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<title>マイペース我が家の中学受験プロジェクト～2021受験組～と、その後</title>
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<description>6年生夏に塾を辞めて家庭学習のみ・模試ではずっとF判定からの中学受験にて、第一志望校合格（大学付属校）までの道のりをシェアします。その後の娘の４年間の体験を再びシェアします。</description>
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<title>不登校への学校の対応</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>今高校2年生の娘が、私立中高一貫校への入学後、</p><p>中学1年生秋から1年ちょっと不登校になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>その時の学校の対応についてお話したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い、娘の学校は理解があり、</p><p>無理に登校させるようなことは一切ありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>各担任の先生方も、娘の様子をいつも気遣ってくれて、</p><p>母の私に定期的に連絡をくださったり、アドバイスなどしてくださいました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校自体でも、専門のカウンセラーの先生がいたり、</p><p>教室に入れない子たち専用ルームがあったり、</p><p>スクールドッグがいたり、</p><p>&nbsp;</p><p>不登校に対する手厚いサポートがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>このことは、志望校を決める際に全くノーマークだったのですが、</p><p>結果良かったのかもな、とも思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも、中学受験をせずに公立中学へ行っていれば不登校になっていなかったかもしれませんが。。</p><p>いやいやそれはわからないと、もしかしたら公立中でも不登校になっていたかも、などとさんざん自問自答してきました。</p><p>タラレバは言い出したらきりがないのでやめておきます。</p><p>&nbsp;</p><p>私のまわりのお友達やお知り合いの方にも不登校のお子様が多くて、</p><p>学校の対応というのは様々なんだなと感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>担任の先生が家庭訪問に来て、登校を促す場合や、</p><p>一番聞いていてつらかったのは、</p><p>有名トップ私立中学に通っていた娘のお友達が、同じく中学のときに不登校になったのですが、</p><p>不登校烙印がおされると、学校をやめてもらわないと、と促されたそうです。</p><p>あまり詳しくは聞けていないので、もしかしたら特定の先生の発言だったのかもしれませんが。</p><p>義務教育の中学校で、しかも有名校でそんな対応があるとは、と驚きました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校の対応次第で、母のメンタルも違ってきます。</p><p>手厚い対応だと、親も安心できますし、</p><p>脅かされると不安になる。</p><p>&nbsp;</p><p>学校の方針は様々かと思うのですが、</p><p>学校のプライドや、世間体を気にする対応というのは、子どもたちのためにも</p><p>なくしていってほしいなぁと願うばかりです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12929138536.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Sep 2025 21:18:30 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後⑩娘の成長と母の成長</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>学園祭が終わってからの続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>お友達から嫉妬と思われる言動や行動を受け、娘はまた落ち込むんじゃないかというのが私の心配でした。</p><p>&nbsp;</p><p>今思えば、母は全然どっしり構えられてなかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の方がしっかり構えられていて、</p><p>&nbsp;</p><p>「きっと嫉妬してるだけだから大丈夫。嫉妬されてるっていうことはきっと私がまぶしいんだよね～？！」</p><p>&nbsp;</p><p>というようなことを冗談めいて言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>いつの間にか、強くなってる。</p><p>もしくは本来持っていたもので、それを発揮しだしたのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>やがてお友達の嫉妬めいた行動は、時間とともになくなり、日常に戻りました。</p><p>学校へは、休みながらも遅刻しながらもほぼ行くようになり、修学旅行も無事に。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、目立ってしまったためなのか他のクラスメイトから陰口を言われたりすることも出てきました。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも娘はお友達が味方してくれたこともあってか、</p><p>「悪口言いたいやつは言わしておけばいい。」</p><p>&nbsp;</p><p>と、私からしたら大人な言動。</p><p>&nbsp;</p><p>私立中学校の3年生。</p><p>人間関係いろいろあるようでしたが、成長しました。</p><p><br>３学期になると、進路の話題が。</p><p>&nbsp;</p><p>高校もそのままあがれるのですが、娘は通信高校にしようか少し悩んでいました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、やっぱり今のお友達たちと一緒に高校に行きたい。</p><p>もし無理そうだったらその時考える。</p><p>&nbsp;</p><p>という結論に。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、本当に支えてもらった方々、お友達のおかげで無事に中学校を卒業することができました。</p><p>&nbsp;</p><p>特に娘の不登校から毎月お世話になったカウンセリングの先生、</p><p>そして中学校3年生の時の担任の先生。</p><p>&nbsp;</p><p>担任の先生は、娘が中学2年の時に不登校だったこともあり、</p><p>新学期の頃、少しお話しましょうと、娘なしで2者面談をしてくださいました。</p><p>&nbsp;</p><p>その先生は、普段は大学で化石の研究もされている教授でもあり、面談で最初におっしゃってくださったのが、</p><p>「僕は普段2億年前の化石の研究をしています。2億年という時間の流れを追っていると、人の一生はせいぜい100年でしょ。100年なんて短いもんです。だから、誰かが困っていたら、先生とか生徒とか立場関係なく、みんなで助け合えばいいと思ってるんですよ。だから、僕は先生って呼んでほしくなくて皆にあだ名で呼んでもらってるんです。」</p><p>&nbsp;</p><p>と、おっしゃっていたのが感動的過ぎました。</p><p>&nbsp;</p><p>遅刻は全然OK、勉強しないのも全然OK。</p><p>やりたければやったらいいし、他に熱中できることがあるならそれに没頭したらいい。</p><p>とにかく、今しかない、一瞬で過ぎ去る青春をたっぷり味わってほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>と、いうようなこともおっしゃってくださいました。</p><p>&nbsp;</p><p>この担任の先生や、カウンセリングの先生のような大人に、</p><p>私はこれまで出会ってこなかった気がします。</p><p>もしくは、出会ってたとしてもその頃は刺さらなかったのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>このお2人の先生との出会いが、この時期の私の心の支えでもありました。</p><p>これも娘が繋いでくれた縁なのかもなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>中学校自体が自由な風潮の学校で、やりたいことしかやりたくない娘には絶対合ってると思って私が勧めた学校でもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>結局私に必要だったのかもしれません。</p><p>無意識に娘に自分を重ねて、娘に選ばせたのかもしれないなと思いました。。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の不登校で、そのことに気付くことができました。</p><p>親が自分の想いを解消するために、子どもに何かを強いるということ。</p><p>&nbsp;</p><p>これは子どもの心を苦しめるし、子どもの持っている本来の能力やエネルギーを奪うことでしかないんだなと学びました。</p><p>&nbsp;</p><p>子育ては親育て。</p><p>ようやくこの言葉がわかりだしたころでした。</p><p>&nbsp;</p><p>次回は高校入学へと続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12928899711.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Sep 2025 17:07:35 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後⑨本来の娘。</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>不登校から一転、再び学校へ通いだし、さらには通学時間が長すぎてしんどいと、</p><p>学校の近くにアパートを借りて、2学期から平日は娘と私で生活することになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>2拠点生活スタートの続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>秋の学祭で主役にも決まり、意気揚々と行くのかと思いきや、</p><p>2学期早々から、主役のプレッシャーもあり休む日が多くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、ついに決定的なことが起こりました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が学祭の主役に立候補して役をつかみとったにも関わらず、</p><p>練習に来ない、ということが一部のクラスメイトたちの間で問題視されました。</p><p>&nbsp;</p><p>なんと言われたのか正確にはもう忘れてしまったのですが、</p><p>「練習に来ないなら主役をやる資格はない」というようなことを言われたのだったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そりゃそうですよね。</p><p>私としては、そう言いたくなる気持ちもわかります。</p><div>&nbsp;</div><div>娘はこの言葉を聞いて、大泣きしました。</div><div>悔しいのと悲しいのと入り混じった気持ちだったと思います。</div><div>プレッシャーもあるし、責任も感じるけど、向き合えない、というような気持ちだったのかもしれません。</div><div>&nbsp;</div><div>メンタルが完全に安定していたわけではないので、</div><div>たまにこうして、癇癪のように泣きじゃくることがあり、</div><div>いつも落ち着くのを待って、娘の気持ちを聞くようにしていました。</div><div>&nbsp;</div><div>私もココロの中で泣きたい気持ちなのですが、</div><div>なんとかこらえて、どうなっても大丈夫。なんとかなるという風に自分に言い聞かせながら、</div><div>娘の気持ちになるべく寄り添うようにしていました。</div><div>&nbsp;</div><div>今回、クラスメイトからこういう風に言われて、</div><div>もう立ち直れないかもしれないなとも思って、私自身覚悟を決めつつもありました。</div><div>&nbsp;</div><div>でも、娘はさんざん泣いて怒って気持ちを吐き出したあと、</div><div>最後に「明日から練習に行く」と言いました。</div><div>&nbsp;</div><div>実際に翌日から学校へ練習にだけでも行くようになって。</div><div>&nbsp;</div><div>その時の担任の先生が連絡をくれたのですが、</div><div>娘の演技がすばらしいと。</div><div>みんなに良い影響を与えてくれています、とメールをくれました。</div><div>&nbsp;</div><div>そして、娘もやる気が出てきたのか学校へ再び行き始めました。</div><div>&nbsp;</div><div>なんとか落ち着いてくれて私もホッと一息です。</div><div>&nbsp;</div><div>ひとつ乗り越えたと思ったら、また新たな課題がやってきて。。</div><div>&nbsp;</div><div>今思えば、娘の幼少期の頃、私は自分のことでいっぱいいっぱいで、</div><div>その当時の娘ときちんと向き合えてなかったなと思うことがたくさんあります。</div><div>泣かれたら面倒臭く思って、スマホを見せたり、とにかくその場をうまくやり過ごすことを考えて、</div><div>娘の気持ちに寄り添えていなかったなって。</div><div>&nbsp;</div><div>もしかしたら、今は幼少期にきちんと向き合えなかったこの子の気持ちと、</div><div>もう一度向き合うチャンスなのかもという風にも思いました。</div><div>今の娘とはきちんと向き合おうと、私自身も決意を固めておりました。</div><div>&nbsp;</div><div>そしていよいよ学園祭の日。</div><div>結構大きなホールで、たくさんの観客がいる中での公演。</div><div>娘は全く緊張している様子もなく。</div><div>&nbsp;</div><div>どんなだろうと、ワクワクドキドキな気持ちで、主人と一緒に観に行きました。</div><div>&nbsp;</div><div>いざ劇が始まったら、今まで見たことない娘の姿に涙が出ました。</div><div>ものおじすることなく、長いセリフをはっきりイキイキしゃべっていて、、</div><div>&nbsp;</div><div>一時期は人目が怖くて教室に入れないと言っていた娘が、</div><div>たくさんの人の前で役を演じてるというだけでもすごいのに、</div><div>親バカながら、結構上手でもあり、こんな才能があったなんてほんとに知らなかったと。</div><div>&nbsp;</div><div>夫婦でびっくりしました。</div><div>&nbsp;</div><div>娘は、とっても楽しかった！やりきった！！と、とっても満足そうでした。</div><div>&nbsp;</div><div>本当に何よりでした。</div><div>&nbsp;</div><div>自分でやると決めて、最後までやり切ったこと。</div><div>おそらく自信にもつながったかなあと思います。</div><div>&nbsp;</div><div>本来の娘はこうだったんだ。</div><div>こんな役もやりたいという気持ちがあって、</div><div>しかも楽しく演じられるという。</div><div>&nbsp;</div><div>娘のことをわかっているようで、やっぱり全然わかっていなかったんだなって思いました。</div><div>&nbsp;</div><div>ただ、その後また試練が待ち受けます。</div><div>&nbsp;</div><div>娘の中学校は結構人数が多くて、学園祭のときも下級生がたくさん見ていたのですが、</div><div>娘のファンになったという子が複数出てきて、</div><div>写真一緒にとってください、など言われるようになったそうです。</div><div>&nbsp;</div><div>そんなこと言われたことないけど、純粋にめっちゃ嬉しい。</div><div>後輩かわいいと娘も嬉しそうでした。</div><div>&nbsp;</div><div>そんな感じで娘としては憧れていた学園祭を楽しく過ごせたようなのですが、</div><div>そのあと、お友達からの嫉妬と思われる行為が待ち受けていました。。。</div><div>&nbsp;</div><div>お友達のおかげで、学校へ通えるようになったのですが、</div><div>その同じお友達が、今度は娘が注目されることに嫉妬したのか、</div><div>ひどいことをされたり、言われたりするようになったのです。。。</div><div>&nbsp;</div><div>ほんとになんだか波乱万丈で、</div><div>娘の話を聞くたびに、その頃は私の心も娘と同じようにアップダウンしていたので、</div><div>どんと構えるようにしてるわりには、娘と一体化してしまって疲れていたな～と今は思います。</div><div>&nbsp;</div><div>続きはまた次回にしますね。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12928619884.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Sep 2025 17:28:10 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後⑧新生活スタートのはずが。。</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>中学３年生の始業式から、娘が通学を再開し、</p><p>さらには学校まで遠いから近くへ引っ越したいというようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>主人と私は話し合いを重ね、今の家には主人にいてもらって、</p><p>娘と私だけ学校の近くにアパートを借りて、平日はそちらで生活をするということに。</p><p>&nbsp;</p><p>２学期から、その生活ができるように、</p><p>夏の間に、アパート探しをして引越しをしました。</p><p>&nbsp;</p><p>最初は、もしやっぱり学校へ行きたくないということがあってもいいように、</p><p>しばらくホテル暮らしにしてみる？とか、</p><p>家具付きの短期滞在アパートを探していたりもしました。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、自分たちの思うエリアに良い間取りのものがなくて、</p><p>娘も学校へ楽しそうに通っている様子だったので、</p><p>思い切って、賃貸アパートを借りることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>もしやっぱり学校へ行きたくなくなったら、その時はその時で帰ってきたらいいからと、</p><p>主人もあたたかい言葉を娘にかけてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>そうこういしてる間に、１学期も終わりが近づき、</p><p>秋の学祭でやる演劇のキャストを決めるタイミングになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>実は、ちょうど１年前、中学２年生のときも学祭で演劇があったのですが、</p><p>担任の先生が、学校へ来ていない娘にも何かやってみる？と声をかけてくれて、</p><p>そしたら意外な娘の回答が、セリフがない役ならやってみたいと言ったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>全部が嫌なわけじゃないんだと、この時思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>本当はキラキラした学校生活をみんなみたいに送ってみたい。</p><p>今しかできない青春がしたい。</p><p>でも、自信がない。自分の顔きらいだし、みんなの目線も怖い。</p><p>と、この頃言っていたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>中学２年生のときは、そのセリフのない役を無事に演じ、その前の練習にも行っていました。</p><p>幸い、クラスのみんなはあたたかく迎えてくれたようです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、通学再開した中学３年生の演劇では、主役に立候補したといいます。</p><p>&nbsp;</p><p>しかも、主役に立候補した人が複数人いたので、実際にセリフをみんなの前で演じて、投票で決めるということになったそう。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、見事に娘が選ばれたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>人の目線が怖い、教室へ入るのが怖い、電車に乗るのも怖い、と言っていた娘が、、、</p><p>ほんとに信じられませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、本当はやってみたかった。</p><p>自分を表現してみたかったんだと。</p><p>&nbsp;</p><p>そういえば、小学校の中学年くらいまでは、司会に立候補したり、応援団に入ったりと、やりたいことを率先してやっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>それが高学年になって、思春期にもさしかかり、</p><p>親から受験を半ば強いられ、塾に入れられ、成績がすべて順位付けされるという競争社会へ。</p><p>&nbsp;</p><p>その頃から、娘は自分を見失い、結果辛い想いをさせてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、不登校を経て、通学を自ら再開し、ちょっとずつ本来の娘が戻ってきたようにも感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>無事アパートも決まり、夏休みの間に引っ越しをして、アパートで生活できるように環境を整えました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、いざ２学期。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の様子がちょっとおかしい。。</p><p>始業式は行ったけど、その翌日から学校を休みがちになります。</p><p>近いから朝遅くなで寝てられると、行くとしてもほぼ遅刻。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い、一番仲の良かったお友達も同じような感じで、２人で連絡取り合って今日は行く行かないを決めている様子。</p><p>そしてさらに担任の先生は、遅刻でも全くwelcomeな先生ですくわれました。</p><p>&nbsp;</p><p>私の中で、娘が学校へ行くという期待がいつの間にか芽生えていて、</p><p>自分の中でそれはなくしたはずなのに、また期待してしまっている自分がいました。</p><p>引越しまでしたのに、結局いけなくて戻ってきた、という世間体をちょっと気にしている自分にも気づきました。</p><p>&nbsp;</p><p>本当に自分ってなかなか変わらないんだな、とも思いながら。。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、娘の話を聞きながら、ごはんの準備をして、見守る日々が続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>娘は、秋の学祭に向けて主役の身でもあるため、練習にも出ねばならないというプレッシャーもあったようです。</p><p>いざなってみたけど、やっぱりやめておけばよかったと、泣きながら言ってくることもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>主役はきっと代役でしてもらえるだろうし、娘自身が無理しない選択をね、と私は娘に話していました。</p><p>それに、引越しをしたけど、うちに戻っても全然OKなんだよーとも。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が決めるだろうから、それ以上は何も言わず話をしてきたら聞くということに徹していました。</p><p>本当は私の心の中で葛藤もあったのですが。。</p><p>&nbsp;</p><p>２学期が始まってから２週間くらいそんな日が続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>長くなりそうなので、次回に続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12928168536.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Sep 2025 18:10:29 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から４年。その後⑦通学再開と夫婦仲</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>不登校中に、東京のコミケに出展したというお話の続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>それが、3月だったのですが、4月から中学3年生の新学期がスタートするという始業式の日。</p><p>&nbsp;</p><p>前日に娘が、明日学校に行くわ。と言いました。</p><p>新学期で、環境が変わるタイミング。</p><p>どんなクラスになるかちょっと見てみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>という感じで言っていたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そっかそっかと見守ることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>化粧も髪を染めるのもOKな学校だったので、</p><p>娘も不登校中にマスターしたメイクと、ヘアカラーで、ちょっとおしゃれをして学校に行ったんです。</p><p>&nbsp;</p><p>確か2年生の新学期のときも、学校へ行きました。</p><p>でも、やっぱりしんどいということで、行かなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今年もそうなる可能性ももちろんあるなと、</p><p>もうその頃は、どんな状況になろうとも見守る気持ちはかたかったので、私もどっしり構えていられました。</p><p>&nbsp;</p><p>すると、初日からお友達ができたようで、</p><p>「〇〇さん、めっちゃ可愛い。仲良くしてほしい。」</p><p>&nbsp;</p><p>って、声をかけてくれた女の子がいたようです。</p><p>結構活発な子で、その女の子含めた男女のグループに入ったそう。</p><p>&nbsp;</p><p>翌日も、翌々日も学校へ通いだし、毎日こんなことがあったとか、いろいろ話をしてくれました。</p><p>私も娘が楽しそうなのは、すごくうれしくて。</p><p>話してくれること以上は聞かないように気をつけながら、</p><p>そして無理しやんとね～という声かけをしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い担任の先生にも恵まれ、とても面白くて大人気の先生だったようです。</p><p>&nbsp;</p><p>毎日学校へ通うようになり、</p><p>不登校中に趣味で始めたアコースティックギターも学校へもっていって、お友達の前で演奏したり。</p><p>これまでの娘では考えられないことが続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘のエネルギーが溜まってきたというタイミングでの、</p><p>お友達や先生との出会いがきっかけでした。</p><p>&nbsp;</p><p>本当にありがたいことで、学校へは行ってもいかなくてもいいと思っていたけど、</p><p>こんなに楽しそうなら、行けるようになって良かったのかなとも思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、通学時間が長ったんです。</p><p>通常は1時間半くらい、電車の乗り継ぎが悪いと2時間近くかかりました。</p><p>&nbsp;</p><p>5月半ばくらいに娘が、</p><p>「学校へ通いたいけど遠くてしんどい。できるなら学校の近くに引っ越したい。」</p><p>&nbsp;</p><p>と言い出しました。</p><p>&nbsp;</p><p>この時、私は正直娘の想いを叶えてあげたいと思っていて、</p><p>寮はないので、学校から近いところにアパートを借りて、平日は娘と2人でそこに住むという生活を描き始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、そのことを主人に話してみたら、</p><p>最初はそこまでする？という反応だったのですが、</p><p>やはり、娘のこれまでを主人も隣で見てきているので、きっと悩んでくれていたのだと思います。</p><p>主人と私で話し合いを重ね、結果2拠点生活をしてみようということになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今考えたら、よく決断したなと自分でも思います。</p><p>1年以上学校へ行っていなかった娘が、再び学校へ通いだして、2か月足らず。</p><p>学校の近くへ引っ越したいと言い出して、</p><p>それを叶えたとして、また不登校に戻る可能性ももちろんあるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、その時は、娘の願いを叶えたい一心でした。</p><p>これまでにない明るく楽しそうな娘の様子を見ていたら、その選択肢以外考えられず。。。</p><p>&nbsp;</p><p>主人には、平日1人で生活してもらわねばならず、</p><p>これまで私が全部やってきた家事を、お任せすることになります。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、それも主人も承諾してくれて。</p><p>もちろん、生活費も増えることになるのですが、それも任せてと言ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>この2拠点生活を始めるという頃の私たち夫婦の会話は、だいぶ絆が深まっていたというか信頼関係がかたまっているような感じでした。</p><p>&nbsp;</p><p>実は、以前はきちんと話し合えなかったことも多かったんです。</p><p>お互いの発言にイラっとしたり、私もすぐ泣いてしまったり、</p><p>自分の想いをきちんと伝えられなかったり、今ほど仲良くありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>家族での食事の時間に、夫婦の会話のせいでピリつく瞬間も結構ありました。</p><p>それを、感受性が強い娘は常々察知していたと思います。</p><p>仲をとりもとうとしてくれいたこともありました。</p><p>&nbsp;</p><p>外でも気を遣い、家でも気を遣い、娘が安らぐところがなかったんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>娘の不登校をきっかけに、主人と私は話し合うことが必要な場面が多くなりました。</p><p>私自身も、自分が主人の言葉にイラっとすることを改善していくということにも目を向け始め、そこで気付いたのが、私はいつも主人に対して劣等感を感じていて、競争心やプライドもあって、それを主人のせいにして、心の中では主人に対して文句を連ねていたのです。</p><p>心の中で思っていることは、もちろん伝わります。特に敏感な子どもには。</p><p>&nbsp;</p><p>それを変えていこうと、自分の中で主人に対して感謝の気持ちを持つことを意識するようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>するとだんだん以前言われてイライラしていた言葉に対して、イライラしなくなり、</p><p>笑って返せるようになったり、笑いで返せるようになったり。</p><p>私自身、自分の意見や気持ちを人に説明するのが苦手だったのですが、</p><p>娘が不登校になって、娘の気持ちや自分の想いを、主人にはわかってもらいたいと、</p><p>パニックにならずに伝える練習もするようになりました。</p><p>そしたら、主人も話をよく聞いてくれるようになって、</p><p>さらにいろんなことをよく話してくれるようになって。</p><p>&nbsp;</p><p>結局私は、娘のことも主人のことも、人の話をきちんと聞いてなかった。</p><p>相手の気持ちを受け止めてあげてなかったということに、娘の不登校がきっかけで、気付くことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう時間を娘の不登校から1年ちょっとの間重ねてきた結果、夫婦仲は大変良くなり、</p><p>協力しながら2拠点生活の話を進めていくことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、娘は学校までの距離が近くなると喜び、そこから家探しが始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>長くなりそうなので、次回に続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12927818802.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Sep 2025 17:36:04 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後⑥不登校中の娘からの手紙</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>前回は、不登校中にコミケに出展するというお話をご紹介しました。</p><p>このときは、もう既にだいぶエネルギーが溜まってきている様子だったのですが、</p><p>今回はその頃より前にちょっと戻ります。</p><p>&nbsp;</p><p>というのは先日、断捨離をしようと片付けていると、不登校真っ只中だった頃の娘からのお手紙が出てきました。</p><p>&nbsp;</p><p>コミケに出るよりももっと前、不登校なって数か月くらいの頃のお手紙だと思います。</p><p>後にも先にも、そのような手紙をもらったのはその時限りだったのですが、</p><p>&nbsp;</p><p>私が娘に、今どんな気持ちかを教えてほしいと、無理に聞き出そうとしていた頃だったので、</p><p>娘が手紙という形で教えてくれたのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>どういう風に手紙を渡されたかもう覚えていないのですが、</p><p>手紙といっても、大きな付箋に何枚も書きなぐったような感じのもので、</p><p>娘のそのときの感情がそのまま表れていました。</p><p>&nbsp;</p><p>近頃は、この手紙の存在をすっかり忘れていて、しまいこんでいたものを、つい先日見つけてもう一度読み直してみたのです。</p><p>当時はこの手紙を読んで、とっても衝撃を受けてショックだったのを思いだしました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、今あらためて読んでも、胸が締め付けられる思いで、涙が出ます。。</p><p>&nbsp;</p><p>そこに書いてあったことは、</p><p>&nbsp;</p><p>まず、「時間があるときに読んでね。」と書いてあって、</p><p>&nbsp;</p><p>「自分が受け入れられない。</p><p>ママのせいじゃないし、誰のせいでもないから、自分を責めないでね。</p><p>何も言わなくていい、ただ自分の気持ちを知ってほしかっただけ。</p><p>&nbsp;</p><p>やらなきゃいけないこともできなくてごめんなさい。</p><p>こんな子どもでごめんなさい。</p><p>きもちわるくてごめんなさい。</p><p>直接いえなくてごめんなさい。</p><p>直接はこわいんです。</p><p>否定されたらって。</p><p>あやまらなくてもいいことかもしれないけど、</p><p>あやまらないと気が済まない。</p><p>前より悪化してるかも。</p><p>&nbsp;</p><p>どうしたら喜ぶだろうって考えて行動するのしんどいよ。</p><p>SOSだしても、みんな同じ気持ちになることあるから、</p><p>自分だけじゃないよって言われる。</p><p>だからがんばらなきゃいけないのにがんばれない。</p><p>なんかいも同じこと言われて、あきれた目で見られる。</p><p>否定しないでほしい。</p><p>がんばったね、つらかったね、って言ってほしい。</p><p>みんなの方がつらいのに。</p><p>がんばって毎日学校いってるのに。</p><p>自分だけ甘えてる。</p><p>自分なんて大嫌い。」</p><p>&nbsp;</p><p>ほんとに今でも、読んでいて涙が出てきます。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう内容がだだーっと書かれていて、それを読みながらそのときは私号泣しました。</p><p>そして、やっと気づきました。</p><p>&nbsp;</p><p>このとき、私は娘に対して、</p><p>「誰でも落ち込むことあるし、大丈夫だよ。」</p><p>&nbsp;</p><p>というような声掛けしていたんです。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、娘の気持ちを受け止められてなかったんだと気づかされました。</p><p>&nbsp;</p><p>ママもみんなも同じ気持ちになることあるよ。</p><p>っていうのは一見優しそうに聞こえるけどそうじゃない。</p><p>打ち明けてくれた気持ちを否定しているように感じてたんだと。</p><p>&nbsp;</p><p>みんなは関係ない。</p><p>まずは、今のこの子の気持ちをしっかり受け止めてあげること。</p><p>&nbsp;</p><p>それが私に足りてなかったんだって、この手紙をもらって、初めて気づいたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>ほんとにこれまで気づいてあげられなかった自分がショックで、、、</p><p>&nbsp;</p><p>そして、そんな親にまで、自分を責めないでねって気を遣っている文章もあって。。</p><p>涙しかありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>このくらいのときは、ちょうど娘をメンタルクリニックに連れていこうとしている時期でした。</p><p>病名がついた方がらく、と娘自身が言っていたので、そしたら一度病院へ行ってみようかと、</p><p>メンタルクリニックへ少しの間通っていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>かなりいろいろ調べて、人気なところは数か月待ちとか、半年待ちとか。</p><p>そして最近は、思春期外来というのがあるようで、その思春期外来があるクリニックで評判がよさそうなところをかなり探していき始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも結局、通うのはやめました。</p><p>娘曰く、知らない人に自分の心情を吐き出せないと。</p><p>そして、吐き出すつもりもないから、もう行くのやめると、３～４回通って終わりました。</p><p>&nbsp;</p><p>今回紹介した娘からの手紙で、</p><p>もう一度このときの娘の気持ちに触れて、あらためて子育てというのは、私の一生の中で一番の宝物だなと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が死ぬときに、一生の中で何が一番よかったかを振り返るとしたら、</p><p>大好きな人と結婚して、その人との子どもを授かり、</p><p>大変なこともあったけど、1人の人の成長を、赤ちゃんからずっとずっとそばで見守り、その成長にかかわれたことなのではないかと想像します。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、この手紙はこれからも大切にとっておきたい。</p><p>辛い思い出だけど、それも今となってはかけがえなのない思い出の1つです。</p><p>&nbsp;</p><p>今回はちょっと時期戻りましたが、</p><p>次回は、コミケ出展の後の娘の様子を書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12927640123.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Sep 2025 17:59:07 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から４年。その後⑤不登校中にコミケ出展</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>不登校になってから1年以上が過ぎ、週に1回くらいのペースで保健室登校もするようになり、保健室の先生ともいろいろ話したりできるようになってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>髪も染めてみたり、化粧もがっつりするようになったり、洋服もおしゃれに目覚めてスカートをはくようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっとずつエネルギーが溜まって来てるなあと思っていた1月のある日、娘が突然</p><p>&nbsp;</p><p>「東京のビッグサイトで3月に開催されるコミケに行ってみたい」</p><p>&nbsp;</p><p>と言い出します。</p><p>&nbsp;</p><p>娘がやりたい、行きたいといったところは、叶えてあげられる内容であればぜひと思っていたので、</p><p>もちろんOK。</p><p>関西に住んでいるので、東京へ1泊で遊びに行きがてらに行ってみようということになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、いよいよ出発3日前になって、娘が「ママ、実はコミケに出展するねん。」と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>私はてっきり見に行くのだと思っていたので、まさか出展とは思っておらず、そもそも中学生が1人で出店できるのかとか、出展して何を販売するのかとか、疑問がいっぱいでした。</p><p>&nbsp;</p><p>中学生は1人では出店できず、高校生以上のグループ内参加でならOKなのだそうです。</p><p>オンラインで知り合ったアニメ友達が東京にいて、その子たちが高校生なので、一緒に出店してみない？と誘ってもらっていたのだそう。</p><p>&nbsp;</p><p>販売するものは、既に漫画を描きあげており、それを製本してもらって現地に当日送るように手配しているとのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>出展料や、製本代金は、お年玉から振込したと。</p><p>&nbsp;</p><p>娘がそんなことまで考えて、行動していたとはまず驚きでした。</p><p>&nbsp;</p><p>最初から出展のつもりだったの？と聞いたら、</p><p>最初に出展するって言ったらだめって言われるかもしれないからと言ってました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、いろいろ納得だったのが2月のひきこもりのこと。</p><p>1月までは週1回の保健室登校をしていたのですが、2月はぱったり行かなくなって、どうやら再び昼夜逆転の生活になっている様子でした。</p><p>&nbsp;</p><p>大丈夫かな～とちょっと心配しながら、でも何も言わずに見守ることにしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>そしたら、2月に引きこもっていたのはその漫画制作に没頭していたとのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>いつの間にか、自分のやりたいことを見つけて、踏み出してたんだなって。</p><p>ちょっと感動しながら、母子で東京へ向かいました。</p><p>&nbsp;</p><p>１泊して当日の朝、娘が身支度や化粧を始めます。</p><p>ほんとに明るい表情になったな～と準備している娘を眺めながら、全然気づいてあげられなかったこといっぱいだったな～と。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、いざビッグサイトに向かおうと電車の駅に向かっている途中で、娘が急に立ち止まって下向きました。</p><p>&nbsp;</p><p>どうしたの？しんどい？</p><p>不安になってきた？</p><p>&nbsp;</p><p>と、私は突然のことに、驚きながらいろいろ聞きます。</p><p>&nbsp;</p><p>そしたら、娘から、</p><p>&nbsp;</p><p>「違う。しんどくない。ママが付いてくるのが嫌やねん。」</p><p>&nbsp;</p><p>と衝撃のひとこと。</p><p>&nbsp;</p><p>ビッグサイトのある駅までは見送るねということだったのですが、それいらないと。</p><p>友達にママと一緒のとこ見られたら恥ずかしい。</p><p>１人で行けるからと言われて、</p><p>&nbsp;</p><p>私はまさか自分が原因と１ミリも思っていなかったので、</p><p>おっきな石を上から落とされたような衝撃でした。</p><p>&nbsp;</p><p>そっか、１人で行けるか。</p><p>わかった、では終わったらどこかで待ち合わせて一緒に新幹線で帰ろう。</p><p>&nbsp;</p><p>ということになり、私はホテルを出たところで娘と別れました。</p><p>&nbsp;</p><p>もう大丈夫だったんだ。</p><p>&nbsp;</p><p>私の方が子離れできてなかったんだなって、思い知らされた瞬間。</p><p>寂しいような嬉しいような。そんな感覚をかみしめながら、</p><p>&nbsp;</p><p>私は東京で娘を待つ間、いろいろ巡りたいところがあったので、あっという間に時間が過ぎたのですが、</p><p>どうやら終わったであろう娘からLINEがぽろっと入ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>「ママ、帰りの新幹線何時？ホームで待ち合わせでもいい？お友達と遊んでくる。夕食のお弁当買っといてほしー。」</p><p>&nbsp;</p><p>と指令が入りました。</p><p>&nbsp;</p><p>夕方の新幹線で帰る予定で、その前にどこかのカフェで娘と会って、どんな様子だったか話を聞けるのを楽しみにしていたのですが、ここでもまた空振りをくらいます。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、遊んできてくださいと返事をして。</p><p>私の学生の頃では、ネットで知り合った友達っていうものにあまり良いイメージはなかったのですが、今の時代は違うんですよね。</p><p>それを少し心配に思いながらも、娘が楽しいなら、まぁ大丈夫かと。</p><p>&nbsp;</p><p>娘を信頼して待つ、ということをあらためて感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>無事、新幹線のホームで合流し、車内でお弁当を食べながら、</p><p>お客さんが自分の書いた漫画を買ってくれたときの喜びや、楽しかったことなどいろいろ聞かせてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>ごはんを食べたら、疲れて速攻寝ていましたが、私はいろいろ感慨深くて、忘れらない東京旅になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>エネルギーが溜まってきたら、勝手に動き出すから、親はなんにも言わずに見守ってあげてください、</p><p>というカウンセリングの先生の言葉が、本当になった。と。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が楽しいと母も嬉しい。</p><p>娘が落ち込んでいたら、母も悲しい。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、一緒に落ち込むのではなくて、もっと大きな気持ちで娘がどんな状況であっても、こちらがどんと受け止めるということ、このとき、わかったつもりでいたのですが、まだまだ振り回されっぱなしな出来事が続きます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12923785362.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Aug 2025 06:59:17 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後④不登校を通して気付いた親の課題</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>不登校になってから１年が過ぎたくらい。</p><p>ようやく母である私も、娘がどんな状況でもどんとかまえていられることが多くなってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこに至るまで、もうひとつこれまで気付かなかったけど気付いて変えたことがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が、マイナスな気持ちを語ってくれたとき。</p><p>&nbsp;</p><p>今までだったら、</p><p>前向きにとらえようよ、とか、そうじゃないよという感じでアドバイスしたり返答していました。</p><p>&nbsp;</p><p>マイナスな感情は誰でもあるのに、私自身がそのマイナスな感情を持つことを否定していたことに気付きました。</p><p>&nbsp;</p><p>そっか、マイナスな気持ちになってもいいんだと。</p><p>本で読んで気付いたと思うのですが、私がとらえ方を間違っていたなと。</p><p>&nbsp;</p><p>私がそのように返事していたから、娘もマイナスな感情を持つ自分はダメな自分と余計に感じていたのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>そのことに気付いてから、マイナスな感情を語ってくれたときは、</p><p>「そっかそっか。そう感じてたんだね。しんどかったね。」</p><p>&nbsp;</p><p>と、そのマイナスな感情を受け止めるような返事にシフトしました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘に対してもそうですが、私自身に対しても。</p><p>自分がこれまで、例えば嫉妬とかねたみとか感じたときに、そう思っちゃいけないと思うようにしてきたけど、そうじゃなくて、自分の気持ちも同じように受け止めてあげること。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の中にいる小さな子どもに話しかけるように、</p><p>自分によしよしするようなイメージです。</p><p>&nbsp;</p><p>娘との中学受験で、私自身だいぶ自分と向き合い、改善してきたつもりだったのですが、まだまだでした。</p><p>&nbsp;</p><p>過干渉の親に育てられたアダルトチルドレンの精神（私自身のこと）は、なかなか根深く、それを見せてくれたのが、娘の不登校だと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>結局子どもというのは、親を育ててくれてるんだなと。</p><p>お母さん、お父さんがもっともっと楽しんで生きてほしい。</p><p>そういう思いで私たちのもとへやってきてくるのではないかと思っています。</p><p>実際今、私自身は４年前よりも断然生きやすくなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもに対しても、旦那に対してもそうですが、</p><p>自分の気持ちを言葉で伝えることはもちろん大事だけど、</p><p>生き方とか物事に対する姿勢というものは、言葉では伝わらなくて、行動や実践あるのみ。</p><p>大人は、言葉と行動が伴っていないことも多くて、</p><p>子どもというのは、それを良くみているし感じているのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>子どものお手本は、小さい時から常にそばにいる親しかいない。</p><p>その親の姿を子どもはしっかり見て、感じ取って、自分の人生によくも悪くも活かしていってるんだなと。</p><p>&nbsp;</p><p>だからといって、いつも良いお手本を示さなきゃいけないというわけではなくて、</p><p>誰でも人間だからいろんな気持ちになることはもちろんあります。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは、母である私自身が自分を否定しないことだなと思いました。</p><p>親の子育てを反面教師にしてきたけど、根本にあるもの、私自身が自分を否定しているままだと結局同じことになってしまうんだな、と気づきました。根底に自分に対する不安とか、恐れがあったんだなって。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、そういう自分に気付いたら、その自分と向き合い続けること。</p><p>自分の本音や気持ちから目を背けず、それらと向き合って自分の気持ちも育てていくと、いつの間にか娘にも変化がみられるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、ある日突然</p><p>「美大を目指したい。だから絵の学校に行きたい」と言い出しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、行きたい美術学校の候補まで自分で見つけてきていて、体験に一緒に行ったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>とっても楽しかったみたいで、即その学校へ通うことを決め、</p><p>まずは週に１回通うということになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>といっても、まだ娘の気持ちは不安定で、</p><p>美術学校の日になったけど、当日になって起きたくない行きたくない、ということも最初はよくありました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、私は昨日行くっていったやん。って言ってしまったこともあります。。</p><p>&nbsp;</p><p>１個乗り越えたと思ったら、また次の新たな課題がやってきます。</p><p>&nbsp;</p><p>私が何を気にしているかというと、美術学校の先生に申し訳ない、とか、なんて言おうかという世間体。</p><p>&nbsp;</p><p>であることに気付きました。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、先生には娘が不登校であることをこっそり話して、その日の気分で突然行かないとかがあることを伝えて、それでも大丈夫かどうかを確認しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そしたら美術学校の先生は理解があって、それでも大丈夫ですと。気持ちがのったら来てくださいという快いお返事をもらい、</p><p>私の気持ちも軽くなったという次第です。</p><p>&nbsp;</p><p>こうして、いろんなことに気付くけど、人ってなかなか変われない。</p><p>ちょっとずつ、こうした日常を通して、自分の気持ちを見つめて実践していくことを積み重ねていくのみなのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、それと同じくらいの時期に、もう一つ娘が動き出したことがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>長くなりそうなので、次回に続きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12922875358.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Aug 2025 10:03:04 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から4年。その後③不登校の原因と母の解決策</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>中学１年生の秋から不登校になり、それから１年近くは、</p><p>娘がもちろん一番しんどかったのは間違いないのですが、私自身もしんどい日が続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校でいじめられたわけでもなく、</p><p>突然学校へ行けなくなった娘。</p><p>&nbsp;</p><p>そうなる前に、私のお友達や知り合いの方々で、学校へ行けないお子様たちの話をよく聞いていたので、もし自分の娘がそうなったときは、行きたくないなら全然それでもOK。受け入れられると思っていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>が、実際いざそうなってみたら、最初は受け入れられたつもりだったのですが、</p><p>いつまで続くのかとか、</p><p>娘がつらそうで心配。とか、</p><p>それと世間の目がやはり気にならないといったらうそになるかもしれません。</p><p>自分のプライド的なものも邪魔をしました。</p><p>&nbsp;</p><p>カウンセラーの先生いわく、突然学校へ行けなくなったのは、</p><p>周りに気を遣い過ぎて、家の中でも親に気を遣って、</p><p>活動するエネルギーがなくなっちゃったんだそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>エネルギーが溜まってきたら、勝手に動き出しますから、それまで待ちましょう。</p><p>ご両親は見守るだけにしてもらって、親からこうしたらああしたらは一切言わない。</p><p>ご両親も自分の好きなことをして、人生を楽しんでください。</p><p>&nbsp;</p><p>という言葉を頂きました。</p><p>&nbsp;</p><p>まさにその通りでした。</p><p>&nbsp;</p><p>私自身、両親からの過干渉で、ああしなさいこうしなさいと言われてきた子ども時代だったのですが、ほんとにそれが嫌だったので、反面教師にして子育てしているつもりでした。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、そもそも子どものためと思った中学受験。</p><p>娘は乗り気じゃなったのに、強引にさせてしまったのは私で、結局自分の両親と同じことしてる。</p><p>&nbsp;</p><p>中学受験というのは、小学生の子どもがしてもしなくてもいい受験勉強に挑みます。</p><p>もちろん、自分からこの学校に行きたい！と自ら受験するお子様もいらっしゃいますが、</p><p>親が受験を勧めて、それでというご家庭もたくさんあると思います。</p><p>親から勧められて受験して、行きたいところに行って、お友達もできて楽しい学校生活が送れた！という方々ももちろんたくさんいらっしゃいます。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、わが子の場合は違いました。性格とか、それまでの親子の信頼関係とか、入学した中学校が合わなかったとかいろんな理由があってそうなるのがわかりました。</p><p>&nbsp;</p><p>もうすっかり元気になってから娘から言われた言葉が、</p><p>&nbsp;</p><p>「最終的に自分で受験するかしないか決めていいよ、とあのときママから言われたけど、親からの圧を感じてたし、まだ小学生だもん。受験しないなんて言えなかった。」って。</p><p>&nbsp;</p><p>振り返ってみると、私自身はそれまで自分の仕事中心の日々で、娘が自分の思うように動かないと機嫌が悪くなったり、なんでこうしないのと口には出さないけど、心では思っていたこと多々でした。</p><p>娘の方がどうやら私の顔色をうかがっていたのだなと。</p><p>&nbsp;</p><p>中学校へ入学してからも、いろんな話をしてくれたけど、それによって私は娘がいい学校に入れて良かったと、自己満足を感じていたのだなって。</p><p>娘はつらかったんです。</p><p>&nbsp;</p><p>そのことに気付いてあげられず、不登校になって気付かせてもらったという感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくは、私自身が自分を責めていて、</p><p>中学受験を無理強いするんじゃなかったとか、</p><p>娘が感受性が強いことを気づいてあげられていなかったとか、</p><p>&nbsp;</p><p>もう戻れない過去のことをくよくよ思っていた時期がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、私がそんなことを考えていたら、私自身から発するエネルギーがそうなってしまい、</p><p>感受性の強い子はそれを感じて、同じように自分を責めてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が楽しく生きられるようになるには、</p><p>母である私自身がまず変わらないと、と本気で思い始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、前回の記事にも書いた、娘と腹を割って思いを伝え、話すことができたこともあり、</p><p>私自身も少しずつ変わっていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>生きててくれたらそれでいい。</p><p>学校へは行かなくても行ってもどちらでもいい。</p><p>勉強はやりたくなかったらやらなくていい。</p><p>今は好きなことをして生きていける道がいくらでもある。</p><p>一緒に美味しくごはんが食べられて、一緒に笑っていられるならそれだけで幸せ。</p><p>今しかできない旅行にいっぱい行こう。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、気分の浮き沈みはありますが、</p><p>なるべく私自身が楽しく、自分で自分を満たすことをしていこうと思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな日々をしばらく送っていると、娘にも変化が出始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>次回に続きます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12922548479.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Aug 2025 16:41:38 +0900</pubDate>
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<title>中学受験から４年。その後②不登校真っ只中の不安</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>読んでくださってありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>ブログを再開しようと思ったのは、</p><p>私自身、自分が趣味の旅行のブログでも始めようかな～と思って以前のアカウントでログインをしてみたら、すっかり記憶から消えていた中学受験の頃のブログが出てきました。</p><p>&nbsp;</p><p>すべて消して新しいものに書き換えようと一瞬思ったのですが、</p><p>過去の記事を読んでいると、もう自分では忘れてしまっている詳細な娘とのやり取りが書かれていたりして思わず読み入ってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、中学受験から第１志望に合格してめでたしめでたしじゃなかった４年間の我が家の経験が、</p><p>もしかしたら、どなたかのお役に立つかもしれないと、</p><p>&nbsp;</p><p>私自身も、ずいぶん学校へ通えないお子様のお母さまの体験談に救われたことがあったので、</p><p>こういう事例もあるということを、自分自身の記録としても置いておきたいなと思い、再開した次第です。</p><p>&nbsp;</p><p>その後①の続きを、書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が昼夜逆転になり、昼間は寝ていて、夜はゲームという日々が続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、毎月カウンセリングに通っていたので、その先生からどんな状況でも、たとえ昼夜逆転しても、あたたかく見守ってあげてください。食べなくてもご飯の準備をしてあげて、挨拶で声をかけ、そしてお母さん自身がご機嫌でいること、ということを言われていて、だいぶその覚悟で過ごしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>昼夜逆転の現象があるのは、昼間みんな学校に行ってるのにいけない自分に罪悪感があるのでそうなってしまうのだそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、主人がやはりゲームばかりして昼夜逆転している娘が心配だったようで、、、</p><p>私は主人にカウンセリングの先生から聞いた見守るということを説明するのですが、あまり納得いかない様子で。</p><p>&nbsp;</p><p>娘にゲームばかりしない方が良いということを一度伝えたことがあったんです。</p><p>私も主人と娘の間に入る形になってしまって、、、</p><p>&nbsp;</p><p>娘は、自分もゲームしたくてしてるんじゃない。何かしてないと不安だから、気を紛らわすためにしてるだけ。</p><p>しないで済むならそうしたいということを泣きながら答えてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなこともあって、カウンセリングの先生から、一度ご主人も一緒にお越しくださいと言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>一番近くの妻のいうことは聞けなくても、プロの先生の話なら少しは聞いてくれるかもと一緒に行くことを説得し、</p><p>１度一緒に行ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、先生の話を聞いて、納得してくれたようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>その後は、勉強のこと、ゲームのことも何も言わなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>こういうときに夫婦の結束も必要で、主人と意見が分かれることで夫婦関係が悪化するという場合もあり、</p><p>それが余計に娘にも悪影響であることはなんとなくわかっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、なんとか夫婦の方向性が一致してよかったと。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいえ、私も完全に安心したわけではなく、ほんとにこれでいいのかと弱気になることも多々。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、そんなときは、ネットで体験談を読んで安心するようにしたりしながら、</p><p>娘のことは見守ると決めたけど、その時に必要だったのは、自分と徹底的に向き合うことでした。</p><p>&nbsp;</p><p>不登校になって半年近くたったころだったと思います。</p><p>夜中に娘の部屋から話声が聞こえるようになり、</p><p>誰かと一晩中電話で話しているような感じでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな日々が１週間のうち何日かあって、相変わらず昼夜逆転は続いていて。</p><p>誰と話してるのだろう、、、と逆に心配になってきて。</p><p>&nbsp;</p><p>何でも話せる友達はいない、と言っていた娘だったので、</p><p>不登校になってからネットで知り合った人だろうなと、思い始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>そしたら、ある時から、娘の話声で私まで夜眠れなくなってしまい、</p><p>ちょっと鬱状態になっていたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>中学生、思春期、自殺という言葉が頭から離れなくなった時期があって、、、</p><p>&nbsp;</p><p>不登校になってから半年間の間、ときどき娘は「自分なんて消えてしまえばいい」といって取り乱すことがありました。</p><p>私は背中をさすりながら、心の中では私も泣きながら、話をただ聞くしかできず、、というときもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>そういうこともあったので、もしかしたら娘は死ぬということを選ぶ可能性もあるなと思ってしまったのです。</p><p>でも、そんなことになったら後悔どころじゃない。</p><p>いてもたってもいられなくなって、ある日娘とそのことについて面と向かって話す覚悟を決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>朝まで誰と話してるのかということから始まり、</p><p>なんでこんなことを聞くかというと、もしかして死ぬということを考えてはいないかママが不安になってしまってと正直に言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたのことを本当に愛しているし、生きてくれてるだけでママは幸せだからと。</p><p>&nbsp;</p><p>泣きながら私も娘と話して、娘も大泣きしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>泣くということは、そういう思いも持っていたから泣けるのだろうなと。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、二人とも落ち着いてから、娘が</p><p>夜中に話してるのは、ネットで知り合った同じく不登校の子で、</p><p>夜眠れないときに誰かと話してないと不安だからって。</p><p>その子は娘の話をずっと聞いてくれていたそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>そっかそっかと、それ以上はもう何も言えず。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の不安を娘にぶつけた形になってしまいましたが、</p><p>命の危険が頭から離れなくなってしまって、私自身の正直な気持ちを今伝えておかないと、となぜか急に思い始めてそういう行動に出ました。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、結果、うちの娘と私の間ではその腹の底からの話し合いが良かったのか、</p><p>そのことがあってから、娘が少しずつ変わってきたように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは、自分でフリースクールを調べてきて、そこに見学に行きたいと言い出します。</p><p>それが中学２年生の春くらいでした。</p><p>&nbsp;</p><p>２か所くらい娘が言ってきたところへ一緒に見学にいきました。</p><p>&nbsp;</p><p>結局どちらも行きたいと思わなかったようで、体験だけで終わりましたが、かなりの前向き具合です。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、今思い返せば、ママに心配させちゃいけないという思いもあったのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>さらに、ユーチューブでメイク動画を見始めて、</p><p>メイクグッズと買ってほしいというようになり、洋服もこれまでおかまいなしだったのか、好きなファッションなどこだわり具合を発揮し始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>学校へは行かないけど、好きなアニメのグッズを見に、１人で電車に乗って出かけられるようにもなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>毎月１回家族で旅行にも出かけるようになり、それも娘が学校へ行かないからこそできることで、</p><p>私も家族旅行のプランニングが楽しみになっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>娘が笑うことも多くなり、ちょっとずつエネルギーがたまってきたようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな様子をカウンセリングの先生と話していると、</p><p>週に１回でも、または２週間に１回でもいいから保健室登校を始めてみない？とすすめられました。</p><p><br>そのことを娘に話してみると、詳しくはもう記憶にないのですが、行き始めたのです。</p><p>週に１回くらい。ちょうど不登校になり始めて１年くらいたったころでした。</p><p>&nbsp;</p><p>保健室の先生と話したり、カウンセリングの先生と話したり、親以外の大人と少しずつ話すようになって、</p><p>でも、まだ行ったり行かなかったりでしたが、でも気分がのったときだけ行けばいいからと思っていましたし、</p><p>娘もそれで納得して行けるときはいくという感じの日々が続きました。</p><p>&nbsp;</p><p>次回に続きます。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotena/entry-12922210222.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Aug 2025 15:28:31 +0900</pubDate>
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