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<title>-Spice up your life- 人生に効くインテリジェンスと気功《神戸・名古屋》</title>
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<description>正しい知識とは？人生を変える知識の使い方。知識を智慧に変える方法を伝えます。</description>
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<title>日々是好日、学びがあればいつでも人生は好転させられる。</title>
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<![CDATA[ <p>イエスは一流のヒーラーでしたが、抽象度が高かったかというとそうではなかったと思います。つまり正しい知識＝智慧ではなかった様です。真実はわかりませんが聖書を読む限りは、非常に感情的な内容です。民衆向けの言葉の為なのかも知れないですが、原理原則からは遠い内容です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>感情的で空想的で感覚的です。</p><p>&nbsp;</p><p>キリスト教以前ではギリシャ哲学（プラトン哲学）やカバラ主義が流布していた様ですが、こちらの方がしっかりと宇宙を捉えていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つまり正しい知識が伝わるという事では無いという事です。智慧の理解は難解です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>感情的で空想的で感覚的の方がぼんやり伝わってしまうのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>修行をしないものは、こういった世界観に生きる事になります。いわば、月並みの国、刺激のない何も変わらないことが幸せのような世界です。</p><p>実際は共産的で監獄の世界です。ユートピアとディストピアは同義です。自由のない世界と言う事です。毎日の平穏が約束され、三食昼寝付きで、皆が均等に労働し、平等です。また安全な警備つきです。これは監獄です。本当の幸せは監獄の外にあると誰でも気づけるはずです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>甘い言葉は悪魔の囁きなのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>内に潜む惰性もまた悪魔の囁きなのでしょう。自由と刺激（好奇心と感動）を欲しないと人は社会という誰でも生きられる監獄に閉じ込められます。</p><p>いわゆるコモディティ化でありモブ化です。酸いも甘いもしって平穏に落ち着くなら別ですが（これも超えられない壁がそうさせているのですが。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この世界には誰しもが幸せになれる理想郷などどこにも存在しないということです。あるのは幸せになりたい者だけが、幸せになる世界です。</p><p>&nbsp;</p><p>イエスも釈迦も衆生救済を行ってはいません。</p><p>聖書を読めばわかりますがイエスは「あなたを救う。」とは一言も言いません。イエスは「私について来なさい。」というだけであり、あるのは神による救いです。神というのはいつも見ておられるので、高次の自己であると考える方がシンプルでしょうし、仏教でも神がいるとすれば自己のみでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦も救うことはしていません。苦しむ人々に苦しむ原因とその苦しみから解放される方法を教えるだけです。</p><p>最後は本人次第だった訳です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だからと言ってイエスと釈迦の偉大さは変わりはしないです。愚かなのはすがる人々であり、必要なのは彼らから知慧を学ぶべきであり、彼らの技術を習得する事です。</p><p>&nbsp;</p><p>一流のヒーラーと一流のフィロソフィアの知慧は現代においても非常に有効で使い勝手がいいという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>どの技術も学びがいがあると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>脅迫観念にかられて学ぶのではなく、難しくても学びたいと思えるものに出会えることが大切です。</p><p>&nbsp;</p><p>「難しい事を易しく、優しい事を深く、深い事を面白く、面白い事を真面目に、真面目な事を愉快に、そして愉快なことはあくまで愉快に&nbsp;」</p><p>劇作家井上ひさしさんの言葉です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あなたが出会う、新たな学びがあなたの世界を広げます。心が求める学びをしていきましょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12214739984.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Oct 2016 22:00:01 +0900</pubDate>
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<title>【予習】歴史を知るとことで愛（関係性）が生まれる</title>
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<![CDATA[ <p>仏教講座、まもなく開講です。ということで少し予習です。</p><p>&nbsp;</p><p>仏教の歴史は約2500年前から始まるわけですが、経典としてまとめられるのはこの500年後以降です。何故書簡にまとめなかったのかは講座で話しますが、この後、更に北伝仏教と南伝仏教に分かれていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>後者、南伝仏教は原始仏教の教えを忠実に守り、釈迦の言葉を伝えてきました。</p><p>&nbsp;</p><p>北伝仏教は釈迦の教えだけでなく、様々な宗教を吸収しつつ、革新的な仏教になっていきます。これが大乗仏教というものです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして日本に伝わったのはこの大乗仏教だったのですが、それには大きな落とし穴があったのです。それは釈迦の教えである、三蔵が正しく伝わらなかったという事です。三蔵というのは仏教の一番大事な経典群です。（三蔵を中国に持ち帰ったのがかの有名な玄奘三蔵法師ですね。）</p><p>&nbsp;</p><p>日本に伝わる頃にはオリジナルではなく、劣化コピーの仏教となってしまった訳です。それでもスゴイのは、劣化版でも悟りを得られた僧は多くいたという事です。空海や一休宗純はかなりオリジナルに近い感覚だと僕は思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしながら、民衆に広まった仏教は釈迦の教えからは程遠いものとなりました。今も尚、大半の日本人は原初の仏教を知らないのが現実です。</p><p>&nbsp;</p><p>仮にオリジナルが仏教Aならば、北伝仏教は仏教は仏教Bで日本人の大衆の仏教は仏教Cです。</p><p>&nbsp;</p><p>A=Bである</p><p>B=Cである</p><p>ならばA=Cである</p><p>&nbsp;</p><p>これは三段論法なのですが、実は仏教もこの解釈が起きているのが分かります。</p><p>&nbsp;</p><p>仏教Aが悟りの道を説きました。</p><p>&nbsp;</p><p>仏教Bは悟りの道と理想的な生き方を</p><p>説きました。</p><p>&nbsp;</p><p>仏教Cは理想的な生き方が悟りの道と</p><p>説きました。</p><p>&nbsp;</p><p>もっと細かな変遷はあるのですが大まかに言えばこの様な動きをしていきます。逆説やコンバージョン性、自由度の高い思想ゆえ、起こるべくして起こった事ではあるのですが仏教Cはまさに魔法の解けた魔法の絨毯です。行きたい所にはどこにも連れて行ってくれません。日常生活に多少役立つ程度です。</p><p>&nbsp;</p><p>鰯の頭も信心からなのかもしれませんが、僕個人としては、おすすめしたくありません。「それでも僕、私はこの道を進むんだ。」というならば止めはしません。もっと有用な仏教はあるということです。有用というのは使い勝手がいい訳です。</p><p>&nbsp;</p><p>やはり、僕にとって仏教というのは、使い勝手がいい道具であるべきだとおもいます。釈撤宗さんの“かけがえのない物語に出会う”というのも捨てがたいのですが、この想いは話しきれないのでここでは道具という事にしておきます。</p><p>（また、別のブログで書こうと思います。釈撤宗さんの物語という捉え方も、素敵だと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>道具の例えは、釈迦の筏（イカダ）の喩えが有名です。</p><p>引用したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>“引用開始”</p><p>ブッダはこの日、滞在中のサーヴァッティー郊外のジェータ林（祇園精舎）でこのような話をした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「たとえば、修行者たちよ、長旅をしてきた男が、たまたま大きく深い流れの河ににでくわしたとしよう。彼のいるこちら岸は危険で怖ろしく、盗賊が出没し、人々は略奪や殺害の憂き目にあっている。一方、向こう岸は安全で危険はない。だが、あいにく、向こう岸へ渡る船はなく、橋もない。そこで、かれは、木片や枝葉かき集めて手製の筏を作り上げる。それを必死にあやつって激流を渡りおえることができた。こうして向こう岸に立った旅人は筏をみて考える。</p><p>&nbsp;</p><p>『この筏はわたしに役立った。おかげでわたしは無事に河をわたることができたのだ。さあ、わたしはこの筏をかついで、行きたいところへ行こう』</p><p>&nbsp;</p><p>＿＿修行者たちよ、これをどう思うか。彼の行いは適切だったといえるだろうか？」</p><p>&nbsp;</p><p>「適切ではありません、師よ」</p><p>&nbsp;</p><p>「ではその旅人が逆に、『この筏はわたしに役立った。では、わたしはこれを陸地に捨ておくか水に沈めて、行きたいところへ行こう。』と考えたならばどうか。かれは筏について適切なことをなした人間となるだろう。</p><p>　修行者たちよ。筏は河を無事に渡るためにあるのであって、取っておくためにあるのではない。わたしの教えを正しく理解した者は、もはや用済みの筏としてそれを捨てるべきである」</p><p>“引用終了”</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦は自らの教えを理解したら捨てるべきと言っています。教えを何に使うかといえば、全ての苦しみの元を越える為にです。</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦の教えは苦しみを越える為だけのものです。克服した後は、それ以上に大切な学びがあるという事です。自分だけの人生を生ききるという最後の課題です。</p><p>&nbsp;</p><p>悟って尚、修行するというのはそういう事です。講座でも、歴史と思想の両面から理解していきますので、濃い内容になる事は間違いないです。お楽しみに。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;">【エッセンスアカデミー《智慧の完成・釈迦の世界を見渡そう》〜仏教の俯瞰、哲学としての解体〜】</span></p><p>【日時】&nbsp;<a dir="ltr">11月6日（日） 19：30～21：00</a></p><p>【場所】 兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】 30000円&nbsp;《10月末までの振込の方は20000円》</p><p>【受講資格】 ブログ読者</p><p>【持ち物】 筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" width="100%" style="margin:0;table-layout:fixed;"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" width="95" style="vertical-align:middle;"><span style="display:block;text-align:center;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=33041140" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img alt="死では終わらない物語について書こうと思う" border="0" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F61oCegozigL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=33041140" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">死では終わらない物語について書こうと思う</a><div style="padding: 3px 0;">1,620円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>こちらもオススメです。</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" width="100%" style="margin:0;table-layout:fixed;"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" width="95" style="vertical-align:middle;"><span style="display:block;text-align:center;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=33041138" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img alt="仏教の冷たさキリスト教の危うさ (ベスト新書)" border="0" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51BvLxXXaiL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=33041138" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">仏教の冷たさキリスト教の危うさ (ベスト新書)</a><div style="padding: 3px 0;">864円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>ネルケさんのお話も面白いです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12213891897.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Oct 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>【募集開始】もっと知りたくなる仏教。釈迦の観た世界とは</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color:#000000;">【エッセンスアカデミー《智慧の完成・釈迦の世界を見渡そう》〜仏教の俯瞰、哲学としての解体〜】募集始まりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>仏教って難しい。</p><p>そんな言葉をよく聞きます。</p><p>確かに難しい言葉もあるのですが、それよりももっとややこしくさせているのが、仏教の性質です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>いろいろな経典や説法を見聞きするほど、いろいろな矛盾が生まれてしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>“あっちでは、ああ書いてあったのに、こっちではこう言っている。”</p><p>&nbsp;</p><p>なんて事は仏教ではざらにある事です。</p><p>実はこれには、しっかりとした理由があります。仏経の経典には七千余節あもの膨大な量の法話が記されています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんこの七千もの話があれば解釈がいくつも生まれてしまうのは当然ですが、だから矛盾するという理由ではありません。伝達ミスという事ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この法話というのが、曲者なんです。</p><p>でば、もしこの法話というのが実は嘘だったと仮定したらどうでしょう。</p><p>仏教というの、真理の教えであるのですから、まさか誰も嘘が書かれているとは思いませんよね。では、もう１つ仮定の話をします。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたは、ある友人が悩んでいる事を知り、友人を訪ねます。あなたは、友人が悩んでいる事の原因がわかり彼を救う事ができます。</p><p>しかし、彼はその話を受け入れる事が出来ませんでした。うまく伝えらないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、賢いあなたは気づきます。</p><p>彼にたったひとつ嘘をつけば彼が理解できるようになり彼を救う事が出来ると。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>では、質問です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あなたは嘘をつきますか？</p><p>&nbsp;</p><p>どうしましたか？</p><p>&nbsp;</p><p>もし、それが生涯を左右する悩みだったらどうですか？</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>おわかり頂けたかと思います。これが法話の正体です。誰かを救う為にはたったひとつの嘘くらいつくものです。人はそれを方便と呼ぶはずです。</p><p>&nbsp;</p><p>それが何億もの人を救おうと思ったら、何千と嘘が生まれても仕方がないと思いませんか？</p><p>&nbsp;</p><p>ただ目の前の人達を救う為にやった事です。僕は許してあげたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんそのまま、真実だけを語る方法もありますが、多くの人には理解出来ない難解なものです。（密教系がそれに当たります。）</p><p>なので法話というのは事例集のようなものです。真実と少しの方便が記されています。</p><p>&nbsp;</p><p>多くの人は理解出来ませんし、一瞬の救いを求めてしまいます。仏教は人々に寄り添う為に敢えて嘘をつく道を選んだという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なので僕は思います。</p><p>仏教の優しさに甘えてないで本当の仏教を知ろうと。一瞬の救いよりも一生の救いです。初期仏教の話をよく読むとよくわかります。</p><p>有名な毒矢の例えの一節です。</p><p>&nbsp;</p><p>“引用開始”</p><p>&nbsp;</p><p>マールンクヤプトラという弟子が釈尊に対して、</p><p>&nbsp;</p><p>「世界は未来永劫に存在するのでしょうか」</p><p>「世界には果てがあるのでしょうか」</p><p>「如来は死後も存在するのでしょうか」などの疑問をなげかけました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、これらの問いに答えてくれないならば、自分は還俗しますといいました。これに対して、釈尊は次のようにお答えになります。</p><p>&nbsp;</p><p>「あなたの疑問に対する答えを求めるのであれば、あなたはその答えを得る前に命が尽きてしまうでしょう。たとえば、ある人が毒矢で射られたので、みんなが心配して急いで医者を呼んできて、医者がまず矢を抜こうとしたら、その男が叫んだ。『この矢はどういう人が射たのか、どんな氏名の人か、背の高い人か低い人か、町の人か村の人か、これらのことがわかるまではこの矢を抜いてはならない。私はまずそれを知りたい』というのならば、その男の命はなくなってしまうでしょう。あなたの問いはそれと同じなのです。もし世界は永遠に存在するとかしないとか答えることができる人がいたとしても、その人にも生老病死の苦しみがあり、さまざまな憂いや悩みがあるのです。あなたの問いは、人間の本当の苦しみや悩みとは関係のないことです。」</p><p>&nbsp;</p><p>「わたしは説くべきことのみを説きます」</p><p>&nbsp;</p><p>“引用終了”</p><p>&nbsp;</p><p>まさに知るべきこと知るということです。僕達が知るべきは心を自由にする方法。苦しみを手放す方法です。その方法は世界を支配する因果を知る事です。それを知る事で釈迦の伝えたかった世界がおのずと見えて来ます。</p><p>あなたも一気にその世界を見渡して観ませんか？</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;">【エッセンスアカデミー《智慧の完成・釈迦の世界を見渡そう》〜仏教の俯瞰、哲学としての解体〜】</span></p><p>【日時】&nbsp;<a dir="ltr">11月6日（日） 19：30～21：00</a></p><p>【場所】 兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】 30000円&nbsp;<span style="color:#FF0000;">《10月末までの振込の方は20000円》</span></p><p>【受講資格】 ブログ読者</p><p>【持ち物】 筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12212980585.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Oct 2016 06:56:30 +0900</pubDate>
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<title>【募集開始】あなたの現在地を知る</title>
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<![CDATA[ <p>【エッセンスアカデミー】まもなく開講です。</p><p>今回は初めてのネットビジネス内容告知です。</p><p>&nbsp;</p><p>“風が吹けば桶屋が儲かる”</p><p>“南山に鼓を打てば、北山に舞う”</p><p>“バタフライエフェクト”</p><p>&nbsp;</p><p>なにも因果のなさそうな所にも因果はあるというのが世の理です。いや、因果を見出してしまうというのが本当のところなのかもしれません。どちらにしろこれらの言葉は真を捉えています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>スモールワールド現象も同じで人の繋がりを5次まで広げると世界中の人が繋がるのです。</p><p>世界は思っている以上にせまいという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人脈が成功の鍵というのもあながち嘘ではないと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>いつもチャンスは思わぬ所に現れます。</p><p>&nbsp;</p><p>たまたまに目に飛び込む記事やニュース、偶然出会った人に、運命を感じてしまうという事です。振り返れば、あたかも予定調和であったかのように人は振舞います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>真は偶然の産物であり、偶発性に背中を押される訳です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>小さな繋がりこそが大きな変化をもたらします。そのつながりが弱ければ弱い程（確率が低い）良いわけです。神を見るのもこの為です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦も因果そのものを否定も、肯定もしていません。因果応報というのはあろうがなかろうが、苦しみからは無縁のところにある為、黙秘をしたと見るべきでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、因果は少なからず、存在します。世界のロゴスとしてある訳です。しかし、それらは過去にしか見出せず、未来に対しては確定された因果は誰も見出せません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ランダム性な世界を乗り切るには真の知性が必要になります。知性とはロゴスを観る目であり、ロゴスを支配する心を手にする事だとおもいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「私達は、私達は学ばないということを私達は学ばないという事を自然とは学ばない」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この言葉は非常にシンプルな内容を語っているのですが、脳はこの文章を見ると解読困難に苛まれます。どれだけ普段の生活で脳の思考を使わず、脳の反射だけで日常生活を送っているかがわかるのがこの言葉です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>世の中の多くの現象も、シンプルなロゴスによって織り成されますが、その因果を読み解くのは困難です。脳は誤った解答をはじき続け、間違った習慣、システムを構築していきます。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、システムに飼い慣らされた人間はあたかも自分達が人より利口な人間と錯覚して平凡な毎日を過ごして行きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、それだけなら構わないのですが、そういった人達は何故、自分の様な優秀な人間がこんなにも平凡な毎日をすごさければいけないのかと思うわけです。「虚ろな優秀性」というやつです。</p><p>&nbsp;</p><p>「あなたは組織の中で上位10%に入る資質を持っていますか？」という問いに世の中の7割の人間が自分は上位1割の優秀な人間に入ると真剣に信じています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>という事はこの中の多くの人が現実を見誤っているという事になります。また、その大半は不合理の中で生きていくという事になってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>因果を観る目がどれだけ重要かが分かるかと思います。どれだけの人が自分の現在地を見誤っているのかを。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の現在地・実力を知るというのはとても大切な行為です。謙虚であるべきというのはそういう意味で必要です。自分の現在地を知らなければ、戦略を練りようもありません。</p><p>何を選択して何に集中すべきなのか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>迷いは焦りとミスを生みます。</p><p>確信は喜びと成功を生みます。</p><p>&nbsp;</p><p>みなさん、ガツガツ学んでいきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;">【エッセンスアカデミー《初めてのネットビジネス》〜売りたいものを売る技術〜】</span></p><p>【日時】&nbsp;<a dir="ltr">11月19日（土） 19：30～21：00</a></p><p>【場所】 兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】 30000円　<span style="color:#FF0000;">《10月末までの振込の方は20000円》</span></p><p>【受講資格】 ブログ読者</p><p>【持ち物】 筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12212699388.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Oct 2016 09:50:44 +0900</pubDate>
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<title>11月講座告知&amp;募集開始！知識体系を網羅してしまおう。</title>
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<![CDATA[ <p>11月の講座内容が決まりましたので告知していこうと思います。今回から【エッセンスアカデミー】と銘うっての開講となります。楽しみにしていてください。</p><p>&nbsp;</p><p>文字通り、テーマ毎に知識体系を濃縮してエッセンスだけを取り出して、取り出してしまおうというものです。階段を一段ずつ登るのではなく、一気に最上階までエレベーターを使ってしまう感覚です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一段ずつ登る事も、大切ですが、時間の方が有用です。余計な苦労をせずに一気に学んで、他にもやりたい事をやってしまう方が楽しい人生かと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>それでは講座案内です。</p><p>１つ目は【エッセンスアカデミー《智慧の完成・釈迦の世界を見渡そう》〜仏教の俯瞰、哲学としての解体〜】です。</p><p>&nbsp;</p><p>恐れ多くも、2500年の歴史を一気に体感する意欲的な内容となっています。七千余巻八万余経あると言われる経典内容のエッセンスだけを抽出していきます。逆に何故こんなにも多くの経典が生まれてしまったのかも理解出来るかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>追って告知もしていきますが、仏教というのは本当に使い勝手の良い道具だという事が分かると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>２つ目は 【エッセンスアカデミー《初めてのネットビジネス》〜売りたいものを売る技術〜】です。</p><p>仏教からのビジネスとかなりの振り幅ですが、こちらもビジネスをするなら必須知識です。世の中に多くのビジネス書が出回っていますが、何故、成功法則の方向性は定まらないのか？そして、自分のターゲットは一体どこにいるのかを理論と体感、頭と身体で理解をして頂きたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、3つ目は【エッセンスアカデミー《強運体質の創る・人生の流れを変える力》〜運の解体真書〜】です。</p><p>運や奇跡としかいい様のない事が何故起こるのか？そしてそれらは引き込む事が出来るのか？</p><p>を解明していこうと思います。</p><p>結論を言ってしまいますが、出来るものだと思います。内容を全てをお話しできませんが、運とは創り出すことは可能ですし、実は奇跡なんてものはしょっちゅう起きています。ただそれを観る目がないだけということに気づくはずです。わかってしまえば単純明解で、誰にでも出来る事と気づくはずです。</p><p>追って内容の詳細は告知していきますので、今回はこれにて、お会いできる事を楽しみにしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;">【エッセンスアカデミー《智慧の完成・釈迦の世界を見渡そう》〜仏教の俯瞰、哲学としての解体〜】</span></p><p>【日時】　<a dir="ltr">11月6日（日）　19：30～21：00</a></p><p>【場所】　兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】　30000円　<span style="color:#FF0000;">《10月末までの振込の方は20000円》</span></p><p>【受講資格】　ブログ読者</p><p>【持ち物】　筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;"><span style="background-color:#FFFFFF;">【エッセンスアカデミー《初めてのネットビジネス》〜売りたいものを売る技術〜】</span></span></p><p>【日時】　<a dir="ltr">11月19日（土）　19：30～21：00</a></p><p>【場所】　兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】　 30000円　<span style="color:#FF0000;">《10月末までの振込の方は20000円》</span></p><p>【受講資格】　ブログ読者</p><p>【持ち物】　筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>【関連ブログ】<a href="http://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12212699388.html">http://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12212699388.html</a></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0000FF;">【エッセンスアカデミー《強運体質の創る・人生の流れを変える力》〜運の解体真書〜】</span></p><p>【日時】　<a dir="ltr">11月20日（日）　19：30～21：00</a></p><p>【場所】　兵庫・神戸のセミナールーム</p><p>【受講料】　 30000円　<span style="color:#FF0000;">《10月末までの振込の方は20000円》</span></p><p>【受講資格】　ブログ読者</p><p>【持ち物】　筆記用具</p><p>【お申し込み】<a href="https://ssl.form-mailer.jp/fms/c09620a1472194">こちら</a>から</p><p>&nbsp;</p><p>10月末までの振込は20000円とお得になっています。早くに意を決して飛び込んで来てくださる方はお得に歓迎です。</p>
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<pubDate>Sat, 22 Oct 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>脳を騙せ！未来は嘘で作られる。</title>
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<![CDATA[ <p>映画、ドラマ、漫画、ゲーム、小説、多くのエンターテイメントはいうまでもなく虚構という形態で作られています。</p><p>&nbsp;</p><p>嘘。偽り。という事です。</p><p>&nbsp;</p><p>でもそれを見る人にとっては真実に等しい訳です。自らを騙して楽しむわけです。脳はありありとその嘘に臨場感を生み出す事はわかる事かと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>映画を見るときに「さあ、今から嘘を見るぞ。」と思って見る人はいないと思います。相手の土俵に敢えて、たって見ているわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>嘘、偽りというのは人を楽しませる有用な手立てになり得るということです。というよりも真実よりも嘘の方が楽しかったりしますし、リアルの方がつまらないものです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今の世の中は、特によく出来た作品が多いので、よりつまらなく感じてしまうのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、例え科学的検証もあり、真実として語る講座にも嘘というユーモアを入れたほうが効果が上がったりします。</p><p>&nbsp;</p><p>では、現実がつまらない人の脳の中では何が起こっているのでしょうか？それは確証バイアスというものが関係しています。確証バイアスというのは人が生きていくための自動学習装置のような物です。自動というのが厄介です。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば1日目から100日目まで必ず晴れる島があるとします。Aさんはその島に引っ越し10日間過ごします。Aさんは日が経つにつれてこの島では雨か降らないという確証を集めていきます。どんどん、どんどんその確証は強くなり、100日が経つ頃にはもう、絶対に雨か降らないという確信が出来あがっていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>そしAさんは101日目には雨は降らないという予想を立てるようになります。</p><p>&nbsp;</p><p>現実がつまらない人の脳でも同じ事が起きています。100回つまらない事が続けば、現実なんてつまらないものと断定します。</p><p>&nbsp;</p><p>更にタチの悪いのは、確信バイアスは反対の確証が現れると無視するという機能まで持ち合わせているという事です。楽しい確証があっても、結局、現実なんてつまらないという答えを捻出するわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>100回に1回くらいでは楽しいと見なさないというわけです。これが自動学習装置として積み込まれているわけですから、多くの人が変われないのがうなずけます。</p><p>&nbsp;</p><p>逆に現実が楽しいと思っている人は常に確証バイアスが楽しい確証を探して、つまらない確証を見ないようになるという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>誰だって豊かな人生を生きたいものです。それなのになぜこんなにも差が出来てしまうのか？</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、これを知れば現実を楽しいものにする事も不可能ではない事が分かったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それは脳を騙すことです。楽しいと思わせるのです。脳を自分の支配下に置く事で、人はやっと変われます。基本的に脳は過去の自分に支配されています。これでは変われないのです。過去にフォーカスするか？未来にフォーカスするかで脳の働きは大きく変わってきます。</p><p>&nbsp;</p><p>未来にフォーカスすれば人は簡単に変わっていくものです。</p><p>&nbsp;</p><p>どうせこの世は虚ろです。自分にとっていい嘘ならどれだけでもつくべきです。</p><p>&nbsp;</p><p>嘘もつき通せば真実です。</p><p>なりたい自分になってしまいましょう。</p>
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<pubDate>Tue, 18 Oct 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>自己超越こそ最後の壁</title>
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<![CDATA[ <p>悟り【智慧の完成】を開けば分かるのですが、自己超越をする必要性があるかと聞かれれば、その必要性は無いのですが、それでも僕は自己超越をする事をオススメします。</p><p>&nbsp;</p><p>人が美しくキレイになりたいのも筋トレをして肉体改造をしたいのも全て自己超越の表れです。人は変わりたいし肉体を捨てたいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>捨てたいというと、間違った伝わり方をしてしまうかもしれませんが、肉体を完全に支配したい訳です。美容整形も化粧も筋トレもピアスもタトゥーもその現れです。</p><p>&nbsp;</p><p>人類は自然を克服して来るとともに自然を恐れて来ました。多くの人は人間は手つかずの自然の前では恐怖すると思います。大自然に癒されるのは、人が開拓した場所のみでしか起きません。生命の危機に無い事が前提として分かっているから、大自然に癒される訳です。</p><p>&nbsp;</p><p>現代においていえば肉体こそが最後の自然であるからこそ、自己超越は最後の壁となりました。不老・不病・不死が残された壁です。悟りにおいては不死の克服にも近いのではと僕は思います。世界という枠組みからの孤立感を埋めたいのかもしれません。人は誰しも自分が固有で世界と切り離されてしまった存在と考えてしまいがちの生き物です。</p><p>&nbsp;</p><p>隣の芝生は青く見えるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、実際は異なり誰しもがそう思ってしまう、不安定な世界です。</p><p>自分を愛せと言われても、言うは易く行なうは難しです。世界との乖離感を味わうものが自分を愛すというのは無理難題に感じてしまうわけですがここからがミソです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、釈迦や龍樹の思想は違います。世界との孤独感、乖離感はすべて幻想であり、全ての人間は個人という意識はなく、宇宙のダイナミズムの連続性の中のから生まれたごく一部と説きます。</p><p>&nbsp;</p><p>大日如来（世界の真理）の手のひらの上にいるわけではなく手の中にいるわけです。（足の中かもしれませんがwそこはどこでもいいわけです。）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なので、どんな人も世界の理の中にいる事は真実です。宇宙の外にいる人はいないわけですから。しっかりと論理を追っていけばだれにでも悟りを開けます。何故、論理を追うかといえ、悟りとは知的特異点だからです。</p><p>&nbsp;</p><p>知恵が智慧になるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>なのでサクサクと特異点を超えて新しい世界に進んでいきましょう。</p><p>全てが愛で出来ていると気付ば世界も自分も愛する事は簡単です。</p>
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<pubDate>Fri, 07 Oct 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>袖触れ合うも縁の内</title>
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<![CDATA[ <p>僕の一番好きな言葉です。</p><p>こちらも仏教の言葉ですが、本当に世界を見事に捉えた言葉だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>世界を変えるのはいつも、世界の外側にしかないと言う事です。</p><p>そしてその世界を変える 衝撃を与えてくれるのは弱いつながりを持つ人です。</p><p>大きな決断を迫られると人は強い繋がりの家族や親しい友ではなく関係性に薄い人の意見を参考にします。たまたまネットでみた専門家の意見や友達の知り合いの成功例など弱いつながりにすがると言う事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>すがるという言葉は適切ではないのかもしれませんが、世界を変える方法はこれしかないということです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>世界を変えるというのは新しい別世界に行く感覚に近いのですが、決して現在地が変わるわけではないので世界が拡張されたから違うものが見えてくるというものです。</p><p>&nbsp;</p><p>引用始め</p><p>はじめて目を得れば何でも観る</p><p>はじめて足を得れば野を走り</p><p>はじめて声を得れば歌を唄うだろう</p><p>引用終わり</p><p>&nbsp;</p><p>新しいものを得れば世界は簡単に変わってしまうという事です。新しい価値観、世界観というものの観方は新しい目や足や声と同等という事です。</p><p>&nbsp;</p><p>新しい世界に飛び込みたい方お待ちしています(笑)</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>引用は漫画「シュトヘル」より頂きました。</p><p>大人が読む歴史ファンタジー傑作です。</p><p>絵もキレイで言葉も美しいです。復讐が復讐を生み希望が希望を生む。いよいよ佳境見逃せません。</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" width="100%" style="margin:0;table-layout:fixed;"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" width="95" style="vertical-align:middle;"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=32855160"><img alt="シュトヘル1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)" border="0" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F61Sn7cq1vuL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=32855160">シュトヘル1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)</a><div style="padding: 3px 0;">637円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12205652738.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2016 11:26:53 +0900</pubDate>
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<title>悟りの境地とは？</title>
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<![CDATA[ <p>仏教の本質はより良く生きる為の哲学です。そして悟りの境地というのはその真髄です。ではどういったものかというと、よく聞くのがワンネス体験です。宇宙（真我）と自己（自我）が同じものだという感覚ですが、これでも分かりにくいですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>確かに簡潔に言えばそうなのかも知れませんが、短くすればいいってものでもないし、神秘的に言えばいいってものでもないと僕は思います。神秘体験だと思うから悟れないのです。そんな大した事ではないですよ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>一つ一つの自分の行動が世界に影響を与えている事が実感でき、この世界で自己が役割を果たしているとわかり、宇宙に全てが包摂されていると分かる事です。善も悪も同じであり、愛も欲望も同じであり、生も死も同じである。全ては宇宙という終わりの無い舞台で役（自分で決めていい）を演じ続けるだけ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>真実の善があると思うから争い苦しみ、真実の愛があると思うから争い苦しみ、真実の死生観があると思うから争い苦しむだけという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦は生来皆苦（生きる事は苦しい事）と説いています。四苦の生・老・病・死です。老いる事・病む事・死ぬ事は常に隣り合わせである事から生きる事も苦と包摂した訳です。そして生きる事は全て苦なのだからこれ以上悩まず好きに生きなさいというのが釈迦の伝えたかった事なのではと僕は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>釈迦の教えは本当にシンプルです。</p><p>また、悟りというのは、知性の特異点です。</p><p>知恵が知慧になるわけです。</p><p>知恵というのは知識であり、まだ空論の状態です。しかし特異点を越え知慧になると知恵が全て腑に落ち、知識が生きる事に直結し知慧になるという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>言ってしまえばワンネスは瞑想がもたらす脳の化学現象です。ワンネスは知慧ではないという事です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>正しい知識は心を自由にすると僕は信じています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12205653974.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Oct 2016 11:31:36 +0900</pubDate>
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<title>悪という信念体系もまた個々にある映画</title>
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<![CDATA[ <p>映画「スーサイド・スクァッド」を見てきました。（※軽くネタバレなので注意です。）</p><p>中々にオモシロかったのですが、想いのこもった作品に感じただけに残念な部分も多かったですね。</p><p>&nbsp;</p><p>監督の意気込みや、メッセージ、表現したいことは伝わりましたがストーリーがつぎはぎで急ぎ足で駆け抜けるような作品になってしまった様に感じました。監督のやりたいことを100%伝えるにかなり時間が足りないと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>酷評もあるかとおもいますが見るだけの価値があったかと僕は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>この作品は名作「バットマン・ダークナイト」シリーズ3部作のスピンオフ的作品ですが、こちらもスピンオフ1作ではまとめきれない結果となってしまったようです。とはいってもダークナイトシリーズが好きな方は見ておいて損はないと思います。スッタフロール後のラストのシーンは必見かと思います。シリーズ好きにはなかなか痺れさせてくれる演出が待っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>とにかく駆け足で展開していってしまうので頭を使って理解していかないといけないので面白く見ようと思うと疲れます。バットマンといえばダークヒーローの代名詞ですが、今作では数々のヒールがダークヒーローとして立ち回り悪が悪を討つ構図となっています。そういう時代の象徴とも受け取れます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>文化、文明が豊かになる程、人はわがままになります。豊かになり過ぎれば人は仲違いを起こすものです。多くの人間関係のもつれは善人同士の争いですからね。（悪人はもっとクレバーという事です。）</p><p>&nbsp;</p><p>心を通わせたければ苦難を共にする事です。共通の困難を乗り越える体験が絆を作るという事です。しかし、非常に面倒なやり方ではありますね。</p><p>&nbsp;</p><p>もし豊かさのなかで良き人間関係を気づきたいとおもうのであれば、相手を許す事です。批判、干渉しないことです。</p><p>&nbsp;</p><p>他人は他人。我は我。</p><p>&nbsp;</p><p>これが一番楽な人間関係です。</p><p>&nbsp;</p><iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/v3OZ0eOTLTU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
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<link>https://ameblo.jp/koji-lv1000/entry-12203964938.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Sep 2016 05:18:22 +0900</pubDate>
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