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<title>幸せ請負人　こぐれの遺言</title>
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<description>いそがしく遊んでいたら、いつのまにか下の子も成人していました。考えたら自分も今度の誕生日で50歳です。「人生50年」という時代でもありませんけど、遺言の下書きを始めようと思いつきました。</description>
<language>ja</language>
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<title>戦い</title>
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<![CDATA[ 戦いは嫌いです。こう言ったら、<br>「○○は人と戦っているのじゃなくて、自分との戦いなんだ!!」<br>と言われました。<br><br>一番戦ってはいけない相手と戦っているのですね。<br>自分とは仲良くしないと。
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11317031321.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Aug 2012 03:24:54 +0900</pubDate>
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<title>忙しい !?</title>
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<![CDATA[ 遺言の下書きが進んでいません。<br>それなりに慌しい毎日を過ごしているのですが、<br>そんなことは言い訳にはなりません。<br><br>一つには、「忙しい」というのは、時間の管理を失敗しているからです。<br>よく、スケジュール帳をめいっぱい埋めて喜んでいる人がいますけど、<br>ギリシャ人だったかが「文化は暇な人が創る」と言っていました。<br>暇な時間を作れないようでは、何かが間違っているのでしょう。<br><br>もう一つは、「ちゃんとした（納得のできる）仕事をしたい」という思い上がりです。<br>心がけとしては立派なのかもしれませんけど、<br>そんなことを言っていると何もしない毎日の繰り返しになります。<br><br><br>と、言うわけで、<br>とりあえず下書きを残しておきましょう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11310021417.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jul 2012 19:23:01 +0900</pubDate>
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<title>サービス</title>
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<![CDATA[ この頃けっこう勘違いしている人が多いと思います。<br><br>一番わかりやすいのがコンビニですね。<br><br>私は30年以上前に、今はなきSCでデビューしたのですが、<br>POSレジ導入等の進化に関わりなく、当時よりサービスは低下していると思います。<br><br>ちょっと前まではおかしな日本語に悩まされました。<br>「1000円からのお預かりです」<br>「テープで大丈夫ですか？」<br><br>この頃では、<br>「～ポイントカードは大丈夫でしょうか？」<br>と、必ず聞かれてウンザリしています。<br><br>「ありません、袋いりません、パスモです」<br>と伝えても、たいていは聞いていてくれません。<br>「このままで大丈夫ですか？」<br>袋が必要な人は大丈夫ではない人というのでしょうか？<br><br>そんなことよりも、絶対にやめて欲しいのは、<br>さんざんレジに並んだあげく、<br>前の人がまさに終わろうとしているタイミングで<br>「次にお並びの方、こちらのレジへどうぞ!!」<br>と言われることです。<br><br>仕事で疲れているときなど、一歩たりとも無駄に動きたくないし、<br>そもそもレジが込んでいる事に気がつくのが遅いのに、<br>そのうえそのタイミングで誘導しようというのは、<br>お客にサービスしているのではなくて、<br>サービスしている自分をアピールしているだけというものです。<br><br>この頃スポーツ選手でも<br>「アピールしたいと思います」<br>などと得意げに言ったりしていますけど、<br>思っていても言わない方がカッコいいこともあると思います。<br><br>そんなこんなでやっと支払が完了すると、<br>胃袋のあたりで一瞬両手を重ねて挨拶されてしまいました。<br>形だけを絵に描いたような人でした。
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11296615987.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Jul 2012 17:53:51 +0900</pubDate>
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<title>つまらない男</title>
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<![CDATA[ 「どんな人間をめざすか？」<br>というのは、漠然としていて考えにくいと思います。<br>私もそうでした。<br>それであちこち出かけては、一流といわれている人に会いました。<br><br>当時はインターネットが普及していなかったので、<br>まずは無差別に本を読んで、<br>一行でも心に響くものがあったら、その人の講演会を聞きに言って、<br>可能なら本にサインしてもらったりして、<br>勉強会のレギュラーになったり、あわよくばスタッフに加わったりしました。<br><br>いまから思えば、若い頃に頻繁に転職していたのも、<br>いろいろな人に会いたいということが大きかったのだと思っています。<br><br>一流の人を知るのは、とても楽しい事です。<br>たくさんの人を知るのも、同じくらい楽しい事です。<br>同時に、危険な側面もあります。<br>普通の人がつまらなく見えてしまうのです。<br><br>普通の人がつまらないのですから、<br>一般的に言ってくだらない人だったら大変なことです。<br><br>ただ、回数を重ねていく中でわかってきたのは、<br>どんな世界にも一流の人がいるということと、<br>どんな人にも一流の部分があるのではないかということです。<br><br>最後のところで歯切れが悪いのは、<br>いまだに何の長所も見つけられない人が残ってしまっているからです。<br><br>その人には失礼なことだけど、<br>「あんなつまらない男になったらおしまいだ!!」<br>と、反面教師になってもらっています。<br><br>ここで大切なのは、<br>その「つまらない男」（本当にごめんなさいね、Sさん）にフォーカスし続けるのでなく、<br>対極にいるすばらしい人にフォーカスして終了することです。<br>さもないと引き寄せの法則が働きますよ。
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11288793105.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jun 2012 08:44:45 +0900</pubDate>
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<title>大変</title>
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<![CDATA[ 貴君は今、手一杯だと言っていたけれど、<br>「大変」の絶対的な基準ってあるのでしょうか？<br><br>同じ状況でも大変と感じる人もいれば、<br>楽勝と笑う人もいるのです。<br><br>何が違うかといえば、縮尺が違うのですね。<br><br>今の状況を100と設定すれば、<br>確かに100％稼動していることになりますが、<br>今の状況を10と設定すれば、<br>10％だけ稼動していて、残りの90％は余力です。<br><br>これは言葉の遊びではなくて、経験から言える事実です。<br><br>たとえば私が、先物取引の営業をやっていた頃、<br>朝の7時には会社で電話営業を開始して、<br>夜の11時にノルマをあきらめて帰る日々でした。<br>それに比べればたいていの職種は楽に感じます。<br><br>雨の日に自転車に乗るのは大変な事ですが、<br>郵便配達を経験すれば、<br>荷物なしで駅まで行くくらい何のことはありません。<br><br>自分の行く末を悩んでいた大学生の頃は大変でしたが、<br>結婚して子供が生まれて、否応なく判断の連続にさらされると、<br>悩んでいる暇がなくなります。<br><br>忙しいのが尊い事だとは、断じて思っていないのですけど、<br>一つ上の位を経験すると、<br>端数なんて「なんくるないさ」と思えてきたりするのです。
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11284626560.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Jun 2012 09:04:11 +0900</pubDate>
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<title>変わるもの、変わらないもの</title>
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<![CDATA[ ちょっとテーマが大きすぎました。<br>一部分にふれる程度にしておきます。<br><br>よく、「あなたは変わった」と言われます。<br>たいていはそれ以前にした約束を守っていないといった、<br>怒ったようなモードの中でです。<br><br>そのたびに聞き返したいと思うのですが、<br>毎日いろいろなことをして、いろいろな目にあって、<br>それでもまったく変わらない人というのは、<br>いったい何なのでしょうか？<br><br>変わらないのが美徳とされるのは、<br>農耕民族の血筋だからかもしれません。<br><br><br>話は脱線しますが、<br>よく人の食べているものにけちをつけて、<br>「日本人は昔からお米と野菜を食べてきたのだから」とか、<br>「臼歯が何本で犬歯が何本だから、食物の割合は… 」とか言う人がいますよね。<br><br>だけど農耕が始まる前は、<br>マンモスを追っかけていた時代もあったのでしょう？<br>（日本にはないのかなぁ… ）<br><br>歯のことだって、人は犬や牛と違って、<br>人は火を使ったり道具を使ったりしているから、<br>そういう面での進化はないのでは？<br><br><br>話をもどせば、<br>農耕民族以前の血筋も残っているのだから、<br>態度を変えないことに汲々としているのも不自然ですよね。<br><br>そんな妙な努力をしなくても、<br>私の中にも変わらない部分があって、<br>それが自分の本質だと信じて長いことやっていると、<br>それがまた変わりうるものだったりして、<br><br>だから、昨日とも明日とも関係なく、<br>今の自分が一貫していればOKなのだと思うのです。<br><br>今日はね
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<pubDate>Wed, 20 Jun 2012 13:59:25 +0900</pubDate>
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<title>嘘</title>
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<![CDATA[ 学校の先生に「嘘をついてはいけません」と習ったと思います。<br>でも、嘘をつくのは悪いことなのでしょうか？<br><br>わかりやすいところからつぶしていきましょう。<br>重病人がいて、貴君は医者から詳しく状況を聞いていたとしましょう。<br>「本当のことを言ってくれ」と、重病人にたのまれたとして、<br>本当のことを言えばその人が生きる気力を失いそうだとしたら、<br>それでも嘘はいけませんか？<br><br>途中を書くつもりでしたが、<br>例によって面倒になったので、反対の極に行きます。<br>自分を守るために事実をねじまげる嘘はどうでしょう？<br><br>これはよほどの場合以外は悪いことですね、普通は。<br><br>それにしたって、たとえば悪者に拳銃を突きつけられて、<br>自分を守るために智恵をしぼるのも悪いでしょうか？<br><br>こうしてみると、「嘘をついてはいけない」というのは嘘ですね。<br>「嘘をついてはいけない場合もある」くらいが関の山でしょう。<br><br>なにが言いたいのかというと、<br>小さい頃からあたりまえに思っていることの中に、<br>実は根拠に乏しいものが多いのです。<br><br>「絶対～だ!!」というのは、絶対まちがっています!!<br><br>この命題はどうしたものでしょう!?
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<pubDate>Tue, 19 Jun 2012 13:52:25 +0900</pubDate>
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<title>小僧の神様</title>
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<![CDATA[ タイトルは言わずと知れた志賀直哉だけど、<br>あの小説の主題とは無関係です。<br>それにも関わらずこのタイトルをつけた訳は、<br>忘れなければ書くつもりです。<br><br>世の中では神がいるとかいないとか、<br>変なことを言い争っている人たちがいるようです。<br>もともとは「よくわからないけど、たしかにそこにあるもの」を、<br>とりあえず神と呼んだのではないでしょうか？<br>だったら無益な言い争いですよね。<br><br>それはともかく、私には具体的な神様が複数います。<br>大きな神様のことではなくて、<br>この頃はやりの「メンター」に近いのかもしれません。<br><br>まずは何といってもNさんです。<br>この人だけは別格で、<br>ほかに尊敬する人が出てきても、まずは彼のフィルターにかけています。<br>Nさんの言っていることと違っていたら、<br>それについて徹底的に検証します。<br>言ってみればNさんは私の座標軸なんです。<br><br>座標軸はそれぞれが勝手に作ったら好いと思いますが、<br>あるとないとでは大違いです。<br>基準がないと、ふりまわされてしまうだけです。<br><br>おおげさな人は、<br>「それなら慎重に選ばないと… 」<br>などといって、いつまでも先延ばしにします。<br><br>だけど、極端な事を言うなら、とりあえずは誰でもOKなのです。<br>もちろん、初めからすばらしい人にあたれば、<br>その後の修正は楽になるのですけど、<br>どんな人でもないよりははるかにましというものです。<br><br>今日は根気が萎えてしまったので、ここでやめておきます。<br>下書きの気楽さですね。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11279076894.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jun 2012 18:34:21 +0900</pubDate>
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<title>絶対に負けない方法</title>
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<![CDATA[ 高校生のとき、マージャンにはまって、、<br>向き不向きという言い方をするなら、私はギャンプル全般に不向きでした。<br>毎回負けて、まぁ、小さな金額を払い続けていました。<br><br>なぜ負け続けるのか、それについて今はわかるのだけど、<br>それについては別の機会に話しましょう。<br><br>あるとき、親切な人が観るに見かねて、<br>「絶対に負けない方法を教えてやる!!」<br>と言ってくれました。<br><br>大喜びで教えを請うと、<br>「それはね、マージャンをしないことだ!!」<br>と言うのです。<br><br>なんだかはぐらかされた気がして、<br>その人のことを「役に立たない人」と思いました。<br><br><br>でも、今となってわかったのは、<br>それは「絶対に負けない」王道なのです。<br><br>そもそも勝負しないのだから、負ける事ができないのです。<br>当然勝つ事もありませんが、<br>なぜ勝たなくてはならないのでしょう？<br><br>人が生まれてきたのは、別に勝つためではないと思います。<br>人は楽しむために生まれてきたはずです。<br>だから、「勝った負けた」が好きな人は、勝負すれば楽しめるでしょう。<br>でも私は違いました。<br><br>誰かが勝負を挑んできたら、「どうぞお先に」と道を譲ります。<br>相手は勝った気になれるし、私は争わずにすみます。<br><br>精神論が好きな人たちは、<br>「自分に勝て!!」<br>などと言ったりするのですが、<br>なぜ自分と戦う必要があるのでしょうか？<br>「共存」という言葉を知らないとしか思えませんね。<br><br>毎朝出勤するときに、<br>川沿いのサイクリングロードを自転車で走っていますけど、<br>たいてい10台くらいには追い越されています。<br>歩くより楽だから自転車に乗っているのだから、<br>心拍数が上がるほど急ぐ気持ちを、私には理解できません。<br><br>なんだかまとまりがつかなくなりましたが、<br>すべての勝負を放棄すれば、<br>そこには自由自在という世界が待っていると思います。<br>「思います」ではなくて、<br>私はそれを満喫しています。<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 15 Jun 2012 06:02:01 +0900</pubDate>
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<title>お誕生日おめでとう</title>
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<![CDATA[ もう、去年成人していたのですね。<br>このごろあわただしくしていたので、わるいけど忘れていました。<br><br>けれども貴君が大学に合格して、家を出て寮に入った時点で、<br>父親の役割は終わったものと思っていましたので、<br>1年くらい間違えていても、別にどうということはないでしょう。<br><br>ともかく、親に何か教わったり、親に助けてもらう時期は過ぎました。<br>これからは世間の人に教わって、世間の人に助けてもらってください。<br>あたりまえだけど、世間の人を助ける方が、順番としては先だと思っていてほしいです。<br><br>どうも貴君は、私のお気楽な部分ばかり見ているようですが、<br>それも仕方ないことです。<br>だって私は根っからのお気楽モノなのですから。<br><br>だからと言って、世の中の大変なことが、<br>すべてお気楽モノを避けて通ってくれるわけでもないのです。<br>ちゃんと平等に私のところにもやって来ます。<br><br>ただ、私の方でそれについて悩まないというか、<br>正直に言うなら、悩み続けるほど根気がないのです。<br>夜になってお酒でも呑みはじめると、<br>なんだかすごく簡単なことに思えてきて、<br>次の日には簡単なこととして考え始めてしまいます。<br><br>簡単なことを考えるのは簡単なことです。<br><br>だから私は、無責任と呼ばれることもあるし、<br>一部の人からはとても嫌われてしまったりもするのですが、<br>べつに世界中の人から好かれなくてはならないという法もないし、<br>そもそも自分のもっている最高の責任って何だと思いますか？<br><br>まぁ、子供に説教めいたことは言わないと決めたのだし、<br>その答えは自分で探してくれたら好いと思います。<br><br>私はこれから遺言の下書きにとりかかることにします。<br>順番はでたらめになると思います。<br>だって下書きなのですから。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kogure358/entry-11277111436.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jun 2012 09:52:15 +0900</pubDate>
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