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<title>Rayのブログ</title>
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<title>くだらないなあ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">人の考え方をどうこう言いたいわけじゃあないけど、未だにそういう考え方している人がいるってことにびっくりする。人間として一番大切なのは「相手の人間性を見る」ってことだと僕は思っているのだけど、そうじゃあなくて昔ギャグっぽく言われていた「三高」みたいなものが基準で考えている人たちがやまほどいるって現実。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">相手が優秀であるべきと考えること事態が卑屈な精神だって思えないのかなと。友人はすべて有名大学出てないと、そして親戚一同に関しても医師や弁護士などステータスの高い職業でないとならないなんてのはちょっとおかしくない？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">自分はどうなのさってこと。自分自身に自信もって好きな仕事で頑張っていれば年収が幾らであったとしても十分満足な生活ができるのでは？自分が続けていける職業がある人は信用にも足るし、そしてその職業をまっとうしたら、その人生は輝いて見えるはず。それが漁師であったって、下水道工事業であったって保母さんであったって、牧師であったとしても「全うして世の中に貢献している」という価値観を持って他の職業が見られる目を持つこと。そのことの方がすごく大切なことだと自分は思う。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それが結婚相談所なんかの人たちは学歴だとか、職業だとか、さらに見てくれのことまで言及しているのをブログで読んで、笑ってしまった。おそらく結婚できない人たちは、そういう部分に執着してきたから結婚できないのであって、結婚のなんたるかを本当はそういう執着を捨てなさいってところから教えてあげる必要性があるんじゃあないのって考えるわけ。なぜなら結婚夢見ちゃってる人たちってのは現実の「心の部分」が結婚には「大きな問題」になってくることが既婚者には見えているわけで、独身者には絶対に分からない、理解し得ない部分なのに相談所の人たちは不動産屋と一緒で「売りつけて売買成立したら、客の思いなんか関係ねぇ」くらいのもの。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">結婚できない人には、それなりの理由がある。事情もあるだろう。しかし、どんな理由であっても五体満足なら絶対に結婚はできるし、自分の相手が世間様から見て足りない部分があるとしたら、それを自分の力で補って進歩させる進化させてあげるんだって思えなきゃ、結婚する意味なんか見出せない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">若い女の子が「良いと思う男はみんな売れちゃってる。」って言うが、なぜ「あたしの力でこの男をもっと良い男に仕立て上げる。」って精神がないんだろう？</font></p><p><font size="3">そう思わなきゃ、結婚なんてできない。結婚する前から自分は男にやしなってもらいたいって思っているところから発想転換しなきゃ、誰も相手にしてくれないよ。だって男女雇用機会均等になって女性の社会進出が当たり前のようになり、共働きも普通になってきたんだから。ここまで社会が女性に対しての環境整備を整えても未だに「わたしの志は高いの、だから結婚相手次第のﾃﾞｨﾍﾟﾝﾃﾞｨﾝｸﾞな人生設計しなければならないの」って平気でいってるのであれば、救いようが無いね。それを女性らしくてかわいいって自分で思っている人たちがいるから、独身者が世の中にあふれ出てしまっている実情があるのをわかってないんだろうな。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">志の高いから相手のクオリティを気にするって逆じゃあないの？志が高ければ自分自身を律して自分自身のステータスを高くすれば良いだけのこと。相手に多くを望むことは志を高くするのではなく、それは甘えの精神をさらけ出している半端ものってことでしょ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">成功者の言葉に耳を傾けるのは素晴らしいけど、自分は成功者ではない。成功を望むことは悪いことではないけど、本来成功者は血のにじむような努力と言葉では到底伝えきれない負の経験を耐えに耐えて乗り越えてきた経緯があるからこそ、言葉に重みが加わる。そういう人のパートナーを見ればわかる。表へはしゃしゃりでない。無駄なことはしない。そして肝心なことを端的に明朗に自分の信頼するパートナーに伝えているはずだ。そこには苦労を共にする覚悟を持っているからできるのであって、覚悟の無い人間に幸運などやってくるはずがない。それがわかる人はどれだけ世の中にいるのだろう。結婚相談所を馬鹿にしているのではない。結婚相談所で相手が見つけられる人はほんのわずかしかいないのは、そういう基本に持つ心を持つことに重要性を認めない人たちが沢山いるからだということ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いつまでも若くいられるわけじゃあないのに。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11511640410.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Apr 2013 05:46:23 +0900</pubDate>
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<title>イタリア（ベニス）の思い出（１）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">イタリアはベニスだけしか滞在したことがなく、あまり語れるほどではないのですが一応二度行っています。一度目は１９８９年の夏。電車での旅でした。印象は太陽がいっぱいって感じで、僕は「一目で好き！」になってしまった場所です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ベネチア・サンタルチア駅を降りるともうすぐ目の前に運河が広がっていて、日本では見ることができない風景が広がっています。色とりどりの古い建物が運河の水の上に浮かび、そしてベニス全体を歩いて回るのが目的かのように沢山の橋で運河をつないでいるのは壮観な眺めです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">最初に行った時には最初の2日間は英国の英語学校で知り合ったすごく綺麗なイタリア人女性サラに案内をしてもらってベニスの協会や美術館などを訪問したりして観光を楽しませてもらいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ただ、ベニスの人間も良い人ばかりではないです。確か橋の上にある靴の店でスリッポンタイプの靴を品定めしていた時です。中学生らしきイタリア人の3人の男の子がくすくす笑いながら僕の後ろを通っていくではありませんか。すばやく、それに反応したのはサラで、大きな声で彼らをどなりつけました。もちろんイタリア語ではなく、現地のベニス方便でまくしたてました。サラが「ちょっと身体をくるっと回してみて」と言うので、そのとおりにすると僕の背中に紙が貼られてあって、何か書かれていました。いたずらです。まあ、別段命に別状があるわけじゃあないので、笑って流しました。サラの方がかっかしていて、さらに「ベネチア人として恥ずかしい！」と憤慨していたのが忘れられません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その当時、イタリアで公衆電話をかける時には「ジェットーネ」という特別なコインを必要としていました。僕はベニス3日目にシモーナとマルコと言う高校生のイタリア人姉弟の家に泊めてもらう予定だったのですが、滞在していたホテルからシモーナの家に電話をかけたときに電車で最寄駅に到着したらまたそこから電話をくださいとの話を受けたのですが、その時はホテルの電話だったのでジェットーネはいりませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">シモーナが教えてくれた駅はサンドラ・リピヤーベなんちゃらかんちゃら言う益で、ずいぶんと田舎で寂しい駅周辺のたたずまいで「本当にこんなところに済んでいるのかな？それにしちゃあずいぶんと長い間待ってるけどシモーナ、迎えにこないな。」と時間がだんだんと過ぎ、2時間ほど駅でまっていたらようやくシモーナが彼女の母親と一緒に駅に迎えに来てくれました。「ジェットーネ持ってないの？」と言われて「それってどこで買うの？」と買い方すらしらなかった僕は連絡のすべがなかったのでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">シモーナの家についてからの話はまだいつくかあるので（２）でお話しましょう。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11510601799.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Apr 2013 15:56:30 +0900</pubDate>
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<title>ドイツの思い出</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">ドイツは4回ほど行きました。ただ、あまり楽しかった思い出は残っていません。なぜならば英国から帰国して再就職をした後に早稲田大学の留学生で日本語を勉強をしに来ていたドイツ人女性とつきあうようになったため、冬休みをとって急遽東京ーフランクフルト間の往復格安航空券を使って彼女の実家を訪ねたからです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">つきあって1年経ったくらいの頃でしょうか、ドイツ巡りの旅を二人でしようよと言うから楽しみにして「地球の歩き方ドイツ編」なんて本まで購入して準備をしていました。約二週間の旅だったので行ければ「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台であるオーストリアのザルツブルグまで足を伸ばせたら良いなぁなんて期待に胸を膨らませていたのです。しかし現実は期待を大きくやぶりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">フランクフルト空港には彼女と彼女のお母さんが車で迎えに来てくれていました。ありがたいなと思ったのですが、彼女の当初の話ではフランクフルトの空港からそれほど遠くない距離に実家があると言っていたのですが、なんと車で二時間半も離れた村で、家の周囲には店などほとんど無い場所でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">僕は彼女の両親に挨拶をしましたがほとんどコミュニケーションがとれませんでした。なぜなら英語が分からないので、どうにもこうにも言葉が通じません。そんな環境の中で3日間が過ぎました。当初、ドイツの国内をめぐる旅をするという事で彼女と約束していたのに、彼女は全くそのそぶりも見せません。思い切って「どうして約束していたライン川に沿っての旅に出ないの？」と聞くと「お金が無いんだよ。」と言い出してきました。僕は職があるので、給料もあるし休暇ももらってきているからせっかくのドイツで君の実家だけで過ごすのは嫌だと伝えると、ぷいと怒って黙りこんでしまったのです。どうにもなりませんでした。一週間もその家の中でご飯食べて、外へ散歩するだけの休暇では面白くもなんともありません。東京で良く彼女と同じ時期に留学に来ていたドイツ人の友達が訪ねて着てくれた時には</font></p><p><font size="3">もう「国際救助隊」が来てくれたくらいに思ったものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">彼らが来てくれて、ようやくボンや他の町を訪ねることができました。せっかくのドイツに来て、幽閉状態ではかわいそうだと思ってくれたのでしょう。ボンではベートーベンハウスなど観光地も見られて本当に有意義な時間を過ごせました。ドイツの印象は、工業などは発達しているけどファッションやデザイン性にはフランス、イタリアなどには太刀打ちできないくらい劣っているような気がしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">また、買い物へ「カウフハウス＝百貨店」に行った時のことです。沢山の商品が並んでいて、僕は冬物の暖かそうなジャンパーを購入しようとした時です。レジに行くと金髪の女性社員がいて、向かいのレジの金髪の女性社員とおしゃべりをしていました。僕は商品を差し出すと、一応受け取ってはくれましたが、ひきつづきおしゃべりの継続です。ちょっとムカっとした顔をしましたが、そんなこと気にしません。「ごぼん！」とわざとらしく咳をしてみました。ようやく嫌々ながらレジを打ち込み、商品を大きなコンビニ袋に入れてくれて手渡してくれました。それも向かいの同僚社員に話をしながらです。「ありがとうございました。」なんて言葉はありませんでした。これがドイツでは普通らしいです。これじゃあ売り上げなんかあがるわけがないと思いましたね。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11510444655.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Apr 2013 10:25:31 +0900</pubDate>
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<title>スペインの思い出（３）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">ナチョウという友人がいます。彼はプレイボーイの典型で気に入った女性を見たら速攻で口説きます。また、くどかれた女性は簡単にナチョウになついてしまいます。どんな媚薬でも持っているのかとききたくなるくらい彼は女性ハンティングにはたけていました。英国の英語学校で彼はトラブルにまきこまれました。</font></p><p><font size="3">しかも彼は何度も渡英して同じ英語学校に通って英語をブラッシュアップしていたのです。ここが彼のちょっと浅はかなところ。なぜなら、同じ学校の中で難破を続けていたことが仇になったからです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ナチョウは僕と学校内で出会う二年前にも同じ学校でスイス人のガールフレンドを作っていました。もちろん、ヨーロピアンは何人とか気にしません。ヨーロッパ人の感覚はほぼ同じと思っているのでしょう。同じ大陸に国境が設定してあって、ちょっと違う言葉を話しているくらいのもの。ナチョウはスイス人の綺麗なガールフレンドを学校内で作っていたのです。もちろんヨーロッパの英語留学の学生たちは「短期間留学」です。長くても１年間くらいでしょう。英国は彼らにとっては短距離でいける英語留学の地であり、帰国も楽なわけです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ナチョウが僕と会った時にはスイス人のガールフレンドがいることは教えてくれませんでした。というより、そのスイス人の彼女のことなんかぜーんぜん覚えてないよ的な表情でしたから、それより当たらしいガールフレンドつくりにせっせと活動をしていましたね。そしてできたのがイタリア人のガールフレンド。どの国の女の子もあまい言葉にはよわいのは同じなようで、ナチョウは褒め殺しよりももっと女の子を天国へ導くフレーズを使って、あっというまに極楽へ連れて行くらしいです。簡単にイタリア人の女の子はナチョウの腕の中へ落ちて行きました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ナチョウが血相を変えて僕のホストファミリーの家に電話をかけてきました。</font></p><p><font size="3">「なんだ。ナチョウ、声がうわずってるぞ。」</font></p><p><font size="3">「それどころじゃあないよ。スイスのガールフレンドが英国へ来るっていうんだ。」</font></p><p><font size="3">「あれ？スイス人のガールフレンドっていたの？どこに住んでるの？」</font></p><p><font size="3">「馬鹿いってんじゃあないよ。スイス人だからスイスからやってくるんだよ。」</font></p><p><font size="3">「だってお前今イタリア人のあの子とつきあってるじゃん。」</font></p><p><font size="3">「だからお前にそのことで相談しているんだよ。どうしたら良いか。俺どっかへ雲隠れしたいんだけど。」</font></p><p><font size="3">「あ、お前、そのスイス人の女の子と関係あったんだろ？」</font></p><p><font size="3">「お前、恋愛して肉体関係ないほうがおかしいだろ。」</font></p><p><font size="3">「あ～俺知らないよ。こりゃあ痴情のもつれになるぞ。」</font></p><p><font size="3">「なあ、どうしたら良いと思う？お前ならどうする？お前もけっこうヨーロッパ女性にもててるじゃないか。」</font></p><p><font size="3">「俺は仲よくおつきあいさせてもらってるだけ。フレンドリーにお話だけしているし節度のあるつきあいだもの。お前とは全く違う。」</font></p><p><font size="3">「お前、そんなんで良く我慢できるな。目の前に素敵な女性がいて、性的興奮ないのか？それは逆に女性に失礼じゃあないか。俺だったら口説いてる。」</font></p><p><font size="3">「口説いたあげくが地獄のサンドイッチになったわけか。俺だったら、正直に今のお前の現状をスイスのガールフレンドに伝えて、髪を丸坊主にする。」</font></p><p><font size="3">「そんなことしたら、女の子に敬遠されちゃうじゃあないか。」</font></p><p><font size="3">「お前この後に及んでそんなこと考えてるの？馬鹿じゃあないか。それでいつスイス軍はやってくるんだ。」</font></p><p><font size="3">「すでに英国上陸したよ。」</font></p><p><font size="3">「えー！！ほんとかよ！」</font></p><p><font size="3">「時間がないんだ。どうしよう。」</font></p><p><font size="3">「お前どっちが好きなんだ？チーズフォンデューか？イタリアンピザか？はっきりしろ！」</font></p><p><font size="3">「できればどっちも混ぜて食べたい（笑）」</font></p><p><font size="3">「馬鹿か。とにかくどっちも同じくらい好きってわけじゃあないだろ。だったら英国滞在している今はスイスの方に気がなかったんだから、お前スイスにあやまれ。これは国際問題なんだぞ。スペインの国民を代表してスイスにあやまれ！」</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ナチョウは結局、全てをスイス人のガールフレンドに話し、そしてスイスの女の子は怒りに怒ってナチョウの顔を５，６発殴って帰国についたらしい。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そのナチョウとマドリッドで再開した。ナチョウはスペイン人のこげ茶の髪をした新たなガールフレンドを紹介してくれた。この男は「だっこちゃん」だと思った。だっこちゃんとは１９６０年代前半にはやったビニールのふくらまし人形のおもちゃで、腕にくっつけて歩くものだった。ナチョウはいつも女の子の腕にからみついているから、スパニッシュだっこちゃんと心の中で彼のことをそう呼んでいた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">彼が誘ってくれたのは「トロ」である。寿司やにさそわれたわけじゃあない。スペイン語で闘牛のこと。トロはスペインでも人気のスポーツ。一度は見ておく必要があるなと思っていたら結構入場料が高い。だが誘ったのはナチョウ。ナチョウは「おい。お前はここへは二度と来れないかもしれないから、ここは俺が払う。もし俺が日本へ行ったら相撲を見に連れて行ってくれ。」とナチョウがトロを招待してくれたのだった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この日のトロは超満員。闘牛も迫力満点。６００キロ級の牛がものすごい勢いでマタドール（闘牛士）に向かってくる。その迫力は実際に見ないとわからないだろう。ナチョウが僕にこういった。</font></p><p><font size="3">「こくれだけ沢山の観客がいるけど、日本人観光客ってすぐわかるんだよ。」</font></p><p><font size="3">「どうして？」</font></p><p><font size="3">「あのな大体二頭目の牛がマタドールに首のところを剣で刺されて絶命するだろ。そのころ、頭の毛の黒い背丈の低い連中がごそごそと帰り支度はじめて席を離れ、すごすごと一列を作って帰って行く。それが日本人観光客なんだよ。」</font></p><p><font size="3">「へぇ～。良く知ってるな。」</font></p><p><font size="3">「だけど、お前はすごいな。」</font></p><p><font size="3">「何がすごいの？」</font></p><p><font size="3">「だって今もう５頭の牛がお前の目の前で殺されても、お前平気で見てるじゃあないか？」</font></p><p><font size="3">「別にすごくもなんともない。一生に一度しか見られないと思って見てるだけさ。」</font></p><p><font size="3">「そこがすごいんだよ。一生に一度って決めちゃってるところが。」</font></p><p><font size="3">「へえ。そんなもんかなぁ。」</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">トロは６頭の牛を全て絶命させて終わった。もちろんその帰りにステーキが食べられなかった私はやはり日本人であった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11506100826.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Apr 2013 16:30:31 +0900</pubDate>
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<title>スペインの思い出（２）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">スペインではたまげることばかりでした。イギリスの英語学校で知り合ったスペイン人男性とマドリッドの地下鉄で偶然出くわしたのですが、彼にお酒を飲みに行こうと言われて、マドリッドの中心街にあるバル（バー）で待ち合わせることになりました。電車で来たの？と問うと車で来たと言われて、帰りはどうするのかと聞いたら車で帰るというので大丈夫？と言ったらただにっこり笑って大丈夫だといわれました。びっくりです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">イースターの時期にスペインに来ると、もう町中宗教色一色です。祭りの山車みたいなものの上にキリストやマリアの人形が物語りの一シーンを表現していて、そういうものを大勢の人間が街中を引っ張って練り歩くのです。こういう山車のオンパレードをそこらじゅうで見ることができます。宗教心の薄い僕は「素晴らしいでしょ。綺麗でしょ。こういうの好き？」とスペイン人に利かれて「ええ、まあ。」くらいにしか返事ができませんでした。ただ、全てイエスキリスト関係のものが次から次へ出てくるので、本音はうんざりでした。なぜなら宗教に興味が無いのと仏教徒（といっても葬式と法事くらいのものです）だから、キリストへの忠誠心みたいなものが無い自分には味気ないものとして目に映ったからです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">英国で友達になったスペイン人の女の子が夜１０時過ぎに僕が泊めて頂いていたミゲールのお姉さんチャロのアパートに来て、夜パレードを見に行こうと誘いに来た時です。僕は内心、つまらないなあと思いながらも友人の気持ちを思って出かけることにしたのでした。キリストとマリアのオンパレードで、辟易しましたがなんとか時間も午前２時を回って帰宅できることになりました。しかし、夜道が暗くてどの道を通って帰れば良いのかが分からず、中学生らしき三人組が同じ道の方向に行くというので、連れて行ってもらえるかと尋ねると了解してくれたようでいついていくと、真っ暗な道で彼らが止まるではありませんか。そして私の方に振り向いて手を出して「マネー。マネー」と言い始めました。そして私に殴りかかろうとしてこぶしを作り構えるではありませんか。私は大学時代空手部だったので、空手の組み手の姿勢を作り対応しようとしました。すると、日本人は皆武道とか護身術に長けてると考えているのでしょうか、びびって逃げて行っちゃいました。しかし、その後ものすごい時間かかってチャロのアパートへ戻ったのは言うまでもありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スペインの思い出（３）に続きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11504549611.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Apr 2013 09:43:36 +0900</pubDate>
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<title>スペインの思い出（１）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">スペインには春のイースターの時に３週間マドリッドとセビリアに滞在したことがあります。その時は英国の語学学校で知り合った友人ミゲールの母親の家（マドリッド）に泊めさせて頂いて、本当に良くしてもらいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スペインではびっくり発見ばかりでした。まずマドリッドの飛行場を降りたらミゲールが車で迎えに来てくれていて、直行で彼の母親の家に連れて行ってくれるかと思いきや、彼はちょこっと変な人気が少ない所で車を止めたのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">すると３人くらいのセクシーな金髪、茶髪の女性がなまめかしく歩きながら車に近寄ってくるのです。何かと思いミゲールに「おい。この女たちなんだよ？」って聞いてみると「まあ、ここからが面白いんだよ。」と言って、車のウインドウを開けるのです。そうしたら僕の座っている助手席に金髪の女性が近寄ってきてウインクをし始めました。さらに上着の前ボタンがついたベストを着ていたのをおもむろに僕の目の前で開いたのです。見えたのは女性のバストで、そんなことをする日本の女性を見たことが無かったからぶったまげました。それで他にいた女性も上半身裸で僕の座っている助手席側に来るではありませんか。僕はミゲールに「おい！お前、なんてところへ連れてきてくれるんだ。早くお前の家につれていけ！」と少々興奮気味にどなったのを覚えてます。ミゲールは笑いながら、僕のいう事をきいて車を再度発進させました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">少しばかりたってミゲールがこういうのです。「おい。あの女性たち、どんな女性たちか知ってるか？」僕は彼の質問の意味がわからず「え？どんな女性って？娼婦じゃあないのか？」</font></p><p><font size="3">「たんなる娼婦じゃあないんだ。」</font></p><p><font size="3">「じゃあ、どんな娼婦だ？」</font></p><p><font size="3">「実はな・・・・・。」</font></p><p><font size="3">ミゲールは笑いを抑えながらおもむろにこういったのです。</font></p><p><font size="3">「あの連中は元男だったんだよ！わははははは」</font></p><p><font size="3">びっくりしました。顔も身体も完全に女性でした。ヨーロッパでは性転換する人たちも多くいると聞いてはいましたが、これほどまで完全な女性になった元男性を見たのは初めてでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ミゲールの母親の家は大きな５LDKくらいのマンションで快適に過ごせました。到着して僕はすぐに眠気が襲ってきてミゲールの兄のぺぺの部屋を借りて寝ることになりました。相当疲れていたようです。僕は５時から１０時くらいまで熟睡していました。１０時ちょっとすぎた頃にミゲールがドアをノックして起きろと怒鳴ってきたので、朝だと勘違いしました。</font></p><p><font size="3">「食事だ！」と彼は僕に言いました。</font></p><p><font size="3">「え、朝食か。わ、俺相当な時間寝ちゃったんだな。」と言うと、実際には夜の１０時ちょっと過ぎだったのです。</font></p><p><font size="3">「これから夕食だよ。」</font></p><p><font size="3">「え！夕食午後１０時に食べるの？」</font></p><p><font size="3">「スペインじゃあ当たり前の時間だぞ。」</font></p><p><font size="3">僕は前知識が無かったのでびっくりしました。</font></p><p><font size="3">「イギリスだったらもうパブで飲み終わって家路につく連中がいっぱいって頃だぞ。」</font></p><p><font size="3">「イギリスみたいにつまんない国に長くいると人生の楽しさがわからなくなっちゃうんだよ。さあ、テーブルについて食べた食べた。どうせ、まずいものしか普段食べてないんだからさ。」</font></p><p><font size="3">まあ、こんな時間に良く胃袋が活動できるなと言う感じでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">夕食が済んだら、もうベッドへ向かって寝るだけだろうと思っていたのは大間違いでした。「これから町に繰り出して飲みに行くぞ。」とミゲールは言います。</font></p><p><font size="3">「おい。お前明日仕事だろ？」と聞き返すと「そんなの明日のことは誰が決めるんだ。楽しむほうが先だ。ほら支度して。外へ繰り出すぞ。」</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スペインの思い出（２）に続きます。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11504101373.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Apr 2013 17:39:48 +0900</pubDate>
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<title>FRANCEの思い出（４)</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">４度目のフランスはシャルルドゴールエアポートで知り合ったあるフランス人の若い女性との出会いです。彼女はセシールといってパリのソルボンヌ大学の学生でした。美術館の芸術員を目指していました。パリジェンヌという事で気取らず、非常に気さくな人でした。たまたま僕が空港で時間を彼女に聞いたところから話が続いて、現在も友人の一人としてFacebookで交流があります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">彼女に会った時は僕も彼女もトランジットの飛行機待ちで、スウェーデンへ行くところでした。彼女はスウェーデン人女性の友人がペンパルでいて、その人の家に泊まりに行くと説明してくれました。僕は一人旅だったので、まずは首都ストックホルムへ行って町を散策してくると伝えました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">彼女とはスウェーデンのエアポートまで一緒でしたが、飛行機を降りてからは互いの住所を交換して分かれました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その一年後の夏に僕はセシールを訪ねることになります。なぜなら、彼女は日本に興味があり、僕との文通を続けていたのも理由で渡仏となったのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">パリではカルチェラタン（学生街）のカフェやエッフェル塔、凱旋門やポンピドーセンターなど色々回ってくれて、メインの美術館巡りはルーブルよりもオルセー美術館に時間をたっぷりとったのが良かったです。オルセーは鉄道の駅舎を改造して作った美術館で、多くの美術絵画がところせましと展示されていて飽きることがありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">楽しい時間ばかりではありませんでした。これは悲しい思い出です。</font></p><p><font size="3">実は彼女のアパートへ招かれた時でした。彼女は友達とルームシェアをしていたのです。彼女の友人は毛のふさふさした猫を１匹飼っていて、彼女も可愛がっていました。彼女の部屋はアパートの８階くらいのところで、当時彼女はエアコンを持っていなかったので、窓を開けていたのです。それが後悔につながってしまいました。なぜなら、飼っていた可愛い猫があいていた窓から地上へ落ちてしまったのです。彼女は泣きました。猫は即死ではありませんでした。獣医に来てもらって診断を受けて「もう助かりようが無い」と言うことで、猫を安楽死させるための注射を打ちました。その注射剤のビンがテーブルにおかれていたのを見たときにはつらかったです。彼女は自分を「私が猫を殺したんだ。」と言って「今夜は悪いけど帰って」と言い、僕は彼女のアパートを後にしてホテルへ戻ったのを今でも記憶しています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">思い起こせば１４年前です。時の経つのは早いもの。２年前にFacebookの友達検索機能を使って彼女を見つけて連絡がついたのはとても嬉しかったです。</font></p><p><font size="3">来年、フランスへ再度行く予定にしています。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11503861528.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Apr 2013 09:46:48 +0900</pubDate>
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<title>FRANCEの思い出（３）</title>
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<![CDATA[ <p>３度目のフランス旅行は姉が英国へ遊びに来た時です。僕の生活ものぞいて来いと親にいわれたのでしょうね、じろじろと部屋などを見回していました。僕のいた町からロンドンまでコーチで２時間半の場所で、ロンドンへ行ったら、お互いにかないのストレスがたまっていて、しょっちゅう口喧嘩をしていたように記憶しています。</p><br><p>フランスとスイス、イタリアを回って最後に英国へ戻る形で１週間くらいだったでしょうか。これほど長いこと姉とどこかへ旅行したのは生まれて初めてでした。英国にいるときよりフランスでの滞在の方がホテルに泊まったので僕も神経が疲れたのをおぼえています。</p><br><p>実際にリヨン駅からタクシーを取る時だったと思います。僕と姉はタクシー待ちの列の相当後ろにいました。すると列の前の方の人たちが急に横は入りのように動いたのが見えました。「あ、ずるいな」とは思ったのですが、こちらも貴重な時間を費やしているので同じように横は入りの集団と一緒の行動をとった矢先のことです。フランス語でけたたましく批難されました。それでまた一番後ろに逆戻り。姉が烈火のごとく怒ったのは言うまでもありません。</p><br><p>やっとのことでタクシーに乗りましたが、お冠の姉の機嫌は治りません。姉がタクシーに乗る前に「領収書をもらってくれ」と言っていたので領収書の単語だけをしらべておいたのですが、勝気な性格の姉ですから自分でそれをやろうとしてました。タクシーの運転手さんは、短気そうなおじさんでしたが外国人観光客である僕ら姉弟のこのもたもたするのをいらつきながらも待ってくれました。僕はいきなり「ルシュ・シルブプレ」と言ってみたのです。そうしたらさっと領収書を運転手が渡してくれました。思いきりがよくなっていたのは英語を毎日話さなければならない状況下に自分の身をおいたからでしょう。姉も怒ってましたが、いきなり領収書をもらえたのでびっくりしていたようです。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11503458503.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Apr 2013 19:15:20 +0900</pubDate>
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<title>FRANCEの思い出（２）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">フランス人とおつきあいをするようになったのは英国留学をした１９８９年からでした。現地の英語学校で友達になった金髪でアフロヘアーのソフィーと言う女の子が一番最初のフランス人の友人でした。やはり日本に住んでいると外国人の友人を作ると言うのは今の時代と違って東京に住んでいても無に近いと言えました。だから学校で彼女と会って話した時には、すごいフレンドリーだなって思った次第です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ヨーロッパの女性は本当に話しがしやすいです。むしろ異性とか同性とか意識しないし、近くにいる人たちとすぐに話しができて「壁」を感じません。むしろ、日本人の異性の方が友人になるには「はじめましての壁」を乗り越えるのが難しいと当時は痛感したものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ソフィーの住んでいたホストファミリーもオープンな家族で、僕のように３０歳近くの男性が下宿している女学生を訪ねても何ら変な顔もせずフレンドリーな対応をしてくれました。大きな家でした。彼女を訪ねるのが本当に楽しかったのを未だに覚えてます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その彼女が英語学校を去り帰国をすることになって最後のスクールパーティの席で彼女のフランスの実家のアドレスと電話番号をくれたので夏休みに入ったらヨーロッパの諸国をクラスメートや学校が一緒だった各国の学生の家を訪ねて行こうと計画したのです。とても楽しい旅になりましたが、忘れられないエピソードも沢山あります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">フランスへ渡るのには英国からコーチ（英国ではバスのことを幌馬車にたとえてコーチと呼びます）でドーバーからイングリッシュ海峡をフェリーで渡り、フランス側の港町カレーという（ロダンの彫刻＃カレーの市民”でも有名な町）ところでフランスのコーチに乗り換えてパリを目指します。パリからは電車でアルザスという田舎町にソフィーの実家があるので、そこでアンダー２６というヨーロッパが一周できる切符を買おうとしクレジットカードを出して窓口で尋ねたら「この切符はクレジットカードは使えない。」と言われて仕方なくアルザスまでの電車賃は現金で買ったのでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その話をソフィーの家ですると、彼女は「そんなおかしな話は聞いたことが無い。」と僕より憤慨して次の日にその切符を購入してくれました。僕は安全にいくつかのヨーロッパ諸国を通り抜けて快適な旅ができたのも彼女のおかげです。フランス人はちょっととっつき憎いとか言う人たちもいますが、それは一部の人たちでやはり人間腹を割って話をし、常識を持って接すれば必ず友好関係が結べると思います。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11503294785.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Apr 2013 12:41:11 +0900</pubDate>
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<title>FRANCEの思い出（１）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">海外へ良く出かけていくようになってフランスと言う国がこれほど自分にとって身近な国になるとは予想もしていませんでした。フランスと言うとパリしかしらなかったほど興味が薄い国だったのですが、実際に４回も行くことになるとは思ってもいませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">最初にフランスへ滞在したのはヨーロッパツアーに参加した１９８７年、僕が２７歳の時です。パリの滞在だけだったのですが、この２泊３日はハプニングだらけで未だに忘れられない滞在となりました。それは、モンマルトルで夕食を楽しんだ後にバスでホテルまで帰ることになっていたのです。ここでハプニングが起こりました・ツアーに参加されていた新婚旅行のカップルの１組のご主人がレストランから戻ってこないことが判明したのです。いくら待っても彼は戻ってきませんでした。添乗員の女性も心配になってホテルへ電話をかけて彼が単独で戻った可能性があるのかを確かめましたが、戻った形跡はありませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私たちは治安の悪いモンマルトルの丘にバスを止めて彼の戻ることを期待しました。しかし２時間待っても帰って来ませんでした。しかたなく、私たちはバスでホテルに戻ったのです。バスがホテルに到着した時に驚いたことに、この男性はバスよりちょっと前にホテルに到着して部屋でくつろいでいたと言うのです。僕ら２０代の男性はものすごく腹がたちました。新妻を置いて、何も告げずただひたすらホテルに向かって途中どうしても通り抜けなければならない墓場を通って一人で暗い夜道をひたすら歩き続けたそうです。新婚の奥さんに連絡もせず単独行動を取り、周りにいる人たちを巻き添えにしたこの男性はどういう人生を今送っているのでしょうか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この時に思ったのは「こんな無責任な男でも結婚する女性がいるんだ。」ということです。人間「人を見る目が無い」と言う方が沢山います。この方を夫に選んだこの女性の人生に不安を覚えたのは私だけではありますまい。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">次の日の朝にホテルのレストランで朝食を食べる際に、この男性がツアー参加者の皆さんに白い目で見られていたのは言うまでもありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">やはり旅行へ出かけたら楽しい思い出が欲しいですよね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">次の日にもハプニングが起こりました。最後の日の夜でしたからムーランルージュと言うキャバレー（キャバレーと言っても日本の安っぽいそれとは違ってエンターテイメントのナイトクラブです）に一人１万円で行けると添乗員さんから言われて参加者を募りました。６人くらいのツアー参加者がムーランルージュへ行くことになり、本場のカンカンダンスやマジックなどを見て楽しんだのを覚えています。ショーが全て終了し、ホテルへ戻り自分のルームへ。少しの時間が経ちました。</font></p><br><p><font size="3">添乗員の女性が私の部屋に来て「困ったことが発生した。」と言うではありませんか。私の隣の部屋に滞在していたツアー参加者の方（高齢者）が夜中なのにホテルにもどってきていないということでした。参加者の中に彼を見たという人がいて、</font></p><p><font size="3">ブローニュの森にビデオカメラを持って歩いているのを見たとのこと。しかし、フランス語もできない日本人の高齢者が夜更けに歩いているなんて、しかもブローニュの森は昼間と夜では違う顔を見せると言います。夜は娼婦ややくざものが沢山うろついていて、老人がそんなところをうろうろしていたら襲われて金品を取られてしまうのが関の山。添乗員は日本の事務所へ電話連絡をいれたり、その高齢者の方の自宅へ電話をいれたりして情報を確保して対策を練りました。どのくらいの時間だったでしょうか。おそらく午前４時頃です。日本から電話が添乗員に入ってきて、違う日本のヨーロッパツアーのホテルに滞在しているので、迎えに行って欲しいとの話でした。添乗員の女性一人では何かあったら危ないと思い、私と私と同部屋の大学の卒業旅行でツアーに参加していたK君も一緒にホテルまで同行したのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">高齢のツアー参加者は無事でした。しかし、朝５時まで起きるはめになり帰国便の飛行機の中では大いびきをかいたのは間違いありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">これが最初のフランスでのハプニングでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kinks2951/entry-11503167883.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Apr 2013 09:39:27 +0900</pubDate>
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