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<title>東亜は今が興隆期</title>
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<description>東亜三国は時代相が異なり、価値観が異なる。問題の多くは無知によるものだ。異なる時代相を知れば前途は明るい。</description>
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<title>道徳が無い者は禽獣に等しい</title>
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<![CDATA[ 道徳が無い者は禽獣に等しいという。子供にいくら理科や数学や国語を教えても禽獣からは抜け出せない。本能のままの子供に道徳を教えることから禽獣から抜け出すことができるようになるのであるから道徳教育は必要である。弱い者をいじめてはいけないという日本固有の道徳教育が徹底されれば弱い子をいじめる子はいなくなる。よって、いじめで自殺する子供はいなくなるはずである。<br><br>警察が介入し、取り調べをやり、その真相が明らかになり、その原因の芽を摘み、再発を防ぐようにするのであろうが、一般の犯罪と同じように監視体制を強める、ということになるのだろうが、こんなことをいくらやっても本当の解決にはならない。<br><br>先ずは教育をする大人自体が道徳を持っているかどうかはなはだ疑わしい。道徳を持っていない禽獣に等しい者が教育者であることはないだろうか。<br><br>共産主義者等は唯物論者であるはずであるから心が無い。今日では滅びた思想であるが日本では実際に共産党があるのであるから生きている。よって、共産主義者等の唯物論者が教育者であれば子供の道徳教育は不適格である。<br><br>また日本の文化は日本人の精神が永い歴史を経て今日の制度、法律、習慣、宗教、祭祀、道徳になったのであろうから日本の道徳を教えるのは日本人でないといけない。日本人になりきらぬ帰化人は出身国の道徳を持っているとしても日本人の道徳教育の教師としては不適格である。<br><br>政治家なるものは国民から見て、いつも得体が知れない。公私を分けることすらできないように見える。我々日本人と共通の道徳を持っているのか訝しく思うのである。<br><br>天皇陛下を敬い、国旗や国歌を崇める政治家などを見聞きすると「ああ、日本人だな」とホッとするのであるが・・・。<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm07%2Fbr_banner_himawari.gif" width="80" height="60" border="0"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size:12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<pubDate>Fri, 13 Jul 2012 10:23:27 +0900</pubDate>
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<title>民意</title>
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<![CDATA[ ネットで民意とうてば民意とは、人民の意志のことであるが，民意とはつねに漠然としたものとしてあり，おもに為政者の側の用語として用いられる、とのことである。<br><br>日本人であれば神社に行って安らかに暮らせるように祈るのだが、それが民意であると勝手に解釈する。<br><br>人にはそれぞれ専門の職業があり、20年も働けばかなりの知識がつくのであろうが他の職業のことは判らない。<br><br>政治のことは政治家に任せ、余計なことは言うなというが、そんなことは百も承知である。結果が安心して暮らせるようになればそれでいいのである。政治が下手なので、安らかに暮らせない、と苦情を言うのである。<br><br>①税金を上げたら安らかに暮らせない。<br><br>②近隣諸国が領土を泥棒するので安らかに暮らせない。<br><br>③日本の文化が無い、個人主義の外国人が創った憲法では安らかに暮らせない。<br><br>④原発が事故を起こすようであれば安らかに暮らせない。<br><br>といっているのである。<br><br>これが民意ではないか・・・。<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img width="80" height="60" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm07%2Fbr_banner_himawari.gif"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size: 12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11297126176.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Jul 2012 08:06:37 +0900</pubDate>
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<title>鬱陵島（＝竹島）問題</title>
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<![CDATA[ 現在、韓国と竹島問題で一悶着しているが古くから朝鮮の鬱陵島を竹島といい、現在の竹島は松島といっていたようです。よって。同名異島ではあるが竹島問題といって領有を争うのは歴史上、二度目のことであります。<br><br>江戸時代のころには朝鮮の鬱陵島は竹に覆われた島であったらしく、竹島ともいわれておりました。鬱陵島（=竹島）の領有をめぐり朝鮮と争うのであるが結局、江戸幕府は、鬱陵島（=竹島）の朝鮮の領有を認めることになります。<br><br>元禄６年、江戸幕府が鬱陵島（＝竹島）を日本領土と主張したのはちゃんと理由があります。朝鮮は鬱陵島を人口増加と食糧生産の不均衡のため高麗末期より約３００年放棄し、誰も住まぬ無人島と化していました。その間、一時的に世宗時代に本土からの逃亡民が住むようになり、官吏が捕えて朝鮮本土に連れ帰ったため、また無人島となります。<br><br>その後、慶長、元和のころ伯耆国大谷、村川家が幕府から竹島（=鬱陵島）渡海の許可を得、その経営にあたり、両家の領有になります。将軍家綱の時は、更に竹島（=鬱陵島）と隠岐島との間の松島（現在の竹島）を賜ったという。領有の問題が起こったのは日本の元禄２年、朝鮮人多数が鬱陵島（=竹島）へ渡海し、大谷、村川家の人々と一悶着を起こしたためであります。<br><br>交渉の末、江戸幕府は鎖国令のためにということで鬱陵島（=竹島）を一時的に朝鮮に預けるということで竹島開発を放棄することになります。これについて朝鮮・粛宗巻三十一に「竹島（鬱陵島）は、わが国（朝鮮）の地なることは興地勝覧（巻四十五蔚珍縣鬱陵島の項）に載せられ、日本また明知するところなり」という。すなわち日本は鬱陵島が朝鮮の領有であることは文献（興地勝覧）によってよく知っているのに朝鮮側が放棄したということで領有を言っているが朝鮮は鬱陵島を放棄はしていないということであります。<br><br>これで大谷、村川家は竹島（=鬱陵島）をあきらめざるをえなくなったのでありますが引き続き竹島（=鬱陵島）と隠岐島の中間にある松島（現在の竹島）を経営し続けるのであります。<br><br>松島（現在の竹島）については鬱陵島から僅か　９０kmの島ですからその島の存在を朝鮮にても明知しているのでしょうが大谷、村川家（日本国）が経営していることになんら異議の申し立てをしなかったようであります。<br><br>朝鮮は文献（興地勝覧）により鬱陵島（=竹島）は朝鮮の領有であることが明らかであるといっておりますから近くの松島（現在の竹島）については朝鮮側には朝鮮の領有を示す文献もなく、日本の領有であることを認識していたのでしょう。<br><br><a title="人気ブログランキングへ" href="http://blog.with2.net/link.php?942234"><img width="147" height="40" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm06%2Fbr_banner_frog.gif"></a><br><a style="font-size: 12px;" href="http://blog.with2.net/link.php?942234">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11265908184.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jun 2012 06:48:54 +0900</pubDate>
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<title>イラン・イラク戦争</title>
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<![CDATA[ 報道によると、北朝鮮が、１９８０年９月に始まったイラン・イラク戦争当時、イランに大量の武器を売却していた実態が、１８日に韓国外交通商省が公開した外交文書（８０、８１年分）で明らかになった、という。<br><br>１９８０年といえばまだ冷戦のさなかである。当時のイラクはアメリカの後押しでイランと戦っていたのであるからアメリカの敵の北朝鮮がイランを支援することは別におかしなことではない。<br><br>韓国外交通商省がこのようなことを公にするのはどのような意図があるのであろうか。想像するにイランと韓国は仲が良い国となっているが健全な関係といいたいのであろうが、本当にそうであろうか。<br><br>イランはもともとパーレビ―政権であったので親米政権であったために多くの兵器は欧米の兵器であったはずである。イスラム革命によって反米となったために当然のごとく武器の購入はできなくなって多くの欧米の武器の備品、弾薬の購入に苦労をすることになるのであるが、金儲けのために陰に隠れて欧米の兵器の備品、弾薬を輸出した国々があったはずである。<br><br>韓国外交通商省は３０年前の自国の兵器輸出について調べてみたのであろうか。一度調査されることをお勧めする。<br><br><a title="人気ブログランキングへ" href="http://blog.with2.net/link.php?942234"><img width="150" height="60" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm03%2Fbanner_br_sakura.gif"></a><br><a style="font-size: 12px;" href="http://blog.with2.net/link.php?942234">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11197012026.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Mar 2012 06:59:01 +0900</pubDate>
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<title>輸出は自由、輸入は非自由</title>
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<![CDATA[ Ｔ　Ｐ　Ｐの問題は自由貿易の問題ではありません。日本は多くの品目はすでに自由化され非自由化品目として残るものは僅かでしかありません。非自由化品目を見れば何故このような品目を自由化しないのだろうと不思議になります。<br><br>香港、シンガポール、台湾へ行きましたら乾物の問屋街があり、日本産のアワビや煮干、フカヒレ、干し貝柱が大量に売られています。どうも貝柱などは日本の独壇場にあるようでありますが非自由化品目を見ましたら貝柱、煮干は大量に輸出していながら非自由化品目になっております。これはいかなることでしょうか。<br><br>また日本政府は日本の食文化の輸出で世界中に大いに宣伝していると聞きますが、同時に多くの食品が輸出されているのでしょうが世界中が寿司や刺身を食べるようになっておりますから非自由化品目であるサバ、サンマ、タラ、イカ、干し海苔などは上述の貝柱同様多くを輸出しているようです。パソコンで海産物の輸出入、海苔の輸出とうてば随意にご覧なることができます。これはいかなることでしょうか。<br><br>なぜこのような不合理が起きるのでしょうか。輸出をしながら一方では輸入を制限する。<br><br>簡単に考えられることは日本の農水産物の業界が頑強に輸入を拒んでいるからだと存じます。当然のことでありますが政治家を使って輸入を制限するのでありますが政治家と業界の関係はどのような関係となっているのでしょうか。<br><br>このような食品は毒ではありませんから輸入禁止などは論外ですから非自由化品目として幾分かの輸入を認めるのでしょうがその輸入許可を受ける会社と政治家の関係はどうなっているのでしょうか。<br><br>この不合理は日本国内にあるようであります。国の改革なくしてうまくいかないのでしょうから、どうもＴ　Ｐ　Ｐは既存政党が続く限り、合意に至るのは難しいかもしれません。<br><br><a title="人気ブログランキングへ" href="http://blog.with2.net/link.php?942234"><img width="143" height="58" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm08%2Fbr_banner_kujira.gif"></a><br><a style="font-size: 12px;" href="http://blog.with2.net/link.php?942234">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11194068060.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 06:51:19 +0900</pubDate>
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<title>「人に迷惑をかけない」？</title>
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<![CDATA[ 道徳といえば「博愛」＝「思いやり」の精神が根本理念であろうが、「博愛」＝「思いやり」を語らずに「人に迷惑をかけない」とだけいうのであればおかしなことになる。どうも世間でよく聞く「人に迷惑をかけない」とは「人に迷惑をかけられたくない」と表裏であるようだ。ずいぶんと個人主義的な考え方だが、これをそのまま実践すると悪行に陥る。道徳を装っているがまさに不道徳といえる。<br><br>このような冷酷な精神であれば町中で気を失っても、交通事故に遭おうともあたかもゴミを捨てたかのごとく「人に迷惑をかけるな」といわれかねない。東北の大震災でも同じことであり、安全な放射能のレベルでもがれきの処理に「人の迷惑をかけるな」と反対運動をされることになる。知らん顔だけならまだいいが反対運動までするとなるとまさに悪行である。政治家がこのような声を気にするようであれば悪行に荷担することになる。<br><br>「人に迷惑をかけない」「人に迷惑をかけられたくない」と、それほど「自分のために」と執着するのであれば親子の間でも油断はできない。そのような関係であれば家族は成り立たない。中風で動かぬようになったらきっと子供から「何で俺に迷惑をかけるのか」といわれ、この「糞爺」「糞婆」ときっと足蹴にされるだろう。自分がまいた種であるから自分に戻ってきても致し方はないがひどい親子関係となる。<br><br>また、子供が親のいないところで大怪我をして人の助けを受けたとすれば「人に迷惑をかけた」と子供をしかるのだろうか。「人に迷惑をかけた」としかるような親であれば子供のほうで自分が大怪我をしていることを隠すだろう。<br><br>個人主義のネットワークはがれきの処理でも十分発揮され、がれき受け入れを決めた市長は市民からの反対運動よりも他県からの抗議が多いと聞く。個人主義のネットワークは張り巡らされ、社会がこのような不道徳な連中に牛耳られ、一種の監視社会ができているのであろう。<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm11%2Fbr_banner_ochiba.gif" width="80" height="60" border="0"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size:12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 10:38:43 +0900</pubDate>
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<title>全品目とは</title>
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<![CDATA[ Ｔ　Ｐ　Ｐ　の問題でアメリカが全品目対象とするといったらしく、当然のことであろう。全品目とは何かというのを調べたければを実行関税率表を見ればいい。パソコンで実行関税率表とうてばでてくる。<br><br>貿易の全品目の中に自由化品目と非自由化品目というのがある。自由化品目とはすでに自由化されている品目のことである。今問題となっているのは非自由化品目のことである。パソコンで非自由化品目とうてば見ることができる。ちなみに現状では以下のようになっている<br><br>☆貿易非自由化品目一覧<br><br>下記名は正式な公表品目を簡略したもの（昭和58年4月1日現在）<br><br>◎総品目数<br><br>1.畜産物　　　　　　牛肉，ミルク及びクリーム（生鮮），濃縮乳・練乳，プロセスチーズ，牛肉及び豚肉の缶詰等<br><br>2.水産物　　　　　　近海魚ならびにたらこ（生鮮・塩蔵等），帆立貝・貝柱及びいか（生鮮・塩蔵等），<br>　　　　　　　　　　　 食用海草　　<br>　　<br>3.果実・野菜類　　オレンジ及びタンジェリン（生鮮），一時的貯蔵のオレンジ及びタンジェリン等，<br>　　　　　　　　　　　パイナップル缶詰・フルーツパルプ・いった落花生等，果汁及びトマトジュース，<br>　　　　　　　　　　　フルーツピューレ及びフルーツペースト，トマトケチャップ及びトマトソース<br><br>４.糖類・でん粉類　　　でん粉及びイヌリン，ぶどう糖等穀類、小麦粉・米粉等，ひき割りした小麦・<br>　　　　　　　　　　　　　　ひき割りした米等<br><br>５.地域農産物，その他　　あずき・そら豆・えんどう等，落花生（搾油用を除く），<br>　　　　　　　　　　　　　　　　こんにゃくいも，調整食料品（加糖，ミルク，海草，小麦等のもの）<br><br>６.鉱産物　　　　　　石炭　<br><br>７.革及び革製品　　牛革及び馬革，染色し着色しまたは模様付けした羊革，染色し着色しまたは<br>　　　　　　　　　　　　模様付けしたやぎ革，革製はきもの<br><br><br>◎例外品目<br><br>農産物　　　　　　　　米，小麦，大麦，はだか麦，麻薬原料等<br><br>鉱産物　　　　　　　　塩，放射性元素の金属鉱<br><br>工業品　　　　　　　　火薬，爆薬類，麻薬，覚せい剤，ワクチン，血清，放射性物質，原子炉，航空機，戦車，<br>　　　　　　　　　　　　 軍艦，武器刀剣等<br><br><br>※例外品とは，ガット（GATT）が自由化義務を免除している品目である。<br><br><br>以上<br><br><br><br>火薬、爆薬類、航空機、戦車、軍艦、武器刀剣類も自由化になるのでしょうね。これについて評論をしたい学者、評論家、専門家の皆様一品目ずつ検証してはいかがですか。<br><br><a title="人気ブログランキングへ" href="http://blog.with2.net/link.php?942234"><img width="107" border="0" height="51" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm11%2Fbr_banner_onsen.gif"></a><br><a style="font-size: 12px;" href="http://blog.with2.net/link.php?942234">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11187272960.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 08:11:55 +0900</pubDate>
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<title>正直な政治家</title>
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<![CDATA[ 博愛と独立心を持った人でも通常は自分の家族を養うのが精一杯でありますが政治家は万民から税金を取って、万民の役に立とうというのでありますから立派な仕事である、と思うのでありますがどうも日本の政治家のやっていることは、万民から税金を取りながら万民を忘れ、自分の関わりのある人のみに役だっているようであります。これは政治的な行為でなく、個人の営利行為です。<br><br>今の政治制度に欠陥があるのでしょうが、さらには今の政治家の多くは善悪を判断する個人の道徳の持ち合わせがないように感じます。自分の正体すら知らないのに道徳はわからないし、道徳がない政治家はいつも公私がごちゃ混ぜでまともな政治はできないでしょう。<br><br>今評判の関西の政治家について政治討論の動画ありましたがその政治家の著書に次のような文言があった、と司会者が言っておりました。<br><br>その文言というのは「政治家を志すちゅうのは、権力欲、名誉欲、の最高峰だよ。自分の権力欲、名誉欲の達成する手段として、嫌々国民のため、お国のために奉仕しなければならないわけよ。別に政治家を志す動機づけが権力欲や名誉欲でもいいじゃないか！・・・・嘘つけないやつは政治家と弁護士にはなれないよ！嘘つきは政治家と弁護士の始まりなのっ！」と。<br><br>本居宣長は彼の著書『玉勝間』で「うまいものを食べたい、美しい着物を着たい、良い家に住みたい、財宝を手に入れたい、人に尊敬されたい、寿命が長く生きていたいと思うのは、誰もがみんな 持っている本心である。ところが、これらを皆よくないこととして、そう願わないのを大変素晴らしいこととして、すべて欲しがることもなく、願わない顔をする者がこの世の中に多くいるのは、いつもわずらわしい偽りなのである」といっております。<br><br>関西の政治家の文言は人の本心をよく知っているから言える言葉だと感じます。ところで一転して「嘘つけないやつは政治家と弁護士にはなれないよ！嘘つきは政治家と弁護士の始まりなのっ！」といっておりますが<br><br>荻生徂徠は「政治(公)と道徳（私）は一線を画するべきである。為政者の主観的な心術よりも、その政治的行為がどのような結果をもたらすか、ということが問われなければならない。政治家が道徳的にすぐれた行為に心がけるのは、そのほうが民が政治家に服するからに過ぎない」と言っております。<br><br>政治道徳なる言葉がありますがそれを聞くたびに奇妙な感じがいたします。個人の道徳を持っていて、何故、政治道徳が必要でしょうか。個人の道徳でもって自分の生活も政治も判断するのが普通です。政治家が個人道徳を持っていたらちゃんと公私を分けることができますから政治を利用して個人の営利行為はしないでしょう。<br><br>個人道徳を持った政治家の政治的行為の結果、万民の役に立つことだけを期待するのであって、嘘を言おうが、戦争をしようが、お好きなようにどうぞと思うだけです。<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img width="80" height="60" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm07%2Fbr_banner_himawari.gif"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size: 12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11184407229.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 07:34:52 +0900</pubDate>
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<title>勝手に原価計算</title>
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<![CDATA[ 実際にアメリカに農業視察にいったこともないのでアメリカの米価を全く知らぬのであるがよく世間でアメリカ産の米は日本産と変わりなく良品質の上に安いということを聞く。もちろん安全な米ということであって農薬などで汚染されていてはいけない。<br><br>アメリカの良品質で安く、安全な米が自由に低関税で輸入されるようになれば日本の農業は崩壊するというようなことをいう人がいるが、これは商売の理屈に反する。日本と同じような良品質の米であれば日本産と同じように価格は高くあって当たり前である。<br><br>実際に直接輸入を企む精米業者がアメリカに米を買い付けにいったと想像してみるといい。アメリカ産のコシヒカリを実際に現地で食べてみて日本産の一般的なコシヒカリに変わらぬ良品質であること、農薬で汚染されてないことを確認したとする。そこで彼はこの品質であれば日本で十分日本産に対抗して販売できると考えるだろう。それから価格を聞くと輸出価格はアメリカの輸出港渡しでトン当たり米ドルで５００ドルであるとする（想定）。<br><br>では実際に原価計算（※原価計算の数値はすべて想定）をしてみよう。関税は無税と想定。トン当たり５００ドルの米はキロ当たり０．５ドル（５０セント）・・・①である。仮に現在為替相場が1米ドル＝日本円１００円、米を２０トン積載できるコンテナ１コンテナで積むと考えると船賃は日本円で１０円程度・・・②、通関手数料、保税倉庫料などの諸費用を１５円程度・・・③、自分の所在地までの運送料、所在地での倉庫料までの諸費用を１５円程度・・・④と考える。<br><br>そうすると輸入原価はキロ当たり①+②+③+④＝９０円となる。これは玄米であるから今から精米しなければならぬが仮に１kgの玄米を精米したら８００gになると考えると精米後の原価は９０円÷０．８＝１１３円、精米の諸費用キロ当たり１０円とすべてで１２３円となる。１０kg当たりでいえば１２３０円となる。彼はこの品質でこの価格であれば大もうけができる、と考えるだろう。日本産の米であればスーパーマーケットで、１０kg当たり３５００円で売られている米は、２６００円程度で精米業者から買うのであろうから直接輸入業者であるこの精米業者の利益は２６００円-１２３０円＝１３７０円と大もうけになる。<br><br>ところがそうは簡単にはいかないだろう。アメリカの米が安いのは日本に輸出できないことによって安くなっているのであるから実際に自由化されたらアメリカの日本産種（コシヒカリなど）の米価は一気に値上がりするだろう。今までトン当たり５００ドルであっても８００ドルにもなるかもしれないし１０００ドルを超えるかもしれない。１０００ドルを超えるようなことでもなれば日本の米価とさほど変わらない。アメリカ人は馬鹿ではないのであるから自由化の恩恵の大半を日本側に吸い取られることはしない。<br><br>多量のアメリカの米が日本にやってきたら暴落するではないかと考える向きがあるが商売人は金儲けを企んで輸入するのであるが博打打ちでないのであるから暴落するほど多量に輸入すれば大損となるので普通はそんなことはしない。<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img width="130" border="0" height="60" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm03%2Fbanner_br_sakurabird.gif"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size: 12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11182586044.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 12:01:19 +0900</pubDate>
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<title>日本における政治と文化の分離</title>
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<![CDATA[ 奈良時代から平安時代初め頃の仏教はふつう国家仏教などといわれ、律令制度によって、政府から経済的援助を受けると同時に取り締まりもうけていました。律令は唐の制度を取り入れたものですから、この時代の日本仏教のあり方は、中国と似ています。ところが日本では時代がたつにつれて仏教教団の力が次第に強くなり、政府の手に負えないほど強力になっていきます。<br><br>平安時代終わり頃の独裁君主白河法皇が、「スゴロクのサイコロの目と、鴨川の水と、山法師の三つだけは自分の思い通りにならぬ」と嘆息したという有名な話がありますが、山法師というのは比叡山の僧兵のことです。<br><br>つまり日本では、中国の文化的な影響力が弱くなって日本独特の文化が形成されてくるにつれて、宗教は政治から全く分離していったのです。ここに中国と日本の文化の型の大きな違いが見られます。<br><br>学問と芸術の場合にも、宗教と全く同じことが言えます。日本の歴史の中で学問・芸術が政治と密接に結びついていた時代は、中国文化の直接の影響を受けていた飛鳥時代から奈良朝をへて平安初期にいたる頃までです。<br><br>日本の文化が和風化し始めた平安の中頃になりますと、学問も芸術も次第に政治の世界から分かれてゆきます。「源氏物語」をはじめとする平安朝の物語文学は主に女性の手になったものでありますし、和歌の方でもすぐれた歌人は没落貴族や下級貴族が主になってきます。学問も同様です。中世に入れば、政治の実権は文化的教養のない武士階級に握られますから、学問と芸術は、政治の世界に直接関係にない公家と僧侶の仕事になってしまう。<br><br>ですから「文人」という言葉は、日本では政治や世俗の世界から遠ざかって自然と遊び、読書や書画を楽しむというイメージが強いわけです。<br><br>ところが中国の「文人」というものは、これと全く違います。最初にいいましたように、中国の歴史を未開の時代から文明の時代へすすめたのはいわば文人の知力です。<br><br>ですから中国の学問・芸術というものは伝統的に政治と強く結びついている。美術史の方面は私はよく知らないのですが、中国ではいわゆる士大夫の教養として詩・書・画の三つがあげられます。詩をつくり、書をよくし、絵をかけるということが官吏の必要資格である。学問つまり儒教の教養はいうまでもありません。ですから、中国の有名な哲学者、詩人、書家、画家というのはすべて政治家で占められています。朱子とか李白とかいった人の本業は、みんな官吏つまり政治家なのです。<br><br>（湯浅泰雄著「日本人の宗教意識」より一部抜粋）<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" title="人気ブログランキングへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fm03%2Fbanner_br_sakura.gif" width="150" height="60" border="0"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?942234" style="font-size:12px;">人気ブログランキングへ</a>
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<link>https://ameblo.jp/ktnyyk/entry-11177317986.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 21:14:57 +0900</pubDate>
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