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<title>大好き　ありがとう</title>
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<description>自死遺族となり、今までの幸せから、新しい幸せの形を探しています。家族四人が私たち家族の幸せの土台でした。自主的に神様の所へ旅立った一人と、残された三人が新しい幸せを見つける為の記録を残したいと思って始めたブログです。</description>
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<title>挑戦者</title>
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<![CDATA[ 長女はお友達と積極的に連絡をとって「あそぼ、あそぼ」と誘うような女の子ではありませんでした。<br>誘われれば出掛けていたようです。<br>あとは、サークルの集まりがあると喜んで参加していました。<br>サークルのような何十人と集まる多人数の中では、密な人間関係を作る必要がないから気楽だったようです。<br><br>コロナ渦でリモート授業になり、ただでさえ人と関わる事を面倒臭がっていた長女が、ますます孤独になって行くのは気を付けなければならないと感じていました。<br><br><br>私は時間を見つけては長女を家から連れ出すようにしていました。<br>自粛期間も散歩や公園でのランチを楽しんでいました。<br>コートダジュールでは同居している者同士ならカラオケOKとの事だったので、ちょくちょく行って自粛のストレスを発散していました。<br><br><br>私は長女が楽しんでいると思っていました。<br><br><br>でも、違いました。<br>いや、楽しんではいたと思います。<br>ただ、孤独は埋まらなかったようです。<br>長女は常に孤独でした。<br><br>どんなに楽しんでいても、それは私が楽しいと感じている満たされた感覚とは違っていたと思います。<br><br><br>なぜ、長女の孤独に気がつかなかったのか？<br>なぜ、死にたいと思っている事に気がつかなかったのか？<br><br><br><p>長女の自死後、台風のように大暴れしていた気持ちが落ち着いて静かに思い返せるようになった今は、この『なぜ』が、現在の私の楽しいという気持ちを少し薄めてしまっています。</p><br><br>もう、長女の自死をことさら嘆き悲しむことはありません。<br>諦めました。<br>なくなった者は帰って来ないし、何を感じて何を思ってあちらの世界を選んだのかも、本当のところはわかりません。<br>『長女が好きだったから』と思って作っているお菓子も、長女に届くとは思っていません。<br>私が長女の為にしたくて行っている行為です。<br><p>亡くなった長女が喜んでいると思いたくて、お菓子を作っています。</p><div><br></div><br>長女の自死を認め、もう会えない事を理解し、触れられる長女の存在を諦める事は出来ました。<br>でも、『なぜ気づかなかった』という、母親としての自分自身への思いが、毎日小石を飲み込むように少しずつ気持ちを重くしていくように感じてしまいます。<br><br>当たり前ですね。<br><br>娘が自死して、以前のように毎日楽しく生きていかれる筈はありません。<br><br>『あなたのせいじゃない』<br>『気づかなかった自分を責める必要はない』<br>頭ではわかっていても、心が理解できずに、ずっと小石を飲み込み続けてしまいます。<br><br>どうしうようかな？<br>定期的に小石を吐き戻そうかな？<br>一生小石を飲み込み続ける事ができる、大きな胃袋をそだてようかな？<br>それとも、小石を消化できる強力な胃酸を作る？<br><br>まだ、どうできるのかわかりません。<br>ただ、今のところそれに立ち向かう自分を『挑戦者』だと思い、挑む事を楽しもうと思っています。<br><br><br>長女の声は、もう聞こえません。<br>ごっこ遊びは終わりました。<br>でも、寂しくありません。<br>私は自死した長女と一緒に生きていけますから。<br><br>『挑戦者』<br>いい響きです！
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12703742312.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Oct 2021 09:54:50 +0900</pubDate>
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<title>大丈夫</title>
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<![CDATA[ <div>夫は季節の花がきれいに咲いていると、写真を撮ってラインで送って来ることがあります。</div><div>先日は満開のツツジを送って来ました。</div><div>ツツジの花を見ると蜜を吸っていた幼い頃の長女を思い出します。</div><div>お友達と一緒に近所の植え込みのツツジを丸裸にしてしまった事もありました。</div><div>そんな話を、帰宅途中の夫とラインでしていると</div><div>『この頃の○○(長女の名前)なら大喜びだね』</div><div>と、長女の幼稚園の時の写真が送られて来ました。</div><div>それをみた瞬間、涙がワッと溢れて来ました。</div><div><br></div><div>一瞬、何で泣いているのか分かりませんでした。</div><div>あまりにも素早く涙が出てきたので、脳が感情に追いついて行かれない状態だったのだと思います。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は長女の自死という事実に、ある程度、心の整理を付けたつもりでいました。</div><div>自死という事実があるのであれば、成人した長女の意志や考え方を認め、それを理解しようと努めて来ました。</div><div>最近は泣くこともなくなり、長女ばかりだった頭の中にも日常生活が戻って来ていました。</div><div>自分で『もう大丈夫』と思っていました。</div><div>ですが、突然激しい感情の波がおとずれました。</div><div><br></div><div>まるで、頭と心が違う人間になってしまった気がしました。</div><div>長女を亡くして間もない頃に感じた、泣いている自分を見ているもう一人の自分が居る感覚を思い出しました。</div><div>もう一人の自分は、何故おさまっていた感情が再び爆発したのかを考えていました。</div><div><br></div><div><br></div><div>私の中で成人した長女と幼い頃の長女が分離しています。</div><div>まるで別人のように感じてしまいます。</div><div><br></div><div>成人した長女は覚悟を持って、自ら生き辛い人生を終わらせました。</div><div>私が理解しようと努めているのはそこです。</div><div>理解しようとして、完全な答えではないにしても、私なりの答えを見つけて、長女を亡くした激しい悲しみを、長女が居た優しい思い出に変えてきました。</div><div><br></div><div>ですが、別人に感じてしまう幼い長女にはそれが適用しません。</div><div>幼い頃の長女は、ただただ楽しく生きていたはずです。</div><div>夫から送られてきた写真に写る長女からは、生き辛さなど微塵も感じられません。</div><div>無邪気であどけない笑顔を見せています。</div><div>この幼い長女の未来が、22年を前に消えてしまったと思うと、たまらない切なさを感じてしまいます。</div><div>涙が止まらなくなります。</div><div>辛いです。</div><div>苦しくもなります。</div><div>これが突然の涙の理由でした。</div><div><br></div><div><br></div><div>このまま、ずっと幼い長女を思って泣いていたら、また自責が重くのしかかって来てしまう気がしました。</div><div>自責はいけません。</div><div>私の自責は自分への甘えです。</div><div>罪を感じる事で自分に罰を与えているだけです。</div><div>罰を与えられた可哀想な自分は、ずっと自死した長女と一緒に居られます。</div><div>現実世界で生きて行こうとしなければ、こんなに居心地のいい所はありません。</div><div>ですが、私は長女の居ない現実を生きていきたいと思っています。</div><div>夫と次女と友人達の居る現実でもあるからです。</div><div><br></div><div>だから、考えました。</div><div><br></div><div>長女の幼い頃を、写真のように切り取って見るのではなく、ひとりの人間として、その生きていた時間も含めて感じようとしました。</div><div>長女を頭の中で産まれた時から成長させていきます。</div><div><br></div><div><br></div><div>初めてのお産では産みの苦しみを味わいました。</div><div>眠い目をこすりお乳をあげ、初めて笑った、初めて立ったと、長女のちょっとした成長にも大きな喜びを感じました。</div><div>初めて幼稚園に行った日は長女の居ない部屋が広く感じたのを覚えています。</div><div>生意気な口をきくようになってからはぶつかる事もありました。</div><div>反面、バカな事を言い合って笑い転げた事もありました。</div><div>怒ったり、喜んだり、心配したり。</div><div>長女との21年間を思い出し、幼い長女と自死した長女をゆっくりと繋げて行きました。</div><div>すると、先程まで自責を感じてしまいそうな程苦しく思えた幼い長女の写真が、愛おしい長女の懐かしい写真に見えるようになっていました。</div><div>切なさはありますが、苦しさはありません。</div><div>もう、大丈夫です。</div><div><br></div><div><br></div><div>長女の時間が止まってしまっていることを感じます。</div><div>長女が亡くなってから、私は長女を写真でしか見ていません。</div><div>写真の長女には時間を感じられないので、写真に写った時の細切れの時間で長女を感じてしまいます。</div><div>『細切れの時間』という意味では動画を見ても同じように感じると思います。</div><div>長女の生前、アルバムの写真を長女と一緒に見た時は、現在の写真と子供の頃の写真は、当たり前ですが同じ長女に見えました。</div><div>今はそれを難しく感じます。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は、四十九日をすぎた頃から、長女の自死を抱えて生活する上で、自分の感情が暴走しないように、あらかじめ色々な事を想定しながら行動してきました。</div><div>それはとても役にたっています。</div><div>日常生活には完全に戻れましたし、友人達とも以前と同じように楽しく過ごしています。</div><div>それでも、やはり不意打ちを食らい、感情をコントロール出来なくなる事はこれからも必ずあるという事が、今回の事でわかりました。</div><div>どんなに時間が経っても、長女を愛している以上これは仕方がない事なのでしょう。</div><div>この、突然来る感情の暴走も長女への愛だと思えば、辛さの中にも暖かさを感じられます。</div><div><br></div><div><br></div><div>激しく泣いても、取り乱してしまったとしても大丈夫です。</div><div>ひとつひとつ、丁寧に対処していけば、私はちゃんと楽しく生きていくことが出来る事も、今回の事で分かりました。</div><div>私が楽しく生きていかれれば、夫や次女、私の周りも楽しくなると、私は思っています。</div><div>そして、私の周りが楽しくなる事で、私はもっと楽しく生きて行かれます。</div><div><br></div><div><br></div><div>『大丈夫』です。</div><div>本当に大丈夫なら、いちいち確認しない事なのかもしれません。</div><div>でも、それが分かっているからこそ『大丈夫』と言いたくなります。</div><div>誰に言いたくなるのでしょうか？</div><div>自分に？</div><div>家族に？</div><div>友人達に？</div><div>やっぱり、一番伝えたいのは長女にです。<br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>「ママ大丈夫だからねー！」</div><div><br></div><div>“知ってるー♪”</div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 26 May 2021 00:13:00 +0900</pubDate>
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<title>3、次女の成人式(まとめ)</title>
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<![CDATA[ <div>生きていれば何も感じない事でも、亡くなってしまったからこそ感じてしまう事があります。</div><div>今回の成人式の打ち合わせでの出来事もそうです。</div><div>その他、長女が亡くなってしばらくして、大学から貸出図書の返却を催促する手紙が来ました。</div><div>返却期日を見ると、一年も前の日付でした。</div><div>いくらリモートになってしまっていたとは言え、返却する機会は何度もあった筈です。</div><div>普段なら『だらしない！』と説教する所ですが、そんなだらしない所すらも、亡くなった長女を愛おしく感じます。</div><div>まだ長女を亡くして数ヶ月ですので当たり前といえば当たり前の話しですが、私の中で</div><div><br></div><div>亡くなった長女＞生きている人</div><div><br></div><div>の感覚が固定されつつあるようです。</div><div>気を付けなければならないと思いました。</div><div>特に次女の前では。</div><div><br></div><div>次女は姉の自死後、私達両親に対して『アタシがお姉ちゃんの分まで生きるつもりでいるから。だから、パパとママもしっかりと前向いて』と、背中を叩くような事を言う時があります。</div><div>生意気な口調で笑いながら軽く言いますが、多分本当にそう思っているのでしょう。</div><div>次女の覚悟と私達両親への思いやりが現れた(次女なりの)優しさだと思っています。</div><div><br></div><div>今は亡くなった長女を優先して考えてしまう事を理解してくれている次女ですが、そういう次女の思いやりを意識していないと、いつまでもそれに甘えてしまいそうになります。</div><div>すると、長女の言葉が頭に浮かびました。</div><div><br></div><div>“あたしに出来なかったと思う事は、○○(次女の名前)にしてあげて。そうしてくれればあたしも嬉しいから”</div><div><br></div><div>サラッと、何気ない感じの語りかけに「そうか」と、静かに感じました。</div><div>また、長女に気付かされた気がします。</div><div><br></div><div>長女が出来なかった事、長女がしたかっただろう事を思い、私は長女を思って愁いているつもりで居ました。</div><div>ですが、本当は</div><div>『私が長女に出来なかった事』</div><div>『私が長女にしなかった事』</div><div>を後悔しているだけです。</div><div><br></div><div>長女は何かを恨んだり妬んだりして自分の命を手放したわけではありません。</div><div>なので、命を手放した時、一緒にこの世の欲も手放しています。</div><div>長女がしたかった事を私が思い愁うのはお門違いなのかもしれませんでした。</div><div>何となく、次女が喜ぶ事を一緒に喜べるようになった気がしました。</div><div><br></div><div><br></div><div>「ママの振り袖、妹はお姉ちゃんの時と違うイメージになるよ。着物って小物で印象ガラッと変わるんだね」</div><div>“あたしも小物合わせの時に色々迷ったんだ。仕上がるの楽しみ♪”</div><div>「妹の成人式の写真にはお姉ちゃんも一緒に写ろうね！　同じ着物着てるから、成人式の時の写真と一緒になんてどうかな？」</div><div>“いいんじゃない♪“</div><div>「本当はさ、写真じゃなくて、お姉ちゃんと家族四人で映りたかったよ」</div><div>“今だって映れるよ”</div><div>「？」</div><div>“心霊写真になっちゃうけどね♪”</div><div><br></div><div><br></div><div>もし、本当に長女が写真に写ってくれるのなら、私達にとってこんなに嬉しい心霊写真はありません。</div>
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12674034699.html</link>
<pubDate>Thu, 13 May 2021 07:59:00 +0900</pubDate>
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<title>2、次女の成人式</title>
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<![CDATA[ <div>今回は打ち合わせにも夫と私と揃って行きました。</div><div>次女は私の振り袖を着ます。</div><div>私が初めてのボーナスで買った振り袖になり、高価な品物ではありませんが、個性的な色使いのモダン柄で、概ね娘たちにも好評でした。</div><div>同じお店で長女もこの振り袖を着たので、担当の方は記憶していたようです。</div><div>「この着物もお姉ちゃんも覚えています。とっても素敵でした。お姉ちゃんの方はお元気ですか？」</div><div>と聞かれました。</div><div><br></div><div>こんな時、どうしたらいいのかはあらかじめ決めていました。</div><div>長女の事を聞かれた時は</div><div>「天国で元気にしています」</div><div>と答えるつもりでいました。</div><div>この時、初めてそのセリフを言いました。</div><div><br></div><div>思いのほか、辛く感じませんでした。</div><div>「お姉ちゃんは元気ですか？」の問いかけにも辛さを感じませんでした。</div><div>前もって、何度も頭の中でこういう事態を想定していたので、空想だけで慣れていました。</div><div>それに、担当の方に悪意がない事は分かり切っていますし、一般的には無神経な問いかけでもありません。</div><div>もし、私たち家族がこういった悪気のない人の言葉で傷ついたとしても、それは相手をを責めるべきではない事も、前もってよく理解しようと考えていました。</div><div><br></div><div>次女の成人式の前撮りでは長女の写真と一緒に撮影して欲しいと思っていたので、あらかじめ店側には長女の死を伝えておこうと思っていました。</div><div>担当の方へは亡くなったとだけ伝えると、それ以上は何も聞かずに長女を偲んで涙を流してくれました。</div><div>私達家族を慮っている涙でもあるでしょう。</div><div>その涙は親しい間柄の人達の涙とは別のものになりますが、ひとりの人間の死に流す純粋な涙</div><div>だったと思っています。</div><div>こちらへ深く踏み込んで来ない、分別のある他人の涙には、人の心の暖かさを感じる事が出来ました。<br></div><div><br></div><div><br></div><div>長女と次女は学年で、二年しか離れていませんが、この二年にも撮影や着付けの値段設定が変わっていました。</div><div>値段自体はさほど変わっていませんでしたが、持ち込んだ振り袖の他、もう一着好きな振り袖やドレスを着られるサービスが付いていました。</div><div>次女は喜びましたが、私は一瞬だけ胸がチクっとしてしまいました。</div><div><br></div><div>長女が着られたのは私の振り袖だけです。</div><div><br></div><div>もし、長女が生きていても「いいなぁ、あたしも着たかったなぁ」と軽く羨ましがるだけでしょう。</div><div>もしかしたら、これをネタに些細なおねだりをされていたかもしれません。</div><div>それだけの事です。</div><div><br></div><div>ですが、私の中で『長女にしてあげられなかった事』という考えが頭をかすめてしまい、喜ぶ次女を見て複雑な気持ちになってしまいました。</div><div><br></div><div>長女と次女は別の人間です。</div><div>子供を『同じように育てた』と言う事がありますが、私は姉妹を同じように私なりの教育はしましたが、同じように育てたとは思っていません。</div><div>全く違う性格の二人と同じように関わる事は出来ませんでした。</div><div>なので、姉妹であっても別々の個人という事は分かっているつもりでいました。</div><div><br></div><div>頭では分かっていても、気持ちがついて行かないのは辛い事です。</div><div>態度には出しませんでしたが、この時は次女にも長女にも申し訳なく思ってしまいました。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12673921668.html</link>
<pubDate>Wed, 12 May 2021 07:53:00 +0900</pubDate>
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<title>1、次女の成人式</title>
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<![CDATA[ <div>来年、次女は成人式を迎えます。<br></div><div>次女は、長女が成人式の着付けや撮影をお願いした所と同じ店を予約しています。</div><div>次女が予約したのは成人式一年を切ってからになるので、少し遅めの予約でしたが、長女が予約したのは更に遅く、成人式１ヶ月前の12月に入ってからでした。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は長女に『成人式に出る気があるなら自分で選んだところで着付けや撮影の予約をしてきなさい』と言っていました。</div><div>娘の自立を促すため、意識的に娘が苦手としていることをやらせていました。</div><div>長女は自分のために何かを選択するといった事が苦手でした。</div><div><br></div><div>次女は少し勝手が違い、自分の為に何かを選択するのは得意ですが、ひとりで実行するのが苦手です。</div><div>『成人式の着付けはお姉ちゃんと同じ所がいい』と決めていましたが、そこに予約の電話をする事が出来ないでいるようでした。</div><div>姉を亡くして精神的にも参っているようだったので「ママが電話しようか？」と、次女に聞いてみました。</div><div><br></div><div>思い返せば、長女にこういう気遣いをした事がありません。</div><div>長女に希死念慮があるとは全く知らずに居た(むしろ、精神的に強い子と思っていた)私は、なんでも長女に任せていました。</div><div>進学先の事や、奨学金の事、予防接種など、全て自分で管理させていました。</div><div>勿論、長女だけではなく、次女にも同じ事をしていました。</div><div>次女は友達から『○○(次女の名前)のママって放任だよね』と言われていたそうです。</div><div><br></div><div>成人式の打ち合わせも、長女はひとりで行っていました。</div><div>私が行ったのは、最終的な金額が決まってからの支払いの時です。</div><div>長女が亡くなり、そういった事を思い出し『もっと積極的に長女と関わるべきだった』と思ってしまいます。</div><div>もっと手取り足取り、長女の世話を焼いておきたかった。</div><div>長女の“未来”の自立を促すのではなく、長女との“今”の時間をもっと大切にすれば良かった。</div><div>娘たちに任せていた事を間違えてたとは思いませんが、後悔はしてしまいます。</div><div>ですが、自責はありません。</div><div>今はそこの区別が出来ています。</div><div><br></div><div><br></div><div>次女は私の「電話しようか？」の問いかけに「自分でする」と答えました。</div><div>続けて次女は</div><div>「あたしは電話するの苦手だけど、ママが昔からやらせてたから今は出来るようになったんだよ。そうじゃなければ何も出来ない子になってたかも」</div><div>と言いました。</div><div>次女は勘がいいので、もしかしたら私の後悔を察してこう言ってくれたのかもしれません。</div><div><br></div><div>少しだけ泣いてしまいました。</div>
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<pubDate>Tue, 11 May 2021 08:55:00 +0900</pubDate>
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<title>白木のお位牌</title>
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<![CDATA[ <div>我が家には仏壇がありません。</div><div>用意するつもりもありません。</div><div>私達は無宗教なので、私達が意味を感じないものは不必要です。</div><div>ただ、今ある白木の位牌をどうするかを悩んでいます。</div><div><br></div><div><br></div><div>葬儀屋に任せていたら、お骨と一緒に白木の位牌を渡されました。</div><div>長女の名前が書いてあるので受け取ってしまいましたが、位牌がどういう物かのかも知らない私達には必要ない物でした。</div><div>それっぽい形をした木に、長女の名前がプリントされたシールを貼ってあるだけの物です。</div><div>ネットで位牌のがどういう物だかを調べてみましたがよく分かりません。</div><div>ご本尊とか、仏壇とか、その概念がないのでピンと来ませんでした。</div><div>本来なら、四十九日までに本位牌に変えるようでした。</div><div>それを知ったのも四十九日以降です。</div><div>意味を感じない白木の位牌。</div><div>何となく捨てる事も出来ず、まだ長女の祭壇に置いてあります。</div><div><br></div><div><br></div><div>必要ない。</div><div>私達は無宗教。</div><div>本当にそう思っているなら、簡単に捨てられる筈です。</div><div>ですが、なぜか捨てられません。</div><div>理由を考えてみました。</div><div><br></div><div><br></div><div>まず、思い浮かんだのが、私の父方の祖母、母方の祖父の家にあったお仏壇に鎮座していたお位牌です。</div><div>祖父も祖母も仏壇やお位牌をとても大切にしていました。</div><div>祖母の家へ遊びに行った際には、祖母が仏壇の前に正座し、お経をあげ、お位牌にお辞儀をしている姿をよく見ていました。</div><div>私には必要ない物かもしれませんが、粗末にしてはいけない物と、私の記憶に刷り込まれているようです。</div><div>夫も同じようでした。</div><div>「いらなければ捨てよう」とは言いませんでした。</div><div><br></div><div>位牌の処分の仕方をネットで調べているうちに、今は色々な形のお位牌がある事を知りました。</div><div>その中でパワーストーンで作ったお位牌を見つけました。</div><div>「これなら長女の祭壇に置きたいかも」と思いました。</div><div>位牌というより、パワーストーンとして欲しいと思います。</div><div>『パワーストーン+αお位牌』</div><div><br></div><div><br></div><div>私は無宗教ですが、刷り込まれた宗教感があることが分かります。</div><div>前にも書きましたが、私達は無宗教でも節分で豆をまきます。</div><div>初詣もします。</div><div>娘たちは七五三でお参りに行っています。</div><div>クリスマスだって、国は違いますが宗教行事です。</div><div>そういえば、四十九日も気にしていました。</div><div>体に染み込んだ感覚の中には何かしらの宗教感があるように思えます。</div><div>神様や仏様を信じていなくてもやましい気持ちを持っている時に悪い事が起これば「バチが当たった」と感じてしまうものです(私は)。</div><div>こうなると完全な無宗教とは言えない気がします。</div><div>『ご都合主義の無宗教家』</div><div>ですね。</div><div><br></div><div><br></div><div>それが分かった所で、位牌の件は何も解決しません。</div><div>今も思案中です。</div><div>白木の位牌に貼られた、長女の名前が書かれたシールがはがれかけて来ています。</div><div>処分する？</div><div>それとも、パワーストーンの本位牌に変える？</div><div>長女は</div><div>“捨てちゃいなよ。あたしは要らないし”</div><div>と言ってい(るような気がし)ます。</div><div>自信を持って無宗教と言う事が出来れば捨てられるのですが……。</div><div><br></div><div><br></div><div>現在も、頭の中の長女と相談しています。</div>
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<pubDate>Sun, 09 May 2021 19:12:00 +0900</pubDate>
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<title>4、私の事(まとめ)</title>
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<![CDATA[ <div>長女を亡くしたばかりの頃、私は『長女の後を追って死んでしまいたい』と思っていました。</div><div>ですが、同時に『夫と次女を残して死ぬことは出来ない』とも思っていました。</div><div>と言うことは、私は『死にたくなかった』という事です。</div><div>『死にたくなかった』＝『生きる』<br></div><div>そして、私が生きる為には『楽しい』と思う事が必要です。</div><div><br></div><div>　</div><div>だとしたら、長女を亡くした直後でも私が『楽しむ』事にこだわっていた理由がよく分かります。</div><div>そして、それは今もそうです。</div><div>私は物事を、常に自分が楽しくなるように考えています。</div><div><br></div><div>さすがに長女の自死を楽しく考える事は出来ませんでした。</div><div>ですが、そこから楽しめる自分を目指してゆっくり歩き始めています。</div><div>自分の過去のブログを読み返してみると、それを自分に言い聞かせているのがよく分かりました。</div><div><br></div><div><br></div><div>そもそも、ブログを書き始めたのは頭の中の整理をしたいと思った事がきっかけです。</div><div>四十九日、一区切りがついた気がした頃から書き始め、書くために改めて長女の自死と自分に向き合いました。</div><div><br></div><div>今、頭の中は整理できています。</div><div>思い出して、考えて、書き出して、自分で読んで、私自身は納得出来ています。</div><div>もし、読んでいる方が居たなら、かなり『？？？』な文章かもしれませんが……。</div><div><br></div><div><br></div><div>自分の為の記録なら、不特定多数の人の目に触れるブログに書く必要は無いように思えます。</div><div>ですが、『もしかしたら誰かが読んでいるかもしれない、その人は私の理解者かもしれない。』と、</div><div>誰かと繋がっている“かもしれない”という感覚が欲しいと思いました。</div><div>“かもしれない”と、不確定にしておく事で、自分のいいように想像が出来ます。</div><div>空想力、想像力に自信のある私には“かもしれない”という感覚が何より大切です。</div><div><br></div><div><br></div><div>書くことに随分助けられました。</div><div>する事が無いと、ネットで自死やグリーフケアを検索してしまい、怪しいスピリチュアルな世界にたどり着いてしまうことが多くありました。</div><div>ブログに向き合ってる時間がなかったら、そんな所に癒やしを求めてしまっていたかもしれません。</div><div><br></div><div><br></div><div>今は、空いた時間が怖くなくなりました。</div><div>特にする事がなくても、自分で『したい事』を探す事が出来るようになりました。</div><div>『いらない日』の感覚([火葬後の一週間　1]に記録)はもうありません。</div><div>楽しいと思う事が増えてきました。</div><div><br></div><div>一番驚くのは、長女の事を考えていない時があることです。</div><div>そして、それが長女に申し訳ないと思うことなく、自然に生活出来ています。</div><div><br></div><div>多分、私は自分が目指した回復状態になっています。</div><div><br></div><div><br></div><div>私の目指した回復状態とは、長女の自死が辛くなくなる事ではありません。</div><div>そんな日が来るはず無いことは分かっています。</div><div>長女の自死を受け入れ、その上で自分らしく振る舞い、楽しいと感じる事が出来るようになる事。</div><div>それが、私の目指す回復状態でした。</div><div><br></div><div>まだ付け焼き刃的な状態です。</div><div>ですが、確かな感覚です。</div><div>長女は、やっぱり私達に辛さだけを残してはいませんでした。</div><div>今、私は</div><div>『長女への愛情と思い出が、長女の自死という事実の辛さを上回りはじめている』</div><div>と、思うことが出来ています。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 07 May 2021 07:38:00 +0900</pubDate>
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<title>3、私の事(分かち合いで)</title>
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<![CDATA[ <div>一度だけ、自治体が主催する自死遺族の分かち合いの会に参加した事があります。</div><div>まだ、長女を亡くしてから１ヶ月も経っていない頃でした。</div><div>はっきりとした目的を持って参加しました。</div><div>『自分より前に、大切な人を亡くした人達が生きている姿を見たい』</div><div><br></div><div>参加されている遺族の方はもちろん生きています。</div><div>ですが、大切な人の自死から数ヶ月経った方も、数年経った方でさえも、皆さんその時の私と同じ状態でした。</div><div>気持ちが死んでしまっているように見えました。</div><div>考えでみれば当たり前の事です。</div><div>私が見たかった生きる姿をした人は、分かち合う必要なんてありません。この場に居るはずがありませんでした。</div><div>分かち合いの会の目的を勝手に勘違いしていたようです。</div><div>そこは悲しみや痛みを分かち合い、残された親しい人達が生きるために胸の内にある重い塊を吐き出す所でした。</div><div>私の自分勝手な期待と失望を恥ずかしく感じてしまいました。</div><div>ですが、参加して良かったと思っています。</div><div><br></div><div>会の最中、進行の方に「無理ない範囲で結構なので、何かお話されてみてはいかがですか？」と進められました。</div><div>すると、自然と「楽しめるようになりたい」という言葉が口から出てきました。</div><div>何も考えずに、ポロッとこぼれ出た言葉です。</div><div>『長女を亡くしてまだひと月も経っていないのに何言ってるんだ？』</div><div>と、その時は我ながらあきれてしまいましたが、今思い返してみて気付かされる事があります。</div><div>これは分かち合いの会に行って言葉で自分の気持ちを表現しないと気がつかなかった事です。</div><div>私は楽しいと思わないと生き辛さを感じてしまうようでした。</div><div><br></div><div><br></div><div>オーバードーズしてしまった後、カレンダーを見ながら『楽しめる自分』を想像していた時を思い出します。</div><div>その時、私は辛さが無くなった後の楽しい自分を思い浮かべていました。</div><div>それが自然と</div><div>『楽しい＝生きる』</div><div>となったようです。</div><div>ただ、最近(長女が自死する前)はごく自然に楽しく過ごせるようになっていたので、この感覚を忘れていたようでした。</div>
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12672624763.html</link>
<pubDate>Thu, 06 May 2021 08:38:00 +0900</pubDate>
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<title>2、私の事(変化)</title>
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<![CDATA[ <div>自殺もどきが未遂に終わった私は生きていかなければなりませんでした。</div><div>私は商業高校に通っていたので、卒業後は社会人になります。</div><div>学校へ通っているうちは自分勝手な美学を押し通しても『変な子、扱いにくい子』くらいにしか思われないかもしれませんが、社会人になったらそうは行きません。</div><div>生きていく為に自分を変える必要がありました。</div><div><br></div><div>まず、少しずつ、他人を受け入れるよう努力をしました。</div><div>かたくなな美学だけにこだわるのではなく、自分が不快に思う考え方や行動をする他人を、どうしてそうなるのか理解しようとしました。</div><div><br></div><div>『どうして、この人は○○さんの事が嫌いなんだろう？』</div><div>『どうして、この人はいつも怒っているんだろう？』</div><div>『どうして、この人は意地が悪いんだろう？』</div><div><br></div><div>今までの私なら『下らない人達』と感じて関わりを一切持たなかった人ともお付き合いして、その人をよく知ろうとしました。</div><div>すると、大体『あ、そういう事だったのか！』と納得する事が多くありました。</div><div>たとえば、私が他の人から感じていた意地の悪さは、お互いが持っている美学同士が反発しあっているという事がわかりました。</div><div>受け入れる気持ちがない者同士のぶつかり合いです。</div><div>どちらかが受け止める心を持てばぶつからず、意地が悪く感じる事もありませんでした。</div><div><br></div><div>この頃、頭と心をフルに使って自分を変えようと必死になっていたので、気持ちが辛くなる事がよくありました。</div><div>そういう時はカレンダーを見ました。</div><div>カレンダーを一枚めくって、適当な日付を見ながら</div><div>『この時にはもう辛くない。楽しくなっている。』</div><div>と、心の中で呟きます。</div><div>すると、今辛い自分から、カレンダーで適当に見つけた未来の日付の『楽しくなっている自分』になる事が出来ました。</div><div>未来の楽しくなっている自分になった私は辛さを克服しています。</div><div>なので、今辛くても、カレンダー一枚めくった自分を目指して時間を繋げていく事が出来ました。</div><div>実際、目指した日付になると辛さはなく、楽しんでいる自分が居る事の方が多かったように思えます。</div><div>若い頃は随分この感覚にお世話になっていました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12672478186.html</link>
<pubDate>Wed, 05 May 2021 12:32:00 +0900</pubDate>
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<title>1、私の事(長女との違い)</title>
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<![CDATA[ <div>私は学生時代に薬を飲みすぎて意識が朦朧となった事があります。</div><div>オーバードーズです。</div><div>死にたかった訳ではなく、何も考えずにずっと眠っていたいと思い、その延長で『死んでもいいかなぁ』とは考えていた気はします。</div><div>理由は長女と同じです。</div><div>“生き辛い”</div><div>です。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は中学生の頃から融通性のない頑固さと、自分の気持ちを語らない潔さを美学だと信じていました。</div><div>自分の考え方に固執してしまい人と合わせる事が出来なかった為、学校の行事にもほとんど参加していません。</div><div>修学旅行も卒業式も行きませんでした。</div><div>イジメられていた訳ではありません。</div><div>かなり強い、ハッキリとした性格だった事と、その頃から成人以上の身長があった事で、意地の悪い子達に漬け込まれるような事はありませんでした。</div><div>自分勝手な美学優先で周りに合わせることをしない私でしたが、それを理解してくれるような優しい人達が友人となり、孤立する私を支えてくれていました。</div><div>ですが、そんな優しい友人達をも、私は遠ざけていた気がします。</div><div>『友達といっても他人。私を理解出来るのは私だけ』</div><div>という気持ちが強く、勝手にどんどん孤独になって行きました。</div><div><br></div><div>その社会性の無さから将来の不安を覚えて、自ら生き辛さを好んで抱え込んでいた気がします。</div><div>長女は私ほど頑固ではなく、社会性も私よりありましたが、気質は似ているように思えます。</div><div><br></div><div><br></div><div>障害を持った両親は、私の自殺未遂のような行動にひどく傷ついてしまいました。</div><div>私の自殺未遂は自分達のせいではないかと思ってしまったようです。</div><div>確かに、環境が良いとは言えない家庭ではありました。</div><div>私が幼い頃の両親はケンカが絶えず、父が怒り出すと包丁を持ち出す事もありました。</div><div>怒った父から逃げるため、雪の降るなかを上着も持たず、母と妹と家を飛び出した事もあります。</div><div>小学生の頃から『父親が暴れたら警察に電話する』という事をいつも心掛けていました。</div><div>ですが、両親の子供達(私含)に対する愛情を疑った事はありません。</div><div>両親は激しいケンカもしますが、仲が良い時はバカみたいに大騒ぎしながら家族で笑い転げている事もありました。</div><div>良い家庭環境ではありませんでしたが、私は家族が好きでした。</div><div>なので、私の行動は決して両親のせいではありませんでした。</div><div><br></div><div><br></div><div>うろたえる両親をみたとき</div><div>『死んではいけない』</div><div>と、思いました。</div><div>障害のある両親を自分の存在が支えているのだと、少し偉そうに聞こえますが、そう感じました。</div><div>『私はただ両親に保護される子供というだけの存在ではない』</div><div>と感じたのです。</div><div><br></div><div>そこが、私と長女と大きく違う所だと思います。</div><div>長女は私達(両親)に甘える事が出来ました。</div><div>何度も繰り返してしまいますが、長女の自死は両親への甘えだと思っています。</div><div>そう思うと、一般的には不幸な環境の元で育った私は生きて行かれて、一般的には幸せな環境で育った長女が生きることが出来なかった皮肉を感じてしまいます。</div><div><br></div><div>親の弱い姿を見せると子供が不安になるとの思いから、長女には私のオーバードーズを話していませんでした。</div><div>ですが、今思えば話しておくべきだったと後悔しています。</div><div>私は娘を守っていたつもりですが、ただ単にそれを話した所で娘が正しく理解してくれるかが不安で話せないだけだった気がします。</div><div>娘を信用しきれていなかっただけです。</div><div>そういった所も長女の『お茶の間の皆さん』的な感覚を作ってしまっていたのかもしれません。</div>
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<link>https://ameblo.jp/koyuki3827/entry-12672199809.html</link>
<pubDate>Tue, 04 May 2021 18:00:00 +0900</pubDate>
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