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<title>母には憎しみしかない。</title>
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<description>いつか大人になれば、何故母からあんな仕打ちをされていたのか理解できる日が来るのかと思っていましたが、40歳目前になっても、あの日の傷みは痛みのまま。ならば、認めるしかない。母には憎しみしかないことを。母への憎しみだけを綴ったブログです。</description>
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<title>本当は、理解したかった。</title>
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<![CDATA[ 小さな頃から、母から受容された記憶がない。<div><br></div><div>常に怒鳴られ、馬鹿にされ続けた記憶しかない。</div><div><br></div><div>本当に、ただの一度も、優しくされた記憶がないのだ。</div><div><br></div><div>だから、母に感謝したことも、一度もない。</div><div><br></div><div>40歳を目前にした今の年齢ですら、そのことを恥ずかしいと思っている。私だって、母に感謝していると、今までは何もできなかったけどこれからは親孝行するんだと言ってみたかった。</div><div><br></div><div>でも、本当にないんだ。</div><div>母への感謝の気持ちが。</div><div>少しも。ひとつも。</div><div><br></div><div>幼少期から、いちばん身近な母が理解出来なくて、様々な書籍を読んでいた。ある程度の年齢になると、アルバイトやボランティアなど、意識的に沢山の人に会うようにしてきた。意識的に沢山の男たちと恋愛もしてきた。沢山沢山、意識的にサンプリングしてきたのだ。人を。</div><div><br></div><div>どれだけ沢山の人に出会ってきても、母を理解する助けにはならなかった。</div><div><br></div><div>私はずっと「お前はおかしい」と言われて育ってきている。ということは、母は正常なわけで、世の中はは母に似た性質の人が多いに違いない。沢山の「母のような人」に出会えば、私は対処方法を学べるのではないか。私は本気でそう考えていた。</div><div><br></div><div>結果。</div><div>母のように、理解出来ない生き物には出会わなかった。</div><div>どの人も、確かに私とは違った考え方、価値観、物の見方をしていたけど、言葉を交わして理解し合うことが可能だった。中には理解に苦しむこともあったけど、ちょっと距離を置いて俯瞰で見て見れば、考え方の道筋は理解出来た。</div><div><br></div><div>他人は優しかった。</div><div>私のことを好きだと、可愛いと、綺麗だと、君がいちばん大事だと言ってくれた。同性の女の子たちも、あなたは頭がいい、懐が深い、話していて楽しいと言ってくれた。</div><div><br></div><div>最初は信じられなかった。</div><div>頭がおかしいと、実の母から言われ続けている私に、本気で言っているの？</div><div><br></div><div>そうやって、他者との出会いを繰り返していくうちに、母への理解出来なさは、純粋な憎しみに変わっていった。</div><div><br></div><div>いつも大声で、目立ちたがり屋で、見栄っ張りで、誰が話していていても、自分の話にすりかえる、おかあさん。</div><div><br></div><div>友達の家に招待されたら、その家の間取りや、夜ご飯のおかずに何が出されたかを、思い出せないよと言っても許してくれなかったおかあさん。</div><div><br></div><div>ただの一回も、お小遣い日と決めた日に、お小遣いをくれなかったおかあさん。</div><div><br></div><div>お腹が痛いと言っても、病院行っておきなさいよ～と言ってダンスレッスンに出かけていくおかあさん。</div><div><br></div><div>洗濯されたシャツも靴下もない状態にしていた、専業主婦のおかあさん。</div><div><br></div><div>おかあさん。</div><div><br></div><div>これが私のおかあさん。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kotsubujyako/entry-12439604921.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 13:21:25 +0900</pubDate>
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<title>理解出来ない生き物</title>
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<![CDATA[ 私の人生で最も理解出来ない生き物が、母だ。<div><br></div><div>母は継母でもなんでもなく、血が繋がった母だ。幼少期に親戚の家に預けられていて離ればなれだったとか、父親がいなくて母が働きづめだったとか、そういう事情も我が家にはない。</div><div><br></div><div>会社役員の父、専業主婦の母、3つ下の弟という、よくある図の家庭だった。</div><div><br></div><div>そう、私は幼い時から、我が家はそんなに特殊な要因で形成されてないということは分かっていた。</div><div><br></div><div>なのに。</div><div><br></div><div>なぜ母はあんなにも、大声を張り上げて怒鳴り散らしていたのだろう。</div><div><br></div><div>朝の食卓から、夜の就寝時間まで、私の記憶は母の怒号に満ちている。</div><div><br></div><div>怒鳴り散らしていない時は、私のことを馬鹿にしてからかっている時だけである。</div><div><br></div><div>太ってる、髪型が変、一人がっしりしている、そんなことで泣くなんておかしい、冗談が通じない、気が狂っている、褒めるところが何もない、太っているから何も食べないで。</div><div><br></div><div>今思い返しても、涙が出てくる。</div><div>なぜこんなことを言われなくてはならなかったのか。</div><div><br></div><div>母の怒号で手が震えて、朝食のテーブルで牛乳を溢したこと。それを見てさらにボルテージが上がる母。</div><div><br></div><div>殺してくれ、と何度も思った。</div><div>死という概念は、私には救いの象徴だった。</div><div>こんなに出来の悪い子供なら、殺してくださいと。そんな風に思っていると知られたら「あんたはまた逃げることばっかり考えて！弱いのよ！自分に甘いの！」と、さらに母に怒鳴られたことだろう。</div><div><br></div><div>早く、早く、大人になりたい。</div><div>朝から怒鳴られたりせず、安全で、清潔で、普通の口調で話しが出来る環境にいきたい。自分でお金を稼いで、必要なものをちゃんと買えるようになりたい。必要なものですら、物乞いのように何度も何度も乞わなければ買ってもらえない環境から抜け出したい。ずっとそう思って生きてきた。</div><div><br></div><div>そんな私が、恋愛に救いを見出したのは自然な流れではないか。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kotsubujyako/entry-12439600477.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 13:03:05 +0900</pubDate>
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<title>絶叫の中で目覚めた</title>
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<![CDATA[ 今日という日を忘れない。<br><br>どうしても今日からブログを始める必要があった。<br><br>妊娠してから頻繁に、母の夢を見るようになった。<br>内容はいつも同じ。<br>母親に、烈火の如く痛烈な言葉を浴びせている。母親は反論せずに聞いている。私の絶叫は止まらない。激しく叱責し、「感謝を感じたことなど一度もない！」と身体が痛いほど力強く叫ぶ。叫んでいる最中に目が覚めるが、目が覚めても身体の緊張が解けない。呼吸も荒く、動機がしている。<br><br><br>今朝は特に酷く、会社に行けない有様だった。<br><br>会社の最寄り駅まで行けば、会社に行く気力が出てくるかと思ったが、気がつけばⅠ時間以上カフェでコートも脱がすに座りっぱなしだった。まだ変なリズムで打ち続ける心拍を感じながら、ブログを書こう、と決めた。<br><br>過去にも、ブログを書いていた時期がある。<br>その時には、とにかく面白おかしく、読者さんが喜ぶ記事を毎日アップし、コメントがつくことが生きがいだった。今回のブログは違う。誰かを喜ばせることの一切ない、誰にも話せなかった私の悲しみと怒りだけを綴りたい。<br><br>妊娠している今だからこそ、やらなければいけないことのように思う。<br><br><br>おかあさん。<br><br>なぜあんなにも、苛烈な仕打ちを私にしてきたのですか。答えてください。答えられないなら、死んでください。
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<link>https://ameblo.jp/kotsubujyako/entry-12439596436.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 12:45:32 +0900</pubDate>
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