がありません」<br>「自殺か他殺か気にならないか」なにせこいつにも脳みそがある。牙以外は全くのホモサピエンスなのだから。<br>「断定するためには火星のシミュレーター設備を借りなければなりません」<br>「そこまでしたくない」<br>「他人の手を借りずにこの体制で宇宙に放り出される蓋然性は低いでしょう」<br>「そうかもしれないな。しかし誰が何の目的で」<br>「分かりません」<br><br>　何かが分からないときには、たいていの場合、問題設定が間違っている。<br>　ジャスミンは俺が優先順位を下げている間に、俺の体を通してアームを辿り、ヴァンパイアの体に自らを送り込んでしまった。<br>　精確に言うなら、アームを伝ってヴァンパイアの脳みそに残っていた電荷移動の痕跡を辿り、不完全ながらもヴァンパイアのアートマをシミュレートして自らのそれに上書きしたのだ。<br>　なぜそんなことをしたのか、という問題は省略する。ジャスミンも俺と同じぐらい年をとっている。<br>「にゃあ」<br>　その結果がこれだ。<br>　あれは変態向けの嗜好品だったらしい。脳みそは人間のそれではなく、猫のを改造したものだった。異種族間での脳みその移植なんて、今ではロストテクノロジーだ。性欲というものに不可能はないらしい。<br>「にゃあ」<br>　ジャスミンがアートマを損なってまで手に入れた情報によると、この猫の脳みそを持つヴァンパイアは、ちょうどいい大きさのタライを見つけてスヤスヤと丸くなって眠り込んでいた。なぜ宇宙船にタライなんて持ち込んでいたのかというと、当時地球の極東にあったニッポンという国の船でてこね寿司パーティーが行われていたからだそうだ。てこね寿司というのはタライに米と魚をぶち込む料理だ。<br>　ヴァンパイアが丸くなっていたのは予備のタライらしかったが、隣の部屋では本番が行われていた。米と魚を数人で食らっているうちに、誰かが何かの拍子に重力制御装置を切って、米粒が飛び散った。<br>　飛び散った米粒から逃げるべくドアを開けたのが運の尽き。エントロピーに従って船内中に拡散した米粒が精密機械の隙間に入り、宇宙船は爆発。<br>　ヴァンパイアはタライごと吹き飛ばされ、凍りついたというわけだ。<br><br>「にゃあ」<br>「ああ、分かってるよジャスミン」<br>　俺たちが拾っているのはゴミばかりで、俺たちはろくでもないダーウィニストだ。<br>　限定的な環境に甘んじる一方で、やりたいとか、やりたくないとか、おもしろいとか、つまらないとか、自我と取捨選択にとりつかれてる子どもだ。<br>「俺たちはとっくの昔にジャンキーなんだよ」<br>「そうかにゃあ？」<br>　調子が戻ってきたジャスミンと一緒に、今日は少し、火星に近づいてみようかと思う。<br><br>　<br>三題噺「東・タライ・憂鬱な魔法」ジャンル指定SF　　　了<br><br>「何処に魔法が出てきたんだ、ジャスミン」<br>「作中の科学的におかしいところすべてです」<br>「なるほど、憂鬱だな」<br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11532486741.html</link>
<pubDate>Fri, 17 May 2013 22:02:25 +0900</pubDate>
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<title>遮断機をくぐる</title>
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<![CDATA[ <br>「何か辛いことがあった時には分単位のスケジュールで管理されている新幹線のことを思うの」と彼女のよしこが言ったので、<br>「なんで新幹線なん？」と訊いた。<br>　世の中に分単位のスケジュールで管理されているものなんてありふれているだろうに。何がよしこを新幹線に駆り立てるのだろう。<br>「速いじゃん」<br>「……ほう」<br>　速いじゃん。<br>　新幹線は速いじゃん。<br>　深夜のガラガラのファミレスだからどんな会話したって自由だと思うけど、それにしたってこのやりとりはひどかった。生きていくのに必要な知性というものがまるで感じられなかった。<br>　そもそも僕らは知性なんて持っていなかったのかもしれない。飲み屋に行って酔っぱらい、旨くてもまずくても構わないような値段の焼き鳥を食べて、わざわざファミレスで酔いを醒ましているのだ。バカらしい。部屋でイチャイチャしてた方がよっぽど気楽だった。デートとも呼べないこの一連の行動はなんだ？　飲み屋で何を話してたっけ。仕事の話だっけ。ストッパの効き目についてだったかもしれない。<br>「新幹線より飛行機の方が速いで」と言うと、<br>「正確にどれだけ速いか知ってるの？　適当なこと言うのよくないよ」と怒られた。よしこはファッション感覚で怒るというか、いかに可愛い口調と仕草で駄目だしするかに血道を上げているところがある。よく部屋に置いてある姿見の前に立って自分に駄目だしをしている。初めて見た時は驚いたが、「学生の頃のがんばれ自分ってやってる自分がすごく可愛かったの。それからなんか癖になっちゃって」と説明されるとよく分かった。僕がよしこを好きになったのはその「癖」が原因だ。異性に可愛く駄目だしされたいという僕の需要とマッチしたのだ。<br>　こういう需要を持っていると女と付き合ってもあまり良いことがない。駄目だしされたくて無理にテンション上げたり変なところで甘えたりしてるうちに、怒るより先に呆れられてしまう。長続きせずに嫌な気分になる。<br>　ところがよしこは駄目だしするポイントが僕の常識とあまりにもズレているので、普通に生きているだけでも駄目だしされてしまい、余計な配慮をする必要がない。その点楽で重宝しているのだが、手間を省けば効果もいくらか薄くなるのが世の常で。内心自分でも駄目だな、滑ったなと思う「痛いところ」をほじくり返されるのが「駄目だし」というものの大事なところなので。よしこといると「駄目だしされたい」という欲望は叶っても、それに伴う性欲があんまり刺激されないのだ。<br>「新幹線って言うたら、変形するおもちゃが出てるよな」<br>　ぐだぐだ考えているうちに何を話していたか忘れたので、適当に話題を切り替えた。<br>「新幹線が変形するの？」<br>「そうそう。変形して戦闘ロボットになるねん」<br>「常客どうすんの？」<br>「死ぬんちゃう？」<br>「死んじゃ駄目だよ」<br>「死んだら駄目かな」<br>「駄目駄目」<br>　こうして文脈を駄目なものがたりに持っていけばずーっとよしこは駄目だししているので、ずーっと可愛くてけっこうなことだと思う。この性欲の伴わない感じが萌えなのだろうか。形式美。喉が渇いたから茶道が生まれたわけじゃない。それと同じことだろうか。<br>「死んだら楽で楽しそうやけどなぁ」<br>「梅っち、自分が極楽に行けると思ってる勢なの？」<br>「誰でももれなく阿弥陀さまが救ってくれるやろ」<br>「駄目だよそんな自堕落な宗教。ダメダメだよ」<br>「おんなじこと坊主の前で言える？」<br>「言うたるよ」と豪語する。よしこはたまに僕の関西弁がうつる。<br>　ドリンクバーでマスカットジュースのおかわりを持ってくると、よしこは半笑いで僕のジュースに麦茶の残りを注ぎ込んでから、「そもそも私死にかけたことあるの」と言った。<br>「臨死体験したん？　怪我？　病気？」<br>「睡眠薬のオーバードーズ」<br>「っげ」<br>　理性や人格とはべつの、危機感に基づいた野生の部分が、脳みその更地に「めんどくさいカウンター」をイチ載せる。だいたいヨンかゴまで溜まるころには別れる流れになっているアレだ。<br>「あ、ひどい。私のことを自殺未遂のメンヘラーだと思ったんだ」<br>「違うの？」<br>「たんに服用を間違えたんだよ。眠れないときに飲むはずの薬だったんだけど、やたら量があるから一日一度飲むのかなと間違えて。――心療内科行くとやたらもらえたんだよ。今はどうか知らないけど」<br>　鏡に向かってがんばれ自分をするだけなら可愛いが、付け合せで心療内科に行ってた（る？）となると気兼ねなく萌え萌えするには少し深刻な気がする。<br>「よしよし、こんど添い寝してあげようなぁ。それで臨死体験ってことは、あの世の風景見たりしたん？」<br>「なにさらっと話題切り替えてんの？　私はメンヘラーじゃないって話してるんでしょ」<br>「よしこはメンヘラーやないから。そんな結論でてる話せんでもええやん」<br>「ほんとにそう思ってんの？」<br>「メンヘラーでもええからメンヘラーがあの世で見た風景を教えてくれや」<br>「しょうがないなぁ……いいよ」<br><br>　はじめに光があったの。いやほんとに。どんな光かって言うとね、メトロノームみたいにたんたんたんたんって切り替わってくの。さてなんでしょう？　わかんない？　踏切だよ踏切。目の前に線路と遮断機があって、後はまっくらなの。光るのは遮断機だけ。音は全然なくて、代わりにたんたんたんたんって光がリズムよく切り替わってね。他になんにもなくて……えっと。<br>　そうそう、それで、いつまで経っても電車が来ないから、渡ろうかなって思ったんだけど。こういうのって遮断機くぐった瞬間に電車がやってきてチュドンってのがお約束じゃん。だからどうしようかなって様子を伺ってたんだけど、何日待っても何年待っても、遮断機が交互に光るばっかりで、全然なんにも通らないんだよね。どうしようかなって、誰かに相談したかったけど、他に誰もいないし。<br>　暇だから光に合わせて瞬きする遊びをしてたの。たんたんたんたんって瞬きするの。意味なんかないよ。でも何年もしてるうちにもういいやってなって。<br>　死のうって思って。<br>　誰もいないし何にも来ないから死のうって思って、遮断機くぐって踏切に入ったの。<br>　そしたら遠くに光の点が見えてね。<br>　その点がどんどん大きくなってきて、逃げようと走るんだけど、どうしてかどっちを向いて走っても線路しかないの。線路をたどるだけで、遮断機が見つからなくて、くぐって外側に行くことができないの。振り向くと光の点は光の列になっててね。蛇行しながら真っ白の固まりが線路の上を追ってくるの。私、なんだかもう疲れちゃって、しゃがみこんで目をつむって泣いてたんだけど。<br>　どういうわけだろうね。人間の性なのかな。自分を轢く列車がどんな車両なのか気になって、ふと顔をあげたらね。<br>　目があった新幹線ひかりのランプが、やっぱりたんたんたんたんってメトロノームみたいにチカチカしてたの。それで、「あぁ、これで外側に行けるんだ」って納得したの。<br>　生き返れたの。<br>　でも、後から気づいたんだけど、あれ私が瞬きしてただけなのかもしれないね。瞬きしてなかったら死んでたんだよ、きっと。<br><br>「だから私は定刻をしっかり守る新幹線がなんか好きなの。一生懸命がんばってるんだなぁって」<br>「自分みたいで？」<br>「自分みたいで」<br>　すっかり酔いが醒めてしまった。そもそも僕とよしこはこういう心の深いところを共有するような会話を今までしたことがなかった。お互いに卑俗なコミュニケーションの愛好者だと思っていたのに。<br>　違ったのか。<br>　マスカットジュースでも飲んで早めに切り上げようと一気にあおったら、急に気分が悪くなってふらついてきた。<br>　テーブルに頭をつけて「うーうー」と呻いてしまう。<br>「今さら酔っ払ってきたの？　梅っちはダメダメだねぇ。じゃあ私の部屋行く？」<br>　よしこの声が妙に頭蓋に響いてくる。いつもの可愛い揶揄の響きに、違うものが混ざっている。<br>「お……まえ……僕のジュースに……何を……」<br>「ん？　私は慣れちゃってるけど。粉末タイプのが麦茶にたまたま入っててね」<br>　視界が暗い。目がチカチカする。心臓がバクバクいってるのが分かる。メトロノーム――頼むからもっとゆっくり刻んでくれ。このままじゃ破裂してしまう。死んでしまう。<br>「ねえ、誰かと添い遂げるってことはさ」<br>　よしこはもはや誰にともなく話している。<br>「一緒に死ねる安心感が目的なんだよね。セックスするのも子育てするのも、なんかそうしないと物足りなくて死ぬ時に後悔しそうだからじゃない？　デートだって飲みだってそういう繋がりだけどさ、なんかもうそういうの、めんどくさいよね。梅っちみたいに萌えればなんでもいいっての、お手軽だけどさ。まだ迂遠だよ思うよ。最終到着駅から考えたらぜんぜん迂遠。余計なことなんにもしなくてもさ、一緒に死ねて、二人ともそれで安心できるんなら、それが一番いいんじゃないかな。特急列車のっちゃってー」<br>　何の話だ？<br>　遮断機がたんたんたんたんと正確にリズムを刻んでいる。その向こう、線路の上に、光に合わせて瞬きをしているよしこがいる。たんたんたんたん。逃げなければと思うのに、振り向くとそっち側にも踏切があって、瞬きしている女がいる。<br>　合わせ鏡みたいだ。<br>「だ　め　だ　よ」<br>　よしこは光と瞬きに合わせて、一言ずつ口を大きく開ける。<br>「い　っ　し　ょ　に　い　な　い　と　だ　め　だ　よ」<br>　僕は線路を横切らないために、線路に沿って走って逃げた。でも逃げても逃げても僕の左右には線路が続いていて、目をやるたびによしこが瞬きをしている。よしこは走ってない。手を後ろに組んで立っているだけだ。僕のまぶたの裏側にいるのだ。瞬きをしないわけにはいかない。メトロノームのリズムからいくらズレても、はみ出しても、我慢しても、逃れられない。<br>　下を見てはいけないと思った。<br>　でも、走るのに疲れてしまって、ふと下を見てしまった。<br>　線路があった。<br>　顔を上げると遠くには光の点が見えていた。<br>　蛇行しながら近づいてくるそれは、一匹の蛇に思えた。<br>　顔は新幹線ひかりのそれではなくて、<br>　瞬きをするよしこだった。<br>　目を硬く閉じた。なのに、いつまで経っても轢かれないから、たまらなくなって目を開けると、<br>　よしこの歯と口の奥に広がる暗がりが、今にも僕を飲み込もうとしていた。<br><br><br>　――目が醒めると、よしこの部屋のベッドの上だった。<br>　よしこが寝ている僕にのしかかって、顔をのぞき込んでいた。<br>「あ……あ……」<br>「成功したかな？」<br>　よしこは規則正しく瞬きをする。ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。<br>　僕は恐怖のあまり身をよじって逃げ出そうとしたが、手足が縛られていることに気がついた。ギチギチに縛られていて、痛いぐらいだった。<br>「あ、駄目だよ泣いちゃ。いい年してさ」<br>　よしこはいつもみたいな可愛い口調で、恐ろしい瞬きをしながらそう言った。<br><br>　そうして、僕はよしこの所有物になった。<br><br><br>三題噺「光・メトロノーム・おかしなヒロイン」ジャンル「偏愛物」了<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11482765288.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Mar 2013 21:03:05 +0900</pubDate>
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<title>ロゴスコードのバベルの塔</title>
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<![CDATA[ <br>「いやまさか、大阪市の梅田改めJR大阪駅にある大阪スカイタワーに爆弾が仕掛けられるなんてな」<br>　不自然な説明口調で喋るキモい男、それが私の兄の楢柴圭吾。ちょっと頭の悪い不良品高校生。<br>　そんな彼と可愛い妹である私がなんで一緒にスカイタワーにやってきたのかというと、スカイタワーの２０６階にある空中ライブハウスで「らぶぱっくん」という私の大好きなおばちゃん漫才コンビがライブをやるから見に来たのだ。一人で来たかったのに心配した母が兄と行くことを条件にしたである。<br>　ところがライブのネタがまだ３つ目というところでぴんぽんぱんぽーんとアナウンスが鳴って、<br>「スカイタワーの何処かに爆弾が仕掛けられました。まだ見つかってないからエレベーターと階段封鎖して探しますので動きまわらないでください」<br>　と宣言され、ライブ会場は大パニック。やることもないから自販機でジュース買って自分の席（パイプ椅子）で「爆弾なう」とツイッターしてたらフォロワー爆増えでテンション上がってたところに、携帯を忘れたバカな兄が話題作りのために説明ゼリフをかましてきやがったというのが今のシチュエーションである。<br>　そもそも兄がなんでこんなキモい喋り方をするようになったのかというと、同級生とろくに話さず見ても見なくてもどうでもいいようなアニメや映画やお笑いDVDを見過ぎた結果、なんだか常に向こう側に視聴者がいるような奇妙な倒錯感を日常に持ち込んできたらしいのだ。「ほら坂本龍馬だって若いころは頭の上から岩が降ってくると妄想して刹那感を鍛えたんだぞ」と聞いてもいないのに目を合わせないで誰かに向かって説明する兄はほんと終わってるというか、絶対にこいつ殺しても無罪だなってレベルなんだけど日本の刑法がまだそこまで進歩してないからしょうがない。生かしてる。<br>「三咲ちゃーん、聞こえてますかー」<br>　ほらキモい。もうキモい。この語尾を伸ばした大げさな口調、「私は今妹をからかっています」と言いたげな分かりやすい動作。猿芝居。香港映画のおっさんエキストラぐらい演技がくどい。<br>　爆弾なんかどうでもいいからさっさとこいつから離れたくてたまらないんだけど、爆弾のせいでこんなに惨めなことになってる自分がかわいそうでかわいそうで……。ほんとに私たちって血を分けた兄妹なのかな。違うよね。私こんなキモい血を分けてるはずないもんね。きっとお母さんがどっかのもっとかっこよくて話がおもしろくて何より当事者性のあるお金持ちと浮気した結果生まれたのが私なんだよね。知ってる知ってる。<br>「なんや無視かいな。けったいな妹」<br>　そもそもこの中途半端な関西弁イントネーションがうざくてたまらない。日頃からこれを聞かされているせいで、私は自分が下手な関西弁を喋ることに恐怖を覚えてしまい、いつまで経っても標準語なせいで友達もうまくできなくて、好きな芸人のライブに兄と来ないといけないような境遇に陥ってる。終わってる。私なんて死んだ方がいい。<br>　あ、そうだ、爆弾で死ねるじゃん。<br>　よかったー。もうすぐ死ねるんだ。キモい兄と根暗な妹でセットになってお笑いコンビみたいに死ねるんだ。ひゃほーい。<br>「……さてと」<br>　一通り舞い上がったおかげで逆に冷静になった。<br>「ねえお兄ちゃん、ともかくこの部屋に爆弾がないか探してきてよ」そして私から離れろ。<br>「あほやな、爆弾の解体はプロに任せるのが基本やろ」と兄は知った風な口を聞くが、<br>「バカが」と吐き捨てるより他ない。「ここが何階だか分かってんの？　５１０階あるスカイタワーのうちの２０６階よ？　爆弾解体班が上から来ても下から来ても手が回るまでに何分かかるんですかって話よ」<br>「なんで上と下だけやねん。真ん中にもう一グループ来るかもしれんやろ」<br>「あっ」<br>　それはそうだ。<br>「あほな妹に暴言吐かれて悲しいわー」と説明しつつ涙がちょちょぎれるような寒いジェスチャーすんな。殺すぞマジで。突き落とすぞ。<br>「いいから探してよ。べつに解体しろなんて言ってないでしょ」<br>「まあそこまで言うんやったら探したろうか。ってかお前も探せ」<br>　そして兄は大げさな口調で「みなさーん」と手を挙げ「どうせ暇やし爆弾探しましょうやー」と叫んだ。<br>　私は恥ずかしさで顔に血が上るのが分かった。なんで生きるか死ぬかの瀬戸際でこうも芝居がかれるんだろう。<br>「まあそやね」と立ち上がったのは私ら以外の三人の客。らぶぱっくんは全然人気がないが、私はそういう惨めなのにテンション上げて頑張ってる芸人が大好きな人だからその方がいい。人気が出たら誰がこんなおもしろくもない惨めな……ううん、なんだっけ。<br>　三人の客はみんな性格悪そうな目つきをしてる。くたびれたOLと腹巻してる怪しいおっさんと見るからに目の焦点が合ってない挙動不審なパーカー若者。パーカー若者はたぶん兄の同類だろう。キモいから。<br>　見れば見るほど三人が怪しく思えてきた。<br>　しかし爆弾もないうちから怪しむのも道理に合わないので、ともかく爆弾を探すふりをして兄から離れようとしていると、ステージのカーテンのあたりをごそごそやっていた腹巻おっさんが「あったでー」と叫んだ。<br>　嘘だろうと思い見に行くと、本当にタイマーのついた怪しげな爆弾がチクタクチクタクしていた。プレステ２ぐらいの大きさの薄型だ。<br>「まじかよ。確率510分の1やん」<br>　と鬱陶しい驚き方をする兄は放っておいて、<br>「犯人はらぶぱっくんのアンチですね」と私は仮説を立てた。<br>「なんでやねん」と腹巻おっさんが突っ込む。「らぶぱっくんなんてもうほとんど死んでるようなもんやんか。ライブに五人しか来ないねんぞ。五人しか来ないにも関わらず単独ライブで晒し者にされてるねんぞ。完全に中年芸人干し殺しにかかってるやんけよしよし本」<br>「だからもしかしてって言ってるじゃないですか」と私は苛立つ。なんで腹巻してるねん。<br>「これぐらいの大きさの爆弾、スカイタワーぶっ壊すには全然足りません。ってことはらぶぱっくんか、らぶぱっくんのライブに来る客――私らを狙った犯行でしょ」<br>「あほやな。爆弾がこれだけやなんて決まってないやろ。各階に１つずつあるかもしれんやないか」と兄が混ぜっ返す。<br>「あっ」<br>　しかし正しい。<br>「今日はやたらとイベント詰まってたからな。よしよし本やら他の芸能関連で５フロアぐらい使ってるんちゃうか。他にも大規模な就職説明会やら大学説明会やら。まあシーズンやし、そういうイベントが重ねる日をたまたま狙って仕掛けた可能性も……考えすぎやろうけどな」<br>　殺してやりたいぐらい正しい。<br>「まあまあ妹ちゃんの話聞いたげなさいよ」とくたびれたOLが優しい。<br>「いや議論の前提が腐ってるからあんまり聞く意味ないですよ」と兄が追撃してくる。「こいついっつも賢しらなんですけど、頭弱いから孤立してまうかわいそうな子なんですわ」<br>　身内の恥まで説明するのか。もう殺す。家帰ったらゴキジェット口に突っ込んで殺す。<br>「……そそそそそれでその、妹ちゃんの話が正しいと仮定してあげるとですね」とパーカー若者が見下した感じで兄と結託する。<br>「あんなふうにアナウンスが流れることはないと思う……んですうう。つまりですねぇ……タワー全体を狙った予告でないとタワーを全階閉鎖する意味ないですううからああ」むかつく。なんで語尾が震えるんじゃ。<br>「やっぱり爆弾は複数の階にあるってことね」とくたびれたOLがまとめた。<br>「ってことはこの階が救われる可能性低そうやな」と腹巻おっさんがタイマーの数字を見て言う。「四十分ぐらいしかないぞ」<br>　――あと四十分の命。<br>　死にたくなってきた。どうせ死ぬけど。<br>「ともかく頑張って窓壊すなりなんなりして、爆弾外に放り投げましょう」と兄が人非人な提案をした。「どうせ窓も全部強化ガラスやし鍵ないと開かないやろうけど、残り時間潰してまでやることそれぐらいしかないでしょ。いざとなったらカーテン巻きつけて全員で床に伏せるぐらいしかないし、それは一分もいりませんやん。残り一分になったら諦める感じで」<br>　なにを賢しら。そんなことしたって無駄なんだから。<br>「まあそうな」<br>　それでも兄と腹巻おっさんとパーカー若者はパイプ椅子でそれぞれ別のトイレの小窓をガンガン殴り始めた。なんでそんなところまで強化ガラスに鍵なんだろうと不思議に思ったが、兄みたいなのが勝手に危ないものを下に投げ落とすからだろうなと結論が出た。<br>「そんなことより犯人探しです」<br>「いえーい」<br>　私に付き合ってくれるのはくたびれたOLだけだ。<br>「犯人はそこそこ大きな手荷物を持っているはずです。爆弾薄型PS２ぐらいありますからね」<br>「手荷物検査ね。じゃあ連中がいない間にぱぱっとやりますか」<br>　やった結果。<br>　くたびれたOLは小さなハンドバッグしか持ってないから白。<br>　兄は手ぶらだから白。<br>　私だって可愛いけど宿命的に安っぽいハンズのポシェットしか持ってないから白。<br>　腹巻おっさんも手ぶらだから白。<br>　パーカー若者は大きなリュックを背負っていたが、中にはところ狭しと箱に入ったエロゲーが満載されていたので白。<br>「死ね」<br>「日本橋の帰りか。それで挙動不審だったのね」<br>　性癖（触手）丸見えの荷物と一緒に死ぬなんてかわいそうな奴。でもいい気味。<br><br>「みんな白ね」とくたびれたOLが言う。<br>「いえ、私には犯人が分かりました」と私が言うと、OLは疑わしげに私を見た。<br>「ほんま？」<br>「みんなをここに集めてください」<br><br>　パイプ椅子に座って集まったみんなの前でリュックに入ってたエロゲーをドサドサ落とすと、パーカー若者は号泣する準備ができていたらしく、嗚咽した。<br>「犯人こいつか？」と腹巻おっさん。<br>「いいえあなたです」と私は指差し確認した。あたかもさっしーの如くに。<br>「なんでやねん」<br>「あなたはその腹巻の中に爆弾を隠していました。そのでっぷりしたお腹は見せかけで、中にはこっそりトイレか何処かで膨らませた風船が入っています」<br>「……そのトリック某有名サッカー少年マンガで見た気がするけど、まあええやろ。ほんならとくと見ろ。これが人間五十年の腹や」<br>　そうして腹巻おっさんは人間五十年を開帳した。<br>「おお」兄が思わず拝んだほど年季の入った太鼓腹だった。<br>「……そんなぁ」<br>　へこむ私に兄が追い打ちをかける。<br>「だからいつも前提がボロボロやねんお前の推理は。この五人の中に犯人がいるとは限らへんねんから、全員白やったらそれでええやろ」<br>「で、でも、ほら、そっちの触手がエロゲー箱の中に分けて部品を隠してて、それをトイレで組み立てたのかも」<br>「そのための工具は見つかったんか？」<br>「ゴミ箱にあるかも」<br>「ほんなら漁ろうか」<br>　……ゴミ箱には見事に何もなかった。<br>「気ぃすんだ？」<br>「おかしいよ。だったら犯人は誰なの？」<br>「だから犯人がこのタワーにいるわけないやろ。もしいるとしたらついでに自爆もしたい奴だけやろうな」<br>　……なんか納得がいかない。何か、私の中の本質直観のようなものがこの中に犯人はいると訴えかけているのだ。<br>「あのな、ロゴスコードって知ってるか？　似たような類比的経験を持ってる連中だけに通用する間主観的な発想の類似のことやけどな、お前つまらんカスみたいなミステリー読みすぎて出てくる発想がそんな感じになってるねん。自分の周りにいる人間の誰かが犯人じゃないと気がすまんのや。本質直観やなくて、単なるテンプレート症候群。パターナリズム。清涼院流水からスケールを取って残った味噌っかすがお前や」<br>「……殺す」<br>　私は明確な殺意を持って兄に襲いかかったが、まあまあどうせ死ぬやないかと三人に止められてしまった。<br>「まあそれはともかく、そういやらぶぱっくんとスタッフどないしましたん」と腹巻おっさんが唐突に思い出した。<br>「楽屋にいるんとちゃいます？」<br>「楽屋にいるんやろね」<br>「挨拶しとこか」<br>「死ぬ前やしね」<br>　とそれぞれが唐突思い出すあたりらぶぱっくんよりも「爆弾」「クローズド・サークル」の方がおもしろかったというのが如実に分かる現実がそこにはあった。<br><br>「ちわー」<br>　楽屋をノックすると中から血まみれのらぶぱっくんの片割れ、ギロマチコが出てきた。<br>「っひ」<br>　絶句した。楽屋の中は血の海だった。コンガマサヨも不機嫌そうなマネージャーもやる気無さそうなスカイタワーのスタッフ二人も、みんな殺されてる。<br>「まあ入ってや。座布団作るから」<br>　と言ってマチコは血まみれの死体をマグロみたいに並べた。<br>「あら、座布団の数足らんね。しゃあないもうひとり殺して」<br>「殺さんでいい殺さんでいい」と兄が突っ込む。<br>　私はもう口も聞けなくなってしまった。三人も金縛りにあったみたいに顔がひきつって棒立ちになっている。芝居がかった兄だけがいつものようにくどくどなんか言ってるけど、兄がもしいなかったら私たちもマグロみたいに殺されてたかもしれないと思う。<br>「なんでこんなことを？」<br>「楽屋で、爆弾しかけたん誰や言う話になってね」とマチコは言った。<br>「なんか我慢できなくなったのか、マサヨの奴が私がやったてゲロ吐いたんよ」<br>「ま、マサヨさんが犯人だったのね！」私は金縛りから復活した。<br>「また前提ガバガバや。お前脳みそのしまり悪すぎるわ」と兄が殺しにかかってくる。<br>「単独犯とはちょっと思えませんけどな。トイレで腹巻さんの携帯使って確認させてもろたんですけど、スカイタワーもしくは近辺でデモンストレーションのような爆発は起こってないみたいなんです。にも関わらず警察もスカイタワーの関係者もまじめに危機管理してるってことは、かなりきつめの組織的犯罪やってことが既に確定してるってことです。とてもやないけど、マサヨさんが主犯格とは思えない。犯人やて嘘をついた可能性が高い」<br>「ところがどっこい」マチコはため息を付いた。<br>「マサヨのスーツケースから爆弾組み立てのマニュアルが出てきたんよ。それがダミーであるにせよ、予備知識なしで「犯人のふり」なんてできるわけもない。マサヨは事前に爆弾テロのこと知ってて、それを私に知らせなかった。つまり私への殺意があった。それは確定よ」<br>「復讐ですか？」<br>「せやね」<br>　マチコは頷く。<br>「マサヨもともと覚悟決まってないところあったからね。笑われるんやなくて笑わせるんやとか、青臭いこと酒飲む度に言ってたわ。もうそんなんええやろと私はずっと思ってた。才能ない芸人の存在意義は「生き恥晒す」ことにあるって、気づくんよ。気づいた奴だけがしぶとく芸人やっていける。ただバカやって底辺這いずりまわってるだけで人はけっこう人を支えられるものなんよ。あんたらも、私らがおもしろいと思ってライブに来てないやろ。うつろな目ぇして、世の中になんにもおもしろいことないって納得してるから、他の芸人やなくて私らのライブに来るんやろ」<br>　――類比的経験による間主観的な発想の類似。<br>　そう、どうせ笑えないのだ。キモい兄と、何よりも、頭も性格も悪い自分のせいで。<br>　作った笑いなんて見ても殺したくなるだけだ。<br>　そんな笑いに付き合ってしまったら、死にたくなるだけだ。芸人が客を笑わせるというプライドは、客にとっては笑わせられたという屈辱でもある。笑った自分がバカにしか思えなくなる。そんな惨めな自意識を――<br>「屈辱に耐えるのが私らの芸やと少なくとも私は納得してた。でも、マサヨは違ったんやね。そんな根本的なスタンスの違いが透けて見えたから、集まったのはたったの五人や。そんな五人を道連れに死ぬことないやろうにね」<br>「……個別の１１人」とパーカー若者がつぶやいた。<br>「もとい、５１０人……。おかしいと思ってたんだ。らぶぱっくんがワンフロア丸々借りられるなんて……穴埋めだったんですね。仕掛けたのは――マサヨさんというよりも、よし、よし、よししししし」<br>「よしよし本やろうね」とマチコは苦笑した。<br>「少なくとも犯行に関わってることやろう。笑いの街大阪に集まって、笑われてたまるかと少し勘違いをしてしまった芸人ども。いや芸人に限らず、いい塾やらいい大学やらいい会社やら、あらゆる種類の見栄の塊。ただ笑われたくないだけで生きているような連中が集まって、そういう奴らがそういう奴らを「わかるからこそ」憎んで殺して。……ま、盛大な自爆テロやろうね。そういうこともあるんちゃう？　シンクロニティっての？」<br>「ロゴスコードのバベルの塔か」と兄はまた大げさなことを言った。<br><br>　まるで雑草が互いを日陰にして殺しあうような事件だった。爆弾は死体と一緒に楽屋の中に閉じ込められ、私たちはみなカーテンに巻きついてその時を待った。<br>　携帯電話はもう切っている。いよいよ命が終わろうかというこの時にやりたいことは電話なんかじゃなくて、カーテンのつるつるした肌触りを楽しむことと――<br>「ねえ、なんであんな鬱陶しい芝居がかった物言いしかできないの？」と聞いたら、<br>「余計なお世話」と全員が答えるような、なんだかよく分からない連帯感から逃れることだった。<br>　きっとそれさえできたなら、残り時間があと五秒になったって私は死ななくて済むはずなのだ。<br>　……バカだなぁ。残り時間があと五秒あるなら、どのみち死なないじゃない。<br>「ほなさいなら」<br>　生まれて初めて口に出して関西弁を言うと、私はきつく耳を塞いだ。<br>　タワーの上から下まで共鳴した爆音と振動が、体中を貫いた。<br><br>「いやまさか、マサヨさんが残り五秒のところでタイマーを止める仕掛けを加えてたなんてな」<br>　相変わらず説明口調の兄が居間のこたつで言うとおり、<br>　ほとんど全ての階で爆発した爆弾なのに、芸人たちの借りきりフロアだけは無事だった。<br>「芸人たちはバベルの塔をどっきりとして活用したんやろなぁ」と兄は言う。<br>「よしよし本だけはネタのつもりで参加してたら、誰も冗談が通じなかったと。マチコさんも俺たちも、見誤ってたんやろうな。ほんで心底からバカにしてたんやろ。コンガマサヨという人を。お笑いというものを。そもそも俺、妹の付き合いで来ただけで、ロゴスコード共有してないし。まあ乗りがいいからそんなふうな演技はできるねんけどな」<br>「死ね」<br>「あほか。俺がおらんかったらマチコさんに殺されてるぞ」<br>「……うん」<br><br>　難しいものだ。<br>　キモい兄なのだが、運悪く一緒の家庭で経験を積んだものだから、同じこたつに入ってしまう。<br>　そしてやっぱり、殺したくなるのだ。<br><br>三題噺「空、雑草、残り五秒の罠」ジャンル「大衆小説」了<br>　<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11452795821.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Jan 2013 02:37:10 +0900</pubDate>
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<title>池波正太郎「炎の武士」感想</title>
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<![CDATA[ 　短編が4つ載ってる角川の昭和54年版<br><br>炎の武士<br>　――武田勝頼が武田軍三万を率いて攻めてきた。三河は長篠城の城主である奥平家では徳川を見限って武田につこうという意見が大半だったが、若殿信昌は織田徳川に未来があると信じ、武田に敵対する。<br>　結果、彼らが守る長篠城は武田軍一万七千に包囲されてしまった。必死に防ぐも多勢に無勢、城内に不穏な空気が流れる中、信昌は徳川へ手紙を書き、「誰か使者に立つ者はおらぬか」と叫ぶ。<br>　行けば死ぬのは必定。にもかかわらず、鳥居強右衛門（すねえもん）は声を上げた。<br><br>　全編通して非常に寓話的に（昔話っぽく）書いている。当時の風俗を強右衛門という半農半武の生活と心情を例にわかりやすく説明していて、しかし、手紙の文面などの史実的な部分は省略や簡略がなされている。他の短編に比べても改行が多く、なんだか少年へ向けて老兵が武辺話を語っているような雰囲気の作品である。<br>　強右衛門は山岡荘八の織田信長や徳川家康にも登場する。その中では長篠城は「信長の怜悧な計算の被害者」ではあるが、しかし「三河武士」としての誇りや家康個人への忠君に燃える――つまりは山岡が描く「武士道」の体現された場所として書かれている。鳥居強右衛門は当時の「一般的な半農半武」の典型ではなく「三河武士」の典型であり、城内は若殿の元泥をすすってもという雰囲気で一致団結している。<br>　比較すると、炎の武士ではイデオロギー的なもの（武士の意地―互酬性を度外視した忠誠心）が極力排除されている。強右衛門が名乗りでる理由は自分を「ずっと見てくれていた」若殿への人間的な応報感情である。<br>　損得勘定で動く城の中の半農半武たち⇔損得勘定を越えたところで決断をしてしまう強右衛門、若殿。<br>　という対立を基軸にしてうまく書いている。とりわけ強右衛門が帰還に失敗する理由となるエピソードがよい。そんなことやってる場合じゃないけど武田兵に殺され犯されている母子を助けてしまうという典型的なものではあるが、損得で動く勝者側がいかに醜いか――損得勘定だけで動くとなぜいけないのかをはっきりと分からせてくれている。最後の強右衛門の葛藤もこの部分の創意があるから締まっている。<br><br>　私の好みは山岡荘八のとぼけていながらも男の意地に燃えている強右衛門と、手紙で一切責めやｊ弱音を見せずに「あと◯◯月は持つ」（ちょっと手元にないので引用が曖昧）と伝える人間の鑑のような若殿で、炎の武士の二人の「覚悟未完了」な感じはちょっと足らんのじゃないかとも思うが。<br>　しかし仮にこの話が、受ける印象の通りに少年へ向けて書いたものならば、現実に苦しみながらもヒューマニズムの炎に突き動かされる強右衛門という人物像は非常に正しいように思う。本来ありえないような高潔さ、気高さを美的に楽しめる山岡荘八のそれとは目的が違う気がする。<br>　<br>　あとがきで編集者も軽い文体と現代に引きつけたヒューマニズムがあるから池波正太郎は売れてるんだなぁというようなことを書いているが、御託はいいから少年向けのパッケージで売りだしてあげればよかったのにと思った。もうあったらすいませんね。<br><br>　長くなったので他の短編についてはまた今度。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11451988224.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Jan 2013 22:59:46 +0900</pubDate>
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<title>聞きこみ</title>
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<![CDATA[ <br>　野川公園は広い。幹線道路にまたがっていて、西側には広い芝生に小川と溜池。東側には梅花園やテニスコートが設置されている。<br>　通りを隔てれば墓地もある。そのせいか、平日休日問わず子どもの姿はあまり見ない。遊具もないのにボール遊びが禁止されているのも大きな理由だろう。その代わり、散歩やジョギングをしている老人の姿がよく目につく。<br>　上代巡査が公園を重点的にパトロールするようになってから半月が過ぎた。幹線道路沿いのファミレスの駐車場で起きた殺人事件の影響だ。犯人は未だに捕まっていない。<br>　被害者の野村正吉は鋭利な刃物で二十七創も刺されて殺されていた。致命傷となったのは正面から肝臓をえぐった一撃で、その後、トドメを刺すかのように首、胸、腎臓といった各部を念入りにメッタ刺しにしたと鑑識は報告した。<br>　当然、犯人は返り血で血まみれのはずだ。深夜とはいえ、なんらかの目撃証言が出るだろうと当初は考えられていた。<br>　しかし、半月経っても有力な情報は得られていない。大々的にニュースで報道されたこともあり、いわゆる「日頃から近所をうろついている怪しい人物」についてのものは随分と寄せられたが、それらも今のところは空振りだ。<br>　また、執拗な殺し方から怨恨の線で考えるのが自然と思われたが、被害者の人間関係から怪しい人物は浮かび上がらなかった。正吉は交友関係の薄い大学二年生で、とくにバイトもせずに黙々と授業と図書館に通っていたらしい。その割に成績も振るわないようで、単位には抜けが多かった。<br>　捜査本部は高校や中学までさかのぼって調べたが、いずれものんびりとした校風で、野村はやはりクラスメイトとは積極的に交流を持たずに静かに本を読んでいたらしい。「いかにもいじめられそうだけど、殺されるような恨みは買わないんじゃないか」というのが彼を知る人間の総意だった。家族からも具体的な情報は得られなかった。<br>　金銭的なトラブルを抱えていたのかとも思われたが、正吉はクレジットカードすら持っておらず、サラ金の利用記録も皆無だった。そんな人間が一足飛びに闇金と繋がるとも考えにくいが、いちおうその線でも担当部署の「リスト」の項目に追加しているらしい。<br>　ならばネットの繋がりだろうかとパソコンと携帯が調べられたが、正吉はSNSのアカウントを持っておらず、もっぱら２ちゃんねるの実況スレに常駐しているだけだった。いわゆる「コテハン」というわけでもなく、お笑い番組やアニメ番組をただただ暇にまかせて実況し続けているのである。<br>　特に違法な書き込みをした記録はなく、ファイル交換ソフトも使っていない。部屋の中にはあまり物がなく、几帳面に片付けてあった。不審なものは見つかっていない。<br>「うなぎのような奴だな」と本部長は嘆いたらしい。<br><br>　こうなると通り魔と考えるのがやはり妥当に思えるが、そうなるとますます目撃証言が重要になってくる。<br>　――リミットは残り二ヶ月半。そう上代巡査は概算している。昇進試験の勉強のための資料に、事件発生からの時間経過と目撃証言の比率を表したグラフがあったのを覚えている。それによるとメディアによって報道された事件でも、発生から三ヶ月が過ぎるとガクリと比率が下がるらしい。<br>　近隣住民への聞きこみは専任の捜査員たちがやっている。自分の仕事はパトロールが主だ。<br>　だが、少なくとも捜査に目処がつくまでの間は、可能な限り多くの人間に聞きこみを行う義務がある。<br>「――あの、少しよろしいですか」<br>　上代巡査は、溜池のほとりでフルートを吹いている、妙齢の女性を呼び止めた。<br><br>　フルートという感じでもないな、というのが彼女への第一印象だった。上代が野川交番に赴任した去年の春からよく見かけた。平日の火曜日か木曜日にここにやってきては、黙々と数時間フルートの練習をして帰っていく。春夏秋冬滞りなく練習をしていて、もうすぐ二度目の春が来ようとしているが、声をかけたのは今日が初めてだ。理由がなかったのと、邪魔をしたくなかったから。<br>　――いや。<br>　そういえば、この半月、姿を見なかった。見たら声をかけているはずだ。<br>「はい、何か」<br>　女性は演奏をやめて振り向く。近くで見ると思ったより若く見えた。それでも年上ではあるだろう。茶色のコートに白いマフラー、脚の細さを際だたせるようなカットジーンズ。化粧っけはなく、日頃はもっと描いているのであろう眉が薄い。<br>「練習のおじゃまをして申し訳ありません。――この辺りで殺人事件が起こったことを知っていますか？」<br>「ええ、もちろん」女性は薄い眉をひそめてため息をついた。<br>「怖いですよね。しばらくここで練習できませんでした」<br>　――なるほど、考えてみれば妥当な理由だった。犯人が捕まっていないのだから、用心するのは当たり前だ。<br>「警察も懸命に捜査をしているのですが、まだ犯人逮捕には至っていません。この辺りで怪しい人物を見たというような、心当たりはありませんか？」<br>「あったら、もう言ってますよ」と女性ははにかんだ。<br>「なんでもいいんです。事件の前後でいつもと違ったことがあったりとか。例えば――そうですね。この溜池に何かが浮いているのを見た、というような」<br>「……」女性は気味悪げに水面を見つめた。<br>「覚えはありませんし、そもそも事件が起こってからここに来たのが半月ぶりなんです。警察は池を調べてないんですか？」<br>　――調べている。<br>　凶器や血のついた服が捨てられている可能性があったからだ。<br>　しかし何も出てきていない。<br>「なぜ半月ぶりに？」<br>「ずっと練習しないわけにはいきませんから」と女性は顔を曇らせた。「祖母が気難しくて、家ではできないんです」<br>「――楽団の方なのですか？」<br>「いいえ」女性は少し表情を硬くした。「そんな腕前じゃありません。趣味というか、日課というか。ええ、はっきりした目的があるわけでもないんですけどね」<br>「そうですか」少し立ち入り過ぎたかと後悔した。<br>「この辺りに住んでおられるのですか？」<br>「ええ。と言っても小金井の方ですから、少し遠いですけれど」<br>「最寄りの公園ではあるわけですね？」<br>「ええ。昔は国教大に通ってまして、その頃からの習慣なんです」<br>　国教大というと、公園からは本当に目と鼻の先にある大学だった。<br>　ちなみに正吉の通っているのは新宿の伊那田大で、電車で行くと一時間はかかる。<br>「練習中に失礼しました。何か思い出したことがありましたら、こちらか最寄りの警察署までご連絡ください」<br>　上代巡査は女性に名刺を渡した。<br>　女性は受け取ると、コートのポケットを少し探ってから、気まずそうにした。<br>「私、福井眞子と言います」<br>「福井さん、ですね。それでは、これで。練習の邪魔をして申し訳ありませんでした」<br><br>　仕事を終えると由比ヶ浜巡査部長が飲みに誘ってきた。上代巡査は日頃酒を飲まないが、単に食費が浮くという理由で、上司が奢ってくれるのなら必ず付き合うことにしていた。<br>　由比ヶ浜巡査部長は大柄な体格の割に周囲に与える印象は柔和で、困った酔っぱらい相手でも子どもをあやすように穏やかに対処する人だった。野川交番には転属して五年になり、顔の広さは上代の比ではない。<br>「福井眞子さんね……」<br>　飲みに行くと、話題は自然とその日の日誌にまつわることや近所のうわさ話になった。<br>「いろいろあってよく知ってるよ。フルートのお嬢さんって呼ばれてるな。なんでも昔はけっこうすごい賞をもらって、海外に留学してたんだそうだ」<br>「留学ですか」<br>　――しかし、楽団には所属していないと言っていた。<br>「留学先でスランプになって、それがずっと治らないんだとさ。大学卒業してレコード会社に就職したらしいんだが、長続きせずに、今は毎日家でフルート吹いてるんだそうだ」<br>「詳しいですね」<br>「騒音で、苦情が出てたのさ。お前がここに来る一年ぐらい前かな。前田ゆみって有名なクレーマーのおばちゃんがいてな。フルートやらピアノやら公園の球技やら、ありとあらゆるものに苦情を言い続けて、このへんをあっという間に静かにしたのさ」<br>　――今はもういない、ということなのだろうか。<br>「路地で子どもがサッカーしてるだけで交番に通報してたからなぁ。なかなかあそこまで徹底できるもんじゃない。今頃は何処でなにしてるんだろうなぁ」<br>「もうここには住んでいないんですか？」<br>「ああ。二年前の冬だったかな――ちょっと正確には思い出せないが、交通事故に遭ってな。入院しちまって、そのまま戻ってこずに、家を親戚が引き払っちまったんだ。生きてはいるらしいんだが、その親戚もカタギかどうかも怪しい感じでな。ちゃんとめんどうみてもらえてるのかねぇ」<br>　由比ヶ浜巡査部長は野良猫の去就でも心配するような、親しみと無関心を合わせたような口調でビールを呷った。<br>「さて上代くんに問題だ。昼間にフルート吹いたぐらいで逮捕できるかい？」<br>「……心身に継続的な苦痛を受けていて、それが症状として表れていることをまずは証明しないといけませんね。医師の診断書と継続的な録音と……うーん、しかし、普通は民事で処理されるようなことじゃないかと」<br>「まあそうなんだがな。前田ゆみは民事で訴え出るような金も手間も惜しんだんだよ」<br>「しかし、刑事で動くには犯意も行為も足りないでしょう。例えば騒音おばさんの事例だと、隣人を立ち退かせたい――生活を妨害したいという意識があった。でも福井さんの場合は、ただフルートの練習をしてるだけだ」<br>「そうだな。その程度で逮捕したら職権乱用で弁護士にこっちが殺されるよ。――つまり前田ゆみが実質的に行ったことはだな、交番と福井家に絶え間なく足を運び続けて自分の言い分を訴えるという……言うなれば」<br>「スターですか」<br>　スターというのはモンスターの略。狂人の隠語だ。交番勤務には付き物だった。<br>「それだな。前田ゆみの言い分はこうだ。仕事もしないでフルートを吹いてるような暇人に我を通す資格はない。昔はどうだったか知らないが金にならない腕前なのなら無駄な趣味。そんなものに近所のみなさんの耳を汚す正当性はない。どうしても練習したいんなら今すぐ防音室を作るか公園でやれ。公園があるんだから家でやるな」<br>「……趣味だろうと仕事だろうと関係ないでしょう」<br>　自分の家で楽器も弾けない「世間」か。<br>　そんなものに守る価値はあるのだろうか。<br>「福井さんは決して練習をやめることはなかったが、晴れた日には熱くても寒くても花粉が飛び散っていても、公園で練習するようになった。前田ゆみはそれでも絡み続けたんだがね。公共の場所で騒音を撒き散らすとは――というような理屈で。何度か仲裁に入ったこともあるが、福井さんも意地になってたからな。ストレスを叩きつけるような暗い目で前田ゆみをじーっと見つめてたよ。俺もこともな」<br>　というわけで、俺はあんまり関わりたくないからお前に任せるよと由比ヶ浜巡査部長は言った。<br>　上代巡査の前任の巡査は、前田ゆみに四六時中付き合うのに耐えかねて辞めてしまったのだそうだった。<br><br>　翌日も晴れていた。<br>　福井眞子はまた溜池のほとりでフルートの練習をしていた。溜池は公園の奥まったところにあり、わざわざ足を運ぶ人は少ない。観客は一人もいなかった。<br>「どうも」<br>「まだ、何か」<br>　上代巡査が近づくと、眞子は警戒して演奏をやめた。<br>「聞きこみもそうですが、お詫びをしたくて」<br>　上代巡査は、由比ヶ浜巡査部長から前田ゆみのことを聞いたことを告げた。<br>「捜査は捜査ですから、聞きこみはしないといけません。しかし、もし自分が福井さんのような体験をしたなら、警察に尋問されるということは、過度なストレスになるだろうと思いました」<br>「私が警察まで逆恨みしているとでも？」<br>「いえ、ただ、あなたは確実に前田ゆみを連想するでしょう」<br>「……それは、そうですね」<br>　それにしたって繊細すぎますと眞子は首を振った。<br>「気にしていたら警官なんてできないんじゃないですか」<br>　――そんなものだろうか。分からない。まだ警官になって日が浅い。<br><br>　眞子は芝生に座ってフルートの手入れをしながら、話した。<br>「クレーマーなんて……気にしてないと言ったら嘘になりますけれど。そもそも、気にするべきではないんですよ。演奏家にとって一番のクレーマーは自分なんですから」<br>　十代の頃は一度だって満足のいく演奏をできたことはなかったと眞子は言った。<br>「私が評価されたのは伸びしろなんですよ。肺活量と安定度は他の子よりずいぶん抜けていました。はっきり音を取り間違えるようなことは、ほとんどありませんでした。息継ぎもね。――でもね、プロになろうかってぐらい練習してる子でもそういうところを間違えるのは、その子がどれぐらい曲に感情や思念を乗せているかってことのバロメーターでもあるんです。ただただ肺活量と楽譜のことだけ考えたなら、間違える余地はありません。――つまり私には、テクニックがあったけれど、思い入れが足りなかったんです」<br>「普通、逆のように思えます」上代巡査は思ったことを率直に言った。<br>「失礼。普通と言っても私が演奏家について知っていることはドラマや漫画の知識でしかありませんが、大抵は大雑把だけど感情的なキャラクターが次第に精密になっていくというか……」<br>「ええ、分かります。でも、私の先生はそうはおっしゃらなかった。私の我を忘れない演奏を素晴らしいと評価していました。先生自身は典型的な情熱家タイプだったんですけれど、ね。今になってみると、隣の芝は青いというか、いつまでも子どもな人が精巧なおもちゃを褒めただけという気もしますけれど」<br>　感受性なんて年を取り、恋をしたなら嫌でも身につく。そう言われた。<br>　眞子は自分の中の違和感を飼い殺しながら、周囲に勧められるままにドイツに渡った。<br>　コンクールでは何度か高い評価をもらった。しかしアンサンブルやオーケストラとなるとまるで駄目。言葉の問題も大きかったが、眞子は「指揮者に同調して合わせる」という基本的なことが、まったくできていない自分に気がついたのだと言う。<br>「何か、根本的なところがおかしいんです。――なんて言うのかな。普通の演奏家は、指揮者がテンポのずらしや音の強弱に込めた意図がパッと伝わるんですよ。そしてそれを反映できる。でも私は――ええ、はい。あんまりはっきり言うとバカみたいなんですけれど。指揮者のそれよりも自分の意図や思いの方が大事になって……」<br>　――彼女にとって感受性は獲得するべきものだった。<br>　外国に渡り、名曲を聞きこみ、弾きこみ。言い寄られたら律儀に付き合って、うんざりしたり、飽きられたり。言葉の通じなさにイライラしても、そのイライラするということに安堵している自分もいたのだという。<br>　ゼロではないと。<br>　綺麗に弾いてるだけの楽器ではない。感じることはできるのだし、感じたことは表現するべきなのだと思い。彼女なりに耳と心を研ぎ澄ませて、心が納得するまで曲にアレンジを加え続けた。<br>「もちろんそれは私以外には伝わりません。私の心にぴったりとくるアレンジで弾いても、ぴったりとくるのは私の心だけです。私と同じ体験や経験をしている人は、私しかいないんですから」<br>　名曲は普遍性を帯びるからこそ万人の支持を得る。<br>　指揮者は名曲に独自性を加え、普遍性をコテにそれを増幅してアウラを生む。<br>　演奏家はそのアウラに身を任せながらより深い陰影を付けていく。リアルを生む。<br>「――けれど私は修正することに苛立っていたんです。きちんと誰かに通じるようなリアルを生むことよりも、好き勝手やっている方が愉しくて、仕方なかった。誰かの批判は耳に入らなくて、自分が満足できるかどうかが。自分の中から何も不満がでないことが、一番の心地よさになってしまった。――そういう堕落もあるんです。私が手に入れたのは自分一人の道でした」<br>　――そうして眞子の演奏は誰にも伝わらなくなり。<br>　誰かの演奏を聞いて愉しむこともなくなった。<br>「前田さんが私の音にあれだけ噛み付いたのは、私にも原因があると思いますよ。あの人には他人の自分勝手さをかぎわける能力みたいなものが備わっていたんでしょう。そうやって世界を調律したがっていたんだから、私と合うわけもありませんね」<br>　眞子はフルートを袋にしまって、一息つくように水筒からお茶を取り出した。<br>「飲みますか？」<br>「いえ」上代巡査は眞子の音色を思い出そうとしていた。<br>　しかし、確かに、まったくと言っていいほど、何も思い出せなかった。<br>　たった半月聞かないだけで。<br>　何も残ってはいなかった。<br>「前田さんは――代表として来ていたようなものです」と眞子は続けた。<br>「私の家族も含めて、私の音を聞いている人はみんな私が嫌いです。――今回の殺人事件、私は、私のフルートが聞こえる範囲に住んでいる人間の誰かが犯人だと思っています」<br>「……そんなことは」<br>　ありえない飛躍に思えた。<br>「被害妄想だとは、自分でも思いますよ。――でもね、ワイドショーでやってました。被害者の全身の傷は二十七、なんでしょう」<br>「ええ」センセーショナルな要素として、マスメディアではさかんに喧伝された情報だ。<br>「それって、フルートの穴の数と同じなんですよ」<br>「……そんなに、穴が？」<br>「ええ、穴だらけ」<br>　上代巡査は正面に回って眞子の表情を読み取りたいと思ったが、気後れしてしまった。<br><br>　犯人はもっとストレートなタイプの精神異常者で、福井眞子とは何の関係もなかった。<br>　まったく別件の麻薬組織の手入れから、野村正吉は「草」と呼ばれるケミカルドラッグを販売していたことが判明した。中国系の組織の末端の構成員だったのだ。日頃から足がつかないように注意して生活していたらしく、大学に持ち込むこともなかったし、ドラッグは常に家ではなく組織の事務所に預けていた。<br>　用心深くやっていた彼だが、不払いをした常連客を自分でたしなめてしまったのが運の尽き。逆上した客はドラッグを使って逆上した気分を一週間も持続させ、ファミレスの駐車場での待ち合わせにのこのこやってきた正吉を出会い頭にメッタ刺しにした。<br>　そのまま特に工夫もなく車で逃げた。目撃証言がなかったのは常連客が黒っぽいコートを着ていて返り血が目立たなかったのと、単なる不運だ。いずれにしても徒歩圏内の公園は通り過ぎられただけで、事件とは特に関わりのない区域だった。<br>「矛盾ですよ」と上代巡査は言った。<br>「あなたのフルートが誰にも伝わらないのなら、人を死に追いやるような力はない」<br>「……そうですね」<br>　眞子は溜池を見つめながら答えた。<br>「前田ゆみだけに聞こえていたわけでもないでしょう」<br>「……徒労でしたね」と、眞子は振り返ってはにかんだ。「私を逮捕できたら手柄になったんでしょうに」<br>「無駄と潰しは違います。誰かが可能性を潰さないといけないんですよ」<br>「未来がなくても？」<br>「未来は……ええ」<br>　上代巡査は会話のすれ違いを許容した。<br>　彼女が自分に引きつけて物を考えるのだとしても、そのことさえ理解してしまえば、問題はない。ましてや彼女は確実に、こちらの話を理解した上で、わざとずらして自分のことに引きつけるのだから。<br>「フルートなんか吹かなくても」と上代巡査は言った。<br><br>　それでも彼女は笛を吹き続けて。<br>　何か事件が起こるたびに、警官に聞きこまれるのだった。<br><br>「未来・笛・おかしなヒロイン」ジャンル「サイコミステリー」了<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11438691487.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Dec 2012 09:33:57 +0900</pubDate>
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<title>にんぎょうとしろぎょう</title>
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<![CDATA[ <br>「きれいな城なんてこの世にはないのさ」<br>　と人形作りのおじいさんは言いました。<br>　孫のトージは兵隊の人形で遊ぶのに熱中していてちゃんと話を聞いていませんでした。<br>　だから、どうして世の中にきれいなお城がないのか、理由を聞きのがしてしまいました。<br>　ふと気になった時には、おじいさんは近くにいませんでした。<br>　おじいさんは夏の間に家で人形を作り、秋になるとたくさんの人に人形劇を見せるため、丸い地球の北半分の、いろんな街へと旅をするのです。<br>「冬は静かでいいものだ。生き物が少ないときこそ世の中に人形が必要なんだ」<br>　おじいさんの話は、ちゃんと聞いているときでも、すぐにトージに伝わることはありませんでした。それというのも、おじいさんはなぞなぞが大好きで、いつも話の中にひとつやふたつはなぞを残しているからなのです。<br>　しかし、トージもまたなぞが好きでした。考えたってわからないことを眠くなるまで考えるのが好きなのです。<br>　だからトージはおじいさんに、「どうして生き物が少ないときに人形が必要なの？」とそのまま聞いたりしません。生き物が少ないとさみしいからかな、とか。人形はさみしいときほど欲しくなるものなのかな、とか。いろいろと考えてしまいます。<br>　そうして考えた答えをおじいさんに言うとき、ドキドキして胸の奥が苦しくなります。<br>　間違っていたらどうしようと怖くなります。<br>「さみしいから？」<br>　ふつかもモジモジしたあとにようやくそう言うと、おじいさんはにっこり笑ってうなずきます。<br>「そうだな。でも、それだけでもないのさ」<br>　それが正解のときの答えで。<br>「寒いと外に出なくなるから、おじいさんの劇を見に通りを歩くと体にいいんだね？　冬でもちゃんと運動しなさいっておかあさんがよく言うし」<br>「もっとよく考えてごらん」<br>　それが間違いのときの答えでした。<br>　トージが間違えたときのおじいさんの顔は、怖いのです。しわが目元に集まって、口元はかたく引きしまり、歯が見えることもあります。<br>　でも、トージだけに怒っているというわけでもないのです。おじいさんは自分が間違うともっと怖い顔になります。気に入らない人形ができあがってしまうと、何日も何日もその人形とにらめっこをします。そうして劇には使わずに、トージに渡してしまいます。<br>　この兵隊の人形も、おじいさんを怒らせてしまいました。トージは遊びながらおじいさんが兵隊の人形を気に入らない理由を考え続けましたが、よくわかりませんでした。人形はかっこよくて、手作りの軍服は絵本で見たそれとそっくりで、実によく似合っていました。腰から下げているサーベルこそへにょへにょでしたが、おじいさんはそうしようと思えば、木を綺麗に削ってサーベルを作ることもできるのです。気に入らなければ取り替えればいいような、部品のことではなさそうです。<br>　兵隊が嫌いなのかなと思いましたが、おじいさん自身が昔は兵隊だったのだとおかあさんから何度も聞いたことがありました。それもかなり偉い兵隊で、国から表彰されていると、おかあさんは自慢げに話します。<br>　そうして悩んでいたところに、出し抜けに言われたのです。<br>「きれいな城なんてこの世にはないのさ」と。<br><br>　冬の間、家庭教師のサムソンがくれる問題集にうんうん唸りながらも、トージは考え続けました。<br>　だって、きれいなお城は世の中にたくさんあるのです。おとうさんにたずねると、いろんなお城の写真が載っている本を図書館から借りてきてくれました。綺麗な緑に囲まれた山の上のノイシュヴァンシュタイン城、白い壁に青空がよく似合う姫路城、ぷっくりした塔がみなもに映りこんでいておもしろいシュノンソー城。モンサンミッシェルにハギア・ソフィア大聖堂、ディズニーランドまで。どれも近所の家々とは比べ物にならないぐらい大きくてきれいに思えます。<br>　春の近づいたある日。庭にある砂場でお城を作りながら、トージは兵隊の人形に語りかけました。<br>「どうしておじいさんはきれいなお城がないなんて言うんだろう」<br>　兵隊の人形は何も答えませんでした。<br>　買い物に出かけていたおかあさんが帰ってきて、服を泥だらけにしていたトージをたしなめて家の中に入れました。<br>　お風呂に入って、晩御飯を食べて、眠ろうとベッドに入ったとき、トージは兵隊の人形が机の上に置きっぱなしになっているのに気がつきました。<br>　ちゃんとしまったはずなのになと思いながら、灯りも消さずにぼんやりと眺めていると、人形が突然答えました。<br>「つまりだな、トージが図鑑で見てるお城は、お城の人形なのさ」<br>「お城の人形？」<br>　トージは考えごとが頭の中でいっぱいになって、もう我慢できなくなりそうでした。<br>　だから自分で考えるのを諦めて、兵隊の人形にたずねました。<br>「これは本物のお城じゃないの？」<br>「見せものさ」と人形は答えました。<br>「地面に立ってるだけの人形なのさ」<br>　兵隊は腕と足を組んで座り、兵隊らしからぬねじれた格好で首をひねりました。<br>「いや、お城なのに人形というのは、おかしいね。ことばの使い方を間違えた。にんぎょうじゃなくてしろぎょうだ」<br>「しろぎょう？」<br>「しろぎょうはきれいなのさ」と人形は言いました。「本物の城は汚れているんだ。すすと血とサビでね」<br>「すす？」<br>「大砲のせいで出る汚れさ」人形はぱちんと指を鳴らしました。するとどこからかぽんと音がして、黒いビー玉のようなものが人形に飛んでいきます。<br>　人形はそれを器用に受けとめました。<br>「あ、すすか」<br>　トージはこんなにきれいなお城でもすすが出るのかと驚きました。<br>「しろぎょうは、すすが出ないの？」<br>「しろぎょうだって汚れることはある」と人形は言います。「でも最初から汚れちゃいない。私がきれいなのと同じようにね」<br>　トージはよくわからないと言いました。人形はそれでもしゃべり続けます。<br>「おじいさん、本当は汚れた人形が作りたいんだよ。破れた服を着て、泥まみれになったようなものを」<br>「どうして？」<br>「その方が正しいと思っているんだな」<br>「……きれいな君は間違っているって？」<br>「そうさ。おじいさん、私がきれいなものだから、それで気に入らないのだろうさ」<br>　人形は赤い軍服の裾をひらひらとさせました。<br>「おじいさんは私の神様のようなものなんだ。だけど、私だっておじいさんの神様のようなものだ。だからおじいさんのことはなんだってわかるのさ」<br>　トージには人形の理屈がよく追えませんでしたが、なんとなく意味はわかるような気がしました。この人形は、おじいさんと心が通っているからこそしゃべったり動いたりできるのだろうと考えたのです。<br>「おじいさんはきれいなものが嫌いなのかな」<br>「嫌いじゃないのさ。嫌いだったらそもそも作らないだろう。それなのに、いざ作り終わってきれいなものと向き合うと、間違っていると思ってしまうのさ」<br>「どうして？」<br>「好きと嫌いと正しいと間違っているは、ぜんぶ同時にありえるのさ。好きなのに嫌い、嫌いなのに正しい、好きなのに間違っている。好きだし正しい。嫌いだし間違っている。そして正しくて間違っている。それが人間というものさ」<br>「……じゃあ、好きで嫌いで正しい、とか。嫌いで間違っていて好きとか。そんなのもあるの？」<br>「あるだろうね」と人形は頷く。「たとえば私はおじいさんのことが好きで嫌いだ。私を作ってくれたおじいさんは好きだが、私を嫌いなおじいさんは嫌いだ」<br>　トージはだんだん頭の中がふわふわとしてきました。あんまりこんをつめて考えすぎると、夢の中にいるような心地になるのです。<br>「僕のことは？」<br>「好きさ」<br>「それだけ？」<br>「それだけさ」<br>　人形はそう言って、おじいさんが糸をつけてするみたいに踊り始めました。<br>「おじいさんはお城に劇をしに行ったのさ」<br>「どのお城に？」<br>「今この世界にあるすべてのしろぎょうの中にはね、ひとつずつ、本物のお城へと続く扉があるのさ」と人形は言いました。「そこには汚れたお城があって、汚れた人たちが住んでいる。そして汚れた人形劇をみんなが待ち望んでいるんだよ」<br>　私はここで、ひとりぼっちで踊るのさと人形は言いました。<br>　そういえば、昼間砂場で泥だらけになって一緒に遊んだのに、人形は少しも汚れていませんでした。<br>「ねえ、おじいさんは戻ってくるかな」<br>　トージは急に不安になりました。<br>　理由もなく、戻ってこないような気がしたのです。<br>「そんなことは」と人形は言いました。「神様にもわからないさ」<br><br>　長い年月が経ちました。<br>　トージは友人たちだけでディズニーランドに遊びに来ていました。たくさんの人ときぐるみとアトラクションに揉まれていると、ふいにお城の門番のことが目に留まりました。<br>　太った門番はピンと背筋を伸ばして微動だにしません。「そういう芸のパントマイマーなんだよ」という友人に先に列に並んでもらって、トージは門番に話しかけました。<br>「おじいさんは僕がきれいな答えを作ると渋い顔をしたんです」<br>「気持ちはわかるよ」と門番は静かに答えました。「本物の答えというのは、きれいには作れない。きれいに作れる答案は、学校のテストのようなものだから」<br>「小利口な子どもが嫌い、でも孫は好き。ってことでいいんですかね」<br>「私にはわからんよ」と門番は答えました。「私はここの門番だ。誰かの神様というわけじゃない」<br>　門番は気をつけを休めに切り替えて、それからまた気をつけの姿勢に戻りました。<br>「それで、行くのかい？」<br>「――それなんだけど」<br>　トージは恥ずかしそうに頬を掻いて、見渡す限りのきれいな世界を振り返りました。<br>「迷ってるんだ」<br>　すると、門番は気をつけの姿勢のまま、トージに目を向いて鬼のような表情になりました。目を見開き、眉根を寄せ、人間離れしたギザギザした歯を剥き出しにしています。<br>　トージはたじろぎましたが、やがて咳払いをして服の裾を払うと、「迷ってる」と繰り返しました。<br>「そうだ」<br>　門番は気張ってはいるものの、人間の表情に戻りました。<br>「いずれ、迷うだけでもなくなるのさ」<br><br>三題噺「神様・人形・きれいな城」ジャンル指定「童話」了<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11435020062.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Dec 2012 00:19:02 +0900</pubDate>
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<title>移動する点PとQ</title>
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<![CDATA[ <br>「回転木馬が遊戯として成り立つのはどういうわけか、というとね。普段より高い視点と前に進んでいるはずなのにまた同じ所に戻ってきたという主観と実質のズレが成り立たせているわけね」<br>「さいですか」<br>　旅の途中で妙な女と知り合った。名前はヘミーというらしい。年や容姿の美醜はよく分からない。私とは種族が違うのだ。<br>「つまりあんたたちファニーがわざわざ苦労して四足獣を飼える惑星を探しているのも、動機に着目するととたんに陳腐な所作になっちゃうわけよ。幼稚と言ってもいいわね」<br>「はあさいでっかいな」<br>　私たちは今トレインという小型の惑星を太陽を追いかけるようにして進んでいる。乗ってる乗り物はヘミーの持つリニアカーで、出せる時速は五百キロ。そこそこの速さでガラス越しに光る恒星を追いかけていける。<br>　サングラス越しに見る景色は鮮やかとは言いがたいので、私は後部座席から後ろばかり見つめている。夕焼けの鮮やかなオレンジに浮かぶ翼竜の影。追い越したばかりのブラキオサウルスがミニチュア模型のように縮んでいく。<br>「べつに幼稚でもなんでも構いませんけどな。乗せてくれるのも結構なことですけど、この車何処目指して走っとりますの」<br>「ハイウェイ流してるだけよ」とヘミーは言う。「目的はないわ」<br>「目的がなかったら走れんでしょう」<br>「そんなことないわ」とヘミーは言う。彼女は運転席にいるが、運転しているわけではない。一日中同じ雑誌を読み返しながら飲み食いもせずに座っている。ときおり脚を組み直すぐらいだ。<br>「物理的にありえることは全て起こるの」<br>「ありえるからってやらんでもいいでしょう」<br>「そういうわけにはいかないのよ。私はここで可能な限りぐるぐる回るのが役割なの」<br>「誰がその役割を割り振ったんです」<br>「役割は最初から与えられているのよ」<br>　まるで地球の民のような口ぶりだった。<br>「誰にも割り振られてないしあなたが望んだわけでもない、と」<br>「そうよ。ノットノア」<br>　私は恐竜を見つめるのをやめて、まじめに考える必要があるなと思い直した。<br>　ヘミーがやりたいこととはつまり、なんらかの前進が進歩に結びつかないという証明のようなことだろうか。<br>　あらゆるサイクル状の虚しさをトレインを回り続けることで芸術的に示しているのかもしれない。いかにも、どんな幼稚な思想でも、完徹すらままならないものならなおのこと、芸術様式にして商品価値を高めるというのは地球の民のするようなことだ。<br>「あーた、そうせにゃならんて契約で決まってるんでしょうな。どっかのタイミングであんたの環状の位置グラフが芸術になってボケが金出すんでしょう。あーたらほんま金のためにあらゆる全てを犠牲にしますな」<br>「お金のためにやってるんじゃないわ」とヘミーは答えた。<br>「だってそうでしょう。ここを回り続けるんだとしたら、私はどのタイミングでお金をもらって使うのよ」<br>「そんなん言うても、ここ回るのだってタダじゃないでしょう。ってことはここのランニングコストをあんたは何らかの形で「永続的」に稼いでるはずで、つまり行為と報酬が同時なわけですな。だからずーっと回ってるし回らないといけないんでしょう」<br>「穿ち過ぎよ」とヘミーは笑う。<br><br>　トレインにも街があるし軌道エレベーターも三本通っている。人はかなり多い方だが、住んでいる面積は少ない。海がない代わりにほとんどの水が地下を対流していて、根の深い巨木がほとんどの地面をびっちりと覆っている。極端に大型化した草食獣とそれを食う肉食獣はいずれも爬虫類で、気温が安定し四季がほぼない楽園で惰眠を貪っている。収斂進化のせいか、かつて地球にいた恐竜に酷似しているらしい。<br>　私の星にも恐竜のような大型の爬虫類が現役で生きている。我々の先祖はラプトルに乗って文明の初期の段階で惑星統一を成し遂げ、計画的に定住しながら宇宙を視野に入れて発達してきた。今では40～50年働けば誰もが小型の宇宙船を買える。私も引退して近隣の星から旅をしている口だ。旅の上がりは最果ての地球だ。<br>　さて、私がどうして時速五百キロで走り続けるリニアカーに乗り込めたのかだが、それが私にも分からない。ホテルのベッドで眠っていたはずが、いつの間にか車の中で流れる景色を見つめている。夢のなかというのが一番妥当な考えだが、車を飛び出す勇気はない。夢か現実かはこの場合あまり関係ないのだ。ヘミーを説得するか、ヘミーを殺すか。車を停める方法は二つしかないのだから。<br>「いったいどうしてこんなことに交換価値があると思うんです」<br>「交換は不可能よ」とヘミーは言う。「あらゆるものは陳腐化するもの」<br>「しかし短期的には成り立つでしょう」<br>「短期も長期もないわ。繰り返しなのに」<br>　実際この女は前進しているのに回転しているという悪循環に陥っている。しかも商売ではないという。その上「私はぐるぐる回っているから交換は不可能だ」とまで言う。<br>　理解するのに時間がかかったが、おそらく「ここでぐるぐる回っている私は特別なのだ」と言いたいのだろう。金に換算できない特別な経験。けっこうなことだ。多くの生物がそのようなものを求めてウロウロと動きまわり、結局繁殖に落ち着くのも事実だ。<br>「あーたの目的は回転することであーたの行動も回転することで回転していることは陳腐だから、あるいは特別だから交換がないたたないとするんでしたらな、これはもうはっきり言うと無駄ですな、あーたの行動は」<br>「無駄かしら」<br>「無駄でしょう。ガキの頃にくだらない遊びに熱中したことはありませんかな。泥団子今日は絶対三つこねるぞと自分に誓って、果たせたら成長したような気になって、果たせなかったら深く傷ついた気になるようなことですな。くだらない目的とくだらない行為がひっついてるんですな」<br>「誰にとって無駄なのかしら」<br>「そやから見世物にはなると言うてるでしょう。外側から見りゃ賽の河原で石積んでるガキもそれなりに愉快ですわな。見世物にしないと誰にとっても無駄になるのは間違いないですわ」<br>「団子を作るたびに一瞬の喜びや失望を感じるのは無駄なことかしら」<br>「無駄です」<br>　無駄だろう。<br>「団子が宇宙船に代わったって同じ事ですわ。繰り返しは無駄です。宇宙船は一台あれば何処にだって行けます」<br>「ではこう考えてはどうかしら。私は何処にでも行ける一台の宇宙船を今まさに作っているのだ、と」<br>「違う場所を目指してるんですか？」<br>「いいえ、これはただの周回よ」<br>「……移動していればそれでいいと、つまりは。移動したいだけで違いは必要ないと言いたいんですかな」<br>「そうなのかもしれないわね」<br>「ただ生きていたいと？」<br>「生きていたいわけではないの」<br>「死にたいわけでもないのでしょう」<br>「ノットノア」<br>「あーたが移動したいのなら、車を降りるべきだと思いますがね」<br>「車を降りたら何処へもいけなくなってしまうのよ」<br><br>　私はそれからもトレインを一周する間ヘミーを説得し続けた。ヘミーを理解しようと務めた。そうして得た結論は、ヘミーの頭は混濁していて、惰性と移動を区別できていないということだった。<br>「悪いがあーたを殺して車を降りることにしますよ」と私は言った。「私らはずっとそうやって進歩し続けてきたんです。なんせ恐竜飼っとるでしょう。農耕民族が狩猟民族に勝てないんですな。恐竜がみーんな喰っちまうから。だから同じ朝日を見たいような脳髄の連中は私らの種族では淘汰されてしまったんですわ」<br>「何処へ行ったって同じ事なのよ」<br>「……ヘミー」<br>　私は最後の説得を試みた。<br>「トレインのリニア・ハイウェイは惑星を綺麗に一周してるわけやない。山脈をよけてぐねぐね蛇行してるし、高度にもずいぶんと幅がある。危険なレックス種の出る辺りは避けて工事が行われてるから、建設時には合理的でも完成したら無駄になるような線路もようけある」<br>「何が言いたいの？」<br>「道に沿ってる限り完璧な周回なんてありえないんですわ。一周ごとに起こるトラブルや変化に対応するというのが回転木馬の本質なんですわ。一周ごとに「親がちゃんと見守ってるか」を確認する子どもの心こそが周回を成り立たせるんですな。外で親が見てなかったら同質性は保てないんです。同質かどうかはあんたが努力してどうにかなるものやないんや」<br>「だから、つまり」ヘミーは苛立っていた。「私にとってはあらゆるものが陳腐なのよ」<br>「だからあらゆるものが同質性を担保すると？」<br>　ヘミーは頷く前に少しだけ迷っていた。<br>「そうよ」<br>　その少しだけ迷うという行為が私の殺意の琴線に触れた。迷うような奴なら根本的に異質というわけでもない。ほんの少しでも同質なら殺してもおしくない。――ヘミーの理屈は殺人の正当化にだけは使えると知った。<br><br>　ヘミーの死体を恐竜に与えると、私はリニアカーに乗って最寄りの軌道エレベーターを目指すことにした。<br>　次に立ち寄る惑星は恐竜の住めない氷の惑星らしい。そんな場所でもヘミーは同じだと言い張るのだろう。恐竜が居てもいなくても同じなんて、哀れな女だ。<br>　私は走行中に自分とヘミーの同質な部分と異質な部分を徹底的に整理した。それでも、車を降りる時には未練がましい何かが残った。<br>　私の一部は今も、ヘミーの代わりにトレインを回り続けているのかもしれない。<br><br>三題噺「宇宙、メリーゴーランド、弱いヒロイン」了<br>
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<link>https://ameblo.jp/kijiez/entry-11411343330.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Nov 2012 20:23:09 +0900</pubDate>
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