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<title>コーワコスメティックのブログ</title>
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<title>父の物忘れ＞＜</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。創業祭の準備でしばらくブログを更新できずにすいませんでしたｍ(＿＿)ｍさて今回は、父、昭介(８７才)を家に残し、母、幸枝(８２才)を大阪城の３Ｄプロジェクションマッピングに連れて行った続きになります。<br><br>　慣れない坂道を結構な時間歩かされた事で、母はぶんむくれ状態でしたが、マッピング会場に着く前に光の回廊があり、鮮やかな光の洪水の中を通り抜けながら、「キレイ！」「可愛いい！」と歓声を上げつ内、次第に機嫌も直り、ジュエルイルミネーションショウ(日本最大らしい)と大阪城３Ｄマッピングを約１時間たっぷり楽しんで最後には「ああ、良かった。よう連れて来てもらった！」と大満足で、私もようやく肩の荷を下ろしました。西の丸庭園の出口を出たところで迎えに来た顕志の車に乗り込みホッとひと息。<br><br>　ところで、１週間位前から私達が大阪城へ行くという事は何度も父に言いきかせていました。(父はあっさり「家に居ときたい」)特に前日から当日の朝にかけては、繰り返し、主に昼食や夕食についての注意事項を伝えていましたが、父は「分かった、分かった」と言うだけで何の問題も無さそうなそぶりです。<br><br>母はそれでも出先から何度も電話をかけては「まだ天満橋でぶらぶらしてて、もうすぐ夕食やから。夕食の事、分かってるよね？」<br>「全部見終わったよ。キレイやった。顕ちゃんの車に今乗ったから、あと１時間位で家に着くから」<br>「今松原のインターチェンジ過ぎたから、後３０分で家に帰るから」<br>と、そこまでする？って位父に念をおしていました。が、私達が玄関のドアを開けるや血相を変えた父が飛び出して来て<br>「一体どこに行ってたんや!?」<br>(だから、大阪城に行ってたんです!!)<br>又同じ説明を繰り返しても父の怒りは治まらず、母に噛みついているので、ついに堪忍袋の緒が切れた私は、<br>「だからね！デーケアに行った方が良いよ。この１週間ずーっと大阪城の事も話してたし、今日だけでも４～５回電話入れてるのに全く覚えておかれへんとしたら、それボケてるって事でしょう？店のお客様のご家族も行ってはるけど、デーケアに行ったらボケてはったのが、止まったり回復するんやって。行かれへんかったらどんどんボケが進んでしまうんよ！デーケアに行ったらボケてはったのが、止まったり回復するんやって。行かへんかったらどんどんボケが進んでしまうよ！デーケアに行きなさい。」と力説。じーっと私の話に耳を傾けていた父は、<br>父「ふーん。せやけどワシがそんなん行ったら、ここへ何しに来はったんかって言われへんか？」と父<br>私「どうゆう事？」<br>父「せやから、あんたみたいな物の分かった人が来るとこちゃいます、言われへんか？」<br>ってあのねぇ…。<br>気付かず、壁に向かって力説していた私なのでした。<br><br>この父親のデーケア問題はまだまだ続きそうです。<br>父が行けば一番楽になるはずの母が余り乗り気でないのも気懸りなところです。<br>では皆様来週までお元気で。<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a><br>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-12007222359.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Mar 2015 18:03:42 +0900</pubDate>
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<title>大阪城プロジェクションマッピング！</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br><br>いきなりですが、父、昭介(８６才)のボケッぷりが止まりません。とにかくどんどん忘れてゆき、「知らされてなかった！」と激怒します。昼間ほとんど二人きりで過ごす母は、ストレスが増すばかり。自然に母の関心は「外へ外へ」「キレイなものへ」と向かうのです。<br><br>一昨年から始まった大阪城の３Ｄプロジェクションマッピングも、もう２年越しで「行きたい～！」を繰り返していたので、(もしこのまま忙しい、忙しいと先延ばしにしてて、後悔する様な事が起きないとも限らない…)なんて思いがふと浮かび、とうとう二人で大阪城へ出かけることになりました。<br><br>プロジェクションマッピングは初めての事、すぐチケットが手に入るか、要領良く動けるかも分らないのでとりあえずツアーに申し込みました。集合場所の天満橋までは顕志(息子)に送ってもらい、集合時間まで２時間以上あったので、母と二人でシティモ(シティーモール)をぷらぷら。顕志が高校生の頃(大阪工業大学高等学校)保護者面談の後の疲れた心を癒していましたが、テナント店もすっかり変わっていて、時の流れを実感しました。<br><br>　さてビジネスホテルでの簡単な夕食の後、天満橋から水上バス、アクアライナーに乗って大阪城港まで約３０分。息子が小さい頃何度か乗った事のあるアクアライナー、川から見上げる夜の大阪の町がこんなに素敵だったとは…。船場育ちで(次女だった母は、お店の人から「なかんちゃん」三女の叔母は「こいちゃん」と呼ばれていたそうです。)青春時代を大阪市内で過ごした母も「こんなきれいな大阪、初めてやわ。(このツアー)お値打ちあるわぁ！」と、ライトアップされたビル群をうっとり眺めていました。<br><br>と、ここまでは順調だったのですが…<br>下船後、ツアーガイドさんから、老若男女(２才児～８２才の母まで)約３０名のグループで移動するので(中年女性のペアやグループ、熟年カップル、小さな子供連れのママ友達etc実に様々)「大阪城の中に入る前にチケットをお配りしたらそこで解散します。皆さんそれぞれ歩かれるペースがおありとは思いますが、今日は私もゆっくり歩いてゆきますので、なるべく歩調を合わせて頂き、そろって移動できますようご協力をお願いします！」<br><br>その日は朝方みぞれが降る寒さで、雨はすぐに上がりましたが寒さは残り、天守閣を遥かにまわり込むように歩き歩き見上げると、道は夜の暗さに沈みながら、空には青空が残り、夕焼け雲がぽっかり浮かぶ、何だか不思議な風景です。<br><br>そんな中に浮かび上がる大阪城の姿もミステリアスで、母が「夜にお城をこんな真近で見上げるのは、何１０年振りやろう！」と感激した様子。しかし、その感動は長くは保たず、延々と続く(母にとって)坂道を登る内、段々と不機嫌になって来(私の右腕にぶら下がるようにして歩いていたので)突然「一寸、もう、この手、取ってくれんでいいわ！股関節伸びてしまいそう。ずーっとカニ歩きみたいになってたん、気付いてた!?」と切れ気味に。<br><br>それでも他のツアー客からはかなり遅れをとっているので、(私だけ先に行ってチケットだけ受け取ろうか？いや、その間に一人で歩いてる母がころんだりするかも…)と俊巡しながらも、結局は時々母の手を取って露骨過ぎずに、急かしつつ、何とか既に集合している他のツアー客が手持ち無沙汰にしている所にやっと到着！<br>母の眉は限界まで釣り上がり、まるで鬼の形相です。もう、ここで帰りたい位の達成感がありました。<br><br>この続きは又来週。次回は父昭介が活躍(？)します。<br>気温の変化がめまぐるしいので、皆様お風邪等にお気をつけて。<br>それでは又来週！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11997341673.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2015 18:15:32 +0900</pubDate>
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<title>最強のイッチノンＡＤクリーム！</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは！ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>先週は月末セールの準備で忙しくなり日記の更新ができませんでした。すみませんｍ(＿＿)ｍ<br>大分春らしくなって来ました。今冬当方は、一度も雪で交通マヒ状態になることもなく、それでも寒さは厳しかったのですが…。関東から以北は随分雪の被害が出ていましたね。<br><br>　さて、もう春！って事でしょうか？いつも暗くなってからしか帰宅しない私達が昼間に用事で自宅にひょっこり寄ってみると、庭のキンカンを目当てにルリカケスやヒヨドリ、メジロが来て、可愛い姿や綺麗な羽根をたっぷり見せてくれます。そんな時間に駐車場で人の出入りが少ないため、無防備で、少しあわてていておかしいです。<br><br>何となくいつも同じ(おなじみの)鳥が来てくれている気がします。服装が同じ(当たり前か？)ってだけじゃなくどことなく、体格というか、身体つき(大柄)、仕種(首のふり方)習慣(常に同じ枝に止まる)等、見ていてあきません。常は、部屋の出窓やベランダからの観察です。隣りで一緒に見ているこぞちゃん(もうすぐ１才のオス猫)は「ニャッニャッニャッ」と小声を漏らし、じだんだを踏んでます。「くやしいです！」ってところでしょうか？<br><br>　この季節花粉やＰＭ２.５も到来して、お鼻はぐずぐず、乾燥やポツポツで、お肌もなかなか安定してくれません。こんな時期はやっぱりイッチノンＡＤクリームです。ＳＣＨマーメイドでは「いつでも、どこでも、どなたでも」イッチノンクリームをおすすめしています。<br>イッチノンに含まれるセラミド３は、ヒトのお肌に含まれるセラミド１～７までの中でも、最も多く含有されている成分で、お肌にのせてしばらくすると、やさしく肌に浸透し、セラミドがお肌の中で「水を抱える」しっとりモチ肌を実感！うちに買いに来られるお客様も大半がリピーターで「やみつきクリーム」等を呼んで頂いてます。<br><br>この原稿を書いている私は、今少し乾燥気味。２日前の夜ハサミを入れて使いきったイッチノンクリームを、買って帰るのを忘れてしまったから…。認知症かなぁ？イッチノン忘れるなんて、残念！今日こそ買って帰ろ。<br><br>皆様来週まで乾かないでね！<br>それでは又来週！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11994062852.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Feb 2015 17:55:25 +0900</pubDate>
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<title>続・続・プチ同窓会</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>今回もプチ同窓会の続きになります。すみません。今回で完結します(別に起承転結がある訳ではありませんが)。<br><br>　さて中学の同級生、Ｋ君の日本料理の店で昼食をいただいた後、店を出て、彼の料理工房の２階で、Ｋ君のお手前でお茶を頂く事になりました。Ｓちゃん、Ａちゃん、私、Ｉさん、そして少し離れてＭ君とＹ君が神妙な顔つきで座っています。もう随分お濃い茶を頂く機会のなかった私は、座るとすぐに<br><br>「私は、おうすでお願いしまーす！」<br>と言いました。するとすぐ他の女子３名も<br>「私もおうすがいい！」<br><br>ただ今修行中で、お茶の腕前(？)を見せたかったのか、ややがっかりのＫ君は<br>「エッ皆おうす？じゃあ野郎は濃う茶にせえ！」<br>Ｍ君Ｙ君はニヤつきながら<br>「じゃあオレはダージリン」<br>「オレはミルクも入れてな」<br>と口々に冗談ばっかり。<br><br>Ｋ君のお手前が始まると、二人してＫ君をからかい出し、<br>「Ｋ、あんなご馳走ただで出してもらって、また、お茶まで悪いのう！」<br>「今日は全部Ｋのおごりやもんなぁ！」<br>Ｋ君も本当なら無言でするべき所作を、茶せんでかきまぜながら<br>「じゃかましい、ボケ！黙っとけぇ」<br><br>目から入る情報と耳に入る音声のギャップ。常にクスクス笑いが響くお茶席。女４名がおうすを頂き終わると'野郎共'のお濃う茶の番に。先に出されたお茶碗をのぞいたＭ君の衝撃！<br>「何やこれっ！ドロドロやんか！」<br>隣りでのぞきこんだＹ君も<br>「うわっ気色わるっ。緑色の沼みたい。こんなもん飲めるかぁ！」<br><br>Ｋ君は澄ました顔で<br>「それはＭとＹの二人でお茶碗まわして飲むんや。(後番の)Ｙは残さんと吸いきれよ」<br>そうです。二人とも本当に'お紅茶'が出てくると思っていたのです。Ｍ君が騒々しく何とか飲み下して、Ｙ君にお茶碗を回すと、<br>「それであんたらは、'おうす'って言うてたんか！教えといてくれよ！Ｍ、どっから口つけたんや？なんでＡちゃんも濃茶にしてくれへんかってん!?」<br><br>と散々嘆いたあとやっと飲み干し、キッスばりに緑色になったベロを出して見せました。女性チームは涙を流して笑いころげ、その大笑いの最中にマーメイドのお客様から、「店で待ってるよー」のラインが入りました。私はＡちゃんと名残りを惜しみつつ「じゃあお先に！ごめんなさい。皆、元気でね！」と自分の店へ元気一杯駆け戻りました。何せ笑いがお腹いっぱい詰まってます。<br><br>その日の夜、ＡちゃんやＩさんからメールが入りました。<br>優等生然としているのに、ゴシップに強いＩさんは「誰が誰を好きだった」ネタにやけに詳しく、メールでも「Ｙ君はずっとＡちゃんが好きやったから、今日解散する時、Ｋ君から『オイ、Ｙ、お前Ａちゃんを新大阪まで車で送ったれ！』と言われ、それをＡちゃんが固辞すると、又Ｋ君がＡちゃんに『ええからＹに送ってもらい！その代わりごほうびにＹのほっぺにチュウしたってな』等と言って、Ａちゃんは遠慮してたけど、結局送ってもらって行ったよ(笑)」<br><br>Ａちゃんからは<br>「Ｋ君にＹのほっぺたにチュウしたってって言われてたけど、さすがに恥ずかしいので新大阪でハグして別れました」<br>とありました。良かったね、Ｙ君。<br>嬉し恥ずかしおじさんおばさん達の初恋物語の顛末でした。<br>あれっ？ちゃんと完結しましたね。では皆様来週までお元気でね。<br>それでは又来週！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11988113092.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Feb 2015 15:56:59 +0900</pubDate>
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<title>続・プチ同窓会２</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>今回はプチ同窓会の続きです。<br>何せ約２０年ぶり(Ａちゃん)、３０年ぶり(Ｍ君)、４０年以上会ってなかった(Ｙ君)そして数年ぶり(Ｓちゃん)、後は地元で日本料理の店をしているので年に数回は道で遭うこともあるＫ君と、去年の夏プチ同窓会で４人だけで集まった中の一人、Ｉさん。<br>　少し遅れて店に着いた私は、先に席に着いていたＡちゃん、Ｍ君、Ｓちゃん、Ｙ君の４名に軽く挨拶した後、手前に座っていた主賓のＡちゃんの隣りに座りました。<br>「久しぶりーっ！」と一気に気分は上げ上げ！不思議と女同士は、「変わってないねぇ～！」と思っちゃうんです。中学の頃のままやん、お互いに！<br>　ところが、Ａちゃんの隣りのおじさん(こっちもオバサンですが)、誰だか分りません。多分私の顔に「？？？」が貼りついていたのでしょう。その人も気まずそうに決して私と目を合わせてくれません。(誰？あんた、誰よ!?)と言いたいのを、ぐっとこらえて皆の話に追いつこうと耳を傾けていたら、(その時点で集まるメンバーについては全く知らされていなかったので)反対側の席に座っているＭ君(ズルッとベン髪風のハゲですが、３０年位前に既にこうだったので、すぐ彼と分りました)とのやり取りで、謎の人物がＹ君と判明。そして私より更に遅れてＩさんが登場。<br>　話題は中学の教室で先生が背を向けた瞬間に黒板に、消しゴムを投げては、別の子がキャッチする消しゴムキャッチから(遊んでる二人だけでなく、他の生徒も息をひそめてたので、ある意味共犯)、孫(のいる人は)の話題まで。その都度大阪のおっちゃん、おばちゃんらしく、ボケたり、つっこんだり、オチもつけながら、笑いころげてあっという間に時間が過ぎていきました。その間Ａちゃんは「大阪ってなんでこんなおもしろいん？」「大阪って何でこんなあったかいん？」を繰り返していました。<br>　Ｍ君はとにかく'おもろい'男子で、いつも笑いの輪の中心でしたが、勉強のほうは全然。今は大きな石材店を継いで、立派に切り盛りしていて、子供の頃の「おもろい」まま、どんどん友人の輪を広げ、石材店だけにおさまらず、紀の川祭りに屋台を出す等、テキ屋さんとも友達に。阪神淡路大震災の時、８００人前のお好み焼きを、一度に焼ける鉄板を、テキ屋さんから借り、ボランティアを集めて、お好み焼き１０００食分を現地に入って焼いたそうです。<br>　でもご家族を亡くされたり、家が倒壊してたり、心が折れて呆然とされている方には、いくら熱々のお好み焼きだからって食べには来てもらえなかったそうです。<br>「そんな人には、無理にでも、口まで持って行ったげなあかんねん」と、いつになくしんみり話すＭ君に、皆聞き入っていると、Ｉさんがうんとうなずきながら<br>「立派な事なさったんだねぇ…」<br>ビックリしたＭ君。<br>「何でそんな上から目線なんですか？」<br>学校のカイダンじゃないけど、子供の頃のヒエラルキーがゆるがないのを目の当たりにして、又々皆爆笑でした。<br>　Ｋ君の創作料理をたっぷり堪能した後、料理を運んでくれていた若い男の子が来て<br>「大将が、お茶席を用意して、皆さんにお手前を披露したいと申しておりますので、そちらへお移り下さい」<br>一同「へェーッ!?あのＫ君がお茶!?」とびっくりしつつ冷やかし気分で店を出て、別棟にある料理工房の２階へ。そこでは'わざわざ'着物に着替えたＫ君が、亭主然としてお茶をたてる用意をし、私達を待ち受けていました。<br>じゃじゃーん。こんな話引っ張ってごめんなさい。<br>それでは皆さん又来週！<br>次週に続く。<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11985583669.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Feb 2015 15:06:00 +0900</pubDate>
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<title>ぷち同窓会２</title>
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<![CDATA[ ずい分御無沙汰してしまいました！<br>皆様お元気に過ごされてますか？今年はサボらずここで毎週お会いできるよう、頑張ります！<br><br>　昨年のことになりますが、ここでも度々登場していた愛猫じゅえるが亡くなりました。お気に入りのお風呂場で１１月２６日に。イイフロ…粋な子でした。それとも最近物忘れのひどい私が、ちゃんと命日を覚えておけるようにしてくれたのかな？<br>先週、４９日を終え、今はまだ骨壷のまま、私の部屋の出窓から庭を見下ろしています。庭の何処を彼女の安らぎの場所にしてあげようか、悩んでいる所です。<br><br>　じゅえるの死の２日後、中学、高校と大の仲良しだったＡちゃんが東京から帰ってくるので、やはり中学の同級生で日本料理の店をしているＫ君(ミシュランの☆も２年続けてゲット)の所で会いたいと連絡がありました。<br><br>何度か書いていますが、約３０年ぶりの中学の同窓会を亭主のお通夜で欠席し、会えていない友人はたくさんいるのですが、Ａちゃんは心配して後日(数年後)店まで訪ねて来てくれた事もあり、それでも２０年は会えていなかったのかなぁ？５～６人の少人数で集まるから、(Ｋ君の店だとマーメイドから歩いていける距離だし)できれば会いたいと。<br><br>じゅえるの死で私の心は凍えてしまい(もう良いことなんて金輪際起きない！大切なものは、あっという間に奪われてゆく…)と言う思考回路にはまりどんどんダークサイドに落ち込んでいたタイミング。<br><br>返したメッセージは「日曜日はとても無理…」から始まっていました。そのころは店でもじゅえるの事を自分から話す気にはなれず、(悲しみを受け入れられず)彼女のストレスの元だったこぞちゃん(子猫)も可愛がる気にはなれず…と否定だらけの中に沈んでいました。<br><br>ところがＡちゃんからの返信には「返信ありがとう！もし会えそうだったらメールください。Ｋくんも連絡とれる人に声をかけてみると言ってくれてます…ありがとう！」と結んでありました。<br><br>(そう…気を悪くしないのね…)<br>前回の同窓会の後、わざわざ会いに来てくれたＡちゃん…私が店を離れる事ができなかった為、店の隅でほんの１０分から１５分、思い出話や近況を語り合いました。<br><br>その短い間に自分でも忘れていた元気一杯の私を(そりゃあ１０代ですからね！)思い出させてくれたっけ。(本質は全く変わってないよ！性格の男前なんはあの頃のままやからねぇ！)と柔らかな微笑で励ます風じゃなく、目の前の私(事実)についてそのまま述べている、といった体で。<br>短い時間を私の為に本当は一生懸命励まし続けてくれていました。<br><br>ったく！どこが男前な性格やねん、このウジ虫子！しっかりしろよ！と自分を叱咤し、人手の段取りをつけて、彼女にメールを送りました。<br>「私も行けます。余り長居はできないかもだけど久々でお喋りしましょ♪」<br>顔はこのところの泣き過ぎで、不幸が貼りついたみたいになってしまってましたが、心の奥底に眠っていた元気な私が、ムクッと頭を上げました。<br>この続きは又来週～！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a><br>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11982244521.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Jan 2015 14:06:02 +0900</pubDate>
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<title>じゅえるとのお別れ</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは。ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>お元気でしたか？長い間日記を更新せず、申し訳ありませんでした。<br><br>中々そんな気持ちになれなくて、(今も完全に立ち直れた訳ではないのですが)そのままズルズルと日記は休眠状態になっていました。私の最愛の猫、じゅえるが前月２６日に急逝してしまいました。<br><br>４年前に急性腎不全を起こしてから、小さな身体で数々の治療や投薬にも耐えてくれていましたが、とうとう、手の届かない所へ行ってしまいました。<br>あと数ヶ月で９歳になるところでした。<br><br>顕志(息子)が保護した子猫(こぞ)がどんどん回復し大きく力強くなるのに反比例するようにじゅえるの状態は徐々に悪化し始めました。繊細なじゅえるに対して、野生児のこぞはお構いなく追い掛け回して彼女の首にしがみつき、噛み付きました。それでじゅえるがリビングにいる間、こぞはほとんどケージの中で過ごさせました。<br><br>最後の１ヶ月程は、私に対しても腹を立てていたようで、食後に私が心臓薬や、イッチノンを飲ませようとすると母の部屋へ逃げ隠れました。飲み下す力も少しずつ弱ってきて、するんっと飲んでくれていた錠剤も何度も吐き戻すようになっていました。<br><br>急速に２～３日冷え込んだ日から、じゅえるの様子が変わり、それまで日中過ごしていたホカホカカーペットに乗らなくなり、部屋の隅の寒い所にうずくまっていたり、やたら庭へ出たがるようになり、身体もみるみるやせ細りました。(死に場所を求めている)そんな不吉な思いが頭に浮かびとにかく庭へは、誰かが側についていてやれない時は出さないよう、気をつけていました。<br><br>そして１１月２５日夜、顔の表情をかえないまま(じゅえるはとても表情豊かな子で、怒っている時、うっとりしている時、喜怒哀楽がよく分りました。)「あーんっあーんっ」と鳴くようになり、私が手早くシャワーを浴びる間は、お風呂のフタに乗せて待たせ、お風呂を出たあとは、バスタオルにくるんで、私の寝室に連れて行きました。<br><br>約１ヶ月ぶりで、じゅえると一緒に夜を過ごしました。と言ってもじゅえるはドアの向こうに向かって「あーんあーん」と何度も大声を出し、その度にタオルでくるんで、枕元へ連れ戻し、「じゅえちゃん、よしよし」と声をかけ、耳の後ろを撫でたり、頭に顔をうずめたりしました。その晩はほとんど眠れませんでした。翌朝、じゅえるは大急ぎで(という風に)私の部屋を飛び出し階段を駆け下りました。見ていた母も驚いて「やあ、じゅえちゃん又回復した！元気になったわ」と喜びました。<br><br>そうして安心して出勤しました。３時からの私の担当の方のエステが始まる直前、自宅に戻っていた顕志から店にＴＥＬが入りました。「じゅえる、死んだみたいや」思わず大声で、「ウソや！」と叫んでいました。大声を出す事で事実が変わるみたいに。スタッフに事情を告げ、あわてて自宅に帰り、お風呂のフタの上で、眠っているようないつものじゅえるを見ました。<br><br>　まだ、あたたかく柔かく、死んでしまった事が信じられずに撫でていると、吐く息でじゅえるの毛が揺れ「生きてる、やんか!!」と又叫んでしまい、ビックリした母達が駆け寄ってやはり、死んでしまった事を確かめる結果になりました。<br><br>　こぞが来てからじゅえるはストレスの連続で、淋しい思いや、くやしい思いを一杯させてしまったと思うと、辛く悲しい気持ちで押しつぶされるようでした。<br><br>　その夜は又じゅえるを部屋に連れてゆき、よく臭いを嗅いだり、頬ずりしていた庭の花で取り囲み、お通夜をしました。翌朝庭の大好きだった場所にしばらく置いて過ごさせました。それから、顕志と二人で大阪市内の動物霊園へじゅえるを連れてゆき、じゅえるは雲になって天に昇りました。<br><br>お骨になったじゅえるを連れ帰り、死んでからじゃなく、生きてる間にもっともっとやってあげる事があったのにと苦い後悔をかみしめました。生きている最後にくるんだバスタオルは、洗う気になれず今もベッドの枕元にあり、たまに涙の発作が襲ってくると、それに顔をうずめて泣くことにしています。<br><br>　悔やんでいない事が一つあるとしたら、いよいよ危ないかもと思った数日、じゅえるを動物病院に連れて行かなかった事です。先生やスタッフはとてもよくして下さいましたが、じゅえるは病院が大嫌いで、特に入院後は、病院の待合室に入るだけで震えていました。<br>だから、ほんの数日延命するのなら最期は自宅の、じゅえるの思う場所で、過ごさせてやりたいと決めていました。そしてそれだけは叶えてやれたと思います。<br><br>私達の大変な時を、小さな身体で励まし続けてくれたじゅえちゃん、ありがとう。<br>安らかに。<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11965720166.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Dec 2014 17:03:57 +0900</pubDate>
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<title>お肌が乾燥する季節です！</title>
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<![CDATA[ 皆様今日は。ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>　寒くなりましたねぇ。大慌てでクローゼットの奥からセーターを引っ張り出しました。月初めの頃、友人と天王寺美術館へ「二科展」を観に行った頃は、暑くて暑くて、天王寺公園で半袖姿になってる人も見かけたのに…。メリハリあり過ぎです。<br><br>　急激に気温が下がると、何をするにも億劫になり、なるべく動かないようになったり、当然汗もかかないし代謝も鈍りがちに…そんな状態は肌表面にも如実に現れます。<br><br>毎週きちんとエステにおいでになる熱心な会員様でも、急に気温が下がった日は、一見するといつもの肌理の整ったきれいなお肌をされていますが、触れてみると、やはり表面がやや乾き肌荒れに進みそうな状態が見受けられます。<br>これはごくごく表面的なものですが、放っておくと深刻な肌荒れを引き起こしたり、シワ、タルミにもつながっていきます。<br><br>私はよくお客様に対して、紫外線が強まる春先から、夏中にかけて、「お肌が乾いているとそれだけ日に焼けやすくなるんですよ。まずしっかり潤す。次に日焼け止め!!」等と説明して、イッチノンＡＤクリームをお顔だけでなく、首にも手にもとお勧めしているのですが…。<br>秋になってもやはり同じ。お勧めはイッチノンＡＤクリームです。結局１年を通して一番のおすすめなんです。種を明かせば。今回、超短いですが、ここまで。<br><br>　年末の音がジャンジャン耳に迫って来て、仕事は何故か常に山積み。「おたすけ～！」な私です。<br>皆様風邪に負けず、頑張ってね～！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<pubDate>Tue, 18 Nov 2014 18:44:53 +0900</pubDate>
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<title>戦争の思い出２</title>
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<![CDATA[ 皆様今日は、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>先週は連休の都合で、又又お休みしてしまいました。すみませんm(_＿)m<br><br>　ここは店長日記なのに商品と関係ない事ばっか書くなと顕志(息子)からクレーム。分りました。とりあえず今回は前回の続きを。とは言っても、Ｍ様の思い出ではなく、私の母の子供の頃の思い出です。母の実家は旧船場で商売をしており、私の祖父(専二)は、バリバリの商売人で、新しい事が大好き。<br><br>自ら新製品の開発にも乗り出し、特許庁にもしょっちゅう出入りする、先見性に富んだ人でした。(因みに父方の祖先は姫路城の御学問所という部署に勤める下級武士。父は戦争当時海軍幼年学校に行っていたそうです。)<br><br>　第二次世界大戦(大東亜戦争)も末期近い頃、祖父(専二)が家族にだけ「この戦争は負ける。腹くくっとかなあかんぞ。」と告げました。それを聞いた母は、心の中で(おかしな事言うてはる!!)と自分の父が変になったのかと不安を覚えたそうです。<br><br>　やがて大阪市内への空襲が増す中、子供達だけ河内長野へ租界して来ました。まだ、町名はなく、村だった時代です。まさかこんな田舎まで空襲されないだろうと言う、親の配慮でした。<br><br>　しかし当時１１才だった母が６才の弟(建三叔父)の手を引いて古野村の極楽寺へ通じる橋を渡っていた時、それはやって来ました。小さい弟が「あっ。飛行機や!!」と空を見上げると、瞬く間にカンッカンッカンッと橋の欄干に機銃掃射からの銃弾が跳ね上がり、薬莢がバラバラと飛び散ったのです。<br><br>母もまだ子供でしたが、弟の手を引っ張り無我夢中で極楽寺の森に飛び込みました。当時は昼間でも薄暗い程に大木が鬱葱と生い茂っていたそうです。銃撃の音、飛行機のエンジン音がやむまでの間恐ろしさで声も出ず、爆撃機が飛び去った後も足が震えてしばらく立ち上がれなかったそうです。「あんな近くから。私らを子供と分ってたはず。ちゃんと見えてたはずやわ！」と今でも当時の話をする時、母は憤慨しています。<br><br>　日本は敗戦国となりその後、日本の全てを否定するような様々な誤った情報が出回り、今でもまだ完全に立ち直れたとは言えません。でも日本はナチスの様に一つの民族を滅ぼそうと企てた訳ではありません。<br><br>　母方の祖父、専二は、孫の私達にほとんど戦争の事を語りませんでした。でも一つだけ。当時ドイツの攻勢が高まった頃、非常に多くのユダヤ人が神戸港を経由してアメリカ合衆国へと逃れており、ナチス本部から、ユダヤ人への処遇をめぐって抗議が来た際、日本軍は、「我々の目的はアジアの安定であり特定の民族の殲滅ではない」旨の回答で、ナチスの非難を退けたそうです。<br><br>祖父は少し楽しそうに「あの頃、神戸は外人さん(ユダヤ人)が溢れかえってたんや…」と当時を懐かしんでいました。<br><br>戦争の思い出はこれで終わりにします。<br><br>次は、もっと仕事っぽい日記にします。皆様来週までお元気で。<br>それでは又来週！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック販売</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11951031515.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Nov 2014 16:43:03 +0900</pubDate>
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<title>戦争の思い出</title>
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<![CDATA[ 皆様こんにちは、ＳＣＨマーメイド店長の児山智子です。<br>ずい分過ごしやすくなって来ましたが、日中は日差しも強く、もうすぐ咲きそうな黄色の西洋菊、八重咲でやはり黄色のハイビスカスが、玄関先で咲き競ってくれそうです。<br><br>　さて今回は、初めてこの日記に登場するオーバー８０の(しかも後半)会員様Ｍ様のお話をしたいと思います。繰り返しになりますがＳＣＨマーメイドのオーバー８０の会員様には、本当に美しい方が多くて、(今この美貌なら、若い頃はどれだけ綺麗な方だったんだろう)と想像せずにはおれない私です。<br><br>Ｍ様も初めてお会いした時既に８０才におなりでしたが、卵形のスッキリとしたフェイスライン、濃くて形の整った眉、切れ長のパッチリした目、それにふっくらした唇、と化粧品メーカーが、メイクアップトレーニングをする際の‘理想のプロポーション’といったお顔立ちで、私の第一声も「あらぁ、おきれいですねぇ!!」だったのですが、その時も、今もＭ様のお返事は、ころころ笑いながら「本当!?私全然顔もまともに洗わないのよう。<br><br>うちの猫ちゃんの方がよっぽどキレイ好きよ」そして若い頃お勤めされていた銀行で、「支店長の奥様がいつも私に『Ｋ子ちゃん、皆さんみたいにあなたも少しはお化粧しなさい、若いんだから』っておっしゃるのよ」と楽しい思い出話になります。ご来店の度に、同じ話をされるのですが、話をされる時の懐かしむ表情や笑い声で、毎回楽しく耳を傾けていたのです。<br><br>ところが先日、いつもの思い出話から急に趣が変わり、戦争中の話になりました。銀行にお勤めされていた頃、Ｍ様は「女専」を卒業したばかりの「二十歳そこそこ」で、髪をお下げに結い、毎日通勤されていました。若い男性はほとんど戦地で、Ｍ様の様な若い女性が、その頃大切な国内での労働力となっていました。<br><br>銀行と言っても家庭的な雰囲気で、Ｍ様が机の上の帳面を動かすと、そこに支店長の奥様が残された付箋があり、「Ｋ子ちゃんへ。田舎から野菜がたくさん送られてきたので煮物を作りました。お昼にうちへ食べにいらっしゃい」とあったり、又ある時は付箋で「Ｋ子ちゃん、少しはお化粧しなさい。口紅だけでもおつけなさい」等と、娘に接する様に、支店長夫人が、行員として頑張るＭ様を暖かく見守っておられたのがよく分ります。<br><br>　当時は日本中で物資が不足しており、闇市というマーケットで規制外の様々な商品を求める人々が溢れ返っていたそうです。「五銭札は、丁度マーメイドさんのポイントカードくらいの大きさで、その束を、闇市の人が山程かかえて持ち込んだり、交換に来たり、したのよ」そして大切なお金を大きな銀行や取り引き先に預けに行ったり、集金に行く際「若い女の子が一人で大金を運ぶのは危ないから、小遣いのおじさんを付けてくれるのよ。」<br><br>そんな時、米軍の爆撃にあったのです。「Ｂ２９が飛んで来たの！私達一人一人を狙って撃ってくるのよ！」「こう、構えて狙ってるのが見えるのよ！」「小遣いのおじさんは、年寄りで足も悪いから走れないし。でもそんな時、通り道の皆が助けてくれたの！」「ほら、早、ここ入りって叫んで、かくまってもらえたの！」「おじさん、早く！早くって」そう話しながら５年程のお付き合いで、初めてＭ様が涙を流されるのを見ました。<br><br>　いつもニコニコ楽しそうで、猫が可愛くって仕方がないと、幸せそうに話されるＭ様の、心の底にそんな辛い恐ろしい思い出があったなんて…。<br><br>　戦争の貴重な思い出を話して下さる迄に５年はかかったという事実…もっともっと色々な体験を聞かせて頂きたいと心から思いました。この続きは次回に。<br><br>皆様来週までお元気で。ラブ＆ピース、なんちゃって。<br>それでは又来週！<br><br><a href="http://kowacosme.wc.shopserve.jp/" target="_blank">コーワコスメティック</a>
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<link>https://ameblo.jp/kowacosmetic/entry-11945442793.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Oct 2014 12:44:33 +0900</pubDate>
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