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<title>イッセーのブログ</title>
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<description>エッセー・ポエム　が　主役の雑文です・・札幌より　愛を　こめて・・・</description>
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<title>日本サッカーのエースだった釜本さんも逝く</title>
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<![CDATA[ 1964年の東京オリンピックでサッカーといえば、ほとんどの人が注目していなかった。<br><br>なんといっても、東洋の魔女！<br>日本の女子バレーボールが、あのソ連（現在のロシア、ウクライナなど）に勝った！<br>勝った！の金メダル！<br><br>後の国会議員になる大松（だいまつ）監督の『俺についてこい！』が、流行語になった時代だった。<br><br>日本の秘密兵器は、回転レシーブ！　赤津　きん　さんも　懐かしむ　小技も得意の日本女子の名プレーの続出で、日本中を熱狂させたのを、子供ごころに覚えている。<br><br><br>サッカーは、ワールドカップなどは、夢の彼方のお話で、アマチュアしか出られなかったオリンピックで！　何とか上位にゆけないものか！？　だった。<br><br>その、レベルでなんと、1968年のメキシコオリンピックで、日本サッカーが銅メダルを取った時のエースが釜本選手だった。<br><br>はっきりと、上下ホワイトのユニフォームでゴールを量産した姿を覚えている。<br><br>案の定、日本中沸きに沸き、サッカーブーム（第一次サッカーブーム）が起き、少年たちはサッカー部へと入部したものだった。<br><br>わたしも、少年野球から、隣の家の中学の先輩に誘われサッカー部へ入部することになった。<br><br>私たちにとって、釜本選手はあこがれであり、神様は、バナナシュートで有名だった　ブラジルの　ペレ選手！　だった。<br><br>「これが、青春だ！」の、学園ドラマ第二弾は　竜雷太先生のサッカー　だった。<br><br>日本サッカーの　英雄　釜本さん、、　ご冥福をお祈りいたします。
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<pubDate>Mon, 11 Aug 2025 03:34:02 +0900</pubDate>
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<title>心優しき「北の富士」さんが逝った</title>
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<![CDATA[ あの名横綱として、名解説者として世にファンの多かった「北の富士」さんがお亡くなりになられた。<br><br>私は、解説者になられてからの「北の富士」さんに、何とも言えないリスペクトというか、<br>このような好々爺になりたいものだ、と、、、<br>、、いわゆるファン！だったのだと思う。<br><br>テレビの名解説シーンなど、録画してあるものがいくつか残っているのは、北の富士さんだったからだと今しみじみと思う。<br><br>人間として、本当に愛される方だった。<br><br>聖人君主ではなかったが、心の本当にきれいな、「弱い者の味方」だった。<br><br>あの頃（昭和20～30年代）の北海道の多くの人がまだまだ貧しかった時代、相撲界にチャレンジした、豊かさを求めた青年ではあったが、心優しき好漢だったのだろう。<br><br>私が2016、３、２７に『横綱　白鵬の涙と、北の富士さんの解説』を書いた時の<br>文章をすこしだけ振り返って、ご冥福をお祈り致したい。<br><br><br>〝解説の北の富士さんも、ちょっと大人げなかったかな、今場所まずかったのは、この<br>一番だけですからね。問題なのは。本人も反省はしているし、来場所また素晴らしい相撲が見られるのではないでしょうか、今後の白鵬に期待しましょう。<br><br>、、、「北の富士」さん独特の「人の痛みのわかる人生」を思い出していた。<br><br>中学卒業と同時に出羽の海部屋に入門するのだが、北海道から上京した時に靴を買うお金もなく、学生服に下駄履き姿だったらしい。<br>上京の際の船酔いが原因で体重が激減してしまい、新弟子検査で体重不足で不合格だった。<br>特例制度で救われたが、なかなか体重も増えず出世するのにも苦労した遅咲きの「横綱」だった。<br><br>同期昇進した親友の横綱「玉ノ海」が急逝した時、巡業先で知らせを聞いた「北の富士」は人目をはばからず号泣したという。<br>「玉ノ海」の四十九日の法要の時も、自身の優勝パレードの時間を遅らせて駆けつけたという。<br><br>人の痛み、苦しさを味わった「北の富士」だったからこそ、「千代の富士」や「北勝海」の、一門の「横綱」が育った気がしてならない。”<br>
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<pubDate>Tue, 24 Dec 2024 02:41:34 +0900</pubDate>
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<title>2023/11/18</title>
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<![CDATA[ <i><p><br></p><p>前にも触れたことがあったが、私は北海道夕張で生まれ育ったが、当時高校は市内に５校あり、その中の１つ夕張北高校が私の母校で、大橋純子さんも先輩の１人で、教科担任のＨ先生から大橋純子さんの高校時代からの音楽活動の話しやらその後の活躍の話しやらいろいろ聞かされていた。<br></p><p><br></p><p>彼女が、大ヒット曲、シルエットロマンスや、たそがれマイ・ラブを歌い、日本中で知らない人がいなくなるくらい有名になり、いつの間にか私も、あの大橋純子さん、高校の先輩なんです！　などと田舎の話しを酒の席でするようになって、かれこれ30年ほど経っただろうか、、</p><p><br></p><p>71歳、ガンだったらしいが、まだまだ生きて夕張などで、チャリティーミニコンサートでも披露されて美しい歌声を聴かせてもらいたいものだった。</p><p><br></p><p>私にとって、また、ひとつ、心のなかでの身近な存在の方が逝かれてしまった。</p><p>昨日、イッセー君元気にしてる？　と、</p><p>苫小牧に住んでいる通称ハッセという心優しき高校の同級生からラインが来て、、</p><p>ひょっとして、大橋純子さんの悲報で、罹患者の私にも、、、彼女は「そうなのかも、、」と、、</p><p><br></p><p>夕張は、遠くになりにけり、、だが、</p><p>友は、また、近くにありにけり、かな、、、</p><p><br></p><p><br></p></i>
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<pubDate>Sat, 18 Nov 2023 00:31:57 +0900</pubDate>
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<title>坂本龍一氏、畑正憲氏の悲しい訃報</title>
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<![CDATA[ 先日の坂本龍一氏、今日のムツゴロウさんこと畑正憲さんの訃報に接し、私達の少し上の世代の偉人、ビッグな方々がこの世を去ってしまったことに哀悼の心を禁じえない。<br><br>坂本龍一さんと畑正憲さんには、私にとって衝撃的な思いがそれぞれあった。<br><p>それは、映画『ラストエンペラー』のマンチューリア（満州）であり、畑正憲さんの父親が満蒙開拓団の医師だったことで、畑さんが幼少期に動物たちとの触れ合いの中で育った想い出、すなわち動物との友達同士の触れ合いの原点が満州であったことだった。</p><p><br></p><p>以前、李香蘭こと山口淑子さんの生の発言を、このブログで紹介したことがあったが、彼女も「満州映画協会」の若きスーパーヒロインだったことも思い出された。</p><br><p>坂本龍一氏は、『ラストエンペラー』のあのテーマ曲、切ないまでの、あの旋律は王妃の涙とともに私の脳裏に深く刻まれた。</p><br>畑正憲さんの『ムツゴロウの青春記』は、私たち世代の希望の書の１冊だった。生きる希望と若者の自由な活力を漲らせてくれた至宝の１冊だったに違いない。<br>偶然にも、今日の報道ステーションで、キャスターの大越さんが、青春時代に『ムツゴロウの青春記』をイッキ読みしてしまった思い出があります！と、語っていたが、まさに私もそうだった。<br><br>今の時代、ある意味、個性が美しく光る素敵な時代かも知れない。<br><p>少なくとも、多くの人たちが流行や思想に染め上げられることはない時代だと私は思う。</p><br>多くの人たちが、感動し、日本中が同じ話題で沸騰するのは、先日のWBCの野球だったり、サッカーやラグビーのワールドカップだったり、スポーツのもつ力、興奮、感動だろうか、、、<br><br><p>私たち日本人が、感動し、感激し、そうだ！素晴らしい！と、自らの生きる指針や希望をいだけるものを造っていただいた坂本龍一氏や畑正憲氏に感謝の思いを致し、ご冥福を心よりお祈り申しあげたい、、、。</p><br><br>
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<pubDate>Fri, 07 Apr 2023 01:18:12 +0900</pubDate>
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<title>戦争と平和と異文化民族への理解</title>
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<![CDATA[ <p>西暦2023年の今日も、ロシアとウクライナはウクライナ領土で、戦争（殺し合い）をしている。</p><p>いつの時代も、概ね、領土・資源の奪い合いから武力侵攻が起きる。</p><p>国際法が定められていても、必ず「国際法違反はしていない！」と、戦車やらミサイルやら、歩兵やらを繰り出し、武器は消耗し人命は失われる。</p><p><br></p><p>動物の世界には、ミサイルや核兵器はないから、食料の奪い合いから大量なる動物が死んだなどという話は聞かない。</p><p><br></p><p>人間も動物なら、一番恐ろしい、好戦的な動物！ということになる。</p><p><br></p><p>平穏な世の中で、一人の人間を殺したなら殺人だが、戦争で大量に相手方を殺したなら英雄だの勲章ものだなどと言われた時代は過ぎ去った筈だったが、アングロサクソン・ゲルマン民族とスラブ民族は異文化社会への理解が、まだまだ足りないのではないか！？</p><p><br></p><p>日本人の中にも、ロシア（プーチン）の言うことも理解できると発言している御仁もおられるが、「侵略戦争」　を肯定する、しようとする思考が、はっきりと、まだどこかに宿っているのではないか、、、！</p><p><br></p><p>大変申し訳無いが、武器を造らせ、武器を売り、儲けておられる方々、、、所得番付がアップしても、、、</p><p>いかがなものでしょうね、、、！？</p>
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<pubDate>Mon, 20 Feb 2023 17:37:10 +0900</pubDate>
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<title>人口減少について考える</title>
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<![CDATA[ <p>昨日、テレビのニュース番組で少子化問題、少子化対策について、アメリカのイエール大学経済学部助教授　成田悠輔氏を迎え、なかなか興味深い話をされていたので少し書いてみたい。</p><br><br><p>昨年1年間の日本の新生児人口が、統計開始以来、初めて80万人を割り込み、国の予想を上回るペースで新生児数が減っているとのことで、、、さて、どう感じるか、、と、いうようなことでしたが、、</p><br>さすがに、この成田悠輔氏は、カタブツでもなく、軟派でもないバランスのとれた人物で、子供を生む(結婚する)自由、１人の子供が生まれ死ぬまでに国に納める税金の金額を考えると金の卵と同じとも言える、など、客観的見方も妥当ではあったが、、やはり、産みたいけれど、、子ができない、育てられるか経済的に不安、、など、産みたい人達に悩みや不安を解消してこそが、少子化スパイラルからの脱却になると話されていた。<br><br>その通りの話である。<br>兵庫県の明石市は、10年連続出生数が増え続けているという。<br>ワンマン市長で問題もあった泉市長の政策だった訳だが、【５つの無償】とやらで、①ミルク、オムツ無料、②第二子からの子供は保育料無料、③子供医療費は高校３年生まで無料、④公共施設（スポーツ施設など）の無料、⑤学校給食費無料、、と、なかなかの政策である。<br>着実に人口は増えているとのことだが、近隣の市区町村などからの流入家庭もかなり増え、、、当然、近隣の町は人口減少となる構図だ。<br><br>逆の話し？も、少ししておこう。<br>私の出身地でもある夕張市は、かつて12万人の人口があった市だったが、炭鉱の閉山もあって昨年まで減りに減り、とうとう2022年に7000人を切った。<br><p>あの『夕張再生市長』と自ら胸を張っていた現北海道知事の鈴木直道氏の時代も減り続けた。</p><br>そこには、ある大きな問題点も実はあった。<br><p>夕張には、シチズンやツムラの工場もあり（最近シチズンは撤退、ツムラも検討中らしい）、そこそこの雇用もあったが、家族は隣町の栗山町に住んでいて、子どもは栗山町や岩見沢市などの学校に通っている家庭がかなりあった。だから、夕張市の学校には、夕張メロン生産者の農家さんやその関係者の家庭などで、全市で1学年1クラスの夕張小中学校となっていた。</p><br><br><p>つまり、水道代も○○代も夕張は栗山町より高い、、！　だから、夕張には住みたくない、、移住しようか、、という構図があった。</p><br><br>そこに、働く場があり、生活環境、子育て環境が、他の近隣の市区町村と比べて満足出来る位置になければ、人口は、けっして増えていかないということ。<br><p>都道府県、国単位で考えても同じかも知れない、、</p><br><br>逆ピラミッドの人口構成が大いに問題ということであれば、私たち日本人の、子供からの大人になるまでの社会環境を、大人が真剣に賢く考えてあげなければならない時代が来たようだ、、、。
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<link>https://ameblo.jp/ks1955bing/entry-12785450717.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jan 2023 00:39:37 +0900</pubDate>
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<title>生きていくこと</title>
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<![CDATA[ 長く長く　すっかり遠ざかってしまいました。<br>アメブロの投稿も３年ぶり以上になってしまいました。<br><br>今日、かつて私と仲良くして頂いたブロガーの皆さんにアクセスさせて頂くと、私と同じようにお休みになられている方も何人かおられ時がたつことの無常さも感じるなかで、今日も記事を書かれている方もおられ、何ともいえない感動も覚えてしまいました！<br><br>長く病と付き合って、良くなったり悪くなったり、別の病気と出会ったりと、、、これも人生と達観？してみたりと、、、<br>今日も、ピロリ菌除菌治療の投薬で胃から逆流する苦さを感じながら１日を終えようとしています。<br><br>新型コロナウイルスも、もう3年間、私たちに、マスクファッションと新たな感染者を生み続けさせましたが、そろそろ、インフルエンザ並みにならないものかと、、、<br><br>幸いにして、感染者とはまだなっていない私ですが、いつ合併症などに付き合うことになれば命の保証もありません、、、<br>でも、私は常に楽観主義をもってことにあたる人間、まだやり残したこと、携わって行かなければならないことがあるならば、生きていけることを勝手に思うようにしています。笑<br><br>これからも、ブロガーの皆さんや、このブログを読んで頂けれる皆さんの健康を祈りながら、投稿させて頂きます。<br>これからも、どうぞよろしくお願い致します。
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<link>https://ameblo.jp/ks1955bing/entry-12783349493.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jan 2023 00:31:35 +0900</pubDate>
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<title>震度７と、停電、断水、、、</title>
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<![CDATA[ 久々の記事となりました、、、（体調の不調やらで長らくご無沙汰してしまいました。<br>ご心配いただいた方々に、感謝申し上げます。）<br><br>偶然にも、病院から自宅に戻り、夜中の三時過ぎに、突然ものすごい揺れに襲われて<br>しまいました。<br><br>未だかつてない強烈でめちゃくちゃな揺れでした。（札幌は震度５～６でしたが）<br>縦揺れという感じで、液晶テレビやら、パソコンやらが、ガタガタガタガタ！と<br>音を立てて上下し、本棚の上の置いてあったものが床を直撃し、食器棚のコーヒーカップが割れ、そして、テレビは切れ、真っ暗になってしまいました。<br><br>まる一日以上、停電が続き、水も出ず、、、いよいよ　公園の水道に並び汲んできた水を大事にしながら、耐える日々のスタートだな！　と覚悟を決めておりました。<br><br>お陰さまで、２９時間たって、拙宅に電気が通り、蛇口からは水が出ました。<br>まだまだ、電気も水もない家々があることを思うと、私にできることをしようと、<br>先ずは身内や知り合いへの安否確認と、水や食材（確保は至難の業ですが）を届けたりしております。<br><br>このタイミングで、本州の同級生Ｎ子さんから「無事ですか？」と、メールを頂き、なんとも有難い気持ちで、、、いま、書かせていただいております。<br><br>母校のＨＰにも、何かできることはありませんか！？と書いてくれている神戸？の大手食品メーカーのＡ君や、仙台のＫ君、秋の同窓会で元気な姿で会いたいものと秋田のＮ君など、心やさしい同窓、感謝！です。<br><br>たった今も、余震の揺れに、また来たか！と、ヒヤリ！とする日々の、北海道在住の私達ですが、（この夏は西日本豪雨被害や、台風２１号の強風高潮被害、北海道胆振東部地震と、罹災だらけの平成末年の夏！、、）　幸いにも命を永らえた私達は、お亡くなりになられた方々のご冥福を祈りつつ、日々、心を強くもって頑張ってゆきたいものです。<br><br>久々の記事、読んで頂き有難うございます。<br>今後とも、どうぞよろしくお願い致します。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ks1955bing/entry-12403396814.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Sep 2018 01:05:46 +0900</pubDate>
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<title>「お陰さまで、３００回」Ⅱ</title>
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<![CDATA[ ３００ほどの　記事のなかで　いいね！が　たくさんついたもの（ベスト５〈笑〉）を<br>あえて　アップさせていただいてます。　ご高覧ください！<br><br><br>“愛・・それは・・”<br><br>博愛、敬愛、慈愛、熱愛、人類愛、・・まだまだ　たくさんある<br>Ｌｏｖｅのつく言葉。<br>人間の歴史とは、それぞれの愛の歴史でもあったような気もする。<br><br>歴史を動かした　シーザーとクレオパトラの愛もあれば、<br>自宅のペットへの“家族愛”もあろう・・・いろいろな愛がある・・<br><br>このブログの読者さんにもなっていただいている方の記事の中で、<br>認知症のお母様が介護施設で、ほとんど自分で何もされない状態なのに、<br>その日　我が子が見舞いがてら泊ったとき、夜中に起きだして、<br>クローゼットをかき回し、薄掛布団を　寝ている我が子に掛けたという。<br>掛けられた本人は、寝たふりのまま黙っていたが涙がとまらなかった、と・・<br><br>私も同じような体験があるが、母はまさに、どこまでいっても母としての愛、<br>“母性の愛”が、認知症になっても残っているとしたなら<br>人間という生き物も、やはり、すばらしい。<br><br>愛のあるところに生まれ、愛をもって生き、そして死んでいく崇高なる<br>生き物なのかも知れない。<br><br>この世に生を受け、家族を愛し、友を愛し、異性を愛し、<br>動植物や大自然までも愛し、やがて天に召されていくのだろうか・・<br><br>この世で愛した、すべてのものに感謝し、笑顔で、「ありがとう」と言って<br>目をとじる人生を送りたいものだ　と、私は思っている・・・<br><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（２０１４、１１、３０）<br>
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<pubDate>Wed, 14 Feb 2018 17:21:09 +0900</pubDate>
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<title>「お陰さまで、３００回」</title>
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<![CDATA[ 拙ブログも、今回のアップで３００回になりました。<br>２０１４年からのスタートでしたから、まる３年余りでしょうか、、途中半年のお休みもありましたが、また以前からの読者の方々にも読んで頂ける状況になることができ、３００回書いてこられたことは、読者の方々がいてくださったからに他なりません。<br>これからも、よろしくお願い致します。<br><br>３００ほどの記事の中で、いちばん「いいね！」の多かった記事を、あえてアップさせて頂きます。<br><br>・・・・・最近は、浪花節という言葉は、ほとんど聞かなくなったが、「合理性」を追求する社会と、「浪花節」的社会では、スマート感や都会的感覚という意味では「合理性」こそ「核」のような気もするが、どうも「人間らしさ」という部分が抜け落ちているような気がしてならない。<br><br>例えば、恵まれない子供たちに「ランドセル」をプレゼントする「タイガーマスク」の「伊達直人」を知らない人は少ないだろう。<br>彼は、アニメのヒーローだが、「タイガーマスク運動」なるものまで、この世に作りだしてしまった。<br><br>「杉原千畝」の日本版「シンドラーのリスト」もそうだ。<br>彼の勇断のおかげで、彼に救われたユダヤ人数千人の、その子孫は、この地球上に何十万人にもなっているという。<br>皆、日本人の「杉原千畝」の日本政府に逆らった「浪花節」的英断で「命」をつないだのだ。<br>日本政府に「逆らう」ことが、「人間として正しい」と彼は思ったと、後に述懐している。<br><br>話は変わるが、日本全国に「キビシイ状況」の市町村が、近年増えている。<br>財政破綻した夕張市もそうだが、夕張に暮らす市民一人一人が国に借金をした訳ではなく、当時の市長（トップ）が起債として国から借金をしたツケをかぶり、暮らしは厳しく、人口はどんどん減り、公務員の給与も全国最低（市長も月給１０数万円）で、小学校（現在は小中学校）も市内に１校、学年１クラスしかない。<br>１４年？後だかに、借金を完済できる計算らしいが、それとて、夕張に人間が居続けた場合の話しだ。老人が多く、自然死も増えていくだろう。<br><br>江戸時代なら「徳政令」というものがあった。<br>借金棒引きである。私は、市民に、公務員に尻拭いをさせるのは、それこそ、ほどほどにし、人口が増えるような施策の打てる、普通の余裕を与えてあげても良いのではと思う。<br>それこそ、「ランドセル」のようなものだ。<br><br>全国の「過疎地」に、日本の英知を傾注し、島根県の「海士（あま）町」のように、「人口が増えた“過疎地”」が、いたるところに生まれるなら、少子化問題も解消されるかも知れない。<br><br>海士町長も、私から言わせて頂ければ、頭の切れる「浪花節」の　お人だ。<br>お母様の介護のために、大手の会社の支店長職を早期退職し、生まれ育った母親のいる島に戻って、ゼロから始めた勇気のある方だ。<br>最初、借金もされた、現在４期目の町長だ。<br><br>誰のために働くのか！？<br>もちろん、自分のためは当たり前だが、自分のためだけで終わらせないところが<br>人生なのだ・・・<br><br>・・・まさに、「浪花節だよ・・人生は・・・」。<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「浪花節だよ、人生は」　２０１５、７、２０）
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<link>https://ameblo.jp/ks1955bing/entry-12350919795.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Feb 2018 18:32:03 +0900</pubDate>
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