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<title>kuma8780のブログ</title>
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<title>旅を終えて</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/de/3f/j/o0597040014479224818.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/aa/6f/j/o0597040014479224824.jpg" width="560" alt="イメージ 2" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/1e/0b/j/o0597040014479224829.jpg" width="560" alt="イメージ 3" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/8b/ec/j/o0382030414479224835.jpg" alt="イメージ 4" class="popup_img_382_304"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/9d/41/j/o0711054014479224842.jpg" width="560" alt="イメージ 5" class="popup_img_711_540"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/58/be/j/o0600092314479224846.jpg" width="560" alt="イメージ 6" class="popup_img_600_923"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/3d/2e/j/o0815114914479224850.jpg" width="560" alt="イメージ 7" class="popup_img_815_1149"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/94/42/j/o1671117514479224855.jpg" width="560" alt="イメージ 8" class="popup_img_1671_1175"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/05/b4/j/o0817115314479224859.jpg" width="560" alt="イメージ 9" class="popup_img_817_1153"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/79/8f/g/o0165013014479224862.gif" alt="イメージ 10" class="popup_img_165_130"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d0/9f/p/o1061080214479224867.png" width="560" alt="イメージ 11" class="popup_img_1061_802"></p><div class="wiki"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=JsHJ30G1CFA" target="_blank">【YouTube動画】リスボン海洋博到着　ユーラシア大陸横断ツーリング歓迎式典</a><br></div><br><div class="wiki">（写真1.　EXPOﾕ98 リスボン海洋博覧会会場）<br>（写真2.　日本館における歓迎セレモニー）<br>（写真3.　集まってくれた観客と報道陣）<br>（写真4.　日本館到着のサイン）<br>（写真5.　記念撮影　この時の写真は後に日本館の公式記録書籍に掲載された）<br>（写真6.　朝日新聞）<br>（写真7.　オフロードバイク専門誌「月刊ガルル」1998/12月号　これに先立ち<br>　　　　　9月,10月号においても特集を組んでいただいた）<br>（写真8.　ガルル12月号続き）<br>（写真9.　そのまた続き）<br></div><br><div class="wiki">　今、これを書いている目の前の壁に大きな世界地図が貼ってある。たて1m、よこ1.5mほどの地図だ。日本橋丸善書店で￥1,000で購入したものだ。大きさの割に安いと思ってあとでよくみるとユーラシア大陸のどまんなかに「UNION OF SOVIET SOCIALIST REPUBLICS」つまりソビエト社会主義共和国連邦と書いてある。ペレストロイカ以前、1982年にアメリカで出版された古いモノだったのだ。しかしそれは国地域別に色分けをしてある行政区分図ではなく、色彩により高低が表されている地勢図だ。国境は目立たぬようごく細い線で引かれている。ぼくは国境線が目立たない地勢図の方が好きだ。地形が良く分かるし、なにより人々を隔てる国境がない。<br>　<br>　ユーラシア大陸横断ツーリングから帰国後、この地図に虫ピンを刺して走行したルートを繋いでみた。2ヶ月間、15,510kmにおよぶ旅が、たった50cmほどになってしまった。こうしてみると旅そのものが現実のものでなく夢の中での出来事であったかのようにも思える。しかしそれが夢や幻でない証拠に、このサポート隊日記と多くの写真や動画が手元にある。<br>　この旅の道中、広大な大陸に住む多くの人と出会った。しかし、国境という人為的に引かれた線、概念で隔てられている人々は肌の色、髪の色、目の色こそちがっても、我々となんら違うところはなかった。そして人種や言語、食習慣などの文化は国境とは関係なく緩やかに変化をして行った。まさにこの旅の目的のひとつであった「国境の無意味さを暴くこと」を体感してきたわけである。それなのに、今この瞬間も世界のどこかで国境を挟んだにらみ合いが続いている。<br></div><br><div class="wiki">　もう一度この旅に行ってみたいかと問われれば、もちろん行きたいと答える。<br>　旅の道中に出会った多くの心優しい人々たちに、このド素人によるドタバタツーリングは支えられてきた。これらの人のほとんどとはもう一生出会うこともないだろう。でももし、もう一度同じルートを旅したら、なかには覚えていてくれる人がいるだろうか。そうだとしたらうれしい。<br></div><br><div class="wiki">　アジアとヨーロッパは確かに地続きで、一本の道でつながっていた。<br></div><br><br><br><br><div class="wiki">あとがきのあとがき<br></div><br><div class="wiki">　この日記はサポート隊員であるぼくが日々つけた日記です。同様のルートでユーラシア大陸横断を計画している人もいると思いますが、そういう人達にはたぶんあまり参考にならないであろうことを、言っておきます。<br>　また、毎日の天候が書いてありますが、これも一日に数百キロも進めば大陸性気候なのだからコロコロと変らない方がおかしいわけで、これもほとんど参考にはならないと思います。しかしこの旅の二ヶ月間、大陸はおしなべて天気は悪かったことははっきりと言えます。　<br></div><br><div class="wiki">　日記の中でも予告したとおり、ロカ岬到達の翌日には、折しもリスボンで開催されていたEXPO ﾕ98 世界海洋博覧会の日本館において盛大な歓迎セレモニーを催していただきました。500年前の大航海時代、ここリスボンから東洋へ向けての船出があったが、500年の時を経て今度は日本人が陸路でリスボンへ来たということで、リスボン市民を中心とした観客のみなさんに大歓迎していただきました。リスボン市民のみなさん、博覧会関係者のみなさんありがとうございました。<br>　また帰国後には朝日新聞、J-WAVE、日本経済新聞、月刊ガルル他でも旅の様子を取り上げていただきました。<br></div><br><div class="wiki">　この旅にぼくが参加することに、当初は反対だった人が３人いました。一人は日本最大の私塾enaの代表取締役社長、河端真一氏。氏は「お前、旅のあいだにほかのメンバーとぜったいにケンカするから、行かない方がいいよ。」ぼくの性格をよく見抜いたご意見でしたが、大きな争いごともなく無事戻ってまいりました。<br>　もう一人は仕事でずいぶんお世話になっている櫻井彰生ディレクター。かつて自らも大型バイクを操っていた氏は「そんなに長距離を車に乗ったら内蔵が下がってしまうぞ」との注意。これはコルセットを装着することで解決しました。<br>　最後の一人は荻窪の美容師、三田ひて子さん。「ヘルメットをかぶって頭がムレたら髪の毛に良くないからね」これは通気性の良いヘルメットを購入し、行程が長いときはタオルなどをかぶってからヘルメットをかぶる、また洗髪を欠かさない、というアドバイスを頂き解決。<br>　旅立ちにあたって以上の３人も含むたくさんの人たちから激励をいただき、「良い旅を」とはなむけの言葉を頂戴しました。<br></div><br><div class="wiki">　ただいま。無事に帰ってきました、ありがとう。<br>　そして、旅の道中に出会い、このツーリングを成功に導いてくれた多くの心優しい人々にも、ありがとう。また会える日まで。<br></div><br><div class="wiki">　旅に出るには大きな理由や迷いは不要です。ほんの少しの勇気と、旅立ちの迷いにポンッと背中を押してくれる誰か、そして旅を一緒に楽しんでくれる仲間と、心から楽しむことのできる自分がいれば十分です。<br></div>
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<pubDate>Sat, 27 Sep 2008 12:48:18 +0900</pubDate>
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<title>最終日 第62日その2　　ゴールその後　ロカ岬～キャパリカ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/15/52/j/o0667139614479224805.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p>　すでにとっぷりと陽の暮れた山道をCAPARICA方向へ戻る。後に続くライダー隊。デリカの中はとっつぁんもエッちゃんもぼくも無口になっている。<br>　4月25日橋のたもとの丘の上では、キリスト像がライトアップされて相変わらずリスボン市内を見下ろしている。<br><br>　アパートに到着。今日からはエッちゃんもこのアパートの住人になる。氏には隊長とダブルベッドで寝てもらうことにする。<br><br>　昨日と同じく、まず警察署にBAJAを預けに行き、その帰り道に昨日のレストランで夕食ににする。店の人も覚えていてくれて「Same table.」と言って2階に案内してくれる。昨日と全く同じ席に着く。<br>　今日はゴール記念だから豪華にやろうと、ワインなんか3本も頼んでしまう。おじやはエビ・カニがてんこ盛り。隊長は「ツメの中のカニがうまい」などとわけのわからない言葉を発する。エッちゃんにはCoffee ステーキを勧める。<br>　食後に、とっつぁんが仲よくなったアパート1階のカフェのマイケルおじさんの娘がやっているというカフェで日本茶を飲む。娘さんは日本への留学経験があるということで、父娘共々日本びいきなよう。で、メニューにも日本茶がある。ファドのCDを聞きながら日本茶をすするのも、なかなか渋いものがある。<br><br>　帰りに公衆TELからリエに電話をしてみると彼女は大興奮。電話の向こうでキャーキャー言っている。<br><br>　アパートのリビングで、ロカ岬で残ったポルトワインととっつぁんがオランジェで買ったワインを開け、隊長、エッちゃん、とっつぁん、ミカさんと飲む。<br>　午前2時10分。宴はまだ終わらない。
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573988.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Sep 2008 19:25:19 +0900</pubDate>
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<title>最終日　第62日　1998/9/23（水）　曇時々晴れ　　コスタ・デ・キャパリカ～リスボン～ロカ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/65/80/j/o0704052814479224726.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/75/fb/j/o0704052814479224730.jpg" width="560" alt="イメージ 2" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/29/3f/j/o0704052814479224737.jpg" width="560" alt="イメージ 3" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/0e/2f/j/o0597040014479224744.jpg" width="560" alt="イメージ 4" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/7d/7e/j/o0704052814479224748.jpg" width="560" alt="イメージ 5" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/4e/17/j/o0704052814479224752.jpg" width="560" alt="イメージ 6" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/c8/73/j/o0597040014479224757.jpg" width="560" alt="イメージ 7" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/11/97/j/o0597040014479224761.jpg" width="560" alt="イメージ 8" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/87/2c/j/o0597040014479224766.jpg" width="560" alt="イメージ 9" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d5/e0/j/o0704052814479224769.jpg" width="560" alt="イメージ 10" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/f7/f1/j/o0597040014479224775.jpg" width="560" alt="イメージ 11" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/4c/ae/j/o0800059814479224781.jpg" width="560" alt="イメージ 12" class="popup_img_800_598"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/13/c6/j/o0400059714479224785.jpg" alt="イメージ 13" class="popup_img_400_597"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/7b/39/j/o1618048014479224787.jpg" width="560" alt="イメージ 14" class="popup_img_1618_480"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/15/2c/j/o0800058114479224789.jpg" width="560" alt="イメージ 15" class="popup_img_800_581"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/95/a7/g/o0165013014479224794.gif" alt="イメージ 16" class="popup_img_165_130"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/f1/db/p/o0651048414479224800.png" width="560" alt="イメージ 17" class="popup_img_651_484"></p><div class="wiki"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=mxcMj0W7zvM" target="_blank">【YouTube動画】ロカ岬、涙なみだの大ゴール！？</a><br></div><br><div class="wiki">（写真1.　早朝のキャパリカ海岸　漁から戻った船にカモメが群がる　遙か対岸にロカ岬らしきものが<br>　　　　　見える）<br>（写真2.　リスボン市内へ向かう）<br>（写真3.　4月25日橋の上からリスボン市内が見えてきた）<br>（写真4.　エッちゃんと待ち合わせたコメルシオ広場）<br>（写真5.　エッちゃんを待つ）<br>（写真6.　テージョ川を挟んだ対岸ではキリスト像がリスボン市内を見おろす　開催中のリスボン海洋<br>　　　　　博のバナーが翻る）<br>（写真7.　かわいい路面電車が市内を縦横無尽に走り回る）<br>（写真8.　斜面に形成されたアルファマ地区が見える）<br>（写真9.　たぶんあれがロカ岬）<br>（写真10.　夕陽が沈む前に着かなくては）<br>（写真11.　涙なみだの大ゴール！？）<br>（写真12.　涙なみだの大ゴール　その2）<br>（写真13.　陸尽き海はじまる）<br>（写真14.　針の穴を突くようなかすかな夕陽　この旅最後の夕陽）<br>（写真15.　悲しいかな、到達証明書を買ってしまった）<br></div><br><div class="wiki">　7時40分ころ目が覚める。ようやく陽が昇ってきて、対岸のリスボンからロカ岬あたりが朝日に照らし出され、浮かび上がってくる。<br>　浜では小さな漁船がいくつか漁から帰ってきて、トラクターがそれを浜に引き上げている。その上を何百羽というカモメが飛び回る。<br>　捕ってきた魚はその場で売っているようだ。とっつぁんは「良い魚があったら買ってくる」と浜に出ていった。<br></div><br><div class="wiki">　アパート１階の商店街の中のカフェでハム&amp;チーズトーストとミルクコーヒー＝カフェコンラッテとオレンジジュースの朝食。オレンジジュースはインディオ系の顔立ちをした細身ではあるが尻のデカいお姉さんの手搾り。オレンジを２つに切り分け、搾り器に押しつけ搾る。結構な力仕事なはず。７杯のジュースを寡黙に絞り出してくれた。彼女の兄貴と思しき兄ちゃんは顔にあばたがあり、背の高いナンちゃんといった風情。ナンちゃんがトーストとカフェコンラッテを運んでくれる。<br></div><br><div class="wiki">　警察署へBAJAを取りに行く。アパートまでの道は車輌通行禁止なので、BAJAを押しながら坂を上がっていく。博士死にそう。<br>　13時にコメルシオ広場でエッちゃんと落ち合う約束なので、11時すぎにアパートを出る。CAPARICAとリスボン市内は、テージョ川という大きな川で隔てられていて、ゴールデンゲートブリッジのような大きな橋『4月25日橋』で結ばれている。CAPARICA側の橋のたもとの丘の上では巨大なキリスト像が両腕を広げ、対岸のリスボン市街を見下ろしている。<br>　出発して30分程で市内に入る。4月25日橋を渡り切ったときにデリカの距離計が<br>77,777kmに達した。<br></div><br><div class="wiki">　コメルシオ広場前まで来たが、広場に入るための左折をしそこなったため、止むなく直進。広場からどんどん離れていく。地図を頼りになんとか広場に戻ろうとするが旧市街は急坂が多く、一方通行も多く道は狭い。鉄道模型のようにかわいらしい1両編成の路面電車がその道を縦横無尽に走り回る。<br>　迷路のような細い道の右折左折をくり返し、ようやくコメルシオ広場に出る。<br></div><br><div class="wiki">　エッちゃんを待つため、停車出来るところを探すが、広場の周りの駐車場は黒塗りの乗用車で一杯。仕方なくそこに二重駐車していると、すぐに警備員のおじさんに「ここでの二重駐車はダメ。反対側のバス停のほうに行きなさい。」と言われ移動。対面のバス停横に何とか場所を見つけ駐車。エッちゃんを待つ。<br>　12時40分、広場の外れからサングラスをかけたエッちゃんが『ナゾの東洋人』といった感じで徒歩で現れる。1カ月と10日ぶりの再会。肩のギプスはとっくに取れたという。<br>　ややあってからEXPO '98日本館の日本人男女が現れ、明日9月24日の万博会場での歓迎セレモニーの打合せをする。すでに席順まで記された進行表が出来ている。けっこう大きなことになるようだ。２人はわれわれ全員のパスポートをコピーするため回収し、万博会場へと戻っていった。<br></div><br><div class="wiki">　彼らがパスポートを持って再びここへ戻ってくる間、16時までみやげ物購入などの自由時間となる。<br>　ぼくはアズレージョを探す。アズレージョはポルトガル特産の装飾タイル。ここに来るまでも教会の外壁など、色々なところで見かけた。しかしイザみやげに買うとなると、探すのはなかなか難しい。いかにも〈みやげ物屋です〉といった感じの店で、アズレージョもどきのコーヒーカップや灰皿を購入。<br></div><br><div class="wiki">　16時集合までもう時間がないので急ぎ集合場所まで戻る。途中路上に立つエレファントマンのおじさんに出会った。はじめはふざけてゴムの面をかぶっているのかと思ったが、その奥で光る眼差しと一瞬視線が合ったとき、それがウソでないことがわかった。<br>　集合の16時にはぼくが一番遅れる。と言っても5分くらい。でも遅れは遅れ。十分に反省をする。と、その間もなく出発。いよいよゴールのロカ岬を目指す。<br>　空には暗雲が垂れ込め、小雨さえ降り始める。ライダー隊は4月25日橋の下でまたもやカッパを着用する。<br></div><br><div class="wiki">　思えばこの冒険旅行の一つの目的は、大西洋に沈み行く夕陽を眺めながら一杯のよく冷えたポルトワインを飲むことであった。この天候では夕陽を望むことはもはや絶望的ではあるが、「もしや」ということもあるので行ってみることにする。〈午後5時のバカッ晴れ〉ってものを何度か経験したことのあるぼくにとって、それはあながち有り得ないことでもない。<br>　何度も言うが、この冒険旅行の一つの目的は、大西洋に沈み行く夕陽を眺めながら一杯のよく冷えたポルトワインを飲むことであった。ところが、ゴールのロカ岬で飲むポルトワインがいまだ用意されていないことが発覚。<br>　隊長いわく「冷えた白が無かったから、リスボン市内で買わなかった。」ポルトワインは赤だっちゅーの、隊長。ポルトワインは甘い。隊長の考えも甘い。<br>　途中の街で、ポルトワインとワイングラスを隊長ととっつぁんが調達してきてくれる。<br>　ゴールのロカ岬まではここから8kmくらい。この期に及んでこんなドタバタをやってていいんだろうか？いや、これが素人集団のいいかげんなところ。<br></div><br><div class="wiki">　水平線と雲の間に隙間ができて、うっすらオレンジ色に。雲の切れ目からビームが射して海の一部分が金色に輝いている。<br>　「時間的にヤバそう」ととっつぁんがデリカを飛ばす。BAJAはそれについてくる。道は山道のワインディング。その山を抜けると左前方に忽然とロカ岬らしきものが現れる。<br>　とっつぁん「あれがそうか？」とぼくに聞く。とっつぁんもぼくも来たことが無いが、ぼくは妙に自信を持って「そうです」と答えてしまう。まず間違いない、急ぐ。<br>　帰ってくる観光バス3～4台とすれ違う。日没には間に合うのか？<br>　<br>　「着いたね」「来たね」「おめでとう」。筆舌に尽くし難い感動が隊員皆を襲う、かと思ったが意外に皆淡々としている。<br>　  1998年9月23日18時10分(local time)、ユーラシア大陸最西端ロカ岬に到着。<br>　特にゴールゲートがあるわけでもなく、迎えてくれる人が居るわけでもない。もちろんカメラの放列があるわけもない。<br>　ここへ到達するまでに積み上げてきた約2カ月の日々が走馬灯のように思い出されることも無く、極めて予定調和的に到着してしまった。それは誰かが言っていた「ジグソーパズルの最後の1ピースのよう」に全くあっけない幕切れだった。<br></div><br><div class="wiki">　本当にここへ来るために、2カ月間ひたすら西へ向かって走り続けてきたのだろうか？なんともやりきれない思いが胸中を去来する。<br>　ロカ岬はそれほど何もなく、強い西風がただ海から吹いてくるだけの荒涼とした所だった。<br></div><br><div class="wiki">　ヨーロッパからの旅行者だろうか、老夫婦のダンナが「東京から来たの？」と聞く。事情を話すと「コングラチュレーション」と握手でわれわれの到着を祝ってくれた。これが唯一の、そして最大の祝福。うれしい。<br>　ロカ岬には大航海時代にここから幾艘もの船が旅立ったことを記念する碑が立っている。<br></div><br><div class="wiki">　「ここに陸尽き、海はじまる。」<br></div><br><div class="wiki">　今日まで毎日、夕陽を追いかけて西へ、西へと走って来たけれども、ここから先、西へ行きたくてももう陸がない。<br>　毎日追いかけて来た夕陽も、この旅最後の夕陽となって今まさに大西洋に沈もうとしている。もうこれ以上追いかけることはできない。<br>　雲と水平線の間にかろうじてわずかに顔を出した夕陽を見ながら、ロカ岬の最も西側でポルトワインで乾杯。ここまで共にがんばってきた車輌にもワインを・・。<br>　ほんの一瞬の日没だった。<br>　　<br>　全員やや逆上的に写真やビデオを撮りまくる。<br>　Informationセンターで到達証明書を書いてもらう。自身もXR400を駆るというパトリシアは、唯一知っている日本語で「大きいの800、小さいの500。」と言い放つ。観光みやげになっている到達証明書の値段を言っているのである。ここに来さえすればだれだって手に入れることができる到達証明書にはなんの価値も無いことがわかっていても、悲しいかな「800」なんて答えてしまう。おまけにタムラさん、アイさん、リエの分まで買ってしまう。　<br>　パトリシアは、もう何千人にもそうしたであろう手つきで何のよどみも無く、カリグラフで証明書に名前を書く。<br>　到達したことを知らせるため、ここからリエに電話をしたいがクレジットカードが使えないし、テレフォンカードも売っていないのであきらめる。<br>　大ちゃんが〈到達記念ウイリー〉を試みるもバランスを崩し、沿道の岩に激突しそうになり失敗。危ない。それを見ていた隊長は「もう1回！」などと言っている。<br></div><br><div class="wiki">　しっかりした夕陽を見られないまま、陽は暮れた。<br>　出発も雨。ロシアも雨。ヨーロッパでもだいたい1日に一度は雨。この旅にはふさわしい最終日の天気。<br>　去り難いが、この場を去る。<br>　出発間際に隊長が「KUMAちゃん、ありがとね。」と、まだ包帯の取れない右手でぼくと握手。おれ、こーゆーの弱いんだ。隊長知っててわざとやったでしょ。<br></div><br><div class="wiki">　“大人が命を賭けた遊び”はこれでおしまい。<br>　この旅初めての戻る道を行く。<br></div><br><div class="wiki">　　　　　　　本日走行　72km　　ウラジオストークから15,510km<br>　　　　　　　　　　　　　　　　（デリカ総走行距離　八王子～ロカ岬　16,766km<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ウラジオストーク～ロカ岬　16,285km）<br></div>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2008 03:06:06 +0900</pubDate>
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<title>第61日 1998/9/22（火） 曇時々晴れ   アルトゥラ～コスタ・デ・キャパリカ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/51/97/j/o0704052814479224647.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/86/ce/j/o0704052814479224653.jpg" alt="イメージ 2" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/50/48/j/o0704052814479224661.jpg" alt="イメージ 3" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/5c/82/j/o0597040014479224665.jpg" alt="イメージ 4" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/bc/a7/j/o0640048014479224675.jpg" alt="イメージ 5" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/c9/f6/j/o0704052814479224683.jpg" alt="イメージ 6" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/22/cc/j/o0704052814479224697.jpg" alt="イメージ 7" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/aa/21/j/o0704052814479224705.jpg" alt="イメージ 8" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/93/23/g/o0165013014479224716.gif" alt="イメージ 9" width="165" border="0"></p><p></p>（写真1.　ホテルは意外と海に近かった　干潟で作業をする漁師たち）<br>（写真2.　ホテル近くの八百屋）<br>（写真3.　ホテル前で朝礼　今日はゴールのロカ岬まで行くかも知れない）<br>（写真4.　アルファムブラ近く　なだらかな起伏のある風景になってきた）<br>（写真5.　並木道をリスボンへと急ぐ）<br>（写真6.　デリカも急ぐ）<br>（写真7.　ついに「Lisboa」の表示が現れる）<br>（写真8.　夕陽が沈みそう　ロカ岬まで行かれるのか？）<br><br>　荷物をデリカに積み込み、出発できる格好で朝食に行くことにする。昨晩のうちとっつぁんが調べておいてくれた、歩いて５分ほどのホテルでビュッフェの朝食。<br>　ここも老夫婦の宿泊客が多い。ライダー隊の格好が奇妙なのか奇異の目で見られる。<br>　けっこう肌寒い朝なのに、もうプールで泳いでいる夫婦もいる。昨日は気がつかなかったが、すぐ目の前は海岸だった。<br><br>　街中の広場には夏の間仮設遊園地があったらしく、その解体作業もほぼ終わりかけている。夏はもう終わりなんだ。８月の間ずっと肌寒いシベリアを走っていたわれわれにとって、今年は夏らしい夏はなかった。<br>　昨晩は２部屋に分かれて宿泊したが、ミカさん、博士、大ちゃん達は部屋のお湯の出し方がわからず、水シャワーを浴びて寝たらしい。昨晩とっつぁんがフロントのお姉さんに湯沸器の使い方を教わったが、それを彼らに伝えるのを忘れていたのだ。<br><br>　今日はいよいよ目的地リスボン入りの予定。うまく行ったらゴールに定めた、ユーラシア大陸最西端のロカ岬まで行くので、出発前に隊長による朝礼がある。<br>　今にも降り出しそうな天気の中を出発。われわれはエスクードを全く持っていないので、隣街のTaviraで両替をすべくN125に乗る。Taviraのはずれで女の子に銀行の場所を聞き、両替をする。こんな地図にも名前が乗っていないような小さな街にとても日本人が来るとは思えないが、ちゃんと日本円の換金レートがあった。<br><br>　両替後、オウトバーンIP1-E1に乗り終点まで。これは無料。比較的西海岸に沿ったN120で北上。道路脇の小さな小さなスタンドで給油。フルサービスのスタンドではスタンドマンの兄ちゃんがデリカのステッカーを見て「本当に東京から来たの？なんでまたこんなことしてるの？」と信じられないという顔をして人をつま先から頭までなめるように見る。<br>　「ただ、面白いから。」と答えてもけげんな顔をするだけ。「そう、ぼくらはクレイジーなんだ。」と答えると、ニヤっと笑い「とにかく気をつけてな」と言ってくれる。<br><br>　山の中の狭いワインディングの国道を行く。<br>　途中のアルファムブラで昼食にする。『アルファムブラの想い出』のアルファムブラ宮殿はスペインにあるはずだ。ポルトガルのアルファムブラで飯を食って『アルファムブラの想い出』にすることとする。<br>　山道の中ぽつんとあった食堂に入る。店のオヤジはテンポの良い英語をしゃべる人で、黒板に書いてあるメニューを次々と説明してくれる。『Chickin Pri-Pri』のPri-Priが気になったので皆それにする。『Chickin Pri-Pri』はその名の通り、骨付鶏肉のチリソースあえ。<br>　ぼくらは表のテラスのテーブルで食事をしたが、店内は結構な客で賑わっている。途中国道の工事があったが、そこの作業員たちも居る。<br>　なじみ客らしい黒人男性が興味をもって色々と聞いてくる。隊長がそれに答える。会計のときに店のオヤジは『Pri-Pri』ソースを1本くれた。<br><br>　とっつぁんの運転でしばらく眠ってしまうが、目覚めると天気が良くなっており、両側の風景はなだらかな起伏の北海道風。路面状況はあまり良くないが、両側に並木がありまずまずの風景。<br>　いよいよ、〈リスボンまで100数十キロ〉の表示が出てくる。<br>　途中の小さくてボロいドライブイン風カフェで、博士が海運関連で日本へ国際電話を入れるが、うまく行ってないらしい。電話代の支払い時は２人のおばちゃんのポルトガル語攻撃で、3200エスクード（約￥2,688）もしてしまった。<br><br>　陽射しが強く蒸し暑い。<br>　地図上では完成していなかったA2に乗りリスボンを目指す。当初16時頃までにSetubalという港に着いて、海運会社と打合せする予定だったが、話がまだまとまっていないのでSetubalへ行く必要がなくなり、リスボン近くで連泊出来るホテルを探して、時間があればロカ岬まで行くことにする。<br><br>　リスボン市内のホテルは、海洋博開催中なので高いに違いない。リスボンとテージョ川を挟んで反対側にCosta de CAPARICAというリゾート地があることを地図上で発見。「ここならリゾートアパートメントがあるのでは」というとっつぁんのカンを頼りに、そこを目指す。出来れば昨日のようなリゾートアパートメントが良い。途中道が混み、薄暗くなってきた。ロカ岬行きをあきらめ宿探しに専念する。<br>　Costa de CAPARICAに入り１軒目のアパートは断わられたが、そこで紹介してもらった〈APARTAMENTOS TURISTICOS CAPARICA OCEANO〉に決める。４人部屋と３人部屋を一部屋づつ。<br>　４人部屋は海岸に面した３階の角部屋。キッチンリビングに２つの寝室、ベランダが２つも付いている。もちろんバストイレ付。建物に入るにはオートロックの鍵を開けるか、入口の部屋番号を押してインターフォンで部屋にいる人に開けてもらう方式。<br>　地下と１Fには様々な商店が入っている。新築ではないが立派なところ。ただし困ったことに駐車場が無い。１階の一角にあるレセプションのお嬢さんたちは親切。特にメガネの彼女はチャーミングで早くもミカさんのお気に入りとなる。ミカさんここにも住むか？<br>　彼女たちは「ここらへんでもたまに盗難事件があるわ。駐車のことだったら警察署に相談してみるといいわよ。」と教えてくれる。<br><br>　荷降ろしをしている間にとっつぁんが警察署に交渉に行ってくれた。結果はBAJAのみ警察の柵の中に入れてくれるとのこと。デリカの入るスペースはないらしい。デリカはピロピロを付けて部屋から見える真下の路上に駐車するしかなさそうだ。警察には21時半頃来いと言われたとのこと。<br><br>　レセプションのお嬢さんに教わった近くのレストランへまず夕食へ行くことにする。教わったレストランは歩いて１分くらいの所にあった。１階は一杯なので２階席に通される。英語のメニューで注文。〈COFFEEステーキ〉がうちの自慢だと言っているので、だまされたつもりで注文してみる。<br>　みんなもそれぞれ注文。特に『オジャ』に入った魚介類のトマト仕立ておじやはちょっと覚えたものだから自然と人気が高い。<br>　COFFEEステーキのお出まし。深めの皿にビーフステーキが横たわっていて、それがコーヒー牛乳色したソースに浸っている。恐る恐る食べてみると、ミルクコーヒーソースと柔らかいステーキ肉が絶妙に合っていて珍味美味。これを注文しなかった人達にも少しづつ分けて差し上げて好評。<br><br>　警察にBAJAを持っていかなくてはならないので、みんな「酒は飲めないね」なんて言ってたのに、結局いつもより少なめとは言え白ワインを２本空けてしまう。<br>　食事を終え帰ろうとしていると、隊長の後ろの席のなぎら健壱にそっくりの男が、隊長の着ていた隊のTシャツを見て話しかけてくる。なぎらさんは夫婦でドイツからバカンスでここに来ていて、ここへ来る前にドイツのテレビでわれわれのことを見て知っていたという。ドイツで取材された記憶は無いので、きっとロシアでのニュースソースがドイツに流れオンエアーされたのだろう。なぎら夫妻にきららを差し上げる。<br><br>　結局、警察署までBAJAを押していくことにする。アパートから警察署までは歩いて５分程だが、ゆるい坂をあがり、また下った下にある。坂の両側にはカフェやレストラン、みやげ物屋やゲームセンターが並び、22時半だというのにあちこちで盛り上がっている。　客たちが何事かと、BAJAを押しているわれわれを見る。<br>　警察署脇の金網で仕切られた一角の駐車場にBAJAを入れる。なるほどこのスペースではデリカは入らない。とっつぁんが警察官に事情を話しきららを１箱上げる。<br><br>　思えばこの旅ではずいぶんと警察に世話になった。中国で先導をしてくれた公安をはじめ、ロシアではГАИに宿泊場所その他で相談に乗ってもらった。ドイツでは保険の件で取り調べを受けたがそのあとグリーンカード取得まで面倒を見てくれたし、フランスの警官はとっつぁんの酒気帯び運転を、粋な計らいで不問に付した。バルセロナではバイク好きの警官ととっつぁんがサグラダファミリア前で長話をしたと聞いているし、そのほかでもあちこちで世話になった。日本の警察はこの様な異国からの旅人にどの様に接するだろうか？<br><br>　部屋に向かおうと歩いていると、路上駐車したデリカの前でなぎら夫妻と再会。なぎらさんはしきりにデリカのルーフに積んであるものが盗まれやしないかと心配してくれる。<br>　もはやルーフにはナベカマの類と蚊取り線香や乾電池などの荒物などしか乗ってなく、盗まれて困るものなど何も乗ってない。一番価値の有るものと言えば唯一、アイさんから借りている発電機くらいのものだ。これにしたって盗まれても明日のゴールに何の支障もない。デリカごと盗まれたって明日はロカ岬にゴール出来るんだ。そう思うと何だか気が楽になってきた。<br>　なぎら夫妻には「どうせ古いものだし、価値は無いから、もう盗まれたっていいんです。」と答えると「そりゃ、面白いことを言うね。あともう少し、がんばってね。」と励まされる。<br><br>　部屋にエッちゃんから電話があり明日13時にコメルシオ広場で会うことを再確認する。<br>　部屋のリビングで精算をし、明日以降の行動を打合せ、すでに午前３時。<br>　明日はいよいよゴールのロカ岬を目指す。　<br>　<br>　あと1日だけ西へ、西へ。<br><br>　　　　　　　　本日走行　422km　　ウラジオストークから15,438km
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573953.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Sep 2008 12:13:36 +0900</pubDate>
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<title>第60日　1998/9/21（月）　曇時々晴れ一時雨　　フエンヒローラ～国境～アルトゥラ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/03/d4/j/o0400059714479224572.jpg" alt="イメージ 1" class="popup_img_400_597"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/f7/a9/j/o0704052814479224579.jpg" width="560" alt="イメージ 2" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/6b/95/j/o0704052814479224587.jpg" width="560" alt="イメージ 3" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/41/c9/j/o1618048014479224591.jpg" width="560" alt="イメージ 4" class="popup_img_1618_480"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/66/c8/j/o0704052814479224594.jpg" width="560" alt="イメージ 5" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/2a/56/j/o0597040014479224601.jpg" width="560" alt="イメージ 6" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/07/e1/j/o0597040014479224604.jpg" width="560" alt="イメージ 7" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/cd/6f/j/o0704052814479224607.jpg" width="560" alt="イメージ 8" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/eb/68/j/o0704052814479224612.jpg" width="560" alt="イメージ 9" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/2c/75/j/o0704052814479224617.jpg" width="560" alt="イメージ 10" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/a7/9e/j/o0704052814479224620.jpg" width="560" alt="イメージ 11" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/67/14/j/o0704052814479224623.jpg" width="560" alt="イメージ 12" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/62/dc/g/o0165013014479224635.gif" alt="イメージ 13" class="popup_img_165_130"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/74/72/p/o0870065314479224643.png" width="560" alt="イメージ 14" class="popup_img_870_653"></p><div class="wiki"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=oZ9oJAToAGM" target="_blank">【YouTube映像】ジブラルタル海峡越しにモロッコが見える/スペイン～ポルトガル国境</a><br></div><br><div class="wiki">（写真1.　ホテル中庭　スペインらしいたたずまい）<br>（写真2.　ホテル前で出発準備）<br>（写真3.　風力発電の風車　ジブラルタル海峡は風が強い）<br>（写真4.　ジブラルタル海峡の遙か彼方にかすかだがモロッコが見える）<br>（写真5.　タリファの港を行く）<br>（写真6.　ナゾの黒い牛シルエット看板　ヴィム・ベンダース「リスボン物語」にも登場する）<br>（写真7.　谷間の山小屋風レストランで昼食）<br>（写真8.　カリフォルニアにも似た風景の中を行く）<br>（写真9.　この橋の真ん中がスペイン/ポルトガル国境）<br>（写真10.　ついに最後の国ポルトガルに入った）<br>（写真11.　Portugalのサイン）<br>（写真12.　国境の検問所には誰もいないので通過）<br></div><br><div class="wiki">　7時30分集合朝食。外はまだ真っ暗。ホテルでは朝食をやっていないので、外に出る。商店の人達は市場で仕入れてきた物を店頭に並べたりと開店の準備に忙しい。<br></div><br><div class="wiki">　近くのBarでパンと目玉焼きにハム、コーヒーか紅茶に搾りたてバレンシアオレンジジュースの朝食を取る。けっこうな人で埋まってる。大勢の大人に混じって、タバコをくわえた少年がドーナツを食ってたりもする。<br>　カウンターの中にはオレンジジュース自動搾り機があって、上のカゴにオレンジをまるごと入れておくと、マシンが自動的にマシン内部にオレンジを４個づつ取り込み、半分に切ってジュースを搾り出す。次のオレンジを取り込むと同時に、搾りカスを「ポイッ」という感じで放り出す。この一連の動きは見ていて飽きない。一杯のジュースにオレンジ４個くらい使っているようだ。ちょっとぬるいのが残念。<br>　部屋にはミカさんが先に戻っていた。床にフラメンコ大会のポスターの小さい方が広がっている。あれっと思っていると。彼は「あっ。神様は僕が小さい方も欲しがっている事を知っててプレゼントしてくれたんだ。うれしーなー。」と、取り繕う。どうやら今朝の闇に紛れて小さい方もはがしてきたらしい。<br></div><br><div class="wiki">　今にも雨が降り出しそうな天気の中、ホテルの女主人と従業員のおばさんの見送りで出発。数百メートル行ったところでとっつぁんが部屋の鍵を返し忘れたことに気づき一人戻る。<br>　140km程先のタリファという街を目指し海岸沿いのN340を行く。タリファはジブラルタル海峡に面した、ヨーロッパ大陸最南端の街。オレンジの畑が少なくなり、山のワインディングに入る。<br>　小雨の降る中、風力発電のプロペラが10数基見えてくる。すぐ横の尾根でゆっくり回る巨大なプロペラの列は霧の中異様でもある。10数基と思っていたら尾根伝いにプロペラの列はまだまだ続く。ひと山向こうにもずらっと並び、200基程あるだろう。ジブラルタル海峡を渡ってくる風は強い。<br></div><br><div class="wiki">　海の向こう、雨と霧でかすむ中にかすかに対岸が見える。モロッコだ。アフリカ大陸はもう目と鼻の先。地図上では10キロ程度か？山の中腹にかすかだが街並みも確認できる。<br>　ヨーロッパ大陸最南端の街タリファに降り、漁港の堤防からミカさんのオペラグラスを使って対岸を視察。オペラグラスの正しい使い方をする。<br>　タリファはモロッコへ渡る船も出ているし、最南端ということもあり、小さいながらも観光地になっている。<br>　タリファを出てセビリアを目指す。N340沿いは両側が緩やかな起伏の耕作地。シベリアで見た風景にやや似ている。牧草地で牛が草を食んでいたり、ジャガイモを作っていたりする。畑と畑の間をサボテンで仕切っているところだけがシベリアと違う。<br>　国道の向こうから来るアメリカ製４輪駆動車のハマーの軍用車やスペイン製PEGASOの軍用トラックと頻繁にすれ違う。<br></div><br><div class="wiki">　スペインに入ってから所々で、丘の上に立つ真っ黒な牛のシルエットの巨大な看板を見かけるようになった。字も何も書いていないエラそうな角のある牛。ナゾの看板。<br>　雨が降ってきた。谷間の山小屋風レストランで昼食。<br>　隊長はペセタを使い切ろうと、併設されたみやげ物屋で小さな陶器のぐい飲みのような物を数個購入する。とっつぁんもタバコを買ってペセタを無くそうと、コインを自販機に入れるが「何度やっても、この25ペセタが戻ってくる。」と文句を言っている。良く見るとそれは25ペセタではなく25フランスセンチメントであった。<br>　スペインで９カ国目なのでサイフの中は色々な国のコインが混じっている。<br></div><br><div class="wiki">　道はオウトバーンA4になり、両側がオリーブ畑になる。ときおりジャガイモ畑や刈り入れの終わった麦畑になる。ナゾの牛看板も現れる。<br>　セビリアの街に入ると観光バスの姿が多い。河を渡り万博会場跡に出るが、街の中心とは反対方向だということに気づき、再度河を渡る。中心部に近づくがとりたてて見るべき物なし。と、思っているだけで見どころはたくさんあるはずである。しかし我が隊は西を目指して進まなくてはならない。観光ならまた来れば良い。<br>　クレジットカードが使える公衆電話を探して、BAJAやデリカの帰りの船便の打合せのため日本の船会社へ。<br></div><br><div class="wiki">　立派な闘牛場を右手に見て再びオウトバーンに乗り、ポルトガルを目指す。オウトバーンへの行き方は、途中の信号で並んだメルセデスのおじさんに教わった。<br>　ほとんど直線のオウトバーンの両側は平原が続き、どこかシベリアを思い起こさせる。決定的に違うのはオリーブやオレンジ、ジャガイモの畑が広がり、黒牛看板があること。そして温暖な気候。<br>　先の方で警官が車線を一車線規制にして、〈スピードを落とせ〉の合図。事故か何かかなと思っていたら、さらに先の方で停車をさせられ別の警官に「バカンス？」と聞かれる。バカンスといわれればそうだし、んー。<br>　「どっから来たの？」「東京から来て、リスボンまで行きます。後ろのバイクも一緒。」<br>　行って良しの合図。１台の乗用車は荷物を調べられていた。<br>　この辺りまで来ると〈PORTGALまで○○km〉の表示が増えてくる。いよいよ最後の国に近づいているんだ。<br></div><br><div class="wiki">　やがて行く手にハープ橋のような物が見えてくる。地図ではこの橋で渡るグアディアナ川が、スペインとポルトガルの国境になっている。<br>　川を渡り、ついに最後の国に入る。隊長は両手離しでバンザイ。橋を渡りきると国境検問のアーチとボックス。もう見慣れた光景だ。<br>　最後の入国審査なのだから係の人にお願いして、ちゃんとパスポートにスタンプを押してもらおう。なんて思っていたら、明かりは点いていないし、誰もいない。たまに検問することもあるよーん、といった感じ。もちろん免税店なんてないし、ポルトガルの通貨エスクードに両替しようと思っていたのに両替屋すら無し。ノンストップでここを通過する。<br></div><br><div class="wiki">　小雨が降ってきた。夕闇が迫りつつあるので、宿探しに入る。地図では海沿いのアルトゥラという街が最も近いのでその方面へ行ってみる。アルトゥラの街は新築の一戸建てやアパートメントが建ち並ぶ海沿いの新興住宅地といった感じだが、人の気配が無い。<br>　道沿いに〈HOTEL〉の表示を見つけとっつぁんが交渉に行き満室と断わられるが、隣のアパートメントを紹介され半信半疑で行ってみる。本当は長期滞在向けらしいが、２部屋を一泊US$100で貸してくれることになった。国境での両替をあてにしていたわれわれは、先ほどの国境肩透かし状態でエスクードを持っていない。米ドル立ての支払いを受け付けてくれて助かった。<br></div><br><div class="wiki">　このリゾートアパートメントの名前は『HOTEL TURCONGEL』。キッチン付の新築である。<br>　玄関前でいつものように荷降ろしをし、裏の車庫へ入れたBAJAをチェーンでつなごうとした時に、南京錠やスペアキーを一緒にしていた鍵束が無いことに気づいた。デリカの中をいくら探しても見あたらない。昨晩泊まったHOTEL SARASOLの自室に持って上がったことは良く覚えている。それを自分のショルダーバッグに入れて出てきたとばかり思っていたが、無い。車庫に並べたBAJAの前をデリカで塞ぐように駐車して今夜はしのぐことにする。<br></div><br><div class="wiki">　HOTEL TURCONGELには食事の施設が無いので、フロントで近所のレストランを聞いて歩いて出る。相変わらず街に人の気配は無い。<br>　現在19時。ポルトガルはGMT時間。ここで最後の時計あわせ。<br></div><br><div class="wiki">　魚料理がうまいと聞いてきたレストランに入ってみる。なるほど、氷をはった表のショーケースにはいろいろな魚が並べられている。このレストランも新築のようだ。客はわれわれだけ。テーブルを付けて７人分の席を作ってくれた。まずはビールを注文して、エスクードが無いことにはたと気づく。クレジットカードが使えるか確認すると、VISAもMASTERもダメ。米ドル現金もダメ。何も手を着ける前だったが、あいにく持ち合わせが無いことを謝って店を出ようとすると「No Ploblem ! 」。おまけに他の店を紹介してくれる。スペインでは有無を言わせないスペイン語攻撃だったのが、ここでは英語通じ率が高い。<br></div><br><div class="wiki">　教えてもらったレストランは、ホテルの裏側にあった。周りには何件かのみやげ物屋のような商店があるが、どこも閉まっている。<br>　レストランにはちらほらと客が入っている。気候が良いのでわれわれは道に面した表のテラス席に座る。ここには英語メニューがあり英語での対応。<br>　隊長、とっつぁん、大ちゃんは何だか分らないが魚介類にご飯が付いてくるであろうということで『Shellfish with Rice』を注文してみる。<br>　出てきたのが陶器のドンブリのような器にエビ、アサリ、カニなど魚介類がたっぷり入ったトマト仕立てのおじや。これを木のスプーンで食べる。そう、この陶器のドンブリがポルトガル語で『オジャ』。これが日本に入ってきて、その中の食べ物そのものを表して『おじや』になったのだ。ポルトガル語がそのまま日本語として使われている例はたくさんある。<br>　このころ店内はどこからこんなに湧いてきたのだろうと思うほど、混みあっていた。表のテラス席のわれわれのテーブルには大きなコオロギが遊びに来た。<br></div><br><div class="wiki">　部屋に戻り隊長がエッちゃんに電話をする。エッちゃんは今日リスボン入りして、海洋博会場でわれわれのために催してくれる歓迎セレモニーの打合せをしていてくれているとのこと。<br>　氏とは23日の13時にリスボン市内テージョ川沿いの、コメルシオ広場で落ち会うことにする。そこで海洋博日本館のスタッフと打合せをすることになった。<br>　ゴールに向けて準備が忙しくなる。<br></div><br><div class="wiki">　　　　　　　　　　本日走行　522km　　ウラジオストークから15,016km<br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573940.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Sep 2008 18:39:38 +0900</pubDate>
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<title>第59日　1998/9/20（日）　曇のち晴　　アルテア～フエンヒローラ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d5/27/j/o0597040014479224505.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/86/59/j/o0640048014479224511.jpg" width="560" alt="イメージ 2" class="popup_img_640_480"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/2a/87/j/o0640048014479224514.jpg" width="560" alt="イメージ 3" class="popup_img_640_480"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/20/d3/j/o0597040014479224519.jpg" width="560" alt="イメージ 4" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/db/fc/j/o0704052814479224525.jpg" width="560" alt="イメージ 5" class="popup_img_704_528"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/e0/32/j/o0597040014479224532.jpg" width="560" alt="イメージ 6" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/47/8c/j/o0597040014479224535.jpg" width="560" alt="イメージ 7" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/45/96/j/o0597040014479224538.jpg" width="560" alt="イメージ 8" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/82/9e/j/o0597040014479224544.jpg" width="560" alt="イメージ 9" class="popup_img_597_400"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/b6/f4/j/o0640048014479224551.jpg" width="560" alt="イメージ 10" class="popup_img_640_480"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/43/0f/g/o0165013014479224556.gif" alt="イメージ 11" class="popup_img_165_130"></p><p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/34/48/p/o0983073814479224565.png" width="560" alt="イメージ 12" class="popup_img_983_738"></p><div class="wiki"><a href="https://www.youtube.com/watch?v=FQ09xY5KZXQ&amp;feature=youtu.be" target="_blank">【YouTube映像】地中海アルテアの朝陽/荒涼とした景色のスペイン国道</a><br></div><br><div class="wiki">（写真1.　地中海に朝陽が昇る）<br>（写真2.　荒涼とした砂漠のような風景になってきた）<br>（写真3.　積み木を重ねたような家々）<br>（写真4.　近代的なガソリンスタンド）<br>（写真5.　オウトルートを行く　「puerto」は港、つまり「port」<br>（写真6.　シェラネバダ山脈の端っこを行く）<br>（写真7.　教会を頂上に山の斜面に形成された街）<br>（写真8.　民族衣装の人たちが馬に揺られて行く）<br>（写真9.　入れなかった闘牛場を近くの丘の上から覗いてみる）<br>（写真10.　そろそろ宿を探そう）<br></div><br><div class="wiki">　7時起床。辺りはまだ暗い。とっつぁんがコールマンで朝食の準備をしている。ハイラルで買った米をエビアンで炊いて日本からの差し入れの海苔で巻いたにぎりめしで朝食。一方、味噌汁はエビアン製。これを地中海に昇る朝日を眺めながらベランダで食べる。これ以上の贅沢がこの世にあろうかと言う感じである。<br>　波風は相変わらず強い。雲の間から昇る朝日をカメラに収める。どうも夜は21時くらいまで明るいから変だと思っていたら、日が出るのが7時半頃と遅かったのだ。<br>　ホテルのポーカーおばちゃんに挨拶して、8時45分に出発。<br></div><br><div class="wiki">　今日は600km近く走る予定なので、すぐにオウトバーンに入る。昨日までは両側がオレンジ畑だったのが、今日のオウトバーンは山側なので、荒涼とした砂漠の風景になる。山は地肌をさらけ出し、植物はほとんどない。たまにサボテンが生えている程度。「メキシコに風景が似てるなあ」とっつぁん。<br>　風も熱気を帯びている。予報では今日の最高気温は29℃。デリカの窓から入ってくる空気が熱い。<br>　上り下りのワインディングは片側２車線あるいは３車線の道なので走りやすい。家の造りも変ってきて、積み木を重ねたように四角い。中には廃墟もぽつぽつと。<br>　84km来たところで今日最初の給油。このところフルサービスのスタンドが多くなってきている。たとえセルフでもロシアのスタンドのようにバカげたことは起きない。このスタンドはコンビニが併設されたごく普通にあるスタイルのもの。全車が給油を終えたので出発しようとすると、BAJAに給油をしてくれたツナギ姿の小柄な娘が「あのー、お支払いを・・・。」と困り顔で言う。とっつぁんが支払ったものとばかり思っていた。<br></div><br><div class="wiki">　240km来たところで昼食。オウトバーンの指示板に従ってインターを降りて食堂を探したら、HOSTALに行き当たった。昼飯時なので１階のBarは客でいっぱい。近所のノラ犬か？茶色い小さなワン公が窓枠に前足をかけて、ちぎれんばかりにシッポを振りながら店の中をのぞいている姿がいじらしい。<br>　あれだけワンサカ居た客が一瞬のうちに出ていき、空いた席にすわる。注文は並んでいる料理の指さし日本語注文方。隊長はまたもやエスカルゴを所望した。食後のコーヒーも入れて4,025ペセタを4,000ペセタ（約￥4,000）に負けてもらい店を出る。<br></div><br><div class="wiki">　西ヨーロッパ圏に入ってからコーヒーというと、いわゆるエスプレッソが出てくる。このBarでもそうだが、エスプレッソマシンで一杯ずつ入れるため、前に入れたときの豆をドリッパーから捨てるのに、いちいち引き出し状のコーヒー豆捨てを開けて、その縁にドリッパーをたたきつけて豆を捨てる。そのたたきつけるときの音が「ドカッ!」とあまりにも大きな音を立てるため、店員はなにか気にくわないことでもあるんじゃなかろうかとその度に気になってしかたない。<br></div><br><div class="wiki">　外に出るとさっきのワン公ともう一匹さらに小さい、薄汚れて茶色くなってしまったマルチーズのようなのが、よろよろと寄ってきて、情けない顔でぼくを見上げる。残ったソーセージを持ってきてやればよかった。「ごめん」と謝って出発。<br>　両側の荒涼とした風景を眺めながら進む。この辺りは既にアンダルシア地方。シェラ・ネバダ山脈に入っているはずである。ときおり見かけるサボテンには赤茶色い実がびっしりと付いている。とっつぁんは明け方目が覚めてしまったらしく、デリカの助手席で寝ている。<br>　２回目の給油で寄ったスタンドもフルサービスで、レストランの他にコンビニとメタリック調のバーまで併設している。日本にはちょっとないシステムだ。店内は天井が高く圧迫感がない。レジやバーカウンターのお姉さんはスペイン美人で愛想良し。レジの兄ちゃんは「えーっ！本当に東京から来たの？」と目を丸くして言う。<br></div><br><div class="wiki">　オウトバーンはやがておしまい、海沿いの一般国道になる。国道になったとは言っても、片側一車線になったのと、街の周辺に信号があるくらいで、走りやすいことには変わりない。<br>　海に突き出した山にびっしりと白壁にオレンジ屋根の家、頂上には城跡といった風景の見えるところで小休止と記念撮影。<br>　道はやがてマラガに入る。道はオウトバーンとさして変らないが、スクーター小僧や自転車姉ちゃんが居たりする。マラガの街をバイパスしてコスタ・デル・ソル沿いに行こうとしたら民族衣装を着た人達を見かける。人々が来る方へ行ってみると小さいながら闘牛場があって、まさにゲームのさなか。すかさずBAJAとデリカを路肩に停め見に行ってみることにする。<br>　まずは入場料を確かめにチケット売り場へ行ってびっくり。席や時間帯によって5,000～8,000ペセタ（約￥5,000～8,000）とバカ高い。まあ、半日くらいのんびりと観ていられるのだったら、せっかく来たんだからということでそのくらいの出費は何とかなるが、もう18時を過ぎていてホテル探しをしなくてはならない。そうもゆっくりしていられないのだ。入場はあきらめ、土手に登り、そこから垣間見る。<br>　黒い牛とマタドールがほんの少しだが見える。８人のブラスバンドがゲームを盛り上げるが、バンドマンはTシャツにジーンズ。田舎の小闘牛場という感じがして良かったが、入れなくて残念。<br></div><br><div class="wiki">　近くの林の中には仮設遊園地があって多くの人達でにぎわっている。民族衣装の子供や大人が馬に乗って歩いている。牛や馬に引かれた花馬車もゆっくりと国道を行く。<br>　19時に近いのでホテル探しを始める。コスタ・デル・ソルは大リゾート地、海岸沿いは長期滞在者向けで１泊は出来ないと片端から断わられてしまう。でもそれらのホテルの人は親切で、１本裏道に入ったHOSTALはどうかというアドバイスをしてくれる。<br>　ライダー隊を待たせてとっつぁんとデリカで２～３軒あたってみるがどこも部屋はあるものの、車庫がない。とっつぁんが最初に入ったHOTEL SARASORに中庭があることを発見。そこにBAJAを入れさせてもらえないか、再度交渉に入る。<br></div><br><div class="wiki">　デリカの運転席でとっつぁんを待っていると、地元の高校生と思われる少年２人組みが、デリカのステッカーを見て「ちょと聞いてもいいですか？本当に東京から来たんですか？何かの記録に挑戦しているんですか？中国を通って来たんですか？」などとたいへん正確で丁寧な英語で聞いてくる。<br>　事情を説明して、逆に近所の駐車場があるホテルを聞くと、２人で相談して「ごめんなさい。分らない。」という。「いいよ、気にしなくても。」「どうもありがとう」と言って、礼儀正しい２人の少年は去っていった。<br></div><br><div class="wiki">　結局、HOTEL SARASORの女主人が、自分の車庫を開けてくれてそこにBAJAを入れさせてくれる事になった。デリカは残念ながらホテル前に路上駐車をするしかない。<br>　久々にピロピロにご登場願い「ピロピロが付いてますからねー」と周囲にアピールするがごとく、何回かピロピロ鳴らしながらセットする。<br>　HOTEL SARASORの女主人も「何かの記録に挑戦してるの？」と聞いてきた。<br></div><br><div class="wiki">　HOTEL SARASORは３階建ての小さなホテル。フロントを抜けると真ん中に井戸のあるタイル張りの中庭がある。まるでスペイン料理屋のような雰囲気である。15年ほど前に、伊勢で有名なスペイン料理屋に行ったことがあるが、そこの造りがまさにこのホテルのような感じであった。もしかしたらこのホテルはあの伊勢のスペイン料理屋を真似たんじゃないかと思ったが、そんなことは絶対にありえない。<br>　今日はツインの部屋があまりとれなかったので、今までの部屋割りと少し変えてみる。隊長、とっつぁん、博士にはシングルに入ってもらい。<br>　ぼくはミカさんと初めてツインの部屋へ。ようやく２人きりになれる。<br></div><br><div class="wiki">　食事の用意は出来ないということなので、路地を入ったメキシコ料理屋に夕食へ。セットメニュー@1,275ペセタとお決まりのハウスワインを５本飲んで13,300ペセタ<br>（約￥13,300）。１人￥1,900位だからまあまあ。せっかくスペインに行ったのにサングリアを飲むのを忘れたことに帰国後気づく。伊勢の店では飲んだのに。<br></div><br><div class="wiki">　食後はコスタ・デル・ソルの海岸で夕涼み。と言っても22時。いかにもリゾートビーチという感じで、シュロのパラソルに白いデッキチェアが並んでいる。昼間来たらまた違った印象だろうが、いまは暗やみに海は見えない。<br>　大ちゃんは砂に『仏恥義利』と大書きする。なんなんだコイツは。<br>　とっつぁんはデッキチェアに座って、メキシコ料理屋で買ってきた赤ワインをラッパ飲み。コルク栓はどうやって開けたんだ？<br>　この旅もあと３日なんだなぁと、波音だけ聞こえる暗い海を眺めながら思う。みんな、心なしか言葉少なげ。<br></div><br><div class="wiki">　ホテルへ帰る途中のお菓子屋で、大ちゃんはワニやヘビの形をしたチュッパチャプスのケースみたいなのを買う。指にはめて「超イカしてる」頭悪し。いよいよ便秘が頭に来たか？それを見た店のおじさんは「こんなのもあるでよ」と言いながら、ワニの口がパカッと開いてチュッパチャプスが出てくるのを出したが、これは既にスイスで買ってあるので、彼は興味を示さなかった。でもスイスよりずいぶん安いようである。「スペインは世界一チュッパチャプスが安い国っす」と大ちゃんはご満悦であった。（注：チュッパチャプスはスペイン生まれ。包装紙はダリのデザインである。）<br>　一方、本場でフラメンコを見られなかったことをたいへん残念に思っているミカさんとぼくはホテル前の工事現場の仮の塀に、フラメンコ大会のポスターが大量に貼ってあることが、夕食前から気になって仕方がなかった。良いポスターというものははがされ、盗まれるものだ、このままこの大量のポスターがここにずーっと貼られていたら、きっとこれを作ったデザイナーは傷つくに違いない、だから２～３枚はがそうということになり、辺りを気にしつつ夜陰に紛れ２人で作業に入る。ぼくはあいにくA全の小さい方をはがす勇気しか持ち合わせていなかったが、ミカさんはA倍の大きい方を堂々とはがした。ミカさんおそるべし。<br></div><br><div class="wiki">　部屋に戻りミカさんと床に戦利品のポスターを広げしばし鑑賞。ミカさんははがすときに失敗して、端っこを少し破ってしまったことをいたく気に病んでいたが、ぼくにとってはそんなことはどうでも良かった。<br>　ミカさんと仲よく２人で日記の執筆活動に入る。ミカさんは執筆は３日ぶりだそうだ。　　<br>　それにしても蒸し暑い。この旅初めての寝苦しい夜になりそうだ。扇風機をつけるが首の座りがあまりよろしくない。ネジを締めてだましだまし使う。<br>　外ではカミナリと共に雨が降り出した。少し涼しくなる。アース蚊取り線香を点けて１時10分に寝る。ミカさんはとっくに大イビキ。<br>　走行日あと３日。<br></div><br><div class="wiki">　　　　本日走行　593km　　ウラジオストークから14,494km<br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573911.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Sep 2008 01:01:47 +0900</pubDate>
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<title>第58日　1998/9/19（土）　朝曇のち晴　　アルテア2日目</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/8f/69/j/o0597040014479224449.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/ae/45/j/o0400059714479224450.jpg" alt="イメージ 2" width="400" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/61/1b/j/o0597040014479224457.jpg" alt="イメージ 3" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/a7/58/j/o0597040014479224466.jpg" alt="イメージ 4" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/dd/11/j/o0597040014479224467.jpg" alt="イメージ 5" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/be/e4/j/o0704052814479224477.jpg" alt="イメージ 6" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/ce/68/j/o0597040014479224481.jpg" alt="イメージ 7" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/27/1c/j/o0597040014479224484.jpg" alt="イメージ 8" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/bd/42/j/o0597040014479224490.jpg" alt="イメージ 9" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d8/34/j/o0597040014479224494.jpg" alt="イメージ 10" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/2a/f8/g/o0165013014479224498.gif" alt="イメージ 11" width="165" border="0"></p><p></p>（写真1.　アルテアの街）<br>（写真2.　みやげもの屋にはBBブラザーズが）<br>（写真3.　COSTA BLANCA　～白い海岸～）<br>（写真4.　食後の海水浴）<br>（写真5.　自室で新聞を読む隊長）<br>（写真6.　トップレスの娘たち）<br>（写真7.　海岸で思い思いにくつろぐ人々）<br>（写真8.　ホテル近所の家々）<br>（写真9.　ホテル近所の家々）<br>（写真10.　そこにツール・ド・スペインが通る）<br><br>　夜中じゅう波はドッカンドッカン、風はビュウビュウ。<br>　とっつぁんが「9時だ」と言うので起きる。ミカさん、大ちゃんはリビングのソファベッドでまだ寝ている。結局昨晩はソファベッドを平らにする方法が分らず2人ともソファの形のまま寝たのだ。その際隊長は「ソファを反対側に向けて壁にくっつければ寝返りを打っても落ちないんじゃないか？」というありがたくもグッドなアイデアを授けてくれた。が、恐れ多くも2人とも隊長の言うとおりにはしなかった。<br><br>　空はどんより暗く、外は小雨。ミカさんいわく「絶好の海水浴日和」。昨日地中海を目にした時のみんなのハイな気分は、早くもしぼんでしまった。洗濯物は少々湿ってしまったが風で飛ばされることは無かった。部屋に避難させる。<br>　食堂でバレンシアオレンジ100%ジュースの朝食をとる。昨日の女の子は一人でテレビのリトルマーメードを観ていた。<br><br>　とっつぁんが「そろそろ食材の整理をしなくてはならないので、今日の昼はベランダでスパゲティーの食い放題にする。」と発表。デリカから食材とナベカマを上げてきて員数のチェックをする。　<br>　パスタは今まで一度も消費していなく、東京から持ってきた量も多いので、食材ケースの重量の大半を占めていた。ハイラルで買った米もまだだいぶ残っている。味噌、しょうゆなどの調味料やふえるワカメちゃんも十分にある。<br><br>　隊長、とっつぁんと共にデリカで、足りないものを街へ買い出しに行くことにする。アルテアの街は意外と近くホテルから緩いくだり坂を1kmほど下りたところにあった。リゾート地の海岸沿いのごく小さな街。<br>　空はこのころから晴れて強い陽射しが降り注いできた。<br>　八百屋を見つけ駐車スペースにデリカを止めると、リタイアしてこの辺に住んでいるといった感じの老紳士が旅のいきさつを聞きにくる。<br>　八百屋でマッシュルームとピーマンを買う。ピーマンは緑、赤の両方とも作り物のように巨大だ。2軒となりのスーパーでニンニク、牛肉、ジュースなどを買う。八百屋のおばちゃんもスーパーのおばちゃんも陽気。レジの小柄なおばちゃんは客ごとに「グラッシャス！アディオス！」をリズミカルに繰り返す。<br><br>　買い物を終えて海岸に出てみると遊歩道のある公園のような造りになっていて、海に面してカフェやレストラン、みやげ物屋が軒を並べている。売り物の画ハガキを見ると、この辺りは『COSTA BLANCA　～白い海岸～』という所のようだ。<br>　とっつぁんは今日は釣りをして、釣れたらそれで握りずしだと言って釣り糸と針をスポーツショップで購入。ショップはスキューバダイビング用品も充実している。この辺りは良いポイントがあるのだろう。<br>　ぼくはスパゲティーならペペロンチーニを作ってみようと密かに思っていたのだが、それだけではつまらないので、ポモドーロもと思いトマトを買い足しに先ほどとは別の八百屋に行く。新鮮なトマト6ケで185ペセタ（約￥185）。陽気なおばちゃんが紙に〈185pts〉と書いてくれる。ぼくがフランス人に見えたのだろう、おばちゃんに「メルシー」と言われる。ぼくが「グラッシャス」と返すと「そう、ここはスペインなんだからグラッシャスよね。」的な事を言ってウインクをひとつ。<br><br>　部屋に戻り早速調理にかかる。キッチンは付いていないので、地獄の料理人とっつぁんはバスルームで牛肉を切り分ける。ベランダに置いたコールマンにナベをかけ、あのエビアンを入れる。湯が沸騰するのを待つ間にスイフンガでエッちゃんが買っておいてくれたタカノツメを文房具箱から出してきたはさみで刻む。<br>　途中、ポーカーおばちゃんが部屋の掃除に来たが、料理をしているのがバレるとマズイのでタオルの交換だけしてもらい追い返す。<br><br>　まず地獄の料理人とっつぁんが牛肉やマッシュルームなど具だくさんスープスパゲティーから作る。フライパンが空いたところでぼくが作業に入る。本来なら本場なのでオリーブオイルを使いたいところだが、サラダオイルがたくさんあるのでこれを使う。このペペロンチーニが意外とうまく行き好評。そりゃそうである、このまぶしいばかりの地中海の陽光のもと、日本から持ち込んだパスタをフランスの名水エビアンでゆでて、中国のタカノツメと地中海のニンニクで和えたという、もうとてつもなく贅沢なペペロンチーニなのである。早速これを地中海風ペペロンチーニと称することにする。<br>　特に博士が一番気に入ってくれて、このあとも事あるごとに何回も「あれはうまかったなあ」と言っていた。帰国後成田から新宿へ向かうリムジンバスの中でも言ってたのには少なからず驚いた。<br><br>　食後、大ちゃんがいきなり海で泳ぎだした。浜にはトップレスで日光浴をしている女性が多い。ミカさんが今まで出したことも無かったオペラグラスを取り出す。いったい今までどこにしまっていたんだ。<br>　我が部屋のすぐ近くにも若い女性が2人。しかし今は背中を焼いている。「なんだ。じゃちょっとシャワー浴びてきますわ。」とミカさん。<br>　数分後、自室で浜の様子を研究していた隊長から奇声があがる「おっー！　大変だ！あの娘たちが上を向いたぞ！ミカさんはどこっ？オペラグラスはどうしたっ！？」。その声にあわてて飛び出してくるミカさん。リビングのテーブルに置いてあったオペラグラスをわしづかみにするや否や隊長室に飛び込む。隊長室のカーテンの陰から、手前の塀が邪魔だとか何とか言いつつ3人で熱心に研究を続ける。<br>　「久しぶりに生乳を見ましたね。グフフ。」とミカさん。久々の「ここに住む」宣言。<br>　とっつぁんは何カ所かに仕掛けをして釣りをしているが釣れる様子無し。研究が終わった隊長は沖のブイまで泳いでくると言って浜に降りる。<br><br>　長期休暇か年金生活者か老夫婦も何組か浜で読書をしながら日光浴をしている。おばちゃんはトップレス、じいちゃんはおぼつかない足取りで海に入っていく。毎日こうして焼いているのだろうみんな良い色に日焼けしている。それに比べ我が隊のみんなは生白く、みるからにこの浜では浮いていてあやしい。特に博士は色白で痩せさらばえているので、海で遊ぶ姿はこのまま波にさらわれてしまうんじゃなかろうかと思うほど危なっかしい。そんな心配をよそに本人は実に楽しそうな表情をしているので、見るものを少しは安心させてくれる。<br>　それに反して、浜で寝ている大ちゃんの姿は実にふてぶてしい。髪型と体格が相まってまるでトドが昼寝をしているようである。そんな光景の向こうを隊長がブイまで泳ぎ切って、こちらまで帰ってくる。はたから見たらこの謎の東洋人の集団はどういう集まりに見えるのだろうか？<br><br>　寒くて、ひもじかっただけのシベリアを必死で走り抜けてきて、途中で帰国した隊員たちとも、この地中海での束の間のバカンスを分かち合いたかった。<br><br>　陽はだいぶ西に傾いてきた。そのとき「僕たちは明日はもうここに居ないのに、あの娘たちは明日もまたここで焼くのかなあ？太陽さんはいいな。太陽さんはまた明日も生乳が見られるんだ。僕も太陽さんになりたいなあ。」と急に幼いミカさん。<br>　遊び疲れた隊員が部屋に戻ってきて、サンミゲールを飲む。マニラで飲んだときはフィリピンビールかと思っていたが、セレベッサ・サンミゲールはスペインが本家だ。とっつぁんが昼間ベランダで炊いたご飯とリエの差し入れ食材で、間食用に握り飯を作ってくれる。<br><br>　夕食はホテルの食堂へ。食堂はポーカーおばちゃんとそのダンナか？おじさんが一人、そして太ったスクーター姉さんの3人だけしか居ない。いつも一人で居た女の子も他のおばちゃんたちもみんな盛装してどこかへ出ていった。<br>　スクーター姉さんが注文をとりに来る。スープの種類を言うときにチキンスープをキッチンスープと言い間違えてニガ笑い。<br>　キッチンスープじゃない、チキンスープは昨日女の子が自分でよそってきて食べてた物だが、懐かしい味がしてとてもおいしかった。<br>　テレビニュースでツールドスペインが始まったので、おじさんと見る。<br>　食前のサンミゲールと握り飯が効いて、残念ながらサラダは残す。<br><br>　部屋でワインを飲みながらテレビでスペイン版『紅白歌のベスト10』みたいなのを見るとも無しに見る。言葉は分らないが腹話術が面白い。<br>　24時少し前、ベランダで潮風にあたりながらサポート隊日記を書く。海浜公園の方角では打上げ花火が上がる。何かのイベントがあったらしい。ホテルのみんなもそこへ行ったのだろう。<br>　雨が降ってきた。スクーター姉さんがソファベッドの開き方を教えに来てくれた。大ちゃんはすでに斜めになって寝ている。<br><br>　　　　　　　本日走行　0km　　ウラジオストークから13,901km<br>　　　　　（デリカのみ買い物のために10km程度走るがカウントしない）
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573894.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Sep 2008 10:16:01 +0900</pubDate>
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<title>第57日　1998/9/18（金）　曇時々晴　　　ミアミ・プラヤ～アルテア</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/bc/7f/j/o0640048014479224407.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/12/ac/j/o0640048014479224414.jpg" alt="イメージ 2" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/cc/7d/j/o0597040014479224418.jpg" alt="イメージ 3" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/ab/ec/j/o0597040014479224424.jpg" alt="イメージ 4" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d9/e5/j/o0704052814479224431.jpg" alt="イメージ 5" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/50/7f/j/o0597040014479224435.jpg" alt="イメージ 6" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/a3/e1/g/o0165013014479224442.gif" alt="イメージ 7" width="165" border="0"></p><p></p>（写真1.　オリーブ畑）<br>（写真2.　両側がオリーブ畑の道を行く）<br>（写真3.　斜面に形成された街　住宅の壁は白く屋根はオレンジ色）<br>（写真4.　どうもファンタオレンジを勧めると思ったらコカ・コーラの工場があった）<br>（写真5.　デリカの腹に貼られた「15,000km」の文字がまぶしい）<br>（写真6.　沿道にはサボテンが似合う家々が増えてきた）<br><br>　9時、プールサイドのテラスでビュッフェスタイルの朝食。別にプールサイドに出なくても良いのだが、天気が良いので外で食べた方が気持ち良い。ただ目の前の国道を物流のトラックが走りけっこううるさい。<br>　フロントのエマに駐車場のゲートを開けてもらい出発。「アディオス！」<br><br>　さすがバレンシア地方だけあって、道の両側は見渡す限りのオレンジ畑。ときおりレモンやオリーブの木もある。<br>　途中小雨が降ったり、陽が当たったりコロコロ変る不安定な天気の中、N340を行く。ヘタにオウトバーンに入ると金を取られるので、出来るだけ一般国道を使うことにしている。ライダーにとってもオウトバーンはただの高速道路で退屈らしいので、その方が良い。一般国道といっても造りは日本の高速道路と同等。信号は街を通るときくらいしかないし、たまに120km/h制限の標識があるくらいだから、それ以外の区間は速度制限はないのだろう。白バイに捕まっている車を見かけるが、われわれは80～90km/hペースだから捕まる心配はない。<br><br>　どこも、街に入ってから出るまでは道が複雑なので、ここ数日は常にデリカが先行。<br>　やがてバレンシアの街に入る。全てがオレンジ関連産業というわけではないだろうが、近代的で豊かな印象の街。<br>　フランスのオランジェを過ぎた辺りからずっと地中海沿いを走っているが、沿岸の家はどれもオレンジ色の瓦屋根に白い壁。玄関や窓がアーチ状になっている。山が海岸線ギリギリまで迫っていて頂上の城と教会を中心にそれを取り巻くように斜面に家が建てられている。<br><br>　バレンシアを過ぎた小さな街で渋滞にはまったので、沿道のカフェで昼めしにする。意外と奥に広い店だが客は誰もいない。明かりが半分消された店のカウンターの中で店のオヤジが所在なげにテレビを見ていた。大挙して入ってきた謎の東洋人集団に少々とまどいながらもテレビが見やすいテーブル席に案内してくれる。<br>　表の看板にパエリアの画が描いてあったので、パエリアを注文してみるとオヤジさんは厨房にいるおかみさんに「パエリアできる？」的な事を言うが、おかみさんは首を横に振っている。オヤジさんはサンドイッチなら出来ると言うので、カウンターのガラスケースの中に並んでいるソーセージ各種を指さし、何種類かのサンドイッチを作ってもらうことにする。娘さんも出てきて一家総出でサンドイッチ作りに励む。サンドイッチのパンは決まってバゲット。<br>　バレンシアなんだから飲物は当然オレンジジュースでしょう、ということでオレンジジュースを注文するが、ファンタオレンジが出てくる。「そうじゃなくて、本当のオレンジジュース。」と言ってもオヤジは「ファンタオレンジ」と言ってファンタを勧める。興ざめではあるがファンタオレンジでサンドイッチを流し込む。<br>　天気はそこそこ良く日ざしが強くて蒸し暑いので水の売れゆきが良い。2リットルペットの水を一本買ったが、食事中に消費してしまったのでもう一本購入。オヤジさんが冷蔵庫からかなり冷えたやつを出してくれた。<br>　勘定はややどんぶりで4,000ペセタ、約￥4,000。領収証なんてなくて、そこらの紙切れに『4,000』と書いてくれる。ラテンっぽくていいや。サポート隊の重要な任務の一つに会計があるのは前にも書いた通りだが、この様なときにも忘れずに領収証代わりになるものをもらわなくてはいけない。別に会計監査が入るわけではないのだが。<br><br>　海岸沿いの一般国道はバレンシアの街を過ぎたところからN332になっている。<br>　ライダー隊が給油中に知り合った、オランダからアフリカへ行くというオフロードバイク2台の青年と抜きつ抜かれつ西を目指す。彼らはライダー隊と挨拶を交わすのはもちろんのこと、デリカの〈TOKYO → LISBOA  15,000km〉のステッカーを見て、われわれにもピースサインを送ってくれる。もちろん助手席のぼくもそれに応える。彼らはスペアタイアと荷物をバイクの荷台にくくりつけている。<br>　〈TOKYO → LISBOA  15,000km〉のステッカーが目立つので、BAJAやデリカを抜かしていく車からもピースサインやクラクションが送られる。何だかうれしい気分になる。<br><br>　今日は海岸沿いに泊まろうということになり、17時位まで走ったところの街でホテル探しをすることにする。<br>　客でいっぱいの路線バスを追い越し、ライダー隊が付いてくるのをルームミラーで確認し1kmほど行ったところでBAJAのライトが突然視界から消えてしまった。N332は山の麓を縫うようなワインディングになっているので見通しは良くないのだが、さらに1kmほど行ってもライダー隊が付いてくる様子はない。<br>　いよいよおかしいことに気づきデリカを路肩に寄せて待つ。万一事故だったとしたら、無線が入るか誰か一人が知らせに来るはずだ。無線機で呼びかけてみるが、応えはない。<br>　バスを追い越してから分岐点は一つもなかったと思うが、万一分岐があってライダー隊がそちらへ行ってしまったとしたら、再会は難しい。なぜならば今日の目的地を明確に決めているわけではないからだ。　<br><br>　とっつぁんがタバコに火をつけ「どうするかなー」と一言。15分ほど待ってみるが何の変化もない。おまけに雨さえ降ってきた。とにかく今来た道を戻ってみることにする。交通量はさほど多くないが、車は高速道路並のスピードを出している。そのうえ見通しが良くない。ここでUターンするのはあまりに危険なので、さらに1kmほど先へ行った見通しの良いところで、急いでUターン。<br><br>　先ほど路肩に寄って待っていた所を過ぎたあたりで、無線機から雑音混じりのミカさんの声が聞こえてくる。バスを追い越す直前の分岐点で隊長が別の方向へ行ったまま帰ってこないという。やがて路肩で隊長を待つライダー隊の姿が見える。彼らにはそこを動くなと伝えて、隊長が行ったという方向への分岐点に向かうべくN332をバレンシア方向に戻った所でまたUターンをする。日本の高速道路の中央分離帯がない部分でUターンするようなもので、たいへん恐ろしい。<br>　本線は直進だが、隊長が行ったのは分岐点を山の方角に右に分かれる道。これだけ時間が経っているということはかなり遠くまで行ってしまっている恐れもある。と、左手下方に待機しているライダー隊が見えたところで再び無線が入る。なんとたった今隊長が戻ってきたという。<br><br>　交通量が増えてきて国道上でのUターンは危険なので、デリカは次のインターチェンジまで行ってN332に乗り直して、ライダー隊が待機している場所に戻る。　<br>　隊長は分岐点を直進とわかっていたが、分岐を右に行く乗用車にブロックされ、なかなか本線に戻ることが出来ず、強制的に右方向に行ってしまったそうで、道が違うことは自分でも十分認識していたそうだ。ただインターチェンジまでの距離が結構あったのでここに戻ってくるのに手こずってしまったそうである。「ごめん、ごめん。」としきりに謝っている。<br>　この間1時間弱、とにかく事故じゃなくて良かった。<br><br>　17時頃、OLIVEという街のカフェで休憩をする。カフェラッテを持つぼくの手は、疲れなのか迷子事件の緊張からか、震えている。<br><br>　白壁にオレンジ色の屋根の家が並ぶ海岸沿いの国道をさらに西に進むと道は山岳路に入る。焼物を売るみやげ物屋が道の両側に何軒か建っている。明るい色彩と開放的な柄の壺や皿を中心に、庭に置くようなミロのビーナスまで売っている。<br>　山に夕陽がかかるころ、〈Altea〉という街のはずれにさしかかったので、ホテル探しを始める。1軒目は駐車場に高級車がたくさん止まっており高そうなムード。とっつぁんが交渉に行くとフロントの男は人を値踏みするような目つきで「満室です」と言ったという。対応がひどく感じ悪かったととっつぁんは怒っている。そんな変な所はさっさと引き上げて、次の交渉に移る。<br><br>　この3軒手前に〈HOSTAL〉と書いてあるところがあり、はじめは「病院なんじゃないか？」と言っていた建物に行くと、『Trovador』というリゾートアパートメントで、空室はあるという。早速とっつぁんが部屋を見に行って「スゲーぞ。目の前が海の、ベランダ付の部屋だ。ここに2泊しよう。」と言いながら帰ってきた。本当は短期貸しはしないらしいが、2泊ということで何とか泊めてもらうようにおばちゃんに交渉してきてくれた。<br><br>　5人部屋は海に面したベランダ付のリビングに2ベッドルーム付き。新築ではないが良く手入れされていて清潔。この旅一番の贅沢かもしれない。でも値段は安い。みんな海を見てはしゃぐ。海つったってタダの海じゃない、相手は地中海とくればみんなのはしゃぎようも尋常なものではなくなる。<br>　建物横のゲート付き駐車場にBAJAとデリカを入れ荷物を上げる。ぼくたちの部屋は正面入り口からは1階のレベルにあるが、海側からだと2階になる。3階から上は分譲か長期滞在者用らしく、海側の入口横にある郵便受けにはそれぞれ住人の名前が書いてある。<br><br>　20時頃、入口のレストランというより食堂といった方がふさわしいところに夕食を食いに行く。とっつぁんが宿泊の交渉をしたフロントのおばちゃんは外のテーブルで近所のおっちゃんたちとポーカーをやっていて、ぼくらが来たことを気に留めもしない。だいたいこのホテルにはフロントなんてものはない。<br>　勝手に席に着くと、調理場から別のおばちゃんが現れて注文をきく。当然のごとくパエリアを注文する。パエリアは2人前で1,900ペセタ（約￥1,900）なのでそれを4人前。他にサラダと本日のお勧め魚料理を注文し、スープももらおうとすると、多いからよせといわれる。<br>　ここのうちの子と思われる5才くらいの女の子が、調理場から自分でスープをよそってきて、テレビを見ながら一人でつまらなそうに食べていた。スープは鶏ガラスープらしいく、これもまたうまそうである。<br><br>　大きさは普通だと言っていたのにムーチョグランデ（超大盛り）なサラダが出てきた。ニワトリじゃないんだからこんなには食えんでしょうと思ったが、ここのところ生野菜の摂取が少ないので我慢して全部食べる。パエリアは大ナベで4人前がいっぺんに出てきた。昨日のグエル公園のパエリアはまずくはなかったが観光地のど真ん中で食べたので高かった。それに比べて、ここんちのおっかさん手作りのパエリアはずっと美味しいし、安くてボリュームがある。Trovadorのパエリアの勝ちである。<br>　スープを食べ終わった女の子が白い猫をオモチャの乳母車に乗せて遊んでいたので、きららを3色あげる。オムスクで学習した通り、猫の首にも1本巻いてやる。スクーターで出かけようとしていたちょっと太ったお姉さんの腕にも巻いてあげる。久々のきらら攻撃である。<br><br>　食後に洗濯をして1時頃まで部屋でワインを飲む。この旅もあと数日というところまで来たので自然と想い出話が多くなる。<br>　地中海からの風は夜中になっても相変わらず弱まる気配を見せない。ものすごい波の音を聞きながら寝る。<br><br>　　　　　　　本日走行　384km　　ウラジオストークから13,901km
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573873.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Sep 2008 00:27:25 +0900</pubDate>
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<title>第56日　1998/9/17（木）　曇　　バルセロナ（モレット）～ミアミ・プラヤ</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/c3/e8/j/o0400059714479224341.jpg" alt="イメージ 1" width="400" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/8f/8d/j/o0597040014479224351.jpg" alt="イメージ 2" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/37/bd/j/o0400059714479224357.jpg" alt="イメージ 3" width="400" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/c5/62/j/o0597040014479224361.jpg" alt="イメージ 4" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/8c/4a/j/o0597040014479224367.jpg" alt="イメージ 5" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/4f/48/j/o0597040014479224372.jpg" alt="イメージ 6" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/29/3b/j/o0400059714479224376.jpg" alt="イメージ 7" width="400" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d3/37/j/o0704052814479224381.jpg" alt="イメージ 8" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d9/3e/j/o0704052814479224389.jpg" alt="イメージ 9" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/04/fe/j/o0704052814479224395.jpg" alt="イメージ 10" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/0d/14/g/o0165013014479224399.gif" alt="イメージ 11" width="165" border="0"></p><p></p>（写真1.　ご存じサグラダファミリア　35mmレンズでは収まらない）<br>（写真2.　内部を見上げる）<br>（写真3.　離れたところから全体を収める）<br>（写真4.　グエル公園のベンチ）<br>（写真5.　そこから市内を見下ろす）<br>（写真6.　正門にある奇妙なオブジェ）<br>（写真7.　カーサバッリョ　仮面のようなバルコニー）<br>（写真8.　ピレネー山脈を越えて来た）<br>（写真9.　長距離走行は尻が痛くなるのでたまにスタンディングポジションで走る）<br>（写真10.　今日も夕陽に向かって西へ、西へ。）<br><br>　　　　本日の出発位置：すみません、記録が9/16までで途絶えていました！<br>　　　　したがってこの先の位置表示ができません。ド素人冒険旅行ならでは。<br><br>　8時半朝食予定が、起きたら９時10分。旅の前半は目覚ましが鳴る前に目が覚めたものだが、このごろは疲れが溜まっているためなかなか起きられない。おまけに今朝は鼻血まで出してしまった。<br><br>　出発までの時間を利用して、デリカのどてっ腹に〈15,000km〉の切り文字を貼ることにする。既にドイツのアンスバッハで〈TOKYO→RISBOA〉の文字を貼って装飾を施してはいたのだが、これだけでは迫力不足。黄色い〈TOKYO→RISBOA〉の下に白い〈15,000km〉を貼ることでデリカの装飾は完璧なものになった。<br>　一方、駐車場ではライダーが集まり何やら暗い表情になっている。昨晩から今朝にかけて大ちゃんのBAJAの車載工具が盗まれたとのこと。いたずらの類だろうが、BAJAの隣に停めてあった別の宿泊客のバイクのかぎ穴をいじった形跡がある。気分の良い事ではないが、BAJAが盗まれたりしなくて良かった。デリカも異状なし。<br><br>　Molletからバルセロナの中心地まで約15km。市内地図を頼りにサグラダ・ファミリア教会を目指す。市内は意外と入り組んでおり、サグラダ・ファミリアの尖塔は見えるのだがなかなか近づけない。とっつぁんのナビゲーションで碁盤の目のような市内を右へ左へと走るうちに正真正銘本物のサグラダ・ファミリア教会の前に到着。特にアントニオ・ガウディが好きというわけではないが、テレビや書物で見て、死ぬまでに一度は見てみたいと思っていたサグラダ・ファミリアだ。こんなに早くここに来られるとは思っていなかった。<br><br>　高さは思っていたほど高くはないというのが第一印象。角の空いたスペースにデリカを、歩道にBAJAを駐車。サグラダ・ファミリアを周回する道は観光バスで一杯で駐車するスペースなど無い。その回りにはみやげ物屋が軒を並べており、ここがスペインの一大観光地であることを物語っている。<br>　大ちゃんは帰国便のフライト変更のためアエロフロートへ行くという。もうそろそろ帰国の心配をしなくてはならないほどゴールが近づいてきている。<br><br>　とっつぁんが車輌を見張っていてくれると言うので、隊長を筆頭にサグラダ・ファミリアの内部へと入ってみることに。正面へ回って見上げてみるが、入口は裏側らしい。教会裏側のチケット売り場には長蛇の列が出来ているが、観光バスで来た大量の日本人観光客は並ばずに、添乗員の後について横の入り口から入っていく。こんなの有りかよ？<br>　とにかく日本人が多い。ウラジオストークを発って以来、最も多くの日本人を見ることになる。<br><br>　我が隊が正直に並んでいると、20才代と思われる日本人女性が国際電話の掛け方を聞いてくる。やはり我が隊は他の日本人観光客とは一線を画し、豊富な旅経験が顔に出ており、何でも知っているということがわかってしまうようだ。博士がデリカに行ってMacでアクセス番号を調べてあげる。このときの氏の対応はいつになく素早かったと記憶している。<br>　何か悲しいことでもあったのか？彼女は一人でスペインを旅しているという。のちにグエル公園で再会。<br>　そのころアエロフロートに行っていた大ちゃんが戻ってきて列に加わる。入場料800ペセタ（約￥800）を支払い内部へ。着工から100年以上も経っているのにいまだ未完成なことはあまりにも有名だが、建設中の現場では何人かの人が働いていて、作業そのものが観光客へのパフォーマンスになっている。完成してしまったら観光客が来なくなるのでわざと少人数でゆっくりやっているんじゃあるまいか？<br>　有機的カーブで構成されたこの建物の内部は意外なほどがらんどう。細かい彫刻やオブジェで飾られているが、ステンドグラスはほとんど入っていない。石を機械で切っている作業場が下に見える。尖塔に昇るエレベーターがあったが、ここも長蛇の列なのであきらめる。外のテラスから写真を撮ろうにも35mmレンズではとうてい収まらない。<br>　とっつぁんとは30分程度で交代する予定だったが、小一時間経ってしまった。急いでデリカに戻り交代。<br><br>　この旅の節目々々に友人宛に「ユーラシア大陸横断通信」という画ハガキやE-mailを出してきた。ここバルセロナはやはり外せないポイントなので絵ハガキと切手を買いに行く。切手はタバコ屋で扱っている。<br><br>　バルセロナ市内を見下ろす丘の住宅地の中にあるグエル公園に行く。ここもガウディの作品で有機的デザインの楽しい公園でオブジェが多くある。波打つベンチにすわってしばし休憩。14時なので公園内のカフェでパエリアの昼食をとる。<br>　この公園にも日本人観光客を乗せたバスが続々とやってくる。その中の一人のおばさんがミカさんに「こういうバイクはこっちで借りるの？」と聞く。「いえ、東京から走ってきたんです。」という答えにおばさんは開いた口がふさがらない。<br><br>　市内に点在するガウディ建築のいくつかを見に行くことにする。市内地図を基にとっつぁんがナビゲートをするが、通りの名前表示が車の中からだと小さすぎて読みづらい。ずいぶん迷ってカサ・バトリョ前にようやく出る。仮面のようなデザインのベランダが付いたアパートメント。しばし停まって眺める。<br>　こんな時も大ちゃんは珍しい建築物よりもその前を通りかかるバイクの方が気になるらしく、「HONDAの何とかだ!」とか「YAMAHAのどうしたとかだ!」などと言って、ガウディ建築を見ようともしない。まあ、人の興味はそれぞれだからいいけどね。<br>　王宮跡を一回りして、バルセロナを出るべく海岸線へ出る道を探す。<br><br>　日本出発前の予定では、バルセロナから先はほぼ真西に向かってサラゴサ、マドリッドを通り、リスボンへと入ることにしていた。しかしロシアからスイス、フランスまで、夏だというのにあまりにも寒い気候の中をわれわれは走リ抜けてきた、ここらで温暖な地中海沿いを走り、ゴールを目指すのも悪くはない。そこで当初の予定を変更して、海岸沿いに一度南下してからセビリアに上がり、リスボンに入ることにした。このコースを選択することによって、ヨーロッパ大陸の最南端に立ち、ジブラルタル海峡の遥か向こうにアフリカ大陸を望むことも出来るのだ。<br><br>　今日はバルセロナ市内観光があったので、さほど距離を走る予定はなく、120kmほど来たところから早々と宿探しに入る。<br>　一般国道N340沿いのミアミ・プラヤという小さな街に入ったところの沿道に〈Camping〉という表示が目立つようになってきた。Campingといってもキャンピングトレーラーや大型テント、ログハウスなどが海岸沿いの砂地に据えつけてあって、それを貸す形式になっている。その中の一つに入って交渉をしてみるが、1～2日の短期貸しはしないと断わられる。やはり最低1週間以上のようだ。<br>　せっかく海に来たんだから砂浜に出てみようと、みんなで波打ち際まで行ってみる。9月だというのにTシャツ1枚でも汗ばむくらいだから、海水浴や日光浴をしているバカンス客がまだいる。ミカさんは「記念に」と『地中海の砂』をビニール袋に詰めている。<br><br>　キャンプ場のフロントで教わって、ここから1kmほど先にTROPICANAというホテルを見つけここに決める。海沿いの道の山側にある3階建ての小さなホテル。駐車場は遮断ゲートがあるものの柵が低いのでその気になれば侵入は簡単だ。BAJAは建物裏に隠し国道から見えないようにするしかない。<br>　「夕食は2階のレストランでワイン付のセットメニューが1,100ペセタ（約￥1,100）＋税金7%だけどどうするかね？」と鈴木清順監督に顔もしゃべり方もソックリなホテルのオーナーじいさんに言われ、予約する。<br>　外から見た印象では小さいと思っていたが、中は迷路のように入り組んでいて、2階の部屋になかなか行き着けない。鈴木清順監督に2回も聞きに行ってやっとのことで部屋に入る。隊長、とっつぁん、博士部屋は応接付の1階で、窓のすぐ外にBAJAが見える。駐車場にはスイスやフランスナンバーの車も多い。<br><br>　夕食前にミカさん、大ちゃんと共に、隣のみやげ物屋とスーパーへ物色に行く。<br>みやげ物屋には地中海沿岸独特の色彩が鮮やかな焼き物がある。ミカさんはヒマワリ柄の皿を買いたいのだが、けっこう大きくどうやって持って帰るかで悩みに悩んだ末、購入を断念。<br><br>　2階レストランでは3種類のセットメニューがあって、それぞれが好きなものを注文。ワインを追加して、デザートを取っても安かった。となりのテーブルには、おとなしいゴールデンリトリバーを連れて食事をしている家族連れがいる。<br>　食後は夕涼みがてらプールサイドのテーブルにすわり、オランジェで買ったワインを飲む。鈴木清順監督にも1本お土産にあげる。国道をときおり大型トラックが通るのでややうるさいが、精算や日誌を付け昼間買った画ハガキを書く。<br>　大ちゃんがリエに電話をしてみたらしい。今スペインに居ると告げると「キェー!!」と大興奮だったという。赤ワインが３本空いたところで、0時30分。フロントの金髪美人エマにもう寝ろと言われ、今日は終わり。<br><br>　　　　　　　本日走行　167km　　ウラジオストークから13,517km
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573863.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Sep 2008 01:42:30 +0900</pubDate>
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<title>第55日　1998/9/16（水）　晴れ時々曇り　オランジェ～国境～バルセロナ（モレット）</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/b2/c8/j/o0597040014479224287.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/30/57/j/o0704052814479224292.jpg" alt="イメージ 2" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/0b/be/j/o0704052814479224295.jpg" alt="イメージ 3" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/06/4e/j/o0704052814479224301.jpg" alt="イメージ 4" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d9/4b/j/o0704052814479224305.jpg" alt="イメージ 5" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/d3/79/j/o0704052814479224310.jpg" alt="イメージ 6" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/f0/26/j/o0704052814479224317.jpg" alt="イメージ 7" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/e6/14/j/o0640048014479224322.jpg" alt="イメージ 8" width="560" border="0"></p><p></p><p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190624/13/kuma8780/21/27/g/o0165013014479224334.gif" alt="イメージ 9" width="165" border="0"></p><p></p>（写真1.　ホテルF1を出発）<br>（写真2.　オウトバーンにはついに「バルセロナ」の表示が現れた）<br>（写真3.　オウトバーンを行く）<br>（写真4.　乾いた風景が広がる）<br>（写真5.　海が近そうだ）<br>（写真6.　知らない人が混じったぞ）<br>（写真7.　サンドイッチの昼飯を食った港町　トリコロールが翻る）<br>（写真8.　たまには集合写真でも・・）<br><br>　　　　本日の出発位置：北緯 44度 08.275分　東経 004度 47.600分（昨日と同じです）<br><br>　Fomula 1の『みつ編みおばさん』の見送りで出発。<br>　オウトバーンの入口はホテルからすぐ近く。A9はアヴィニョン、ニームを通り過ぎ海岸線を目指して南下する。<br><br>　CETEという港町で昼食。ウラジオストーク以来約２カ月ぶりの海にみんなやや興奮気味。でも東京にいたら海なんて１年くらい見ない。<br>　角のBar（バール）で食事が出来るか聞いてみるが、飲物だけ。２軒となりの雑貨屋でサンドイッチが15フラン（約￥387）だと言うので注文する。アラブ系の店主は角のBarで待っていれば持ってきてくれると言うので、再度Barへ行き飲物を注文。<br>　こんな、観光地でもない小さな港町の場末のBarに謎の東洋人が大挙して訪れたのを不審に思って、カウンターの中のおじさんが「Tourist ?」と聞く。「Oui. あれで東京から来たの。」と表に停めてあるBAJAとデリカを指すと「Japon ?」と目を丸くして驚く。<br>　サンドイッチは30cmはあろうかというバゲットにパテやトマトやレタスなど盛りだくさんの具をはさんだボリュームある物。これで15フランは安い。<br>　Barの裏には運河が流れていて、その向こう岸にはカフェやレストランが軒を並べていて多くの人で賑わっている。生アコーディオンの演奏なんか聞こえてきていかにもフランスという感じ。生ガキやウニでも食わすんだろうが値段は高そう。<br><br>　道は地中海沿いの一般国道。伏木からウラジオストークまでの日本海は天候が悪かったせいもあるが暗く、陰うつな海だった。しかし南仏の海は強い陽射しを浴びコバルトブルーに輝き明るく開放的だ。砂浜には海水浴を楽しむ人達の姿がある。<br>　そんな風景を左手に見ながら海沿いをしばらく走ると、前方にピレネー山脈が見えてきた。ピレネーを越えればもうスペイン。ピレネーから西はヨーロッパではないと言ったのはナポレオンだったか？<br><br>　ワインディングを登っていくと頂上付近ににぎやかな街が突然現れる。道の両側には商店が建ち並んでいる。両替商の数も多い。<br>　ゲートをくぐりフランス出国。徐行のみで一時停止すらしない。もう一つのゲートスペイン側の入国。ここでもパスポートを見せることはおろか、一時停止もなし。<br>　道沿い右側の両替商で、持っていたドイツ・マルクを全てスペイン・ペセタに両替する。ドイツ・マルクはコインも引き取ってくれたがスイス・フランコインとドイツ・ペニヒはダメだった。１ペセタ≒￥１とわかりやすい。タバコは300ペセタ台とドイツ、スイス、フランスより安い。<br><br>　スペイン側に入ってからも道はすこぶるよろしい。南仏と同じく道の両側にはブドウ畑が広がるがフランスで見た物よりはささやかな感じがする。ここでもやはり収穫作業をしている。<br>　バルセロナ郊外のMolletという街のFomula 1を目指し再び海岸沿いのN9を南西方向へ進む。海岸通りは夕方のラッシュで渋滞している。ドイツで購入したミシュランの地図によると、山をひとつ越えればMolletだ。<br><br>　大きな夕陽が今まさに西の山の向こうに沈もうとしているときMolletに入った。<br>　スペインに唯一のこのFomula 1にはフランスとちがってゲートが無い。宿泊客以外でも自由に敷地内に入ってこれてしまう。車輌が盗まれたり、いたずらされたりするのが一番怖い。ゴールまであと一週間、約2000kmの所でそんな目に遭うなんて冗談じゃない。BAJAはいつも通りハンドルロックをして鎖でつなぐ、デリカには例のピロピロをセット。<br>　このFomula 1は外観、システムともにフランスと何ら変るところは無いが、料金が安い上に部屋が若干広い。20時半、フロントのおばちゃんに近くのレストランを教わりみんなで歩いて行く。辺りは新興住宅地で、小さくはあるが新築の一戸建てが並んでいる。そのうちの半分位はまだ未入居のようだ。砂場のある公園もある。<br><br>　レストランというよりはBarと言った方がふさわしい店は５分ほどで見つかった。メニューはスペイン語のみで読めない。客のおじさんたちも「どうした？」という感じで協力してくれ、カウンターに並んでいる前菜料理を指さし何とか注文にこぎ着ける。隊長はエスカルゴを所望する。ぼくは生まれて初めてエスカルゴというものを食する。カタツムリだと思うと気味が悪いが、貝だと思えばどうということはない。ガーリックバター風味が食欲をそそる。そのほかオイルサーディンやソーセージ中心の前菜だけで満足。これで解読不能のメニューを見て注文をする必要がなくなった。食後にグラッパを飲んで帰る。<br><br>　　　　　　　本日走行　514km　　ウラジオストークから13,350km
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<link>https://ameblo.jp/kuma8780/entry-12485573847.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Sep 2008 01:04:23 +0900</pubDate>
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