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<title>ティーメールのブログ</title>
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<title>「コンサルティングと教育」</title>
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<![CDATA[ コンサルティングについての本を読んだ。これを読んで、コンサルティングと教育は本質的に同じものなのではないか、と考えた。<br><br>コンサルティングは現場力が大事。実際に現場を知り、現場から問題点をすくい上げ、そこから見えてきた問題点を解決する方法を考える。<br>現場にいかないと本質的な問題は見てこないのだ。<br>また、ここで大切なのは企業の人間と一緒に解決方法を考えることなのだそうだ。<br>コンサルティングは問題点を探り、その解決方法を提案するだけが仕事ではない。企業の人間がその気になってくれないと話にならないのだ。人はかなり感情的な生き物だ。いくら解決方法のロジックが通っていたところで、それだけでは説明相手の心を動かすことはできない。<br>相手の心を動かすには、その人のことを本気で考え、その人と共に悩むことが大切なのである。<br><br>これは教育にも当てはまることである。教師はただ自分の担当教科を教えるだけではだめだ。確かに、教え方が上手なのに越したことはない。しかし、ただ教え方が上手ければ生徒の成績が伸びるのかと言うとそうではない。1番大切なのは生徒をやる気にさせることである。生徒がやる気になり、自分で勉強をするようになって初めて成績は伸びるのだ。<br>生徒をやる気にさせるには、コンサルティングと同様に一人一人の生徒のことを真剣に考え、共に悩むことが大切だ。<br>生徒一人一人のことを真剣に考えるにはまず、その生徒をよく知らなければならない。その生徒をよく知るためには、現場(学校)で働いている必要がある。つまり、教師という仕事はそのかなりの部分がコンサルティングの仕事と質をおなじにしているのだ。<br>ここで一つの疑問が生まれる。学校の教師と予備校の教師とでは、本当に同じ教師と呼べるのであろうかということである。<br>学校の教師は実際に現場で働き、生徒と日々触れ合っているため、生徒のことをよく知っている。では予備校の教師はどうであろうか。大きな予備校の場合、一つの教室には数百人の生徒が入る。よく質問に来たりする生徒を除けば、予備校の教師は名前も知らない数百人の生徒を相手に授業をしていることになる。名前も知らないのだから当然、その子がどんな子なのかということも知るはずがない。実際、生徒の学習計画を立てているのは、予備校の社員である。社員のほうが日々生徒と触れ合っていふため、生徒のことをよく知っているのだ。しかし、社員も学校の教師には劣る。なにせ学校の教師は一日何時間もその生徒たちと生活をしているのだ。週に数回会う程度の予備校の社員とは知り得る情報量が違う。<br>予備校の教師は確かに教える技術に関して言えば、学校の教師よりも上かもしれないが、コンサルティングの面も含めて、教師という仕事を考えた場合、学校の教師にはかなわないのだ。<br><br>教育改革が叫ばれる昨今。本当に必要なのは現場からの声だ。その現場の声を1番知っているのは、そこで働いている教師だ。しかし、日本の教育改革は現場の声など全く知らないお役所や国会の方々が決めている。それではうまくいくはずがない。コンサルティング失敗である。本当に求められているのは、現場の声がより反映されるような仕組み作りであろう。<br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11208612751.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 23:17:26 +0900</pubDate>
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<title>「バスの中で」</title>
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<![CDATA[ アメリカホームステイ中、頻繁にバスを利用した。<br><br>その日も場所は忘れたが、あるところに向かうため、バスに乗っていた。<br>そこである印象的な光景を目にした。<br><br>一人中年のおばさんがネックレスをつけようとしていたが、なかなかうまくできないでいた。すると、となりに座っていた若い女性が「手伝いますよ」と言って、ネックレスをつけるのを手伝うのを買いでたのだ。<br><br>ネックレスはなかなかつかなかった。若い女性は次のバス停で降りなければいけなかったため、最終的にネックレスはつかずじまいだったのだが、私にはその光景がとても印象的であった。<br><br>アメリカは個人主義の国と言われる。確かに生活してみるとその通りな部分も多い。しかし、まだその個人主義には温かみのようなものが残っている気がする。日本の電車やバスの中で同じようにネックレスを付けられず困っている人がいたら、若者はそれを助けるのだろうか。いや、見て見ぬ振りをしてしまう人のほうが多いだろう。かく言う私も見て見ぬ振りをしてしまううちの一つである。現在の日本人は、それどころか電車内で堂々と化粧をしたり、携帯で通話をしたりと、まるで周りに人がいないかのように振る舞う人が多くなってきている。外国人が初めて日本の電車に乗って驚くことは、あまりに多くの日本人が携帯をいじっていることであるそうだ。<br><br>日本はもともと農耕民として、生活を営んできた。そこは人と人とのつながりが最重要しされる社会である。そのような社会の中で「言わぬが花」などの日本独特の文化が育まれてきた。一方、欧米社会はもともと狩猟民族であったため、日本ほど人々の共同体意識が大切にされることはなかった。現在のアメリカに見られるような個人主義のルーツはここにある。<br><br>しかし、明治維新とともに欧米の文化が日本に入ってくるようになった。そこには当然、個人主義などのような価値観も含まれていた。そして近年、新たなデバイスの普及や、核家族化、都市化などによって、急激に個人主義が推し進められた。<br>だが、考えてみると日本に個人主義の考え方が入ってきたのはせいぜい150年前。歴史はまだ浅い。そんな短時間で急速に推し進められた、個人主義は果たしてどのようなものなのか。日本人は緊密な共同体意識に基づいて、生活してきたというのは前述したとおりである。今まで、何千年とそのように生活してきた日本人が、個人主義による生活の仕方を身につけているはずがない。そのような状態から、個人主義を導入するには、本当ならば長い時間をかけて徐々に導入しなければならなかった。しかし日本はあまりに短い時間でそれを推し進めてしまったのである。その結果残ったのが、ゆがんだ形での個人主義である。欧米人は何千年と言う歴史の中で、個人主義の中にいかにして個人のつながりを残すのかというのを学んできた。それは今日のアメリカ社会の中にも残っている。しかし、日本にはそれを学ぶ時間がなかった。日本伝統の共同体的生活からある日突然解き放たれた日本人は、個人主義をまさにその名の通りの、個人主義として受け入れてしまったのだ。自分個人で生き、他人のことは考えない個人主義である。日本が共同体を重んじる社会であったからこそ、よりラディカルな形で個人主義を導入してしまったのだ。<br><br>これから日本人が考えなければならないのは、日本の伝統的な共同体意識と欧米の個人主義の価値観を、両方の個性を残しながら、うまく融合させる考え方ではなかろうか。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11207842272.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 08:33:47 +0900</pubDate>
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<title>「個人の絆」</title>
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<![CDATA[ とにかくロスの人は陽気であった。観光でなりたっている土地ということもあるのだろうが、ショッピングをするときも、食事をするときも、必ずと言っていいほど店員とは「Hi」の挨拶で始まる。それに続いて「How are you?」と聞かれる。そしてそこから会話が続いて行く。それは何も小さな個人商店の話ではない、スターバックスやターゲットなどチェーン展開している店やバスでも同様なのだ。同じ観光でなりたっているニューヨークともまた違う。日本では商店外などが大型スーパーの進出などによって廃れ、昔ながらの人々の付き合いがなくなったと言われる。確かに日本では大型店やチェーン店に行ったときに、店員と挨拶を交わすことはほとんどない。そんな日本人には見ず知らずの店員と挨拶をするのに最初は戸惑うが、やはり人と挨拶をするのは気持ちがいい。ロスでは店舗の大型化やチェーン化が進んでも人と人との繋がりは残っている。文化の違いと言ってしまえばそこまでだが、日本も見習うべき点があるのではないだろうか。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11206280912.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 18:19:59 +0900</pubDate>
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<title>「日米の会社」</title>
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<![CDATA[ 今日ワンダのオフィスに入れてもらった。話を聞いている限り、日本でいう広告代理店みたいな会社だろうか。そのオフィスにはいつくかの関連する会社が入っていた。そこで驚いたことがいくつかあった。一つは服装だ。日本の会社員は基本的にスーツを着ている。しかし、そのオフィスでは、見る限りスーツを来ている人はいない。みんな私服だ。かなりラフな格好で仕事をしていた。<br>２つ目は、犬を連れて来ている人がいたということだ。日本の企業でも、ペット関連の会社ならペット同伴可というところもあるが、この会社はメディア関連の会社だ。動物とは関係がない。しかし、そんな会社でもペットの同伴が認められているのだ。<br>３つ目は、出入りが自由であるということ。日本の会社では関係者以外が出入りするときは、必ず受付に行き、入館証の類を貰わなければならない。しかし、そのオフィスに入る時に私が入館証をもらう必要はなかった。完全なフリーパスだったのである。しかも、ワンダが自分のデスクに戻った後、関係者ではない私が、オフィスの中をうろつき、ソファーに座って雑誌を読み、カフェでコーヒーを飲んでいようと、誰からも咎められることはない。セキュリティー上どうなのかとも思ったが、これも象徴的な出来事であった。<br>４つ目は、オフィス内にバスケットコートがあったこと。バスケットコートの他にもプチ公園のようなところもあり、社員は自由にそこでくつろいだり、リフレッシュできるのだ。<br>最後は、オフィスが平屋作りであったこと。これはアメリカのオフィスというよりは、この会社の特徴なのかもしれない。しかし、土地のない日本では、建物を大きくしようとするときは、上に伸ばすしかない。しかし、この広いロスならば平屋作りにできるのだ。<br>これらを総合すると、アメリカの会社は実にフリー・自由であると言うことができると思う。<br>社員は自由に伸び伸びと働き、会社はそれを可能にする空間を提供しているのだ。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11206279797.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 18:18:33 +0900</pubDate>
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<title>「No,thank you」</title>
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<![CDATA[ <br>アメリカ人に何か質問されたときにはYesかNoかをはっきりとさせなければならない。これはよく言われることだが、今回の旅でもそれは感じた。<br>「何か飲み物いる？」ワンダに尋ねられ、私はいるという意味で、「Thank you!」と応えた。おそらくこれが日本人同士の会話ならば、私の応えは通じただろう。しかし、今回の空いてはアメリカ人。そうはいかなかった。「Thank you!」と応えた私に、ワンダは<br>「Yes,thank you? or No,thank you?」こう尋ねた。<br>こういうことか！<br>私は理解した。日本人なら読み取ってくれるであろう「ありがとう(いるよ)」の部分は、アメリカ人に対してはきちんと言葉にして言わないといけないのである。<br>ただ、日本人にとって、相手に面と向かってNoというのは、いささな気が引ける行為である。相手の善意を無下にしてしまう気がするからであろうか。<br>断るときに使う言葉「No thank you」<br>ただ、この言葉は日本では使われるときとアメリカで使われるときとでは、どうやらニュアンスが違うらしい。<br>日本で「ノーセンキュー」言うときは、なにか強い感じをともなう印象がある。「ノーセンキュー」一語で断りをいれているイメージだ。しかし、アメリカではこの「No thank you」はもっと柔らかな感じで使われているようだ。<br>「No」の部分は断りを表している。しかし、そのあとの「thank you」の部分で、「でも、気を遣ってくれてありがとう」という気持ちを表しているのだ。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11206276993.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 18:15:18 +0900</pubDate>
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<title>「Nice to meet you」</title>
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<![CDATA[ <br>日本人なら学校で英語を習うときに、はじめの方に習うこの言葉。私もこれを機会的に覚えていた。でもロスに来て、この言葉をよく耳にしたり、話したりしていると、実はこの言葉はとても良い言葉なのではないかと感じるようになった。「Nice to meet you」直訳すると、「あなたに会えてうれしいです」<br>アメリカでは初対面の人と会うと必ずこの言葉を言う。日本では「はじめまして」だが、「あなたに会えてうれしいです」というあたりがアメリカらしいし、素晴らしいと思う。自分に会えてうれしいと言われて、嫌な思いをする人は少ない。機会的なのかもしれないが、はじめて合うときに、この「Nice to meet you」を言うとその後の関係にもプラスの効果をもたらす気がする。<br><br>日本人にもこういうよい意味でのフランクさはあっていいきがする。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11206276105.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 18:12:13 +0900</pubDate>
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<title>「顧客満足度」</title>
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<![CDATA[ 成功する企業とは一体どのような企業なのだろうか？<br>この答えは単純だ。それはお客に多く支持される企業だ。お客に多く支持されれば、その分お客はその企業のためにお金を使ってくれる。そしてそれは企業の収益アップへと直結する。<br>だから単純に成功したければ、顧客満足度をアップさせる方法を考えれば良いということになる。<br>しかし、その顧客満足度を第1に考えられている企業はどのくらいあるのだろうか。<br><br>カンブリア宮殿。この番組には成功している企業の経営者が出演する。この番組を見続けていると、登場する経営者の発言に共通するものがあることに気がつく。それは、どの企業も顧客満足度を1番に考えているということである。その事業が儲かるかどうかではない。それが客のためになるのかを1番に考えているのだ。<br>「既存のものとの価値の差を考える。その差が大きければ、顧客満足度はアップする」<br>CCC社長の増田さんはこう言った。<br>客のことを1番に考える。あまりにも当たり前のこと。しかし、これを本当に実践できている企業はどのくらいあるのであろう。多くの企業は目の前の収益に目を取られ、客の存在がなおざりにされているのではないか。<br><br>これをもう少し敷衍してみたい。<br>客のことを1番に考えるということはつまり、企業視点で考えれば相手のことを1番に考えるということである。<br>「相手のことを1番に考える」<br>ある意味これはコミュニケーションの基本である。だがあまりにも基本的なことであるため、普段忘れられがちなことである。<br>人はついつい自分のことを話がちだ。でもそれを相手が望んでいるかは分からない。<br>聞き上手はモテるとよく言われるが、それは聞き上手なほうが、相手のためになる確率が高いからであろう。<br>人は誰しも潜在的に自分の話を聞いて欲しいという欲求を持っている。<br>聞き上手な人はその欲求を満たすことができるのである。相手の潜在的な欲求を満たすことができる人は、当然相手に必要とされる。これは人も企業も一緒である。<br><br>客は今何を欲しているのか、その潜在的欲求をうまく聞き取り、その欲求を満たすようなサービス・商品を提供する。この単純な方程式こそ、成功の秘訣かもしれない。<br><br>言わば、「聞き上手な企業はモテる」のである。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/entry-11202874633.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 04:47:56 +0900</pubDate>
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<title>「幹事」</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sat, 24 Mar 2012 10:23:11 +0900</pubDate>
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<title>「虚栄心」</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/amemberentry-11166960651.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Feb 2012 22:10:03 +0900</pubDate>
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<title>「家族」</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/kirinchoco/amemberentry-11166670590.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Feb 2012 17:07:53 +0900</pubDate>
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