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<title>国語友人帳</title>
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<description>河合塾の前島です。一緒に国語の勉強をしたり、その他のいろいろなことについてお話したりしましょう。</description>
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<title>Trick or Treat!</title>
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<![CDATA[ <p>Knock, knock...</p><br><p>Yeｓ...?</p><br><p><br></p><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111030/23/kkg1214/d4/ee/j/o0500037511580595675.jpg"><img border="0" alt="国語友人帳-tumblr_lt8lcno7mr1qjqdfao1_500.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111030/23/kkg1214/d4/ee/j/t02200165_0500037511580595675.jpg"></a></div><p><br></p><br><br><p>Trick or Treat!</p><p>Trick or Treat!</p><br><p>Happy Halloween!</p>
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<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 00:00:01 +0900</pubDate>
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<title>「己を知る」のは難しい？</title>
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<![CDATA[ 自分自身はどこにある。<br><br>目分目身目分目身目分自身自分目身白分自身目分自身目分自身目分目身目分自身目分自身目分自身目分自身目分白身目分自身目分白身目分自身目分自身自分白身目分白身目分自身白分自身目分自身目分自身目分白身目分白身目分自身目分白身目分白身目分自身目分自身目分自身目分白身目分自身目分白身目分白身目分白身目分白身目分白身目分自身目分自身目分自身目分自身目分自身目分自身目分白身目分白身目分自身目分自身目分自身目分白身目分白身目分白身目分白身目分白身目分自身自分白身目分自身目分自身目分自身目分自身自分自身目分自身目分白身目分白身目分自身目分白身目分自身目分自身目分自身目分白身目分自身目分自身目分自身目分白身目分自身目分白身白分自身目分自身目分自身目分自身目分自身自分白身目分白身目分白身目分自身目分自身目分自身
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<pubDate>Wed, 26 Oct 2011 07:02:41 +0900</pubDate>
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<title>「知己」という言葉</title>
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<![CDATA[ 「知己」という言葉があります。<br>漢の時代の司馬遷（前145～前86）の著した『史記』の中に出てくる<br><br>「士為知己者死」→「士は己を知る者の為に死す」<br><br>という表現でよく知られた言葉です。<br>漢文で出てくるときは「自分のことをよく知る」とか、「自分のことをよく理解してくれる」という意味ですが、日本では「知り合いの人」ぐらいの意味で使います。<br><br>読みは「ちき」です。<br>
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<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 18:16:18 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞・補足</title>
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<![CDATA[ ところで、この歌詞が作られたのは1881年のことなのですが、そのときには４番までありました。<br>今日では忘れられてしまった（正しくは「抹殺された」、「隠された」というべき）３番と４番の歌詞を次に掲げてみましょう。通読しやすいように現代仮名遣いにしておきます。<br><br>３番<br>♪つくしのきわみ、みちのおく、<br>うみやまとおく、へだつとも、<br>そのまごころは、へだてなく、<br>ひとつにつくせ、くにのため。<br><br>４番<br>♪千島のおくも、おきなわも、<br>やしまのうちの、まもりなり。<br>いたらんくにに、いさおしく、<br>つとめよわがせ、つつがなく。<br><br>いずれ機会があったら説明しますが、たいへんに興味深い歌詞ですね。
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<link>https://ameblo.jp/kkg1214/entry-11050637189.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2011 12:22:07 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞⑥</title>
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<![CDATA[ 最後の一行です。<br><br>・「さきくとばかり、うたふなり。」：「さきく」は「幸く」と書きます。「無事に」とか「かわりなく」「つつがなく」という意味の言葉です。「さきくあれ」という言い方でよく出てきます。<br>「うたふなり」は「うたふ」のところが実際の発音としては「ウトオ」となることはご存知ですね。<br><br>この２番の歌詞は（というか１番もそうなのですが）、全体が一つの文になっています。だから、最後の「うたふなり」の主語は、初めの「とまる もゆくも」です。<br>ということで、初めと終わりの主語と述語を押さえると、<br><br>「とどまる者も去っていく者も……という想いをこめて、今、この歌を歌うのである。」<br><br>という２番の歌詞の大枠が理解しやすくなるでしょう。<br><br>さて、今日の日本で「蛍の光」として歌われている歌詞について解説してきました。<br>原曲のスコットランドの歌（歌詞は「蛍の光」と全く無関係）、その歌に基づいてハイドンとベートーヴェンが作った曲（なかなかよいですよ）などに関しても、この先いつか書こうと思っています。
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<link>https://ameblo.jp/kkg1214/entry-11046891743.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 11:37:10 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞⑤</title>
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<![CDATA[ 問題の二行目です。<br><br>・「かたみにおもふ、ちよろづの、」：「お互いに心に浮かんでくる、無数の、」<br><br>実は文語の知識があれば単純なところです。<br><br>「かたみに」とは「お互いに」、「ちよろづの」は「ち・よろづの」つまり「千万の」で「非常にたくさんの」という意味の基本的な普通の古語です。<br><br>ただ単語の意味がわかるだけですっきり理解できるところなのですが、なぜかあまり教えられないために<br>「形見に思うちよろ角」<br>などとまったく不思議なものを連想している人がいるようです。<br><br>三行目<br>・「こころのはしを、ひとことに、」：前半の「こころのはし」が、前の一行を受けています。<br>「かたみにおもふ、ちよろづの、こころのはし」で「お互いに心に浮かんでくる、数々の複雑な気持ちの一端」という意味になります。<br>そのような無限の想いを「一つの言葉にこめて」というのがこの行の後半の「ひとことに」です。<br><br>そして、四行目につながっていきます。
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<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 18:56:24 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞④</title>
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<![CDATA[ では次に「蛍の光」の２番の歌詞を見てみましょう。<br><br>♪とまるもゆくも、かぎりとて、<br>かたみにおもふ、ちよろづの、<br>こころのはしを、ひとことに、<br>さきくとばかり、うたふなり。<br><br>ほとんど何を言っているのかわからないという人のほうが多いと思います。<br><br>はじめに全体をざっと通して現代語訳にしてみましょう。<br><br>「ここにとどまる者も去っていく者も、今日が最後の日だということで、<br><br>お互いに心に浮かんでくる、限りのないさまざまの、<br><br>気持ちの一端を、ひとつの言葉にこめて、<br><br>かわりなくすこやかにいてほしいと、歌うのである。」<br><br><br>まず一行目。<br>・「とまるもゆくも、かぎりとて、」：「この学校にとどまる者も修了して去っていく者も、（今日が）最後の日だということで、」<br><br>「とまる」と「ゆく」が「とまる人」「ゆく人」であるとわかれば、この行はあまり難しくないでしょう。<br><br>問題は二行目ですね。<br>次に書きます。<br>
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<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 11:05:33 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞③</title>
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<![CDATA[ もっとも、この部分については、文芸・映画評論家で、元東京大学総長であった蓮實重彦先生も長い間「明けて、ゾケサはわかれゆく」だと思っていて「ゾケサ」ってどんなものか想像していた、ということを書いているぐらいですから、非常に多くの人が誤解しているのかもしれません。<br><br><br>「すぎ」に「過ぎ」と「杉」、「あけて」に「開けて」と「明けて」、というように二重の意味を持たせる修辞法（＝表現技法）を「かけことば」と言います。漢字では「掛詞」とも「懸詞」とも書きます。<br><br><br>「蛍の光」の歌詞は、２番がさらに一段と難解です。それは次に書きます。
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<link>https://ameblo.jp/kkg1214/entry-11045741521.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2011 15:10:06 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞②</title>
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<![CDATA[ ・「すぎのとを、あけて」：この部分が難解なのは、「すぎ」という言葉に「過ぎ」と「杉」の二つの意味が与えられているためです。<br><br>まず、前の言葉からのつながりで、「いつの間にか年月も過ぎ」となりまず。そして、後へのつながりから「（教室の）杉の（木でできている）戸 を開けて」という意味になるのです。<br><br>さらにややこしいのは、次の行もこのように二重の意味になっていることです。<br><br>・「あけてぞけさは」：「あけて」に、「開けて」と「明けて」の二つの意味が与えられています。<br><br>前からのつながりで「杉の戸を開けて」。<br>後へのつながりで、「（夜が）明けて、今朝こそはいよいよ、私たちは別れていくのだ」となります。<br><br>また、「ぞ」という助詞が入っているのもこの部分を一段とわかりにくくしているようです。<br><br>「あけてぞけさは」の「ぞ」は、「明けて、ついに今朝こそは」ぐらいの感じに強調するために入れられているのです。だから意味は「明けて、今朝は」だけでいいのです。
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<link>https://ameblo.jp/kkg1214/entry-11045732859.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2011 14:53:30 +0900</pubDate>
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<title>「蛍の光」の歌詞①</title>
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<![CDATA[ 卒業式が近づいてくる時期になると毎年何人もの人が「蛍の光」の歌詞が全然わからないと言って質問に来ます。<br>あまり（まったく）学校では教えてくれない場合が多いようですね。でも、時々は、テストに出たりする学校もあるようです。<br>いろいろな意味からもこの歌の歌詞の意味はわかるようにしておくといいと思います。<br><br>今日は１番の歌詞を理解しましょう。<br><br>♪蛍の光、窓の雪、<br>ふみ読む月日、重ねつつ、<br>いつしか年もすぎのとを、<br>あけてぞけさは、わかれゆく。<br><br>まずは全体の意味をざっと書きます。<br>「集めた蛍の光や窓ごしの雪明かりで（苦労して）、<br>書物を読んで勉強する月日を積み重ねてきたが、<br>いつの間にか年月も過ぎ去って、校舎の杉の戸を、<br>開けて、夜が明けた今朝、私たちは別れていくのだ。」<br><br>難しい部分を個別に見ていきましょう。<br>・「蛍の光、窓の雪」：貧乏のため照明に使う油が買えなかったので、車胤 （しゃいん）は蛍の光で、孫康は窓ぎわで雪明かりで勉強した、という中国の故事に基づいた表現。苦労して一生懸命勉強したことをたとえている。<br><br>・「すぎのとを、あけて」：１番の歌詞で最も難しく、そして、最も重要なところ。<br>少し長くなってしまいます。②につづく。
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<link>https://ameblo.jp/kkg1214/entry-11045649478.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Oct 2011 12:38:33 +0900</pubDate>
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