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<title>kunikai235のブログ</title>
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<title>シナの女性の服装</title>
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<![CDATA[ <p>やはり女は服のことが気になるね</p><p>&nbsp;</p><p>シナ女性服といえばチャイナドレスの印象だけど、じつはそれは中華民国初期に遊郭の遊女が金持ちの多い外国人客を引くために作ったものです、だから露出度がたかい</p><p>&nbsp;</p><p>そして今漢服復興なども、右翼の人達も主張しているが、七百年前の昔の服、そして公卿衣装だから、十二単みたいに知ってるが着ない服のようで、そんな昔の服装を今の民族服にするのも、伝統的な作る手芸はとっくに失われたからできませんでしょう</p><p>&nbsp;</p><p>そして今わたしはもちろん洋服着てるが、お母さんの子供の時の写真を見たら、服が買えないからみなおばあさんの手作りなので、洋服の形式ながら両側に小さいスリットやヒモで結ぶボタン、丸襟なども帯びている折衷した服になっている</p><p>&nbsp;</p><p>さらに唯一の曾祖母さんの写真を見たら、その服は右へえりをかさねる両側にスリットがある服です。これは「大襟襖」と呼びます。</p><p>&nbsp;</p><p>今はあんまり取り上げられませんが、これは和服と地位的に等しいはずのものです。洋服渡来以前のシナ庶民女性も着れる正装です</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真１</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/02/kunikai235/5c/1b/j/o0640096114747643723.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="631" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/02/kunikai235/5c/1b/j/o0640096114747643723.jpg" width="420"></a></p><p>外のは「大襟襖」で、見ての通り、その内にまた一つの「袍」という長い服があります</p><p>紋がなく簡素である</p><p>そして靴は船みたいな形です</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真２</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/d8/8d/j/o0640096014747645206.jpg"><img alt="" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/d8/8d/j/o0640096014747645206.jpg" width="420"></a></p><p>紋は華やかなもののことが分かる</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真３</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/02/kunikai235/4c/b4/j/o0640096014747643567.jpg"><img alt="" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/02/kunikai235/4c/b4/j/o0640096014747643567.jpg" width="420"></a></p><p>これはもっと厳重になった、でもあんまり紋はない</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真４</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/00/59/j/o0379045014747645573.jpg"><img alt="" height="450" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/00/59/j/o0379045014747645573.jpg" width="379"></a></p><p>これは普段に着る簡約された形式、最も一般の様子</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真５</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/6c/6d/j/o0410051914747645822.jpg"><img alt="" height="519" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/6c/6d/j/o0410051914747645822.jpg" width="410"></a></p><p>散髪している 一般的髪型は薄く後ろに束ねるもの、日本よりあんまり高くない</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真６</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/8f/98/j/o0517062214747646332.jpg"><img alt="" height="505" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/8f/98/j/o0517062214747646332.jpg" width="420"></a></p><p>左側に座る女子はただ内に着る「袍」を着ている</p><p>&nbsp;</p><p>ネットで集めた写真７</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/4c/92/j/o0568048614747646603.jpg"><img alt="" height="359" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/03/kunikai235/4c/92/j/o0568048614747646603.jpg" width="420"></a></p><p>これは遊女です、遊女は子供から育てることが多い</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ネットでかき集めた７枚の写真です、うちの曾祖母さんが着てるのは、４番の左側に立つ女子の服に似ています、これは振袖などの和服の立場とひとしい江戸時代シナ庶民女性の正装です。しかし今は、共和国も民国もその封建時代には反対、批判する主義ですから、もうあんまり取り上げられませんでした</p>
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<link>https://ameblo.jp/kunikai235/entry-12591684831.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2020 03:57:35 +0900</pubDate>
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<title>清明の節句</title>
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<![CDATA[ <p>何日前に、清明の節句が終わりました</p><p>ワタシもみんなと同じ、父や祖父といっしょに、その日朝早くご先祖のお墓にまいった</p><p>父は「日が暮れては"お金"をご先祖様が取れなくなる」と言いましたからです</p><p>&nbsp;</p><p>お墓と言っても、土の盛り、つまり墳です</p><p>&nbsp;</p><p>ご先祖様は、三代にわたり５人いた</p><p>多くは漢方医者でした</p><p>その上の幾つの世代はもう道路工事のせいでなくなった</p><p>もっと上なら、ここに埋まっていない、これは明成祖朱棣が北上していたとき、多くの民は戦争を避けんがため、北へ移民したので、もっと上のご先祖はこのことの前の人で、広東省に埋まったからと聞いた</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>父は</p><p>「取れよ 取れよ これで服でも買おうよ」 と長い声で連呼しながら、黄色の粗い紙を墓碑の前に燃やした、これすなわち"お金"です、燃やしたら先祖様に届くと、みんな信じていた</p><p>&nbsp;</p><p>そして墳の前にひざまずいて、四度ぬかずいた</p><p>表敬の礼儀として三度ぬかずくは生きる人に、四度ぬかずくは死んだ人に、といういわれがあるからです</p><p>&nbsp;</p><p>そして墳の上に生えた草をぬいて、あらたに土を足したら、これで終わりにしてもいい</p><p>もっと正式にやりたいなら、このことを十日の間、毎日くりかえすのです</p><p>&nbsp;</p><p>ふつうの家だからこれしかできませんが、金持ちの家なら花で作った大きいのぼりを墓に掛けるとか、紙人形や紙車、紙邸宅など、そして小判のように作った紙金とかを焼いてもあり</p><p>&nbsp;</p><p>時に状況があって生家に帰ることができなかったら、お墓の前にいかなくてもいい、代わりにその前夜で、十字路で焼くことで、先祖様はじぶんで取りに来るとも言われます</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>十字路で紙焼いてるひとびと</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/01/kunikai235/23/36/j/o3016403214747635002.jpg"><img alt="" height="561" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200423/01/kunikai235/23/36/j/o3016403214747635002.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>お墓は写真撮っちゃダメとも教えられたので、写真はございませんでした</p>
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<link>https://ameblo.jp/kunikai235/entry-12591676756.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Apr 2020 01:38:38 +0900</pubDate>
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<title>自己紹介です</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは</p><p>&nbsp;</p><p>わたしはシナのひとで&nbsp; 海辺の漁業町に生きている 庶民のひとです</p><p>董玲と申します</p><p>&nbsp;</p><p>このブログはわたしの体感した&nbsp;オモテにあんまり出ない ゆがめられていないシナの民俗や暮らし、伝統などを たまたまつづってくために 設けさせていただきます</p><p>&nbsp;</p><p>政治と右翼のひとにより 今おもてに出ているシナのことは 改造されていましたが、それを透かしてみれば 美しくしぶい 東アジア的なものが見えます</p><p>&nbsp;</p><p>その界隈の趣味やらけんきゅうやらに、ちょっとでもご参考になれたら嬉しいかぎりです!</p>
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<link>https://ameblo.jp/kunikai235/entry-12591661640.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2020 23:48:25 +0900</pubDate>
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