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<title>街場の名言・迷言ブログ</title>
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<description>アニメ、小説、近所のおじちゃんの言葉まで、味わい深い言葉を味わうブログ。</description>
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<title>今、一番あいさつせな、あかんねん。</title>
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<![CDATA[ <h2>すごく、あいさつしたくなる話</h2><p>&nbsp;</p><p>あいさつに関する感動エピソードはいろいろありますが、中でも最強クラスのエピソードの一つではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>2016年の話なので、当時話題になってご存じの方も多いかもしれませんが、もし初見の方があれば、知っておいて損はないと思い、書きとどめます。</p><p>&nbsp;</p><p>お笑いコンビ品川庄司の品川祐さんが、11月26日に放送された<span style="font-weight:bold;">「特盛！よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル」</span>（読売テレビ）の中で、</p><p>「12～13年くらい前」の話と前置きして、浜田さんにブチ切れされた過去について話し始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>（以下は「<span style="font-size:1em;">浜田雅功が品川に蹴りとビンタ！その激怒の理由がとても優しかった…」より</span>参照引用　<a href="http://trend-izumi.com/post-11239/">http://trend-izumi.com/post-11239/</a>　）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff7f00;">品川庄司がブレークし始めたころ、ダウンタウンの番組「ガキの使いやあらへんで」に出演しました。</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">そのとき、相方の庄司智春さんだけが浜田さんの楽屋にあいさつに行き、品川さんは行かなかったそうです。</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">その後ロケ現場に行くことになり、エレベーターを降りる時、品川さんは浜田さんを後ろから蹴り、そしてビンタをされ、</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">「お前コラアァ！」</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">と怒鳴られたといいます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff7f00;">すでにロケバスに乗っていたダウンタウンの松本人志さんら共演者はあまりの事態に呆然。</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">「見ちゃいけないものを見た顔」になっていたそうです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff7f00;">そしてロケ現場の公園に到着し、スタッフから「浜田さんが呼んでます」と告げられた品川さん。</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">浜田さんのところに行くと、</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">「お前、確かに今まであいさつせえへんヤツやったかもしれへん。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">けど、お前、今、テレビに出始めや。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">これから上がっていくヤツや。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">今まで以上にあいさつせな、あかんねん。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">お前が今まで吸ってたところで同じようにタバコ吸ってたら『生意気や』言うヤツおるやろ。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">お前が今、上り調子やから、誰も言わへん。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">でもお前、仕事なくなってみい。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">誰も相手せえへんぞ。</span></span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">だからお前、今一番あいさつせな、あかんねん。」</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff7f00;">と品川さんに対して、先程キレた理由をきちんと説明しました。</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">さらに浜田さんは、</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">「（仕事）なくなった時、誰が何してくれると思ってんねん。俺ら、家族やろ！」</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">と一喝！</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff7f00;">品川さんは、</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">「俺もう、涙、ぶわーッと出た」</span></p><p><span style="color:#ff7f00;">と、浜田さんの愛情を知り、号泣したそうです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>この話を聞いて、これから自分のあいさつを変えようと、本気で思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>あいさつと同時に、たくさん使いたい言葉が「ありがとう」ですが、これについては、書き始めるとすごく長くなりそうなので、こちらの記事を参照してください。</p><p>&nbsp;</p><p>ありがとうの語源と本当の意味が感動的！【決定版】ありがとうの「すべて」</p><p>　<a href="https://hare-media.com/1686/">https://hare-media.com/1686/</a></p><p>&nbsp;</p><p>あいさつ、頑張ろう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12371349855.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Apr 2018 13:57:32 +0900</pubDate>
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<title>自分の存在理由を知り、「人間っていいもんだと思いたい」</title>
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<![CDATA[ <h2>私たちは、なぜ生きるか</h2><p>平成30年１月21日、<span style="font-weight:bold;">評論家の西部邁さんが多摩川で入水自殺</span>というニュースが流れました。<br>４年前、妻に先立たれた後から周囲に「死にたい」と語っていたといわれますが、「生きながら死んでいる人生」をよしとしない信念を実行した思想的自殺ともいわれます。ただ、私が論じたいのは、西部さんがなぜ自死を選んだかという理由でも、その是非でもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちが他者の自殺にショックを受けるのは、「生きること＝よいこと」という<span style="font-weight:bold;">自分の人生の土台となっている部分を揺るがされる</span>からではないでしょうか。そんな自分への問い、いわば『君たちはどう生きるか』の前にある、『私たちはなぜ生きるか』の大問題について、考えてみたいのです。</p><p>&nbsp;</p><h2>「自殺論」と藤村操の遺書</h2><div>私が初めて「自殺」というテーマに近づいたのは、高校時代に読んだ『自殺論』というタイトルの本でした。著者は失念しましたが、その中に、明治36年、華厳の滝に投身自殺した旧制一高の藤村操が残した「巌頭之感」という遺書が紹介されていたことを鮮烈に覚えています。</div><div><dl><dt><span style="color:#804000;">「悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからむとす。ホレーショの哲學竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。萬有の眞相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る（後略）」</span></dt><dt>&nbsp;</dt><dt>当時、この遺書が多くの知識人や学生に影響を与えたそうですが、私もまた、この言葉に心をとらえられた一人でした。</dt></dl></div><h2>人生はいまいましい罠</h2><div>平成28年、日本財団が４万人を対象に行った調査では、４人に１人が「本気で自殺したいと思ったことがある」と回答しました。</div><div>&nbsp;</div><div>もしこの数字が本当なら、「自殺」の問題は、私たちのすぐそばにある日常で、気づかないふりをして通り過ぎてはいても、たえずノド元に突きつけられている問いに違いありません。</div><div>&nbsp;</div><div>先人は、この問題にどう向き合ってきたのでしょうか。</div><div>&nbsp;</div><div><span style="font-weight: bold;">チェーホフ</span>（1860－1904）といえば、「人間の希望を殺すことに没頭していた男」「絶望の詩人」と評されるロシアの作家。</div><div>帝政ロシアの末期を生きたチェーホフは、食料雑貨を扱う商家に生まれ、明るい性格の少年だったそうですが、一家は乱暴な父親に支配され、「私の少年時代には、少年時代がなかった」と述懐しています。<br><br>16歳の時、父が破産して夜逃げし、一家は離散。チェーホフは、貧民窟で飢える母や妹たちを養うために家庭教師をして駆け回りました。そして中学を卒業し、大学入学資格と奨学金を得て、19歳でモスクワ大学医学部に入学すると、生活費を稼ぐため、今度は当時流行していた短編ユーモア小説を書くようになります。</div><p><br>これが大評判となり、一躍文学界の寵児に。本格的に文学の道を歩み始めたチェーホフが、ひとたび何かを語ろうとすると、しかし、<span style="color:#804000;"><span style="font-weight:bold;">「何のために生きるのか」「死ねばどうなるのか」、人生について何一つ分かっていない自分</span></span>に気がつきました。『ともしび』の中には、〈この世のことは何一つわかりっこないさ！〉と叫ばせています。そんな生きがいのない無為な日々の中で、チェーホフは憂鬱症に陥っていきました。</p><p><br>30歳ごろ、流刑の実態調査に訪れた囚人島・サハリンで見た貧困、病気、そして退廃は、「腐ったバターのような、言い知れぬ苦渋」をチェーホフに味わわせ、ますます空虚な人生観を深めていきます。そして、サハリンから帰ったあと、医師と精神病患者の姿を描いた名作『六号病室』で、こう語っています。<br><br><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#0000ff;">〈人生は、いまいましい罠です。（中略）人は自分の存在の意義や目的を知りたいと思う、が、誰も答えてくれないか、愚にもつかないことを聞かされるだけ。叩けども――開かれずです。そのうちに死がやって来る〉</span></span></p><h2>まっくらな夜の森の中で</h2><p><br>それでも生きる意義を求めて、チェーホフは飢餓民救済やコレラ防疫に従事し、貧しい工場労働者を相手に診療所を開いて、各地に小学校も建てたりしました。37歳で持病の結核から激しい喀血を起こすも、退院後、再びペンを執り、戯曲『ワーニャ伯父さん』を完成させます。</p><p>不安な未来へ向かって必死に生きようとする人々の姿を描いたこの劇は、高い評価を受け、次作『三人姉妹』の上演も成功。名声はますます高まりますが、それをあざ笑うかのように、結核が容赦なく彼の体をむしばんでいきました。<br><br>44歳、最高傑作といわれる『桜の園』初演。歓声の中で舞台に立つチェーホフは、死人のように青ざめ、やせ衰えていたといいます。それから半年後、二度と起き上がることはありませんでした。耐えがたい空虚に耐え、生きる意味を最期まで求めたチェーホフの叫びは、彼の作品に刻まれています。<br><br><span style="color:#0000ff;"><span style="font-weight:bold;">〈まっくらな夜、森の中を歩いてゆく人が、遙か彼方に一点のともしびの瞬くのを見たら、どうでしょう。もう疲れも、暗さも、顔を引っかく小枝のとげも、すっかり忘れてしまうでしょう。（中略）時にはもう、ほとほと我慢のならぬほど、つらい時もあります。だのに私には、はるか彼方で瞬いてくれる燈火がないのです〉</span></span>（『ワーニャ伯父さん』）</p><p>&nbsp;</p><h2>人生は生きるに値するか</h2><p><br><span style="color:#804000;"><span style="font-weight:bold;">人間の奥底には、生きる意味を「死に物狂い」で知りたがる願望が、激しく鳴り響いている</span>、</span>と言ったのは、『異邦人』で有名なノーベル賞作家・<span style="font-weight:bold;">アルベール・カミュ</span>（1913－1960）でした。カミュの生い立ちも、悲しみに満ちています。<br><br>1913年、アルジェリア（北アフリカ）に生を受けたカミュは、翌年、第一次世界大戦で父を失います。残された家族には貧しい生活が待っていました。母・カトリーヌは、実家に身を寄せて働き始め、カミュも小学校を出れば、仕事に就くはずでしたが、彼の才能を見抜いた教師・ジェルマンは中学・高校への進学を勧めました。</p><p>&nbsp;</p><p>奨学生として、アルジェ中高等学校での生活が始まりましたが、周りは、裕福な家庭に生まれたエリートばかり。貧民街に育った彼は、なまりが強く、話題も合わない屈辱の日々を送ります。スポーツだけが、唯一の慰めでした。<br><br>ところが、17歳のカミュを悲劇が襲います。フットボールの試合中、突然、カミュは肩から崩れ落ち、むせぶ彼の口から、おびただしい血が流れました。当時、死病とされた結核でした。医者の表情からそれと察することができました。死を待つだけの時間、彼はすべての希望を抹殺されます。そんな彼を見舞いに訪れた哲学教師・グルニエが差し出したのは、１冊の本でした。流行作家・リショーの小説『苦悩』です。彼は絶望の底で、むさぼるように読み、苦悩をいやす言葉の力を発見します。一命を取り留め、アルジェ大学で文学と哲学を学んだ彼は、作家になる決心を固めました。<br><br>希望に燃えるカミュの前に、シモーヌという美しい女性が現れました。彼女には婚約者がいましたが２人は恋に落ち、結ばれます。だが２年後、彼はふとしたことで、彼女がひどい麻薬中毒であることを知ります。打ちのめされる彼を捨て、彼女は行方をくらませました。</p><p>&nbsp;</p><h2>真に重大な哲学上の問題はひとつしかない</h2><p><br>その後のカミュは政治活動に没頭しますが、30歳を前に発表した小説『異邦人』が、すさまじい反響を呼び、カミュは決定的な名声を得ることになります。この『異邦人』を解説したのが、『シーシュポスの神話』です。その冒頭はあまりにも有名でしょう。</p><p><br><span style="color:#0000ff;"><span style="font-weight:bold;">〈真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである〉。</span></span><br><br>シーシュポスとは、ギリシャ神話で、最も狡猾な男とされています。度重なる神々の怒りや警告を無視したシジフォスの受けた刑罰は、巨大な岩を山の頂まで運び上げるというものでした。だが一度山頂に達すると、岩はいつも自然に転がり落ちてしまう。これをシーシュポスは無限に繰り返すのですが、<span style="font-weight:bold;"><span style="color:#804000;">人間の運命は、シーシュポスに劣らず無意味だ</span></span>と、カミュは述べています。<br><br>果たして、人生は生きるに値するか。なぜ、どんなに苦しくても自殺してはいけないのか。人生の目的は何か。人間の奥底には、生きる意味を「死に物狂い」で知りたがる願望が、激しく鳴り響いている、とカミュは言います。どうしても生きる目的を知りたい、いや知らなかったら生きていけないのが人間。<br><br>カミュは自殺を不条理な運命を見つめない態度として退け、逆に不条理を明晰な意識のもとで見つめ続ける態度を「反抗」と言い表し、それが生を価値あるものにするものだとして称揚しています（ウィキペディア参照）。でも、そのような解答で私たちの心は納得できるでしょうか。<br><br>カミュの思想は当時のフランスに一大センセーションを巻き起こし、1957年、史上２番目の若さでノーベル文学賞に輝きました。しかし２年後、なぞの自動車事故で人生の幕を閉じています。</p><p>&nbsp;</p><h2>夢を実現したら幸せか？</h2><p><br>人生は生きるに値するか。なぜ自分は存在するのか。なぜ自殺してはいけないのか。<br><br>この問いが生まれるのは、人生には楽しいこと・幸せなことより、苦しいこと・つらいことのが多いからでもあるでしょう。「死にたい」は「幸せになりたい」の別表現といえるかもしれません。<br><br>私たちは、「結婚すれば」「仕事で成功すれば」「夢を実現すれば」幸せになれる、と思っていますが、それが、生きる意味の答え、幸せの答えとなりうるのでしょうか。<br><br>夢を実現したら幸せか？その答えを教えてくれたボクサーがいます。元ジュニアバンタム級世界王者・<span style="font-weight:bold;">鬼塚勝也</span>。<br><br>辰吉丈一郎、渡久地隆人とともに、日本ボクシング界で、「平成の三羽ガラス」といわれた一人です。25戦24勝17KO1敗。頂点を極めた彼が見たものは何だったのか。<br><br>北九州・小倉に生まれた鬼塚が、ボクシングジムに通い始めたのは、中学３年の時でした。プロを目指した彼はその後、福岡県内のボクシングの名門・豊国学園に進学します。<br><br>自宅から高校までの12キロを、鬼塚は毎朝五時半に起きて走った。強くなるための練習は、「楽しかった」。<br><br>授業中は机の下で、こっそり鉛やグリップを握って手首を鍛え、修学旅行にも参加せず、ひたすら練習に打ち込んだ。集中力を高めるため、練習前は部屋に閉じこもり、コーチが入るのも許さなかった。<br><br>だが、授業をサボったり、問題を起こしたことは一度もない。「だれにも迷惑をかけず、練習したかったから」。プロで一番になるため、彼は己を律し続けたのです。</p><h2>夢の階段を駆け上る</h2><p><br>高校２年のインターハイでライトフライ級を制した鬼塚は、卒業を前に上京し、八人の世界チャンピオンを出した協栄ジムへの入門を決意します。<br>「集中力、執念、闘争心……他のボクサーとは、すべてが違っていました」。初めて彼と出会った時の印象を、トレーナーはこう語っています。<br><br>それからです。彼の躍進はとどまることを知りませんでした。18歳でプロデビューするや、東日本新人王、全日本新人王に連続して輝き、２年後には、日本ジュニアバンタム級王座を獲得。そして迎えた平成４年の世界王者決定戦では、激しい接戦の末、タイのベテラン王者から、判定勝ちをものにしました。<br><br>22歳の鬼塚は、ついに世界チャンピオンの座にたどり着いたのです。だが熱狂の中で、彼のはれ上がったまぶたの奥には、もの悲しい影が宿っていました。やがてその理由は、彼の口から語られます。<br><br><span style="color:#0000ff;"><span style="font-weight:bold;">「少年の頃、世界チャンピオンはスーパーマンみたいな存在やと思ってきた。俺にとっては神様に近い存在ですよね。凡人の俺が、そんな凄い場所に辿りつくことができたら、いったいどんな凄い人間になれるんだろう。そのことだけを励みにここまで頑張ってきました。<br>しかし、試合に勝ってはみたものの、あるはずのものが何もないんです。<br>『エッ、何なのこれ？なんで、何もないんや？』<br>『いや、次勝てばきっと何かが得られる』<br>そう信じて、次から次へと試合を積み重ねていきました。だけど何も残らない。（中略）最後の試合までずっとその繰り返しでした」　</span></span>（『週刊文春』平成６年11月）</p><h2>終わりなき道</h2><p><br>夢の実現と同時に幻滅の深い傷を負った鬼塚は、肉体的にも無傷ではなかった。<br>王者となって間もなく、右目に異状が表れたのです。医師から網膜剥離の正式診断を受ければ、ボクシング界のルールで即、引退が決まります。彼は、症状をひた隠してリングに上がりました。だが、５度の防衛を成し遂げても、鬼塚の心に充足感はありませんでした。<br><br>平成６年９月、東京・代々木体育館。６度目の防衛戦は壮絶な打撃戦となりました。<br>互角の打ち合いを演じていた第９ラウンド、鬼塚が捕まった。強烈な一撃を受け、ロープに後退した王者は、暴風雨のような猛打を全身に浴びた。どう見ても立っていられる状況ではない。が、鬼塚は倒れなかった。観客の絶叫がこだまする。なぜ倒れない！　打たれること約１分、ついにレフェリーが試合を止めました。<br>&nbsp;</p><p>敗戦後、鬼塚は網膜剥離を表明。６年５カ月のプロボクサー人生に終止符を打ちました。<br><br>数年して、彼は福岡にジムを開設し、再びボクシングの世界に舞い戻ります。練習生の指導とともに、現役時代と同じトレーニングを欠かさないといいます。生きる意味を求める彼の闘いは、まだ終わってはいませんでした。<br><br><span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;">「僕は分からんことを最後には分かりたい。いったいなぜ、僕は存在しているのか。それが知りたい。そして人間っていいもんだと思いたいんです」</span></span>（二宮清純　『BOXER's PROFILE』）<br><br>自分の存在意味を知り、「人間っていいもんだと思いたい」という鬼塚さんの言葉に、私も深く共感します。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、私は幸運にも、日本の古典や仏教の哲学に、生きる意味の明快な解答が示されていることを知りました。そして自分自身が心から「人生は生きるに値する」、「人間っていいもんだ」と、納得することができたのです。<br><br>そんな、生きることの価値に、自信と確信を持つ最初のきっかけとなったのが、こちらのメルマガ<span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;"><a href="https://goo.gl/UTXSLz" target="_blank">「人生の目的を知りたい あなたへ贈る１５通の手紙」</a></span></span>の内容です。私にとっては命の恩人といえるメルマガですが、無料ですので、関心のある方はぜひ読んでみてください。</p><p>絶望のあとに、すべての人生が全肯定されます。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 26 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>「時間がない！」の９割は思い込み</title>
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<![CDATA[ <h2>１．４倍の法則</h2><p>以下は、『PRESIDENT NEWS』（2011/1/25）で知って、すごく腑に落ちた話。</p><p>私はこれを、<span style="font-weight:bold;">１．４倍の法則</span>と（自分の中で）呼びたい。</p><p>&nbsp;</p><p>だれかに締め切りを伝えるときは、予定の見積りより、１．４倍余裕をもって、</p><p>自分が締め切りに間に合わせるには、その分、前倒しで計算すれば全部うまくいきそう。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">『時間がない！』の９割は思い込み</span></p><p><span style="color:#cc6600;">　１．４倍の見積もりで、突発事項も含めて"予定通り"になる「時間術」</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">予定通りにテキパキ仕事をこなしたいのに、渋滞に巻き込まれたり、急な打ち合わせが入ったり……。仕事をしていると「自分の時間を奪われている」と感じるような突発事項の連続ではないでしょうか。しかし横田（尚哉）先生は、この感覚は自分の思い込みであるといいます。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">たとえば時間の見積もり方の甘さです。邪魔が入って仕事がはかどらないのであれば、邪魔が入る時間を最初から織り込んでおけばいいのです。突発事項も含めて"予定通り"に進むなら想定の範囲内。慌てないし、イライラもせずにすみます。</span></p><p><br><span style="color:#cc6600;">横田先生がすごいのは、どれだけの余裕を織り込むかまで数値化してしまうところです。ある仕事に対して、起こりうるさまざまな突発事項（リスクイベント）を想定し、その発生確率と影響度に基づき、どの程度遅れが発生するかを2000回シミュレーションしたそうです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">すると、見込み時間の1.4倍かかるケースが最も多いという結果が出ました。納期の遅れが絶対に許されない仕事は別ですが、日常的な業務なら機械的に1.4倍の時間をとっておけば、ひとまず安心というわけです。見積もりのクセ自体を変えてしまえば、状況は同じなのにずっと気持ちよく働けます。なるほど！</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">（ [PRESIDENT NEWS 2011/1/25］ 「目の前の人に嫌われても構わない」ワケ）</span><br><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347361190.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>おこれてきちゃうんだけど……</title>
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<![CDATA[ <p>『冴えない彼女（ヒロイン）の育て方』（冴えカノ）というアニメをご存じだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>ヒロイン・加藤恵。</p><p>&nbsp;</p><p>その加藤恵のセリフの中でも、私が感動したのは、「怒り」の表現だ。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">「おこれてきちゃうんだけど……」</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>こんな（かわいい）言い方があったのか。</p><p>&nbsp;</p><p>はっきりいって世の中には、憎しみ、うらみ、いがみあい、腹立つことが渦巻いている。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちは、それをどんな言葉で表現してきただろう。</p><p>&nbsp;</p><p>「むかつく」</p><p>「ほんと腹立つ」</p><p>「うざい」</p><p>「きもい」</p><p>「死ね」</p><p>「消えてほしい」</p><p>「殺す」</p><p>ヘイトスピーチの数々。</p><p><br>ガソリンを自宅にぶちまけ、家ごと家族を焼き殺した事件や、ロードレージなど、</p><p>怒りは、瞬間的に沸騰し、爆発する。</p><p>&nbsp;</p><p>その恐ろしさ、冷静になったときの後悔。</p><p>ほんとうは、そんな亀裂を生みたくなかったのに、人間関係が壊れてしまう悲しさ。</p><p>どれだけ味わってきただろう。</p><p>&nbsp;</p><p>それに対して、加藤恵の、この抑制のきいた言い方はどうだろう。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「おこれてきちゃうんだけど……」</span></p><p><br>人間である限り、怒り、腹立つ心はなくならないのだが、口に出すときのちょっとした言い方の違いで、怒りの感情も、少し、まろやかにならないだろうか。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347376394.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>挨拶は相手を幸せな気持ちにさせる「プレゼント」と同じ</title>
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<![CDATA[ <h2>挨拶は相手を幸せな気持ちにさせる「プレゼント」と同じ</h2><p>社会人になって、あるサイトで櫻木光さんのコラムを楽しみに読んでいた時期があって、仕事への向き合い方をずいぶん教えていただきました。いろいろ紹介したい言葉があるのですが、その１つがこちら。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#cc6600;">僕は、会社の中で気持ちいい挨拶のできる部下は必ずえこひいきします。そいつが多少仕事ができなくても、気持ちのいい挨拶は、幸せな気分にしてもらえるという力があります。こっちの気分が悪くても、部下の明るい挨拶で気分が晴れることもある。その人間のやる気や生命力を感じることができるからです。人間の「かわいげ」というのは案外、挨拶の仕方から生じるかもしれないですね。</span></span>（CMプロデューサー・櫻木光）</p><p>&nbsp;</p><p>ガツンと言葉にしてくださり、ありがとうございます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347352320.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>最初から「いやです」じゃダメ？</title>
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<![CDATA[ <p>少し以前の話だが、＜京都府警の女性警官が編み出した「セクハラ対策マニュアル集」の超リアルな“中身”…その名も「華麗なるおことわり集」＞というタイトルの記事が、2014.4.25［ｗｅｓｔピックアップ］ に掲載されていた。</p><p>&nbsp;</p><p>なんでも「おことわり集」で紹介されている断り方は、「やんわり」「それとなく」「はっきり」「ばっさり」の４段階で、順に断り方がきつくなるそうだが、具体的にどんな内容なのでしょうか。記事の一部を引用してみます。<br>&nbsp;</p><h3>「ＵＳＪ行かへん？」をどう切り抜ける<br>&nbsp;</h3><p><span style="color:#cc6600;">「２人でＵＳＪ行かへん？」<br>《先輩の男性警察官からの誘い。相手は既婚者だ。応じると誤解を招きかねないし、はっきり言って迷惑。だけど、相手は先輩だし…》<br>そんなときは、まずは「やんわりと」２人で行くことを回避する手を打つ。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「いいですね～。○○さんと××さんにも声かけてみますね」</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">《相手はそれでも「２人で」と誘ってきた。思惑通りにはいかなかったみたいだ》<br>今度はもう少し踏み込み、言外に「ありえない」ということを匂わせながら、行きたくないことを伝える。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「えっ、まさか２人きりで行くわけちゃいますよね？」</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">それでも通じないこともあるかもしれない。<br>《これ以上曖昧な回答をすると、関係が悪くなりかねず、仕事に支障が生じる可能性もある。それでもはっきり断ることには抵抗が…》<br>そんなときは、先輩の名前を使う。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「既婚者とのデートは絶対ダメって△△さん（女性の上司・教官）に言われてるんで」</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">相手が既婚者であるという現実を突きつけ、自分の意志ではなく上司や先輩からの「指示」として断る。<br>それでもまだ諦めない、“粘り強い”相手だったら「ばっさり」斬るしかない－。</span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「いやです」</span><br>&nbsp;</p><p>最初から、「いやです」に一票。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347368259.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>飽きない強さ</title>
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<![CDATA[ <h2>飽きない強さ</h2><p>雑誌『アエラ』の中で、香川照之さんが語っていたこと。<br><br><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">松田優作さんが亡くなるひと月前、僕に「いいか照之、何でもいいから毎日同じことを一つやれ。整理整頓でもいいから一つのことをやり続けるんだ」とおっしゃったのですが、「飽きない強さ」のことだったのですね。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">うちの父は「義経千本桜」の「四の切」で佐藤忠信実は源九郎狐を１千回演じていますが、「同じ演目を５００回やって、初めて自分のものになる」と言うんですよ。同じことをやっていても毎日変化があるものだと。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>（『アエラ』１４．１．１３）</p><p>&nbsp;</p><p>「継続は力なり」と言われるけど、「１つのことを続ける」のが難しい最大の原因は、「飽きる」からでしょうか。</p><p>日常のささいなことを習慣化することで、「飽きない力」を鍛えることができるのかもしれません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347350851.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>次はお前だ！？</title>
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<![CDATA[ <p>たぶんお経の中に出ている、こんな話があります。</p><p>&nbsp;</p><p>昔、インドのバラナ国に、男が60歳になると、子供から１枚の敷物をもらって、その家の門番にならねばならないという悪法があった。<br>その国に妻と早く死に別れ、極貧の中を男手一つで、２人の子供を育てあげた男がいた。</p><p>そんな彼も、間もなく60歳。</p><p>&nbsp;</p><p>自分ひとりで成長したようにうぬぼれている長男は、法律にしたがい〝敷物を探して父に与え、門番にせよ〟と弟に言いつけた。</p><p>孝行な次男は、とほうにくれたが、物置小屋から１枚の敷物を探し出し、それを２つに切った。</p><p>「お父さん。申し訳ありませんが、兄さんの言いつけです。今日から家の門番になってもらわねばなりません」</p><p>あふれる涙を押さえながら、その１枚を父に与えた。</p><p>&nbsp;</p><p>「おまえはなぜ、その敷物全部を与えないのか」</p><p>兄は弟のやることが、どうも腑におちない。</p><p>「兄さん、家にはそんなたくさん敷物はありません。たった一枚しかないものを、全部お父さんに使ったら、後でいるようになったら困るじゃありませんか」</p><p>「後で必要なときに困る？　そんな物、だれが使うというのだ」</p><p>兄は、ますます不審がる。すると弟は、<br>「だれでも、いつまでも若いのではないのです。もう１枚は兄さんの分ですよ」</p><p>「なに！おれがそんなものを、使うことがあるというのか」</p><p>「それは兄さんが60になったときです。敷物がなかったら、兄さんの子供が困るじゃありませんか」</p><p>「ああ、おれも子供に、門番にさせられることがあるのか！」<br>がくぜんと非道に気づいた兄は、弟とともに悪法打破に立ちあがり、この法律を撤廃することに成功したという。</p><p>&nbsp;</p><p>「今日は他人の身、明日はわが身」といわれても、確実な未来さえ、なかなか気づかないのが私たちのようです。</p><p>哲学者・池田晶子さんも、次のようなコラムを残しています。</p><p><br><span style="color:#cc6600;">「ローマでは、墓石にその人の来歴（いくつで結婚、何児を成し、かれこれの仕事に従事して、こんなふうな人物だった、というもの）など、書き物を遺す習慣がある。それを見て人物を想像しながら、墓地を散策するのも、一つの楽しみであるらしい。（中略）と、そこにいきなり、こんな墓碑銘に出くわす。<br>“次はお前だ”。楽しいお墓ウォッチング、ギョッとして人は醒めてしまうはずだ。他人事だと思っていた死が、完全に自分のものであったことを人は、嫌でも思い出すのだ。</span><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347364818.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>正しいことをしようと思う。次に正しいことをする</title>
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<![CDATA[ <p>2017年の秋アニメ『十二大戦』。</p><p>グロい内容だったが、見た甲斐があったと思ったのは、うしのセリフだ。</p><p>&nbsp;</p><p>「どうすれば正しいことができるのか？」という問いに、</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「まず、正しいことをしようと思う」</span></p><p><span style="color:#cc6600;">「次に、正しいことをする」</span></p><p>&nbsp;</p><p>最初は何を言わんとしているのか分からなかったが、そのあとの説明で明らかに。</p><p>&nbsp;</p><p>「人間は、悪いことなら、しようと思わなくてもする。</p><p>　しかし、正しいことは、やろうと思わなければ、できない」</p><p>&nbsp;</p><p>だから、どうすれば正しいことができるのか？の答えは、</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;">「まず、正しいことをしようと思う」</span></p><p><span style="color:#cc6600;">「次に、正しいことをする」</span></p><p>&nbsp;</p><p>という２段階になる。</p><p>&nbsp;</p><p>すごく腑に落ちたし、これからの生き方において、何か正しいことをしようとするとき、よみがえってきそうな話だ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347380179.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>かわいいとか、どうでもよくて</title>
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<![CDATA[ <p>知り合いから聞いた、娘さん（８歳・小学２年生）と、そのパパの会話</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">娘　「お父さんは、私にどんな女の子になってほしい？」</span></span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">父　「うーん。かわいいけど、ばかじゃない子、とか」</span></span><br>&nbsp;</p><p><span style="color:#cc6600;"><span style="font-weight:bold;">娘　「かわいいとか、どうでもよくて、私は元気だけどちょっとドジな子になりたいの！」</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>お父さん、気の毒？<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kokohana2018/entry-12347369793.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Jan 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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