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<title>キリスト教徒のブログ</title>
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<description>聖書に関わる記事を今後、本格的に書いていこうと思います。感謝を中心としたことや、神学で学んだことなどです。教派によって様々ですが、カトリックでもプロテスタントでもない私の立ち位置で、書かせていただこうと思います。</description>
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<title>愛と寛容を持った人間関係の築き方</title>
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<![CDATA[ <p>愛と寛容を持った人間関係を築くことは、相手を尊重し、信頼関係を深めるために非常に重要な要素です。これらの要素が欠けていると、人間関係は壊れてしまうことがあります。以下では、愛と寛容を持った人間関係を築くためのポイントを紹介します。<br><br>まず、相手に対して思いやりを持つことが重要です。相手が話したいことに耳を傾け、共感することができるようになることで、相手との信頼関係が深まります。また、自分が思っていることを相手に伝えることも大切です。自分の気持ちを相手に伝えることで、相手も自分を理解し、信頼することができます。<br><br>次に、相手を尊重することが大切です。相手の意見や考え方を尊重し、受け入れることができるようになることで、相手との対話が深まり、信頼関係が築かれます。また、相手を批判したり、攻撃したりすることは避けるようにしましょう。相手に対して尊重を示すことで、相手も自分を尊重し、良好な人間関係を築くことができます。<br><br>また、コミュニケーションを円滑にすることも重要です。相手の意見に対して、自分がどのように感じたのかを明確に伝えることが大切です。また、相手の意見に質問を投げかけ、相手との対話を深めることもできます。こうすることで、相手との信頼関係が深まり、良好な人間関係を築くことができます。<br><br>また、自分自身も愛と寛容を持つことが大切です。自分自身が愛と寛容を持っていることで、相手も自分を尊重し、愛と寛容を持った人間関係を築くことができます。自分自身が愛と寛容を持つことで、相手にも同じような態度で接することができるようになります。<br><br>最後に、相手に対して感謝の気持ちを持つことも重要です。相手との関係が良好であることに感謝し、相手に対して感謝の言葉が大切です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12789598169.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Feb 2023 17:42:52 +0900</pubDate>
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<title>感謝の祈りの力</title>
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<![CDATA[ <p>１６２０年清教徒１０２名が、信仰の自由を求めて、<br>新大陸に向かって旅立った。しかし、新大陸に上陸して<br>１年もたたないうちに、半数以上が飢えと病で死んで<br>いった。彼らは、断食祈祷を宣言し、神様に切に求めた。<br>「私たちが、神様の前に麻の服を着て断食しながら切に<br>呼び求めたなら、神様は必ず答えてくださる」<br><br>そのように、互いに励まし合いながら断食祈祷をして<br>話し合っているところに、ある人がこう提案した。<br><br>「私たちが、困難に遭うたびに断食祈祷をするのは、<br>神様に不平を言っているようなものです。たとえ食料<br>が不足し、病と闘わなければならなかったとしても、私<br>たちには信仰の自由であり、政治的な自由があります。<br>ですから、断食祈祷をささげてはどうでしょうか？」<br><br>この提案を受けて始まった収穫感謝祭が、今日のアメリカ<br>を作り上げる原動力となったのである。<br><br>１１月６日(日）<br>一生感謝３６５日<br>ジョン.クゥアン著<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12773075212.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Nov 2022 07:58:15 +0900</pubDate>
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<title>感謝の水素爆弾</title>
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<![CDATA[ <p>ソン.ヤンウォン牧師は「愛の原子爆弾」と呼ばれて<br>いるが、それ以前に、「感謝の水素爆弾」であった。彼<br>は、2人の息子の葬式の時でさえ感謝をし、多くの人々<br>を驚かせた。どれほど大きな恵みと悟りを得れば、息<br>子の死を前に感謝できるのだろうか。<br><br><br>普段から感謝出来ない人が、ある日突然大きな感謝を<br>ささげることはできない。普段、小さなことに感謝する<br>人だけが、困難の時に感謝をささげることができる<br>のである。私はソン牧師の説教集を見て、彼こそ本物<br>の感謝を悟った人であると思った。そして、彼の最初<br>の感謝に関する説教を読んで衝撃を受けた。<br><br><br>水を飲みながら感謝せよ。<br>息をしながら感謝せよ。<br>日光を下さる恵みを感謝せよ。<br>土地が与えられている恵みに感謝せよ。<br>死に至る罪から救われた恵みに感謝せよ。<br>今までいのちが与えられている恵みに感謝せよ。<br>永遠のいのちの国を保証されていることを感謝せよ。<br><br><br><br>彼の感謝を読むと、神様はすでに私たちの必要をすべて<br>満たしてくださっているということがわかる。<br>水、空気、日光、土地などは私たちに必要不可欠だが、<br>私たちの努力では得ることができない。神様が最初から<br>与えてくださっている贈り物である。このように神様は、<br>私たちの肉体的な必要、霊的な必要をすべて満たしてくだ<br>さっている。だから私たちは、与えられている祝福を数えて<br>感謝すれば良いのである。<br><br>感謝は祝福を受ける器である。感謝の器を広げる時、<br>すべてのことが満たされるであろう。<br><br>一生感謝365日<br>ジョン.クゥアン著<br>10月24日<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12770925739.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2022 06:49:09 +0900</pubDate>
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<title>あなたと同じ目を</title>
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<![CDATA[ <p>19:41 エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、<br>19:42 言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。<br>しかし今は、それがお前には見えない。(ルカによる福音書)<br><br><br>主よ、私たちの視野を広げて、あなたと同じ日で<br>世界を見ることができるようにしてください。<br><br>地球上の罪をあなたが悲しむように、私たちも悲しむ<br>ことができますように、世界の飢餓にあなたが涙す<br>るように、私たちも泣くことができますように。<br><br><br>人や自然をあなたのように思いやることができるように、<br>私たちにもあなたの目を与えてください。<br><br><br>10月24日<br><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12770924291.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Oct 2022 06:29:58 +0900</pubDate>
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<title>愛の契約</title>
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<![CDATA[ <p>32:38 彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。<br>(エレミア32章38節)<br><br><br>人を造られた神は、「あなたは私の民、私はあなた<br>の神」と私たちに請け合ってくださいます。<br><br>この保証は、神の一時的な感情によるものではあり<br>ません。私たちが完璧であるがゆえに与えられるもの<br>でもありません。神が人を結んでくださった。愛の契約<br>に基づくものです。<br><br>ひと時の黙想<br>主と歩む365日<br>10月22日（大安）<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12770681620.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Oct 2022 17:28:45 +0900</pubDate>
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<title>最後の招き</title>
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<![CDATA[ <p>11:28 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。<br>(マタイによる福音書)<br><br><br>主イエスは大きく息を吸い、疲れた顔をした人々の<br>方を振り向きます。農家の人、子育て中の人、会社員。<br>皆、主がお話しになるのを聞きに集まって来ました。<br>主はこの人たちを。「私のもとに来なさい」と招かれま<br>した。これが主の「最後の招き」でした。<br><br>10月15日 黙想</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12769517295.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Oct 2022 15:23:59 +0900</pubDate>
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<title>特別な肥料</title>
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<![CDATA[ <p>ある人が、誰も手をつけない、人里離れた田舎の不毛<br>の地に種を蒔き、水をあげていた。そこは石が多く、<br>雑草が生い茂っている土地だったため、それを見た人は、<br>「頭がおかしいじゃないか。あんなところに穀物が育つ<br>わけがない」とばかにした。<br><br>ところが何年か後、そこで驚くべきことが起こった。<br>その土地で他の土地より多くの穀物が育ち、しかも実も<br>一様にしっかりしていたのだ。そのことを知った人々は<br>とても、驚いて彼に尋ねた。<br><br>「いったいどんな特別な肥料を使ったのかい」<br>この質問に彼は、笑いながら答えた。<br><br>「特別な肥料を使っていません。私はただ、『感謝し<br>ます。このような土地でも私に与えてくださり感謝し<br>ます』と言いながら、一生懸命いただけです」<br><br>一生感謝365日<br>ジョン.クゥアン著<br>10月14日<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12769326671.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Oct 2022 11:55:56 +0900</pubDate>
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<title>ただ主を信じて</title>
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<![CDATA[ <p>94:18　「足がよろめく」とわたしが言ったとき／主よ、あなたの慈しみが支えてくれました。<br>94:19　わたしの胸が思い煩いに占められたとき／あなたの慰めが／わたしの魂の楽しみとなりました。<br>(詩編)<br><br>思い煩ってよい結果になったことがありますか。<br>心配は私たちの思いを乱し、初志貫徹(しょしかんてつ)を妨げます。<br>何か心配な問題があるなら、ただ主に信頼し、すべきことを<br>するのみです。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12769299236.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Oct 2022 08:21:58 +0900</pubDate>
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<title>感謝の力</title>
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<![CDATA[ <p>中国で長い間宣教の働きをしていたヘンリー.ブロス<br>トというアメリカ人宣教師がいた。彼は、宣教の働き<br>の中でつらかった瞬間をこのように告白している。<br><br>「長い間、中国で宣教していたある日、故郷から悲し<br>い知らせが届いた、私の魂に思い影がかかり、いくら<br>祈っても暗闇の影は消えなかった」<br><br>ところが、ある日宣教本部に寄ったところ、本部の<br>壁に書かれていた「感謝してみなさい」という文字<br>が心に留まったという。彼はこのように証ししている。<br><br>「その時から、神様に感謝をささげ始めた。すると、<br>時間は退き、私の魂に光が差し始めたのである」<br><br>感謝は悪魔を追い出し、私たちの人生の暗闇を消し、<br>光を照らす大きな原動力となる。感謝は、神様を私た<br>ちの人生の中にお迎えする通路である。感謝は、敗北<br>の人生を勝利の人生へと変えるのである。<br><br>一生感謝３６５日<br>ジョン.クゥアン著<br>10月3日<br>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12767361228.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Oct 2022 11:30:00 +0900</pubDate>
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<title>日蓮正宗は差別主義である</title>
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<![CDATA[ <p>某サイトでヨハネによる福音書を引用し、次のようなことが書かれている。</p><p>その前にヨハネによる福音書の問題になった箇所を全文引用する。</p><p>&nbsp;</p><p>9:1 さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。<br>9:2 弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」<br>9:3 イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。<br>9:4 わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。<br>9:5 わたしは、世にいる間、世の光である。」<br>9:6 こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。<br>9:7 そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。(ヨハネによる福音書９章１節から７節まで)新共同訳聖書 旧約続編付より</p><p>&nbsp;</p><p>まず日蓮正宗 法華講の主張はこうである。</p><p><strong><em>&gt;「障害者が生まれるのは神の御業が現れる為」</em></strong>（新約聖書『ヨハネによる福音書』9:1-7）</p><p>&nbsp;</p><p>とあり、これは大きな誤りである。</p><p>&nbsp;</p><p>聖書では次のように語られる。</p><p>9:3 イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。</p><p>&nbsp;</p><p>前文をみればわかる通り、"本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。"とはっきりと書いてある。</p><p>キリストの教えがどう綺麗事なのか。</p><p>&nbsp;</p><p>罪によって、盲目者になったことではないと述べている。</p><p>後文で語られる"神の業がこの人に現れるためである。"とあるのは次のような解釈をいう。</p><p>&nbsp;</p><p>まずこの場面を見ればわかる通り、単数、複数で言えば、複数を現す。</p><p>業とはギリシア語ではエルガーと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>神々を単数的に一つ一つするならば、弱弱しい印象を抱くだろう。</p><p>しかしエルガーが複数により多くの神々が盲目者に働きかけ、奇跡を盲目者を信じた時に</p><p>この盲目者は既に奇跡を受け取った者、生まれ変わった者として、目が見えるようになるという</p><p>のは何ら不思議ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>我々、クリスチャンは社会活動を通じて、障害を持った方々、ご親族、ご本人のやりたいことを</p><p>ご本人の意のままの気持ちに寄り添い、お手伝いをする。</p><p>&nbsp;</p><p>そこに障碍者の心の変化が起こり、奇跡は起こると信じている。</p><p>誰もが変わることができる。神の愛である。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p>
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</description>
<link>https://ameblo.jp/kirie-gabriel111/entry-12766954201.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Sep 2022 10:45:33 +0900</pubDate>
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