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<title>全能神教会</title>
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<description>東方閃電|全能神は、主イエスの再来です。神の羊は神の御声を聞きます。全能神の言葉を読めば、神が現れられたのを見ることができます。</description>
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<title>クリスチャンの証し 2020「傲慢さが転落を招く」日本語字幕</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/RJQ0La-JAws" width="488"></iframe></p><p>クリスチャンの<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/testimonies.html" target="_blank">証し</a></b>&nbsp;2020「傲慢さが転落を招く」日本語字幕</p><p>&nbsp;</p><p>『箴言』の節「高ぶりは滅びにさきだち、誇る心は倒れにさきだつ(箴言16章18節)」にかかわる、意義深い経験をする本作の主人公。教会の指導者を数年務め、仕事においてかなりの経験を積み重ねた彼女は、それを自分のために利用し、だんだんと傲慢に自惚れるようになっていきます。好き放題に自分の地位を使って兄弟姉妹を咎め、叱りつけることも少なくありません。すっかり堕落した性質の中で暮らし、<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/what-is-the-work-of-the-holy-spirit.html" target="_blank">聖霊</a></b>の働きをなくした彼女は、教会の仕事をするたびに壁にぶつかるようになります。失敗してばかりで、ついには兄弟姉妹に暴露され、指導者としての本分を失うことに……。このようなつまずきと失敗ののち、彼女は自分自身について何を学び、この経験から何を得たのでしょうか？</p><div id="gtx-trans" style="position: absolute; left: -33px; top: 540px;"><div class="gtx-trans-icon">&nbsp;</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12610458325.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jul 2020 09:10:28 +0900</pubDate>
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<title>クリスチャンの証し 2020「誠実な人間になるための奮闘」日本語字幕</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/np31c__DOSI" width="488"></iframe></p><p>クリスチャンの<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.godfootsteps.org/testimonies.html" target="_blank">証し</a></b></span>&nbsp;2020「誠実な人間になるための奮闘」日本語字幕</p><p>&nbsp;</p><p>甄誠は、家電修理店の経営者。<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.godfootsteps.org/its-not-easy-being-an-honest-person.html" target="_blank">正直</a></b></span>かつ誠実に商売を営んでいたものの、毎月の売り上げに苦しんでいます。妻からは不平を、妻の弟からは皮肉を言われて疲れた甄誠は、世間の風潮にも影響されて次第に自身の倫理観を曲げていきます。そしていかがわしい手口で稼ぎ、快適な生活を送り始めるのでした。しかし<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.godfootsteps.org/" target="_blank">全能神</a></b></span>への信仰を得てからは、<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.godfootsteps.org/video-category/god-word.html" target="_blank">神の御言葉</a></b></span>から神が誠実な人を好まれることを知り、この神の要求に甄誠の心が揺れます。でも誠実な人間になれば儲けが減り、借金を背負って店を失うかもしれない。そんな葛藤を幾度か経験し甄誠は、最終的に何を選ぶのでしょうか。『誠実な人間になるための奮闘』で確かめてみましょう。</p><div id="gtx-trans" style="position: absolute; left: 523px; top: 310px;"><div class="gtx-trans-icon">&nbsp;</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12610451823.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Jul 2020 09:03:42 +0900</pubDate>
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<title>日々の神の御言葉「神の働き、神の性質、そして神自身 ２」抜粋43</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/gUhUj4MknVI" width="488"></iframe></p><p>日々の神の御言葉「神の働き、神の性質、そして神自身 ２」抜粋43</p><p><br>サタンがもう一度<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel-categories/job.html" target="_blank">ヨブ</a></b></span>を攻撃する（ヨブが皮膚病にかかる）<br>a．神が語った言葉<br>　（ヨブ記 2:3）ヤーウェはサタンに言われた、「あなたは、わたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか。あなたは、わたしを勧めて、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたが、彼はなお堅く保って、おのれを全うした」。<br>　（ヨブ記 2:6）ヤーウェはサタンに言われた、「見よ、彼はあなたの手にある。ただ彼の命を助けよ」。</p><p>b．サタンの言葉<br>　（ヨブ記 2:4-5）サタンはヤーウェに答えて言った、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます。しかしいま、あなたの手を伸べて、彼の骨と肉とを撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。</p><p>c．試練に対するヨブの態度<br>　（ヨブ記 2:9-10）時にその妻は彼に言った、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」。しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。<br>　（ヨブ記 3:3）わたしの生れた日は滅びうせよ。「男の子が、胎にやどった」と言った夜もそのようになれ。</p><p>神の道に対するヨブの愛は他の全てを越える<br>　<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel-categories/inside-story-of-the-bible.html" target="_blank">聖書</a></b></span>には神とサタンの会話が次のように書かれている。「ヤーウェはサタンに言われた、『あなたは、わたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか。あなたは、わたしを勧めて、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたが、彼はなお堅く保って、おのれを全うした』。」（ヨブ記２：３）。この会話の中で、神はサタンに対して同じ質問を繰り返している。この質問から、ヨブが最初の試練で見せた<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/what-do-you-know-of-faith.html" target="_blank">信仰</a></b></span>に対してヤーウェ神が良い評価を与えたことが分かると同時に、試練の前の評価と何ら変わらないことも分かる。つまり、試練に遭う前のヨブは神の目に完全であり、故に神はヨブとその家族を守り、祝福した。ヨブは神に祝福されるに相応しかったのである。試練の中で財産と子ども達を失っても、言葉によって罪を犯すこともなく、ヤーウェの名を讃え続けたのである。神はヨブの行いを讃え、満点の評価を与えた。ヨブにとって、子ども達も財産も、神を捨てるほどの価値あるものではなかったのである。言い換えれば、ヨブの心にある神を、彼の子ども達も彼のどれほど価値ある財産も引き換えにすることはできなかったのである。ヨブは最初の試みの中で、自らの神に対する愛、神を畏れ悪を避ける道に対する愛が他の全てを越えることを神に示した。この試みは、ヤーウェ神から報いを受け、財産と子ども達はヤーウェ神に取り上げられるという経験をしたに過ぎなかった。<br>　ヨブにとってこの試みは、自らの心を洗い流す実体験となり、いのちのバプテスマで満たされる経験となった。更に、ヨブの神に対する従順と畏れを試すための壮麗な祝宴でもあったのである。この試みはヨブを富める者から無一文へと変え、サタンによる人間への虐げも経験させた。ヨブは追い詰められてもサタンを憎むことはなかった。むしろ、サタンの卑しい行いにサタンの醜さと卑劣さ、神に対する敵意と反抗を見たのである。それによりヨブは更に、神を畏れ悪を避ける道への決心を固くした。財産や子ども、家族といった外的な要因によって神を見捨てることも神の道に背を向けることもけっしてせず、サタン、財産やどのような人に対しても虜になるようなことは決してないことをヨブは誓った。ヤーウェ神が唯一の主であり神であると誓った。それがヨブの強い思いであった。この試練での別の側面は、その大きな試練の中で、ヨブが神からの豊かな富を得たということである。</p><p>　それまでの数十年間の人生において、ヨブはヤーウェの業を目の当たりにし、ヤーウェ神からの祝福を受けてきた。神に対して特に何もしていないと感じていたヨブは、自分に与えられている祝福は身に余るものと恐縮していたが、それでも膨大な祝福と恵みを享受していた。そのためヨブは、しばしば<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/testimonies/three-methods-on-how-to-pray.html" target="_blank">祈り</a></b></span>、神にお返しできることを願っていた。神によってなされた業と偉大さを証しし、自分の従順さが試され、更には自分の信仰が純化されて自分の従順さと信仰が神に認められることを願っていた。試練がヨブに臨んだとき、ヨブは神に祈りが聞かれたと思った。長年の願いが叶うことを知ったヨブは何よりこの機会を喜び、決して軽んじることはなかった。この機会は神に対する自身の従順と畏れを試すものであり、純化される機会であったからだ。それだけでなく、神に認められ、近付く機会となるであろうからだった。そのようなヨブの信仰と求める思いにより、ヨブは試練を通して更に完全なものとなり、神の心に対する理解を大いに深めた。ヨブはますます神の祝福と恵みを感謝し、神の業を益々讃え、以前にも増して神を畏れ、崇め、<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gods-love-is-most-real.html" target="_blank">神の愛</a></b></span>と偉大さ、聖さを求めた。この時すでに神の目にはヨブが神を畏れ悪を避ける者として見られていたが、試練という経験を通してヨブの信仰と認識は急速に成長した。信仰が増し、その従順さは揺るがぬものとなり、神への畏れが深まった。ヨブの試練はヨブを霊的に成長させ、いのちの成長があったが、ヨブはそれだけで満足して前進するのをやめるようなことはなかった。試練を通して得たものは何かを考え、自身の弱さを考えながらヨブは静かにいのり、次の試練を待った。自らの信仰、従順、神への畏れが続く試練によってさらに成長することを願っていたからである。<br>『言葉は肉において現れる』より引用</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12600777894.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jun 2020 10:36:22 +0900</pubDate>
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<title>日々の神の御言葉「神の宿る肉の本質」抜粋102</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/GwdnTbXmjk4" width="488"></iframe></p><p style="text-align: left;">日々の神の御言葉「神の宿る肉の本質」抜粋102</p><p style="text-align: left;"><br>　最初の<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel/gods-incarnation-2.html" target="_blank">受肉</a></b>では、神は受肉の働きを完了しなかった。神が肉においてするべき働きの最初の段階を完了しただけである。だから、受肉の働きを完了するために、神は再び肉の体に戻り、肉体のもつすべての正常性と現実を生きている。つまり、神のことばが完全に普通の平凡な肉の体として現れ、それにより、肉においてやり残した働きを完了しようというのである。二度目に受肉をした体は、本質的には最初と変わらないが、もっと現実的で、最初よりもさらに普通なものだ。その結果、第二の受肉の苦しみは最初のそれよりも重いのだが、この苦しみは肉における働きの結果であって、堕落した人間の苦しみとは異なる。これはまた、神の肉の体の普通さと現実から生じている。神が完全に普通かつ現実の肉体で職分を行うため、肉の体は多くの困難に耐えなければいけない。この肉の体が普通で現実のものであればあるほど、神はその職分を果たすために苦しむ。神はごく普通の体、まったく超自然的でない体で働く。神の肉は普通で、人間を<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/special-topic/three-stages-of-work/index.html" target="_blank">救う</a></b>働きをも担わなければいけないので、その苦しみは超自然の肉よりもはるかに大きい──この苦しみはみな、神の体の現実と正常さから来ている。受肉した二つの体が職分を果たしていたときに受けた苦しみから、受肉した肉の本質がわかる。肉体が普通であればあるほど、働きを行う間、それだけ大きな苦難を神は耐えなければならない。働きをする肉体が現実的であればあるほど、人々の見方は厳しくなり、それだけ多くの危険が神にふりかかることになりがちである。それでも、肉が現実的であればあるほど、肉が普通の人間の必要と完全な理知をもっているほど、肉における働きを神はみごとに取り組むことができる。十字架につけられたのはイエスの肉、罪のための捧げ物としてイエスが捧げた肉体である。普通の人間性をもつ肉体という手段によってイエスはサタンに勝利し、人間を完全に十字架から救った。そして、神の二度目の受肉では、征服の働きを行いサタンを打ち負かすのは完全な肉の体なのである。完全に普通で現実的な肉だけが征服の働きをその全体におよんで行い、力強い<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/testimonies.html" target="_blank">証し</a></b>を示すことができる。つまり、人間征服の働きは、受肉した神の現実性と正常さによって効果的になるのであって、超常的な奇跡や啓示によるのではない。この受肉した神の職分は、話すことであり、それによって人間を征服し、完全にすることにある。つまり、肉として現れた霊の働き、肉の務めは、話すことで、それによって人間を征服し、顕示し、完全にし、淘汰することである。だから、肉における神の働きが完全に達成されるのは、征服する働きにおいてである。最初の<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/the-truth-concerning-the-work-in-the-age-of-redemption.html" target="_blank">贖い</a></b>の働きは、受肉の働きの始まりに過ぎなかった。征服の働きをする肉は、受肉しての働きを完了させるであろう。性別では、一度目は男、二度目は女。これにより神の受肉の意味が完了する。これは人間の神についての誤解を取り除く。神は男にも女にもなれる。受肉した神には本質的に性別はない。神は男と女を創ったが、性による差別化はしていない。この段階の働きでは、言葉という手段によって働きの成果があらわれるように、神はしるしや不思議を行わない。さらに、今回受肉した神の働きは病人を癒し、悪霊を祓うことではなく、話すことによって人間を征服することで、これは、受肉した神の肉体が本来備えている能力が、言葉を話して人間を征服するというものであって、病人を癒やし、悪霊を祓うためのものではないということである。普通の人間性における神の働きは奇跡を行うことではなく、病人を癒し、悪霊を祓うことはなく、話すことである。だから、第二の受肉をした体は、最初の時よりずっと普通のものに見える。人々は神の受肉が嘘ではないとわかっているが、この受肉した神はイエスの受肉とは異なっている。どちらも神の受肉ではあるが、完全に同じではない。イエスは普通の人間性、平凡な人間性をもっていたが、多くのしるしや不思議を伴っていた。この受肉した神においては、人間の目には、しるしや不思議は何も見えず、病者を癒すことも、悪霊を祓うことも、海の上を歩くことも、四十日間の断食もない。神はイエスがしたのと同じ働きは行わない。それは神の肉が本質的にイエスのものとどこか異なるからではなく、病者を癒したり悪霊を祓うことは、神の職分ではないからである。神は自分の働きを取り壊すこともなければ、自分の働きを妨げたりはしない。神はその実際の言葉で人間を征服するのだから、奇跡で屈服させる必要はない。そして、この段階は受肉の働きを完了するためにある。あなたが今日見る受肉した神は完全な肉の体であって、超自然的な要素は何もない。神は完全に肉の体なのだから、他の人々同様、病気になるし、他の人々同様、食物や衣服を必要とする。今回、受肉した神が超自然のしるしや不思議を見せたなら、病者を癒し、悪霊を祓ったなら、あるいは一言で殺すことができたなら、どうして征服の働きを行えるであろうか。どうして異邦人の国々で働きを広められるであろうか。病人を癒やし、悪霊を祓うのは、恵みの時代の働き、贖いの働きの第一歩であったが、神が人間を十字架から救った今となっては、もはやその働きを神は行わない。もし終わりの日に病人を癒やし、悪霊を祓い、人間のために十字架につけられたイエスと同じ「神」が現れたなら、その「神」は<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel-categories/inside-story-of-the-bible.html" target="_blank">聖書</a></b>の神の記述と同じで、人間には受け入れ易いであろうが、本質的に、それは神の霊が人間の肉をまとったものではなく、悪霊によるものであろう。すでに成就した働きは二度と繰り返さないのが神の原則だからである。したがって、神の二度目の受肉による働きは、最初の働きとは異なっている。終わりの日には、神は普通の正常な肉体で征服の働きを実現する。神は病人を癒やさず、人間のために十字架につけられることもなく、ただ肉の体で言葉を話し、肉において人間を征服する。このような肉のみが神の受肉された体である。こうした肉の体だけが、神の肉における働きを完了できる。<br>『言葉は肉において現れる』より引用</p><p>&nbsp;</p><div id="gtx-trans" style="position: absolute; left: 176px; top: 1360px;"><div class="gtx-trans-icon">&nbsp;</div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12600775066.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Jun 2020 20:22:21 +0900</pubDate>
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<title>キリスト教の歌「神のあなたがたへの期待を感じたことがあるか」歌詞付き</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/EQsQKm7nsh4" width="488"></iframe></p><p><span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/about-us-questions-4.html" target="_blank">キリスト教</a></b></span>の歌「神のあなたがたへの期待を感じたことがあるか」歌詞付き</p><p><br>誰がこの終わりなき世で神に吟味されるのか？<br>誰が神の霊の言葉を聞いたのか？<br>誰が<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel-categories/job.html" target="_blank">ヨブ</a></b>に答えられるのか？<br>皆の中にペテロはいるか？<br>神はなぜ幾度もヨブとペテロのことにふれたのだろう？<br>皆、神からの期待に気づいたか？<br>もっと熟考することに時間を割くべきだ</p><p>&nbsp;</p><p>大勢が闇の中を探り、逆境の中で祈る<br>大勢が空腹と寒さのため神へ向き<br>大勢がサタンに縛られる<br>どこを向けばいいのか分からず<br>大勢が幸せの中で神を裏切る<br>大勢が恩知らずで、サタンの企みに忠実だ</p><p>誰がヨブに答えられるのか？<br>皆の中にペテロはいるか？<br>神はなぜ幾度もヨブとペテロのことにふれたのだろう？<br>皆、神からの期待に気づいたか？<br>もっと熟考することに時間を割くべきだ</p><p>&nbsp;</p><p>誰がヨブに答えられるのか？<br>皆の中にペテロはいるか？<br>神はなぜ幾度もヨブとペテロのことにふれたのだろう？<br>皆、神からの期待に気づいたか？<br>もっと熟考することに時間を割くべきだ<br>『小羊に従って新しい歌を歌おう』より</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12600759259.html</link>
<pubDate>Sun, 31 May 2020 09:16:19 +0900</pubDate>
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<title>キリスト教映画「火のバプテスマ」クリスチャンが天国に入る唯一の道 日本語吹き替え</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/XigVVPLIMDU" width="488"></iframe></p><p><b><span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/about-us-questions-4.html" target="_blank">キリスト教</a></b></span>映画</b>「火のバプテスマ」クリスチャンが<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel.html" target="_blank">天国</a></b></span>に入る唯一の道 日本語吹き替え&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;主イエスはこうおっしゃいました。「わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである」（マタイによる<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/" target="_blank">福音</a></b></span>書 7: 21）。では、神様が天国に引き上げてくださるようにするため、天にいらっしゃる父の御旨を行なって神様に服従する人となることを、どのように追い求めるべきでしょうか。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;クリスチャンの宋恩澤は神様を信じ神様の福音を広めたため、中国共産党政府に逮捕されて七年間投獄されました。釈放後、彼は福音を広めることで引き続き神様のために費やすと言い張りました。家と職を捨て、苦労して働くことで自分は神様の御旨を行なっている、そして神様の承認を得て神様によって天国へ引き上げられると彼は考えています。その後、息子が重い病気にかかって命の危険にさらされたとき、宋恩澤はそのことについて神様への恨みを抱え、神様と口論しようと試み、自分の本分を尽くす願望さえ失ってしまいます。自分の置かれた状況に関する事実と、神様の御言葉における暴きとによって自分に示されたことを通じ、長年にわたって神様のために捨てたり費やしたりしたことが、元々は神様のお恵みや祝福と交換しようとする試みだったこと、自分が神様に従順な人間ではないことに、宋恩澤は気づきます。そして探し求めることを通じて、自分の堕落した性質から逃れることを追求し、神様に真に従順になり、神様によって<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/videos/between-a-rock-and-a-hard-place.html" target="_blank">救われる</a></b></span>にはどうしたらいいかをついに知るようになります。</p><p>&nbsp;</p><p>より多くのゴスペル映画のご鑑賞を歓迎します&nbsp;</p><p><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/videos/a-mothers-love-movie.html" target="_blank"><span style="font-weight:bold;">キリスト教映画「母の愛」どのように子供に幸せな未来を与えるか</span></a></p>
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<pubDate>Sat, 30 May 2020 09:17:19 +0900</pubDate>
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<title>賛美歌「全能神が来られたとは何と素晴らしいことか！」 (ダンス付き) 日语字幕</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/5usuWSI8mBI" width="488"></iframe></p><p style="text-align: left;"><span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/hymns.html" target="_blank">賛美歌</a></b></span>「全能神が来られたとは何と素晴らしいことか！」 (ダンス付き) 日语字幕</p><p style="text-align: left;"><br>受肉の神に出会えて何と幸運だろう<br>終わりの日のキリストが<br>真理を表して裁きをもたらし<br>人を<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/special-topic/three-stages-of-work/index.html" target="_blank">救う</a></b></span>ために自ら働く<br>彼は正常で喜びや悲しみを知り<br>実際的で笑いもするし話しもする<br>彼の受肉の意味は深遠で<br>そのため実際の神が見られる<br>名誉にも全能神を見ることが出来る<br>讃美により楽しみを見出し<br>我らの心は、全能神への礼拝を通して<br>喜びに満たされる<br>彼を知れば、我らの人生は空しくない<br>終わりの日に神は人となり現れる<br>神を愛す人びとを完全にされる<br><span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/all-is-achieved-by-the-word-of-god.html" target="_blank">神の言葉</a></b></span>と発言は神の民を牧し<br>彼らに真理といのちを授ける<br>神の言葉が人を暴露し戒めようと<br>それは人を救い清めるためでもある<br><span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/beholding-the-appearance-of-god-in-his-judgment-and-chastisement-selections.html" target="_blank">神の裁き</a></b></span>と刑罰を経験して<br>我々は神が義であり聖なることを知る<br>神は人のために苦しみ<br>人の弱さを理解される<br>御言葉は人に糧と啓示を与える<br>神は人に信仰与え、光をもたらす<br>人に欠けているものを補い<br>一歩一歩道を示される<br>神は人の苦しみを経験し<br>人が裁かれる時、傍に立たれる<br>神はいつも人のいのちのことを思われる<br>最も思いやりがあるのは神だけ<br>神は静かに拒絶に耐えて<br>苦難の間人と共におられる<br>神は前途を切り開かれ<br>全能神の姿は私を励ます<br>昔から実際の神を見るのは難しかった<br>神と共にいる時を大切にしなさい<br>今が<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gods-love-is-most-real.html" target="_blank">神の愛</a></b></span>らしさを目にするチャンス<br>我ら皆が全能神を知れますように<br>昔から実際の神を見るのは難しかった<br>神と共にいる時を大切にしなさい<br>今が神の愛らしさを目にするチャンス<br>我ら皆が全能神を知れますように<br>『小羊に従って新しい歌を歌おう』より</p>
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<pubDate>Fri, 29 May 2020 20:36:08 +0900</pubDate>
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<title>日々の神の御言葉「神の働き、神の性質、そして神自身 ２」抜粋57</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/5PRlc7cfhG0" width="488"></iframe></p><p>日々の神の御言葉「神の働き、神の性質、そして神自身 ２」抜粋57</p><p style="text-align: left;"><br>もし人の心が神に敵対するのなら、どうして神を畏れ悪を避けることができようか<br>　今日の人々が<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel-categories/job.html" target="_blank">ヨブ</a></b>と同じ人間性を持っていないのであれば、人々の人格の実体と神に対する姿勢はどのようなものだろうか。人々は神を畏れているだろうか。悪を避けているだろうか。神を畏れず悪を避けることもない人々は、次の文字語で表すことができる。それは、「神の敵」である。あなたは頻繁にこの表現を使うが、本当の意味を理解していない。「神の敵」という言葉には根拠がある。それは、神が人間を敵とみなすということではなく、人間が神を敵としているという意味である。第一に、人々が神を信じ始めるとき、目的も動機付けも大志もない人がいるだろうか。彼らの一部は神の存在を信じており、神が存在するのを見たかもしれないが、彼らの信仰には何らかの動機付けがあり、<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/only-loving-god-is-truly-believing-in-god.html" target="_blank">神を信じる</a></b>究極の目的は祝福と自分の望むものを得るというものである。人々は人生を経験するにつれ、「自分は神のために家族も仕事も諦めた。神は私に何を与えてくれただろうか。神に与えられたものを全て計算して確かめてみなければ。最近何か祝福を与えられただろうか。私はずっと多くを捧げ、ずっと走り回り、多くの犠牲を払ってきた。神はその報いとして何か約束を下さっただろうか。神は私の良い行いを覚えているだろうか。私の最後はどうなるだろう。神から祝福を受けるだろうか。」誰もが常に、頻繁にそのようなことを心の中で計算し、彼らの動機付けであり、大志であり、取り引きがかかっている神に要求する。つまり、人間は心の中で常に神を試し、常に神の計画を考え出し、常に神に対して自分を弁護し、神からの言葉を絞り出し、自分の欲しいものを神が与えるかどうかを見ている。神を求める一方で、人は神を神として扱っていない。人間は常に神と取り引きし、絶えず神に要求し、１与えられればその次は１０与えられるように神に強要する。神と取り引きすると同時に神に異議を唱え、試練が来ると自分達の身の危険を感じ、気弱になり、すべきことに対して受け身になって怠けるようになり、神に対して不満だらけになる。神を信じ始めた時から、人間は神を豊穣の角やスイス・アーミーナイフのように豊かで万能であり、自分は神にとって最も価値ある者と見なすのである。あたかも神に祝福させて言葉を与えされることが当然の権利であり義務であり、神には自分を守り、労り、施す責任があるかのように。信仰を持つ大半の人々にとって「神を信じる」とは基本的にそのような理解でしかなく、それが神を信じることに対する最も深い考えなのである。人間の本質からその主観的な追求に至るまで、神に対する畏れなど全くない。人が神を信じる目的は神を礼拝することとは何ら関係ないのである。つまり、人は、神への信仰には神に対する畏れと神を礼拝することが必要だとは考えもしないし理解もしないのである。このような状況を考えれば、人間の実体がどのようなものかは明らかである。その本質とは何か。人間の心は邪悪で、不実でずる賢く、公正と義を愛するものでも善を愛するものでもなく、卑劣で貪欲なものである。人間は神に対して完全に心を閉ざしている。神に心を捧げてなどいない。神が人の心を本当に見たことなどなく、人間に礼拝されたことなどない。どれ程大きな犠牲を払っても、どれ程人間に対して働いても、どれ程人間に与えても、人間の目が開かれることはなく、全く無関心である。人間が神に心を明け渡したことなどなく、自分の心を考え、自分で決断するばかりである。これは、人間が神を畏れ悪を避ける道に従うことを望まず、神の主権と采配に従うことを望まず、神を神として礼拝することも望まないということの現れである。それが今日の人間の状態である。ここで再度ヨブを検討する。まず第一に、ヨブは神と何か取引をしただろうか。神を畏れ悪を避けるヨブの姿勢には下心があっただろうか。当時神は誰かに終わりの時について話しをしていただろうか。神が当時誰かに終わりの時を約束することがなかったという背景がある中で、ヨブは神を畏れ悪を避けたのである。このようなヨブの姿勢に対抗できるものが今日いるだろうか。あまりに違いすぎて、ヨブと同じ土俵に登れるものはいないだろう。神に対する知識が豊富であった訳でもないヨブが自分の心を神に明け渡し、その心は神のものとなっていた。ヨブは神と取り引きすることもなく、神に対して途方もない要望や要求をすることもなかった。むしろ彼は、「ヤーウェが与え、ヤーウェが取られたのだ」と信じていた。ヨブがその長い人生で神を畏れ悪を避ける道に留まることで理解し獲得したものはそのようなものであった。同様に、「われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」という言葉が現すものをヨブは獲得した。このふたつの言葉はヨブがその人生経験において神に服従した結果ヨブが知るに至ったものを現しており、ヨブがサタンの誘惑に勝利する上で最も力強い武器でもあり、神への<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/testimonies.html" target="_blank">証し</a></b>に堅く立つヨブの土台でもあった。ここまでの話を聞いて、あなた方はヨブを愛すべき人間と思うだろうか。そのような人に自分もなりたいと思うだろうか。サタンの誘惑を経験することに恐れを感じるだろうか。ヨブと同じ試練を通らせて下さいと<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/tag/%E7%A5%9E%E3%81%AB%E7%A5%88%E3%82%8B" target="_blank">神に祈る</a></b>決意があるだろうか。間違いなく、大半の人はそのような祈りを敢えて捧げはしないだろう。であれば、あなた方の信仰がどうしようもなく僅かだということは明らかである。つまり、あなた方の信仰はヨブのそれと比べて取るに足りないものなのである。あなた方は神に敵対するもので、神を畏れず、神に対する証しに堅く立つこともできず、サタンの攻撃、非難、そして誘惑に勝利することもできない。それで神の約束を受けるなどどうしてできるだろうか。ヨブの物語を聞いて、人間を救うという神の意図を理解し、人間の<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel/salvation-1.html" target="_blank">救い</a></b>の意味を理解してきた訳だが、あなた方の信仰はヨブと同じ試練を受け入れられるものになっただろうか。神を畏れ悪を避ける道に従う決心を少しはすべきではないだろうか。</p><p style="text-align: right;"><br>『言葉は肉において現れる』より引用</p>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12600771859.html</link>
<pubDate>Wed, 27 May 2020 10:00:50 +0900</pubDate>
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<title>「神は義なる性質によって人間を存続させる」キリスト教の歌 歌詞付き</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/p8JyFAa9zDM" width="488"></iframe></p><p style="text-align: left;">「神は義なる性質によって人間を存続させる」<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/about-us-questions-4.html" target="_blank">キリスト教</a></b>の歌 歌詞付き</p><p><br>不正・否定的なこと・邪悪は<br>正義や前向きな成長を妨げ壊す<br>だから神は怒りを下す<br>神の怒りは地位や身分を守るためでなく<br>善で前向きな全ての正しいことを守るためにある<br>神の怒りの根源は<br>人が正常な生活のための規律と法則を守ること<br>人を創造して以来<br>神は人の正常な生活を<br>威厳と怒りのある義なる性質で支えてきた<br>人の正常な生活を害する邪悪で破壊的な全ては<br>彼の怒りゆえに罰せられ支配され滅ぼされる</p><p>&nbsp;</p><p>もし神の怒りがなければ<br>人はただ異常な生き方に落ちるのみで<br>正しく良いものは台無しだ<br>神は何千年にもわたり<br>義を通して働く<br>彼に逆らう悪霊・サタンの仲間を阻止した<br>神の怒りがなければ<br>あらゆるものの掟と秩序は<br>破壊され無効になるだろう<br>人を創造して以来<br>神は人の正常な生活を<br>威厳と怒りのある義なる性質で支えてきた<br>人の正常な生活を害する邪悪で破壊的な全ては<br>彼の怒りゆえに罰せられ支配され滅ぼされる<br>だから人を<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/special-topic/three-stages-of-work/index.html" target="_blank">救う</a></b>神の働きは彼の計画通りに進んだ<br>だから神の怒りゆえ<br>最も正しい事業がまだ残っている<br>人を創造して以来<br>神は人の正常な生活を<br>威厳と怒りのある義なる性質で支えてきた<br>人の正常な生活を害する邪悪で破壊的な全ては<br>彼の怒りゆえに罰せられ支配され滅ぼされる<br>『小羊に従って新しい歌を歌おう』より</p>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12600781314.html</link>
<pubDate>Tue, 26 May 2020 11:54:39 +0900</pubDate>
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<title>クリスチャンの証し 2020「神の救い」日本語字幕</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/ZAFr08K7iRg" width="488"></iframe></p><p style="text-align: left;">クリスチャンの<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/testimonies.html" target="_blank">証し</a></b></span>&nbsp;2020「神の<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gospel/salvation-1.html" target="_blank">救い</a></b></span>」日本語字幕</p><p style="text-align: left;"><br>主人公は<span style="font-weight:bold;"><b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/only-loving-god-is-truly-believing-in-god.html" target="_blank">神を信じる</a></b></span>ようになったあと、熱心に本分を尽くして自分を費やすようになりました。しかし、「出世して先祖に栄誉をもたらす」や「心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治められる」といったサタンの害毒のせいで道を誤り、堕落させられてしまいます。彼女は名声と地位を追い求めずにはいられず、自分の傲慢な性質に支配されます。権力と利益を巡って同労者たちと争い、他の兄弟姉妹に説教して彼らを抑え込むとともに、万事において決定権をもつことを望みます。しかし神の御言葉による裁きと暴きを通じ、自分の正しくない追求や堕落した性質について認識を得ます。その後、彼女は警察に逮捕され、共産党の残酷な迫害に晒されると同時に、洗脳を強制されます。これを通じ、彼女は共産党の悪しき本質を識別できるようになり、自分を深く反省して赤い大きな竜の害毒を理解します。そうして後悔を感じ、自分を憎み、真に悔い改めていったのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kingdomsalvationjp/entry-12596638103.html</link>
<pubDate>Thu, 14 May 2020 20:25:43 +0900</pubDate>
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