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<title>lingering weblog♪  from KK</title>
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<description>　　　長いお話になりそう。</description>
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<title>色の消えるとき</title>
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<![CDATA[ <br>魅力あるもの、キレイな花に心を惹かれるのは、誰でもできる。だけど、色あせたものを捨てないのは努力がいる。色のあせるとき、本当の愛情が生まれる。　－遠藤周作－<br><br><br>好きなものをずっと好きでいたい、忘れたくない、なんて思いは常日頃から持っていて、事あるごとに話してはいるけど、最近はなぜかそうでもない。<br>そもそも忘れられない性格なんだということに気付いた。たとえどんなに心が離れても完全に嫌いにはなれない。<br>どんなに色あせても、そこにわたしが惹かれたものの気配はちゃんと残っているから。<br><br>でも、魅力的なものに惹かれているだけじゃ愛情とは言えないのかと問われるとわからない。<br>相手の好きなところが、もし全部なくなって、気配さえもなくなって、わたしはそれでも好きでいられるかな。正直に言うと、好きでいられなくなる気がする。<br>それは、好きじゃないところをちゃんと全部受け止められていないってことになるのか。それならわたしは何を大切にしているのか。相手そのものじゃなくて、相手の一部なのか。<br>どちらにしても、全部をずっと大切にしたいと思うのにね。本当は忘れたくないし、忘れられないのにね。<br><br>だけど、もし、相手が好きだと言ってくれるところをわたしがなくしたら、それはもう、わたしじゃないのかも。<br><br>
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<pubDate>Mon, 17 Oct 2011 15:49:09 +0900</pubDate>
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<title>海は涙味</title>
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<![CDATA[ <p>できないことが多すぎて泣きたいです。</p><br><p>なんて言ってる瞬間も惜しむべきで、焦ってます。</p><br><p>やっとブログを再開しました。</p><p>いろんな表現方法の中で、ここでは言葉を。</p><p>言葉にはいつも感謝しています。</p><p>もっともっとがんばるので、きいてください。</p><p>末永くお付き合いください。嬉しいです。</p><br><br>
]]>
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<link>https://ameblo.jp/kkling/entry-11041944055.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Oct 2011 19:53:54 +0900</pubDate>
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