<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>komatangoのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/komatango/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/komatango/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>寝言の様な独り言</title>
<description>
<![CDATA[ 教育問題について考えてみた<br><br>教諭になるには、６年かかるようになるらしい。<br>そんな必要があるのだろうか？<br><br>もともと、教諭の質の低下（格差）が現れてしまったため、これを是正する措置が問題になったと記憶している。<br>この上記に案（以下「案１」という。）にしろ、更新性にする案（以下「案２」という。）にしろ、私は以下の理由で賛同できない。<br><br>　結局、案１及び案２のいづれも、大学が儲かる仕組みである。そして、学校で学ぶことで、教諭の教育能力及び質が向上するという根拠が怪しい。<br>　教諭とは、幼稚園から高校生までの先生を指す。この先生に求められるものは、何であろうか？<br>　それは、学力なのだろうか？<br><br>　私は、先生に必要な要素は「人間性」だと考えている。「この先生と一緒に勉強がしたい！」と生徒に思わせることが何より大切だと思う。日本には、優れた参考書が豊富に揃っており、しかも、それは決して高額ではない。学力の向上が目当てであれば、自宅で独学した方が、手っ取り早いくらいである。しかし、学校とは、それだけではない。<br>生徒は自ら、友達を作り、集団生活の方法も学び、人の痛みを知ることだと思う。<br>学校の先生は、生徒の道標であり、よき理解者であってもらいたい。<br>　しかし、雑務に追われ、有名な学校への進学率しか評価されない先生はかわいそうとしか言いようがない。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/komatango/entry-10387627893.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Nov 2009 20:08:12 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
