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<title>963クオリティ_(:3｣ ∠)_</title>
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<description>考えることに疲れたゆとりヒッキーの戯言</description>
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<title>くるちゃびん</title>
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<![CDATA[ ネットストーカーの君にまた見つかるのを信じて<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-12024791449.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2015 09:09:30 +0900</pubDate>
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<title>あなたへいっぱいの愛をこめて</title>
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<![CDATA[ <p>他のみんながやってきて</p><br><br><br><p>私を笑わせようとした</p><br><br><br><p>みんなは私とゲームをした</p><br><br><br><p>面白半分でやるゲームや、本気でやるゲームを</p><br><br><br><p>それからみんなは行ってしまった</p><br><br><br><p>ゲームの残骸の中に私を残して</p><br><br><br><p>なにが面白半分でなにが本気なのかも分からずに</p><br><br><br><p>ただ私ひとりを</p><br><br><br><p>私のものではない笑い声のこだまする中に残して</p><br><br><br><p>その時あなたがやってきた</p><br><br><br><p>おかしな人で</p><br><br><br><p>とても普通の人間とは思えなかった</p><br><br><br><p>そしてあなたは私を泣かせた</p><br><br><br><p>私が泣いてもあなたは大して気にかけなかった</p><br><br><br><p>もうゲームは終わったのだと言っただけ</p><br><br><br><p>そして待っていてくれた</p><br><br><br><p>私の涙が全て喜びに変わるまで</p>
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11503524216.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Apr 2013 21:04:34 +0900</pubDate>
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<title>人はなぜ優しさを求めるのか</title>
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<![CDATA[ 『新しい眼で自分を見る』<br><br><br>私は小さい頃、私の存在を嘲笑した人間の眼を深く内面化してしまった。<br>私はいつもいつも、その人間の眼で自分の存在を見ていた。<br>だから、自分は他人に愛されるに価しない存在と感じるし、何かみっともない存在と感じるのである。<br><br>小さい頃、私の存在を嘲笑した人に私の一生を支配させていいのか。<br><br>私は、私の中に、私を見る新しい眼を作らなければならない。<br>常に私の存在を肯定し、勇気づける眼を作らなければならない。<br><br>親が子供に与えるメッセージの中に、<br>「存在するな」というのがある。<br>「あなたさえいなければ」というような事を言う親である。<br>その親の元で育った子供は、自分の存在は他人の不幸でしかないと感じる。<br><br>このようなメッセージを受け取った子供は、自己防衛のため自然と受け身になり、「鬱」になる。<br><br>「自分は存在する価値が無い」<br><br>このように感じた私のような人間は、大人になってもやはり受け身で、鬱になるのではないか。<br><br>このような育てられ方をしたら、社交的で挑戦的な生き方なんて出来なんだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11462768748.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Feb 2013 14:57:42 +0900</pubDate>
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<title>人はなぜ優しさを求めるのか</title>
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<![CDATA[ 『愛されるに値する存在』<br><br><br>人間の心理にとって決定的なことは、自分が他人に好かれる存在であるかどうか、ということである。<br>実際に好かれているかどうかではなくて、好かれる存在であると自分で感じているかどうかである。<br>自分は愛されるに値する存在であると感じられるか、自分は愛されるに値しないと感じるかは、自分の一生の幸不幸を支配する。<br><br>小さい頃、「あなたは望まれている。愛されている。」というメッセージを受け取る人がいる。<br>しかし私のように、「あなたは望まれていないのに生まれて来てしまった」というメッセージを受け取る人もいる。<br>「あなたはここにいていい。あなたはここにいる権利がある。誰もがあなたがここにいることを責めることはない」というメッセージを受け取る人がいる。<br>しかし私のように、「あなたはそのままではここにいる資格はない。可愛がられる様に行動しなければ受け入れない。あなたはここにいるために、常に機嫌とって自分を押さえなければならない」というメッセージを受け取る人もいる。<br><br>私は望まれて生まれた存在である<br><br>幼い頃、このように感じることの出来た子供とそうでない子供とでは、大人になってから他人に対する態度が全然違ってくるだろう。<br>このように感じることのできた子供は、大人になってから、どこにいても堂々としていられるだろう。<br>私と違い、見知らぬ人と接しても堂々としていられるだろう。
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11458479793.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jan 2013 11:17:11 +0900</pubDate>
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<title>人はなぜ優しさを求めるのか</title>
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<![CDATA[ 『一人では何をしてもつまらない』<br><br><br>甘えの欲求を満たされていない人は、たいてい虚栄心が強い。<br>他人の注目を集めようとする。<br>他人の称賛を必要とする。<br>皆に、「わあ、すごい」と言ってもらいたい。<br>虚栄心を満たそうとして努力する。<br>そのエネルギーは大変なものである。<br>私がやっていた読者モデルなどもそれに含まれる物だと思う。<br>みんなの注目を集め、「すごい」と言われることで満足する。<br>しかし、これは満たされない甘えの欲求を間接的に満たそうとしているのである。<br>虚栄心の強い人が自分を満足させようと、いつも心に安らぎがないのはこのためである。<br><br>虚栄心の強い人は一人では何もできない。<br>称賛してくれる相手がいて、初めて虚栄心が生まれるのである。<br><br>一人では何をしてもつまらない。<br>一人では生きていることも楽しめない。<br>一人では何をしていてもつまらないのである。
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11458471902.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jan 2013 11:02:50 +0900</pubDate>
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<title>人はなぜ優しさを求めるのか</title>
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<![CDATA[ 『優しさを求める人の心理』<br><br><br>小さい頃、十分に愛された者は、周囲を信頼し自分を信頼することができる。<br>十分に愛された者、甘えの欲求を満たされた者は、自分を信頼し一人立ちできる。<br>つまり、周囲の自分に対する反応に自分の感情が左右されることはない。<br><br>逆に、小さい頃、親から感情を押し付けられた子供は自分の内面の感情に怯える。<br>小さい頃、親から感情を押し付けられた私は、甘えの欲求を完全に抑えなければならなかった。<br>むしろ、私の方が、親の甘えの欲求を満たすための道具になっていた。<br><br>私は、あまりにも周囲からの要求が多すぎて、自分の内面の感情に怯えるようになった。<br>しかし、実際の自分は周囲からの要求を叶えられるような人間ではなかった。<br>周囲の要求に応えられなければ拒否される。<br>拒否されれば小さい子供は生きていけない。<br>すると、自分の中にある甘えの欲求は親の欲求を満たすための障害になるから、拒否しなければならない。<br>自分の中にある甘えの欲求を、悪いものと見なさなければならない。<br><br>実際の自分は許されない存在となり、自分を罪悪視するようになる。<br>自分で自分に怯えるようになる。<br><br>言われなき罪悪感というのは、自己防衛である。親に対する防衛である。<br><br>不機嫌な人、言われなき罪悪感に苦しんでいる人、自分に怯えている人、自分の存在は許されないと感じている人<br>それらの人は、自分が何を望んでいるのか分からなくなっている。<br>自分が心の底の底で望んでいるものはなんなのか、自分が必要としているものはなんなのか、それが自分自身に分からないということが問題なのである。<br><br>それらの人が心の底で望んでいるもの、それは「優しさ」だと私は考える。<br><br>甘えを満たされていない私は、実際自己中心的でわがままなのである。<br>私はそれを認める必要がある。<br>自分をどんなに抑え、どんなに目を背けても、不快感から逃れることはできない。<br>それらを抑えても、何処かで形を変えて出てくる。<br>例えば、他人の不幸を喜ぶ、自分の憎しみに正義の仮面をつけさせて他人を苦しめる、そんな歪んだ現れ方をする。<br><br>自分の望んでいるものに気付かない、自分が必要としているものが分からない人に多く見られる共通点の一つに「神経症」がある。<br>神経症の人の多くは、優しい人と心の冷たい人を見分けることができない。<br>甘えを満たされていない神経症の人も、甘えを満たしてくれる人と出会っている。<br>しかし、この人が自分の必要としている人だとは気付かないのである。<br>そして、逆に自分の心の病を悪化させるような人と接していってしまう。<br><br>自分がある人と接しようとした時、自分はどのような欲求を満たそうとして今この人と接しようとしているのか、考えてみることである。<br><br>もしかすると、自分の劣等感からその人と接しようとしているのかも知れない。<br>この場合、接すれば接するほど私の劣等感は深まる結果になることが多い。
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11458464682.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Jan 2013 09:09:04 +0900</pubDate>
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<title>人はなぜ優しさを求めるのか</title>
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<![CDATA[ <p>『不機嫌な人は相手の不機嫌に敏感になる』<br><br><br><br>甘えとは、要求の多いことである。<br><br>周囲の自分に対する反応に要求の多いことである。<br><br>「私がこうしたら、周囲にはこう反応して欲しい」<br><br>という欲求が多い人が甘えた人ということである。<br><br>「私がこう言ったら周囲にはこう反応して欲しい」<br><br>という要求を強く持っている人は、甘えを自分の中に多く残している人である。<br><br>気難しい人などというのも、甘えた人なのである。<br><br><br><br>・もっと私の言うことに感心して欲しい<br><br>・もっと私の言うことに深く耳を傾けて欲しい<br><br>・もっと私のやったことに共感して欲しい<br><br>・もっと私の立場を褒めて欲しい<br><br><br><br>そんな要求の強い人は、甘えを残している人である。<br><br><br><br>小さな子供なら、自分の望む反応が得られない時泣いたり怒ったりすればいい。<br><br>しかし大人にとって泣いたり喚いたりする訳にはいかない。<br><br>そこで不機嫌になる。<br><br>不機嫌とは自分の要求をはっきりと相手に伝えられないで溜めてしまっている状態である。<br><br><br><br>チヤホヤしてほしいと望んでいる時、相手がそっけない態度をとったとする。<br><br>途端に私は不機嫌になる。<br><br>しかし、自分のことをチヤホヤして欲しいとは言えない。<br><br>言えないけれど、そう望んでいる。<br><br>不機嫌な人は甘やかされたいのである。<br><br>甘えが満たされていないのである。<br><br>満たされない甘えが、常に私の感情を突き動かしている。<br><br><br><br>不機嫌というのは、パッシブ アグレッシブである。<br><br>はっきりと攻撃的にはならないが、何処かで相手を責めている。<br><br>だからこそ、不機嫌は不機嫌に敏感なのである。<br><br>自分がチヤホヤとその場に受け入れられたいと望み、そのように受け入れられることを期待している。<br><br>しかし、逆に拒否のような雰囲気があれば、それには敏感なのだ。<br><br><br><br>甘えとは、自己を中心とした際限のない受け入れの要求である。<br><br>すべて自分のエネルギーに合わせてほしいということである。<br><br>1人になりたい時は1人にしておいて欲しいということである。<br><br>愛されたい、しかも十二分に愛されたいということである。<br><br><br><br>従って、甘えを残した人間にとって周囲の不機嫌は耐えられない。<br><br>だからそこ、不機嫌は不機嫌に敏感なのである。 </p>
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<link>https://ameblo.jp/kurutya/entry-11456346391.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Jan 2013 09:55:09 +0900</pubDate>
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