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<title>佐藤正成のブログ</title>
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<description>平和は誰が創る？歴史を見つめてみました。神様？信仰?私?活動?</description>
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<title>明治維新</title>
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<![CDATA[ 明治維新を私達はどのように捕らえるべきか、高橋信次さんの名前でユーチューブをみて思ったこと。<br>霊言の言葉を聞いていると、当時の方々の日本の将来を思う気持ちが伝わって来る。このまま鎖国を続けると日本はなくなると思い勇士達が集い決死の覚悟で臨んでいる様子が想像できる。<br>僕は、明治維新は江戸時代までに育んだ日本の精神文化を世界化しようとする、神様の願いが当時の方々を動かしたと思っている。<br>どれほどのクリスチャンが殉教されたか？100万人はいたとされるクリスチャンの犠牲のゆえに神様が背後で動かされていると思う。<br>彼らの行動が今の日本の土台になっていると思う。<br>欧米が中心で摂理を進めてきたが、神様の願い通りにならなくなってきた。先住民族をどれほど殺傷し奴隷にしてきたか？<br>一部のユダヤ人の資本を用い、日本を富国強兵と精神世界を中心の国家の建設である。<br>日本は白村江の戦いからやられた相手の力を取り入れ自国の力にしてきた。<br>神様は明治維新で日本を欧米と対等の力をつけ、世界に君臨するように導かれたのではないか？この世的には力の支配の闘争に見えるが、このような背景も、考慮する必要があると思う。明治時代の日本の行動をみるとそのように思えるところがたくさんある。<br>第一次世界大戦の勝利はその結果ではなかったか。<br>しかし、その後日本の世界化を好まない者の策略により、第二次世界大戦になり大敗した。<br>今、第二次世界大戦後の日本、平成維新を見えない世界を理解された方々で行う時ではないでしょうか？
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<pubDate>Mon, 13 Mar 2017 05:37:00 +0900</pubDate>
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<title>アイヌフード</title>
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<![CDATA[ 2月12日、仲間4人で阿寒湖で開催されたアイヌフードで文化を学ぼうというイベントに行ってきました。<br>北海道が今取り組んでいる、アイヌ文化を知ってもらおうという企画だと思う。<br>最初に食材と伝統の講演があり、続いて現在の北海道のアイヌ文化の伝承地、平取町から来られた方の報告がありました。<br>長い講演の後(僕としては)いよいよ、アイヌフードの食事会が始まりました。<br>講演の中で、塩味と素材の味でと聞いていたので塩味の苦手な僕としては興味と不安が交差していました。<br>係の方々の不慣れのだったようで、食べるまで少し待ちました。<br>さて、いよいよ食事会、塩味ベースなので混ぜご飯や鹿肉の入ったスープは素材の味が良く出ていました。<br><br>やはり塩味の苦手な僕には、なれるまで時間がかかりました。半分くらいから、味わって食べることが出来ました。<br>僕の感想は、素朴ながら、バランスのとれた料理だと思いました。<br>もっと精神世界を強調した食事会と思ったのですが、味をみるだけのようで少し残念。<br>僕達はディスカッションは見ないで帰って来ましたが、翌日の新聞に料理を提供下さったお店は、この料理を伝統通り作っていくと言っていました。古代のアイヌの方々の生活をちょっぴりあじわって来ました。<br>
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<pubDate>Fri, 17 Feb 2017 05:35:04 +0900</pubDate>
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<title>節分とおにさん</title>
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<![CDATA[ 昨日は、節分でした。母(９３歳)と豆を食べながら昔のことを聞いた。<br><br>昔、節分の豆煎りは女性にさせなかったそうだ。もちろん豆まきも。<br><br>又、旧正月は女性の正月ともいわれていたようだ。<br><br>前に書いた二番目の文化を思い出した。<br><br>旧正月を、日頃の日常生活で大変な女性をいたわり、<br><br>節分で豆を撒いて、点で物事を考える夫や子供達のわがままに耐え、<br><br>角をださないようにとの願いを込められているように思えるのは、僕だけでしょうか？<br><br>ますます、女性が社会での活躍が期待される時、節分の習慣の意味を考える日でした。<br><br>家和して万事成る、女性の皆さんに感謝、感謝<br><br>いつもありがとうございます。<br>
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<pubDate>Sat, 04 Feb 2017 09:22:41 +0900</pubDate>
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<title>陰の選民</title>
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<![CDATA[ 聖書は男性のメシアについて書かれているが、女性のメシアについてはどうだろうか?<br><br>陰陽を考えてみたとき考えなければならないことではないだろうか。縄文の思想の根底はここにあるように思う。<br><br>いつも神様と一問一答して、決して無駄な争いを好まず、山岳や海で生活をしていた。<br>最初は日本全体に散らばっていた。ソロモン王朝が滅んだ頃から、東の方に民族の移動があった時、彼らを受け入れるために準備されたように思う。<br><br>古事記は詳しくないがイザナギ、イザナミの命は、ソロモンの時代の預言者イザヤと思うところがある。<br><br>縄文人は争いを好まないがゆえ彼らを受け入れ融合した文化を作り出した。古神道は彼らから始まった。縄文文化である。<br><br>日本人の根本的人格はこの時代から育んできたと思われる。さらに秦の始皇帝時代に徐福伝説にあるように青年男女を数千人投入され堅固になった。弥生時代と思うのですが?<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusiroto/entry-12240149052.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Jan 2017 13:04:09 +0900</pubDate>
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<title>選民</title>
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<![CDATA[ キリスト教は、イエスキリストが亡くなられ、イエスキリストが12弟子にまぼろしで現れ、イエス様を十字架につけたことの重大さに気がついて死に物狂い伝道するところから始まった。選民が、セム家系からヤペテ家系に移った。ここにイエスキリストが白人になった由縁があるように思う。ローマに渡りヨーロッパに広まっていった。<br>イエス様の説教がヘブライ語からギリシャ語に翻訳され、さらにラテン語でラテンヨーロッパに広められていった。ヨーロッパの教会は神父さんがラテン語の聖書で学び、それを翻訳し説教をしていた。そして世界中に伝道していった。仏教の経典をお坊さんがさとしてくれるような感じである。聖書の今の書き方はローマの国教になった時に編纂されたように思うところがある。<br>又、時の権力者が神様の願い通り政治を行ってきたのだろうか?白人至上主義も時の権力者が作り出したものではないか？ハム家系やセム家系を人ではなく奴隷の様に扱ってきた。<br>しばらく時が経ち、マルチンルターがラテン語の聖書をドイツ語に翻訳し誰もが聖書の内容を理解できるようになったとき、時の人々は、神父さんの説教に疑問を持つようになり、教会に従わなくなった。宗教革命である。<br>ハム家系やセム家系が奴隷の様に扱われたのは、イエスキリストを十字架につけた故に、その子孫が受けなければならない道ではないか。<br>選民は、世界中にいる先住民族(カインの末裔)と良い関係を結び環境を整えメシア救世主を迎えて、地上に天国を創ることである。<br>ソロモンの失敗により12氏族がバラバラになったように、ヨーロッパ人が、アメリカに移り神様の摂理を行っていると思う。今のアメリカは神様の摂理を正しく行ってきたのだろうか？<br>もし、そうでないなら縄文人の文化を継承してきた日本人が関わってアメリカと共に平和な世界をつくり出さなければならないのではないでしょうか？<br>戦後72年<br>
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<pubDate>Sat, 14 Jan 2017 22:00:10 +0900</pubDate>
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<title>2番目の文化</title>
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<![CDATA[ 神様にとって2番目は天使、天使にとっては万物、男に女、長男に次男、社長に専務、主体に対象、この立場がうまくいくとき成功する。ある教えでは、2番目の方をおにさんと言われている。陸のおにさんが赤鬼、海のおにさんが青鬼、セム家系から出てきた。黄色、赤、青、これを合わせると光は色が無くなる。<br><br>神様から見るとアダムは長男である。神様から見ると２番目である。<br><br>男のアダムの次に、女のエバを創られた。男から見ると2番目である。<br><br>アダムから見るとカインは長男である。アダムから見ると２番目である。<br><br>2番目で失敗した歴史になってしまった。<br><br>従って、2番目が先に立たないと次に進む事ができない、さらに失敗すると、一定期間進めることが出来ない、人類の歴史はこのように流れてきた。<br><br>だから、アベル、カインの事件が尾をひいている。<br>カインは天使の失敗をアベルを神様の立場において、元返さなければならなかった。<br><br>又、女も次男の位置が立たないと勝利した女性になれない、男も女性の協力がないと本来の家庭を築くことは出来ない。<br><br>もっというと、神様も本来の家庭がないと、人の心情に入った生活をすることが出来ない。神様も本来の家庭を主体においてそこに協力することに、喜びを感じる為に創造が始まった様に思える。<br><br>ここに、為に生きる核心がある。<br><br>2番目の位置(対象)が輝くことが総ての目的だと思うのですが??<br>だから、女性は美しくなり、優しくあり、子供を産み育てることができるのである。神様は男性の中に在って、女性の協力を得てお互いに為に生きその喜びを感じたかったのです。<br><br>つまり、人生は自分からみて、対象を主体において為に生きることである。<br>このことを、カインの末裔である縄文人は悟り、行動してきたと思える。<br>日本にはこのような思想が古神道が継承してきたと思うのですが？<br>
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<pubDate>Thu, 29 Dec 2016 09:52:50 +0900</pubDate>
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<title>赦されたカイン</title>
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<![CDATA[ カインは最初の人(聖書上のアダムとエバ)の長男である。長男は、家系を相続する使命を持っている、よって神様の予定を現実化しなければならなかったのに間違ってしまった。しかし、神様に赦されてから自分の使命を知り、神様の摂理上失敗した者は時が来るまで中心に用いる事ができない原則により、最後になるとわかった。でも、何もしないでは、その位置に立てない。そして、神様の摂理を影から支えてきた、。<br>セツの家系から始まった選民の長男を指導してきた。その仕事は神様が用いざるをえない次男と心を一つにすることである。しかし、次男はいつも弱々しく割と傲慢な人が多く中々、神様の願いには遠かった。<br>そんな次男を、神様は育ててきた。そのような歴史の中で、聖書上長男の成功者が、アブラハムであり、次男の成功者がヤコブと見ることができる。今のユダヤ教、イスラム教、キリスト教の方々は、このことをどれほど理解しているだろうか?神様に召命され勝利者になった人物がどのような生活をしてきただろうか？いつも神様に祈り、時には無謀と思えることも行ってきた人である。更に、勝利出来なかった者はその子孫が苦労の路程がまっていた。そして、世界中いる先住民族といわれる人々(縄文人が先祖？)は、心霊を重視して生きてきた。その末裔がアイヌ民族とみると長男の使命がいかに大きいかがわかる。日本において、選民を待ち、受け入れ従いながら、神霊指導しなければならない、身をもって教えてきた民族とみることができる。どれほどばかにされても、追われても、神様との約束を守り通した民族と思います。では、今どういう時でしょうか？多くの人が神様から時が来たと、啓示を受けています。縄文の思想が選民といわれる人々と神様の心情を知り融合して神様の理想を具現化することである。世界中から、日本の文化を学びにきているのではないか？戦前の日本の文化の悪いところ改め、良いところをもう一度見直し縄文の思想(贈与の文化)を持った日本人が自信を持ち世界を平和に導く使命があるのではないでしょうか？<br>又、総てのものを神様のものと考えたのでヤオヨロズの神様と言って社を設けお参りしてきたと思います。<br>やっと、時が来たので今の時代の選民と一つになり唯一の神様の理想を実現する時になりました。ミネラル(希望の命水)をとり、心霊を覚醒し神様の夢を具現化して行きましょう。選民にはメシア思想がある、日本人はこの思想も研究しなければならない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kusiroto/entry-12229369570.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2016 07:20:46 +0900</pubDate>
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<title>贈与の文化</title>
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<![CDATA[ 昨日までのブログは、私達が神様と共に生活するための決まりごとだと思っています。書いているうちに、神様は、人に伝えるのは宇宙人でも、シュメール人でも縄文人でも、よかったかもしれない。<br>もしかしたら神様がそれぞれに臨んでいたかもしれません。僕はこの神様との決まりごとを教訓に、毎日気をつけています。<br><br>少し前、アイヌと縄文という本を読みました。副題に現代に生きる我々にとって、ありえたかもしれないもう一つの歴史と付いていました。内容は、もし、弥生文化を取り入れないで縄文文化のまま、日本人が生活をしてきたらアイヌ人のような文化ではなかったか?という書き方でした。<br><br>僕の文章を読んで、下手くそだと思われた方がいらっしゃると思います。実は、この本を買ってから、アイヌ人=縄文人=カインの末裔と思うようになりどうしょうかと思っていたところ、希望の命水の会社JES社長のブログにコメントしてみて、少し自信がつき、自分でやってみようと書きはじめました。いや、自分しか書けないと思いました。<br>もっというと、生まれ育ったところはアイヌ人の居住区あとが、たくさんある北海道の僻地といわれるでした。冬以外は、お腹が空くと山にでかけました。もしかしたら結構血が濃いかもしれないですね。<br>僕のことはさておき、本の中に興味ぶかいところがたくさんありました。*平地人に成ることを嫌った。*弥生文化を嫌い山に逃げた。<br>縄文式埋葬。*物々交換を拒否し贈答の文化をつくっていた。3つの義務(贈与おこなうあらゆる社会に与える義務、受け取る義務、返礼する義務)超自然的な力の関係を重んじる文化を形成していた。<br>更に、食料など全て神様からの贈り物という考え方でした。チャシに神様からの贈り物を集め無縁化の儀式を行ってから外に商品として出したていた。<br>著者の意見に物々交換をマルクスの資本論とかぶせてました。<br>つまり、お中元やお歳暮は縄文やアイヌの文化から引き継がれてきたのではないでしょうか。今、日本に生きている私達が、欧米化が先進国の象徴のような教育を受けてきましたが、民主主義という兄弟主義ではないでしょうか？日本人の中にある縄文思想(縄文主義)で失った,心からの贈与文化を取り戻しましょう。親の心情主義かな?<br>内村鑑三氏もアメリカでこれを思ったのではないでしょうか?日本のおもてなしの心情も縄文思想からきていると思います。<br><br>最後に名言ｰ喜べば喜びごとが喜んで喜び集めて喜びに来る<br>
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<pubDate>Fri, 02 Dec 2016 16:29:55 +0900</pubDate>
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<title>エソウとヤコブ</title>
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<![CDATA[ ノア家庭までは、言い伝えで書かれているとの事で、僕の想像で書きましたが、アブラハムからは記録にもとずいて書かれていると聞いています。<br><br>アブラハムが主の祝福を継ぐのに供え物をしたが、鳥は裂かなかったため、子孫は400年旅人になり人々に使える事になる(失敗?)。使えめハガルにイシマエル(イスラムの先祖)と妻サラにイサクを授かる。<br>しかし、アブラハムは、神様が準備した3度めの摂理の人物なのでどうしても、神を中心した氏族まで完成しなければならなかった。鳥を裂かなかった罪を償うために神はアブラハムを呼ばれてイサクを燔祭捧げるように命じられた。アブラハムは3日間悩みイサクを刃物を取って捧げようとしたとき天使が現れアブラハムの信仰を認め、イサク燔祭を中止させた。親子の心情を一つにした瞬間である。<br>時が経ちイサクに長男エソウと次男ヤコブが生まれました。エソウは狩猟者、ヤコブは天幕に住んだ。イサクが年老いて長男エソウに祝福を与える時になった時、次男ヤコブは、母リベカの助けを借り長男の特権を奪った。アベル、カインの失敗を元返した。その後、ヤコブは、苦労して得た総てのものを怒り狂うエソウに与え、愛で心情を一つにし兄弟関係を修復したので、イスラエルの称号を与えられた。(アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神)である。3代で勝利しました。<br>しかし、ルシファと共にある者達はエジプトに国を造っていたためヤコブの家庭は４００年間、国を求めて旅にでた。<br><br>ここで、気になることがある。イシマエルである。腹違いではあるがイサクと兄弟である。なぜ、兄弟の関係なのに摂理が行われなかったのか<br>同じアブラハムの氏族であるにもかかわらず兄弟の関係が回復されないまま、現代まで来てしまっているのではないか?エソウとヤコブのような兄弟の心情を一つにする摂理をこれからでも、しなければならないのではないでしょうか？<br><br>
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<pubDate>Thu, 01 Dec 2016 18:47:15 +0900</pubDate>
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<title>再出発は8人家族から</title>
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<![CDATA[ 神様は、ノアの8人家族から再出発された。再出発は人類の最初がアフリカだったのでそこから始められた。カインの生き残った末裔は縄文人として部族のみを作り、心情を受け持ち日本の山岳や海を基地にして、世界中に神様の代わりに出かけ、霊性を高める指導を始められた。又、知識を受け持った天使長ルシファとシュメール人?はアフリカの北に行った。シュメール人は、物理性をもってノアの家族を指導された。ノアの家族は、彼らの指導を受け色々な物を創造していった。暦もこの時に作られた。ノア家族を中心に、人類の責任で平和の国のモデルを創るのが目的である。縄文人も霊性を高めるため預言者を使わした。<br>時が経ち、ノアは農夫になった、ある日、疲れてぶどう酒を飲みすぎ裸で寝てしまった。その姿を次男のハムが見つけ、長男セムと三男ヤペテと共に恥ずかしく思い衣をノアにかけた。その行為が罪になった。神様は人類が裸でいても恥ずかしくなく思う事を通して、最初の堕落を無かった事にするためだったのである。次男ハムが神様の心情を受け継ぐための摂理でした。神様によりいっそう祈らなければならなかったのに、足りなかったためである。そのためハムの子孫(黒人)は苦難の道を行かなければならなくなった。ノアの家族はシュメール人から知識をうけ、どんどん発展して都市を造った。縄文人は、ノアの家族をよりいっそう霊的指導するため力を注ぐ事になった。預言者や未来人を使わした。しかし、彼らは、物質を中心にする者達が多くなり、神様の心情から遠のいていった。そして、塔を作り神になろうとする者も現れた、神様の願う全体ためと自分のための二重目的を解らなくなってしまっていた。そのため彼らの言葉を通じないようにされた。その後、摂理は、長男セム(黄色人種)の家系へと移って行く。数代を経て、神様は時が来たため、アブラムが召命された。神様はアブラムに預言者を使わし、メソポタミアから東のカナンに向かうように告げられた。カナンに平和の国のモデルを創るためである。<br>僕の想像で書けるのはここまでです。<br>このあと、セム家系も、失敗し3男のヤペテ家系(白人)と移って行く。<br>
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<link>https://ameblo.jp/kusiroto/entry-12219894577.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Nov 2016 05:09:27 +0900</pubDate>
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