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<title>kisingさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>その１５</title>
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<![CDATA[ 夕方５時くらいを過ぎると鉄の扉からどんどん人が入ってくる。<br>見たことないような重さのバーベルでスクワットする人や、黙々とベンチをする人。<br>１人ストレッチをしていた私はサンドバッグを殴ったり蹴ったりしたかったのだが、完全にやりづらい空気になってしまっており『家でやれよっ！』てくらい長い時間をストレッチに費やしていた。<br>しかし、『それじゃいかんっ！わしはストレッチしに来たんじゃねぇ』てことで意を決してグローブをはめて１人黙々とサンドバッグを叩きだした。<br>初めて叩いたサンドバッグは思ったより硬くて叩いてる拳や脛が痛かった。でもそんな痛みよりも初めてサンドバッグを叩いている自分が嬉しくて無我夢中で動いていた。<br>ふと気がつくと、人も増えており汗だくになっていた私は汗を拭いて、床を拭いて今日は終わろうと思いストレッチを始めた。<br>そんな私に１人の空手着をのズボンを履いた男性が声をかけてきた。<br>『凄いいい蹴りしてるねぇ～、キックか何かやってるのぉ？』<br>見ず知らずの年上の男性に喋りかけられた私は一瞬ビックリしたのとちょっと恐かったのとで地蔵の様に固まりかけたが少しは社交性が身に付き出していた１７才。『いや、あの～顔面ありの打撃をちょっとやってます』とキックとK-1、ムエタイなどの違いがわからなかったのでこう答えたように思う。<br>そこから色々と話をして頂いて『一緒に練習しようよ』という流れになった。笑顔で気さくに話をしてくれる優しそうな人だなぁ、なんて思っていたが後々とんでもない間違いだと気付くことになる…。<br>どうやらここには色々な格闘技をやってる人が集まっているようで、その方を通じてみんなで集まって練習をするということで話がついた。<br>数日後、知らない人、強そうな人達が集まって練習することになった。<br>普段は顔面なしの空手家やキックの人、某武道流派の方、柔道家などが体重など関係なくメチャクチャ狭い空間でスパーを回していく。<br>空手部を辞めてから、まだ格闘技をちゃんとやっている人とスパーをしたことがなかった私は楽しみやら、不安やらでドキドキしまくっていた。<br>区の施設の小さな薄暗い部屋で私の格闘技人生の第２章が幕をあける。<br><br>
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<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 00:42:55 +0900</pubDate>
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<title>その１４</title>
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<![CDATA[ 高校３年生になり進路などを決める３者面談などというものがあり、親と共に学校に呼ばれて先生と話をする。<br>担任の先生に<br><br>先生『勉強は1日どれくらいしてるんだ？』<br><br>私『していません』<br>先生『トレーニングは1日どれくらいしているんだ？』<br><br>私『４、５時間くらいです』<br><br>親『…』<br><br>先生『…』<br><br>私『…』<br><br>先生『その内何時間か勉強にまわせんか？』<br><br>私『…』<br><br>などというやりとりがあり何やかんやでちょっと勉強しようかという気になる。<br>まぁ５時間もトレーニングといっても大半ダラダラとした実質数時間の自分の器の中でのトレーニング。勉強をした方がましである。<br>まぁなんとか大学には無事に受かったものの、格闘技に対しては特に進展しておらず相変わらずであった。<br>ところが、高校生を卒業し近所の本屋さんで短期バイトをしていると１つ上の先輩が『近所の区の施設の地下にサンドバッグが吊るしてあるトレーニング場があるよ』と教えてくれた。<br>『…何っ！？家から歩いて数秒のとこにそんな素敵な場所があるなんてっ！』<br>ウキウキしながら家に帰るなり急いで準備をしてそこに猛ダッシュで向かう。<br>ドキドキしながら玄関のドアを開け受付の人にどうやったら使えるのかを聞く。<br>…最初に登録をすればタダでっ。『なんて素敵なんだ公共施設！』と浮かれながら薄暗い階段を地下まで下りる。<br>重くて冷たい鉄の扉をゆっくりと開ける。本当に小さな部屋に、ベンチやスクワットのラック、腹筋台やダンベルなどが乱雑に置かれていた。<br>そして奥の方に大きなサンドバッグと小さなサンドバッグが仲良く並んでおり、初めて見るサンドバッグに興奮を覚える。殴りたい気持ちを抑えながら、『先ずはストレッチだ』と自分に言い聞かせながら準備をする。夕方のまだ少し早い時間。そこにはまだ誰もおらず少しドキドキした男が１人ストレッチをして時間が過ぎていく。ストレッチが終わる頃に重く冷たい鉄の扉が再び開く。<br><br>そして１８才の青年の人生を変える出会いが始まる。<br>
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<pubDate>Mon, 10 Oct 2011 22:59:17 +0900</pubDate>
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<title>その１３</title>
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<![CDATA[ 変わらなかった…。<br>変わるチャンスを見ないふりして、少年は変わらなかった。神様ゴメンナサイ。<br>反省点を見つけて、それを補う為に色々考えて実行したりしたが、そもそもそんなところを変えてもたかがしれてる。<br>走り込みを強化したり、筋トレを強化したり、ミットの量を増やしたり…は当たり前で、もっと強くなるには当時の私には指導者、もしくは知識、練習環境という根本的なものが欠けていたわけで。<br>しかしジムや道場に通う場所やお金もなく（真剣に探してもおらず）ただただ自分で書籍などを読み漁り、得た知識で練習メニューを組み立てていた。<br>そして夜な夜な近所の広場で友人相手にミットや殴り合いを繰り広げていた。<br>まぁそんなもんではたかがしれとるわけで、ただの友人相手にスパーリングしてもねぇ。<br>とりあえず試合の反省から走り込みを強化してスタミナアップに努めた。<br>当時は必死に色々考えてやっといたが、今から思うとだいぶバカな少年だ。自分の息子がこんなんならローキックを蹴りまくってしばらく和式便所に座れないようにして、和式便所しかない山奥に閉じ込めて…<br>話が逸れましたが、懲りずに数ヶ月後に２回目の大会にエントリーして、１回戦の最初に大振りの右フックを空振りして肩の筋肉を断裂するという自爆技を繰り出してしまい、自分で自分のどんくささに驚く。１回戦は なんとか判定で勝利したものの肩の痛みと次の試合を考えていたので初勝利の喜びは皆無。<br>２回戦ではパンチが使えないのでローキックを中心に組み立てたら、またまた足の甲にヒビが入る自爆技を炸裂。判定で撃沈し、またまた敗北感と痛みだけが残る結果に。<br>『そもそもちゃんとした打ち方、蹴り方ができてねぇんだよっ！』って注意してくれる人もいない状況では１７才の平凡な少年１人の限界だったのでしょう。<br>高校卒業も近づき進路とか考えなきゃいかん時期が近づいてきたのだが…。<br>どうするの？<br>
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-11038410453.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Oct 2011 23:51:29 +0900</pubDate>
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<title>その１２</title>
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<![CDATA[ 空手部を辞めた私はポエムなど書くはずもなく、ただただ友達と遊んだり、テレビ見たり、ゲームしたりとなんの目的もなく毎日を過ごしていた。<br>自重の筋トレだけは唯一続けており、暇な時に近所の友人にミットを持たしたりして自己満足して、あとは格闘技通信などを読んで妄想で強くなった気分になるというどうしようもない少年へと変貌を遂げつつあった。<br>そんなある日、格闘技通信の試合募集欄に大阪でグローブ空手の大会があると書いており、何を思ったのか私は妄想の世界のまま試合にエントリーをしていたのだ。Ｆ1のテレビゲームをして本当のレースに出場する感じだろうか…。<br>しかし、さすがによくわからんままだとまずいと思いジムを探した。当時は京都にはキックボクシングのジムなどはなく（私が知らなかっただけかも）大阪にいくつかあったのでコッソリ体験などで行ったり、練習方法を聞きまくったり、偽名で急にいなくなる…等していた。<br>何せ金のない高校生。親にも言えずバイトもできず、とりあえずそんな感じで持ち帰ったものをまた近所の友人とやって自己満足していた。<br>そして特に何も変わらないまま試合に挑み、未体験の緊張と恐い大人だらけの雰囲気にもパックリと呑み込まれ、首ずもうの外し方が分からず、ひたすら膝をもらい続けて見事判定負けという結果に。<br>流石に十数年前のことなのであまり詳しく覚えていないが、たった３分の１ラウンドでスタミナが全くなくもうすぐ死ぬんではないだろうかと思うような呼吸に試合後なっていたのは覚えている。<br>そして悔しかった。ろくにまともな練習をしていない悔しいと思う資格もないようなハナタレ小僧がいっちょまえに悔しいと思っていたようだ。<br><br>さぁ空手部を辞め、腑抜けの少年に神様は変わるきっかけを与えてくれた。<br>この日を境に…
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-11036593146.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Oct 2011 01:28:58 +0900</pubDate>
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<title>その１１</title>
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<![CDATA[ …平和だ。<br>空手部を辞めた私の高校生活は百八十度変わった。今まで掃除をしながら帰宅して行く帰宅部の人達を羨ましく思い窓から眺めていたのが、今や見られる側になった。<br>だがスッキリしないことも多々ある。１つは一緒に入部した友人だ。まだ顧問に辞めると言い出せずに取り残されていた。<br>なかなか言い出す勇気とタイミングがないまま日々が過ぎたある日。『今日こそ言ってくる！』と息巻いて放課後に教室から出てくる顧問の元に向かった。<br>私と他の友人が隠れて見守る中、彼が遂に凄い勢いで声をかけた！<br><br><br><br><br><br><br><br>『先生っ！…あ、あの…え～、あっ…、<br><br><br><br><br><br><br><br><br>今日練習何時からですか！？』<br><br><br><br><br><br><br><br><br>…愕然とした。あと一歩で彼の勇気が力尽きた。<br>顧問も『なんやこいつ？』みたいな感じになってしまってゲームオーバーです。<br>結局彼は３年間『嫌だ嫌だ』と言いながらもやり遂げた。<br>顧問に言い出す勇気はないが根性は当時の私より遥かにあったんだろう。今でも私は申し訳ないと思うと同時に彼の根性は尊敬する。<br><br>そして私はというと平和な高校生活をと思っていたのだが、腑抜けの私は平和＝暇といった図式の高校生になりつつあった。<br>さて、くすぶるものの矛先は何処に。
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-10671576195.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Oct 2010 09:44:23 +0900</pubDate>
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<title>その１０</title>
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<![CDATA[ 合宿から帰ってきても相変わらず練習の日々が毎日続いていく。<br>そんな中私の心のモヤモヤを更に大きくするものに出会う。K-1だ。<br>テレビで初めて見た私は「これだっ！これやりたいっ！！」と思うもののクラブも辞めれずしばらく続けていた。<br>ところが普段からのパイセンのシゴキやわけのわからんイジメに対して理解の限度を超えてきた。武道系のクラブにはそんなものは耐えるのが当たり前で、耐えて精神力も鍛えるやらなんやら・・・というこれまた理不尽極まりない感じの理論がありますが、私にはなかなか理解できなかった。自分がこれで先輩になり後輩に対して同じような接し方をする人間になるのが怖かったし、それを見て見ぬふりをして容認している顧問のような大人になりたくねぇと思った。「偉そうにしているから尊敬しろよ」的な人間がとても残念に見えた。<br>何よりこんなことで強くなれるならもっと練習がしたかった、強くなる為に時間が欲しかった。<br>そして空手が嫌いになりだした。<br>K-1の登場をきっかけに今までの色々な思いが爆発して、私は気がつけば顧問に話をしていた。<br>この頃のことは何故かあまり覚えておらず、とりあえず顧問に話に行く時は決死の覚悟でいったのだろう。1度目は失敗し、２度目でなんとか無理矢理空手部を辞めることとなった。だかそれまでに先輩は家に来て引き留められたり、昼休みに引退した３年生の鬼が教室に来るやらでご飯も食べずにカーテンにくるまってたりと私はまるで逃亡犯かのような生活をしていた。<br>だが最後は決意が固いと見た顧問が辞めることを了承した。最後は涙ながらに「空手が嫌いになってるんです」と言ってたような気がする。あとは残念なことに病んでいたのか「ポエムを書きたいんです」と別の意味で心配されそうな発言をしていた。<br>とにもかくにもこれで私の短い空手部人生は終了。嫌なことばかりではなく楽しいこともあったように思う。ただ今の私があるのはこの時代を乗り越えた自分がいるからなので感謝している。きっと良い面も悪い面も見てこれたから人に対してやっちゃいけないこととかはだいぶ身を持って感じれたんではないか。<br>さぁ次はK-1・・・となかなかなるはずもなく青春を過ごすことになる。
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-10663253771.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 13:36:32 +0900</pubDate>
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<title>その９</title>
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<![CDATA[ 朝は６時前に起床して山に向かう。<br>登山とは行き交う人達と挨拶を交わしながら景色を楽しみ……なんてことではなく、ただひたすらに山のてっぺん目指して走る。走る。走る。ゲロを、吐く。走る。みたいな感じで早朝のトレーニングが終わる。<br>朝食、なんの嫌がらせかわからんがフライ物が出てきた。朝から嫌ほど走って気持ち悪いのにフライ物。昨日の晩なら嬉しいフライ物。今は憎いフライ物。もうここまできたら周りは敵だらけに感じる。フライ物め～。<br>そしてこんな時はおかずを取りあげないパイセン。<br>『おいっ！今だろっ！』と心の叫びは届くはずもなく口に押し込んで朝食終了。<br>楽しい食事がまるでミッションのような行為になっている。食べ物がなくて困っている人が世界には沢山いるのに私はなんてことを思っているのだ……とは今は思うが、当時はそんな余裕すらない、いっぱいいっぱいの高校生だった。<br>練習自体はしんどかったが楽しかった。何より合宿先の高校と練習試合形式の組手があり、私も他校の選手と初めて拳を交えることになった。<br>しかし相手は同じ１年生だが先輩達も知っている実績がある選手。まぁやるしかねぇと腹をくくり向かっていく。そして私の中段突きが入って相手がうずくまる。『やった』と思ったら、反則。<br>伝統空手は当てたら素早くひいて決めをしてポイントになる。打ち抜くような打撃で倒してしまうと反則になってしまうのだ。そんなルールもよく理解しておらずにやっていたのだが、私がやりたかったのは全力の殴り合い。伝統空手の技術は素晴らしいし競技としても完成されている。しかし当時の私には倒して負ける意味が理解できなかった。そして心のモヤモヤが大きくなる。<br>そんな合宿が１週間近く続き、日々の練習＆シゴキも乗り越え、途中の広島観光が唯一の息抜きだったのだが残念ながら特に何も覚えていない。ただ頭がイタイ先輩とは違う部屋になったことがこの上なく嬉しかったことは覚えている。<br>帰りの電車では生気を吸いとられたかのように窓の外の景色に目が釘付けになっていた。何も感じないし、考えてもいない。ただ窓の外の景色が目に写っていた。
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<pubDate>Thu, 23 Sep 2010 09:31:02 +0900</pubDate>
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<title>その８</title>
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<![CDATA[ 涙の夕食を終えて自由時間という先輩の道着の洗濯の時間がくる。洗濯機などないので石鹸でトイレの洗面所で洗う。そして全力で絞り倒して干す。<br>ようやくお風呂だー、っとテンション上げて風呂に入ればホースで水をぶっかけられる。<br>そして自由時間が終わる……『カモォーンッ！フリィィィーーダムッ！！』と心が叫び就寝へ。<br>がしかし！そんな簡単に寝かせてもらえるはずがない。私は幸い寝つけずに座っていたのだが、友人は早々に夢の中へ。<br>そんな友人の枕元に立った先輩がコーラを寝顔に注ぎだした。そして一言、『先輩より先に寝るんじゃねぇ』…口で言えよ、と思いながらも皆が寝静まるまで座っておく。<br>『明日は朝６時から山道を走りに行くんだな～……我が体よ！なんとかもってくれ』と念じながら、複雑な心の中を打ち消しながら暗闇を見つめていた。
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<pubDate>Wed, 08 Sep 2010 16:56:56 +0900</pubDate>
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<title>その７</title>
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<![CDATA[ 1日の練習も終わり待望の晩御飯。しんどすぎて食欲もないけど食わにゃ死んでしまう、と思いながら食堂らしき場所へ。給食みたいな食事が並んでおり、お世辞にもテンションの上がる内容ではなかった。が食わにゃ死んでしまうということで勇んで食べようと手を合わせた時に私達１年生の主力のオカズが瞬く間に先輩の皿の上にダイブしていった…残ったのは生野菜と極少量のお新香と具がほぼない味噌汁。『戦時中か！？』とツッコミたくなる気持ちを抑えて口に運ぼうかと思ったら…丼にご飯を押し込んでいる先輩の姿が。そして山のように詰め込んで盛られたご飯が私の目の前に…『日本昔話かっ！？』とツッコミを入れる気すら起こらずに『生野菜でこんな量の白米は食えねぇ…』と心の中で嘆きながらお新香と味噌汁を大切に使いながらお米を食いまくった。<br>しかしこのお米は丼にぎゅうぎゅうに押し込まれているため、いくら食べても減らない。そして、元々あまりお米を食べない生活だった私にはかなりの苦行になった。もちろん他の１年生も限界がきていた。<br>『残してもいいのかなー？』なんて思ってみても『無駄だ！』と言わんばかりに拳を固めた先輩が目を光らしている。<br>だがもう早々に大切な少量の味噌汁達も力尽き、残ったのはさほど減ってないお米。腹には何も入る隙間がない。普段はありがたいお米がこんなにも憎らしいとは…。『お米ダメ、ゼッタイ』と頭の中で唱えながらもどうしようも口にお米が入らない。<br><br><br><br><br>……数分後１年生が代わる代わるトイレへ。トイレから帰っては飯を喰う。<br>そう、トイレで１年生は口に指を突っ込ん便器に大量の米粒を酸い臭いとともぶちまける。<br>なんて農家の人をバカにした行為か。今思えばもったいなくて馬鹿げたことだ。が、当時の私達にとったらいかにして食べて殴られないかを必死に考えた末での行為だった。<br>涙を流しながら食べ終えて、おかずのありがたさが身に染みた夜だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-10641971983.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 14:27:29 +0900</pubDate>
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<title>その６</title>
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<![CDATA[ 電車を乗り継ぎ着いた確か岡山県の高校だったと思う。<br>うだるような暑さの中到着してすぐに練習開始。<br>人数も多く、全国大会も常連の高校。楽な練習であるはずがない。アップで肺と筋肉がSOSを出し始める。『こ、これはヤバい。１週間もこんなことを続けるのか…逃げようか。』とか思うかと思えばそんな余裕もなくただ『やれっ！』と言われたことを黙々とこなしていく。<br>途中顔色がおかしくなり吐き気をもよおした数人がトイレに行く。その中に私もいた。トイレはまさに地獄絵図。臭いも景色も酷かった。<br>そしてそんなこんなを繰り返しながら練習が終わる。正直内容は全く覚えていない。辛かったのかもわからないが練習が終わってホッとしたのはうっすら覚えている。練習は辛くても耐えれると思っていた私だが色々なやる気を削がれる要素が重なり練習へのやる気にも影響してきていた。気持ちが入らないと練習というものは急にきつく感じて苦行以外の何ものでもなくなってしまう。でも終わった時の爽快感はたまらんものである。まぁ当時はそんなことも思ってもいなかったし考える余裕もなかった。ただ徐々にやる気がなくなっている自分の存在を少しづつ感じていた。<br>そして食事→お風呂→自由時間→就寝とリラックスタイムが本来なら始まるのだが…。
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<link>https://ameblo.jp/kising/entry-10641611211.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 10:45:56 +0900</pubDate>
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