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<title>兼業作家妄想のオンナ</title>
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<description>だらだらイカせて。</description>
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<title>コンビニエンスストア</title>
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<![CDATA[ <div>コンビニ行くとどうしてもスイーツコーナーをさらっと一瞥してしまう。<br>べつに甘いものが食べたい気分でなくても、明朝のごはんにでもしようとおもって買ってしまうこともある。<br>生クリームのはさまったどらやき、ミルクレープなんて私の好物だ。</div><div>&nbsp;</div><div><br>しかしまあ、とため息が出る。<br>世の中、こんなに砂糖が必要なのか？と思う。体質的に糖代謝に問題があって、砂糖が必要なひとは居るだろう。でもそういう人はそう多くないはずだ。</div><div>&nbsp;</div><div>コンビニに並んでいるものは、どれもこれも、角砂糖に置き換えてイメージするとへどがでる。角砂糖は5グラム19kcalだそう。チョコレート、パン、サラダもあるけど、コーラだって。</div><div>&nbsp;</div><div>糖分は人間にある程度必要で、しかし芋やら豆やらから摂取するのと、精製された砂糖から摂取するのとでは同時に摂れるミネラル等の差から圧倒的に後者のほうが体にわるい。、、、というのは山ほどブログとかネットニュースで報じられているので、そちらを参照してほしい。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>ともかく、飲み物でも食べ物でも、世の中甘すぎるとおもう。</div><div>&nbsp;</div><div>普段あまり食べないけれど、先日、どうしても朝ごはんが食べたくて、コンビニで五目おにぎりを買った。<br>もんのすっご、甘くてしょっぱい。<br>ポテトチップス食べるみたいな中毒性のある味の濃さだった。なんか麻薬でも入ってるんじゃないか？と思うほど、また食べたくなった。</div><div>&nbsp;</div><div><br>コンビニにはトラップがいっぱいだ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12247151304.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Feb 2017 20:43:41 +0900</pubDate>
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<title>リベンジ(2012年作品/短編小説)-4</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">二〇一一年三月一日</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">雪がちらちらと舞っている、朝。おととい、となりの町内会にボヤが発生した。消防車が駆けつけ、すぐに鎮火したものの、出火元の家の前を通るとモノの焼けた匂い、おそらく木材やプラスチック製品のこげた匂いが漂っている。原因はどうやら寝たばこらしく、火災報知器の設置よびかけが早かったこの町内会長のお手柄による早期解決、という認識で近所の意見は一致しているらしい。いずれにしろ、私のアパートまでは離れており、道路を二本はさんでいるので、延焼被害にはならなかったろうけれど、もし隣の部屋から火がでたら、と考えると背筋が寒い。火災報知器をもう一つ付けようか。本当に役立つかは知らないけれど。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">これから、由果の見舞いに行く。由果は腫瘍切除の手術のために、入院中だ。腫瘍といっても良性のものだそうで、電気メスで焼き切れば済むような、軽いものなのだそうだ。腫瘍があるのは体の中で見えないし、彼女はあまり悲観していない。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">由果は、高校時代の友達で、私が大人びた子供だったことをよく知る人物だ。つんけんしていた私に、由果はいつもついてまわり、私のことを、はじめは一方的に、慕ってくれていた。どうしてそういう友人になったのか、きっかけを私たちは覚えていない。すくなくとも、私は覚えていなくて、由果にきけば「私も」とあいまいな笑顔で言っていた。何かを隠しているかもしれないが、私は彼女のその言葉を信じている。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">病院についたら、由果に会ったら、キョウのことを話そうと考えている、こういう言葉で、こういう表情で、話そう。新聞の記事をみせて、キョウとの思い出を少し、話そうと思う。由果と遠ざかっていた一年の間に、過ごしたキョウとの日々を。あのころ私たちは、お互いに忙しいことを察知して、やりとりをしなかったから、由果はキョウとの付き合いについて何一つしらない。いや、なんとなく感づいているかもしれないが、口には出さない、由果は、そういう人なのだ。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">由果は、たとえば古い寺院で秘仏とされ、大事にあがめられている木像の阿弥陀如来みたいない人だ。あたたかく、小柄で、でも大きな影響力がある。私以外にもきっと、由果をこう思っている人は多くいるだろう。今回の入院の件も、何度か連絡をしたが、「他の人がみえると思うから、また次の機会にしてくれる？」と断られ続けた。ふつうこのようなセリフを聞けば、私を遠ざけているものと考えるのが筋であるが、由果の場合、見舞客が本当に多くて、スケジュール調整が必要なのだ。私にはそれもわかっていたので、「また今度ね」と何度か引き下がり、やっと本日にこぎつけた。いつもは方々に貸し出されている秘仏の、本拠地での御開帳日、なのである。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">病院は、地下鉄沿線にある。市電にも近い。病院街、という言い方は好ましくないが、密集地域にある大きな病院の一つに、由果の入院する腫瘍科がある。コンビニで、ペットボトル入りの水と、リクエストされたパンダの形のチョコレート菓子を買って持っていく。この菓子は、院内の売店には売っていないのだそうだ。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">病院入り口で、黒いスーツの男性三人とすれ違う。そのうち一人は左手首からはずした数珠を胸ポケットから出した袱紗に包んでいた。きっと院内で誰か亡くなったのだ。彼らの上司か先輩か、誰かが。あるいは彼らは葬儀業者で、同業に先手をとられた、帰りなのかもしれない。三名は一様に疲れた顔をしていた。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">あ、職業病だ、と思った。つい床の汚れを探しながら歩いていた。ここの床は掃除しているビルの床とそっくりなのだ。落ちているごみを拾ってごみ箱に捨てもした。こういった病気は、さすがに治すことができないだろう、この有名な病院でも。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">メールで見た病室にたどりついた。いまどきは、患者の名前を病室の前に貼ったりしない。もちろん、個人情報保護云々のためだ。それでも、誰にも尋ねずに病室にたどり着けたのは、由果の優秀な道案内メールのおかげだ。開け放たれた引き戸のドアから静かに侵入する。足音をたてないように。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">ベッドの上で横になった、由果は、呼吸補助装置をつけて眠っていた。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12245012270.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 22:42:21 +0900</pubDate>
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<title>リベンジ(2012年作品/短編小説)-3</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">二〇一一年二月二十二日</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">私はかつての思い出を、コーヒーをすすり、クッキーをほおばりながら、思い出していた。あの町の話。パン屋の娘さんは、どうしているのだろうか。結局、あの二人のどちらかと結婚したのだろか。札幌に住む現在、私のことを知る人も少ないこの街で、働くことしか能のない女と化している。浜の景色を懐かしく思うが、エバミルクパンを食べに行くことも、二度とないだろう。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">私の仕事は、いわば底辺の仕事だ。社会の底辺の人間、昔は、汚いくさいキツい、が代表格であったが。私の生活は、早朝は清掃、昼から夜にかけてはコールセンターで働く、というものだ。清掃での収入は微々たるもの。夜の仕事を一時間長くやれば、朝の仕事は３時間不要だ。世の中の仕組みは、いや、世の中の《社会構造》は、精神的ストレスが強いものほど時給が高い、というわけでもない。時給が低くてもストレスフルな仕事はたくさんある。清掃は、人から無視される仕事であるが、コールセンターはお客様と一対一で働く仕事で、この二つをやっている私はずいぶん器用な人ね、と言われる。私は、そうは思わない。バランスを取ろうとしているのだと、思う。私は自分の精神を見つめている。人間から受けたストレスを、人間以外の、たとえば床にこびりついたガムをヘラでこそげ取ることとか、真っ黒になったモップをざぶざぶ洗うとか、そういうことにぶつけている。私の清掃は、先輩に言わせれば、優雅で力強いのだそうだ。単なるストレス発散とは言わないが、こういう構造で、今のところ健康的に生きていられる。洗剤の蒸発した気体を吸いすぎて、頭が痛くなる日はあるが。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">コーヒーは、輸入食料品店にて、ペーパードリップ用にひいてもらった、一番苦いコーヒー豆で淹れている。クッキーは、昨日の夜に仕込み、今朝オーブンに入れたものだ。休日の趣味として、菓子焼きは最高と思う。この部屋には、テレビはない。必要がない。代わり、新聞だけは二誌とって、世の中を読むことを心掛けている。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">そういうわけで、休日の本日。ブランチをコーヒーとクッキーと新聞二誌で迎えている。一人暮らしは、きままなものだ。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">新聞の一面に目を落とす。見たことのある顔が、目を伏せて、強いフラッシュを浴びて、写真に写っている。キョウ。私の四つ年上なので、今年三十路に入るはずだ。《昨夜未明、連続強盗容疑で三十歳の男を逮捕》とある。キョウが連続強盗。どうして、そんなことになっているのか。驚きというより、不思議だった。キョウはいっとき、この部屋に入り浸っていた。さきほどまで懐かしく思っていた浜で、一緒にエバミルクパンをかじったこともある。というより、そもそも、キョウがあの町へ連れて行ってくれたのだ。彼は恋人だったから。</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">　キョウは、それはそれは穏やかな目をした人だ。私と彼の身長差が引き起こすのか、と最初は思ったが、伏し目がちに、少しだけ口角をあげた表情で、何度も私に話しかけてきてくれた。あれは、高校を卒業する間際のことで、私は人より少し大人びた性格な上に無謀な性質だったから、大卒むけの入社試験ばかり潜入していた。高校生の採用は、企業側にも制約が設けられていることも知らず、「私は隣に座っている学生よりもこの会社の役にたちます」などと言い放ったりもした。まったく、若さというものに嫌気がさす。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">その「隣に座っている学生」がキョウだった。面接が終わり、会場をでたとき、話しかけられたのだった。「ねえ、僕より役にたつんでしょ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど。そこのマック行かない？」これが出会いだった。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12245011957.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 22:41:31 +0900</pubDate>
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<title>リベンジ(2012年作品/短編小説)-2</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">二〇一一年二月一日</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">エバ、という名前から思い出すのは、我が小さな田舎町の、小さな一軒のパン屋である。本当に小さな田舎町なので、この町に暮らす者にとって食事とは、母の味とこのパン屋の味のみである。パン屋の名は別であるが、みなこのパン屋のエバミルクパンが大好物である。エバミルクを、練乳のようなもの、と説明しておくが、コッペパンにエバミルクを塗りはさんだシンプルな菓子パン。たぶん、スペリングとしては、エバー、だろうとおもうのだけれど、この甘ったるいパンは、北方のこの町の長く広がる浜とイカ釣り漁船のあかりや、冬の真っ白なブリザードの吹き付ける小さな駅舎に、大変よく似合うこげ茶色をしており、この町を出たいと決意する若者の固く握られた左手の反対側の手にぴったり収まるのだ。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">このパンの名前から、みなパン屋の名前よりも、エバミルクの、とか、パンを焼く山根さんの名を指して、パン屋を呼んでいる。そして、山根さん夫婦の娘さん（十七歳）の、高校での活躍ぶりや、彼氏がパン屋へ様子を見にうろついている様子を、この駅舎前を通るすべての町民が知りつつも、黙って見守っているのだ。娘さんは、隣の市の高校へ通っており、冬は毎日父親の車で送り迎えをしてもらっている。母親に似て色の白い、小柄な彼女は、夏には自転車を一時間も漕いで、高校へ向かうために、ずいぶんな変色を遂げてしまう。中学校時分にはこの町の学校へ通っていたが、この町には高校がないために、この町の高校生はすべて、南隣の市の高校か東北方向の隣町の高校（大変風紀の乱れたところである）、あるいは寮つきの都市部の高校へ、通うこととなる。山根さん夫婦は当初、都市部の高校へ出そうかと考えていたそうだ。エバミルクパン９０円がどれだけ人気があったとしても、経済的に難しいだろうに、と周囲の町民は心配したものだが、（その時期、町の話題はこれで持ちきりだった）ある秋の夜、駅舎の前の山根さん宅から叫び声が聞こえ、駅員さんが心配しておたくを訪ねる、ということがあった。娘さんは泣き叫びながら、絶対にこの家を離れない、と言い切ったそうだ。山根さん夫婦は将来を心配して、都市部への引っ越しを薦めたのだが、これに強く反発したのだ。我々町民が、その理由を知ることとなるのはよく春、五月であった。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">娘さんは好きな人がいたらしい。中学校の同じ学年六人の中で、紅一点であった彼女。上の学年は生徒がおらず、下の学年は長髪の双子の姉妹のみで、彼女たちは中学一年にあがる春に一家で引っ越してしまった。五人の同級生のうち、三人は漁師の息子で、一人は漁協の所長さんの息子。もう一人は近隣四町のうち唯一の、コンビニエンスストアの息子だった。もちろん、親が漁師仲間である三人は、立派なクソガキに成長し、娘さんには目もくれないという顔で、放課後には浜で漫画や雑誌を広げていた。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">他の二人は、いわば三角関係を形成していた。娘さんはどちらと結婚しても不思議でないわね、などと気の早い漁協婦人部は噂していた。男の子よりも、女の子のほうが精神的成長が早いのだから、あの世代のことは放っておいてあげなさい、と釘をさした漁師もいた。（彼は長老のような存在である）修学旅行は、楽しいものだったらしい。札幌小樽を観光した彼らは、潮の香りのない大通公園で、微妙な等間隔に立ち、集合写真を撮った。山根さんのパン屋の壁に、七五三以来の娘さんの写真として、八つ切りサイズに引き伸ばされて張り出されたその写真は、彼らの成長をひしひしと感じさせてくれ、あどけなさと並んで立つ恥ずかしさが、こちらにまで伝染するような、くすぐったくなるような写真だった。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12245011596.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 22:40:34 +0900</pubDate>
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<title>リベンジ(2012年作品/短編小説)-1</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0px;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">二〇一一年一月二十五日</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">どうしてそんなことばかり考えるのか、なんてことをぼんやり思いながら、なんてだらだらとした思考スピードにて、頭を使いながら今日も歩いていた。神様、どうにかしてほしい。「イエス様、私の頭の上に按手してください。私の今日一日を祝福してください。」こう頼んだとしたら、クリスチャンでもないくせに、とイエスさんに断られるだろうか。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">私はどうしたって、信じられない。生命の誕生。細胞と細胞が合致するだけで、ヒトひとりがこの世に生をうけるのだ。なんちゅうシステムだろう。神様はどうしてこんな方法でヒトが誕生するようにとプログラミングしたのだろう。感情論と生物としての本能は、混在する世界で、あるいはそのような情事の中に、どうして生命が誕生するっていうのか。</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">　エバは、悪魔が蛇のすがたで知恵の実を渡すまで、みずからの裸を恥と思っていなかった。それこそが人類が動物であった、そのありのままの姿である。そこから、恥の意識を得た彼女たちは人間の尊厳の原形とも言える、おそれ、を手に入れるのだ。マザー・テレサが、必死に守ろうとした、人間の尊厳を。それだけでなく、エバは初の有機的素材から作られた生命である。アダムの昏睡状態に、あばら骨を胴から抜き取って、これをもとに作られたのだから。アダムは塵芥から作られた。つまり、無機質から作られた有機的動物。だからこそ、奇跡的な誕生に思えるのだ。しかし、エバは違う。命という名前のとおりに、有機的な素材から誕生している。人の骨から。エバはどこまでいっても、有機物から離れられない。人間を生む女性という生物とは、かくも生々しい存在である。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">エバがあばら骨から作られているには、わけがある。ひとつには、文化人類学的見地から説明がつく。未分化な人類と、まだすれ違うことのあった彼らは、猿人類の骨などを違う民族の骨と区別することができなかった。サルのほうが、肋骨の本数は多いために、「アダムの子孫はあばらが少ない」という論理を神話に刷り込みたかったのだ。もうひとつの理由として、アダムが男でありエバが女であることが関係している。伝統的な性的役割から、男が狩猟し、女が生活を守るという図式があった。男だけが戦っているわけではなく、女も人間の生命を守っているという点で、あばらから生まれたエバは男の心臓守るものの象徴でもあるのだ。</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span lang="EN-US" style="margin: 0px; font-size: 12pt;"><font color="#000000" face="Century">&nbsp;</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">　さて、エバはどうしてアダムと暮らしたのだろう、と思う。悪いのはアダムだと思わなかったのか。そもそもエバが生まれるまえに、アダムはリリスに（彼女はいわば淫乱の化身であり、悪魔の一種であるが）一度誘惑された上に、捨てられているのだ。そんなしょうもない男に、蛇から木の実をもらったくらいで責められたくなかったろうに。いや、もしかしたら、責めたのは神様のほうか。エバを、この血肉を分けたかわいい妻を、アダムが責めたというのは難しい発想なのかもしれない。</font></span></p><p style="margin: 0px;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">　神様にエデンの園を追放されたころ（ちなみにこれは余談だが、仏教は西方浄土のイメージをもっていたが、エデンから東へ逃れたアダムとエバの位置から考えて、この二つのイメージは実は同一地域を指していたのではないか、と考えられるそうだ。）、彼ら、人類初の夫婦は、生活の糧を得る方法も知らなかった。大天使ガブリエルが、彼らを助けたというが、（ガブリエルはいつでもお助け役である）農耕や狩猟を、今までのんきに暮らしていた彼らがそう簡単に覚えることができたものかと疑問に思う。二人の生んだ兄弟は、またはじめての殺人を為す当事者でもあることから考えると、初めてつくしの新生活は、やはり彼らのみでは無理であろう。ガブリエルは、神の右に座す者である以上は女性と考えられるわけで、この夫婦を助けるには、この若い天使は力不足だったかもしれない。</font></span></p><p style="margin: 0px; text-indent: 12pt;"><span style="margin: 0px; font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,serif; font-size: 12pt;"><font color="#000000">その点、現代生活において夫婦を助けるものはあまりに多い。アダムとエバにはなかった両親や友人、あるいは行政または民間サービス。生活必需品とよばれる道具すら、アダムやエバにはなかった文明の利器である。それでもなお、生まれた子供を愛し慈しんで育てる環境として不足しているかのように、生まれた子が死ななければならないような状況は生まれる。どうしてだろうか。やはり自分たちは、アダムの子孫なのかもしれない。兄弟殺しを成し遂げてしまった、カインとアベルの孫なのだから、仕方のないことなのかもしれない。そんな風に考えると、むなしいけれども、人類の中にかような事件の発生することは宿命ともいえるらしい。</font></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12245009952.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 22:36:35 +0900</pubDate>
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<title>イケメンとは？「ゴーストがそう囁くのよ」</title>
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<![CDATA[ <div>テレビでも雑誌でも、世の中にはごまんと、イケメン情報が散乱している。さも、すべての女性がイケメンに飢えているかのようであるが、実際にはそうではないと思う。</div><div>&nbsp;</div><div>※ここでは、イケメン=端正、耽美、あるいは優美な顔立ちをもつこと/手足が長く均整がとれた、ギリシャ彫刻のような外見を指すこと、と定義する。</div><div>&nbsp;</div><div><br>進化論をひもとけば、女性は花や果実など色の鮮やかなものに心惹かれるという。それはこういうわけだ。</div><div>サルからヒトへ進化したばかりのころ、男性は集団で狩猟して女性たちはねぐらと子供を守っていた。</div><div>&nbsp;</div><div>男性は狩猟で危険な目にあう。消毒の知識もないこのころ、獣と対峙したとき、けがで流血すれば命取りである。そのため男性は小さな傷も女性に比べると痛くて仕方ないし、血の匂いや色に敏感である。いまでも「他人の血ですら、みるのもだめ」という男性がたびたび居るのは、この原始の記憶が遺伝子に刻まれているためだそうだ。</div><div>&nbsp;</div><div>いっぽう女性は、子供の世話をしながら、焚き木拾いや果実採集をする。果糖が必要なのは男性も女性も同じなのに、男性より女性のほうが果実にときめきやすいのは、採集のプロとして遺伝子に刻まれているから、ということらしい。ちなみに、花までも好むのは、花がつく木はいずれ果実を実らせることがわかるからだ。</div><div>&nbsp;</div><div>こういう話を始めると、女性と男性がどうやって結びつくかも遺伝子の話で片づけたくなる。<br>つまり、交配した結果、自分より肉体的に、あるいは免疫的に強い(優位な)子孫ができるはず、と予想できる相手を本能が計算して求めるのだから、思考なしに「いい！」と思った相手が運命の人というわけだ。</div><div><br>簡単にいえば、背の低い人は背の高い相手を求める、粘膜系の弱い人はその免疫が強い人を求める、ということになる。</div><div><br>２０１６年に一時話題になった、「女性は好きな男性のHLA（Human Leukocyte Antigen＝ヒト白血球抗原、免疫の働きにとても関係している分子、細胞の中にあるというとても小さな組織）を嗅ぎとっている」説などはその顕著な例。</div><div>&nbsp;</div><div>イケメンがもてはやされることは、「外見が優秀」＝「遺伝子的に優位であること」を指すと考えれば、「ゴーストがそう囁くのよ」(®<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E8%96%99%E7%B4%A0%E5%AD%90" target="_blank">草薙素子</a>)もあながち嘘ではない気がする。現代社会であれば、職人さんや一次産業従事者でもない限り、端正な顔立ちや精悍な体つきをしているほうが、出世しやすいかもしれないし、それは社会的には優位であるといえる。</div><div><br>このように、遺伝子/深層心理/無意識レベルで判断しているのだと仮定すれば、匂いでHLAを嗅ぎわけることのできない画面の向こうの存在であるのに、イケメンに惹かれてしまうのは、単なる嗜好の問題だけではないかもしれない。</div><div>&nbsp;</div><div><br>それでも、だ。<br>誰もが遺伝子レベルで恋愛しているわけではないし、本能なんてどこふく風、あるいは、性別の掛け合わせが複雑、という人もごまんといる。外見なんてどうでもいい、と本心からいえる人だって、沢山会ったことがある。</div><div><br>身体に健康な子宮と卵巣を内蔵していても、心も思考回路も男性としかいえない、という人にはどんな本能が働いているというのだろうか？ゲイの男性は？バイセクシャルは、アセクシャルは？</div><div>&nbsp;</div><div>セクシャルマイノリティでなくても、誰もが恋や生殖を求めているわけではない。社会正義や自己実現に没頭していて、個人としてのコミュニケーションが皆無な生活をしている人だって、ヤマほどいるはずなのだ。</div><div><br>さらには、人を人として見ようとしたとき、その性別も容姿の美しさも、あまり意味をなさなくなってくる。自分の性別を無視したときには、相手が男性だろうが女性だろうが関係ない。</div><div>そして、そういう人たちは、なにかの例外ではない。どんな色形をしていても、どんなに特徴的であっても、人間そのものであり、人間じゃない子供は人間から生まれない。神様のクリエーション(創造物)として失敗だったわけでもない。だって、神様は万能だから「失敗しないんで」(®<a href="http://www.tv-asahi.co.jp/doctor-x/" target="_blank">大門未知子</a>)。</div><div>&nbsp;</div><div>だから、テレビで俳優を紹介するときに「噂のイケメン俳優！」などと言われているのをみると、俳優がかわいそうに思えて仕方ない。彼にはきっと外見が優秀である以外にも、才能や特徴があるはずなのに「イケメン」とレッテルを貼られてしまうと一元化してしまう。どれも一緒、に見えてしまう。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div><br>ところで、私は<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E5%B7%A5" target="_blank">斎藤工</a>氏の大ファンなのだが、他人に話すと「セクシーだしねー」「ギラギラしてんなー！」とか言われてしまうのでげんなりする。彼がWOWOWの<a href="http://www.wowow.co.jp/movie/koubou/" target="_blank">映画工房</a>という番組で話しているのをみて、その映画オタクっぷりに惚れているだけで、外見は太ろうが痩せようがどうでもいいのだ。</div><div>あの、ちょっとヌメっとした声だけは、変わらないでほしいものだが。</div>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12244998295.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 22:07:28 +0900</pubDate>
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<title>むかーし褒められた短編小説のこと</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left">小説書くのはすきだけれど、大人になった今、なかなかまとまった時間をとることができなくて書き続けることが難しい。</p><p style="text-align: left">&nbsp;</p><p style="text-align: left">表現したいことはいくらもあるけれど、小説という形式をとろうとすると一転して闇雲な気持ちになって、５００文字の段落いっこ書いて力尽きる。体力というか集中力がないというか、いつも仕事で使いすぎているんだろうな、とも思う。</p><p style="text-align: left">&nbsp;</p><p style="text-align: left">私は、普段はサラリーマンをしていて、昨年３０歳になった独身女。</p><p style="text-align: left">まあ、オトコなんて一年以上さわっていない。セカンドバージンというのかな？腹腰につき始めた脂肪は小説よりも悩みが深い。</p><p style="text-align: left">しかし対策は甘い。</p><p style="text-align: left">&nbsp;</p><p style="text-align: left">小説の話に戻そう。</p><p style="text-align: left">書き始めたのは１５歳くらい。当時は、大学生のうちに作家デビューして、小説書いて暮らしていくんだ、と思っていた。全然いまの現在地点は違う。</p><p style="text-align: left">そこそこ文章を読んだ蓄積があったので、十代が書くにしては着飾った表現が得意な、いけすかない短編ばかり書いていた気がする。友達が喜んで読んでくれていたので、面白い面はあったんだと思う。</p><p style="text-align: left">&nbsp;</p><p style="text-align: left">１９のときに思い切って出版社に送ったら、電話がきたことがある。しかし担当者は社会人適正がないというか、コミュニケーションが成り立たないというか。</p><p style="text-align: left">「あなたの小説はよかった」と言ったのだけれど、微塵も熱がなかった。人間らしい感動や抑揚がまったく感じられない言い方だったのだ。</p><p style="text-align: left">「え？〇〇さん、ほんとうにそう思ってます？」と聞き返してしまったほどだ。「はい」と生返事された。</p><p style="text-align: left">出版しようと思えばできますよ、みたいなことを言われたのだけれど、なんだか不信感しかなかったので、再度連絡することはなかった。</p><p style="text-align: left">&nbsp;</p><p style="text-align: left">あれはなんだったのか？彼女は新人で、電話かけに緊張していたのだろうか？</p><p style="text-align: left">いま考えてもつくづく不思議な話であった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kurumuk/entry-12244636005.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Feb 2017 19:55:50 +0900</pubDate>
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