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<title>koporu1983のブログ</title>
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<title>20</title>
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<![CDATA[ <p>いかがだったでしょうか。<br>あなたも聞いたことがあること。まったくないこと。いろいろあったと思います。<br>しかしなんにせよ。すべてが思いどおりに、ねらった通りにいくことばかりではないと思います。<br><br>むしろ『新しい挑戦』をすると、失敗することも少なくはないでしょう。<br>でも気を落とすことはまったくありません。<br><br>失敗をすることであなたは『貴重なデータ』を得ることができるのです。<br>自分にはこのコースは打ちづらいんだな、というデータが取れることによって、克服したり、別なコースを探すためのチャンスが生まれるのです。<br><br><br>そしてなにより。あなたがそこでうまくいかなかったのは、その場所があなたにとってはもう『過去』になりつつあるという兆しである可能性が高いのです。<br><br>すべてのコースがふさがってしまい、もう打つ手がない。それどころかなんだかそれ以外のことまで。<br>落ち目になってしまっている気がする。目の前が真っ暗になってしまった。<br><br><br><br>そんなときは。次の扉が開く一歩手前です。まったく新しい世界の扉が、あなたの目の前に現れているのです。<br>暗くて見えづらいかもしれません。しかしあなたの周りが暗いのは。<br><br>新しい光が射し込む前の。夜明け前の暗さ。一番暗いのは、夜が明ける前の時間なのです。<br>気休めではなく、これは私が何度も経験していること。そして多くの成功者たちに共通する経験です。<br><br>新しい扉が開く前は。いったん暗闇があなたを包むのです。<br><br>恐れないでください。暗がりがあるから光は、より一層輝くという事実を。忘れないでください。<br><br><br>そしてトンネルのなかはなかで。目を見開いていれば、素晴らしい景色が広がっていたりするものです。<br>そのトンネルを抜けた先で、私は待っています。<br><br><br><br><br>お互い渾身のスマイルで。お会いしましょう！</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387583660.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jul 2018 02:05:18 +0900</pubDate>
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<title>19</title>
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<![CDATA[ <p>どれだけ楽ができるか。を追及すると結果が出る<br><br><br>「楽をしてはいけない」<br>「苦労は買ってでもするものだ」<br><br><br>最近ではそこまで聞かないかもしれませんが、ついこの前までよく聞いた言葉ですし。いまでも言葉を変えて同じようなことは言われていると思います。<br>なぜなら、世の中の人は『苦労人』や『苦労話』が大好きだからです。<br><br>それは上記のような言葉を散々聞かされて育ってきたからであるし。ドラマや映画などのコンテンツがそういったもので溢れかえっているからです。<br><br><br>でもちょっとだけ冷静になって。凝り固まったあたまをほぐして、よく観察してみてください。<br>成功者、と言うと身近にそれらしき人がいない場合もあるかとは思いますが。自分より仕事ができる人、でもよいです。観察してみてください。<br>自分よりも肩に力を入れて。がちがちに仕事をしているでしょうか。<br><br>どうしてこんなに『手を抜いている』のに自分より評価されているんだ、と悔しくなるような人を見つけたら大チャンスです。<br>その気持ちをグッとこらえて観察してみましょう。<br><br>それがあなたが欲しいものでないのならば無理をすることもありませんが。多くの場合『そこで本当に必要とされている能力』をその人が備えていることがわかるはずです。<br><br><br>一括りに言うことはできませんが。単純労働と一見してわかるような仕事だけでなく、どんな仕事であっても。<br>本当に必要とされているのは『高いスキル』や『専門性』ではないことがほとんどです。<br><br>もちろんそれらはあるに越したことはありませんが、どんなにスキルが高くてもそれを活かせるコミュニケーション能力がなかったら意味がないのです。<br>ヘラヘラしているようで。ヨイショばかりしているように見えてどんどん評価されていく人がいるのはそういうことです。<br><br>まったく同じ、同等のスキルをもっているふたりがいるとして。どちらを選ぶかと言われたらより自分を気持ちよくさせてくれるほうを選びますよね？<br>気持ちよくするための手段が必ずしも褒めたり持ち上げたりすることばかりではないことには注意が必要ですが。<br>少なくともそういった人たちを妬むことではありません。いままでより一つだけ高い視点から観察して、真似るのです。盗むのです。<br><br><br><br>もちろん対人的な『コミュニケーションスキル』だけではなく。実際の業務にも『楽にするための工夫』は幾らでもすることができます。<br>正直になりましょう。あなたは『怠け者』ですよね？<br><br>私は超がつくほどの『怠け者』です。ただ自分がもし『一般的な怠け者』と違う点があるとしたら、それは。<br><br>どこまでも怠けるために、どこまでも行動する、どこまでも工夫していくことができる。という点です。ほんとになにもしなかったら当然。ただのニートです。<br><br><br>心配しなくても。徐々にそこにかける力は減ってゆきます。同じ工夫、行動するにしても。<br>どんどん、まるで『てこの原理』が働くように。楽になってゆくのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387514352.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 20:37:31 +0900</pubDate>
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<title>18</title>
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<![CDATA[ <p>二兎追う者は。いずれ三兎も四兎も得られるようになる<br><br><br>前著『』で私は。捨てること、削ることが大切だと言いましたが。なんら矛盾することではないのです。<br>私は整理すること、捨てることを説きましたが。『あきらめること』はひと言も推奨していません。<br><br>欲しいと思ったものを簡単にあきらめることほど。自分のためにならないことはないとまで思っています。<br>いったん集中するためにそぎ落とすだけであって、本当に必要なもの、欲しいものはまた必ず浮上してきます。<br><br><br>そしてここからがミソですが。あまりにも多い『選択肢』をいったん削ぎ落し、必要な余裕を獲得していくことによって。<br>一度にふたつ、みっつのことを追うことが可能になってくるのです。<br><br>もちろん余裕が生まれてきたとしても瞬間瞬間の『取捨選択』の大切さは変わりません。<br>一度生まれた余裕にあぐらをかき過ぎているとあっという間に元の木阿弥です。実際には何度かそれを経験することでしょう。<br><br><br>しかし失敗しても何度も立ち上がればよいのです。そしてあなたは適切な『したたかさ』を身につけ。<br>一度により多くのものを追うことができる器を獲得することができるでしょう。<br><br><br><br>A or Bという発想は、対立です。A or Bという発想は比較です。A or Bという発想は。突き詰めれば『戦争』です。<br>A and B。AもBも欲しがっていいのです。Aの考えも。Bの考えも尊重してよいのです。<br><br>現実的な話。どちらも追うということはより『効率』が必要になってきます。二兎追うための知恵が求められるということです。<br>もちろん毎回どちらも手に入る、ということではないかもしれません。どちらかはそこまで必要ではなかったと気づき、諦めるかもしれません。<br>そういった意味での『諦め』は価値のあることだと思います。当然ですが欲しくないと気づいてまで追う必要などありません。<br><br>それでもあなたは。二兎追ったことによって得た『知恵と行動力』を失うことはないのです。<br><br><br><br>もう一度言います。どちらかだけを選ぶ。どちらかだけを尊重するのは突き詰めると戦争です。両方欲しい、得たいのならば。<br>胸を張ってAもBも。追いかえてください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387508741.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 20:12:19 +0900</pubDate>
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<title>17</title>
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<![CDATA[ <p>どちらにもゆけること。どちらもやってみること<br><br><br>両極を知ることが大切だ。なんて言ったらいささか難しく感じてしまうことでしょう。<br>要は『どっちも知ること』が大切だということです。知るだけでなく可能な限り実際に体験してみること。<br><br>たとえば「お金がなくても幸せだ」と言う人がいますが、たしかにそうかもしれません。<br>でもそれは「お金がないとより幸せだ」ということではないでしょう。<br><br>両方知ったうえで清貧な生活を好んでいる人がいるとしたらそれは、本物だと思います。<br>しかし一般的に「お金がなくても..」と唱える人のほとんどはこの限りではないのが実際のところです。<br><br><br>突然『大きなお金をもつこと』はなかなか難しいかもしれません。<br>しかし使ったことのない金額を使ってみることや、お金を自由に使えることのできる人とコミュニケーションを図ってみることはそう難しいことではありません。<br>いつでも『新しい世界』や『未知の知見』は自分の安全圏内のほんの一歩だけ。外にあるものです。<br><br>ではお金を持っている人とだけ交流すればよいかといえばそうではありません。<br><br><br>片方だけの世界しか知らずに声高に叫ぶ(と言うより吠える)姿はとても滑稽ですが。<br>たとえばお金であるなら、お金を使ってできること、可能性が広がることがあるのならば。<br><br>お金を使わずにとことん工夫をこらしてみることで相当に高いクオリティを。お金に任せてしまったら実現しなかったであろうクオリティを実現させている人もいます。<br><br><br><br>私は幸いなことに両方の世界の人と関わることができています。もちろんそれを望んで、実際に会いに赴いて、ということをしているからです。<br>両方を。両極を知っている、実際に体験したことがあり、自分の『引き出し』のなかにしまわれていることによって。<br><br>適切なときに適切なものを取り出すことができる。どちらとしても対応できる。どちらにでもゆくことができる。<br><br><br>それはあなたが想像する以上に。可能性に溢れた愉快な世界であると私は思いますよ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387491501.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 18:42:48 +0900</pubDate>
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<title>16</title>
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<![CDATA[ <p>コミュニケーションを学ぶ。それは相手を包み込むため<br><br><br>コミュニケーションのスキル。それはなんのためにあるとあなたは思いますか？<br>相手を論破するため。はぐらかして自分の思うように行動させるため。なにかを一方的に売りつけるために、それは学ぶ必要のあるものでしょうか。<br><br>家族の関係も、恋愛も。ビジネスも、アートも。<br>突き詰めるとすべてが『コミュニケーション』に帰結すると私は考えています。<br><br>それは対ヒトだけではなく。ただ生きているだけでも。自然であったり、生命の宿っていないモノが相手であったとしても。<br>自身にそれとコミュニケーションするスキルが足りていなければ、相手はよいレスポンスを返してはくれません。<br><br><br>相手をやり込めるためではなく。相手をより大きく包み込むために、コミュニケーションのスキルを学ぶ必要があると私は思います。<br>言い換えれば『上手に負けるため』にコミュニケーションを学ぶ、ということです。<br><br>それをするためには、少なくとも相手の１０倍は。コミュニケーション能力に長けている必要があるのです。<br><br><br>水のように。変幻自在に相手を包み込む。出会う人、ものごとによって自分のかたちを変えることができる。<br>それはなんでもかんでも相手に合わせる、ということと。似ているようでまったく違います。<br><br>なんでも相手の言いなりでは、その人を尊重しているようで相手のためにはならないでしょう。<br>併せ過ぎないようにしっかりと自分の軸をもちながら。しかし基本は相手にあわせてあげることができる。<br><br>そのためにどうして相手の１０倍もコミュニケーションに長けている必要があるのか。<br>それは私たちがいとも簡単に、感情の奴隷になってしまう生き物だからです。<br><br><br>映画やドラマ、音楽を楽しむことができるのは。そこに『感情をともなったドラマ』があるからです。<br>しかし私たち自身がドラマのなかに入り込んでしまってそれを鑑賞できないのではつまらないでしょう。<br><br>自分自身を。自分自身の感情を『外から』見ることができれば。自分自身の人生をドラマを観ているように楽しむことができます。<br>そのためには自分をコントロールし、適切なレスポンスを返す能力。つまりは本当の意味で優れたコミュニケーションスキルが不可欠なのです。<br><br><br><br>これをこうするとそういったコミュニケーションスキルは上がりますよ、とお伝えしたいところですが。<br>そういったものがないわけではないですが、それはどちらかと言うとテクニックというよりここまで書いたようなことを本当の意味で。腑に落としていただくことだと思います。<br><br>しっかりと方向性をもって、淡々と。粛々と。小手先ではなくそういった積み重ねをしていくことによって。<br><br><br>『本当の自信』『簡単には揺らぐことのない自信』があなたに備わっていきます。そうすれば自然と、相手を言い負かしたり、その場限りの『勝ち』にこだわることが減るでしょう。<br><br>それが遠回りのようで。近道だと私は思うのです。テクニックはスパイスのようなもの。メインの料理(自分)がマズいのではどうしようもないのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387486931.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 18:19:16 +0900</pubDate>
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<title>15</title>
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<![CDATA[ <p>本当の意味で『持っている』人は。自分から持っている、とは言わないものです。<br><br><br>どうでもいいものをたくさん抱えてしまっているのは。あなたが持っていないからです<br>捨てられないのは。またいつでも手に入れることができる、という自信の無さの裏返しです<br><br>少しストレートで勘に触ってしまったかもしれませんが。私自身がそうであったからよくわかるのです。<br>満たされていないときは、人は『質』ではなく『量』にこだわってやたらと食べてしまうのと同じことです。<br><br><br>私は大きな失敗をしてほとんどお金を失い再起を図っていた経験がありますが。<br>毎日パスタで節制しようと。でもやたらと量ばかりゆでて食べていましたよ。お腹が満たされれば、とりあえず安心できる。<br><br>でもそれだけしていてはどんどん、本来の目的からは逸れていく、ということを忘れてはいけません。<br><br><br>本当に育ちの良い人は。自分からあまり家柄の話を振ってはこないし。<br>本当に美しい人は。積極的に容姿の話題を持ち出してはこないものです。<br><br>やたらと『モノに囲まれること』は本当に豊かなことでしょうか。<br>『情報に囲まれて』なにが本当にいま必要なのかわからないことが。本当に大切な人に時間を割くことができないほど無意識的な人間関係を保ち続けることが。<br><br>本当に豊かなことなのでしょうか。<br><br><br>数が多いことが悪い、ということではありません。しかしいったんしっかりと整理してみると、最初はとても数が減るのは間違いのないことだと思います。<br>そこからしっかりと、本当に必要なものだけ増やしてゆけばよいのです。<br><br><br><br>最初からシンプルな人はいません。誰しもがなにも持たない赤ん坊から。いつまにか複雑に、ややこしくなっていってしまうものです。<br>しかし『気づいた』瞬間から手放してゆくことは誰にでも可能です。<br><br>そして『複雑さを通り抜けたシンプルさ』こそが、本当に尊いものだと私は考えます。<br><br><br><br>捨てることは、勇気がいることです。手放すことによって永遠に失われてしまう怖さは私にもとても。よく理解ができます。<br>しかし本当に必要なものは、必ずまたあなたの手元に戻ってきます。いま必要ではないだけなのです。<br><br>いま集中すべきことに集中した結果、それが実は必要ではなかった、ということももちろんあるでしょう。<br><br><br>『未来』は『いま』の積み重ねでできています。本当の意味で『いまを積み重ねる』ために絞ってゆくのならば。<br><br><br><br><br>いまあなたに。私に必要なものは、けして多くはないのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387457037.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 15:45:46 +0900</pubDate>
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<title>14</title>
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<![CDATA[ <p>人の繋がりをデザインすることは。あなたの思い込みと世界を一致させること<br><br><br>ここで少し『ヒトの繋がりをデザインすること』に触れておきましょう。<br><br>普通仕事というものは『求められていることを忠実にすること』が求められます。<br>会社やボスから給料をもらって。忠実に動くことを求められるわけですね。<br><br>厳密に言うと『想像以上』を求められる部分も大きいとは言えますが。少なくとも組織の規範を逸脱してまで独自性を発揮してほしい、とは望まれていないでしょう。<br>それはある意味では楽であるとも言えますが、長い目で見ると本当にそれでよかったのか疑問に思う人も多いかと思います。<br><br>本書を手に取っていただいているような方ならなおさら、でしょう。<br><br><br>では『人の繋がり 関係性をデザインする』とどうなっていくか。<br>世の中のニーズや動向などにまったく関係なく。あなたの『思い込み』と連動する人が現れだすのです。<br><br>これはSNSなどで発信をしたことがある人なら大なり小なり、実際に感じたことがある事実だと思います。<br><br><br><br>規模を問わなければ意外と自分と同じ思想や価値観をもっている人は世の中に少なからずいる、ということに気づくことができるはずです。<br>これはSNSまで昔からの知り合いなどで埋め尽くしている場合はなかなか置きづらいことであり、そういった意味でも、<br><br>人の繋がりをデザインしていく、整理していく必要性、メリットがあるのです。<br><br><br>商売やビジネスに関して言えば、<br>１冊本を書けば１万人の人が買ってくれる作家がいたとして。印税が１冊１００円であるとすれば。<br>１冊で１００万円の収入。５冊書くだけでサラリーマンの平均年収に達します。むしろ越えます。<br><br>作家に限らず、こういった原理でエリートサラリーマン(定義を年収１０００万円としておきましょう)を超えるような収入を得ている人は多くいます。<br>机上の空論ではなく超、現実的なお話なのです。<br><br><br>その根底には『関係性をデザインする』『同じ方向を向いている人と繋がる』ということがあります。<br>語弊がありそうであまり適切な表現ではないかもしれませんが『信者を増やす』ということもできます。<br><br>信者と言うと宗教チックで好きな表現ではありませんが。要は『お互いに気持ちよい関係』ということです。<br>アップル製品の信者、などはわかりやすいかと思いますが。誰もアップルにお布施を搾取されている、なんて考えていないですよね。<br><br>イヤであればそもそも集まらないし購入もしないのです。<br><br><br><br>ビジネスや商売で考えずとも、同じ方向を向いている人と多く繋がっていくということは『毎日が天国』と言っていいほど価値のあることです。<br>会社や学校でそこまで多くの『同じ方向を向いている人』と繋がっていくことは難しいですよね。しかしSNSを活用することで可能になってきます。<br><br>まずはSNS上にまで職場や学校の関係性をそのまま持ち込む、ということをやめてみる。割合を減らしていくとその変化に気づくのではないでしょうか。<br><br><br>あなたが世の中に合わせる、迎合していくのではなく。あなたに世界がマッチしていく、という発想をしてみるのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387451452.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 15:15:31 +0900</pubDate>
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<title>13</title>
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<![CDATA[ <p>いつでも自分は完璧にできるはず。というおかしな期待から抜けだす<br><br><br>前記事で『比べないようになっていく』と書きましたが。あくまで『なっていく』だけです。完璧に『人と自分を比べない人』なんていません。<br><br>がっかりしましたか？完璧なゴールが無いなんて。<br><br><br>もしがっかりしてしまったなら。そもそもそれ(完璧な自分。完璧ななにかがある、という思い込み)が自分の腰を重くしている、と気づいたほうがよいかもしれません。<br>完璧ななにか、なんて目指すのもおっくうだし。よしんばそれで一瞬やる気が漲ったとしても。完璧でない自分を見つけてしまったときに余計に立ち直りが遅れます。<br><br><br>私は比較することそれ自体が悪だ、などとは一言も言っていません。<br>ときには人と比べることによって成長できるタイミングだってもちろんあるのです。<br><br>数日、数週間で見ればもちろん。一日のうちにだって人のメンタルは変化します。<br>朝絶好調であったからといって、夕方もそのまままったく調子が変わらない、なんてあり得ないことはよく考えたら当たり前ですよね。<br><br>でも私も含め。人間はそういう勘違いしてしまいがちな生き物です。<br>心は完璧ではないし。感情的になってしまいそうな瞬間だってある。昨日できたことが、今日はできないことだってある。<br><br><br>そんなときに自分を責めるのではなく。そんな自分もあらかじめ想定しておくほうがよほど賢明だと私は思います。<br>自分が可哀想だから責めない、というよりは。単純に時間がもったいないのです。自分を責めている時間は生産性がまったくありません。<br><br>すべての人間がいつでも社会規範を守って崇高で、人に優しくて。それが理想であってもそんなことがあり得ないことは皆わかっているから取り締まる人間や組織がいるように。<br>火事を起こしたら大変だし人に迷惑がかかることはみなわかっているけれど。万が一の失敗があるから消防署があって、無くなることがないように。<br><br>ひとりの人間のなかにも状態があって。それは一日のなかでも変化する、と考えるのが自然ではないでしょうか。<br><br><br>であれば、もし人と自分を比べてしまったり。なにか失敗をしてしまったとしても、可能な限り早く、自分を許すことです。<br>そういう自分も含めて自分なんだ、ということに『気づく』ことです。<br><br>でないと『いかに自分は。自分と他人を比べていないか』で他人と比べ始める、というようなとんでもない本末転倒なことになってきたりもします。<br><br><br><br>もっと気楽に。肩の力を抜いてよいのです。<br>シンプルに。自分がいますべきことをしていれば他人と自分を比較する機会は自然と『減って』きますが。それでも比べてしまったら自覚する、くらいでいいのです。<br><br>がちがちに考え過ぎてしまうと眉間にしわが寄ってしまいます。眉間にしわが寄っている人の周りには人が集まってはきません。近寄りたくても、近寄れないのです。<br><br><br>自分のルールと方向性をもって。でもついつい外れてしまう自分もいるし、また戻れば大丈夫。<br>そのくらいの気持ちで臨んだほうが、続きやすいし結果も出やすくなるというものです。<br><br><br><br><br>一番理想的なのは、どちらにもいける、という状態ですね。先述したように『比べること』にメリットがある場合もあります。<br>必要なときに、必要な自分を引き出すことができる。片方だけでなく両方知っていると、そんなことも可能になるのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387438350.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 14:00:35 +0900</pubDate>
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<title>12</title>
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<![CDATA[ <p>本当にしたいこと。すべきことがなんなのか。見えてくる<br><br><br>そうして身辺をシンプルに。整理整頓していくと、見えてくる、輪郭がはっきりしてくることがあります。<br>自分が本当にしたいことはなんであるのか。または、いま本当に優先してすべきことはなんなのか。<br><br>すべきこと、とは未来まで見据えていま種をまいておくべきこと、ということですね。<br>したいこと、というのはもう少し厳密に言えば『いましたいこと』です。<br><br>したいことが時間とともに変わってゆく、ということは自然なことですしなにも悪いことではありません。<br><br><br>本当にしたいことをしている人は、他人と自分を比べません。あなたの周りにこんな人はいないでしょうか。<br>自分がいましていることを伝えると、<br><br>「どんな資格をもっているの？」<br>「どのくらいのレベルなの？クラスは？何球なの？」<br><br>「私の知り合いはこのくらい凄くてね..」<br><br>と、最終的に他人を持ち出してまで比べたがる人。そういった人は自分が本当にしたいことが見えていなくて。もしくは『大量のなにか』に埋もれてしまっていて。<br><br>あなたが羨ましくて比べたがるのです。<br><br><br><br>自分がしたいことが明確な人は比べることをしません。比べる代わりに、表面ではなくもっと奥で繋がっていること。本質的なこと。<br><br>「私は料理が好きなんですが。料理って戦略性が実は大切という点であなたがしているそれと似ていますよね！」とか。<br><br><br>そして単純に他人に興味をもつ余裕があるので、<br><br>「あなたのしているそれは、どんなところがおもしろいのですか？」と質問をしてきます。無理をしているのではなく、それが楽しいのです。<br><br><br><br><br>無理をせず、少しずつでよいのです。心身をシンプルに、軽くしていけば。必ずあなたが『いま本当に取り組むべきこと』の輪郭は浮き上がってきます。<br>ただ、人の話を聞いていてつい比較したくなる自分に気づいたら、少しだけグッとこらえて。身の回りの整理、整頓を進めてみましょう。<br><br>なにも難しいことでなく。ついつい取っておきたくたくなるコンビニのスプーンとか箸を思い切って捨ててみる、くらいのことからでよいのです。<br>実際に使う数より、増えていく数のほうが多いでしょう？コンビニの割り箸って。</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387438177.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 13:59:33 +0900</pubDate>
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<title>11</title>
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<![CDATA[ <p>はじめに<br><br><br><br>モノを捨てる。情報を捨てる。ヒトの繋がりをデザインする<br><br><br>昨今流行っていた『断捨離』と言うとピンと来る方も多いとは思いますが。<br>同じ潮流で『ミニマリスト』としてモノを持たず。必要最小限に。そういう生き方をする人も増えています。<br><br>その原点は東日本大震災などの大きな災害を機に。人々の潜在意識が『原点に返りたがっている』ことも関係しているのではと私は考えています。<br>暮らし周りだけでなく。ドラッカーの思想が流行ってみたり。あらゆる思想としての原点回帰が世界中で巻き起こった、とも言えます。<br><br><br>さあ。そこについて触れていると日が暮れてしまいますので。<br>要は断捨離。そしてシンプルに生活をすることのメリットとはなにか。という点が重要かと思います。<br><br>ヒンドゥー教の神であるシヴァが。創造と破壊の力を併せもっているように。<br>なにかを『創造』する前には『破壊』を行う必要があるのです。<br><br><br>破壊、と言うとちょっと響きが物騒ですが。要は手持ちでいま必ずしも必要ではないものを捨てる、手放す。<br>これまでの『習慣』を手放す、変える。ということも表向きの言葉が変わっているだけで『破壊』ということができます。<br><br>なぜ破壊する必要があるのか。たとえば私たち人間をパソコンやスマホだと考えてみるとわかりやすいでしょう。<br>ある程度までは興味の赴くままに写真を撮りためたりアプリケーションを増やすことができても。<br><br><br>全体的な要領には限界があるのです。重くて動かなくなってしまう。これは私たち人間も、一緒です。<br>軽快に動くためには。身体も心も要領をあけておく必要がある。チャンスをより多く引き寄せるためには手荷物を減らす必要がある。<br><br><br>両手に荷物を抱えている人に。お土産を渡そう、とは思わないですよね？<br><br><br><br>私は『断捨離』の必要性に気づき開始した当時。数千冊あった本をはじめ、巻き込んだ家族のぶんも含めてですが、約１トンの『モノ』を処分、リサイクルしました。<br>ここまで一気にいく必要はないかもしれませんし、もちろん私も徐々に、進めていったのです。<br><br>しかし雪玉が坂道を転がって雪だるまになるように。ものごとには『慣性の法則』が働くので、いつの間にかそこまでの量になっていたということです。<br>言い換えればそれだけモノを抱え込んでいたということでもあります。それは動きが重くなる、腰が重くなって当然だったと言えますね。<br><br><br>たとえば写真などは。ほとんど振り返って見ることのない学生時代などの写真を取っておく必要性に疑問を感じました。<br>しかし一気にぜんぶ処分してしまう、などの極端に過ぎることをすると『後悔』ならまだマシですが下手をするとそこに心がつかまってしばらく停滞する危険を感じたので。<br><br>(最近はほぼ無いと思いますが)フィルム写真はデータ化する。そこまでしなくてもスマホで撮影しておく、などして現物は処分しました。<br>段階を踏んだ、ということですね。そうするうちに徐々にアルバムごと処分したり。最終的に卒業文集などもすべて処分できました。<br><br>卒業文集、あなたはこれまでに見返すこと、何度ありましたか？<br>少なくとも文集は本気で見たいと思ったら人に借りることもできますしね。そうして、普通はとっておくようなモノまで処分できるようになっていったのです。<br><br><br>段階を踏む。自分の気持ちにグラデーションをつけるのはムダな後悔を防ぐためにも重要だと私は考えます。<br>この方法は写真以外にもそのまま応用することができ、思い出の(だけど必要のない)品などを整理するときに、現物は捨ててしまっても。<br><br>写真を一枚撮っておき。最悪それを見ることができる、としておけば手放すことはできますよね。実際にはその写真を見返すこともほぼないと思いますが。<br><br><br><br>こうして『モノ』を少なくしておくと、<br>・必要なものがどこにあるのか探す、思い出す必要がなくなり、時間の短縮ができる。探し物が見つからなくてイライラすることがなくなる<br><br>・掃除がとても楽になる。モノが少ないことによってそれぞれを『メンテナンス』する時間を減らせる<br><br>など、数えればキリがないほどのメリットがあります。<br>そもそも『整理整頓』とはまず『整理』ありきです。整理をせずに収納などを増やしていくと、際限なくモノが増えていくことになります。<br><br>モノ(小さなものだけではなく家具なども含めると)にも家賃がかかっている、という意識をもつことは大切です。<br>実際私はモノの断捨離をして以来生活スペースはワンルームでも余るくらいですし、引っ越しなどにお金もかからない(業者に頼む必要がなく宅急便で十分)ので、<br><br>フットワークがとても軽くなりました。移動したいと思ったらすぐにできるようになったのです。<br><br><br><br>『モノ』の断捨離がある水準を超えると。これはそのまま『情報』や『ヒトの関係』にも当てはまることにも気づきます。<br><br>パソコンやスマホに例えたように。心にもキャパシティーの(そのときの)限界があるからです。<br>そのとき本当に必要ではない情報は思い切って捨てる。もしくはリンク先のアドレスだけまとめて保存しておく。そうすることによって集中の矛先を尖らせることができます。<br><br><br><br>私は欲張りですので、あれもやりたい、これもやりたいという気持ちはとてもよくわかります。それを無理やりにあきらめる必要もないと思います。<br>しかしやはり一度に取り掛かれることには限界があることも確かです。なので一度どこかに(最小のかたちで)避けておき、あとから確認しても必要だと思えたら。<br><br>そこであらためて取り掛かればよいのです。<br><br><br><br>『ヒトの関係』に関してはもう少しややこしくはなってくるでしょうが。工夫して『距離感を調整する』ことは可能です。<br>ここに関しては『断捨離』という言葉を使うと心苦しいところもあると思いますので。自分で『関係性をデザインする』という意識で取り組むとよいでしょう。<br><br>人は近しいヒトに似ていくものです。どれだけ仕事などである程度近くにいることが必要であったとしても。<br>もしその人たちが『人のうわさ話』や『悪口』をよくする人たちであったとしたら。その人たちに自分も似ていってしまうとしたら。<br><br>初めてその『危険さ』に気づくと思います。仕方ない、と言っている場合ではないことも。<br>少しずつ。なるべく意味のない飲み会に出席しない。別な場所でランチをとる。仕事が終わったらすぐ帰る、など。<br><br>幾らでも『距離感を調整する方法』はあるのです。<br><br><br><br>少しずつでも。そうしてモノ(物理的なモノも、情報も)やヒトの関係をシンプルにしていけば。徐々に余裕が生まれ心身は軽くなっていきます。<br>少しずつでいいんですよ。体感しながら、どんどん。身軽になっていきましょう！</p>
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<link>https://ameblo.jp/koporu1983/entry-12387416636.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jun 2018 12:00:15 +0900</pubDate>
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