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<title>父が死ぬかもしれません</title>
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<description>8年前の冬に父が倒れました。入退院を繰り返してそろそろ覚悟をと医師に言われています。そんな父の闘病の覚え書きです。</description>
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<title>個室に移った父</title>
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<![CDATA[ 個室の病室は快適でした。<br>隣の部屋で大声で話したり、テレビをつけていると壁越しに聞こえることもありますが、大部屋に比べるとずっと静かです。<br><br>部屋には専用のエアコン、洗面台、トイレとシャワーがついています。<br>大部屋ではプリペイドカードで使用するテレビや冷蔵庫は使い放題です。<br>この部屋を見て、これで父も煩わしさから解放されて安心して治療を受けられると思いました。<br>父は入院中に風邪をひいたこともあり、それで投薬治療が中断していました。<br>ですから、他の患者やお見舞いの人とはあまり接触しないほうが良いのです。<br><br>父が個室に入って、私は毎日見舞いに行くようになりました。<br>ちょうど仕事が一段落していたこともあって、父の最期も近いだろうということで、母からも頼まれていたのです。<br><br>便秘の痛みはなかなか解消されず、腰が痛いのか便秘で腹が痛いのか、父にもわからないくらいでした。<br>この頃は、日に何度か下剤を飲んでいたと思います。<br>父はさらに食事をしなくなりました。<br><br>個室に移ってからしばらくすると、便秘の苦しみが減ってきたようです。<br>でも、それが個室のトイレで落ち着けるからなのか、それとも食事を取らなくなったせいなのかわかりません。<br>年末頃になると、配膳される父の食事は、1/4の量になっていました。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12130688216.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 01:13:38 +0900</pubDate>
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<title>圧迫骨折と便秘の痛み</title>
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<![CDATA[ 鎮痛剤の副作用でご飯が食べられなくなったと思っていましたが、父がかなり深刻な便秘になっていたこともわかりました。<br>便秘もオピオイド系鎮痛剤の副作用の一つです。<br><br>父は、12月から翌年の1月にかけて、この便秘に苦しめられました。<br>入院生活で運動不足になると便秘気味になります。<br>それに、薬の副作用が重なって、かなり酷い便秘です。<br>当初、父が入院していた大部屋は5つのベッドが入っていて、トイレは廊下にあるものを使います。<br>便秘で長く便座に座っていると、様子を気にして看護師さんがノックをすることがあります。<br>それに、他の患者さんも使うことを考えたら、一人で長い時間使い続けるわけにもいきません。<br>そんな考えが、父の便秘をさらに酷いものにしてしまいました。<br><br>ある日、父の不満は爆発しました。<br>爆発と言っても、大騒ぎしたり暴れたりしたわけではなく、担当の先生に自分の現状と今後の治療について問い詰めようとしたようです。<br>この時の父は、細菌感染や高カリウムの影響で投薬が何度も中止されて、治療が進まないのに、腰や便秘の痛みに耐える日々だったのです。<br><br>ちょうどその頃、担当の看護師さんから、おそらくもう長くはないので可能な限り見舞いにくるようアドバイスもらいました。<br>そこで、個室への移動を希望しました。<br>個室なら見舞いにきて大声で喋っても迷惑になりません。<br>それに、病室に専用のトイレがあるので便秘の問題にも良さそうです。<br>おまけに以前書いた、せん妄に影響するような周囲の人の話し声も聞こえません。<br><br>遠慮する父に、がん保険で差額ベッド代をある程度まかなえると説得して、後日すぐに個室に移ることができました。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12130320226.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Feb 2016 23:46:13 +0900</pubDate>
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<title>病院での痛みのコントロール2</title>
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<![CDATA[ 父が鎮痛剤を投与されていたシリンジポンプは電気で動きます。<br>普段はACアダプターでコンセントにつながっていますが、トイレに行ったり、治療や検査のために移動する時には、ACアダプターを引っこ抜きます。<br>その間は、内蔵されたバッテリーで動くわけです。<br><br>このバッテリーがどのくらい動くものなのか気になりました。<br>それは、父が退院できるのかどうか……が気になったからです。<br>例えば30分以上持つのなら、車に乗せて退院して、自宅でコンセントにつないで使用できます。<br>でも、看護師さんや先生に聞くとシリンジポンプを使用している間は、退院は難しそうでした。<br>腕の皮下に点滴針が刺さったままだからかもしれません。<br><br>父は口には出しませんでしたが、早く退院して家に帰りたがっていたのでしょう。<br>そんな父に、カリウムを下げる点滴、それに鎮痛剤のシリンジを指差して、これが外れるくらいになるまで、ちょっと退院難しいね。でも、お正月は家で過ごしたいね……と言いました。<br><br>退院するためには、パッチと飲み薬で痛みがコントロールできなければなりません。<br>12月に入るころ、父は病院のご飯を食べられなくなってきました。<br>先生の話では、オピオイド系の鎮痛剤の副作用で嘔吐しやすいのかもしれないとのこと。<br>でも、父は自分の死期が近づいていると思ったようです。<br>胃がんで亡くなった祖母と同じように、食えなくなって死ぬんだと言っていました。<br><br>年末に近くなると父はどんどん痩せてしまって、今にも死にそうな見た目になりました。<br>すると、点滴を腕から首に移されて、高カロリーのブドウ糖を使うことになりました。<br>看護師さんに聞くと、点滴の栄養で十分に生きていけるとのことでした。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12129965989.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Feb 2016 00:10:36 +0900</pubDate>
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<title>病院での痛みのコントロール</title>
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<![CDATA[ <div>麻薬系の鎮痛剤を嫌っていた父がようやくそれを飲むようになりました。<br></div><div>父のベッドに看護師さんが来るたびに、痛みはどのくらいですか？ と聞いてきます。</div><div>ニコニコした顔から苦痛に歪んだ顔まで5段階だったか6段階のイラストが描かれた紙を見せられて、今の痛みはどのくらいかと聞かれるようです。</div><div><br></div><div>父に聞くと、ベッドに寝ている時や座っている時には、ほとんど痛みはないけど、立ち上がろうとしたり、体をひねったりするとすごく痛いとのことでした。</div><div><br></div><div>昨年の12月の上旬。父の病室に行ってみると点滴のスタンドに小さな箱がぶら下がっていました。</div><div>それは、がんで亡くなった義兄や義母の病室で見慣れたシリンジポンプでした。</div><div>鎮痛剤が入った注射器を機械でゆっくりと注入し続ける装置で、義兄たちは末期にこれでモルヒネを投与されていました。</div><div>それは私にとってものすごいショックでした。</div><div><br></div><div>その頃父は、高カリウム血症になったりして、急に死んでしまうこともあると先生に言われていました。</div><div>なので、覚悟はできていたのですが、そのショックをそのまま父に話すわけにはいきません。</div><div>看護師さんの話では、腰の痛みがパッチで抑えきれないこと。また、飲み薬では上手く飲めないこともあるとの説明を受けました。</div><div><br></div><div>シリンジポンプがつけられたことになんとなく納得できていない父に、私は薬の中身を調べてみました。</div><div>ラベルに書いてあったオキファストという名前を調べてみると、今まで飲んでいたオキノームの注射用だとわかり、それを父に伝えて安心させました。</div><div>もちろん、オキファストも合成麻薬系の鎮痛剤なので、要はモルヒネと大して変わりません。</div><div>それでも、父を不安にさせないように、ネットで検索した画面を見せたり説明したりして、大丈夫だと伝えました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12129451341.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2016 17:31:04 +0900</pubDate>
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<title>多発性骨髄腫の痛み</title>
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<![CDATA[ 父の葬儀は終わり、遺骨になって居間の祭壇に乗っています。<br>葬儀についての話は機会があれば書くことにして、父の病気に関してのことを思い出せるままに書いていこうと思います。<br><br>多発性骨髄腫というのは以前も書いたとおり血液の病気なのですが、臓器のがんと違って血に痛みはありません。<br>痛みが出るとしたら骨です。骨自体が痛んだり骨折しやすくなると聞いてました。<br>ですから父には、全身の骨が痛んで苦しみながら死ぬような辛い思いはさせたくないと思っていました。<br>実際には痛みも苦しみもなく眠った状態で逝ったのですが、まだ普通に話せる状態の時には、時々痛みを訴えてました。<br><br>痛みの原因は重いものを持ち上げようとして起きた腰の圧迫骨折で、痛みを緩和するために病院では様々な薬を試しました。<br>カロナールやロキソニン、ボルタレンなどの錠剤の鎮痛剤から始まって、一時は肌に貼り付けるパッチ型の鎮痛剤を使っていました。<br>パッチ型は胸などに貼り付けて使うもので1日貼ったら翌日張り替えます。<br>それをベースにして、急に痛みが増した時にはオキノームという名称のオピオイド系と呼ばれる合成麻薬の鎮痛剤を飲みます。<br>オキノームというのは顆粒の薬で、飲んだ後15分くらいですぐに痛みがすっかり消えてしまうほどの強力な鎮痛剤です。<br>がん患者に使われるモルヒネとほとんど同じ成分の薬で、モルヒネよりも副作用が少ないものらしいです。<br><br>ところが父は、看護師さんが説明する「麻薬系の薬」という言葉に拒絶反応を示してしまって、痛いのに我慢してできるだけ飲まないようにしていたようでした。<br>看護師さんに後に聞いた話では、そういう患者さんも珍しくないとのこと。<br><br>ネットで薬を検索してみたところ、痛みを止めるために使う限り、悪いイメージの麻薬みたいに習慣性 (やめられなくなる) はないと書かれていたので、それを父に見せて、痛みを我慢しないように説得しました。<br>痛みをコントロールできない限り、父は歩けなくなってしまい、さらに骨が弱くなって寝たきりになってしまうのを恐れたからです。<br>最終的に父は納得してくれて、痛みをある程度まで抑えることができるようなりました。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12128895475.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Feb 2016 23:44:18 +0900</pubDate>
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<title>病院で亡くなるということ</title>
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<![CDATA[ 父の鼓動が止まってから数分、担当の先生にきていただいて死亡確認をしてもらいます。<br>本当に苦痛のない安らかな最期でした。<br><br>その後、看護師さんから、葬儀社の手配はできるか確認されます。<br>以前から紹介されていた葬儀社さんがあって、そこに電話して来てもらいます。<br>1時間ほどで来てくれるとのことで、看護師さんにそれを伝えました。<br>葬儀社さんが来てくれるまでの間、看護師さんが体を清めて着替えをしてくれます。エンジェルケアというそうです。<br>髪を整え髭も綺麗に剃ってくれて、父の顔は本当に綺麗になっていました<br><br>前日の夕方に髭を剃ろうかと思い立ち、でも、もう遅いから明日に……と思っていた矢先でしたから、とても嬉しかったです。<br>義兄や義母が亡くなった病院では、一旦霊安室に移されてから葬儀社さんが迎えにきます。<br>でも、父の病院では病室に直接葬儀社の方が入って来て、父をストレッチャーに乗せて行くのでちょっとビックリしました。<br>葬儀社さんに聞くと、最近はそういうやり方が多いようです。<br>葬儀社さんの車に乗せられて父が病院を後にする時に、担当の先生とお世話になった看護師さんたちに見送っていただきました。<br><br>その後、病室の荷物を片付けて、先生や看護師さんたちに改めて挨拶をして帰ります。<br>……が、入院費などの支払いのことを聞き忘れて、再びナースステーションへ。<br>支払いは後日、請求書が郵便で送られるとのこと。<br><br>昔は遺体を家に乗せて帰ったそうですが、最近は火葬の順番待ちも多く、家は階段を上る必要もあって、葬儀社さんで預かってもらうことにしました。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12127749842.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Feb 2016 00:28:13 +0900</pubDate>
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<title>父が亡くなりました2</title>
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<![CDATA[ 今日は葬儀社さんと打ち合わせを行いました。<br>住んでいる地域から近いため結構混んでいるという斎場を、なんとか押さえてもらって週末には父を送り出せそうです。<br><br>昨日に続いて、当日の父の様子を書きます。<br><br>病院から連絡をもらって駆けつけてから30分。<br>父の呼吸は弱く、酸素マスクを付けられている状態ですが、心拍は割と安定していました。<br>義兄と義母の時に、同じように危篤状態になってから長くかかった経験があり、父の場合もこのまま数時間もつのだろうと思っていました。<br>でも、30分を過ぎたあたりで、ベッドの横に設置された心電図のモニターがピーピーとアラートを出します。<br>脈が非常に遅くなってグラフの波形の平らな部分が長くなってきます。<br>表示されている数字が30代ということは一分間に30回ということでしょうか。<br>思わず手を握ってもうちょっとだけ頑張って、と口にしていました。<br>弟がまだ到着していなかったのです。<br><br>それからしばらくの間、脈拍が減ったり戻したりを繰り返して、20分ほどでモニターの表示がゼロになりました。<br>その瞬間、私の体からも力が抜けてしまいました。<br><br>看護師さんが病室に駆けつけてくれて、これから先生が見てくれると言われます。<br>不思議な話ですが、心電図がゼロになってもほんのすこしの間……1～2分くらいでしょうか、父の首元の動脈はすごくゆっくり脈打ってました。<br>呼吸も一回だけしました。<br>話でよく聞く、大きく息を吐き出すようなものではなくて、本当にちょっとだけ首をカクンと動かすだけのものでした。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12127392557.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Feb 2016 02:20:50 +0900</pubDate>
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<title>父が亡くなりました1</title>
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<![CDATA[ 今日、2月9日 (もう日が変わって10日ですが…) 父が亡くなりました。<br><br>月曜日に看護師さんからオシッコの量が減っているので、そろそろ……というお話を聞いていました。<br>今日は母を車に乗せて午後から見舞いに行く予定だったのですが、昼過ぎに父の担当の看護師さんから電話がきました。<br>午前中はいつもどおりだったのに、昼頃から呼吸が急に弱くなったとのこと。<br><br>出かける時間を繰り上げて、母を乗せて病院に行きました。<br>途中で、仕事に行っている弟に状況をメールします。<br><br>病院に着くと、父は酸素マスクをされていて、ベッドの横には心電図のモニターが置かれていました。<br>看護師さんから状態の説明を受けます。<br>呼吸が浅くなって心拍も弱くなっています。血圧は低めですが安定しているとのこと。<br>ほどなく妻と娘が到着。<br>弟は仕事を引き継いでもらって1時間ほどで来れるとのこと。<br><br>主治医の先生が診に来てくれて、昏睡状態で痛みや苦痛はないとのこと。<br>昨日まではイビキをかいたり、体全体で大きく息をしていたのに、今日の父は定期的に頭をカクンと小さく動かすような呼吸を続けています。<br><br>妻の兄と母を看取った経験から、こんな呼吸になったらもう長くないとわかります。<br>そう思うと、まだ生きているというのに涙が溢れてきます。<br>父の脈拍は弱いものの、70代前後を行ったり来たりして、それから30分ほどは安定していました。<br><br>続きは明日書きます。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12127021973.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Feb 2016 00:20:05 +0900</pubDate>
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<title>拘束が解かれる父</title>
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<![CDATA[ 週の後半になると、父が起き上がらないように固定していた拘束ベルトと、両手にはめていたミトンが外されました。<br>父はもう自分の意思で体勢を変えたりできなくなったからです。<br><br>それでも、時々目を開けるので声をかけます。<br>お父さん。今日も見舞いに来たよ。週末には孫も連れてくるから待っててね。<br>声をかけると目が合います。<br>聞こえてるんだと思いますが返事はありません。<br>そしてしばらくすると、うとうと眠るように目を閉じます。<br>それを何度か繰り返していました。<p></p>書き忘れていましたが、父はずっと微熱が続いています。<br>抗がん剤の治療中から副作用で熱が出ることもあったので、いつから熱は出ているのかわかりません。<br>腰の痛みを抑えるための点滴の中に解熱作用があるものもあって、1日4回点滴するためにその日その時で体温が結構変わります。<br>36.5度くらいから38度を少し超えるあたりで変動します。<br>時には頭の周りにたくさん汗をかいているときもあって、看護師さんが氷枕(と言っても、いわゆるアイスノンみたいなタイプ)をしてくれます。<br><br>土日にかけて熱は下がってきました。<br>日曜日に再び叔母の見舞いを受けましたが、どういうわけか父はずっと高いびきで眠ったまま、呼びかけても一度も目を開けませんでした。<br><br>週が明けて、今日月曜日。<br>見舞いに行った直後はときどき目を開きましたが、看護師さんに口の中のケアをしてもらった後、疲れたのか眠ってしまいました。<br>写真は歯磨きセットです。磨く時は普通の歯磨き粉を使います。口の中をスポンジで湿らせながら、吸引機で水分を吸い取って、最後に口の中で出血してるところ消毒してジェルで保湿してくれます。<br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160209/00/kojirowya/ac/ff/j/o0800106713562168542.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160209/00/kojirowya/ac/ff/j/t02200293_0800106713562168542.jpg" style="width:220px; height:293px; border:none;" alt="口腔ケアセット" ratio="0.7508532423208191"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160209/00/kojirowya/0c/78/j/o0800106713562175114.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160209/00/kojirowya/0c/78/j/t02200293_0800106713562175114.jpg" style="width:220px; height:293px; border:none;" alt="消毒薬" ratio="0.7508532423208191" id="1454946158782"></a></p><p></p><p></p><br>そして看護婦さんから話がありました。<br>おとといあたりまで、1日1,000ccくらい出ていたオシッコが、昨日は250cc程度になって、今日も非常に少ないとのこと。<br>オシッコが急に減る場合、数日中に最期を迎える患者さんが多いそうです。<br>とりあえずですが、もう覚悟はできてます。<br>教えてくれた看護師さんに感謝します。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12126654112.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Feb 2016 00:02:53 +0900</pubDate>
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<title>眠り続ける父</title>
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<![CDATA[ 週が明けて2月になって父は自分ではほとんど動かなくなりました。<br>ほとんど眠っている状態で、時々目を覚ましては少し腕や首を動かします。<br><br>時々タンが絡むのか、ノドがガラガラ言い出したので看護師さんに吸引してもらいます。<br>すると、父の喉から濃いピンク色のクリームのようなものが少し出てきました。<br>口の中からの出血が唾液などに混ざって泡立ったもののようですが、初めて見るとビックリします。<br>鼻の穴から柔らかいチューブを差し込んでのどの奥に溜まったものを吸い出すのですが、父は不快なようで嫌がります。<br>また、のどの奥にチューブが入ると苦しそうな表情になります。<br><br>ミトンに包まれた手を動かして嫌がるのでかわいそうに思うのですが、ノドが詰まって息ができなくなる方が恐いので私も父の手を押さえて手伝いました。<br>吸引してもらうとしばらくの間は呼吸が楽になります。<br>看護師さんの話では、吸引はのどの奥を傷つける可能性があって、父のように血が止まりにくい患者では、あまり頻繁にやらない方がいいようです。<br><br>週の中盤の水曜日に入ると、吸引されても父は抵抗しなくなっていました。<br>意識レベルが低いだけなのか、もう意識が戻らないのかわかりません。<br><br>昨日書いたように、口腔の先生の処置で週末頃には吸引の必要がなくなりました。<br>まだ少しノドがガラガラしていますが、父が一度軽く咳き込むと呼吸が楽になります。<br>咳をすると体力を消耗するのか、1～3秒くらい息をしなくなります。<br>その瞬間は、呼吸が止まってしまったのではないかと心配になって、ベッドに駆け寄ってしまうことが何度もありました。
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<link>https://ameblo.jp/kojirowya/entry-12126307948.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Feb 2016 03:12:06 +0900</pubDate>
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