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<title>kondoclのブログ</title>
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<title>若山牧水</title>
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若山牧水 　若山牧水は北原白秋と同年生まれだ。この二人の歌人を知ったのは、高校に入ってすぐのほぼ同じ頃だった。白秋は近藤東さんに教えてもらったが、牧水の方は仲間たちが夜な夜な集まる、新宿三光町の「眉」というトリスバーの壁の落書きに偶然見つけて知った。「眉」は全共闘崩れやヒッピー崩れの若者が集まる不思議な場所だった。その時代風俗の先端のような場所で、意外にもその明治の懐かしいような歌に出会った。 白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ 　周囲のアジビラ風の言葉ばかり落書の中で、取り囲
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<dc:date>2022-08-02T00:17:35+09:00</dc:date>
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<title>春の野</title>
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昨年、久しぶりに奥只見の尾瀬口に旅をした。四日間の旅はずっと晴天であった。宿の窓から青空を眺めていると、そばの小沢の傍にあった小さな野のことを急に思い出した。その野は、若いころに繰り返し訪れた場所で、記憶ではいつも青空を伴っていた。しかし久しぶりに尋ねてみると溪沿いの杣はすでに消えかかり、野も笹竹の生い茂るただの山間の一画となっていた。あの恩寵のような野はすでに失われていたのだと知り、僕は行手の谷間を眺めるだけだった。以下は、1973年にその野と初めて出会った時の、旅行の文章である。当時、革命を
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<dc:date>2022-05-23T01:04:54+09:00</dc:date>
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<title>「全共闘」、僕の先輩</title>
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　「全共闘」、僕の先輩 僕は昭和２７年生まれで、世代的には全共闘世代の少し後ということになる。しかし、当時は大学発の全共闘運動が高校にも波及しており、僕の高校でもバリケート封鎖を企てるような者がいた。社研の部室に行けばアジビラが散乱しており、ヘルメットが転がっていた。僕は大学での全共闘運動やバリケード内部の祝祭的時間は経験しなかったが、高校生なりにその「過激」な雰囲気を少しは知っていたのである。 新宿の遊び仲間が主に３〜４歳年上で、彼らの一部はあのロックアウト空間というアジールの住人だったことも
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<dc:date>2022-04-18T23:54:08+09:00</dc:date>
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<title>つげ義春　紅い花</title>
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　つげ義春を知ったのは全くの偶然だった。世田谷の大橋の斑鳩書房で、青林堂から出ていた「つげ義春作品集」を何気なく立ち読みをしていて知ったのである。記憶が曖昧になってしまったが 、高校１年か２年のことで、学校をサボって早退した帰り道だった。店頭で「紅い花」を一読し、僕はたちまち言い知れぬ衝撃を受けた。持ち合わせがなかったので、翌日に焦るような気持ちで本を買ったのを覚えている。あとで知ったことだが、斑鳩書房は高野慎三の家が経営する書店だった。これもまた全くの偶然である。　ともかく、つげ義春はあの騒が
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<dc:date>2022-03-09T01:47:48+09:00</dc:date>
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<title>ありがとう吉本隆明</title>
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　吉本隆明がなくなった。　僕は１８歳の時に、「抒情の論理」の冒頭におかれていた「恋歌」を通して、はじめて吉本隆明に出会った。以後「高村光太郎」「固有時との対話」と読み継ぎ、さらに延々と４０年以上その表現と発言に影響されることとなった。時には反発もしたが、いかなる既成流通の概念も保留し個人の思惟のみを立脚点として発言する姿勢は常に尊敬して来た。　たくさんの本を読んだが、それらの中で僕にとって最も大切な吉本隆明の本は「最後の親鸞」。その事はよそで触れているが、この書物の影響は未だに一切衰えずに続いて
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<dc:date>2012-04-28T21:57:19+09:00</dc:date>
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<title>地名の俳人　前田普羅</title>
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　前田普羅は山と旅の句で知られるが、同時に印象深く地名を用いた人である。旅情をしばしば句中の「地名」に結晶させ、読者をして何か地の精に触れたかのような深い感触を喚起させた。　新聞記者として実直の生活を送った人だが、本質不定居の心の持ち主だったように思う。定住していた富山時代にあってさえ、定住者の生活感よりは旅人の視点を感じさせる句を詠んだ。注目すべきは、下記揚句中の「立山」の句にしても「砺波」の句にしても、すでに隠された旅情が「地名」に滲み出ている点である。このころ既に、地名はある大きさを持って
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<dc:date>2011-06-30T22:05:16+09:00</dc:date>
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<title>吉本隆明「最後の親鸞」のこと</title>
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　吉本隆明「最後の親鸞」を久しぶりに読み返した。連赤の事件の直後の著作だと勝手に思っていたが、2年後のものだった。当時、吉本の一連の仕事の流れと連結を知らなかった僕は、吉本が「同志殺しという極北の地点で解体されたものとは何か」という問いを背景に本書を書いたものと勝手に感じ、勝手に興奮した。この本に刺激されて「平ケ岳幻想-さよなら1972年の敗走」という散文詩もどきを書いたくらいだ。読み返してみれば勝手な思い込みだったと思うのだが、反面そのような曲解もあながち無理でないと、今でも感じる。　なぜなら
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<dc:date>2011-06-15T21:56:01+09:00</dc:date>
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<title>定家「拾遺愚草」員外雑歌</title>
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　拾遺愚草の「員外雑歌」には、文集の言葉の見事な和言葉（和歌）への置き換えの一群がある。王朝末期の歌が漢詩に触発された場合の多いことは、歌合わせの判詞などを見ていると意外なほどだが、まとめて示されると、単なる影響でなく一種のコラボレーションとして実に興味深い。しかもそれが仮名言葉の極地に立つともいえる定家によるとなればなおさらだ。以下にいくつか引用するが、もはや意訳ともいえない、不思議な異言語間の共振。お互いに合わせ鏡のように精緻に響きあいながら、しかも根源的に異なる。「員外」というけれど、「風
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<dc:date>2011-06-07T22:37:51+09:00</dc:date>
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<title>小白沢日記（１）：昭和時代の山村スケッチ</title>
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　部屋の整理をしていたら、ダンボール箱に納めた古い山の記録がでてきた。そのなかに十代の頃奥只見の尾瀬口で過ごした時の日記があった。大学ノートの表紙に「小白沢日記１９７１」と題してある。ノートのことはすっかり忘れていたが、読んでいるうちにその夏の事をまざまざと思い出した。　山中の休暇は本当に退屈で、退屈のあまり気が向いたときだけとびとびの日付けで書いたものだ。表題の小白沢とは、只見川源流の小渓谷のことである。銀山湖の尾瀬口から只見本流沿いの道を燧のほうへたどると、幾本も小沢が右手から流れ込む、その
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<dc:date>2011-05-25T23:36:29+09:00</dc:date>
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<title>小熊英二「１９６８」読後感</title>
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　いろいろと、当時の具体的事情や世の中の背景がわかる本だ。また、膨大な情報を整頓して、学生運動を近代的なものと現代的なものとの間の断絶が急激に生じた時代の出来事、と要約するのも自然と納得できる。たいした力業の本である。　ところで、個人的な思いを言えば、この断絶には空間的な広がりもあったと思う。あの時代は両者が同じ日本の中で併存していた特殊な空間を作っていた。そして、あの運動は明らかに田舎の青年の側の、あるいは近代的精神の側の悲鳴のようなものだった。僕は都会生まれの都会育ちだったから、マルクスの説
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<dc:date>2011-05-10T23:11:10+09:00</dc:date>
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