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<title>lololog</title>
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<description>平成１８年１２月１０日生まれの息子ロロとの愛の日々。バックナンバーはhttp://web.mac.com/kuripiro/iWeb/lololog/</description>
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<title>４年ぶり</title>
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<![CDATA[ lololog書くのも超ひさびさだけど、もっともっとひさしくご無沙汰だったものが<br>このあいだ来たんです。それは<br><br>生理<br><br>でございます。<br>なんと４年ぶり。２年前の２月に「おしるし」のようなものがあり、「おお、来た！」「２年ぶりだ！」と思ったんだけど、おしるしだけで終わりました。<br><br>今回は２月の１１日からおりものがどよ～んとあったので「おお、これは排卵では？！」<br>と思ったんですが<br>それがなんと８日間もどよんどよんと続き、今度こそはおしるしでは済むまい<br>と覚悟を決めていました。<br><br>そしておりものが始まって３週間後、終わって２週間後に<br>れっきとした生理がやってきました。<br><br>すっかりあがっちゃったんだと思ってたんで<br>うれしいようなはずかしいような…<br>しかしやはり生理はきついですね。<br>ひさびさに子宮の存在を感じ、腹は痛いわ頭は痛いわ悪寒はするわ。<br>いままでの４年間バラ色に過ごして来たのはロロが生まれた高揚感<br>と思っていましたが、月に一度の憂鬱からの解放という意味合いも大きかったのでは<br>と、再開してみると感じます。<br><br>今回はおりものが多かったせいか出血も多かった。<br>あのかんじだとタマゴが一度に１０個くらい出ちゃったかんじ。<br>止まっていたのが一気にどっと出たのでしょうか。<br><br>４年ぶりというのがあまり聞いたことなかったので<br>とにかく誰かに話したくて仕事仲間にしゃべりまくっていると<br>３人の男の子のママが、「私は最初の子のあとに一度も生理来ないで妊娠しちゃって<br>超ショックだった」と。「すごいね～１００発１００中だ！」と思わず言ってしまいましたが<br>ふと、あることを思い出しました。<br><br>出産前の母親学級で、やたらと産後の避妊に言及するのです。<br>避妊の仕方はペッサリーはこういうの、ピルはこういうのがありますとか<br>中学生の性教育のようなおせっかい感と、そこまでプライベートなとこに<br>立ち入らなくても…という違和感を感じました。<br><br>が、その１００発１００中ママの話を聞いて「そうか！」と思いました。<br>妊娠出産後最初の排卵ていうのはきっと今回の私のようにいっぱい出ちゃうんですね。<br>「いいですか、排卵は生理の前にあるんですよ」<br>と、また性教育かよ、と思うようなことを助産婦さんは口をすっぱくして言いました。<br>生理が来てから気をつけたんじゃ遅いってことなんです。<br>産後はじめての排卵は数が多く出るからいつもより妊娠期間が長いって<br>ことなんじゃないかな。だから妊娠しやすいってことなんじゃないかな。<br>だったらそうおしえてくれればわかりやすかったのにな。<br>かならずしもそういうことではないのだろうか？<br><br>私が４年間も止まっていたのはついこないだまでロロに乳を飲まれていたからです。<br>「生理来ない」というと先輩ママたちには「乳やめればすぐまた来るよ」と言われていましたが<br>４年も来ないんじゃアガったに決まってると思っていました。<br>ロロが乳を徐々にやめたのは１月に３歳児健診に行って虫歯が３本もあります<br>と言われてから。<br>甘いおやつはそんなに食べないしジュースも飲まないのに<br>虫歯ってことはやはり乳が原因だろうと思い、心を鬼にしてロロを拒み続けました。<br>今でも明け方は勝手に飲まれていたりしますが、基本やめられました。<br><br>馬車がかぼちゃに戻ったようにぺしゃんこになった胸。<br>生理は始まり胸はしぼむ。皮肉ですね。<br>いま思うと、授乳期はシンデレラ、まさに女である喜びが開花する時期だったのかも<br>しれません。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100417/01/kuripiro/8c/4f/j/o0240032010499440150.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100417/01/kuripiro/8c/4f/j/t02200293_0240032010499440150.jpg" alt="$lololog" width="220" height="293" border="0"></a><br>もなかをほおばる。和菓子大好き、あんこ命。<br>
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<pubDate>Fri, 12 Mar 2010 00:55:59 +0900</pubDate>
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<title>手作りランチョンマット</title>
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<![CDATA[ 　４月から保育園の進級で、あらたに用意しなきゃならないものがいくつかあった。いちばん面倒だったのは「ランチョンマット」。「30cm×40cm、キルティングの布をバイアステープで縁取る」という指定だった。「うへぇ～」というしぶしぶモードで手芸店へ行くが、キルティングの布はキャラものばっかりでなかなか気に入ったのがない。布を用意しないままに「鳩組さん」進級日が近づいてくる。<br>　「いっそ自分でキルティングしたら？」と母が言い出した。母は昔キルトやパッチワークを夢中でやっていたことがあるので、ひと通りの道具や材料は家にある。考えてみれば家に端切れがいっぱいあるのに、たかだかランチョンマットぽっちに布を買うのはあほらしい。よし、いっちょ自分でやってみっか。<br>そう思うと、俄然楽しくなってきた。自分で作るからにはミシンで格子状の縫い目をつけるんじゃつまらない。それにうちのミシンはどうも調子が悪いし、私はミシンは好きじゃない（正確には、ミシンが私を好きじゃない）。ちくちく手縫いで自由な模様を縫い込むことにした。給食が楽しくなるようなランチョンマット。ロロはおさかなが大好物なので、魚の模様にすることにした。まんなかに鯛、その横に鰹、エンゼルフィッシュ、下にはイカ、エビ、はまぐり。そして「ちひろ」という名前を刺繍。何十年も押し入れに眠っていた布と、私がアフリカから持ち帰った布を使った。<br>　マットは毎日使うので、３枚はないとローテーション組めない。キルト芯を中にはさむとちょっと分厚くなったので、２枚目はてぬぐいの間に大きめのガーゼのハンカチをはさんだ。それをぐるぐる縫ってしまってから、これまたロロの大好きな「象さん」モチーフを別布でアップリケにした。母象のあとに子象がついて歩いている図。下には大きく「LOLO」。<br>　私が連日よなべでやっているのを見かねたのか、見てたらキルト熱がうずき出したのか、もう１枚は母が作ると言い出した。キルティングの本をいっぱい出してきて古典的なモチーフを選んで、きちんと製図して本格的なキルトの柄になった。サイドにはおさかなとリンゴのぬいとり。昔私たち姉妹の誰かがきていたシャツのプリント柄（ゴルフしている少年）がカタチをかえてよみがえった。<br>　さっそく初日から海の仲間たちはケチャップまみれになって帰ってきた。手づくりといっても親の自己満足なんだけど、毎日キティちゃんやアンパンマンの顔を見て食事をするよりは母の作ったいびつだけど世界でひとつの魚やイカを見て食べて欲しいと思う。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090421/21/kuripiro/10/f5/j/o0360027010169314779.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090421/21/kuripiro/10/f5/j/t02200165_0360027010169314779.jpg" alt="lololog" border="0"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090421/21/kuripiro/0b/bb/j/o0360027010169314624.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090421/21/kuripiro/0b/bb/j/t02200165_0360027010169314624.jpg" alt="lololog" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<pubDate>Sun, 19 Apr 2009 00:28:01 +0900</pubDate>
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<title>右脳と左脳の攻防</title>
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<![CDATA[ 　子どもの脳は生後９ヶ月でシナプスの形成が完了するだとか、３歳までに人格できあがるだとか、右脳教育だとか、左脳教育だとか、最近は全脳教育という言葉もあるとか…。ロロは今日で２歳と４ヶ月。相変わらず言葉ははっきりしゃべらないし、相変わらず私の母はそれを気にしている。私は相変わらずそれはゆっくりでいいと思っている。<br>　先日、テレビであるドキュメンタリーを見た。キャリアを積んでバリバリやっていたアメリカ人女性の脳解剖学者が突然脳卒中に襲われる。体の自由がきかなくなり、言葉もしゃべれなくなり、記憶も薄れていく。だが、それからの彼女は不思議な幸福感に包まれ、まるで「涅槃」の境地にあったという。血管が破裂したのは左脳だった。左脳は言語や記憶を司る脳。かつて経験したことのない幸福感を体験したのは、左脳が停止状態になり右脳が活性化したせいだと彼女は自身を分析した。<br>　私はテレビを見ながら、自分の体験を思い出した。もちろん脳の血管が切れたことはないのだが、「なんともいえない幸福感」というのを「ああ、あれか」と思ったのだ。それは、妊娠してたとき。なんだかわからないけどいつも心がふわふわ宙に浮いているような、視界がそれまでよりも一段階明るいような、白いものがピンクに見えるような、まさに不思議な幸福感に包まれていた。それと同時に、お金の計算だとか、難しい話とかがもともと苦手なのに輪をかけてだめになった。集中力がなくなり、失語症になり、人と話すとどっと疲れた。あれはまさに左脳が仮死状態だったんだ。<br>　言葉を話せない、過去の記憶がない、ということは赤ちゃんといっしょ。だとすると生まれたばかりの赤ちゃんはみんななんともいえない幸福感に包まれているのだろうか。まあ、それを幸福感なんだと認識する機能もまだ脳は持っていないわけだけど。でも言語の習得とともにじょじょにそれが失われていってしまうのだとしたら…ますますしゃべりだすのは遅くていい、やはり私の考えは正しいと、いい番組を見たと、勝手になっとくしたのだった。もちろんずっと赤ちゃんのままでいることが人間の幸福ではない。ロロもゆっくりだけど言葉を覚え、世の中のルールを覚え、保育園での人間関係で喜びも哀しみも味わっていると思う。放っておいたってそうやって左脳は成長していく。でも脳卒中にでもならない限り逆に成長することはない。なんだかわからないけど幸福な日々を一日でも長くあじわって、ゆっくりゆっくり大人になってほしいと思うのだ。<br>　それと、妊娠中にしあわせ気分になったのは仮に右脳左脳の問題であったとしても、そうしてくれたのはロロだ。ロロをおなかに宿しているのはまるで太陽をかかえているようだった。その太陽が脳に指令を出してくれたのだ。それを思うと、早く言葉を覚えなさいなんていうのはとてもおこがましく思えてくる。<br>　っていうか、「くーくーちゃ！」って言ってるのが「きゅうきゅうしゃ」って言うようになったらつまんないなと、単にそう思うんです。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090410/23/kuripiro/cf/29/j/o0360027010164290816.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090410/23/kuripiro/cf/29/j/t02200165_0360027010164290816.jpg" alt="lololog-いとこのりーちゃんと" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<pubDate>Fri, 10 Apr 2009 23:23:57 +0900</pubDate>
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<title>ロロちゃんのブーブー</title>
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<![CDATA[ 　意味不明の外国語を話している外国人は異星人のようにかんじるけど、「あ、どうもどうも」なんて笑いかけられると急に「ああ、同じ人間だよな」なんて思ってしまう。子どもの成長もそれと同じで、生まれてから１～２年のばぶばぶ期は生き物を育てている感覚に近い。が、意味の通じる文をしゃべるようになると生き物から人間に突如進化したように感じる。こうなると、もう餌をやってるだけでいっぱいいっぱいとは言っていられない。ひとりの人間として子どもに接しなくてはならなくなる。自分の言動にも気をつけないといけない。いままではばかのひとつ覚えみたいに「ロロちゃんはかわいいね～」ばっかり言ってたが、そんな退屈な親じゃ子どもに飽きられてしまう。頭にきて「も～勝手にしろ！」とか叫ぶのも終わりにしなくては。<br>　幸いロロはしゃべるのが遅い。２歳になったころからやっと二語言葉が出てきただろうか。きのうまたひとつ進歩があった。保育園からの帰り、自分の車を見つけて「ロロちゃんのブーブー！」と言ったのだ。いままでは「ロロちゃん　ブーブー」が精一杯だった。助詞の「の」が入ったのだ。一気にロロが人間らしく見えてきた。発音が悪いので正確には「どどちゃんのどぅーどぅー」みたいなかんじだが…。そして今日保育園に迎えに行ったとき、どうやら「うるせー！！」と叫んでいたらしい。どういう文脈で出てきたのかわからないが…。さすがに私は「うるせー」とは言わないと思うんですけど。保育園行ってるといろいろ悪い言葉も覚えちゃってね～　と、悪いことは全部保育園で覚える、というママたちの言い訳に便乗。保育園で発せられる言葉の出所は各ご家庭ですけどね～。でもロロが「うるせー！！」っていうのも聞いてみたいな。想像しただけでにやけてしまう。そのうち「かーちゃんうるせー！」とか言われるんだろうか。いまは私が気に入らないことをすると「ママ、めっ！」と言って私を叩くんだけど。
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<link>https://ameblo.jp/kuripiro/entry-10222591172.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Mar 2009 22:58:12 +0900</pubDate>
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<title>ママ、ド〜ン！！＠大沢館</title>
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<![CDATA[ 　お正月休みに南魚沼の温泉に行った。雪の露天風呂などの写真を何度か目にしていつか行ってみたいと思っていた宿だ。あえて名前を出すが、大沢山温泉の大沢館。あたりは雪で真っ白で、温泉は露天も内湯も風情満点だった。しかし着いて早々、旅が台無しになる事故が起こった。露天へ向かう渡り廊下で思いっきり転んだのだ。小学校のときのワックスかけたての廊下で転んだときの記憶がよみがえるくらい、天地がひっくりかえるような勢いでスッコロンだ。しかもロロを抱いて。廊下の板は５０センチくらいの幅しかなく、下は積もった雪がなだれ込んで雪解け水の池のようになっている。その板に対してほぼ直角に倒れたので背中は半分板から池にはみだしていた。ロロは腕からすっぽぬけるのはなんとか免れたが、重心は上のほうへいってしまっている。私は腹筋をわなわなさせながら必死でこらえた。ロロを池に落とさないようにその体勢を保つのがやっとで、手は使えないし、とても腹筋だけで起き上がれる体勢ではなかった。さいわい、後ろからすぐに女性の宿泊客の方が駆け寄ってきてロロを抱き上げてくれた。私はなんとか起き上がったものの、お尻全体がしびれたようになっていてまともに歩けなかった。木の床板はびしょびしょに濡れていて、草履の裏はツルツル。滑らないはずはない。私もロロが薄着になっていたのでつい早足になり、注意が足りなかったかもしれない。しかしあんなに滑るのは危険すぎる。<br><br>　驚いたのはそのあとのこと。私はびしょびしょになってしまった浴衣を交換してもらうのを会話の糸口に、宿の人に廊下で滑って腰を強く打ってしまったと話した。するとその女性の対応は「じゃあ浴衣すぐ出しますね」だけだった。私はあからさまなクレームと受け取られたくなかったので浴衣がぬれたことの説明として転んだ話をしたのだが、それがいちばん伝えたいことだということがわかっているのかいないのか、大丈夫ですかのひとこともない。開いた口がふさがらないまま新しい浴衣を手に部屋に戻った。その顔を見て母が「どうしたの？」と聞くので事情を話すと翌朝母は別の女性スタッフにそのことを告げた。が、その女性も同じような反応だったという。その後その人は私に様子をききにきたが「あそこ危ないんですよね」と、まるで自分も客のような言い草。私は「尾てい骨ヒビ入ってたらどうしてくれんだ？」と言いたいところを「高齢の方もいらっしゃるし、なんとかしたほうがいいんじゃないですか」と、宿に進言するカタチにとどめておいた。チェックアウトのときにその女性がカウンターの前にいた。<br>そして私に向かって「女将は知ってますので」と小声で言う。その女将らしき人はカウンターの中で何やら忙しそうにしてこっちを見もしない。知っているならなぜひと言具合を聞くなり謝るなりしないのだろう？　へんな旅館。ホスピタリティのかけらもない。年始の繁忙期で臨時の人を雇っていたのか？　だとしても、客を思いやる心にプロも素人もないではないか。<br>　私はブログにでも書いて忘れようと思ったが、母が私以上におさまらず、宿に手紙を書いた。送ったあとしばらくして小さい段ボールがひとつ届いた。それは母をさらに怒らせた。「ふつう手紙見たらすぐ電話してくるもんでしょう。別にこっちは何か欲しくて言ってるわけじゃないんだ」と。そしてまた宿へ電話。ひととおり言いたいことを言って、荷物の中に手紙が入ってるので、ということで荷物は受け取っておくことにした。中には笹団子と甘酒と反省文のような手紙が入っていた。<br>　ロロにもこの一件は衝撃だったようだ。あのあと、会う人ごとに「ママ、ドーン！！」と言って後ろにのけぞり私がひっくり返った真似をする。（保育園でもさんざんやってみんな「？」だったらしい。）そのあと「おってって～（手）」と泣きそうな声を出して自分の手首をつかむ。そう、ロロの手は手首まで氷水の中につかったのだ。いや～あの中にロロが落ちなくて本当によかった。私の尾てい骨は忙しくて医者にも行っていない。ロロを抱き上げるのが辛い。でもあのときロロが手からすり抜けなかっただけラッキーだったと思う。これがひとりで転んでいたら尾てい骨の痛みは何倍にも感じただろう。１００％自分の痛みで何の得もないからだ。でもロロまで犠牲になっていたかもしれないと思うと、これだけで済んでよかったと思える。親とはそういうものなのか。<br>　ついでながら、大沢館は釜で炊く「オオサワコシヒカリ」が売り物らしく期待していたのだが、びっくりするほどおいしくなかった。ひと目見ておいしくないとわかるようなご飯だった。囲炉裏端で勝手に焼いて食べていいお餅はおいしかった。<br>　たまたま明日放映される旅番組でこの宿にアニマル浜口親子が泊まるらしい。お風呂や料理がどんなに良くても、もてなしの心のない宿には泊まりたくない。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/c8/89/10133316278.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/c8/89/10133316278_s.jpg" alt="lololog" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<pubDate>Sun, 25 Jan 2009 01:50:24 +0900</pubDate>
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<title>ゆる〜くマクロビるか…</title>
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<![CDATA[ <font size="2">　仕事でマクロビオテックのお菓子づくりを取材させていただいた。砂糖、牛乳、卵をいっさい使わないでケーキとクッキーができた。あっという間に。しかもおいしい。生クリームがわりの豆腐のクリームも添えものにしておくには惜しいおいしさ。先生の「マクロビ道」のお話を聞きながら、「ああ、あたしって昔はフツーにマクロビしてたよな」と思う。東京の広告代理店でOLしていたら誰でも一度は体をこわし、食を見直し、マクロビ的な食生活を嗜好してみるものかもしれない。でも、続かないんだよね。<br>　子どもには安全なものを、と親は誰しも思う。とくに昨今の食品偽装問題などで売り物を信用できなくなっているのでなるべく自分の手で作ろうと思う。私もロロが生まれたばかりのころは自分が食べるものにも気を配った。そう手をかけてもいられないのですぐ食べられるものは生協で原材料をいちいちチェックし、レンジもなるべく使わず調理した。離乳食も全部自分で作ったし、野菜そのものの味を覚えてほしくてほんの薄い塩味しかつけなかった。しかし、実家に来てからは自動的になんでもアリになってしまった。母が食事の支度をしてくれるのはほんとに助かる。自分では作れない田舎料理がふんだんに味わえるのもうれしい。和食党のロロはあーちゃん（ばあちゃん）の手料理を喜んで食べている。しかし…<br>　田舎料理というのは必ずしも健康的とは限らない。田舎の人は、とくに母の世代は化学調味料とか添加物に無頓着な人が多い。母がいつも一升瓶で買っている醤油の原材料の中に「サッカリン」という文字を発見してびっくりした。煮物も最近は面倒だからと市販の麺つゆを使うようになってしまったらしい。そして母の料理は味が濃い。作ってもらっている手前文句は言えない。素材は地元の米や野菜を食べているんだから調味料くらい目くじら立てなくてもいいか、とあきらめ半分なんでも受け入れることにしていた。<br>　でもきのう、オーガニックの素材や自然から生まれた甘味だけのケーキを食べて、「やっぱりこういう味をおしえたい」と思った。「こういう味をおいしいと思う子はやさしい子になるだろう」と思ったし、「こういう味をママの味だと思ってほしい」とも思った。<br>　マクロビ・クッキングの先生は「肉を食べてると戦闘的になる。だからアメリカ人は戦争が好きなのよね」と言った。公の場では物議をかもす発言だが、たしかにそれは一理ある。ちなみに広告業界にも肉好きが多かったな。もうひとつ、いまの子どもに卵アレルギーが多いのは、抗生物質で育った鶏の卵を食べているからだと先生は言った。ってことはアレルギー反応を起こす子どものほうが正常だということになる。アレルギー物質は親の分も子に蓄積されていくという。食中毒みたいにすぐに反応が出る異常でないと、最初は気をつけていてもすぐに「まあ少しだけならいいか」となってしまう。子どもが元気ならどんなものを食べているのかも気にしなくなってしまうのかもしれない。去年『いのちのたべかた』という映画を見て、受精からと殺、解体まで生き物が食べ物になっていく現実の過程を淡々と映像で見せつけられ、そこまでして肉を食べなきゃいけないのか、もう肉はやめよう、と思ったが翌日には肉を食べちゃった。続かなすぎ…。<br>　無理しても続かない。ゆるくても食は毎日のことだから続けることに意義がある。母に今使っている調味料をすべてかえてくれと言ってもケンカになるだけだし、すべてオーガニックにしてたら金がかかってしようがない。なので、まあマイペースでたまにはマイ調味料で素朴なお菓子や料理を作ってあげたいと思う。それを「おいしくない」と言う舌になってしまう前に。</font>
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<link>https://ameblo.jp/kuripiro/entry-10191218560.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Jan 2009 23:52:48 +0900</pubDate>
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