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<title>まったり主夫の優柔不断な贅沢</title>
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<description>学習塾を運営するかたわら、「クスクス」という瞑想や自己編集のサロンを開いています。</description>
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<title>知って死ぬのと、知らずに死ぬのとでは違う</title>
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<![CDATA[ <p>日本史の勉強をしようと本を開いたらまえがきに吉田松陰の言葉が紹介されていた。</p><br><p>「知って死ぬのと、知らずに死ぬのとでは違う」と。</p><br><p>ーｰ－－－</p><br><p>　外敵をやっつけるために研究するためにアメリカに渡ろうとペリーの黒船にもぐりこんだ松陰は捕らえられ、２５０年の間だれも出獄したことのない野山の獄に入れられた。そこで、毎日毎日松陰はだれも聞かない儒学の講義を始めた。みかねた囚人が「<font color="#0000ff">俺たちは一生外に出られない終身刑なんだ。あんたからいくらいい話を聞いても、外で役立てることはできない</font>」と言う。それに答えて松陰は言った「物事を知って死ぬのと知らずに死ぬのとでは違う」と。</p><br><p>　その後、時代は変わり松陰と一緒にいた何人かの囚人たちは牢屋を出ることができた。松陰に感謝する囚人たちに松陰は「わたしのおかげではありません。<font color="#0000ff">私には権力はありません。お金もありません。腕力もありません。しかし、学問があります</font>。学問さえあれば何事だって可能であると、それを信じて、私は牢獄の中で学問をしてきました。それが実を結んだだけです」と話したという。</p><br><p>ーｰ－－－</p><br><p>　「知って死ぬのと、知らずに死ぬのとでは違う」という言葉に共感するものがあった。</p><p>そして、私が一番知りたいことはなんだろうと自問してみた。</p><br><p>いろんなことを知りたい、と思う。</p><p>音楽や絵画、世界のこと、地域のこと…。</p><p>いろんなことを経験したくて、物理を始めた。化学も始めた。歴史も、古文も、英語も、数学も…。</p><br><p>高校の勉強にはまっているのは、<font color="#ff0000">取り戻したいから</font><font color="#000000">だ。</font></p><p>物理や化学や生物を習いはじめたとき</p><p>なにをやろうとしているのか</p><p>何を取り扱ってるのか</p><p>がわからなくて混乱してしまった。</p><br><p>そのとき失った「わかった！」を取り戻したいんだ。</p><p>だから、物理の参考書のまえがきで</p><p>「力学は物体がいつどこにあるのかを予測するためにある」</p><p>なんて書かれているとそれだけで安心してやろうという気になってくる。</p><p>　（予備校の講師が書いた参考書は、そのあたりのモチベーションの高め方がうまいなあと感心する。）</p><br><p>そう、「わかった！」を取り戻したい。</p><p>はじめからあきらめていたロックギターを取り戻したくて津軽三味線をやりたくなったように</p><p>　（昔、高橋竹山を聞いたときとバッハを聞いたときロックだと思ったのを覚えている）</p><p>失った野球の「できる！」を取り戻したくてテニスをはじめたように</p><p>　（野球が好きだったけど、からだが小さくて運動ができなかった中学時代までを取り戻したかった）</p><br><p>だから、子どもたちにも「わかった！」「できた！」をたくさん体験してほしい。</p><br><p>　いろんなことを知りたいと思うけど</p><p>やっぱり一番知りたいのは、</p><p>奥深い喜び！</p><p>内側にある躍動感！</p><br><p>私が知っているだけでもすばらしいと思えるのだから</p><p>先人たちのようにもっと知ることができたらどんなにすばらしいことか。</p><br>
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<pubDate>Thu, 15 Feb 2007 00:18:35 +0900</pubDate>
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<title>１月は「素直に！」</title>
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<![CDATA[ <p>元日に部屋の模様替えをした。机を置いたらちょっと書斎みたいで、それに気をよくして日記を書き始めた。A5サイズのノート１ページが１日分。最後にタイトルをつける。</p><br><br><p>そこからタイトルを拾ってみる。</p><br><br><p>「<font color="#0000ff">学</font>校」というビジョン　（塾でなにをやりたいのかを考えていて）</p><br><br><p>そのままで<font color="#0000ff">美しい</font>　（シッタン占いの「私」というカードで瞑想して）</p><br><br><p>「<font color="#0000ff">私</font>」という感覚を大切に　（シッタンカードで「私」＜MA&gt;を連続してひく）</p><br><br><p>失敗を受け入れる　（TV「プロフェッショナル」の会社再建に関わる弁護士さんの番組を見て）</p><br><br><p><font color="#0000ff">素直</font>な気持ちで<font color="#0000ff">素直</font>な表現　（お伊勢さんに参拝して）</p><br><br><p>瞑想は未知のスペースを訪れる宇宙旅行</p><br><p>瞑想は<font color="#0000ff">見方</font>を増やす技能です　（映画上映会で「瞑想ってどんな効果があるんですか？」と問われて）</p><br><br><p>和尚はハートと<font color="#0000ff">愛</font>の存在を教えてくれた　（コンサートの会場で「クスクスさんは和尚の弟子だったんです」と紹介されて）</p><br><br><p>自分ごとにしないで、他者の<font color="#0000ff">意識</font>にフォーカスする　（難儀な話をなんでも自分に置き換えて聞くと、脅える自分に気がついて）</p><br><p><br><font color="#0000ff">学</font>びをマスターしたい　（高校生向けの参考書を見ていたら、数学や歴史はもちろん、苦手だった古文や化学もおもしろくなって）</p><br><br><p>絵の先生に<font color="#0000ff">ほめられて</font>ほめられて画家になった　（はじめての個展を開いたというHさんの言葉）</p><br><br><p><font color="#0000ff">顔</font>が変わったね　（何年ぶりかに会った友人に言われた。柔和になったらしい）</p><br><br><p>否定される<font color="#0000ff">恐</font>れの顕在化　（人と会う前に緊張するのはなぜかと考えて）</p><br><br><p><font color="#0000ff">悩</font>みはネタになる　（小論文教室の本を読んでいて）</p><br><br><p>人を<font color="#0000ff">讃</font>えられる人でありたい　（再会を喜んでくれた友人やテニスをほめてくれたクラスメートを思い出して）</p><br><br><p>アクティブリスニング　（話を聞いていてイライラの連続になった自分に気がついて）</p><br><br><p>肩の力を<font color="#0000ff">抜</font>いて　（「もらえるお金はもらっちゃえ」というセミナーの講師の話を聞いていたら、いかに堅く考えているかという自分がみえてきた）</p><br><br><p><font color="#0000ff">美</font>を発見した日　（朝の瞑想と水彩画教室で感じたこと）</p><br><br><p>「役に立ちたい」という思いは<font color="#0000ff">捨</font>てる　（水彩画教室で聞いた「今日のように絵を描いてお茶を飲んで、そんな豊かな日々を過ごしたい」という話とTV「カンブリア宮殿」でのANA中島会長の明快な話を聞いて）</p><br><br><p>理想で<font color="#0000ff">頭</font>でっかちにならない　（中学生向けに授業＋個別学習の補習塾をやることになって）</p><br><br><p>私の<font color="#0000ff">真実</font>を明らかにする　（映画「愛の流刑地」の富司純子さんに感動して）<br></p><br><p>　こうしてあらためて書き出してみたら今月の私のテーマは<font color="#ff0000">「素直に！」</font>だったようだ。相変わらず学ぶことは好きだ。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10024641188.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Jan 2007 20:18:23 +0900</pubDate>
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<title>２００６年トピックス</title>
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<![CDATA[ <p>２００７年がやってきましたね。</p><br><br><p>ここのところコンピューターにさわる機会がめっきり減ってブログからも遠ざかっていました。</p><br><br><p>その分手書きで日記をつけていたりして。</p><br><br><p>これはガイドの影響です。</p><br><br><p>「ひとつひとつの情報をコンパクトにまとめてインデックスをつけておきなさい。そうすれば、やがてそれらの」</p><br><p>というガイダンスをもらったので、</p><br><p>数学・英語・歴史など勉強したことをまとめたり、</p><br><p>出来事やアイデアを書き留めたりするのがおもしろい今日この頃です。</p><br><br><p>昨年をふりかえるのはもういいかなと思っていたけど</p><br><p>日記で２００６年の個人的なトピックを拾ったので</p><br><p>ちょっと書いてみます。</p><br><br><p>２００６年のトピックス</p><br><p>①「オープニング・トゥ・チャネル」のセミナーをやったりしたことでガイドと親密になった。</p><br><br><p>②小学校相当の算数教材が完成。まだまだ手直ししたいところはあるけれど。ぼちぼちいこう。</p><br><br><p>③「辞書を引かない」という多読英語でわからない単語が読みすすむうちにわかってくる体験をした。かゆいところに手が届くような感覚。こどもってこんなふうにわかっていくんだろうな。</p><br><br><p>④図表に表すことでわかるという体験をした。高校数学を教える予習をしたり、歴史の本を読んで復習したりしているとき、苦手だった分野が図でずいぶん整理された。「暗算に頼るな！　手を動かせ」。とにかく書き始めることでできることがある。</p><br><br><p>⑤旭山動物園の坂東元さんのお話を聞いた。「最悪の状態」からの出発。「動物は寝るもの。だから見るものにとっては退屈」ならば、見せ方を変えよう。その発想でトラ・アザラシ・ペンギンなど次々と斬新な行動展示の見せ方に変え、動物園を再生。</p><br><br><p>⑥レストランオーナー・中村文昭さんのお話を聞いた。「つねにお客様の予想を上回るサプライズを目指すことで人間力がついた」というお話は私にとっては「徹底的にやったのか？」という問いかけになった。刺激を与える人だ。</p><br><br><p>⑦鈴木秀子さんの「愛と癒しのコミュニオン」という本を読んだ。「無条件の愛を日常に響かせる」「人は誰でも役に立ちたいという欲求を持っている」というフレーズに刺激を受けた。本を貸してくれた友人は自分のスペースをコミュニオンハウスと名付けている。</p><br><br><p>⑧棚田を再生している方から畑を借り、玉葱を植えた。今年は親戚の畑も借りることになった。夏野菜からスタートかな。</p><br><br><p>⑨初めて那智の滝へ。迫力に圧倒された。</p><br><br><p>⑩高次のマインドにふれるセミナーに感動。今も練習している。毎朝、感動するチャンスが与えられるのはすばらしい。その先は自分次第。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10023025983.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jan 2007 02:13:56 +0900</pubDate>
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<title>ドクさん結婚</title>
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<![CDATA[ <p>ニュースステーションで、ベトナムのドクさんが結婚することを知った。</p><br><br><p>彼女の母親は障害のある子が生まれることを心配していた。</p><br><br><p>その母親の元に半年間通いつめたドクさんは、今は我が子のように思われている。</p><br><br><p>ドクさんは結婚するまで60人の枯葉剤による障害のある子どもたちと病院で暮らしていたから</p><br><p>自分の子どもに障害があってもそれを受けとめて育てると言っていた。</p><br><br><p>枯葉剤の影響で３世代、４世代目の子どもに障害があらわれているらしい。</p><br><br><p>その因果関係を枯葉剤をまいたアメリカが認めていないために補償がまったくないそうだ。</p><br><br><p>信じられない。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10021670926.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Dec 2006 23:51:42 +0900</pubDate>
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<title>話し合いの結論はクジで</title>
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<![CDATA[ <h2 style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; LINE-HEIGHT: 17pt; mso-line-height-rule: exactly"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ ゴシック&quot;; mso-ascii-font-family: Arial; mso-hansi-font-family: Arial"><font size="3"><br></font></span></h2><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　シンポジウムに行ってきました。</span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">テーマは「当事者主権」です。たとえば、福祉サービスを受ける本人にサービスの内容を決める権利があるという考え方です。その一方で、どこまでその権利を許容するのかというサービスする側の権利もある。</span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><br></span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">そんな話をしながらの打ち合わせで、不登校の中高生と寝食をともにしているという大学助教授の方のお話が傑作でした。</span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><br></span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">「<font color="#ff0000">携帯を持ちたい</font>」という学生がいて、それを持ってもいいか、持たない方がいいかという話し合いをしたときの話です。</span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><br></span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">「いいか、悪いかの結論がでなければ、何日も結論がでないまま話し合いが続きます。そうなると、『携帯を持ちたい』と言った学生の要望は、結果的にかなえられないことになるので、話し合いが長引けば長引くほど要望した人が不利になります。なので、うちでは<font color="#ff0000">抽選で使うガラガラで決めるんです</font>。赤の玉が出たら携帯を買うというように。そのうえで、話し合いを続けます」。</span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><br></span></p><br><p><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">「<font color="#0000ff">それなら多数決の暴力に陥ることもない</font>」と大受けで、「うちは丁半で決めよう」というグループもあったりで盛り上がっていました。</span></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10021316481.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Dec 2006 21:44:11 +0900</pubDate>
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<title>いきなり答を求めちゃいけない</title>
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<![CDATA[ <h2 style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt 21pt"><span lang="EN-US"><font face="Century"><font size="3"> <br><br></font></font></span></h2><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">久しぶりに高校生の試験対策をして高校数学の問題を解いていたときのことです。高校時代、確率や場合の数のあたりは、ややこしくてよく理解していませんでした。そんなことを思い出しながら、問題に取り組んでいたときのことです。</font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">似たような問題がたくさんあって、どの解き方が当てはまるのかこんがらがってきて、苦手意識がよみがえろうとしてきたときです。「子どもたちに言っているようにまず絵を描こうじゃないか」と自分に言い聞かせました（文章題をやるときには、式を立てる前にまず絵や図を描くように言っています）。一つずつ場合を分けて描いていたら、解き方がひらめきました。</font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">別の問題でも「わからない。むりだ」と思いながら、できてもできなくてもとりあえず図と式に表そうとやってみたら、あら不思議、解き方が目に飛び込んでくるではありませんか。</font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><span style="FONT-SIZE: 10.5pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><font size="2">　子どもたちが文章題に取り組むのは、こういう感覚なのかと、よくわかりました。むずかしい問題のときには、あきらめたくなるのをがまんしながら、絵を描いてみる。するとひらめくことがある。答が向こうからやってくる感じ。いきなり答を求めるとできなかったことが絵や図にすることでわかってくるって方程式が解けるようになったときのようにおもしろい感覚でした。</font></span><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10021316126.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Dec 2006 21:42:25 +0900</pubDate>
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<title>「すべて人の助けを借りてやりたいと考えるものはいない」</title>
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<![CDATA[ <h2 style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt 21pt"><span lang="EN-US"><font face="Century"><font size="3"><br></font></font></span></h2><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">ロ－レ・アンダリックさんのお話を聞いてきました。彼女はドイツでモンテッソ－リ教育</span><span lang="EN-US"><font face="Century">(</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">※１</span><span lang="EN-US"><font face="Century">)</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">を長年やってこられた方です。</span></font></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><br></span></font></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">彼女は「</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ ゴシック&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font color="#0000ff">子どもでも、高齢者でも、病気の人でも、みな同じように、自らの意思でやりたいことを決め、自分の力でやり遂げたいと思っている。なぜなら、それは生きることの証しと言ってもいいからだ</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">」</span></font></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">「</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ ゴシック&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font color="#0000ff">すべて人の助けを借りてやりたいと考えるものはいない。だから一部でも自分の力でやり遂げたときの表情は達成感にあふれる</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">」と言います。</span></font></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; TEXT-INDENT: 10.5pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-char-indent-size: 10.5pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><br></span></font></p><br><p class="MsoBodyTextIndent" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">子どもたちと接していて、ほんとにそう思います。なんたって、教えてる途中に「わかった。もういいから、あっちいってて」と、小学生から高校生まで異口同音に言いますから。</font></span></p><br><p class="MsoBodyTextIndent" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><p class="MsoBodyTextIndent" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">「教えて」って自分から言い出したときでもそうです。「一人でできる」と思った瞬間に助けがいらなくなるんです。「自分の力でやり遂げたい」とみんな思っているのが、ひしひしと伝わってきます。</font></span></p><br><p class="MsoBodyTextIndent" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　私も含めて、みんな一人でやり切りたいという欲求が強いようです。子どもたちはよく「私ってすごくない？」「俺って天才？」と言います。やり切ったときには自分で自分を認めたくなるのでしょう。</font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"><font size="3"><font face="Century"> <br><br></font></font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 12.0pt">※１　モッテソーリ教育とは、イタリアの女性医学博士マリア・モンテッソーリによって体系化された教育法。ヨーロッパ全土の学校教育に影響を与えているほか、障害児治療教育、認知症などの高齢者の生活支援の方法としても広く活用されている。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; mso-bidi-font-size: 12.0pt"><br></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"><font size="3"><font face="Century"> <br><br></font></font></span></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10021315918.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Dec 2006 21:36:36 +0900</pubDate>
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<title>今も役立っている二つの言葉。</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　一つは、「人生は体験だ！」。これはシャーリーンフォードというアメリカの女性から聞いた言葉。「人はなにかを体験するために生まれてきた」と彼女は言う。それまで、なにか一つの理想的な姿になるために生きているのではないかと思っていた私にとっては衝撃的な言葉だった。「体験」だったら、なんでもありじゃないか。だれがなにをやっていたって、必ず経験になるのだから、その人を変える必要がない。</font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><br><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　もう一つは、教育学者の村井実さんから聞いた「人は善く生きている」。たしかアリストテレスの言葉だったと思うけど、「みんなそれぞれの善さに向かって生きている」んだそうだ。この「善さ」という言葉がいまだによくわからない。だけど、それぞれの「善さ」に向かって生きているんだったら、これまた人の生き方を変える必要がない。「それぞれの」を認め、応援するだけで十分だ。</font></span></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10020318792.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Nov 2006 23:23:20 +0900</pubDate>
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<title>逃げて　出口がある</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">「<font color="#0000ff">苦しんでいる子たちには『逃げて』と言いたい。布団の中に潜って一日中いたっていい。死ぬくらいならうずくまっていればいい</font>」</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">という　あさのあつこさんのコメントに共感した（山陽新聞11/15付け）。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「<font color="#0000ff">生きていると、自分を囲っていた壁がいつの間にか扉になっていて向こう側に開くんだ、出口があるんだと分かる経験がきっとある。</font></font></p><p><font size="2"><font color="#0000ff">　わたしの場合は『書く』ということだった。高校に入って国語の宿題で五十枚の短編を書いた。先生が熱心に朱を入れてくれて『雰囲気のある作品』と言ってくれた。大人からみたら笑っちゃうようなささいなことだったけど、そのときの快感は生きるに値するものだった</font>」</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　「生きるに値する快感」を覚えたのは、いつのことだったろう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">なにかのワークショップで、</font><font size="2">自分の生き苦しさを表現したときだったと思う。</font></p><p><font size="2">つねに緊張していること、ストレスを感じていることを話し</font></p><p><font size="2">怒りを人やモノにぶつけた。</font></p><p><font size="2">おおっぴらに感情をあらわにしたのは成人して初めてのことだった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">その快感を覚えてから、感情の発散の次にはなにがあるのだろうと好奇心がわいてきた。</font></p><p><font size="2">癒されたあとには探究心が待っていた。</font></p><p><font size="2">自分への興味と関係性への関心。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">あるとき「kusukusuさんは自分への興味が強いから」と言う友人に</font></p><p><font size="2">「あなたの方がよっぽど自分への関心が強いでしょ。さっきからすっと自分の話をしているんだから」と言うと</font></p><p><font size="2">「私は表現することに関心があるけど、kusukusuさんは変わっていくことに関心があるでしょ」と言われた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">当たっていると思った。</font></p><p><font size="2">変わることへの関心、臆病な私が変わることに関心が向かったのは癒されたという心地良さを味わってからだ。</font></p><p><font size="2">もちろん今も臆病さをかかえながらだけれど。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そして、瞑想や自己編集など私とその先（その奥？）にあるものに関心が向かっている。</font></p><p><font size="2">癒されながら新しいテーマにとり組む日々だ。</font></p><p><font size="2">そして、今も迷い、恐れることの多い私だけれど</font></p><p><font size="2">それでも　あさのあつこさんの言葉に共感する。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">出口はきっとある。</font></p><p><font size="2">だから逃げられるだけ逃げればいい。</font></p><p><font size="2">逃げるたって、あることから逃げているだけで、あることには向かっているかもしれない。</font></p><p><font size="2">たとえば、だれかの目や言葉から逃げているけど、本や自分の内側に近づいていることだってあるだろう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">でも、出口はゴールじゃない。</font></p><p><font size="2">書くことや瞑想やなにかに出会ったって</font></p><p><font size="2">そこが終着駅じゃない。</font></p><p><font size="2">山あり谷ありの人生が続いていく。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">それでも</font></p><p><font size="2">人生はどんどんよくなる。</font></p><p><font size="2">今のところ、そう信じている。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10019997043.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Nov 2006 23:23:48 +0900</pubDate>
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<title>愛という感覚がわからなかった</title>
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<![CDATA[ <p>来襲は「慈愛」のセミナー。</p><br><p>好きな瞑想のひとつだ。</p><br><p>癒し、許し、愛し…</p><br><p>癒され、許され、愛される…</p><br><p>とても貴重な体験</p><br><p>振り返れば、「愛」という感覚がわからないとずっと思っていた</p><br><p>愛する、愛されるという感覚がわからなかった</p><br><p>相ノ内冷たい人間なのだろうかと疑ったりもした</p><br><p>あるとき、たしか内観だったと思うけど</p><p>赤ちゃんのときの感覚がよみがえったことがった</p><p>母親から名前を呼ばれたとき　体から黄金の光が放たれた気がした</p><p>とても幸せだった</p><p>無償の愛だと思った</p><br><p>それからずいぶん時がたち</p><p>「慈愛」の周波数を知った</p><p>無条件に愛されていることを知った</p><br><p>「慈愛」は仏や神やその他の存在によってもたらされ</p><p>きっとまわりにみちみちているんだろう</p><p>自分の中にもあるんだろう</p><br><p>それを忘れ　離れたとき</p><p>孤独を感じ　虚しさを感じ</p><p>攻撃的になる</p><br><p>この前、教室でつい攻撃的になってしまったことがあった</p><br><p>子どもが鏡だとしたら</p><p>私を愛し　子どもを愛し</p><p>慈愛で護られていることを思い出す必要がある</p><br><p>今日ハミングボールという方法を教わったので</p><p>その子に愛を送ってみた</p><p>とても気持ちがよかった</p><br><p>その感覚をいつも味わいたいものだ</p><p>そうやって少しずつ少しずつ成長していくんだなあと思う</p><p>「慈愛」に寄せてそんなことを思った</p>
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<link>https://ameblo.jp/kusukusukatarai/entry-10019785671.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Nov 2006 01:30:07 +0900</pubDate>
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