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<title>kono-pastのブログ</title>
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<title>③いじめの連鎖</title>
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<![CDATA[ <p>妹が中心の家だった。</p><p>朝ごはん、もちろん妹の分しかない。</p><p>兄はいらないって言う。私は食べたいけどない。</p><p>&nbsp;</p><p>新しい服も靴も兄のお下がり。怪獣の絵がついた靴は小さくてきつくて、でもそれしか履くものがなくて無理やり履いて学校に行っていた。妹は継母の初めての子ということで色々買い与えられていた。</p><p>親族の結婚式には妹は白いワンピースを着せてもらうけど、私たちはよれよれの着古した汚い恰好だった。今でも覚えている。</p><p>当然、妹には誰も手をあげない。大事に大事に育てられていた。</p><p>&nbsp;</p><p>知り合いからマルチーズをもらい、飼うことになった。室内犬なのに、なぜか継母は外で犬小屋で過ごさせていた。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、借家を返すことになって、隣の区の団地に引越しをした。もっと狭かった。</p><p>団地になったから、犬も親戚にあげた。泣いた。犬が癒していてくれたから。転校先の小学校で３日間給食の時間になると思い出して泣いていた。学校にも慣れてきたけど、家ではいつものようにいじめられる。私はそのはけ口を学校でやってしまっていた。友達をいじめだしたのだ。誰かと一緒に暴力をふるうとかそうゆうのじゃなくて、自分だけで口でいじめていた。学校の先生にも注意される。継母も呼び出されていた。継母は、人見知りで社交性がないから外ではおとなしい優しそうなお母さんに見える。</p><p>「いいお母さんね、心配かけちゃダメだよ」って先生が言う。</p><p>「どこが」「どこが」「どこが」って心で叫んでいる。</p><p>継母が私をいじめなかったら学校で他の子をいじめることはなかったと思う。いじめの連鎖は継母のせいだ。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校の林間学校２泊３日で初めて家を出た。友達が宿で「お母さんが心配しているから電話してくる」って公衆電話で楽しそうに話をしているのを見て「いいな」って思った。私ももしかして心配してくれているかも？って淡い期待を抱いてしまい、電話してみた。怒鳴られた。「そんなこといちいち電話してくるなっ！」って切られた。切られたのが恥ずかしくて、しばらく受話器を置くことができず話しているフリをした。これが継母に期待をするのをやめようと決めた瞬間だった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kono-past/entry-12973345523.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 11:40:26 +0900</pubDate>
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<title>②兄の救い</title>
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<![CDATA[ <p>平日は施設に入れられていたが、私も兄も週末は親戚の家をたらいまわしにされていたらしい。</p><p>父は若いし遊びたかったからだと思う。</p><p>継母には「独身」とウソをついて付き合っていたらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>親戚から「早く迎えに来い」って言われたのをきっかけに継母は子供がいることを知る。</p><p>まずは兄だった。兄はかわいかったから継母は受け入れたらしい。そのあと私もどこか親戚にあずけられていて、私がいることも知ったとか。その時継母は、「騙されたあんたもいるなんて、それだったら結婚しなかった」と当時の気持ちを私に言ってきた。中学生の頃だ。</p><p>そういう経緯で二人は一緒になった。</p><p>&nbsp;</p><p>幼稚園、小学生の頃はとにかく兄といつも一緒にいた。兄は私がいじめられていることを知っていたから、いつも私を連れだしてくれた。同級生と遊ぶ時もいつも連れて行った。友達に「なんでいつも妹連れてくるの？」って聞かれても「こいつが行きたいって言うから」って。私は最初「行きたいなんて言ってないのに」って思っていたけど、兄の優しさだったのだ。</p><p>私と継母を二人にしないようにしてくれていた。まだ小学生だったのに。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校低学年になると一軒家の借家に引越した。</p><p>引っ越す前の家からわりと近いけど、子供の私たちからするとかなりの距離があった。それを自分たちの荷物は持って歩いて運ぶように言われた。私たちの荷物なんて車で一緒に運んでくれてもいいのに、遠い道のりを歩いて運んだ。</p><p>とにかく母親の機嫌が悪いと家から追い出された。近所を一周走って来い、二週走って来いって言われたけど、いつも兄が俺も走るわって一緒に走ってくれた。馬鹿正直に走っていたら、走らなくていいって兄に言われて、のんびり歩いたこともあった。</p><p>&nbsp;</p><p>兄はおばあちゃん子だったらしく、離婚する前の家も覚えていた。当時は叔母が住んでいるとかで、よく二人で自転車に乗って、その家を見に行っていた。訪ねるわけでもなく、ここに住んでいたんだよって。</p><p>私はある日、一人で自転車に乗って今の新しいお母さんにいじめられているという手紙を書いて叔母の家に投函した。だけど何も変わることはなかった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kono-past/entry-12973343304.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 11:11:35 +0900</pubDate>
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<title>①突然やってきた継母</title>
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<![CDATA[ <p>小さい頃、両親が離婚した。</p><p>親権は父親だったが、平日は仕事のため、私と３つ上の兄はなぜか別々の施設にあずけられていた。</p><p>週末になると父親が迎えにきて、また平日は施設に戻るという生活だった。</p><p>&nbsp;</p><p>３歳のある日、父親が迎えに来た。もう施設には戻らなくていいと言われ喜んでいた。父親の車に行くと兄も待っていて手を振っていた。しかし助手席には見知らぬ女性が乗っていた。</p><p>「今日からこの人がお母さんだから」（これはのちに兄から聞いた話）</p><p>私は施設を退所した喜びが大きいことだけ覚えていて、また３歳という小ささでその時は何も感じていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>それからは地獄が始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、父は27歳、継母は20歳だった。</p><p>しばらくして継母に子供ができた。腹違いの妹ができた。</p><p>私は５歳、兄は８歳だった。</p><p>&nbsp;</p><p>父親は殴って分からせるという典型的な昭和の男で、配管工事の現場仕事をしていた。</p><p>毎日酒を飲み暴力をふるっていた。兄はボコボコにやられていた。</p><p>私は父親がいないときに継母にいじめられていた。</p><p>&nbsp;</p><p>妹ができるともっとひどくなった。</p><p>妹が泣くと、継母は仕事から帰ってきた父に私が泣かせたと言いつけ、意味も分からず父に殴られた。</p><p>こんなことばっかりだった。これが普通だと思ってたけどびくびくしていた。</p><p>もちろん父がいないときは継母に殴られていた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kono-past/entry-12973340712.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 10:40:38 +0900</pubDate>
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