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<title>今夜の肴はマヨネーズ</title>
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<description>いつものように一人安酒を呑りながらよしなしごとを。</description>
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<title>永遠と刹那のあいだ</title>
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<![CDATA[ みなさまおはこんばんちは。<br><br>6年付けていた左腕のラババンが切れました。何も良くないことは起きていません。<br><br>もとは仕事の取引先だった知人が、某文芸賞の新人賞を受賞し、やっとそれを拝読いたしました。<br><br><br>おもうたこと<br><br>私は日々生きながら、しかし必ずいつか訪れる死を意識しません。何の根拠もなく、明日死ぬなんてことはあり得ないと思っている。実際その可能性は今の世では極めて低いと断言し得ます。<br><br><br>でも死ぬ。いつか必ず。<br><br><br>それが有機体であろうともそうでなくとも、この世に生まれたモノ、者は、その瞬間から熱エントロピー第二法則にしたがって緩やかにエネルギーを失っていく。つまりは死に向かう。この世に唯一「生」に向かう事柄があるとしたらそれは「進化」だと、あれは誰が言ったんだっけ。漫画だっけ。<br><br><br>で、仮にその宿命（という名の物理ですねもはや）の外にある存在と相対した時、人はどうなってしまうんだろう。<br>もはや何の普遍性をもたないまま即時、即物的に生きてきた人類が、ただそこにあることを半永久的に続ける存在に出会った時、何を思うんだろう。<br><br><br>というなんというかアレなものを感じました。<br><br><br>ああだめだ、書いては消すを繰り返しすぎている。おにぎり食べて寝ますさようなら。<br><br>STAFF<br>SAKE：クリアアサヒ<br>SAKANA：ハバネロビアスティック<br>SHIME：ツナおにぎり<br>
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11099919473.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 02:57:02 +0900</pubDate>
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<title>もう</title>
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<![CDATA[ みなさんごきげんよう。<br><br>某全国紙の某連載で掲載された某電力会社の某答弁。<br>裁判所という場所でよくもかような事を言えたものだと思う。それでいて結果としてそれは法的に認められたとも言う。<br><br>少し俯瞰してみると、法は時に一般庶民の理解の外で作用するもの。同様あるいはこれ以上に馬鹿馬鹿しく愚かしい判例は実はむしろ枚挙に暇ないと思う。また、電力会社の答弁はその節度や良心を問われるべきものであって、裁判に勝つための材料であるならばそれそのものを責めるべきではないのかもしれない。<br><br>必要なのは法の作用や裁判の主体による答弁に対する問いではなく、「法のあり方」そのものに対する問いなのだと思う。日本の法、そして裁判は、現行の法に則りはしても、月並みに言えば時に日本に住む人の道徳には則らない。言いかえれば、日本は時にその法を持て余す。<br><br><br>層の違う同じ論理だと個人的には思うけれど、マッチポンプでないのなら、火事場泥棒に出火責任は問うべきではない。<br><br>電力会社はあらゆる点で責任を追及され、それを果たすべきだと思う。その意味で電力会社は擁護されない。ただ一方で、マスコミ含め世論は、「何の責任がどれだけどこにあるのか」を冷静に考えるべきだとも思う。天災そのものはどこかの誰かに責任を問えるものではないから天災という。天災に由来して施設が損壊したことに対する責任は十分あろうが、天災そのものは彼らが起こしたことではない。<br><br><br>んなこたわっかとらァであればそれでええんだけれども。<br>苦しい時は、人も世も恨み憎む対象を無理にでも見出そうと躍起になるものだと歴史は教えているからね。<br><br><br>思う事を書いて終わってしまった。ま構うまい。<br><br><br>STAFF<br>SAKE：クリアアサヒ<br>SAKANA：ハバネロビアスティック<br>
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11092373709.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Nov 2011 02:29:04 +0900</pubDate>
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<title>一日空けちまったぜ</title>
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<![CDATA[ みなさんこんばんみ。<br><br>人を憎むことは悪だと世の中では教えられますが必要悪無しでこの世は成り立たない。ああ彼に悪いことが起きてくれ。<br><br><br>さて。<br><br>この世の森羅万象が理に支配されていると教えられるのは高校生まで。時には、というより正確には多くの場合が、他の理不尽な何かによって左右され動かされているものです。それは金であり権威であり名誉であり恥であり血筋でありと雑多だが、洋の東西を問いませんが、政治の世界なんてのはまあその類であるというのは絶望的です。<br><br>政治の世界でも外交は術数権謀の世界。日本がある東アジア地域は世界でもその度合いが極めて高い地域。ほんの先日まで傷つけ傷つけられていた国同士が隣り合って、どっちが悪いどっちが謝るという話を未だ続けているわけですから。犬の喧嘩よりタチが悪い。<br><br>で、東アジア地域に特に顕著なことに、俺バックにあの人いっかんよとか、おいテメー俺に手え出したらあの先輩黙ってねーぞみたいなのがこれを更にこじらしている。<br>実際のとこその「あの人」だとか「あの先輩」だとかは、<br>「ウィス、先輩、今日何パン買ってきましょうか？」<br>「あ？おめーいっつも購買でドジってクリームパンとかしか買えねーから大人しくコーヒー牛乳買ってきときゃいんだよ　あ？金？おめー立て替えとけや」<br>「あ、ウィスｗｗ」<br>みたいな、自分がパシリか金庫以上の何でもない関係なもんだから、本人の啖呵じゃ出る迫力も出るわけない。<br><br>国際世界のアクターはもはや国民国家ではなくなって、米ニューヨークの事件でようやく世界<br>がそれに気付いた今の世であったって、あの先輩の顔色をうかがう事はやめられない。<br><br>我が国もこの類、とゆうか例題筆頭候補の典型例であるわけです。<br><br><br>で、非現実とエンタテインメントを織り交ぜながらもしかし、この状態にいまだかつてなく鋭利に一刀を差し込むのが小説「Twelve.Y.O（以下TYO）」by福井晴敏。江戸川乱歩賞受賞してるようですね。<br><br>いずれも映画化されている「終戦のローレライ」、「亡国のイージス」、最近では「ガンダムU.C」も同著者の手になるもの。<br><br>読めば読むほどわかる徹底された取材。それを背骨にしてかもしだされる圧倒的なリアリティ。<br>ストーリーそのものは荒唐無稽に近いフィクションなのに、それによって現実にある読者を引き込んで止みません。<br>また、何よりも発刊は１５年も前であるにもかかわらず、その時から今の世を忠実すぎるほどに見通した著者の千里眼に脱帽を禁じ得ません。<br><br><br>秋はもう終わってしまいましたが、一読されてはいかがでしょうか。<br><br><br>これにて了。<br><br>STAFF<br>SAKE：金麦<br>SAKANA：ささかまぼこ<br>
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11082670451.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Nov 2011 02:58:33 +0900</pubDate>
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<title>めっきり</title>
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<![CDATA[ 寒くなり申したな。<br><br><br>前回は長すぎましたので今回は短くいこうと思います。<br><br><br>■今日知ったこと<br>・ジャンプ銀魂の坂田銀時とゆうのがいるが、たぶんこれは坂田金時をもじっていること<br>・バスケットのルール上、ボールを拳で叩く行為は反則にあたること<br>・SKYRIMというゲームが神ゲーであること<br>・TPP参加交渉にまつわる政治的議論が児戯であり欺瞞であるがゆえにポーズすぎないこと<br>・佐々木希はこれからまだ伸びるということ<br><br><br>以上まる<br><br><br>STAFF<br>SAKE：クリアアサヒ<br>SAKANA：ビーフジャーキー<br>
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11080768949.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Nov 2011 00:35:27 +0900</pubDate>
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<title>さあて</title>
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<![CDATA[ まだ見ぬ皆様おこんばんは。<br><br>何事も欲が出れば成らざるというのは不思議なもので、ブログもまた書こうと、あるいは面白くしようと思ってしまう途端ネタが無いもの。<br><br><br>なので暫時瞑想を。<br><br><br>あ。瞑想で思い出した。<br><br>あたくし15年ほど前まで空手をやっておりまして。フルコンとかそんなんでなく、組手では寸止めのいわゆるスポーツ空手。当てる時は防具をつけるやつです。いちお黒帯とりました。<br><br>練習が始まる前に師範を前にして練習生が正座し、しばしの黙想の時間があります。<br>むろん黙想に何の意味があるのかなど分からないお年頃（いや教えられていたとは思うんですがね）、条件反射で目を閉じていただけでした。<br>本来ならば、その時に気を静め、無を見つめ、そして稽古に打ち込もうという事だったんでしょうね。今でこそその大切さに思い及ばせております泣<br><br><br>師範は女性でした。後から知ったことですが、海外にも名が知れた有名な師範だったよう。160cmないくらいで細身、当時で40代半ばくらいかしら。<br>彼女の組手を見ることはなかったけれど、型や演武を見ることはしばしばあり、子供心に所作の美しさを感じたのを覚えています。<br><br>道場は5年くらい行ってましたが、たった一度だけ師範と組手をしたことがありました。<br>師範と組手をすることに緊張はしましたが、僕はもう中学2年くらい。体格では勝ります。ひとより手足が長いことも助け、必然間合いは僕のが長く広くなる。速力にはちょいと自信もあったので、一足で踏み込んで中段突きを当てる、というサクセンを決めるわけです。<br><br><br>この組手、不思議なほど鮮明に覚えてます。<br><br>どこを守るでもなく両手をほとんど下げきり、蹴りは出るかも、くらいのスタンスでおもむろに構える師範。フットワークは踏んでません。打ち込んで来いというポーズにしては無防備に過ぎた。<br><br>「はいどうぞ」という師範代の静かな一言で組手は始まったがしかし打ち込めません。<br><br>いわゆるスキがないというやつでしょうか。手数を多く出してくるが故に返す間隙が見つからない相手はいましたが、師範は動いていない。フットワークさえ刻んでいない。ほぼ静止です。その上打ち込むべき上段、中段を守る防御の手もないというのに。ただ僕の目を傲然と凝視しているだけでした。<br><br>間合いに入った瞬間に上段もらうだろうなと思って打ち込めないが、気押されていては分が悪い。つま先でフットワークをとりながら、ほとんど焦れた自分が先に動きます。後ろ足に力を入れ、踏み込んだところで水月にズンと何かを押し込まれる感覚。<br><br>中段の前蹴り。痛みはありません。僕の前進を止めた、という程度の感触。<br><br>構えている前足を膝から下だけ動かして素早く蹴る刻み蹴りとゆうのがありますがそうではない。腰の回転、体重移動が伴う、つまり動作に時間がかかる、後ろ足を振り出し本来は水月なり丹田なりの急所にズドンとめりこませる正真の前蹴り。<br><br>師範の間合いにはまだ入ってなかったはず。またあの一瞬で前蹴りの動作？なぜという思いで立ちすくんでいると、「はい。一本ね」とだけ言って、師範は他の練習生の稽古に移りました。<br><br><br>立ち会いを見ていた先輩に聞くと、自分が動き出す前に勝負は決していたよう。<br><br>開始直後、僕が情けなくも逡巡しているうちに、師範は前足をこうにぎにぎして、やや前に出していたらしい。僕は師範の重心、つまり胸、腹で間合いを計っている。そんなこなをしているうちに、蹴りの支点を前に移動させることで、師範は一時的に間合いを伸ばしていたことになる。<br><br>マジか。<br><br>さらに言及するなら、それは前蹴りのみ、ではないにしても後ろ足の蹴り技にのみ攻撃オプション限定するもの。たしかに師範、通常自由組手の際に付ける拳のサポーター（まいわゆるグローブだわね）をつけてなかった。<br>でさらに言えば、僕の飛び込み刻み上段突き（ジャブみたいなん）の動きと師範の前蹴りの動作、どっちが速いかって言ったら前者です。これは自惚れではなく人体の動きとしてそうなってる。そいでも師範の前蹴りが先に入ったってことは動きを読まれてた、とゆうかほぼ完全に掌握されていたことになる。<br><br>マジかってば。<br><br><br>もう一本お願いしますとは恐れ多く言えず、呆けたままでその日の練習を終えました。<br><br>「るろうに剣心」作中にて、達人の間合いはすなわち剣の結界であるというくだりがありますが（比古清十郎が出てくるよ！）、師範の間合いは正に結界でした。<br><br><br>おや、何を書こうと・・・あ、そう瞑想ね。<br>世知辛い世の中ですので皆様、しばし瞑想に浸ってみるのもよろしいのではないでしょうか。<br><br><br><br><br>いやそれにしても長ｗ<br>悪い癖でございまして。次回以降改めます。<br><br><br><br>これにて了。<br><br><br><br>STAFF<br>SAKE：クリアアサヒ<br>SAKANA：クラッツ フォンデュ　チキングラタン風※ビール系にクラッツシリーズはマジ鉄板<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11079886302.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Nov 2011 01:16:10 +0900</pubDate>
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<title>なぜにブログを始めるのか</title>
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<![CDATA[ こんな時間に人知れずこんばんは。ハジメマシテ。<br><br><br><br>初めてブログというものをはじめようと思います。<br><br><br>どんな些細なことも話し方で事実よりも面白くなるのと同様、文章も<br>また言葉のチョイスとその文法を逸しない範囲での配置次第で<br>おもしろくなるものだと信じています。<br><br><br>早くも飾り気のないブログになりそうですが皆様暫時宜しく。
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<link>https://ameblo.jp/ksquarek/entry-11073972610.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Nov 2011 01:37:42 +0900</pubDate>
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