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<title>とこーの片手間雑記帳</title>
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<description>片手間に書く雑記帳。</description>
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<title>片手間その１８</title>
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<![CDATA[ <p>昔々、その昔、、、というほどでもないちょっと前の話。</p><p>&nbsp;</p><p>「短頁」という野原がありました。</p><p>その野原を自由に歩き回っていたのですが、ある日ふと足元を見ると光る小石が落ちていました。</p><p>ずーっと歩き続けていると、光る小石は少しずつ増えていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>時には減ったり、時には光る小石でメッセージが書かれていたりもしました。</p><p>その光る小石は様々な色で、明るさで、温もりで光を放っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>光る小石を覗き込んでみると、その落とし主の住んでいる世界と思われる風景が少しの時間流れました。</p><p>そして野原にいるのが自分一人ではない気がしました。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、「短頁」が立ち入り禁止になりました。</p><p>足元に落ちていた光る小石も、もうありません。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも瞼にはまだ、光る小石の残光が映っています。</p><p>少しの思い出と、これからも続く未来を照らすように。</p>
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<pubDate>Wed, 22 Jun 2022 00:35:59 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１７</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/a8/fe/j/o2808200015134468867.jpg"><img alt="" height="299" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/a8/fe/j/o2808200015134468867.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/05/51/j/o2908201215134469066.jpg"><img alt="" height="291" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/05/51/j/o2908201215134469066.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/0e/34/j/o2912200415134469086.jpg"><img alt="" height="289" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/0e/34/j/o2912200415134469086.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/ad/6e/j/o2893195215134469091.jpg"><img alt="" height="283" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/ad/6e/j/o2893195215134469091.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/31/da/j/o2948200815134469114.jpg"><img alt="" height="286" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/31/da/j/o2948200815134469114.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/5f/8c/j/o2889196415134469129.jpg"><img alt="" height="286" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/5f/8c/j/o2889196415134469129.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/3e/a8/j/o2908201615134469148.jpg"><img alt="" height="291" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/3e/a8/j/o2908201615134469148.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/d8/27/j/o2968200815134469155.jpg"><img alt="" height="284" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/d8/27/j/o2968200815134469155.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/86/0b/j/o2893194815134469175.jpg"><img alt="" height="283" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/86/0b/j/o2893194815134469175.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/d8/27/j/o2968200815134469155.jpg"><img alt="" height="284" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/d8/27/j/o2968200815134469155.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/f6/c7/j/o2920202015134469216.jpg"><img alt="" height="291" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/f6/c7/j/o2920202015134469216.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/87/6d/j/o2968200815134469239.jpg"><img alt="" height="284" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/87/6d/j/o2968200815134469239.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/c4/b5/j/o2900201615134469257.jpg"><img alt="" height="292" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/c4/b5/j/o2900201615134469257.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/43/4d/j/o2889195215134469281.jpg"><img alt="" height="284" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/02/kouryoku/43/4d/j/o2889195215134469281.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Sat, 18 Jun 2022 02:56:47 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１６</title>
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<![CDATA[ <p>個人的に世の中の出来事はほぼ100％『運』で出来上がっていると考えています。<br>「努力する」ってことも正直「運が良い」から出来る事だと思うのです。<br><br>で、現状を憂う言葉として「時代が変わった」や「時代が悪い」と言った言葉がありますが、以下のマキャベリの言葉を贈りたいと思います。<br><br><a href="http://bloom.at.webry.info/200606/article_1.html" style="color: rgb(0, 191, 0);" target="_blank" title="">“「今までも幾度となく述べてきたように、人の運の善し悪しは時代に合わせて行動できるか出来ないかにかかっている。ある者は激情で行動して成功を収める者もいれば、慎重に行動して成功する者もいる。 今、栄えている人物が急に没落したり、行動は変えていないのに、運によって栄えたりするのは何故であろう？ その理由は、彼らの器量や能力よりも、彼らの行動が時勢に合ったかどうかによって成功は決定されるものであって、仮に彼らの成功が永続していたのならば、それは時代の要求によって彼らが自分自身を自在に変化させてきた証である。」”</a><br><br>これは「時代」のせいにすることの無意味さをよく表現していると思います。勿論、単に時代に迎合することが「時代に合わせて行動できる」ということではないと思います。<br>だからこそ、「時代に合わせる事が出来る」ということが『運』にかかっており、全てに通じて言える事だと思うのです。<br><br>その上で「時代に合った行動が出来ないのは運が悪かったから」としてしまっては本当に「運が悪かった」で思考も行動も止まってしまいます。<br>『運』というのはまったく人がコントロール出来ないものでもないと思います。<br><br>「運が良いから運を良く出来たのか、運を良くしたから運が良くなったのか」なんだかわけのわからん屁理屈みたいな話ですが、後者の行動を人は起こせるのではないでしょうか。<br>それはその為に「時代を読む、そして行動する」ということをするかしないかではないでしょうか。<br><br>大局的な見方をすれば全て『運』なのですが、人は意志を持って行動し『運』と関われるものだと考えています。<br><br>またもマキャベリの言葉をご紹介。<br><br><a href="http://bloom.at.webry.info/200606/article_1.html" style="color: rgb(0, 191, 0);" target="_blank" title="">“「私は、はっきりと言う。 慎重であるよりは、果敢であるほうが良いと断言する。 なぜなら、運命の神は女神であり、彼女に対して主導権を得ようと思うならば乱暴に扱うことが必要なのだ。 運命は冷たいほど冷静に対してくる者よりも、征服したいという欲望を露わにしている者になびくようである。要するに運命は女に似て若者の友である。若者は思慮に富んでいないが為に、後々のことを考えず、より激しくより大胆に女を支配するからである。」”</a><br><br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 28 Mar 2013 11:34:41 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１５</title>
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<![CDATA[ <p>以前、『プライド』に関して書いたのですが、ようは「傷つくのが嫌で自分が守らなくてはいけないものはプライドじゃなくって弱点なわけで、生身の自分を支え守る強さがプライドである」ってことです。<br><br>まぁ、その『プライド』も自分や周りの環境によって積み重ねられて作り上げられるんだと思うのです。<br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 28 Mar 2013 11:30:28 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１４</title>
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<![CDATA[ <p>ないモノ・コトばかりに囚われるのが『貧しさ』で、あるモノ・コトを活かすのが『豊かさ』である、ってなことを感じます。<br><br>で、「ないモノ・コ」を「あるモノ・コト」へもっていくのがビジネスなんだと思います。<br><br>人様が感じている『貧しさ』を『豊かさ』へ変えるのが本質で、『豊かさ』を奪って自分の富にするのがビジネスではないと思うのです。<br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 28 Mar 2013 09:48:46 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１３</title>
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<![CDATA[ <p>基本的に人は変化を嫌う。<br><br>刺激を求めてアクティブに動く人といっても基本的に自分のパターンは出来上がっているものだと思いますねん。<br>まぁ、それはそれとしていいのですが、何か行動を起こそうとする時に『不安』という奴が頭をもたげてきて動こうとする自分をその場にとどめようとします。正確にいうなればとどまる意思決定をするのは自分なのですが。<br>行動した先に待ち受ける不安がちらついた時に、人は自分が今いる場所に立ち止り、かりそめの安心感があるからこそ、そこに居続けるわけですがそこは安住の地ではなく実際はそこから動き出せない『不安』と同居する住まいだと思います。<br><br>「ダメになっていく人の共通点として、『自分から何も動こうとしない』というものがある」という話は大変興味深いです。<br><br>自分から動き出すことへの不安と同居するがゆえに、漠然とした将来への不安というものが常に付きまとうのではないでしょうか。時としてそれは「面倒くさい」という言葉に変わる場合もあるわけですが。<br><br>まぁ、「自分から動き出せずにダメになっていく」か「自分から動き出して周りをダメにしていくか」の違いだったら前者の方が社会的には良いのかもしれませんが。</p>
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<pubDate>Mon, 25 Mar 2013 04:06:44 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１２</title>
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<![CDATA[ <p>個人的に思う事ですが『プライド』というのは人「を」守るもので、人「が」守るものではないのではないかと。<br>「を」と「が」の違いですが、前者も後者も「は」で表現できると言うのが日本語の面白いところだと思います。<br><br>さて、『プライド』というのは例えば家のようなものだと。<br><br>生活の基盤を守る家。「三匹の子豚」に出てくる、吹けば飛んでしまう藁の家、木の家。そして、頑丈なレンガの家。<br><br>地震や火事で消失してしまう事があるかもしれませんが、住む人がいれば再興出来るものです。<br>結局、最後には住む人がいなければ空っぽで寂れてしまうものです。<br><br>大切なものですが、それに振り回されていては意味がないのでは。<br><br>案外、家のない人の方が気楽で良いのかも？<br><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kouryoku/entry-11496801343.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Mar 2013 17:20:36 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１１</title>
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<![CDATA[ <div>“古代ペルシアの呪いに、「おまえの願いがたちどころに叶うように。」というものがある。古代ペルシア人は、自我の増長の先にある破滅をよく知っていたのだろう。”&nbsp;<br><br>抑制の効かない力を持ってしまうと自分にも周囲にも良くない結果を生んでしまうのだろう。<br><br>いるかわからないが、持ち上げてくる人間には気を付けた方が良い。</div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/kouryoku/entry-11495601444.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 10:07:42 +0900</pubDate>
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<title>片手間その１０</title>
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<![CDATA[ <p>自分の中に『正義』という観念があると、『悪』と認識した相手には「何をやっても許される」くらいの意識が生まれて制裁を下す!!ってな勢いで無茶しかねないので、ある意味「悪意」よりも取り扱い注意だと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kouryoku/entry-11495473205.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 02:45:56 +0900</pubDate>
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<title>片手間その９</title>
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<![CDATA[ <p>人間、山奥にひっそりと一人で暮らしているのでなければ誰かと接して生きているわけです。(いや、最近はヒキコモリという生き方もありますな)<br>そうすると自然と他者からの「評価」を受けています。それは評価される方もする方もほとんど無意識でしょう。<br><br>よく「人の評価なんて気にする必要はない」という意見もありますが、賛成出来る意見ではないと思います。<br>現実的にどんな理不尽な評価を下されようが、評価する方はそう受け取ったわけですから変えようがない。変えられるとするならば「伝える内容」か「伝え方」しかないと思います。他者が受け止めた結果をまた自分が受け止めなくてはならない。そしてまたその結果を他者に……。そうやってコミュニケーションが成立しているのだと思います。<br><br>さて、その評価にしても「キツい一言」かもしれませんし「大絶賛」かもしれません。そしてその評価が「天使の呟き」か「悪魔の囁き」かもしれません。<br><br>ようは他者からの評価は受け止めるが、評価軸を他者に委ねない事が肝要だと考えています。<br>そうすれば他者からの評価の受け止め方、返し方。そしてその評価が「天使の呟き」か「悪魔の囁き」かも自分なりに判断出来ると思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kouryoku/entry-11494340302.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Mar 2013 14:19:02 +0900</pubDate>
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