<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>～勇気のメッセンジャー♪　アクセル～</title>
<link>https://ameblo.jp/kiryuxuyrik/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kiryuxuyrik/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>つながり、幸せ、勇気、人生のこと「自分」を大切にし、「内側」で起こることを知り、「実現」する喜びを☆</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>なんのために勉強するのか？疑問編</title>
<description>
<![CDATA[ 小学校、中学校、高校、そして、大学と勉強をしてきて、<br>いつも思っていたことがある。<br><br><br>「これが何のためになるの？」<br><br><br>「何のために勉強するの？」<br><br><br>こんな疑問を持っている人も多いんじゃないかな？<br><br><br>この答えは結局、誰も教えてはくれなかった。<br><br><br>「なぜ誰も教えてはくれないのか？」<br><br><br>それは、いわゆる教師と呼ばれる人たち、<br>つまり先生達自身が「考えること」を放棄しているからではないかと思う。<br><br>おそらく、先生達自身も分からないのだ。<br><br><br>先生達自身も「なんのために教師をやっているのか？」考えたことがない人が多いのではないだろうか。<br><br><br>考えたことがない人に聞いても、納得できる答えは返って来ないのが当たり前といったら当たり前だ。<br><br><br><br><br>じゃあ、この「なんのために勉強するのか？」にはどう答えたらいいのだろうか？<br><br><br><br>私だったら「なんのために勉強したい？」と問い直す。<br><br><br><br>この疑問の答えにおそらく100人が100人納得する答えはない。<br><br>100人いたら100通りの答えがあっていいのだ。<br><br><br>一人一人の中にある答えに導くことが最良の答えになると私は思う。<br><br><br>自分の中の答えに気付けた時、初めて「なんのために勉強するのか？」が分かる。<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kiryuxuyrik/entry-11447176326.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jan 2013 01:11:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>はじめてみました。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ようやくブログというものはじめてみました。</p><p>宜しくお願いします。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kiryuxuyrik/entry-10070196643.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Feb 2008 12:23:04 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
