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<title>森の話</title>
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<description>森林インストラクターでもある登山愛好者のブログです。</description>
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<title>森の話 12　ギンリョウソウと世紀の大発見</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　山や森を良く歩く方であれば、ギンリョウソウ（銀竜草）という一風変わった植物を一度は見たことがあるでしょう。４月半ばから６月ごろにかけ薄暗い森を歩いていると、しっとりと湿った林床の枯葉に紛れて、透き通るように白い<span lang="EN-US">15cm</span>ほどの茎の上に下向きについた壺型の花がまとまって咲いているのに出会うことがあります。「銀竜」の名はウロコが覆うように見える茎を竜の首に、また花を頭部に見立てたものですが、咲く環境の薄暗さに加え不気味な雰囲気もあることから、ユウレイタケとかシビトバナなどの別名で呼ばれることもあります。（下、自作イラスト参照）</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171225/16/kojinenko/c7/d2/j/o1638262714098105569.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="353" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171225/16/kojinenko/c7/d2/j/o1638262714098105569.jpg" width="220"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　さて、ここで「植物」とあっさり書きましたが、我々がふつう植物というのは葉で光合成を行い自活できる「独立栄養生物」のことです。しかし、ギンリョウソウの葉は退化して前述のような茎のウロコになり葉緑素もありません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　実は植物の定義というのは結構むつかしい。深入りするとこのコラムの紙幅では帰ってこられなくなりますのでほどほどにしておきますが、このギンリョウソウが植物であるのならば、少なくとも光合成をするとか葉緑素を持つとかは、「植物」に必須の要素ではないことになります。では、光合成をしない植物ギンリョウソウはどのようにして栄養を得て生きているのでしょう。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　葉緑素を持たない植物はギンリョウソウの他にもランの仲間など結構あるのですが、これらの植物グループは最近まで「腐生植物」と呼ばれ、動植物の遺骸やこれが分解した「腐植」（土壌微生物の活動により動植物遺体が分解・変質した物質の総称）<span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">から栄養を得ているのではないかと考えられていました。しかしこれは誤りで、実は菌類から栄養を得ていたのです。そこでいまは、植物でありながら動物（従属栄養生物）などと同様、他に栄養を依存することから、このグループを「従属栄養植物」と呼んでいます。</font></span></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　菌類とは簡単に言えばキノコの仲間です。前回、このコラムで、マツが荒地でも生き延びられるのは、長い歴史を通じ多くの菌類の助けを得ることに成功したからだと書きました。このようにマツは別格なのですが、マツに限らず植物の大半は菌類と共生関係にあり、光合成能力を持たない菌類に光合成で作った栄養を与える代わり、菌が広く張り巡らせた菌糸で土壌中からかき集めた養分や水分を得ています。病原菌に対するケアもしてもらっているようで、まあ、持ちつ持たれつの関係なのですね。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US" style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　余談ですが、食物連鎖などの一知半解の浅はかな理解をもとに「弱肉強食が野生の掟」などという人がいますがこれは皮相に過ぎる見方というべきでしょう。自然界に食い食われる関係があることは事実ですが、自然のバランスは食う側が食う量に比べ食われる側が食われない量が圧倒的に多いことで維持されていますし、またここで紹介した植物と菌類のように多様な生命が「持ちつ持たれつ」相互に依存し助け合う共生ネットワークの営みが、むしろ食物連鎖が演じられるケースの万倍の頻度と広がりと深さで自然界を支えています。「野生の掟」というなら、その基調は共生にこそあるのであり、弱肉強食はもちろん重要な要素ではあるものの一面に過ぎません。ナチズムや国家神道など人種や民族の差別に繋がる選民思想の多くが「弱肉強食・優勝劣敗が自然の進化法則」といって差別を正当化してきましたが笑止千万、自然の本当の姿に無知な誤りであることは明白です。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US" style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">さて、話を戻して、ギンリョウソウはベニタケ菌という日本の山野ではありふれた菌類から栄養をもらっているのですが、前述のように菌類は植物から栄養をもらっていますので、本当はベニタケ菌を介して間接的にそのベニタケ菌と共生する植物から栄養を得ていることになります。で、その代わりベニタケ菌などに何を返しているのかというと、これが今のところはわからない。もちろん、一方的にもらうばかりで何も返さない「寄生」という関係もありなのですが、これについてはなお今後の研究課題ということだそうです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　といったギンリョウソウについて<span lang="EN-US">2017</span>年７月、驚くべき新発見が報告されました。その種子を散布してくれる共生生物が見つかったのです。我々が見かけるギンリョウソウは花ですから当然、あの壷型の花の中に雄しべと雌しべがあって受粉もすれば結実もします。受粉はマルハナバチが手伝っているようですが、これまで種子散布をどうしているのかは不明でした。これを発見したのが熊本大学の杉浦直人准教授。２年間計<span lang="EN-US">1259</span>時間にわたり森の中のギンリョウソウを見つめ続けて、その種子散布を助けているのがなんとゴキブリ（正確にはモリチャバネゴキブリ）であることを突き止めたのでした。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　ご存知のとおり昆虫は受粉では大きな役割を果たしますが、生き物による種子散布では主役は鳥類、次いで哺乳類です。このコラムでも取り上げたカタクリやスミレの種を運ぶアリを例外として、昆虫が種子散布に協力する事が確認されたのは世界広しといえどもこれまで２例のみでほぼ皆無だったのです。ですから３例目というだけでも大発見なのですが、飛翔する昆虫としては世界初とのこと。まさに世紀の大発見ではありませんか。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　ゴキブリは人間からの迫害に追われる一方でギンリョウソウのかけがえのない共生者として、果実を頂く代わりに遠くまで飛翔して糞と一緒に種子を散布し、人知れずか弱い生命が生息範囲を広げるお手伝いをしていたのですね。といったゴキブリのけなげな働きぶりを思えば、世の女性たちの金切り声つきの白眼視、多少とも手心を加える気になってはもらえないものかと思うのです。　が、ん～、ならないだろうね。やっぱり。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: center;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">姉妹サイト<a href="http://yamatomori.blog.fc2.com/blog-entry-210.html" target="_blank">『コジローのあれこれ風信帖』</a>もご訪問ください</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><font color="#000000" face="游明朝">&nbsp;</font></span></p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12339128662.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Dec 2017 17:09:36 +0900</pubDate>
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<title>森の話 12　マツのストレス耐性戦略</title>
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<![CDATA[ <p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　重いザックを背に山腹の暗い森を黙々と登り続けてようやく尾根に出ました。ひとまずザックを下ろし、ホッと息をつき汗をぬぐってふと気付くと周りは明るいアカマツ林。登山者なら誰でも経験したことがある情景に違いありません。マツは日頃からなじみ深い木ですが、山麓の天然の樹林帯ではほとんど見かけず、出会うのはもっぱら明るい尾根に出てからです。どうしてなのでしょう。</font></span></p><p align="left" style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　植物にはそれぞれ生育適地があり、日本の林業でも昔から「尾根マツ谷スギ中ヒノキ」といってマツは尾根に植えるものとされてきました。といった次第でマツは尾根が適地、か？というと、そう単純な話ではありません。マツは本来、よほどの湿地でなければ中腹でも谷でも良く育つのです。現に東北でよく見かけるアカマツの植林地は結構山裾まで広がっています。しかし自然状態では、他の多くの樹種にも適地である中腹以下は競争が厳しく、マツはこの競争に勝ち抜くことができないため、やむなく生育条件の悪さから他の樹種が見向きもしない尾根や岩場などに張り付いて生き延びているのが実情なのです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　マツをよく見る尾根や岩場は、植物に不可欠な水が不足するうえ季節風に晒されて乾燥しやすく、また土壌中の養分が雨水で下部に流出するため栄養条件も良くないなど、<span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">植物の生育に不利な条件が揃っています。しかしそれゆえ競争相手も少ないことから、あえてこうした悪条件の地に根を張ることで厳しい生存競争を生き延びてきたマツのような植物もあり、こうした生き方を専門用語で「ストレス耐性戦略」と呼びます。</font></span></font></span></p><p>&nbsp;</p><p><font face="HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO"><span style="color: rgb(0, 0, 0);">　マツに限らずモミやツガ、シラビソやトウヒなどマツ科の常緑針葉樹は共通してこの戦略で生き延びてきました。秋も深まり広葉樹が葉を落としきると、これら常緑針葉樹が山肌のところどころにまとまって生えている様子が遠くから明瞭に確認できますが、よく観察してみるとこれら針葉樹が生えているのはほとんどが尾根や、土壌の乏しい岩角地であることがわかるはずです。</span></font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　では、これらマツ科の常緑針葉樹は前述のような植物生育上の悪条件＝ストレスをどのようにして克服しているのでしょうか。実は、多くの菌類の助けを借りているのです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　太古、植物が海から陸に進出するに際しては、先行して上陸していた菌類が大きな手助けをしたことが分かっています。以来現在に至るまで多くの植物と菌類の間で、植物が菌類を根に住まわせて光合成産物の糖分を与える代わり、菌類が土壌中に広く張り巡らせた菌糸で集めるリンなどの養分や水を受け取る共生関係が広く成立しています。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">なかでもマツの祖先など裸子植物が出現したのは３億<span lang="EN-US">6</span>千万年前で、現在の森の主役である広葉樹など被子植物が出現する１億４千万年前より遥かに古く、この長い時間にマツは広葉樹などに比べはるかに多くの菌類と共生関係を取り結んできました。というか、マツと多くの菌類は共に進化して今日のように重層的で多様な共生ネットワークを築き上げたのです。キノコは菌類の花に相当する器官ですが、松茸や松露（ショウロ）などマツのみに付くキノコの多さからもそれが知れるでしょう。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　マツはこのようないわば「菌友（きんとも）」の多さを武器に他の樹木は生きられない荒地でも生き延びてきました。それは山だけでなく海岸も同じです。「白砂青松（はくさせいしょう）」は日本的絶景の代名詞で、これは海岸の砂地や岩礁などの荒地にクロマツがしぶとく根を張ればこそ成立した景観ですが、人手が入らなければ維持できないことはご存じでしょうか。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">本州以南の暖帯地の海岸線は元はタブノキやシイの木などを主力とする照葉樹林に覆われていました。そこへ人が進出し、建材や生活具材や燃料とし。これらの木々をくり返し伐採利用し尽くした結果、土壌がやせ細ってクロマツ以外は生きられなくなり「白砂青松」になってしまったのです。また防風林や防砂林として植樹するにもクロマツ以外の選択肢はなかったため、現在に至る白砂青松の景観が人工的にも造成されたのでした。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　クロマツはこんな荒地でも「菌友」の助けと光合成で伸び育ち、葉や枝を落としやがて命尽きて土に帰ってゆきます。しかし、これが繰り返されると土は徐々に栄養豊かになって他の樹種が侵入、こうなると競争力のないマツは衰退し消えてゆくしかないのが自然の遷移システムです。ですからこれを食い止めなければ「白砂青松」は維持できません。さて、どうしたのでしょうか。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　今は流行らないでしょうが、結婚前の結納という儀式では新婦側からの結納返しの品のひとつに「高砂」というものがありました。熊手を持ったお爺さんと箒（ほうき）を持つお婆さん二体セットの人形で、お爺さんは正確には尉（じょう）お婆さんは姥（うば）といい「おまえ百（掃く）までわしゃ九十九まで（くまで）」と夫婦の円満長寿を祈念する寓意が込められています。が、夫婦仲はこの際どうでもよくて、いま問題なのはこの二人が何をしているのか。実は播磨の高砂浜の松林で、家庭の燃料にする松葉や枯れ枝を熊手と箒でかき集めているのです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">かつて、油分が多いマツは家庭の燃料として貴重でした。当時の庶民に白砂青松を愛でる余裕や審美眼があったかはわかりませんが、尉や姥のような人々が生活のためクロマツの幹から葉に至るまでをせっせと運び出し続けた結果、土壌の生産力はいつまでも回復せず、その結果、クロマツ以外の<span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">樹種の進入が防がれて、意図せず白砂青松の景観も維持されてきたわけなのです。</font></span></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">逆の例も紹介しましょう。明治維新の主役の一人大久保利通は東京遷都後の京都を訪れた際、平安時代からの景勝地であった嵐山の荒廃に驚き、その理由を尋ねて地元民から「ご一新のせいだ」と言われて恥じ入ります。幕府の京都守護職は嵐山の景観維持のために山守を雇う金を出していたのに、維新政府はそれを無駄な出費として打ち切っていたからです。反省した大久保が金も出して嵐山の保護に努めた結果、現在の嵐山の美しい景観が形成されたとのことです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">と、嵐山関連サイトではこの話がよく紹介されているのですが、実際にはそう単純な復活美談ではなかったのでは？　というのは、大久保が守ろうとした歴史的景観は端正に整美されたアカマツ林だったと思われるからです。京都周辺の山林は平安朝以降長らく都であった京の膨大な木材需要でことごとく皆伐され禿山となっていたことがわかっています。保津川を経由する丹波材の大集散地であった嵐山が例外であったはずはありません。そして禿山には荒地の主役アカマツが生え、庶民が枝や松葉を採取し続けることでそれが維持されていたのでしょう。しかし大久保らは嵐山の景観を守るため庶民が山に入ることを固く禁じました。その結果、皮肉なことにアカマツ林は壊滅、これに代わって落葉広葉樹が進出して現在に見るような紅葉の名所になってしまったわけです。ま、「結果オーライ」かもですが。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">広葉樹ら進化した若く強いライバルの出現と攻撃に対し、旧世代のマツは菌類との繋がりを頼りに荒地で生き延びてきました。自然は適者生存の掟が貫く厳しい競争と選抜の世界です。しかし、強いだけが競争に勝つ方法ではないのですね。マツ科樹木のしぶとい生き方に、生態系が持つそうした懐の深さ不思議さを、少しでも感じてもらえたらと思います。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12338751268.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Dec 2017 10:10:07 +0900</pubDate>
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<title>森の話 11　ナラ枯れとカシナガ</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ミズナラやコナラ、シイやカシ類など、日本の森林の主役であるブナ科の大木がいま、東北以南の全国で大量に枯れていることをご存じでしょうか。「ナラ枯れ」と呼ばれる現象で夏に発生し、枯れた大木の葉が赤褐色に変色するため早い紅葉と間違われるほど。原因はナラ菌と呼ばれるカビが樹木に侵入してこれに感染した部分の細胞が破壊され、壊れた細胞で樹木の導管（根から吸収した水などの通路）が詰まって樹体に水が行き渡らなくなるためですが、このメカニズムをつかさどる陰の主役というか狂言回しが別にいます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171223/11/kojinenko/0f/16/p/o0366026414096390990.png"><img alt="" height="264" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171223/11/kojinenko/0f/16/p/o0366026414096390990.png" width="366"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><a href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/20160526172019c71.png/" target="_blank"><span style="color: gray; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; text-decoration: none; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial; mso-no-proof: yes; text-underline: none;"><v:shapetype coordsize="21600,21600" filled="f" id="_x0000_t75" o:preferrelative="t" o:spt="75" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" stroked="f"> <v:stroke joinstyle="miter"> <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"> <v:f eqn="sum @0 1 0"> <v:f eqn="sum 0 0 @1"> <v:f eqn="prod @2 1 2"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @0 0 1"> <v:f eqn="prod @6 1 2"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="sum @8 21600 0"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f> <v:path gradientshapeok="t" o:connecttype="rect" o:extrusionok="f"> <o:lock aspectratio="t" v:ext="edit"> </o:lock><v:shape alt="カシナガ" href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/20160526172019c71.png/" id="図_x0020_2" o:button="t" o:spid="_x0000_i1025" style="width: 274.5pt; height: 198pt; visibility: visible; mso-wrap-style: square;" target="&quot;_blank&quot;" type="#_x0000_t75"> <v:imagedata o:title="カシナガ" src="file:///C:/Users/Takashi/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image001.png"> </v:imagedata></v:shape></v:path></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:stroke></v:shapetype></span></a></span><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　カシノナガキクイムシ略して「カシナガ」と呼ばれる全長５ミリ未満のこげ茶色の地味な昆虫（上図、左オス<span lang="EN-US">4.5</span>㎜、右メス<span lang="EN-US">4.7mm</span>）がその狂言回し。ナラ菌に移動する力はないのですが、このゴマ粒のように小さな虫がナラ菌を運び「感染」を広げ、寒冷地のブナやミズナラ、暖帯林ではカシ類やシイなどいずれも天を突くような巨木を次々に枯れ死させ、打ち倒しているのです。といった次第で、森を愛する登山者には親の仇（かたき）のように憎らしい奴なのですが、この虫の生活史には興味深いところがいくつかあります。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ブナ科の大木の幹に縦横に掘られたトンネルで生まれ育ったカシナガは６月のある晴れた日、夜明け前に羽化して日の出から数時間の間に、光り輝く広い世界に一斉に飛び立ちます。その生涯の大半を幹の中の暗黒で過ごすカシナガは、ほんのわずかしか与えられない日の当たる世界で過ごす貴重な時間のほとんどすべてを、ただ子孫を残すため雌雄が出会い繁殖する営みにのみ費やすのです。休暇の大半を山登りなどという愚にもつかない道楽に費やして浮かれてるどこかのゴクつぶしには、なんとも健気なカシナガの爪の垢（・・があればの話ですけれど）でも煎じて呑んでもらいたいものです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　カシナガの繁殖活動のスタートはまずオスたち共同の「愛の巣」探しから。オスたちは初夏の林内を飛び回り、手分けして多くの子どもを育てられる太い幹の木を探します。そして一匹がこれぞという適当な大木を見つけると、集合フェロモン（下注）を発して周囲で活動しているオスのカシナガを呼び集め、一斉にその幹の地上から１ｍまでの部分に集中して強力なあごで穴を掘り始めます。専門用語でこの集中攻撃を「マスアタック」というのですが、このように一本の木に多くのオスが集中するのは樹木側の反撃、例えば殺虫力のある樹液を出すなどの抵抗の威力を分散し、巣作りを確実にするためと考えられています。ある調査によれば、一本の木の幹に3000にのぼるカシナガの穿孔穴が確認されたといいます。樹木側の迎撃など間に合わない、まさに息もつかせぬ猛攻ではありませんか。<span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">（注：フェロモン＝生物が他に一定の行動や変化を促すため分泌する生理活性物質）</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　かくして樹木の幹に橋頭保の穴を掘ったオスたちは、翅の裏側と腹にあるギロ（ラテン音楽の楽器、ヒョウタンに入れた刻みを棒でこすって音を出す）のような波板をこすり合わせて音を出し、「用意できたよ」と呼びかけてメスたちを待ちます。一斉にラブコールするムコ3000匹を相手に品定めするメスも目移りしてさぞ大変だろうと思いますが、ともあれメスはそれぞれのオスが穿孔した穴の中に入って出来具合を評価し、その穴が気に入れば婚姻成立で交尾を許すのです。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さて、面白いのはここから。図でも描かれているようにメスの背には「マイカンギア」と呼ばれる１０個の穴があって、実はここにあのナラ菌の胞子が詰まっています。狭い幹のトンネルで成長する間に、周囲にたっぷりまん延しているナラ菌の胞子がメスの背中のマイカンギアに溜まってゆくのでしょう。夫婦となったカシナガは協力して樹木の外側から芯に向かってトンネルを掘り進めてゆくのですが、その過程でメスの背中が穴の壁に触れることでトンネルの壁にナラ菌の胞子が植えつけられます。やがてメスは一定程度掘り進んだ所で産卵、その卵が孵化する頃にはこのナラ菌が幼虫の餌になるのです。つまり、カシナガは自ら食料とする菌類を栽培しているのです。実はキクイムシの仲間には同様に食料を栽培するものがあり、このグループはまとめて「養菌性キクイムシ」と呼ばれています。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　この「養菌性キクイムシ」の驚異の生態が初めて知られたのは１９世紀中頃のこと。当時これを発見した科学者はよほど驚いたのでしょう、この不思議な餌をギリシャ神話の神々が口にする不老不死の食べ物にちなみ「アンブロシア」と名付けたのでした。　・・というような事情を知って、もう少し調べてみようと「アンブロシア」でインターネットを検索してみたら、なんと岩出市内の洋菓子屋が一発でヒットしました。数年前、ある原生林を歩いてカシナガの被害木を見た際にこのエピソードを紹介したら、女性メンバーの一人がよく知っている店だと話してくれました。そこそこ美味しい店とのことでしたので、興味のある方は同店で「神の食べ物」を賞味してみてはいかがでしょうか。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さて、次に面白いのがカシナガの家族関係。昆虫のペアは通常、交尾が終われば解消しますがカシナガは終生夫婦で子育てをします。それだけでなく、どういうわけか１００個ほど産んだ卵のうち１個だけが先に孵化成熟し、この長男だか長女だかがトンネル途中に置かれた卵を、新たに両親が掘り進めた奥の穴に移すなど、両親の作業をかいがいしく手伝うのです。アリやハチなど膜翅目（まくしもく）と呼ばれる昆虫のグループでは、たとえば働き蜂と女王蜂といった風に役割を分担し、群全体として社会生活を営むものが多いのですが、その他の昆虫グループでは珍しい。まして群れではなく家族単位で生活を営む例は昆虫で他にはまずなく、非常に興味深いところです。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　長男（または長女）以外の卵はこのように家族の手厚い保護を受けて越冬し翌春に孵化します。父母はすでに寿命を終えていますが、親たちが栽培して残したナラ菌を食料として成長、トンネル内で数度の脱皮を繰り返して６月のある晴れた朝、暗黒のトンネルをたどって羽化、父親が最初に掘った穴から初夏の光り輝く希望の世界へ一斉に羽ばたくのです。ある観察によれば、一本の木から１万頭のカシナガが羽化したといいます。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　とまあ、カシナガの立場から思い入れたっぷりに書いてきましたが、食い荒らされる木の側はたまったものではありません。冒頭にも書きましたようにナラ枯れの被害は深刻なのですが、カシナガは外来種ではありません。つまり昔からブナ科の老成木の一部がカシナガに食害される例はあったのですが、ほんの２０年ほど前から爆発的な枯死被害が広がるようになってきたのです。どうしてこんな激甚被害となってしまったのでしょうか。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　主な原因は１９６０年代の燃料革命にあるというのが最近の定説です。かつてブナ科の樹木、ミズナラやコナラ、カシ類やシイ類は炭や薪など家庭の燃料として盛んに利用されていました。しかし６０年代以降、エネルギーの主役は石油や電気に取って代わられ、里山は燃料の供給源としての価値を失います。その結果、以前は２０年生程度で伐られ再生を繰り返していたこれらブナ科の樹木が放置され、それから３０年ほどを経てカシナガが好む大木にそろって成長し、大発生できる環境を整えてしまったのではないかというわけです。さらに昨今の地球温暖化がブナ科の大木の抵抗力を弱め、カシナガの侵入を許す副次的な要因になっていると指摘する研究例もあります。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　カシナガは自然が通常の状態であれば、樹勢の衰えた老成木を倒し分解することで若い後継樹の成長を促し、全体として森林の若返りと新陳代謝を進める役割を果たしていたと考えられます。つまり、今のナラ枯れの惨状は、自分の必要から自然に手を加え、そして自分の都合で勝手に手を引いた人間に非があるのであって、カシナガを親のカタキのように攻撃するのは筋違いということかもしれません。生態系は実に複雑にして玄妙な支え合いのネットワークで成立しており、それを構成するすべての生き物に担うべき役割があって、カシナガのようによほど注意しなければ目に止まることもない小さな生命にも、人智では計り知れない価値が潜んでいるのです。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　幸い、ナラ枯れ被害は<span lang="EN-US">2010</span>年に全国レベルでのピークを記録したあとやや沈静化する方向にあります。対策が功を奏した面もあるでしょうし、カシナガの標的となる衰弱した老成樹がほぼ枯れてしまった面もあるかもしれません。ともあれ、次に立ち枯れたブナ科の大木を見たら、その根元にカシナガが幹にトンネルを掘って排出した「フラス」と呼ばれるおが粉状の排泄物を探してみてください。そして、もしそのフラスを確認したら、その森とカシナガと人間を巡る半世紀の物語に、謙虚に思いをはせてほしいと思うのです。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12338507784.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Dec 2017 11:22:44 +0900</pubDate>
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<title>森の話 10　アツモリソウの仲間たち</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><table cellpadding="0" cellspacing="0" width="100%"><tbody><tr><td style="border: rgb(0, 0, 0); border-image: none; background-color: transparent;"><div><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US" style="font-family: &quot;Arial&quot;,sans-serif; font-size: 10pt; mso-no-proof: yes;"><v:shapetype coordsize="21600,21600" filled="f" id="_x0000_t75" o:preferrelative="t" o:spt="75" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" stroked="f"><font color="#000000"> <v:stroke joinstyle="miter"> <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"> <v:f eqn="sum @0 1 0"> <v:f eqn="sum 0 0 @1"> <v:f eqn="prod @2 1 2"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @0 0 1"> <v:f eqn="prod @6 1 2"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="sum @8 21600 0"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f> <v:path gradientshapeok="t" o:connecttype="rect" o:extrusionok="f"> <o:lock aspectratio="t" v:ext="edit"> </o:lock><v:shape alt="アツモリソウ に対する画像結果" id="図_x0020_4" o:spid="_x0000_i1025" style="width: 189.75pt; height: 2in; visibility: visible; mso-wrap-style: square;" type="#_x0000_t75"> <v:imagedata o:title="アツモリソウ に対する画像結果" src="file:///C:/Users/Takashi/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image001.jpg"> </v:imagedata></v:shape></v:path></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:stroke></font></v:shapetype></span></p></div></td></tr></tbody></table><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000"><font face="游明朝"><w:wrap anchorx="margin" type="square"> </w:wrap></font></font><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　アツモリソウ属の花をご覧になったことがあるでしょうか。国内にラン科アツモリソウ属の多年草は７種（亜種を含めれば１０種）が自生しますが、同属の花は共通して袋のような形の大きな花弁（正確には唇弁）を備えているのが特徴で、この鑑賞価値の高い特異な姿からさかんに盗掘され、今ではいずれも絶滅危惧種となっています。私はこのうちの２種、初夏の礼文島で同島の固有種であるレブンアツモリソウを、また春の宮崎県綾町の照葉樹林でアツモリソウ属の南限に咲くクマガイソウを見る幸運に恵まれました。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/33/ff/j/o0864064814095781554.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/33/ff/j/o0864064814095781554.jpg" width="420"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">　レブンアツモリソウ</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/eb/7f/j/o0922069214095788046.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/eb/7f/j/o0922069214095788046.jpg" width="420"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">　クマガイソウ</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　まずこの属名や種名の「アツモリ」ですが、これは横笛の名手にして美男の誉れ高かった平安時代末期の青年武将、平敦盛（たいらのあつもり）にちなんでおり、前述の袋のように膨らんだ部分を、騎馬に乗じた敦盛が合戦時に後方からの弓矢よけのため背にした母衣（ほろ）という袋状の武具に見立てた名前です。一方、よく似たクマガイソウの「クマガイ」は、一ノ谷の合戦で自分の息子と同じ１７歳の敦盛の首を刎ねる巡り合わせとなった源氏の武将、熊谷直実（くまがいなおざね）の同じく母衣に由来します。直実はこの悲劇ののち出家して仏門に入り、長く敦盛の菩提を弔ったとのこと。そしていま、両人は高野山奥の院で寄り添うように墓標を並べて静かに眠っています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/a3/a6/j/o0717032714095785168.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="283" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171222/11/kojinenko/a3/a6/j/o0717032714095785168.jpg" width="620"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">　レブンアツモリソウの花の模式図　（礼文観光協会HP）</p><p><font color="#000000">&nbsp;</font><font color="#000000"> </font></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　話を戻して、アツモリソウ属の花はイラストで見るように、袋状の大きな花弁（唇弁）の上に前後二つの穴があって、これが受粉を媒介する昆虫の出入り口になっています。しかし入れるのは実は前の大きめの穴だけで後の小さな穴は出口としてしか使えません。なぜこういう構造になっているのかというと自花受粉を防ぐためです。前から入った昆虫はまず雌しべに触れたあと、出口を探してもがきながら奥で雄しべに触れ花粉まみれになって後の穴からようやく脱出、次の花に訪れた際にその花の雌しべに触れて他花交配が果たされるわけです。こうして種内の遺伝的多様性を計ろうとしているのですね。ちなみに、アツモリソウ属の花には蜜も匂いもありません。自然界には珍しい巨大な目立つ花で昆虫を呼び、一方通行の受粉トンネルに誘い込むのがその繁殖戦略なのです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さて、こうして受粉し結実したアツモリソウ属の種子には胚乳がありません。これはラン科植物共通の特徴でもあるのですが、アツモリソウ属を含めラン科植物の種子はまるで粉のようです。一般的な種子で植物体になるのは小さな胚の部分、種子の大部分を占める胚乳は胚が発芽するためのエネルギー貯蔵庫であり、いわば人工衛星と使い捨ての燃料ブースターのような関係です。発芽が膨大なエネルギーを要する大事業であることがわかりますが、では胚乳を持たないアツモリソウ属の種は何をエネルギー源にして発芽するのでしょうか。実はある種の菌類を呼び寄せ、その菌から栄養を奪い取って発芽するのです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　多くの植物とその根にからみつく菌（正確には「菌根菌」）とは、植物側からはデンプンなど光合成物質を菌に与え、その代わりに菌側は植物体に土壌中の水やミネラルをかき集めて供給するという相利共生の関係が成立しています。しかし、アツモリソウ属と菌との関係はこれとは違い、食うか食われるかの緊張関係によって維持されているようなのです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">まだ分かっていないことも多いのですが、例えばレブンアツモリソウの種は自らをおとりにしてハイネズという木の根に共生する菌を呼び寄せています。菌はレブンアツモリソウの種子を食べてやろうと接近し絡みつくのですが、そこで種子の側は抗菌成分を分泌して菌が強大にならないようコントロールし、「生かさず殺さず」の微妙なバランスで飼い慣らして一方的に栄養を略奪し発芽しているようなのです。ただ、この関係は微妙で、成熟したレブンアツモリソウでも、何らかの理由で抗菌成分の分泌が衰えれば力関係が逆転し、菌に圧倒されて枯れてしまいます。このような非常に特異な発芽方法のためか、レブンアツモリソウは発芽から成熟して花をつけるまでに７年を要するということです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">レブンアツモリソウの清楚で可憐な姿とは似ても似つかぬ凄まじい生存戦略に驚かされますが、アツモリソウ属を含むラン科はこの地球上で最も後に登場、ということは最も進化した生物のグループです。それが、このように複雑な生活史を選択するからにはそれなりの理由があるはずですが、ほんと、自然の世界は、知れば知るほど驚異に満ちています。山はそして自然の世界は本当に素晴らしい。遠くの景色も感動的ですが、ミクロの世界にも感動できる素材はたくさんあるのですね。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12338262832.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Dec 2017 12:01:19 +0900</pubDate>
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<title>森の話 9　アジサイの仲間たちと装飾花</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　岩登りや沢登りで雨は困りますけれど、ただ山道を歩くだけならそう不都合はないはずですが、最近の登山ではハイキングでも雨であっさり中止にする例が増えているようです。よほどの大雨や台風ならともかく、多少の雨でせっかく計画した山行を中止にするのはなんとももったいない、と、古い山屋は最近の風潮を残念に思うのですがいかがでしょうか。たしかに晴れた日のように爽快な展望は期待できませんし、身体が濡れるのが多少不快かもしれませんが、雨なればこそ山や森の生命は一層みずみずしく豊かに輝きます。そんな貴重な機会をいとも簡単に手放してしまうのはきっと、雨の森の素晴らしさをまだご存知ないからでしょう。山岳自然に本当に深く触れたいと望むなら、雨をも親しい友とすることが必要です。</font></span></p><table cellpadding="0" cellspacing="0" width="100%"><tbody><tr><td style="border: rgb(0, 0, 0); border-image: none; background-color: transparent;"><div><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><a href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/ajisai.png/" target="_blank"><span style="color: windowtext; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; text-decoration: none; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial; mso-no-proof: yes; text-underline: none;"><v:shapetype coordsize="21600,21600" filled="f" id="_x0000_t75" o:preferrelative="t" o:spt="75" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" stroked="f"> <v:stroke joinstyle="miter"> <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"> <v:f eqn="sum @0 1 0"> <v:f eqn="sum 0 0 @1"> <v:f eqn="prod @2 1 2"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @0 0 1"> <v:f eqn="prod @6 1 2"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="sum @8 21600 0"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f> <v:path gradientshapeok="t" o:connecttype="rect" o:extrusionok="f"> <o:lock aspectratio="t" v:ext="edit"> </o:lock><v:shape alt="ajisai.png" href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/ajisai.png/" id="図_x0020_2" o:button="t" o:spid="_x0000_i1025" style="width: 231.75pt; height: 178.5pt; visibility: visible; mso-wrap-style: square;" target="&quot;_blank&quot;" type="#_x0000_t75"> <v:imagedata o:title="ajisai" src="file:///C:/Users/Takashi/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image001.png"> </v:imagedata></v:shape></v:path></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:stroke></v:shapetype></span></a></span></p></div></td></tr></tbody></table><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font face="游明朝"><font color="#000000"><w:wrap anchorx="margin" type="square">&nbsp;</w:wrap></font></font><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　そんな雨の季節、例えば霧雨にけぶる梅雨どきの森を歩むとき、明るく白い花をつけて登山者を迎えてくれるのが、アジサイの仲間たちです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　街で見かけるアジサイは園芸品種で、原種はガクアジサイだと言われています。そのガクアジサイを含めアジサイの仲間で花びらに見える部分は実は「がく」で生殖機能を持たず、「装飾花」と呼ばれています。ガクアジサイでは３～５弁の白い装飾花が、それこそ絵画の「額」のように周りを取り囲むなか、雄しべ雌しべを備え生殖機能がある「両性花」の小さな花が多数密集して咲いています。しかし装飾花の多さ美しさを追求して人為的に育成された園芸品種では両性花は退化し、たまにあっても痕跡程度にしか残っていません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><br><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　さて、こうした装飾花はアジサイの専売ではなく、日本では２０種近くの植物が装飾花をつけることが知られています。植物に詳しくない読者に種名を列挙するのは本意ではないのですが、登山者に比較的親しいところを選んでいうと、ブナ帯ではオオカメノキ（別名ムシカリ）や高木の幹に絡みついてよく目立つツルアジサイ、低山ではヤブデマリやガクウツギなどのウツギ類がそれにあたります。いずれも山霧がしっとりと漂うような情緒溢れる薄暗い森に清楚な装飾花が映えて実に美しいのですが、さて、この繁殖に関係のない装飾花はいったいどのような役割を果たしているのでしょう。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　すべての生命体共通の最大の使命は少しでも多く子孫を残すこと。そのためには繁殖をできる限り効率的に進めたい。そうした観点からいえば、繁殖に役立たない装飾花を付けるなんてエネルギーや資源の無駄遣いじゃないかということになります。しかしもちろん、厳しい生存競争を生き残ってきた生物種がそんな無益なことをするはずはありません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">装飾花をつける植物が咲くのはおおむね初夏で、多くの植物が一斉に開花し受粉を媒介する昆虫など（専門用語で『送粉者』または『ポリネーター』といいます）を奪い合う競争が最も激しい時期にあたります。この競争を勝ち抜くため、アジサイの仲間たちはあえて繁殖につながらない装飾花をつけるという高等戦術を選んだのです。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">まず、装飾花がポリネーターを呼び寄せる標識となっていることは容易に理解できるでしょう。ツルアジサイなどは黒い木の幹を背景にして、またオオカメノキは花の下に必ず濃緑色の葉を置くようにして、白い装飾花がより鮮明に見えるよう工夫しています。空中を飛来するポリネーターにはきっと、夜の滑走路の誘導灯のように見えるに違いありません。また、ヤブデマリなどで装飾花は送粉者が両性花に触れる際のしっかりした足場としても役立っています。つまり、装飾花は誘導灯やネオンサインの役割を果たすとともに、ときにはヘリポートかレストランの座り心地の良い椅子のような機能も果たしているわけです。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171221/10/kojinenko/03/ea/j/o1024076814095131575.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171221/10/kojinenko/03/ea/j/o1024076814095131575.jpg" width="420"></a></p><p>　オオカメノキ（＝ムシカリ）　（大雪山HP）</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171221/10/kojinenko/91/9d/j/o0640048014095131357.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171221/10/kojinenko/91/9d/j/o0640048014095131357.jpg" width="420"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">ヤブデマリ（松江の花図鑑HP）</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">しかしこうして広告や調度に投資した分、肝心の両性花自体への資源配分は減らさざるを得ません。数あるポリネーターの中でもマルハナバチは、特定の花をくり返し訪ねる忠義な働き者として抜群に人気（「花気」というべきか？）があり、<span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">それゆえ植物間の奪い合いも激しいのですが、アジサイの仲間たちはそのマルハナバチをポリネーターとすることを諦め、花を選り好みしない浮気者のハナアブやハエなどいわば二流の送粉者を選ぶことでこの問題を解決しました。</font></span></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">マルハナバチを呼ぶには蜜が不可欠なのですが、その蜜の製造を完全に放棄し、そのことで花の作りを極限まで小さくしてそのぶんハナアブなどが好む花粉が多い花をまとめてたくさん付けることにしたのです。この花の小ささのおかげで、ポリネーターが一度這い回るうちに多くの花が一斉に受粉することができるようにもなりました。かくしてトータルでみれば、無駄なように見える装飾花は、アジサイたちの繁殖戦略のソロバン勘定に十分あっているというわけなのです。</font></span></font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US" style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">アジサイはその学名をめぐる逸話も有名です。幕府禁制の日本地図を持ち出そうとして国外追放されたドイツ人医師シーボルトは有能な博物学者でもあって、帰国後に日本で魅せられたアジサイをヨーロッパに紹介。一女をもうけた事実上の妻「お滝さん」への想いを込め「<span lang="EN-US">otakusa</span>」と命名したというのです。学名はすでに登録されていたため残りませんでしたし、日本ではアジサイをそう呼ぶと実際にシーボルトが説明したとの話もあって、彼がお滝さんにどれほどこだわっていたか本当のところ定かではありません。しかし、濡れそぼりつつ凛と咲くアジサイに当時２０代の若者が、再びまみえることの女性への尽きぬ想いを託したという解釈の方が、涙雨の情景に似合うことはたしかでしょう。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><br><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　冒頭の話に戻りますが、雨具をまとって歩くのは確かに少々面倒なのですけれど、雨なればこそしめやかに去来する感慨もあろうというものです。雨の日、ガクアジサイやツルアジサイの花に、生命の不思議や幕末の悲恋に思いをはせつつ深い森の中を静かに彷徨するのも悪くないと思うのです。さあ、少々の雨など気にせず、いさんで森へ出かけましょう。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12337986871.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Dec 2017 10:13:36 +0900</pubDate>
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<title>森の話 8　テンナンショウ属の不思議</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><table cellpadding="0" cellspacing="0" width="100%"><tbody><tr><td style="border: rgb(0, 0, 0); border-image: none; background-color: transparent;"><div><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><a href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/20140604211841e28.jpg/" target="_blank"><span style="color: gray; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; text-decoration: none; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial; mso-no-proof: yes; text-underline: none;"><v:shapetype coordsize="21600,21600" filled="f" id="_x0000_t75" o:preferrelative="t" o:spt="75" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" stroked="f"> <v:stroke joinstyle="miter"> <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"> <v:f eqn="sum @0 1 0"> <v:f eqn="sum 0 0 @1"> <v:f eqn="prod @2 1 2"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @0 0 1"> <v:f eqn="prod @6 1 2"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"> <v:f eqn="sum @8 21600 0"> <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight"> <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f> <v:path gradientshapeok="t" o:connecttype="rect" o:extrusionok="f"> <o:lock aspectratio="t" v:ext="edit"> </o:lock><v:shape alt="ウラシマソウ" href="http://yamatomori.blog.fc2.com/img/20140604211841e28.jpg/" id="図_x0020_3" o:button="t" o:spid="_x0000_i1025" style="width: 176.25pt; height: 234pt; visibility: visible; mso-wrap-style: square;" target="&quot;_blank&quot;" type="#_x0000_t75"> <v:imagedata o:title="ウラシマソウ" src="file:///C:/Users/Takashi/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image001.jpg"> </v:imagedata></v:shape></v:path></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:stroke></v:shapetype></span></a></span></p></div></td></tr></tbody></table><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><font color="#000000"><font face="游明朝"><w:wrap anchorx="margin" type="square"> </w:wrap></font></font><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　登山はドクターストップとなったものの、大好きな山との縁は維持したいと考え、山麓での植物観察に明け暮れていたある春、越前の雄島を訪ねる機会がありました。同島は観光名所である東尋坊のすぐ北、橋で陸地と繋がれた周囲２<span lang="EN-US">km</span>ほどの無人島で大湊神社が鎮座し、島全体が鎮守の森として守られてきたことから、見事な照葉樹の海洋性原生林が残されています。最大の見物は和歌山ではもう滅多に見ることができないタブノキの巨木林なのですが、その立派なタブを見上げながら薄暗い森を歩いていて、林床にウラシマソウが幾株も花をつけているのに気付きました。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171220/18/kojinenko/f8/f6/j/o0480064014094773956.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171220/18/kojinenko/f8/f6/j/o0480064014094773956.jpg" width="220"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">　ウラシマソウの花　（花の名峰・高尾山ブログ）</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ウラシマソウはサトイモ科テンナンショウ属の多年草で、紀州の山でもよく見かける同科同属のマムシグサの花から長い付属体が伸びた姿をしています。写真がそのウラシマソウで、この湾曲して伸びる付属体を浦島太郎の釣竿や釣糸に見立てたのが名の由来です。テンナンショウ属は世界に約２００種、日本で約３０種あり、その生態には興味深いところが多くあります。ちなみにテンナンショウは「天南星」と書きます。この球茎を生薬とした漢方薬の名前なのですが、漢字で書くとなんだか競走馬みたいでカッコいいですね。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　　　　　　　　　　　　<br>　さて、まずそのテンナンショウ属の構造からですが、葉を支える茎のように見える部分は実は葉柄（葉の付け根の柄の部分）が重なって筒状になったもので「偽茎」と呼ばれます。つまりテンナンショウ属の葉は地中から直接地上に出ていて、本当の茎は葉に囲まれた中に軸のよう存在しています。マムシグサはこの偽茎の模様がマムシの皮膚の模様に似ていることから、そう呼ばれるようになったのですね。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さらに興味深いのはその繁殖システムです。テンナンショウ属の殆どの種は、発生してしばらくは雌雄無性で花も付けません。毎年少しずつ大きくなってやがて雄株になり、さらに大きくなってやっと子孫を残せる雌株に性転換するのですが、風や虫害で葉が損傷したりすると再び雄株に戻ってしまいます。これは子孫を残すこと、植物でいえば種子やそれを包む実を生産することがいかに大変な、資源とエネルギーの動員を必要とする命懸けの営みであるかを示しています。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さてその花についてです。サトイモ科の花といえば連想してもらいやすいのはミズバショウ。ご存知のとおりミズバショウの花に見える白い帆のような部分は実は「仏炎苞」（ぶつえんほう）といい、つぼみを包んでいた葉が変化したもので、本当の花はその仏炎苞に囲まれた中心の黄緑色の棒状の部分にたくさんついています。このような花のつき方を肉穂（にくすい）花序といいテンナンショウ属の花も同型なのですが、ミズバショウとは異なり仏炎苞が筒状に巻いているため、中の肉穂花序はこれに隠れて外からは見えません。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　その隠れた花をわざわざ訪れてテンナンショウ属の花粉を媒介するのは小さなハエなどの昆虫です。昆虫たちは雄花の仏炎苞の上部から筒の内部に侵入しますが、筒の内壁はツルツルになっていて一度入ったら二度と這い上がることはできず、ズルズルと底に落ちてゆくしかない仕掛けになっています。仏炎苞の底には雄花が撒き散らした花粉が敷き詰められていて、もがけばもがくほど昆虫は全身花粉まみれになるのですが、そうした悪戦苦闘の末にようやく巻スカートのようになった筒の底の一角に隙間が空いていることを発見し、昆虫たちはその小さな隙間からかろうじて脱出することができるわけです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　この花粉まみれになった昆虫が次に雌花の仏炎苞上部から内部に侵入し、肉穂花序についた雌花に触れればその時点でめでたく受粉が成立します。さて、テンナンショウ属の方はそれでハッピーエンドなのですが、問題は雌花に入り受粉に貢献した昆虫のその後の運命です。一旦入り込むと仏炎苞の筒内を上に戻ることは不可能で、下へ下へと追い込まれてゆく仕掛けは雄花と同様なのですが、雄花にあったあの巻きスカートの開口部が雌花にはありません。受粉の役割を終えた用済みの昆虫を外へ出す義理はないってことでしょうか、恩をアダで返すとはこのことで、夏の終わり頃、成熟した雌花の仏炎苞の底を覗けば、哀れな昆虫たちの死骸が確認できるはずです。ん～、生物の種類を問わずというべきか<span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">、子孫を残すために手段を選ばないメスとは、かくも恐ろしいものなのです。ともあれ、こうした植物と動物の関係を知るたび、この惑星の主役はやはり植物なのだと思わされます。</span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　受粉が成立すればやがて仏炎苞は剥落して肉穂状のままで成熟した実が露出します。落葉樹の葉が落ちた明るい秋の林床で、マムシグサの赤いトウモロコシのような実の塊を目撃した方も多いことでしょう。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171220/18/kojinenko/90/09/j/o0728054614094778187.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="255" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171220/18/kojinenko/90/09/j/o0728054614094778187.jpg" width="340"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">　マムシグサの実　（軽井沢ファンクラブHP）</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　雄島でウラシマソウを撮影しょうとしゃがんでいたら、ちょうど通りかかった若いカップルが私の背後から、「食虫植物なのですか？」と尋ねてこられました。テンナンショウ属の雌花は昆虫を捉えはしますが、ウツボカズラのようにそれを栄養源にするわけではありません。だから食虫植物というのは当たらないのですが、湿った日陰に生える異様な姿が不気味な印象を与えるせいで、このような質問が出たのでしょう。くだんのカップルには「食虫植物ではない」と説明した上で、ここに書いたような興味深い生態を手短に解説し、「別の意味で当たっているかも<span lang="EN-US">…</span>」と答えておきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12337840668.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Dec 2017 18:55:43 +0900</pubDate>
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<title>森の話 7　マンサクと山村の知恵</title>
<description>
<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">「春山淡治（たんや）にして笑ふがごとし」（郭思）。</font><br><font color="#000000">　</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">中国の古詩から春の季語となった「山笑う」には、木々の新芽が膨らみ花が開き、冬、長く静かな眠りに落ちていた山が目覚めてゆく山のようすが、こみ上げる喜びに笑みがこぼれる姿に擬人化して巧みに表現されています。雪解けと競い合うようにして次々に蘇ってくる生命との再会に、山は表情をほころばせるのでしょう。ちなみに「淡治」はあっさりしていて艶（なまめ）かしいさま、そこはかとなく香り立つような色気を指します。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">この一文を書いている２月半ば、山はもちろん町もまだ冬のさなかですが、紀州のような暖地では梅の花がほころび、春が萌（きざ）しつつあることが伝わってきます。梅の季節が過ぎれば、間もなく山も日々、春の気配を増してゆくことでしょう。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　</font><br><font color="#000000">　もう何年前のことになるのか、東北の早春、津軽の名峰「岩木山」の山頂から無垢無木立のまさに広大無辺というほかない巨大な一枚斜面を歓声を上げながら一気に大滑降したときのこと、やがてやや傾斜が緩んで緊張が解け、それまでの豪快な滑降の余韻に浸りながら雪原を滑走していると、冬枯れの樹林帯に入る手前で花火のように鮮やかな黄色い花をたくさん付けた木に出会いました。マンサクでした。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171219/11/kojinenko/b1/62/j/o0600045014093956695.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171219/11/kojinenko/b1/62/j/o0600045014093956695.jpg" width="420"></a></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">マンサクの花は赤紫色の「がく」から黄色い紐のような４枚の花弁を展開して咲きます。葉に先立って花だけが開き、花の数も非常に多いので色彩に乏しい残雪の山では非常によく目立ちます。</font><br><font color="#000000">　</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">このようにマンサクが春一番に咲くことから、東北の人たちがお国言葉で「まんず咲く」と呼んだのがなまってこの名になったといわれていますが、植物図鑑はマンサクの分布を関東以西の太平洋側としています。してみると東北の人たちが親しんだ「春一番にまんず咲く花」や自分が岩木山で見たものはおそらく、現代の植物分類では「北海道南部から日本海側に分布し多雪地に適応」と説明される「マルバマンサク」という亜種になるのでしょう。とすれば標準和名「マンサク」の語源は東北弁ではなく、たくさん花がつくことから（太平洋側の人たちが）豊年満作への期待を込めて命名したという説のほうが正しいのかもしれません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><br><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　さらにこれとは別に、マンサクは北陸の越中地方で「ネソ」、近江地方で「ネリソ」、そして両者の間の飛騨や美濃地方では「ネッソ」と呼ばれているそうです。残念ながら紀州の山村でどう呼ばれていたかはわからないのですが、これらの地方名は「</font><a name="_Hlk500601873"><font color="#000000">捻（ね）る</font></a><font color="#000000">」という言葉との関連を連想させます。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">かつてマンサクは、藁が入手できない山村の暮らしで柴や薪をひとまとめに結束する縄がわりに使われていました。さらに筏や古来より河川工事で使用されてきた蛇籠（じゃかご＝編んだ籠の中に石を詰めて河川の護岸形成や流路の安定を図るもの）など、相当頑丈に作る必要がある工作物の結束用途にも利用されてきたといいます。使うのは若いマンサクの細い幹や枝で、生のうちに樹皮ごとねじって繊維をほぐし、またときには掛矢（大きな木槌）で叩くなどして柔らかくし、細長く平らな帯のような形に加工して使用しました。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">そして、この結束材とするため細い幹や枝をねじったり曲げたりして繊維をほぐすことをまさに「捻（ね）る」といい、元は結束材に適した樹木をまとめて「ネソ」などと呼んだようです。ですから、ネソにはマンサク以外の樹木（ガマズミ、ソヨゴ、カマツカ、ヤマボウシ、リョウブなど）が含まれていたはずなのですが、特にマンサクがよく利用されたせいか、やがて「ネソ<span lang="EN-US">or</span>ネリソ<span lang="EN-US">or</span>ネッソ」がマンサクの別名として前述の各地に定着したようです。そういえば、紀州ではこうした用途にはもっぱらフジやクロモジなどが用いられました。マンサクが紀州でネソ等と呼ばれることがなかったのは、そのせいかもしれません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">ついでですが、このように「ネソ」を多用した地域では、未熟な若者を「ネソもようねらんで」とたしなめる言葉があったとのこと。直径２<span lang="EN-US">cm</span>ほどのマンサクの木を腕力で「ねる」のはかなりの力仕事であると同時に経験でしか習得できないコツもあるのでしょう。厳しい山村の暮らしにおいてマンサクをネソに「ねる」ことが、一人前の成人男子と認められるに不可欠の生活技術であったことがうかがわれますね。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">話は飛びますが、飛騨の白川郷や越中五箇山の合掌造り家屋ですが、驚くべきことに、あの巨大な重量屋根を支える木組みに釘やカスガイなどの金具はただの一本も使われていません。外観からはローブ状のもので縛った部分しか見えませんが、家屋の中に入ってよく観察してみると、「ヤナカ」と呼ぶ横木と「クダリ」と呼ぶ縦木の交差部が木の皮のように見えるもので締め上げるようにしっかり結束されていることが分かります。あれこそがマンサクのネソで、生のうちに巻き付けられたものが時間とともに乾燥して交差部を強く締めつけ、木組みを頑丈に作り上げています。さらにそれと同時に、ネソで「結び合わせる」という柔軟な固定法の特性から、強風による屋根全体の揺れにもしなやかに対応して倒壊を防いでいるといいます。釘やカスガイなどの金具ではこうはいきません。昔の山里の人たちが植物の性格を熟知して、見事に活用していたことがよくわかります。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171219/11/kojinenko/5f/a9/p/o0352035114093956724.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="351" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171219/11/kojinenko/5f/a9/p/o0352035114093956724.png" width="352">　</a></p><p>　合掌造りの内部、ネソで結束している所。ねった部分以外は元のマンサクの原型が残り、それを結束部の滑り止めに利用している。（『木の雑記帳』HPより）</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;">&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">いまや、このような優れた技術はほとんど失われました。その代わり「ネソもようねらんで」とオヤジどもから未熟さを馬鹿にされることもなくなったのですけれど、そのぶん確実に人間は自然から、さらには自然との共生から遠ざかりました。マンサクに限らず身近な植物を見事に利用してきた山村の知恵は、地球温暖化など人類が招いた危機を克服する上で今、かけがえのない手がかりを示してくれているように思うのですが、いかがでしょうか。</font></span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12337499187.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Dec 2017 11:53:53 +0900</pubDate>
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<title>森の話 6　「山眠る」季節のサザンカとツバキ</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　</span></p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　歳時記に冬山を指して「山眠る」という季語が収められています。中国北宋時代（１１世紀）の山水画家「郭熙（かくき）」の息子「郭思（かくし）」が、偉大な父の理論や言葉をまとめた画論集『林泉高致集』にある「冬山惨淡（さんたん）として眠るがごとく」が、この季語の起源とのこと。さて、ここで「惨淡」は日本語ではまず使わない言葉ですが、「薄暗い」とか「うら寂しい」といったニュアンスの漢語です。しかし、私たちが大好きな冬山、まぶしく輝く白銀の山稜も、風雪が荒れ狂う尾根も、さらには葉をすっかり落としてやたら明るくなった低山も、決して薄暗くもうら寂しくもなく、従ってそこに「眠る」なんてイメージは全くありません。</span></p><p><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　中国の冬山、雪こそ日本の豪雪地に比べれば少ないでしょうが、そのたたずまいが日本とそう違うようにも思えません。郭煕は先の画論集の「山水訓」の項で「自然を理解する最良の方法」について述べ、「自らこの山に遊んで観察すること、そうすれば山水の姿がありありと胸中に展開する」としており、実際、自身山中に良く遊び、山や自然の姿やその摂理に深く通じていたと伝えられています。まあ、我らと同じ部類の山好きだったのでしょう。してみると、その山に詳しい郭熙があえて「山眠る」の言葉で表現し主張したかったのは冬山そのものの有様というよりは、冬山を水墨画の世界に再現して描くメソッドというか定石や心得といったものだったのではないでしょうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　私たち山屋が「山眠る」の言葉で思い浮かべるのは冬山そのものの姿ではなくむしろ、冬の山における生命の営みの静けさかもしれません。冬山では多くの動物が姿を隠してそれこそ冬眠し、植物は雪に埋まるか葉を落とし、また常緑樹でさえも光合成を止めて、ほとんどの植物はまさに休眠しています。いずれも、厳しい飢えや寒気や乾燥への生命体として懸命の適応であり、その適応がやがて生の歓喜が爆発する春に繋がってゆくのですが、それまでを沈黙のうちに耐えしのぶ姿にはたしかに「眠る」の表現がぴったりです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さて、そんな生命感に乏しい冬、紀州など雪のない低山で鮮やかに開花して生命を主張するのがツバキ（椿、正確にはヤブツバキ）ですが、このツバキをサザンカ（山茶花）と識別するのはなかなか難しい。いずれもツバキ科ツバキ属で赤い花も葉の雰囲気もそっくりです。ちなみに学名はツバキが「<span lang="EN-US">Camellia japonica</span>」でサザンカが「<span lang="EN-US">Camellia sasanqua</span>」。「<span lang="EN-US">Camellia</span>」はツバキともサザンカとも訳されますので、直訳すれば前者が「日本のツバキ」、後者は「サザンカのツバキ」又は「サザンカのサザンカ」って訳のわからないことに。まあ、学名にも互いがそっくり似ていること<span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">が反映しているのでしょう。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ごく常識的な話をすればサザンカが咲くのは１０月から２月、一方ツバキは１２月から４月ですので、１０月から１１月に見るのはサザンカ、３月以降に見るのはツバキと判定して良さそうですが両者がダブる１２月から２月は何らかの方法で識別する必要がありますし、カンツバキといって真冬に咲くツバキもあれば春に咲くサザンカの品種も出回っていますから、開花時期だけで最終判定はできそうにありません。ちなみにその園芸品種、サザンカでざっと<span lang="EN-US">300</span>種、ツバキはなんと<span lang="EN-US">6000</span>種といいますから驚きです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　とはいえ、よく似た花もよく観察すれば違いがあります。ひとつは雄しべのつき方で、ツバキの雄しべが根元で合着しているのに対し、サザンカのそれは分離していますので、１本ずつ引き抜くことができます。もっと詳しく調べるとツバキの子房（雌しべの胴部）は無毛ですが、サザンカの子房には毛が生えています。従って子房が成熟してできる実も同様、ツバキは無毛でサザンカには毛が生えています。また雄しべと同様、ツバキは花が根元でくっついているためひとまとめにボトッと落ちるのに対しサザンカは花びらが一枚一枚散ってゆきます。ですから、花さえ落ちていれば識別は簡単です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さらに次の手段として葉に注目。並べて見れば一目瞭然なのですが、ツバキの葉はサザンカより一回り大きく、肉厚で光沢があります。ツバキの語源は「厚葉木」（アツバキ）とか「艶葉木」（ツヤバキ）いわれるほどなのです。ついでながら葉が薄いサザンカの語源は、中国で山で生える茶の木を意味する山茶花を日本語で「サンサカ」と読むべきところ、次第に「ン」と後の「サ」が倒置して発音されていった結果だそうです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　さて、葉の話の続き、サザンカの葉は鋸歯（葉の周りのギザギザ）が鋭く、葉の付け根や若枝には毛が密生しています。またよく観察してみると、サザンカの葉は先端がわずかに凹んでいる場合があります。さらに太陽にかざしてみると、ツバキの葉脈が黒く見えるのに対しサザンカは白く見えます。こうしてみると、花より葉のほうが識別は容易かもしれませんね。ぜひいちどツバキやサザンカの葉を手に取って確かめてみてください。きっとなるほどと納得されることでしょう。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　そして最後の識別ポイントが匂い。サザンカの花の香りは甘く強烈ですが、ツバキの花はほとんど匂いません。なぜでしょうか。サザンカが咲き始める晩秋からしばらくの間、昆虫はまだ活動していて、足早に迫る厳しい季節を前に越冬準備に余念がありません。多くの花が受粉を終えて散り、競争相手が減った森で、遅れて咲くサザンカはそうした越冬準備の昆虫に真っ赤な花と芳香を放ち、花粉を媒介してくれるよう呼び寄せているのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　しかしツバキが咲く頃にはもう、受粉を任せられる昆虫はいません。そこでツバキは昆虫を頼りにすることをやめ、花粉の媒介を冬鳥に頼ることにしたのです。さて鳥類にも嗅覚はありますがしかし、鳥類の最も優れた感覚器官はなんといっても視力です。例えば猛禽類の視力ですが、東京から富士山を見れば山小屋の看板まで識別できるほどとか。彼らはこの驚異的な視力を武器に遥か上空から地上の小さな獲物を発見しているのです。となれば、真紅の色で花があることを示せば十分、重ねて匂いまでサービスする必要はないというのがツバキの考え方なのでしょう。その代わりツバキは、昆虫より重い鳥が留まっても壊れないよう、根元でしっかり合着した大きな花と雄しべをつけているのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　生物の特徴的な生き方や姿には必ずそうなるだけの理由があります。サザンカが他の花が絶えた時期に開花するのも、ツバキが虫のいない真冬に匂いのない花をつけるのも、長い進化の過程で獲得した独特の生存戦略であり、それが有効であったればこそ両者は今日の繁栄に至ることができたのです。そう思って見直してみると、身近な周囲の自然にもいたるところに多くの驚異が潜んでいることを発見できます。そんな不思議の宝庫である山を、周囲の生き物には目もくれず、ただ無我夢中に登るだけではもったいないと思いませんか？</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12337259361.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Dec 2017 13:26:24 +0900</pubDate>
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<title>森の話 5　ドングリの話</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-align: left; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;">&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1em;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-family: Arial; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">　冬も近づく１１月中旬のこと、森林インストラクターとしての仕事で、小学生たちを高野山の南方にある護摩壇山に近い森林公園でガイドしたことがあります。マイクロバス３台に分乗してやってきたのは小学３～５年生の児童約４０人と引率の先生方で、自分は５年生１４人を担当しました。<br><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　森林ガイドの定番は葉っぱから樹木を同定することですが標高<span lang="EN-US">1000</span>ｍを超える高所のこと、この時期だともう紅葉には遅い・・どころか、常緑針葉樹のモミやツガを除けば葉っぱ自体ほとんどありません。そこで、児童たちに落ち葉の中から木の実やドングリを拾ってもらい、それをテーマに話すことにしました。幸い、その年はブナの実が大豊作で、ミズナラのドングリとともにたくさん拾うことができました。</span></span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1em;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-family: Arial; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;"><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　子どもたちが拾ったミズナラのドングリを手に、そもそもドングリとは何かということから話し始めます。「さて、ドングリは種ですかそれとも実ですか？」と尋ねてみました。さて読者諸兄のご回答や如何？　答えを先に言えばドングリはれっきとした実、より正確には果実なのです。　と、子どもたちにも正解を示したうえで、すかさず次の質問を畳みかけます。「じゃ、種はどこにあるんだろう？」</span></span></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　現代の系統分類での「植物」には、厳密には緑藻やコケの仲間など種子を作らないものも含まれますが、我々が一般に「植物」の名称でイメージする草木類はすべて種子を作ります。さらに植物のうち、すべての被子植物（広葉樹と理解してもらっておおむね間違いありません）は種子を包む果実を作ります。いってみれば種子は植物の卵のようなもので、これがなければ次の世代は生まれないわけですから、種子が植物の存続に不可欠なことは自明です。しかし、果実の役割は一様ではありません。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　一番わかりやすいのは食べてもらうためにできた果実です。自分で動くことができない植物の一部はジューシーな果肉を持つ果実を作り、それが鳥や動物に種子ごと食べられ、そのなかに仕込んだ堅い種子が消化されず糞と一緒に排泄されることで、動けない植物も遠く離れた場所に種子を散布して勢力範囲を広げることができます。動物らの食料となる果肉部分は種子を散布してもらうための報酬なのですね。このような果肉に富む果実を専門用語で「液果」（えきか）といい、さらに人間の食料となるものは「果物」（くだもの）と呼ばれます。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　一方、ドングリのように堅い皮で覆われた果実を専門用語で「堅果」（けんか）というのですが、こうした堅果にはモモやカキのような果肉はないように見えます。しかし、果肉はちゃんとあるのです。ドングリの仲間であるクリを思い出してみてください。クリは他のドングリの仲間と同様、堅い皮に包まれていてこれを鬼皮と呼んでいます。その鬼皮をむくとその下に渋皮に包まれた可食部が現れます。あの薄い渋皮は実は種を包む皮つまり種皮でその渋皮で包まれた部分全体が種子、そして渋皮と鬼皮に挟まれた狭い部分が果肉なのですね。こんどクリを召し上がる機会にぜひご自分の目で確認してほしいのですが、鬼皮の裏にびっしり張り付いている繊維質がクリの果肉なのです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ついでにいえば、堅果はクリも含めすべて頭がとんがっていて、種の部分が二つに割れる特徴があります。とんがっている部分は根が出る所、そして割れる二片は発芽した時に二枚の子葉になるのです。堅果類は無胚乳種子といって発芽の際のエネルギー源としての胚乳がないのですが、大きな子葉に栄養を貯めて発芽に利用しています。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　すこし横道にそれましたが、つまり私たちはクリの果肉を捨てて種子を食べているのです。とするとドングリはモモやカキなどの液果と違い大切な種子自体を動物たちに食べられてしまうから大変、これでは報酬をタダ取りされるだけ・・と思われますがそんな心配は無用、そこは動物を巧みに操る植物のこと、さらなる深慮遠謀があるのです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　リスやネズミ、それに鳥のカケスらはドングリが主食で、紅葉の頃は越冬に備え大量のドングリを蓄える習性があります。逆に言えば、だからこそ樹木は冬が近づくこの時期を狙って一斉にドングリを実らせるのです。リスたちは縄張り内のいたる所の土中にドングリを貯蔵し、厳しい冬の間これを掘り出して命をつなぐのですが、なかには余る場合もありますし掘り忘れるケースもありそうです。ドングリは地上で乾燥するとすぐに発芽能力を失ってしまうのですが、湿った土に埋められることで春に発芽することができるのです。つまり、ドングリをつける植物は、リスたちが少量の種子を食べ残しそれが発芽することを期待する代償に、多数の種子を報酬として動物たちに与えるという繁殖戦略をとっているわけです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　ドングリは動物の一種である人間にとっても重要な食料でした。ドングリをつけるのはブナ科の樹木でその多くが日本の森の主役を務めています。東北地方など涼しい地方ではブナやミズナラが、また暖かい地方ではシイやカシなどがその代表です。縄文時代の人口分布は圧倒的な東高西低で総人口の<span lang="EN-US">9</span>割以上が関東から東北で暮らしており、現代考古学はその理由を涼しい地方のほうが縄文時代の主食であるドングリが豊富であったためと説明しています。しかし最近、ブナ・ミズナラ林とシイ・カシ林の生産力を実際に比較してみたところシイ・カシ林に軍配が上がる結果が出ており、先の説明にも疑問符がついているのですがそれはさておき、青森の三内丸山縄文遺跡では周辺にクリが植えられていたことが分かっています。長年の観察でクリの実から栗の木が発生することに気付いた縄文人が、効率的にクリの実を得ようと植えたのでしょう。これはまさに農業の芽生えです。人間は奪うばかりかと思いきや、栗の木は美味しい実を報酬とする代わり、栽培させることで人間すらもその繁殖戦略に利用してきたということもできそうです。</span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 199.5pt; mso-char-indent-count: 19.0;"><br><span style="color: black; font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;">　クリの実だけでなく、ブナの実、シイやイチイガシなどのドングリは、あく抜きをしなくても生でさえも食べることができます。小学生たちには、ブナの実を縄文人になったつもりで味わってもらいました（ソバの実に似ているブナの実は一般にドングリとは呼びません）。味はピーナッツとクルミを足して二で割ったような感じで、フライパンで炒ったり、レンジでチンすればなお香ばしく美味しくなります。小塩を振ればビールにも最適。晩秋の山、ちょっと余分に時間と装備を用意して、自然の恵みを味わってみてはいかがでしょうか。味は好みがわかれるかもしれませんが、少なくともキノコのように命がけにはなりませんのでご安心を。</span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kojinenko/entry-12336519088.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Dec 2017 11:31:10 +0900</pubDate>
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<title>森の話 4  　イチョウと失われた世界</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">&nbsp; </font></span></p><p><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">&nbsp; 数年前に挑んだ森林インストラクター資格試験では、木の葉を見てその葉をつける樹木名を正確に同定できることが、森林の専門家として最も基礎的な素養のひとつとされていました。そこで受験対策として、図鑑片手に近所の森や植物園に出かけては木の葉の特徴を観察し頭に叩き込むのに励んだわけですが、こんなことせずとも最初から同定できたのがイチョウでした。まあ自分に限らず、スギとヒノキの区別すらつかない素人でもイチョウの葉を間違う人はないでしょう。それほど私たちになじみ深いイチョウですが、調べてみると色々面白いことがあります。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/10/kojinenko/b1/a9/p/o0480048014090673409.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="370" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/10/kojinenko/b1/a9/p/o0480048014090673409.png" width="370"></a></p><p><font color="#444444">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size: 0.83em;">フリー素材から</span></font></p><p><br><br><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　まずイチョウは針葉樹の仲間か広葉樹の仲間か。「針葉」から受けるイメージはマツのように細く尖がった葉です。イチョウの葉はそんなイメージとは似ても似つかず、外観は広葉樹っぽいのですが実は針葉樹の仲間なのです。ポイントは葉脈で、広葉樹の葉脈が網状に枝分かれして葉の末端に達しているのに対し、針葉樹では葉脈が平行に並んでまっすぐ葉の末端に至ります。イチョウの葉脈は末広がりになっている点でマツなどとは異なりますが、葉脈が分枝しない点でむしろ針葉樹の仲間に近いのです。</font><br><br><font color="#000000">　そんなわけでイチョウは他の針葉樹と同じ「裸子植物門」になり、以下「イチョウ綱」ー「イチョウ目」ー「イチョウ科」ー「イチョウ属」と分類されてゆくのですが、実は「イチョウ網」以下の分類に属するたった一種の樹木です。「網」という大ざっぱなレベルですら一種のみしかないというのは大変なことで、世界広しといえどもイチョウには「裸子植物門」レベル、つまりマツやスギなんてイチョウとは似ても似つかない植物に至るまで、お仲間の種がないということなのですね。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　これに対し例えば「ヒト」は「脊索動物門」ー「哺乳綱」ー「サル目」ー「ヒト科」ー「ヒト属」ということで、「ヒト属」レベルでチンパンジー、「ヒト科」レベルではオランウータンなどの仲間に恵まれ、さらに「サル目」まで広げれば近縁の仲間に不自由はしません。まして「イチョウ網」と同レベルの「哺乳網」になればネズミからゾウやクジラまで仲間になってしまうほどです。「哺乳類」が「ヒト」一種しかない世界をいちど想像してみてください。こう比較してみると、イチョウという種はまるでこの地球上の生命進化からかけ離れた孤島のようです。</font><br><br><font color="#000000">　どうしてイチョウだけがいまこんな孤独な状態で現存するのか。それはイチョウがかつて繁栄した種族の唯一の生き残りでありまさに「生ける化石」と呼ぶべき生物だからです。これまでに発掘された多くの化石からイチョウの仲間が繁栄したのは中生代（２億<span lang="EN-US">5000</span>万年～<span lang="EN-US">6500</span>万年前）から新生代にかけての時代で、その後の氷河期に唯一現存するイチョウを残して他の近縁種はすべて絶滅したと考えられています。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">　イチョウにオス・メスがあることはご存知でしょう。ただ、ギンナンをならせるほど成長するまでその識別は非常にむつかしく、遺伝子解析をしてもわからないほどだそうです。さて関連する話題で、神社の御神体になるほど大きなイチョウにはしばしば「乳」と呼ばれる鍾乳石状のものが枝から垂れ下がっていて、「垂乳根（たらちね）のイチョウ」とか乳イチョウであるとか呼ばれ、安産や母乳がよく出る願掛けの対象になってきました。しかしこれは雌株だけでなく雄株にもできます。英語でも「<span lang="EN-US">Chichi</span>」と呼ぶそうで「イチョウの乳」はなんと国際語にもなっているほどなのですが、これが何者であるのかについては実はまだ結論がでていません。</font></span></p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US" style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">&nbsp;</font></span></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/11/kojinenko/a8/55/j/o0326025014090705540.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="330" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/11/kojinenko/a8/55/j/o0326025014090705540.jpg" width="430"></a></p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size: 0.83em;">宮城県のホームページから</span></p><p>&nbsp;</p><p style="margin: 0mm 0mm 0pt; text-indent: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><font color="#000000">現在最も有力な仮説は「担根体（たんこんたい）」ではないかというもの。担根体とは<a href="https://blogs.yahoo.co.jp/yama3_hana6_2/9416221.html" target="_blank">ヒカゲノカズラ</a>のような小葉シダ類が持つ特異な器官で、周囲の状況に応じて根にも枝にも葉にも変化できるものです。イチョウ以外の進化した植物にはこんな便利というか融通無碍（ゆうずうむげ）な器官はなく、根の先からは根しか、枝の先からは枝しか出ません。現代の世界を覆い尽くす他の植物より遥かに古い時代に発生したイチョウは、こんなところにも、手探りで自分たちが暮らせる領域を広げていったパイオニアの苦労の名残をとどめているのかもしれませんね。</font></span></p><p><br><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: Arial;"><font color="#000000">　厳しい氷河期が終わったとき、イチョウ一族はほとんどすべて死に絶え、現在私たちが見るイチョウのみが、中国安徽（あんねい）省の片隅で細々と生き延びていました。それが日本はじめ世界各地に人為的に広げられて現在に至っているわけですが、日本名の「イチョウ」は中国語でアヒルの足を意味する「イアチァオ」に由来するといいます。これはもちろん、イチョウの葉の形からアヒルの水かきのある足を連想した名前だったのでしょう。またイチョウの実を表す日本語の「ギンナン」は「銀杏」の唐の発音「ギン・アン」が語源、いずれも生き延びた土地の言語と文化をその名前に伝えているのですね。</font><br><br><font color="#000000">　さてそのギンナン、私たちが食用にするのは正確には実ではなく実の中にある種子の堅い殻を割って得る仁という部分なのですが、あの美しいエメラルドグリーンの実（仁）のモチモチした食感は茶わん蒸しに欠かせませんし、フライパンでさっと炒めて小塩を振ればお酒の友にも絶好、ということで山行のアプローチで黄葉したイチョウを見つけると、少々到着が遅れるのも承知でメンバー全員、その後のテントでの酒宴の予感に舌なめずりしつつギンナン拾いに精を出したことが何度もあります。しかしその際、あの強烈な匂いにはいつも閉口させられました。この悪臭は種を取り巻く果肉にあり、落果して間もないときは気になりませんが、熟したりつぶれたりすると鼻が曲がるほど強烈な悪臭を放ちます。</font><br><br><font color="#000000">　イチョウは日本の街路樹で断然トップの樹種ですが、その黄葉の見事さに惹かれて日本からこれを輸入し街路樹にしたドイツはこの悪臭に困り果て、実をつける雌株の使用を禁止したほどです。・・というほどの悪臭のためか、大概の動物はギンナンを餌には選びません。鳥類がついばみに訪れることもないし、ニホンザルやネズミほかの哺乳類も全く近づきません。最近の研究ではアライグマだけは例外的に食べるようですが、他に食べ物がなければ仕方なくといった感じで、決して喜んで食べている様子はないそうです。</font><br><br><font color="#000000">　さて、そもそも植物が実をつけるのは、動物にそれを報酬として与える代わりに実の中の種子も飲み込ませ、肥料となる排泄物と一緒に広く散布してもらうためです。さらに言えば、匂いはその動物を実に呼び寄せるための撒き餌だったはずです。なのにその匂いが嫌われ、肝心の実が見向きもされないようなことでは、ギンナンを作るのはイチョウにとって資源の浪費というか徒労にしかならないことになってしまう。先に紹介した唯一例外のアライグマは北米原産で原産地の中国にはいませんから、イチョウの繁殖を手伝ったことはありえません。では、イチョウはいったい誰を種子散布のパートナーに想定してギンナンの実をつけてきたのでしょう。</font><br><br><font color="#000000">　ここからはワタクシの想像たくましく・・といった話になるのですけれど、イチョウが種子を運んでもらおうと頼りにしたのは今は亡き恐竜だったのではないか・・　先に書いたようにイチョウ一族が繁栄したのは中生代という地質時代ですが、これをさらに詳しく分けると三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と呼ばれる時代区分になり、これはこの地上に恐竜たちが誕生し、繁栄し、そして滅亡していった時期とぴったり一致するのです。</font><br><br><font color="#000000">　この想像を裏付ける傍証もあります。動物の嗅覚の良し悪しは脳のうち嗅覚をつかさどる嗅球（きゅうきゅう）と呼ばれる脳の部位が脳全体に占める比率で測れるのですが、最近カナダの科学者たちは、恐竜のそれが現在の鳩程度に優れていることを解明しました。つまり、当時の植物にとり、匂いは種子を運んでもらう相手つまり恐竜を呼び寄せる有力な道具として使えたということです。</font></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/10/kojinenko/16/68/j/o0446031614090673411.jpg"><img alt="" height="298" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171214/10/kojinenko/16/68/j/o0446031614090673411.jpg" width="420"></a></p><p><span style="color: rgb(0, 0, 0); text-transform: none; text-indent: 0px; letter-spacing: normal; font-family: &quot;“Lucida Grande”&quot;, &quot;“segoe UI”&quot;, &quot;“ヒラギノ丸ゴ ProN W4”&quot;, &quot;“Hiragino Maru Gothic ProN”&quot;, “メイリオ”, Meiryo, Verdana, Arial, sans-serif; font-size: 10.66px; font-style: normal; font-weight: 400; word-spacing: 0px; float: none; display: inline !important; white-space: normal; orphans: 2; widows: 2; background-color: rgb(255, 255, 255); font-variant-ligatures: normal; font-variant-caps: normal; -webkit-text-stroke-width: 0px; text-decoration-style: initial; text-decoration-color: initial;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size: 0.83em;">引用＝<a href="http://bowler10.blog.fc2.com/">http://bowler10.blog.fc2.com/</a></span></span><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1em;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-bidi-font-family: Arial; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;"><font color="#000000">　我々には猛烈な悪臭でも、恐竜たちには得も言われぬ芳香だったのかもしれません。多くの恐竜たちのうちの一群はあの強烈な匂いに引き寄せられてギンナンを食べ、糞と一緒にイチョウ族の種子を散布してその繁栄に貢献したことでしょう。しかし、そんなイチョウのかけがえのないパートナーは<span lang="EN-US">6500</span>万年前のある日、恐らくは巨大隕石の衝突をきっかけに絶滅してしまいます。ですが今日に至るまでの気の遠くなるような時間、イチョウは世代を繋いで来る年も来る年もひたすらパートナー好みの匂いの実をつけ、ただその再訪を待ち続けてきたのです。これはもう、プッチーニの「蝶々夫人」もテレサテン（古いか？！）が繰り返し歌った「待つ恋」も真っ青の飛びっ切りの悲恋ではありませんか。</font><br><br><font color="#000000">　イチョウは「公孫樹」ともいいます。「公」は祖父、おじいさんが植え孫の代でやっと実をつける樹という意味です。そのイチョウの種子も他の樹木同様、親の近くでは発芽できませんから、遠くへ運んでくれるパートナーがいない今は人の手で植えてもらう以外に子孫を増やす手段がありません。もしこれをお読みの皆さんが山行中にイチョウを見かけたら、それはどんな山奥であっても間違いなく人が植えたものであり、かつてそこで人の暮らしが営まれていたことを示しています。</font><br><br><font color="#000000">　絶滅して久しい恐竜たちの時代、そして過疎からやがて崩壊しついに消滅した山村の暮らし、イチョウの樹はいずれも「失われた世界」＝ロストワールドの記憶を内に秘めつつ、秋ごと見事な黄金色に染まっては、無心にギンナンの実をつけているのです。</font></span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 14 Dec 2017 11:16:15 +0900</pubDate>
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