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<title>デザイン素人のデザイン発信局</title>
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<description>グラフィックデザイナーを目指す学生です。グラフィックデザインその他もろもろのことについて書いていきたいと思います。</description>
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<title>短期的視点と長期的視点</title>
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<![CDATA[ 2年後にの受験を見据えて最も効率の良い勉強をすれば、目の前のテストでは少し点を落とすかもしれない。<br>目の前のテストでベストな点を取るための勉強が、遠い未来で活きるとは限らない。<br><br>オリンピックのエンブレムでは、目の前のテストでも点を取り、さらにそれが遠い未来に活きるようなデザインが求められているのかもしれない。<br><br>華やかでわかりやすいデザインは、熱烈に受け入れられる代わりに飽きられるのもはやい。<br><br>地味だが普遍的なデザインは、良さがわかりにくく受け入れられずらい。<br><br>どっちつかずのデザインは最悪だ。<br><br>未来を見通し、さらに目の前の課題もクリアする。これは当たり前のようで難しい。<br><br>エンブレム単体ではなく、それと連動したキャンペーンなどまで考えれなければ不可能ではないかとさえ思う。<br><br>けれどそんなことをすれば、また利権だのムダ遣いだのと叩かれるかもしれない。<br><br>キャンペーンそのものに反感を持つような人々も存在するだろう。<br><br>「真に優れたエンブレムなら宣伝など必要ないはずだ」と<br><br>けれど完璧なものなど存在しないのだ、キャッチーで普遍的で日本的でオリンピックの精神を表し、国際的なイベントにふさわしいレベルのデザイン性があり、わかりやすく、見た瞬間デザインのコンセプトが伝わってきて、似たものは存在せず、作者は生まれてこのかた1ミリの悪事も働いておらず、色盲の方にも配慮し...<br><br>そんなものは存在しない。<br><br>何をとってなにを捨てるか。<br><br>そのバランスの問題だ。<br><br>あるいは複合的に展開するか<br><br>単体で万能なものはないのだから。<br><br>もちろん、画像盗用が常態化しているようなデザイン事務所の代表では勤まらない仕事だし、審査過程や選出理由をもっと分かり易く説明する必要はあるだろう。<br><br>それでもわかってほしい、デザインとは瞬時に理解できるものだけではないのだ。最初は大していいと思わなくてもだんだん馴染んでいくような、そういうものもデザインなのだと...<br>
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12072531200.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Sep 2015 07:50:58 +0900</pubDate>
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<title>デザイナーは医者</title>
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<![CDATA[ 「デザイナーは医者だ」<br><br><br>そんなようなことを、様々なデザイナーが言います。<br><br>「デザインとは、クライアントさんの抱える病気(問題)を発見しそれを療す(解決する)ものだ。」というような意味合いです。<br><br>エンブレムの問題にばかり言及して申し訳ないのですが、新しいエンブレムの募集コンセプトは「国民に愛されるエンブレム」だそうです。<br><br>だからと言って、ただわかりやすく、華やかなエンブレムを選出してしまうのは危険だと思います。<br><br>「頭が痛いから頭痛薬をくれ」という患者さんにすんなり頭痛薬だけ渡してしまう医者はいないでしょう。頭が痛いという現象の奥には違った病気が隠れている可能性が高いからです。<br><br>同じように、世の人々のいうことの表層だけをすくい上げてデザインしても、本質的な問題解決にはならないでしょう。<br><br>少なくとも次に選出されるエンブレムは「5年後のヴィジョンとそこにたどり着くまでの道筋」をわかりやすく提示する責任があると思います。
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12071014054.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Sep 2015 23:55:51 +0900</pubDate>
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<title>忘れ去られた本質</title>
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<![CDATA[ 「自然の叡智」をテーマに掲げていた愛知万博。<br>しかし、「森の中で万博をやるなんて、自然破壊だ」と批判の声が高まり、<br>ついには森の外での開催へと変更になった。<br>実際には、「テクノロジーによる自然と人類の共存」という新しい可能性を示すためのものだった。にも関わらず、「森での開催」そのものが批判され、その本質は置き去りにされた。<br><br>問題だったのは、万博跡地での住宅開発や万博開催へ向けてのインフラ開発による自然破壊であり、「自然の叡智」というテーマそのものではなかったのではないかと私は思う。<br><br>新住宅計画やインフラ整備の問題と万博コンセプトの問題が一緒くたにされた結果。新しい万博の形を提示することなく、巨大パビリオンや観覧車の展示を中心とした、従来通りのイベントが執り行われた。<br><br>今現在、新国立競技場の問題でも本質が忘れ去られている気がする。<br><br>価格の高騰はデザインのせいではなく、人件費と材料費の高騰<br>また、JOCによる条件をすべて充したデザインを考えれば、予算額を超えるのは当然だという意見も聞かれた。<br>新国立見直し騒動後に行われたザハ氏の説明は理論的で明快なものだったし、多くの人が納得できるようなわかりやすい説明だったと感じる。<br><br>日本のグラフィックデザイン業界の人々にも見習って欲しいくらいだ。<br><br>今回の件でザハ氏のアイデアを否定するのは、あまりにも横暴ではないだろうか？<br><br>また、佐野研二郎氏のエンブレム問題でも、佐野氏の画像盗用問題とデザインの好き嫌いが同じテーブルの上で議論されている。<br><br>確かに、華やかな招致ロゴに人気が集まるのは分かるのだが、5年後には古臭くて野暮ったく感じてしまう可能性が高いと私は思う。<br><br>佐野氏のエンブレムが使用取りやめになったことそのものは仕方がないと思う。しかしこのままいくと、「現在」の視点だけで新しいエンブレムが決まってしまうのではないかとても不安だ。<br><br>日本のグラフィックデザイン業界の人たち。エンブレムを作る遊びや、自己保身のために口を噤むのはやめて、「5年後に行われるオリンピックのエンブレム」はどういうものが良いのか。またその理由などを世の中に広めていくべきなのではないでしょうか？<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12070999986.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Sep 2015 22:52:02 +0900</pubDate>
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<title>素敵な嘘</title>
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<![CDATA[ 先日、梅田を散策していると<br><br>桜の花びらを発見しました。<br><br>よく見るとそれは桜の花びらではなく、地面に埋め込まれた白い石でした。<br><br>満開の桜を留めてしまうと、なんだか粋じゃない。<br>すぐに散りゆく桜の不完全性こそ美しい、という日本の美意識、わび・さびに反すると思います。<br><br>だからせめて、散り落ちた花びらをそこに留めよう。<br>そんな素敵な嘘を感じました。
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12070264096.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2015 23:52:55 +0900</pubDate>
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<title>ポカリと五輪エンブレム</title>
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<![CDATA[ 皆さんご存知ポカリスエット<br>実は販売当初は全く売れなかったってご存知でしょうか？<br><br>初期のポカリスエットは、あまり美味しくなかったこともありますが、そもそも身体が吸収しやすい飲み物ろいうものが何かわからず、受け入れられなかったという側面もあると思います。<br><br>しかし、これは絶対世の中に必要とされるはずと信じ販売を続けたところ、定番商品にまでなったのです。<br>「定番」になるものとは最初から世の中に熱烈な歓迎を受けるとは限りません。<br><br>5年後に行われるオリンピックのエンブレムはポカリスエットのように「定番」になり得るものが選ばれてほしいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12069892937.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2015 00:32:45 +0900</pubDate>
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<title>佐野氏デザインは劇場エンブレムとフォントも同じ!?</title>
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<![CDATA[ 「フォントまで同じだ」<br><br>ベルギーのエリージュ劇場のロゴマークをデザインした方の発言でこのようなものがありました。<br><br>しかし佐野氏のデザインしたオリンピックのエンブレムと、エリージュ劇場のロゴマークに使われているフォントは全く違うものです。<br><br>デザイナーという職業には、細かいフォントの違いまでコントロールしていく職人的な技能が求められる側面もあります。<br><br>どうしてメディアはこの不可解な発言を取り上げないのか不思議です。<br>ベルギーの王族弁護団？なるものが怖いのでしょうかね？
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12069635844.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Sep 2015 11:06:12 +0900</pubDate>
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<title>佐野研二郎氏問題について!デザインって何？</title>
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<![CDATA[ デザインを勉強している学生です！<br><br>未熟者の私見ではありますが、オリンピックエンブレム騒動と佐野研二郎氏の画像盗用問題について書かせていただきます。<br><br>まず最初に、今回の騒動において佐野氏に対して多くの批判がなされました。<br>いくつかの問題が複合的におこったのですが、それが全て一つの事象のように捉えられてしまったために、大きな混乱が生まれてしまったと私は思います。<br><br>今回の騒動における主な論点を整理してみます。<br><br>①オリンピックエンブレムの盗作疑惑<br>②佐野氏の画像盗用問題<br>③オリンピックエンブレムの選考基準の不明瞭さ<br>④デザイン業界の利権？問題<br>⑤単純にエンブレムが気にくわない<br><br>ざっとこんなところでしょうか？<br><br>これらが同じ土台で議論されてしまったが為に、はっきり言ってめちゃくちゃな批判までもがまかり通ってしまっているように私は思います。<br>特に①と⑤を混同した批判がひどいと感じます。<br><br>今回はこの問題を背景にして、デザインとは何かについて述べさせていただきます。<br><br>デザインとは、単純にかっこいいポスターやエンブレムを作ることではありません。<br>概念的なものを目に見えるモノにすること。それにより目的を達成するための手段なのです。<br><br>なんだか抽象的な説明でよくわからないと思われるかもしれません。<br>そこで今回のエンブレムを例にして解説させていただきたいと思います。<br><br><br>今回のエンブレムに求められたことは沢山あったと思うのですが、私は次の２つの事をピックアップさせていただきます。<br><br>①国民に愛されるエンブレム<br>②時代にあったデザイン<br><br>①の国民に愛されるエンブレムという課題について、現状をみれば「あれが国民に愛されるはずがない」と思われる方が大半でしょう。<br>ですが、エンブレムには国民に愛されるための仕掛けがあったのです。<br>まず、今メディアでも騒がれている「国民に愛されるエンブレム」という課題には抜け落ちている部分があります。本当は「(5年後)国民に愛されるエンブレム(になっている)」なのです。<br>現在ネット上を中心にもてはやされている桜のリースのロゴ。今だけ見るのならばあのロゴで良いでしょう。しかし、5年後にも良いと思えると自信を持って言えるでしょうか？<br>5年前に流行ったもの、皆んなが良い良いと持ち上げたもの、今どれだけ残っているでしょうか？<br>対する佐野氏デザインのエンブレムは5年後の視点を持って作られていると私は思います。<br>第一に、シンプルな幾何形態による表現であること。このような表現は一種の「古典」です。つまりは古い時代からずっと使われている手法なのです。そしてそれは5年後になってもあまり古びない可能性が高いのです。<br>そしてもう一つは「展開性」佐野氏のデザインはエンブレムの正方形による分割というルールと、パーツさえあればどのような形態であっても「これはオリンピックのエンブレムと関係があるんだな」と認識させることができるのです。これにより様々なメディア展開、キャンペーン展開が可能になります。これは「人は見慣れたものを良いと感じる」という特性を利用し、「国民に愛されるエンブレム」にするための「機能」です。<br><br>このように、見た目だけでなく実際的な機能まで考えられていて初めて「デザイン」なのです。<br><br>さて、先ほど古典の手法だといったこのエンブレムですが、時代にあわせたチューンナップもなされていると思います。メディアが多様化したこの時代、エンブレムは紙に印刷されるだけでなくデスクトップやスマートフォンでも見られます。どんなメディアで見ても見えかたバラつきがないか、フォントの太さや色などの観点から検証されているのでしょう。<br><br>このように細かく分析していくと、このエンブレムが盗作だとは考えにくいのです...<br>デザイン業界の人々は、身内だからとか自分も盗作をしているからといった理由で「このエンブレムは盗作ではない」と言っているわけではないと思います。<br>今回の件で批判されなければいけないのはもっと他の部分だと思います。それについても後々書かせていただこうと思います。<br>それでは長々とすいませんでした！
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<link>https://ameblo.jp/kkp222/entry-12069548877.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Sep 2015 00:40:49 +0900</pubDate>
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