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<title>ドラマチックに生きろ！</title>
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<description>この手に何もつかんでいなくても、夢や希望は心の中に。平凡な毎日を面白く生きたい女のブログです。</description>
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<title>帰省と澤の結婚</title>
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<![CDATA[ <p>お盆休みが終わってゆきますね。さみしいような、いつもの生活が戻ってきて少しホッとするような。</p><p>私は１週間ほどの休みをうまく満喫することができない。だって、こんなに長い自由を与えられたら何か意味のあることを成し遂げなくては、と焦ってしまうんだもん。初日の朝の万能感たるやすさまじいものがあるよね？私はあまり旅行をせず、ひたすらインドアで出来ることをシミュレーションする。英語を勉強しよう、簿記もやろう、会社から借りてきた社史を読破しよう（転職したばかりだから、会社のことをよく知る必要があるのです）</p><p>そして、何もできずに終わる。</p><p>今年は、千葉に２日間帰省した。３６歳にもなって、夫も子供も携えずに一人帰る実家はつらい。迎えてくれる両親の笑顔がつらい。それでも、自分の育った場所にきちんと帰ることはやっぱり大切だと思う。たとえ滞在日数が年々短くなってゆこうとも。実家のある地域はもともと住宅地で、まわりに遊べる楽しい店なんて皆無だったのだが、最近はさびれっぷりに拍車がかかっている。唯一といってよかった賑やかスポット・長崎屋も、テナントに入っていた店舗が続々と撤退しているという寂しい情報が両親から伝えられた。ファッションに目覚めはじめた高校生の頃、今思えば明らかに４０代をターゲットとしていた婦人服店で１枚のブラウスを買うのに胸を高鳴らせた。少ない小遣いを握り締め、１階のフードコートでクレープを買うのが楽しかった。そんな思い出のつまった長崎屋が、いまは衰退・没落の一途をたどっているのだ。</p><br><p>出掛ける所もなく、家でひたすらテレビを見るか読書するしかない。</p><p>でもテレビには思わぬ危険が潜んでいる。</p><br><p>澤が結婚した。</p><p>おめでたいことです。</p><p>でも、どうして今するんですかー？困ります！！</p><br><p>朝起きて、自分の部屋でゴロゴロしながらワイドショーを見ていたらこのニュースが流れてきた。</p><p>驚くと同時に私は思った。</p><p>母と一緒に、このニュースを見てはならない。</p><p>私と澤は３６歳、同い年。その女性が結婚したなんて話を見聞きしようものなら、「さあ、お前はどうなんだ！」と私に矛先が向くのは目に見えている。（母は実際は「お前」なんて言い方はしないけどね…）</p><p>私は嘆息した。かたや女子サッカーの第一人者。ワールドカップで優勝し、最優秀選手にも選ばれて、日本、いや世界中の数えきれない人々に勇気と感動を与えた偉大な女性。そのうえ素晴らしいパートナーまでしっかりと見つけた。</p><p>かたや、いくつになっても結婚どころか彼氏すらまともに作れない娘。帰省してきても、親が喜ぶ楽しいみやげ話ひとつできないお荷物娘。重たい重たい不安要素。</p><p>こんなはずじゃなかった。３６歳だったら、かわいい孫を２人くらい連れて両親に会いに来ているはずだった。自分が子供のころ、妹と一緒にそうされていたように。</p><p>子供さえいれば、何もない実家に帰ってもやることは山のようにあるはずだ。母と一緒に台所に立ちごちそうをたっぷり作ったり、子供と一緒にお絵かきしたり、庭にビニールプールを出してあげたり、麦わら帽子をかぶせて公園に連れて行ったり・・・そんなささやかな楽しいイベントを、私は両親に経験させてあげられない。普通の人が、ごく普通にやっていることが私にはどうあがいてもできない。</p><p>書いていたら涙が出てきたので、この辺でやめておこう。</p><p>そうそう、澤さんの話ですよ。</p><br><p>朝に続き、昼や夕方の情報番組でも繰り返しこのビッグニュースは取り上げられていた。</p><p>暇にまかせて、居間でだらだらとテレビを見続ける私。案の定、また澤の話題だ。まずい、母もいる。でも今は台所でお茶をいれたりしていてこのニュースは聞こえていないようだ。</p><p>早く終われ、早く追われ、澤の話よ…。</p><p>祈りが通じたのか、母がテレビの前に来たときには次の話題に移っていた。よっしゃ。</p><p>ところがだ。</p><p>その情報番組は、ピックアップするいくつかの話題をフリップにして、順番に紹介していくという手法をとっていた。フリップが映ると、既に伝え終わったニュースの見出しも見えてしまうのだ。しかしフリップの文字は小さめで、よく目を凝らさなければ見えない。母が気づく可能性は低いとみた。</p><p>フリップの横で、澤のニュースではない別の話題について話す男性アナウンサー。どうかそっちに気をとられてくれ、母よ。</p><p>しかしだ。</p><p>「あらー、澤さん、結婚なんだ？」</p><p>驚異のアンテナにより母は気づいてしまった。男性アナウンサーの声などものともせずに、自分の最も関心のあるネタにいちはやく反応する能力は、並大抵ではない。私の知らないところでもいつも、「結婚」という二文字を追いかけているから、フリップに書かれた小さな「澤、結婚」にもいち早く気付いたのだろうか。だとしたら、私のせいだ。私が、母の「結婚センサー」をビンビンに磨き上げてしまったのだ。</p><br><p>そうだよ、澤は素敵な一般男性と結婚するんだよ。すごいよね、サッカーもできておまけに結婚だなんて。ごめんよ、私は何もできなくて結婚もできなくて。</p><p>言葉にならない私の声を感じたのか、母はそれ以上は言わなかった。</p><br><p>でもまあ、母の良い所は私に気を遣いすぎないところだ。今まで何度となく、「いいひとはいないの？」と聞かれそのたびに私は心底嫌そうな顔をして「いない」と呟いてきた。私が母だったら、結婚の話題を出したら間違いなく娘は不機嫌になると学習して、一切その危険テーマには近づかないことだろう。</p><p>しかし母は平気で何度でもトライしてくる。私の仏頂面に、嫌な思いをしているだろうにファイトが消えない。そのおかげで、私はどうにか「腫れもの」にならないでいられる。放っておいてほしいと思う一方で、あきらめないいてほしいとも強く思うのだ。</p><br><p>それにしても、澤の旦那さんは素敵だ。</p><p>３６歳でも良い結婚ができるという励みにも、もちろんなりました。澤さんありがとう。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kotetsu87085/entry-12062359406.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Aug 2015 12:44:51 +0900</pubDate>
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<title>現代恋愛論</title>
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<![CDATA[ <p>失恋しちゃいました。たぶん、２週間位前に振られてた。</p><p>このブログの趣旨からいえば最もドラマチックな出来事のはずなのに、なんだかとてもモヤモヤ。最近の男子お得意の、私が忌み嫌ってやまない「フェイドアウト」という方法で振られたからです。関係終了を告げる決定的な言葉もなく、「連絡が来ないな、今日こそは来るかな、あれれ、来ないな、忙しいのかな、ん？フェイスブックは更新されてるぞ。ってことは、忙しくはないのかな。ってことは、私を避けてるのかな。ん？もう２週間も来てないぞ。これは永遠に来ないぞ」と段階を踏んで、音もなく男子が去っていったことに気づく現象。どの時点で彼の私への興味が消滅したのかが分からない。最初からなかったという説が最有力ではあるけれど。振られたタイミングすらわからないなんて情けないじゃん。失恋くらい、派手にさせてよ。</p><br><p>紹介で知り合った彼とは３回会ったけれど、お互いの内面を知ることは全くできなかったと思う。いや、私は「さあこれからだ」と思っていたんだよ。３５歳の私が、会ったばかりの彼にいきなり自分の人生を深く語り出したら、そりゃもう重いだろう、重くて腰を痛めて二度とデートなんてしてくれないだろうと思ったから、３回はぐっとガマンした。つらかった。だって、私が話を振らないのをいいことに、彼はいつまででも表面的な話を続けるんだから。</p><p>居酒屋で向かい合っていても彼の目が私に向くことはなく、テーブルの上のメニューばかりをさまよっていた。いくら眺めていたって、たかだか５～６ページしかないし、面白いネタなんてそこまで多くは隠れてないと思うよ？それでも、会話が途切れるたびに彼はメニューに手をのばす。店員さんがメニューをさげようものなら彼は発狂していただろうなぁ。どうして私は居酒屋のメニュー以上に興味を持ってもらえないのか、とても悲しく情けない気持ちになった。獺祭とかに余裕で負けるんだろうな、私。</p><br><p>ここで、いわゆる「草食系男子」に見られる三大法則を発表します。</p><br><p>１．挨拶をしない</p><p>２．相手の女性の名前を呼ばない</p><p>３．女性に対して質問をしない</p><br><p>待ち合わせをして、その日初めて会った瞬間にまずきちんと挨拶をしてくれないとガックリ来ちゃう。挨拶をしない男子は、テキトーにヘラヘラしてよく聞き取れないことを言い、勝手に歩き出す。「俺、別にあんたと会えるのが楽しみだったわけじゃないから。普通のテンションだから」という主張が、背中にみなぎっている。この日を本当に心待ちにしていた私は、「来てくれて、また会ってくれてありがとう！！」と絶叫したい気分なのに、最初から温度差を見せつけられて地の果てまで落ちていく。「久しぶりだね」くらい言ってくれるサービス精神があってもいいと思うんだけどねえ。</p><p>あれ、これは草食系男子の法則というよりは、「挨拶をしてもらえない」というモテない女の法則なのかしら。<br></p><p>２番と３番の法則は密接に関連している。</p><p>本当に、名前を呼んでくれないのだ！もちろん、「下の名前で」なんて贅沢なことを言ってないよ。「苗字にさんづけ」という最もオーソドックスな方法ですら呼んでもらえなかったんです、私。フェイス・トゥ・フェイスの時に限らず、メールでのやりとりの中でも一回もなし。</p><p>確かに少し緊張するのはわかる。私も初めて呼んだときは照れくさかったもん。だけど、二人の距離を縮めるための大切な一歩だと思って勇気を出した。ただ、彼が照れているとは思えなかった。極端に言うと、彼は、私を存在しないものとして扱いたがっているような気がした。私の顔をカボチャやナスに見立てて、苦痛な時間をなんとかやりすごそうとしていたのだ。カボチャやナスに名前なんてないもん。だから呼べなかっただけだ。私は今、ものすごく悲しい想像をしてる。書きながら泣きそうだよ。</p><p>名前を呼ばなければ、質問もできない。私が彼に「○○さん、好きな食べ物は何ですか？」と聞いたら、ちゃんと答えてくれる。でも、彼は自分のことを話した後、黙ってしまう。「△△さんはどうですか？」と、同じ質問を返してくれるだけで、私も喋りやすくなり、会話の量は２倍になるのに、「△△さん」の部分を頑なに言ってくれないばかりにそういう展開は望めなくなる。一方的な会話になり、私はいつしか彼のインタビュアーにでもなったかのような気分になる。</p><p>私は質問もされていないのに、「聞いて下さい、私ってこうなんです」と話し出すタイプではない。そんな女にはなりたくない。</p><p>名前を呼ばない男子が質問してくる場合、曖昧に、手でこちらを指し示しながら、「…（もごもご）は、どうですか？」という感じになり、私は、「え、私ですか？」と聞き返すことになり、会話は渋滞を起こすのだ。どうしていい大人なのに簡単なコミュニケーションすらとれないのだろう。もちろん、相手だけのせいではなくて、私との相性が問題なのだけど。</p><br><p>彼を責める気はないんだ。彼の気持ちを考えたら、そんな態度をとる理由だって手に取るようにわかるから。紹介で知り合うというのは本当に難しいと思う。今まで自分の人生に何のゆかりもなかった女性がのこのこやってきて、「さあ、私、どうですか？好きになれますか？」と迫ってくる。心の中ではジョーズの音楽が流れているに違いない。この得体のしれない女性の何をどう判断すればよいのか？そもそもなぜ、この女性と向き合わないといけないのか。必然性などどこにもない。合コンならばまだ、複数の人の中から自分で選んだというモチベーションがある。紹介は、いきなり１対１だ。逃げ場がない。でも、私は声を大にして言いたい。「誰か紹介して」と、依頼したのは自分でしょう。そこに来たのがどんなハズレであろうと最後まで責任を持って、振るならちゃんと振ってよ！嫌われるよりも、無関心でいられる方がはるかに傷つく。私は、振る手間をかける価値すらない人間なのかと。ほら、また悲しい想像力ばかり膨らんでいくじゃないか！！</p><br><p>さて脚本家を目指す私としては、個人の経験から、普遍的な理論を導かなければいけない。</p><p>私の経験は決して特殊ではなく、世の女性の現代の恋愛における問題を多くはらんでいる。というのは、先日スタバで隣の席の28歳の女の子二人の恋バナを聞いていたら、私のケースと酷似していたのだ。</p><p>やはり、女性を苦しめるのは冒頭に言った「フェイドアウト」なのだ。メールやＬＩＮＥの普及とともに、男子が非常に安易かつ消極的な方法で女性から逃げることが可能になってしまった。ひたすら無視。女性からいくら連絡が来ようとも、お地蔵さんのようにじっと目を閉じ、嵐が過ぎ去るのを待つ。驚くべきことに、ネットの世論を見ると、このような手法はごく一般的なものとして容認されており、非難の対象となるのは、フェイドアウトしたがっている男子の気持ちに気づかず、いつまでもすがろうとする女性の方なのだ。チョット待ってチョット待ってお兄さん、そんな文化、いつ確立された？</p><p>恋はやっぱり、お互いの気持ちをぶつけあっていくものだよね。無視や沈黙から何かを読み取るばかりでは疲れちゃうもの。私はここ数年、フェイドアウト男子にばかり立て続けに出会ってきたから、待ちくたびれるのを通り越して、「待ち死に」しそうだ。あてもなくただ連絡を待つという行為は、脳に飢餓状態をもたらす。ケータイのバイブにいちいち反応して期待はずれのメールにため息をつき続ける生活って、マジつらいっす。</p><p>私の大好きな丸ちゃんこと関ジャニ∞の丸山隆平主演「ボーイズ・オン・ザ・ラン」という名作ドラマがあった。振られても、嫌われても、何度でも好きな人に体当たりしていく丸ちゃん演じる田西。ひたむきに泣き、笑い、怒り、走る姿に心が熱くなる。でも実際、田西のような感情むきだしの恋愛なんて出来る時代ではないような気がするのだ。最大の勇気を出すのはメールの送信ボタンを押すときぐらい。あとは、ただ返事が来るのを待ち、返事が来なければそっとあきらめる。メールを受け取った側は、興味があれば返信するし、なければノーリアクション。振られる方の胸の痛みに比べ、振る方の葛藤や苦しみはあまりにも軽い。</p><p>デートが実現しても、会っている間に直接気持ちを確かめることなんて怖くて出来ない。私も、彼が別れ際に言った「また」という短い２文字をどう解釈すればよいか分からなかった。１回目と２回目のデートの後の「また」は、本当に次があった。だから、ああ、彼の「また」は信じていいのだと思った。でも、３回目に言われた「また」は次がなかった。</p><p>結局、デートの結果はメールで次のお誘いが来るかどうかで判断するしかないのだ。</p><p>スタバの女の子も、自分から誘って２回会うことはできたけど、相手の気持ちが読み切れず、３回目も自分から誘うべきかを悩んでいた。おお、私もそんな感じだよ、と激しく共感する私。「あーあ、あっちから誘ってくれればいいのに。２回会って、何もナシはないわー。もう、早く結果を下さいって感じ」。ナルホド、２回会ってくれたら脈ありと思ちゃうよね。少なくとも１回で切られてないわけだから。でも、きっと彼女の恋もうまくいかないんだろうなぁと、三十路の私は隣の席で勝手に心を痛めるのであった。</p><br><p>こんなスタイルの恋愛がはびこっていたら、日本人の感情の針はものすごく狭い範囲でしか振れないことになりはしないか。恋愛感情も機械的に処理されていき、２０年後くらいには、「恋愛で泣く？いつの時代の話ですか！？」とのたまう若者も出てきそうだ。</p><p>今、フジテレビヤングシナリオ大賞に応募する作品を書いているのだけど、さりげなく、この経験を盛り込んでみました。恨みつらみを脚本で晴らすって、なかなか楽しい作業です。わー、怖い。いつか、恋愛に奔走する女のドラマを書いてみたい。この世からいきなりケータイが消えたら、とか、通信会社が軒並み倒産したら、という設定で。メールというツールを取り上げられたら人はどんな行動をするのか、興味深くない？うん、これいいね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotetsu87085/entry-11991729600.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Feb 2015 02:09:45 +0900</pubDate>
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<title>超主観的たべもの論</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000033">たべもののお話。</font></p><p><font color="#000033"><br></font></p><p><font color="#000033">先日社員食堂でうどんの列に並んでたら、前の方に同じ職場の格好いいコモリくんが見えた。うどんを受け取り、その場に置いてある七味をふりかけている。私はつい、「どれくらいかけるのかな～」と見てしまう。</font><font color="#000033">彼は七味の筒を３回ふって一瞬手を止め、最後にもうひとふりして終了し、お盆を持って去っていった。たいへん優雅で上品な「七味の儀」だった。</font></p><p><font color="#000033">うんうん、ナイス！私もそれくらいの量が好き。好青年のコモリくんと七味の量の好みが一致したことに、ささやかな喜びを感じてしまう私であった。</font></p><p><br><font color="#000033">飲食店でもおうちでも、調味料をたくさんかける人がいるよね。</font></p><p><font color="#000033">かねがね思っていたのだけど、私はその中でもタバスコをかけすぎる人が嫌いだ。</font></p><p><font color="#000033">いや、タバスコに罪はない。</font></p><p><font color="#000033">私自身が、小さい頃から全くタバスコと馴染みがなかったというだけの話。</font></p><p><font color="#000033">喫茶店でスパゲティを頼むと出てくる、赤いふたに緑のラベルのあの小瓶。（ほかのデザインの瓶を見たことないよ）</font></p><p><font color="#000033">私があれを手に取った回数は多分人生で３～４回だ。</font></p><p><font color="#000033">家には無かったし、家族の誰もそれで困っていなかった。</font></p><p><font color="#000033">そんなタバスコを嬉々としてつかみ、大量に振りかける人を見ると「この人とはわかりあえない」と思ってしまう。住む世界が違う。赤い星から来たヒーハー星人だ。</font></p><p><font color="#000033">タバスコが好きな男に、実家の敷居はまたがせてはなるまいと本気で思う。</font></p><p><font color="#000033">たかがタバスコ、されどタバスコ。</font></p><p><font color="#000033">これが山椒だったら全然嫌ではない。</font></p><p><font color="#000033">なぜなら、私は幼少の頃に祖母の家でよく出前のうな重を食べており、山椒とうなぎのベストマッチに感動していたから。</font></p><p><font color="#000033">何が言いたかったかというと、私にとっては好きな食べ物も嫌いな食べ物も我が人生の集大成であり、家族みんなの嗜好であり、生活観の重要な一部を形成するものであり、並々ならぬ執着があるということなのだ。</font></p><p><br><font color="#000033">私はしいたけが大好きだ。</font></p><p><font color="#000033">肉厚のどんこの煮物ほど美味しいものはない。</font></p><p><font color="#000033">だしに醤油、砂糖、みりんの味をたっぷりと吸い込むために、あの素晴らしいぶよぶよの傘があるのだ。</font></p><p><font color="#000033">間違いなく、煮物界の本田圭佑。ヒーローの座は譲れない。</font></p><p><font color="#000033">これに良い感じで追随してくる香川慎司がタケノコだが、やっぱり本田にはかなわない。</font></p><p><font color="#000033">ましてレンコンやさやえんどう、ごぼうなどはベンチスタートだ。</font></p><p><font color="#000033">いや、十分美味しいんだけどね、やっぱり「格」というものがあるもんね。<br>ただ、しいたけ自身は、自己主張をちっともしない地味なやつだ。煮られるときは醤油やみりんと、焼かれるときは醤油やバターと、仲良くハーモニーを奏でることによって、素敵なおかずになるのだ。</font></p><p><font color="#000033">また、煮物の中ではスーパースターだけど、あくまでも煮物界に限った話であって、決してその日の献立のトップに立とうとは考えない。お肉や魚や、その他のキャベツやにんじんなど華やかな野菜たちに主役を譲り、食卓のすみにひっそりと座っている。そんな大人しい姿を見ているとすごく守ってやりたくなる。</font></p><p><font color="#000033">実力があるのに謙虚なのだ。「能ある鷹は爪をかくす」に代わる、「能あるしいたけはいしづきを隠す」ということわざができても良いと思う。</font></p><p><font color="#000033"><br></font></p><p><font color="#000033">それなのに、世間にはしいたけが嫌いという人が大変多い。</font></p><p><font color="#000033">私は、そんなアンチの意見を聞くたびにシュンとした気持ちになってしまう。</font></p><p><font color="#000033">しいたけを悪く言う人は、嫌いだ。</font></p><p><font color="#000033"><br></font></p><p><font color="#000033">この前知り合った男性が、いろんな種類の肉まんを売っているお店で「しいたけ饅」を選んでいた。</font></p><p><font color="#000033">他にも、ノーマルな「肉饅」や「五目饅」という王者たちがいたし、ヘルシー路線をいくなら「野菜饅」もあった。なのに、あえて「しいたけ饅」をチョイスするとは！</font></p><p><font color="#000033">「運命だ」なんて考えたらダメだったときのショックが大きい。だから「象徴だ」と思うことにした。これが、２人がうまくいくという象徴なのだとしたらうれしいと。</font></p><p><font color="#000033">ただその人にも、もうすぐフラれちゃうと思うんだ。</font></p><p><font color="#000033">別れ際、私は叫びたい。</font></p><p><font color="#000033">「私のことは嫌いでも、しいたけのことは嫌いにならないでくださいっ！！」</font></p><p><font color="#000033"><br></font></p><p><font color="#000033">しいたけと同じくらい愛しているのが乳製品だ。</font></p><p><font color="#000033">牛乳、バター、チーズ、生クリーム、ヨーグルト・・・どれもみんな大好物！</font></p><p><font color="#000033">これらが名前につく食べ物には、無条件で好意を抱く。</font></p><p><font color="#000033">最近では、合わせ技で来るからひとたまりもない。</font></p><p><font color="#000033">「バターミルクパンケーキ」とか「クリームチーズのジェラード」とかね。</font></p><p><font color="#000033">しかし、これまた乳製品嫌いな人も多い。</font></p><p><font color="#000033">特にチーズが嫌われがちだ。</font></p><p><font color="#000033">でも、しいたけの時のようにシュンとはしない。「あーあ、チーズが食べられないなんてかわいそう。人生の半分損してるね」という気持ちになるのだ。チーズってやつは、個性があって、きっと自分に自信があって、食べ物界で確固たる地位を築いているから、ファンの立場からしても「チーズを嫌いなんて、あんたバカだね」と強気に出られるのだ。</font></p><p><font color="#000033">たったいま使っておいて何だが、「○○が食べられないなんて、人生の半分損してるね」というフレーズは実は好きではない。</font></p><p><font color="#000033">別にその人にとっては嫌いなものを食べないだけなのだから、損などしていない。</font></p><p><font color="#000033">「あの男と一緒になっても、優子は幸せになれないよっ！」という女友達の忠告に似ている。</font></p><p><font color="#000033">そんなもん、優子が幸せなら幸せだし、チーズが食べたくなければ食べなければよいのだ。</font></p><p><font color="#000033">でも、チーズとろりんのピザを食べられないのは、やっぱり損だよねえ。</font></p>
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<pubDate>Sun, 08 Feb 2015 07:32:36 +0900</pubDate>
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<title>「問題のあるレストラン」第４話まで</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#000033">人はどうして期待してしまうんだろう。</font></p><p><font color="#000033">今度こそ、いけるかも。</font></p><p><font color="#000033">初めて、私、うまくいくかも。</font></p><p><font color="#000033">その思いの真ん中にいるときは、胸がドキドキして、幸せのイメージしか浮かばない。ダメだったときのことなんて少しも考えない。だから、無残に砕け散ったとき、どうしたらよいかわからなくなる。後になれば、いくらでも思う。こんな結果は予想できたじゃない。あの人の言葉も、態度も、表情も、周りの人の意見も、なにもかも、「うまくいかない」って方位を指していた。ただひとつ、自分の心だけが正反対を向いていただけだと。でも、本当に信じていたんだ。期待していたんだ。</font></p><br><p><font color="#000033">坂元裕二さん脚本の「問題のあるレストラン」を見ていて、そんなことを思った。</font></p><p><font color="#000033">第４話の喪服ちゃん（二階堂ふみ）の話。</font></p><p><font color="#000033">子どものころ、女の子たちとセーラームーンごっこをした。赤やピンクのセーラームーンではなくて、緑色のセーラームーンジュピター役しか選べない女の子だった。赤やピンクを選ぶ子には、「あなた人生何回目？」と思っていた。私は人生１回目だから、緑色しか選べない。男子に選ばれる女子が「勝者」なら、私はいつまでも勝てない。だから勉強した。勉強は裏切らない。だけど結局、東大まで出て就職した会社では、頭でっかちで実践には不向きという評価しかされなかった。事実そうだし、自分でもわかっている。―自分は使えない人間だ―</font></p><p><font color="#000033">そんな喪服ちゃんに、心踊るような出会いが訪れる。たま子の店の向かいのレストランで働くチャラい男・星野（菅田将暉）。ちょっとだけ優しくされて、喪服ちゃんは恋に落ちた。二人で朝を迎えたあとは、大事な最終面接の時間なんてどうでもよいと思えたほどに。彼と一緒に起業しよう。私は今日、恋人も仕事のパートナーも一度に手に入れた。</font></p><br><p><font color="#000033">子どもの頃から戦ってきたコンプレックスと、やっとさよならできるんだ。</font></p><p><font color="#000033">今度こそ、いけるかも。</font></p><p><font color="#000033">初めて、私、うまくいくかも。</font></p><p><font color="#000033">だって私、ずっと頑張ってきたから。</font></p><br><p><font color="#000033">だけど星野は簡単に裏切る。川奈（高畑充希）に忠告されて、喪服ちゃんは現実を知る。</font></p><p><font color="#000033">喪服ちゃんだって、ヒントはたくさん拾っていた。</font></p><p><font color="#000033">星野のLINEに送られてきた、ハートだらけのメッセージ。</font></p><p><font color="#000033">コロッと忘れられていた喪服ちゃんの最終面接のアポ。</font></p><p><font color="#000033">優しくされた後、すぐに「お金貸して」とお願いされたこと。</font></p><p><font color="#000033">少し頭を冷やせば、「遊ばれている」という事実にいくらでも気づけたはずなのに、喪服ちゃんは明るい未来しか描けず、黒いコートを脱いで真っ赤なコートを買ったのだ。</font></p><br><p><font color="#000033">人は、自分の人生の文脈を持っている。ずっと抱えてきた苦しみの中で、そろそろ報われてもいい頃だ、それが今なんだという期待を持ってしまう。だけどその文脈を理解してくれる他人なんて、そうそういないのだ。だって、その人はその人の文脈を生きるのに精一杯だから。星野は、少し顔が良いだけで何の取り柄もなく職場でも疎まれ、お金もなく、仲間に媚びへつらって合コンに女の子を呼ぶくらいしか能のない自分という文脈を生きている。こんな冴えない日常の中で、ちょっと自分に気がある女の子と遊んで何が悪い、みんなやっている普通のことでしょ、としか考えていないのだ。（第４話まではね。これから変わるのかもしれないけれど）</font></p><p><font color="#000033">逆に言えば、自分の文脈を理解して、その中の登場人物になってあげようと思ってくれる人に出会えたなら、人はそれを仕合わせと呼ぶ。By中島みゆき。</font></p><br><p><font color="#000033">第３話のパーカーちゃん（松岡茉優）も同じだった。小さな頃から毎日、引きこもりのお母さんのために料理を作り続けた。学校も行かずに。お母さんがお母さんらしくない生活は、心細さのかたまりだった。お母さんが出ていった後も、きっと私のことを大切に思っていてくれる。辛い生活を精一杯支えたんだし、何より、血のつながった親子なのだから―。</font></p><p><font color="#000033">それでも、パーカーちゃんの思いは、母の再婚と言う形で裏切られた。彼女は言った。「私の孤独が完成しました。」</font></p><p><font color="#000033">金髪を黒髪に染め直して、期待に胸を膨らませて臨んだ母との再会。彼女の頭の中には、また一緒に暮らせる楽しい日々のイメージしかなかった。なのに、パーカーちゃんと母の文脈は、ひとつも交差しなかったのだ。</font></p><br><p><font color="#000033">でも、ここで終わりじゃない。</font></p><p><font color="#000033">このドラマは、「期待は必ず裏切られる」というメッセージを発信したいわけではない。</font></p><p><font color="#000033">人は、何度期待を裏切られたって、懲りずに希望を持って生きていける動物なんだってことを言いたいのだと、私は思う。</font></p><p><font color="#000033">喪服ちゃんもパーカーちゃんも、傷ついたあとに行く場所があった。それがたま子のレストランだ。</font></p><p><font color="#000033">どういうわけか人生にはあるんだよね、受け皿というものが。時々、予想だにしないところから救いの手がのびてきたりするから面白い。自分の文脈なはずなのに、いきなり想定外の展開を迎えたりする。そんなときは、「だから人生やめられないんだよね」と、泣きながら笑っちゃう。</font></p><p><font color="#000033">本当につらいとき、私はこう考える。</font></p><p><font color="#000033">まだ死んでない！だから生きていける。</font></p><br>
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<pubDate>Sat, 07 Feb 2015 11:26:09 +0900</pubDate>
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<title>赤川次郎「君を、送る」</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150204/03/kotetsu87085/ad/c0/j/o0800106713208056396.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150204/03/kotetsu87085/ad/c0/j/t02200293_0800106713208056396.jpg" width="220" height="293"></a> </div><p><br>本の記録の一冊目が、まさか赤川次郎になるなんて。もちろん大作家だが、「三毛猫ホームズ」のイメージが強いせいな、私にとっては読書の登竜門として小学生のときに読んだなという、遥か彼方の思い出の中にいた人なんです。それがSNSでたまたま目にし久方ぶりに食指が動いた。昔あんなによく食べたのに今じゃすっかり忘れていた、サッポロポテトみたいな懐かしさが込み上げてきたのだった。</p><p>SNSで紹介されていたとおり、「君を、送る」を書店で手に取る。帯には「誰もが共感する、職場でのとある経験―人間の気持ちほど複雑なものはない」。うっ、やられた。瞬殺。一見地味な言葉の羅列かもしれないが「誰もが共感」「職場」、この２つは仕事帰りの疲れた体で書店に立ち寄った私にはとても魅力的だった。心が癒されそうな気がしたからだ。「共感」は「癒し」だと私は思う。どちらの言葉も、使いすぎると甘ったれた人間に思われそうだからほどほどにしてるけれど。共感するのは自分を肯定する行為。共感されるのは自分が肯定される経験。肯定イコール癒しじゃない？「自分だけじゃなかった」と思えたら勇気がわいてくる。Facebookで「いいね」を押されたらうれしい。好きな人に頭ポンポンされたら愛されていると思う。あれ、なんか違う？</p><br><p>相変わらず、前置きなげーな。</p><p>はいっ、読んだよ！一日であっという間に。本当にもう、読むのを止められなかった。</p><p>ストーリーは、商社のどこにでもある「職場」が舞台となっている。書かれたのは1997年と少し古い。いわゆるお茶くみの「庶務」で入社３年目の深雪が主人公。いわゆるお局の芝田夏子に、仕事はできないが明るく憎めない後輩の坂井啓子。庶務の女性など人とも思わぬ男性の社長秘書・大川がいるかと思えば、優しく目をかけてくれる営業部長の矢沢がいる。社長の染谷竜三郎は人柄はよいが社長の器ではなく、それを自覚している。妻の牧子が自意識の高い厄介な女で色々とかき乱す。物語は矢沢が社長に盾をついて退職するところから始まる。矢沢の妻は動揺して牧子のもとに走り、部下の深雪はささやかな恩返しにと送別会を企画する。一方、深雪には周治という弟がおり、やたらとモテるが責任感の伴わない彼が引き起こす色恋のドタバタ劇にも姉として胸を痛めながら付き合ってやる。深雪は社内のプレイボーイ・小山から意外にも真面目に求婚されるが、新人時代から優しくされ、そして会社をいま去ろうとしている矢沢への恋心に気づいていく。矢沢も深雪に惹かれていくが、最後は妻の由季を見捨てることが出来ない。</p><br><p>…とまあ、いろいろあるわけです。登場人物多いなあ。エピソードも多い。でもこれ、私は本を見ずにスラスラと書いてるんだよ。ひとつひとつの話は特別インパクトがあるわけではないけれど、それこそがまさに「誰もが共感する、職場でのとある経験」なのだ。帯、嘘ついてない。いいぞいいぞ。だから読者の胸にすっと落ちてくるし心に残るのだ。</p><p>奇をてらわない良さ。素直でわかりやすいのに、次の展開がわかりきっているわけでは全然ない。</p><p>私は今コンクールに出すための脚本を書いているのだが、バカなくせに、読者（視聴者）の予想を裏切ってやろう、裏切ってやろうとばかり考えているどうしようもない人間である。</p><p>この本に、まず真っすぐにストーリーを考えること、その中に丁寧にこまやかに人物の心情の変化を織り込んでいくことを教わった。</p><br><p>そして圧巻なのが、ＯＬの描写だ。</p><p>深雪や啓子たち、庶務の女性たちが驚くほどリアルなのだ。</p><p>例えば、幹部会を前に急に社長の染谷がお茶を飲みたくなり、秘書課長の大川はたまたま給湯室にいた深雪に頼むシーン。深雪は躊躇する。なぜなら社長へのお茶出しは秘書室の女性の仕事であり、庶務課の自分がやってしまったら越権行為として彼女たちの反感を買ってしまうから。それでもすぐに出せと言われ、深雪は仕方なく従う。私が驚くのは、ＯＬたちの仕事の世界にこんなに小さくも絶対的で意味のないルールが存在し、そのために若い女性が心臓をバクバクさせていることを、赤川次郎が知っているということだ。</p><p>このシーンはこれだけで終わらない。</p><p>女性秘書に気を使って社長へのお茶出しを尻込みする深雪に大川は、「僕がいいと言ってるんだ。そんなこと気にしなくていい。じゃ、すぐにね」と言い捨てて戻っていく。深雪はため息をつきながら、こう思うのだ。―もちろん、大川は「構わない」と思っている。しかし文句を言われるのは深雪で、それを大川が弁解してくれたりやしないのである―</p><p>続いて、お茶出しを終え、染谷が社長室を出て会議に向かうのを見送った後のシーン。深雪は「あ、そうだ」と慌てる。染谷に出したお茶をさげなくては。―危ない、危ない。見慣れない来客用の湯呑茶碗が社長の机の上にあったりりたら、たちまち「犯人捜し」が始まってしまうだろう―</p><br><p>これらの深雪の心理描写は神業だ。赤川次郎ってサラリーマン経験ないよね？あったとしてもＯＬじゃないよね？どうしてここまで事情が分かるんだろう。OLの昼休みのお喋りや女子会にでも参加しているのだろうか、赤川次郎が。</p><p>そう、大川みたいに一見、部下が迷わないように強く指示を出してくる上司はいる。でもそれによって部下がある所では窮地に陥ることになるのを知らないし、知ってもかばってくれない。</p><p>男は庶務の女性のお茶出しに感謝しても、その女性が飲み終わったお茶をさげていることには気づかない。でも、確実にさげているのだ。だから今日も会議室が使えるのだ。それを赤川次郎は知っている。</p><p>他にも、深雪が啓子に矢沢の送別会の案内状を作らせるのに業務時間には絶対やらせなかったり、プリントアウトするにも会社の紙を１枚も使わないよう気をつけるシーンが出てくる。会社ってやつは社員の能力の優れた部分を評価するのは本当に下手な代わりに、「仕事中に関係のないメールを打った」等という「落ち度」を指摘するのは大得意なのだ。本筋の仕事がいくら出来ようと、誰の目にも明らかなルール違反をした者は厄介者扱い。そんなつまらない所で評価を下げないというのも会社員に求められる重要な能力になってくるわけだが、そこを分かっている深雪はやはりデキる社員なのだということがわかる。なかなか渋い「会社あるある」だが、赤川次郎はこれも知っている。</p><p>取材で分かるものなのだろうか？ＯＬにとっては言われてみれば思い出すレベルのありふれたシーンを、ここまで鮮やかに切り取って見せる手腕には脱帽としか言いようがない。</p><br><p>深雪の恋は不発で終わるし、送別会にも主役の矢沢は現れない。</p><p>でも私は、矢沢がスキャンダルを起こしたと社内で誤解され、送る側の出席者も軒並み来ない送別会の席で深雪の後輩の坂井啓子と厳しい先輩の芝田夏子は来てくれた、そのシーンが好きだ。うわべではない関係で結ばれた深雪・啓子・夏子の姿がとても素敵で、心が温かくなる。こんなシーンをありがとうと言いたい。</p><br><p>自分の経験したこともない世界をどれだけリアルに描けるか。</p><p>脚本家をめざすにあたり、私が一番不安に思う点である。経験のあることでさえうまく表現できないと言うのに、いつか経験の引き出しが空っぽになった時に、知らない世界の情報を仕入れて消化できるのだろうか？逆にそれが出来れば書くネタに困ることはずっとないわけだ。</p><p>大丈夫かなあ、私にできるかな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotetsu87085/entry-11985402652.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Feb 2015 00:29:53 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ <p>「ドラマチックに生きろ！」というタイトルには２つの意味をこめた。もちろん、人に対して生き方を指南できるような人間ではないので、自分自身に対するメッセージというか、「喝」だ。</p><br><p>ひとつはそのまんま、「人生を劇的に面白く楽しいものにしよう。時には激しく泣いてもいい。感情豊かに生きていこう」という意味。</p><p>私は３５歳独身、メーカーの営業部門で働いています。都内で一人暮らしをし、休日は趣味のスポーツクラブに行ったりひとりでカラオケに行ったり、カフェで読書したりして過ごすのが常。ほんの時々、友人と会う予定が入るくらい。ああ、書いているだけでつまんない！！ダメダメ、こんなの読んでいる人まで気が滅入ってしまうわ。とにかく、普通の毎日を重ね、普通の１週間を積み上げ、気づいたら普通に人生終わってた、うわー、やっちまったなと思いながら死ぬのはゴメンなのです。「普通」の定義はきちんとしないといけないね。私の場合、喜怒哀楽の針がどこにもふれない状態が「普通」。うれしいたのしいはもちろん大好き。悲しくたってつらくたって、何もないよりはずっとマシ。昔、大失恋して毎日泣いていたら涙袋が大きくなって結果的にちょっと顔が可愛くなった。あくまでも前の自分と比べて「相対的に」だけどね。胸が張り裂けそうな思いを抱えて過ごす日々も、きっと何かプラスのことを運んでくれる。可愛くなったり、泣きながら見上げた星空の美しさに気がついたり、中島みゆきが上手く歌えるようになったり。あと月並みだけど、人の痛みが分かるようになるというのは大きいかな。</p><p>結婚や出産を経験していれば感情が揺さぶられることはたくさんあるんだろう、きっと。一人暮らし歴17年の私はもう、誰かと一緒に生活するという感覚が薄れつつある。自由気ままでいいけれど、やっぱり感情面はフラットになるよね。夫や子どもという、大切な愛する人がそばにいるからこそ気持ちは激しく揺れ動くものだと思うから。といって、ないものねだりしてもしょうがないの。今、私はひとり、彼氏なし。アラサーのつもりでいたら既にアラフォー。勤めている会社は業績悪くて崖っぷち。私の人生に明るい材料はそんなにないの。寂しく貧しい老後のことを考えたら、動悸までしてくるよ。でも大丈夫。それならそれで、自分の置かれた状況を精一杯、面白くするにはどうしたら良いかを考えよう。特別なことじゃなくていい。注意深く周囲に目を向けていたら、ドラマチックの種はたくさん転がっているのだから。</p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　◆　　　　　　　　　　　　◆　　　　　　　　　　　　◆<br><p>ふたつめは、私はドラマを見るのが好きなんです。さらに言うと、脚本家になりたいのです！！３５年を経ていろんな可能性が削ぎ落とされ、最後に残った私の夢。</p><p>私は大事な時期に本当にバカだったから、仕事の選び方を少し間違えた、気がしている。私は私が思うほど、組織で何かを成し遂げられる人間ではなかった。なのに、モノをつくっている大きな企業を目指し、専門知識もないくせに、創造的な人間の仲間入りをしたいと願ってしまった。自分が何をするかではなく、どこに身を置くかを考え、素晴らしい組織の中にいれば自然と自分も磨かれていくような期待を抱いてしまった。だけど、そもそも私はチームプレーに向いていない。中学のバレー部では最後の総体でセッターとしてミスを連発しチームを敗退へと導いたし、大学の部活ではキャプテンに名乗りを挙げて、投票の末あっさり他の候補者に決まった。今までそこそこ上手くいったのは、書道やスポーツクラブで黙々と習ったダンスや、こうして文章を書くことだ。選ぶべきは個人プレーで成り立つ仕事だったはず。人は得意なことで結果を出すのすら難しい。苦手分野でどんなにあがいたってダメなんだ。だから早々に、私は自分の土俵にあがらないといけないのだけど、「軌道修正」ってやっぱり難しい。人生は何度でもやり直せると、皆が言うのはナゼ？ものすごく勇気がいるし、大変なことだよ？</p><br><p>前置きが長くなりましたが、脚本家になりたいという話でした。なかなか本題には入れないのは私の悪いくせ。こんな風だから幸せをつかみそこねるんだ…というのも余談。</p><p>ドラマはいい。最近特に思います。好きなドラマや脚本家については、このブログで存分に語りたいと思っています。私の感情を刺激してくれる大切なもののひとつ。私も誰かの心を動かす人間でありたい。せっかくこの世に生まれてきたのだから、人を幸せにしたい。近くの家族はもちろん、見も知らぬ人が私の創り出す何かで楽しい気分になれるなら素敵だ。―今夜はあのドラマがあるから、昼間の仕事がんばろう。わーい、始まった。１週間待ち遠しかった。この時間は頑張ったごほうびだ―ドラマが好きな人はそんな風に考える。たとえば私が仲の良い友人と１週間後に会う約束をしたとして、その友人は私と会うことをどこまで楽しみにしてくれるだろうか？私と会うために仕事を頑張ろうなんて思ってくれるかな。私はあるよ、あの人と会えるから頑張ろうと思うこと。でも相手からそう思ってもらえる自信はない。心から人を楽しみにさせるなんて、簡単にできることではない。そう考えたら、ドラマの力はすごいなと思う。テレビの力はなんだかんだで大きくて、良質なドラマが放送されたらそれ多くの人の心の栄養源になる。</p><p>ドラマは一人で作るものではなく、脚本家がいて、演出家や監督がいて、美術や照明や音響のスタッフがいて、役者がいる。結局チームプレーだけど、脚本は脚本家個人が孤独に書き上げるものという印象がある。独力で生み出された脚本が起点となり、多くの人の才能が結集して、人が毎週楽しみにするドラマができあがる。私はその孤独な部分を請け負いたい。いや、請け負わせてください！ひとりなら、いい仕事するかもしれませんので。</p><p>それに、ドラマは人間の弱い部分をたくさん描く。どんな仕事においても、成功体験だけでなく失敗が大きな糧となるのは間違いない。が、今私が従事している営業の仕事などでは成功の割合が大きい方が良いような気がする。「自分に自信を持つ」ことが、営業マンとしての輝きにつながるからね。</p><p>でも、脚本を書くなら失敗が多ければ多いほど良いような気がする。（「気がする」ばかりでスミマセン。）少なくとも挫折をひとつも知らないような剛の者に、人の弱さや切なさを表現するのは難しいと思う。私は失敗や挫折の経験には事欠かない。そりゃもう嫌になってしまうほどに。でも、脚本家をめざそうと考えてからはそれらが貴重な宝物に思えてきた。人間関係も楽になったよ。嫌なことを言ってくる奴がいたら、「いつか脚本のネタにしてやっからな！！」と、心の中でビシッと言ってやればその人に打ちのめされることなんてない。「いいネタを提供してくれてありがとよ」という気にすらなる。そしてなぜそんな嫌なことを言うのか、「理由」を考えるようになる。</p><p>こうして、「私は脚本家に向いている」という仮説を着々と構築してきたわけですが、肝心の作品は全然書けていません！いくつか書いてみてはいるのですが、途中で展開に行き詰ったり、書いているうちに「はあ、つまんね」と飽きてしまうのです。でも、それはこれから。まずは野望を、夢を抱くことが大事…なはず。才能がなければ努力するしかない。</p><p>　　　　　　　　　　 ◆　　　　　　　　　　　　◆　　　　　　　　　　　　◆<br>このブログは、夢のためのネタ帳にするつもりです。私を楽しませてくれる人やドラマや本、そこに散りばめられた言葉について、たくさん書き留めていきたい。</p><p>未来に待っているはずの、ドラマチックな人生に乾杯。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kotetsu87085/entry-11983706330.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Jan 2015 21:56:37 +0900</pubDate>
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