<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>kiyo-oeのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/kiyo-oe/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kiyo-oe/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>センスの磨き方。</title>
<description>
<![CDATA[ 自分はセンスがない方だと思う。<br>とはいえ、ライフスタイルショップで６年ほど店長をして、<br>部下にディスプレイや店舗運営は何たるかを語っていたのだけれども。。<br>そして「センスは磨くものだ」と上司によく言われた。<br><br>生きていく上でセンスはとても大切な役割を果たす。<br>仕事ではファッションセンス・ディスプレイのセンス・経営のセンス・人材育成のセンス<br>他にも多くのセンスを必要とされていた。<br>そして私には仕事で必要な全てのセンスが殆どなかった。<br>更に磨きあげようという気持ちもそれほどないという。。。<br>でも私には、そこそこの実力でも評価をもらえる存在になるセンスはあったと思う。<br><br>ファッションセンスが優れていても、経営のセンスが優れていても、<br>それを使いこなすセンスがないといけないなー。と感じたりもする。<br><br><br>じゃあセンスを磨くにはどうしたらいいんだろう？<br>流行りのファッションセンスを磨くには、より多くの情報を手にいれることで磨かれる。<br>経営のセンスだって、経験談と経験を集めることで磨かれていく。<br><br>でも「見極めるセンス」は、なかなか磨かれて育つものではない。<br>人を見極めるセンス・自らの力量を知るセンスなどなど。<br>そして「見極めるセンス」が生きていく上でもっとも必要とされる力なんだと思う。<br><br><br>自分の子どもには「見極めるセンス」が育つだろうか？<br>どう導くことで養われていく力なんだろうか？<br>子育ての正解はないのに。子育ての失敗はあるように感じる。<br><br>抱っこが好きな我が子。<br>お母さんの抱っこじゃないと泣く我が子。<br>授乳間隔が狭い我が子。<br><br>子どもの欲求を全て答えてあげることに集中することが正しいのか？<br>我慢することも覚えさせることが正しいのか？<br>そもそも親が期待する子どもに育てば正解なのだろうか？<br>社会に順応する子どもに育てば正解なのだろうか？<br><br>あー。違った。。<br>そんなことを考えている時点できっと「子どもを育てるセンス」は自分には無いのだ。<br>と知ったところで、磨き方もわからないので前に進めず。<br>「センスがない母ちゃんですまんね。うまいこと育つんだよ。」<br>と無謀なことを適当に、今日も我が子に伝えてみる。<br><br>「センスの磨き方。」を育む「センス」を身につけたいものです。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kiyo-oe/entry-12054188213.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2015 11:56:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>初ブログ　親になる</title>
<description>
<![CDATA[ はじめてブログ<br><br>なにか文章をまとめることをしたくなって<br>ブログを書くことにしました。<br><br>さて、ブログをするからには読まれるべき！<br>読まれるブログにするには、テーマ性をもつことが大切。<br>わかってはいるのですが、日々の生活では多くのことがあって<br>フラフラしがちの私には難しい。<br><br>ブレブレかもしれないけど。<br>子どもと時事的な部分がうまく絡めればいいな。<br>とゆるく思う。<br><br>生後２ヶ月半の子どもがいます。<br>とてつもなくいい子で、夜９時に寝て朝６時まで<br>しっかりと寝てくれます。<br>最近はお天気がいいこともあり、<br>朝は眩しいぐらいの日差しが寝室を包んでくれます。<br>毎朝子どもに「おはよう」と声をかけると<br>優しく笑い返してくれる子どもの顔を見るたびに<br>ゆずのワンダフルワールドという曲が頭に流れます。<br><br>「機関銃を抱きしめて眠る子供が<br>荒れ果てた大地で夢を見る頃<br>まばゆい朝の光に包まれた少女は<br>優しい母の声で目を覚ます」<br><br>この子は戦場を見ることなく<br>子どもや孫に囲まれて<br>今日と同じ優しい朝の日差しの中<br>一生を終えることが出来るのか。。<br><br>安保法案＝戦争ではないかもしれない。<br>でも、、きっとこの子は戦争を80％ぐらいの確率で目の当たりにしてしまうであろう。<br>そして大規模な自然災害を目の当たりにしてしまう確率も70％ぐらいあるのだろう。<br><br>この不安だらけの社会に。地球に。<br>子どもを産むこと自体が、親になりたいという私自身の自己満足なんだと思う。<br>罪な親だな。と思いながらも<br>明日の朝も子どもに向かって「おはよう」と<br>最高の笑顔で、優しく話しかけようと思う。<br>それが最高の償いだと信じて。<br><br>親たちはこんなプレッシャーを日々抱えながら生活しているだ。<br>と子どもを産んでから更に強く感じた。<br>すごいな。『親になる』って。<br>最高の罪意識を背負いながら、最高の自己満足度を得れる存在。<br>不思議なものになったもんだ。<br><br>さ。天使の寝顔を眺めながら<br>今日も幸せの中で眠りにつこう♡
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kiyo-oe/entry-12053481258.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2015 22:08:42 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
