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<title>風と共に書きぬ</title>
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<description>新潟・市民映画館シネ・ウインド、上映企画部に属している映画警備員のブログ</description>
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<title>『3つの鍵』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221218/22/kw4093/49/20/j/o0566080015218040336.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221218/22/kw4093/49/20/j/o0566080015218040336.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>　ナンニ・モレッティ監督はいまイタリアで最も信頼されている映画監督です。代表作である『息子の部屋』が公開されてから20年。これを観たときは驚かされました。とある平穏な4人家族。ところが最愛の息子を喪ったとき、悲しんでいくこの家族は、一体どうなっていくかというお話でした。非常に家庭的で、かつ深刻なテーマではありますが、その演出筆致は気が滅入るほど重くなりすぎず、監督なりの人情で両親と娘の心境を静かに見詰めていくドラマ。これは同じようなテーマを扱っても、日本やアメリカとは違う、イタリアという国ならではの風情と柔らかさを感じさせる家庭劇でした。この代表作から20年、モレッティ監督は再び、「ある出来事によって日々の生活が変容していく家族の姿」というテーマに挑みます。同時にこれまでオリジナル脚本を手掛けてきた監督にとって初めての原作小説を映画化する機会となりました。原作はイスラエルの作家エシュコル・ネヴォによる『THREE FLOORS UP』。</p><p>&nbsp;</p><p>　ある夜、3階に住むジョバンニとドーラの裁判官夫婦の息子アンドレアの運転する車が建物に衝突し、ひとりの女性が亡くなる。同じ夜、2階に住む妊婦のモニカは陣痛が始まり、夫が出張中のためひとりで病院に向かう。1階のルーチョとサラの夫婦は、仕事場で起こったトラブルのため娘を朝まで向かいの老夫婦に預けるが、認知症の老夫と娘が一緒に行方不明になってしまう。</p><p>ということでこの作品では、ある大きな事故をきっかけに、1階のご家庭、2階のご家庭、3階のご家庭が登場し、それぞれ混み入った事情を抱えていきます。自分たち家族は一体どうなってしまうのかという不安。苛立ち、悪意が渦巻き、淫らで怖いことになってきます。そうこの映画、「ああ、なんてことを」と呆気にとられるくらい怖いんです。親心、兄弟、性欲、審問など、只ならぬ出来事に関連していろいろと出てきますが、彼らが住むアパートはもうスリルの塊と化していきます。</p><p>&nbsp;</p><p>　映画のポイントとなるのは、人間の弱さと、それ故の短絡的な行動。モレッティ監督は2人の脚本家、フェデリカ・ポントレモーリとバリア・サンテッラと共同で、そういった行動によって自身や周りにどのような影響が及ぶかを重視するかたちで原作を脚色し、最後の最後まで、各々がどのように生き抜いていくのか関心を引き込みます。子どもたちの明るい将来のため、親たち大人たちは数多ある壁の向こう、扉の向こうへと心開かなければならないわけですが、閉ざし合うことにも理由がありますね。どうにも息苦しく生きにくい世の中です。夫婦、親子、人付き合いについて、普遍的なエピソードが繋がっていきながら、幸せ目指して生きていくことがどれだけ大変なことかを感じさせるこの映画筆致。ホームドラマの描写については、今も昔もイタリアは第一級のセンスだと思わされました。それでいて緊張感をもって画面に引き込む映画術。ラストに映る表情に至るまで、どうかじっくりご覧いただきたい。今年最も印象強いイタリア映画です。</p>
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<pubDate>Sun, 18 Dec 2022 22:18:34 +0900</pubDate>
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<title>『アプローズ、アプローズ！囚人たちの大舞台』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221108/23/kw4093/18/9e/j/o0566080015200245302.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221108/23/kw4093/18/9e/j/o0566080015200245302.jpg" width="220"></a></p><p>　今回ご紹介するのは、またしてもフランス映画です。もう何度も言っていますが、このところフランス映画界の活きがよくて、日本の各配給会社さんがいろいろ買い付けて、シネ・ウインドにも何作か届いています。フランスといえば映画発祥の国。映画の発展において長い歴史のある芸術と文化の国。そんなフランスでの映画製作と鑑賞の活発化は、世界的な映画衰退の風潮が囁かれるなか、良い報せなんです。そこで今回は、この秋に上映する『アプローズ、アプローズ！囚人たちの大舞台』について、少しだけ書き記してみたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　アプローズ(applause)とは拍手喝采のこと。つまりお客さんからの有難い好反応です。そして、「囚人たちの大舞台」。これは犯罪をして服役している連中が、演劇に励み始めて舞台を踏んでいくお話です。それもこれ、1985年にスウェーデンの俳優ヤン・ヨンソンの実体験が基になっているそうなんです。囚人による演劇・舞台公演というと、イギリスの『ラッキー・ブレイク』やイタリアの『塀の中のジュリアス・シーザー』がありました。新鮮なアイディア、というわけではないんですね。今回はフランス映画ということで、どんなもんかと思って観てみますと、最後には「おお、なるほど」と思わされました。日本人からしたら、その人間味に独特のコクを感じるような舞台劇映画だと思います。さて、どういったお話でしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　ある売れない舞台俳優のおじさんがおりまして、この人が刑務所の「演技のワークショップ」の講師として赴任しました。選ばれた5人の服役囚に演技指導していくうちに演出家魂が燃え滾り、訳アリ連中と一丸となって舞台公演の成功を目指していく、というわけです。この演出家は囚人たちの芝居を見て、「演技は下手だが、リアルだ。上手いだけがリアルと限らない。彼ら自身を見せるような、リアルな舞台を見せたい」と発奮します。しかし相手は犯罪者連中。殺人、強盗、詐欺恐喝、窃盗、薬物密売、この世で一番の曲者連中。字は読めない、台詞は覚えられない、声は張れない、まあ上手いこといかないはずですね。しかしこの演出家のフランス人根性というか、芝居執念が負けないわ折れないわの凄いこと。舞台の一体感、芝居の解放感を説きながら、演技指導に熱血しますね。この何とも知れないような文化活動はどうなっていくのか。</p><p>&nbsp;</p><p>　本作で演目として選ばれるのは劇作家サミュエル・ベケットによる不条理劇『ゴドーを待ちながら』。ウラジミールとエストラゴンという”待つ男たちの寓話(教訓的な例え話)”として世界中で翻訳されるほど有名な戯曲。日本でも多くの演出家、俳優が独自の解釈で舞台化に取り組んでいるほどの名作。田舎の一本道で2人の浮浪者が会ったこともないゴドーなる人物を待っている。取るに足らない会話をしたり、ポゾーとラッキーから哲学を説かれたり、使者の少年がやって来るも、浮浪者たちはゴドーを待ち続け、ついには自殺しようとする、というもの。この人生の不条理劇を囚人たちに演らせようという試み。かつて人々を困らせ、社会に混迷をもたらした人間たちの想像力、表現力に懸けてみようという演出執念。これにはみ出し者たちはどう応えるか。どういう過程を経ていくか。どんな大舞台になっていくか。そういうところがこの舞台劇映画の見せ場ですが、もうこれ以上は詳しく申せません。元はスウェーデンのエピソードではありますが、映画はまさにフランスのヒューマンタッチ。ここに文学と演劇の肌触り、人生の希望と不条理、人間の自由と解放感といったテーマが含まれます。これをじっくり汲み取ってみてください。</p>
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<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 23:04:43 +0900</pubDate>
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<title>『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド  4Kリマスター版』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220721/20/kw4093/87/54/j/o0849120015149824041.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220721/20/kw4093/87/54/j/o0849120015149824041.jpg" width="220"></a></p><p>　往年の名作や大ヒット作品からカルト人気作まで、復元技術の発達によって多くの映画作品がリマスター・レストア版となって劇場公開されてきている。サヴァイヴァル・ホラーの名作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』もまた、1968年の公開から54年を経て、鮮烈な再誕となった。初めてこの映画を観たとき、その怖さに震え、それでいて必死のヒューマンタッチに目が離せなかった。優れた映画は、筋書こそ簡素ながらも、その奥行きは無限大である。本作は凶暴なゾンビ(生ける屍)たちに追い詰められ、一軒家での立て籠りを余儀なくされた人々の絶望的な闘いを描いた恐怖映画だ。</p><p>&nbsp;</p><p>　ゾンビといえば、古くはブードゥー教で伝わる呪術を用いた儀式によって蘇らせた人間の死体のことだ。罪人であった彼らの死体を復活させ、生者の奴隷として働かせることで、生前の罪を償わせていたという。ところが当時若手の映画監督ジョージ・A・ロメロは、リチャード・マシスンのSF小説『地球最後の男』からのインスピレーションにより、「呪術による奴隷の死者」であったゾンビの存在を「人肉を貪るために蘇り生者に襲い掛かる脅威」として描いてみせた。その惨憺たるイマジネーションに世界中が凍り付き、ゾンビとはなんと恐ろしい存在だと人々の認識が改められるに至る。本作がモダン・ゾンビ映画の元祖とされるのは、そういったところだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　それでいて本作の見どころは、虚ろな表情で襲い来るゾンビたちの存在感だけではない。追い詰められた人間たちによる、生き延びるための思考と行動。その懸命さを冷酷に見る目線である。仲間がいて、恋人がいて、家族がいる。それが何だと言わんばかりの、冷ややかな感性が作劇を睨んでいる。これまで小説や映画で描かれてきた群像劇の定石を過去のものとして無残に跳ね返す。ロメロは60年代当時のアメリカを渦巻く差別、暴動、戦争における人心の荒廃を感じ取り、これを映画へ反映させた。延々と続く対立、拡大していく被害、報われない努力。人間が考え得る恐るべき事態が連なる描画によって、観る者を無尽蔵のサスペンスへ引きずり込む。本作は死者が怪物へ変貌するシュールなスリラーでありながら、最も人間臭いホラー映画ともいえる。このあたりが映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の飽くなき趣である。</p><p>&nbsp;</p><p>　もはやこれ以上の深掘りは何を言っても無粋となるだろう。世界中でよく知られるタイトルであるため、既にご覧になっている人も多いと思う。まだ観たことがない、この映画について詳しく知らないという人がいるなら、なんとも羨ましい。ゾンビ映画の始まりとされるこのサヴァイヴァル・ドラマを鮮烈に感受する機会を得ているのだから。ホラー映画ファンなら改めてこの映画が持つスリリングなエネルギーを劇場にて体感してもらいたい。貪欲に恐怖感を追求する未曽有の映画筆致が、今でも血を求めるかのように息衝いている。</p>
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<pubDate>Thu, 21 Jul 2022 20:42:41 +0900</pubDate>
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<title>『ひかり探して』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220619/11/kw4093/3a/05/j/o0566080015135083695.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220619/11/kw4093/3a/05/j/o0566080015135083695.jpg" width="220"></a></p><p>　いま世界中で女性たちの活力と連帯をテーマにした映画作品が相次いで製作され、日本にも届けられています。なぜでしょうか。もちろん様々な理由はあるでしょうが、大雑把にみてみますと、やはり女性の活躍劇は粋な画になるからですね。不幸が不幸として哀感溢れ、努力の姿が気迫を帯びてくる。人生の逆境をどうやって跳ねのけるか、その情緒と面白さはガサツな男連中じゃあ醸しきれません。現実が男社会だからこそ、劇の趣が面白くて、神経が昂ってしまうものだから、どんどん支持されていくんですよね。ということで、女性陣の活躍が目覚ましい作品たちが揃ってきました。お姉さんたち、おじさんの皆さんも、これを観て明日また頑張ってみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>　本作はどういったお話でしょうか。この映画はミステリアスな風情を含みます。あまり詳しいことは申せませんが、ぜひ観てもらいたいので、少しだけ記してみます。韓国で、台風が吹き荒れるある日の夜。離島にて、少女が一人、遺書を残して絶壁から身を投げた。その遺書には「父と兄に代わって謝罪します。さようなら」とあった。台風による海面上昇によって遺体は流されてしまったよう。休職を経て復帰した刑事は、少女の失踪を自殺として事務処理するため、島に向かう。捜査に当たると、島民や関係者たち、少女の保護を担当した元刑事、連絡が途絶えた少女の家族、少女を最後に目撃した声が出せない女の人などから、父親が大規模な密輸事件に関与していて、少女が重要参考人とされていたことを知る。警察の家宅捜査、監視カメラによるプライバシーの侵害、未返却の本、右腕の不審な怪我、カメラに映る独りの表情。自殺を図った少女の、生きようとした痕跡。この事件にはまだ深入りする余地があると、女刑事は少女に自分を重ねて感情移入し、単独で捜査を継続するが。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>　『国家が破産する日』『10人の泥棒たち』で知られるキム・ヘスが演じる刑事は事情がかなり混み入っていて、夫の浮気が原因で離婚裁判を控えている。さらに夫から浮気のうわさを広められて職場で陰口をたたかれるなど、窮地に追い込まれてノイローゼ気味である。そんな彼女が身投げした少女の最後の目撃者である聾唖の女(イ・ジョンウン『パラサイト 半地下の家族』『チャサンオボ』など)と出会い、少女にシンパシーを感じる。家族と財産をすべて失ったという少女の自殺事件に自身と似た境遇と孤独の苦しみを感じ取り、謎めいた痕跡を追っていく。さあこの事件に何があったのか、女刑事はどうなっていくのか。このミステリー、刑事ドラマがどういうラストに向かっていきましょうか、そういうシナリオなんですが、これは韓国の新たな女性監督パク・チワンのオリジナル脚本で、長編デビュー作だそうです。2006年頃から短編の脚本と監督にあたってきて業界には長くいるのですが、本作の脚本は初稿から8年以上を経て完成したとのこと。完成度が認められ、百想芸術大賞の映画部門脚本賞を受賞しました。キム・ヘス、イ・ジョンウンらもこの脚本に入れ込み、出演を快諾。見事な演技をもって、女たちの執念と行動力を示し、本作を一筋縄ではいかない優秀作へと高めていきましたよ。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>　そういうことで、この映画、最後までじっくりご覧ください。だんだんと、明日頑張るためのヒントがわかってきます。生きるって何？生きるってどういうこと？　それは自分の痕跡を残していくことですね。生きていくとは死ぬまでのヒマつぶしじゃあありません。生きるのはシンドくて、疲れるもんですよね。私も全身が痛くて、そろそろラクになりたいなぁと思っていたのですが、この映画を観ますと、長生きしてみるのも、まあ悪くはないのかなと思いましたよ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kw4093/entry-12749076391.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jun 2022 11:17:06 +0900</pubDate>
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<title>『誰かの花』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220609/01/kw4093/6c/3c/j/o0566080015130188718.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220609/01/kw4093/6c/3c/j/o0566080015130188718.jpg" width="220"></a></p><p>　本作は2021年に30周年を迎えた老舗映画館、横浜シネマ・ジャック＆ベティの企画映画として製作され、『世界を変えなかった不確かな罪』(2017)で高い評価を受けた奥田裕介監督のオリジナル脚本による長編映画第2作にあたります。横浜生まれ横浜育ちである奥田監督は、横浜を観光地として街興しを狙うより、自身の作家性にこだわり、横浜のとある団地を舞台としたデリケートかつ綿密なヒューマンドラマを、構想から4年以上をかけて完成させました。</p><p>&nbsp;</p><p>　鉄工所で働く主人公は、認知症によって徘徊する父親と、介護する母親が気がかりとなり、実家の団地を訪れる。ある強風の日、団地のベランダから落下した植木鉢が住民に直撃する事故が起きる。このとき父親が土のついた手袋をした状態でいたこと、部屋の窓が開いていたことから、まさかという疑念を抱くが…。両親と、亡くなった兄のこと、ヘルパーさん、被害者、加害者とされた住人、遺族が集まるセミナーが出てきて、不穏な日々が続く。</p><p>&nbsp;</p><p>　前作に引き続き、奥田監督の創作テーマは、「善意からの悲劇」は即ち「不確かな罪」であり、その先に救いがあるか。映画の始まりは他人事ながら、いつでもどこでも誰にでも起こり得るようなアクシデントと葛藤の表現に、何とも知れない緊張感が生じてくる。世の中には様々な事情や状況、考えと行動があって、利益があれば不利益もあり、ときには加害と被害が生じてしまう。日々の生活の中で、他者とのコミュニケーションなどにおいても、誰もが経験するようなことであり、すると人々はどのような感情を抱え込み、発していくか。映画とはこれ。ハッとさせられるような、感覚的な瞬間に富んだ見事な現代劇です。</p><p>&nbsp;</p><p>　奥田監督は1986年生まれ、神奈川県横浜市出身。日本映画学校（現・日本映画大学）で映画製作を学び、映画やドラマの現場で演出部や製作部を経験。ドキュメンタリー映画の構成、ミュージックビデオの脚本・監督、舞台への脚本提供や作・演出など活動は多岐にわたり、和田光沙さん主演『蒼のざらざら』(2020)の制作、「ミス日本コンテスト」のドキュメンタリー『夢こそは、あなたの生きる未来』(2018)の撮影など、会社員として働きながら作家として活躍している。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>　『誰かの花』は第34回東京国際映画祭「アジアの未来」部門に正式出品され、横浜、渋谷、新宿での一般公開も好評を持って迎えられました。文春ムック「週刊文春CINEMA! 2022夏号」（文藝春秋）の【期待の監督5人】に選出されるなど、これからも新作が待ち遠しい映像・映画作家です。「現代における善意からの悲劇」や「思いがけない加害と被害」をテーマに、自身も交通事故によって身内を亡くした経験から、<strong>「大事な人を失った悲しみや、喪失感を持った人に救いの形と心の置き場所を示せたら」</strong>という思いを込めて撮りおろした本作。今回の新潟初上映を機に、劇場鑑賞と応援をいただけたら幸いです。上映初日の6/11(土)には奥田監督の舞台挨拶もあります。ぜひご来場ください。</p>
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<pubDate>Thu, 09 Jun 2022 01:32:56 +0900</pubDate>
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<title>『白い牛のバラッド』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220416/13/kw4093/d4/57/j/o0566080015103628924.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220416/13/kw4093/d4/57/j/o0566080015103628924.jpg" width="220"></a></p><p>　まず始めに簡単なあらすじを読み、「なんて気の毒なテーマなのかしら」と思いながらこの映画を観たとき、粛々と引き締まった映画筆致に驚かされました。「いまイラン映画はこれほどまでに凄いぞ」とねちねち触れ込みたいのですが、残念なことに周りで興味を示してくれそうな人がいないので、ならばこれこそシネ・ウインドで上映しなければと奮い立った。いまイラン映画が凄い。韓国映画も、イギリス映画も、フランス映画も、面白い作品が続々と入ってきていますが、イラン映画の面白さは個性的で、飾り気はなくとも気骨のあるタッチで始終し、世界中の文化人の内側に沁み入るようなムードを醸す。アッバス・キアロスタミの作品がリマスター上映され、アスガー・ファルハディ監督も新作を発表し、昨年には『ジャスト6.5 闘いの証』と『ウォーデン 消えた死刑囚』が公開され、イラン映画の独特なエネルギーに舌を巻きました。そして2022年も、幸いなことにイランからの新作映画が上映される運びとなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　『白い牛のバラッド』は法制度と現代社会の不条理をテーマに、冤罪によって夫を失った女性を主人公とし、判事に謝罪を求めて活動する場面などがイラン政府の検閲によって問題視され本国では上映中止に処された一作です。そんな気の毒な母娘の前に、ひとりの男が現れる。このおじさんは、亡くなった旦那さんにお金を借りていたのでお返しにきましたと言います。母娘は親切なおじさんと関わっていきながら、亭主の無念を少しでも晴らすべく頑張っていく、というお話です。しかし、死刑執行のあとで冤罪が判明するというのは、法治国家で最もあってはならないことであり、死刑制度の廃止が求められる根拠のひとつですね。裁判所は賠償金を淡々と用意するだけで遺族からの謝罪要求には応じない。人々の権利を保障し、安寧を維持するための法制度が、単なる冷たい決まり事として人を哀しませ、苦しめる。恐るべき事態ですね。主人公の女性は深く落ち込み、悶々と苦しむ。叫ぼうにも叫ばせない女性への抑圧。新鋭監督によるイラン社会への疑念は本国では封じ込められましたが、こうして山を越え海を越え、世界中へ発せられました。</p><p>&nbsp;</p><p>　短編映画、ドキュメンタリー、コマーシャルを手掛けてきたベタシュ・サナイハと、スウェーデンの舞台やイラン映画への出演を重ねてきた女優のマリヤム・モガッダムが、共同で脚本と監督を務めています。さらにマリヤムさんは主演も務め、その主人公設計は自身の母親を基にしているそうです。なんでも子どもの頃、実父を政治犯として処刑された経験をもつとのこと。死刑執行数世界2位であるイランをはじめ、各国の死刑制度への厳しい批判意識を研ぎ澄ませたこの映画は、まさに渾身作ですね。ということで、この注目の監督たちがイランの現状をどう睨み、どう描いて映してみせたか。これは震撼させる問題作であり、エネルギー昂る見事な人間ドラマです。イラン映画に注目してもらうきっかけのひとつとなれば幸いです。〈そしてイラン映画がつづく〉企画として、2022年6月にもう1本新作映画を公開する予定です。ご期待ください。</p>
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<pubDate>Sat, 16 Apr 2022 13:21:49 +0900</pubDate>
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<title>『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220320/20/kw4093/2d/de/j/o1811256015090531360.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220320/20/kw4093/2d/de/j/o1811256015090531360.jpg" width="220"></a></p><p>　まず、デンマーク映画について、少しだけ述べてみます。デンマーク、北欧の国ですね。スウェーデン映画とか、ノルウェー映画とか、フィンランド映画、もちろん昔から作られていますが、特に『ぼくのエリ 200歳の少女』や『シンプル・シモン』などが日本でも話題となったことから、ここ十数年でいろいろな北欧映画が届けられています。デンマーク映画もそう。1987年製作の『バベットの晩餐会』はデンマーク映画の代表作のひとつで、シネ・ウインドでも上映されました。いいですねぇ。</p><p>　映画といえば美術ですが、北欧映画はハリウッドやフランス映画のような絢爛な美術ばかりでなく、山々や平原、街並みといった実景の美観、その土地を移ろう空気、人々の生活感や息遣いを、手の込んだ装飾に頼らずじっくり捉えて見せる。そこがいいですね。2021年は、一体どうしたとばかりに、デンマークからの新作映画が日本で配給されました。警察と市民の対決を描くスリラー『アンコントロール』。酪農農家を営む叔父と姪のドラマ『わたしの叔父さん』。トマス・ヴィンターベア監督の新作『アナザーラウンド』。イスラム過激派組織の人質となった青年の救出劇『ある人質 生還までの398日』など、見事な秀作揃い。そんな破竹の勢いを感じさせるラインナップに彗星のごとく現れ、デンマーク映画界の盛況を加速させた要注目のヒューマンドラマが『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』です。</p><p>&nbsp;</p><p>　なかなか、気がかりな題名が付きましたよ。「完璧な、普通の、家族」ですって。ということは、その名の通り、家族ドラマ、デンマークのホームドラマですね。しかし、完璧な普通って、何でしょう。ご覧になると、「ああ、そうか」と思慮が巡ることと思います。とある一般家庭。両親がいて、幼く可愛らしい娘さんが二人という、元気で充ち足りたご家族です。ある日、家族4人が集まると、両親が告げました。「パパとママは離婚するの」と。「ええ、何で何で」と聞きますと、「パパは女になりたいの。性別適合手術を受けるの」ですって。映画の主人公は姉妹の妹さん、11歳。これを聞き、当然釈然としない。大好きなパパが、女になる。パパがママになる？ どういうこと？ その矛盾とも言い切れない葛藤。それはトランスジェンダーといいますか、生まれつきの感覚で、誰が悪いとか、そういう話じゃあない。でも、なら何で結婚して、子どもを持ったの？ 仕方のないことに、納得ができないんですね。手術を受けて女性になったパパ。これからどういう風に見ればいいか、接したらいいのか。どんな生活になっていくのか。この子は何とも知れず、思い詰めます。自然の摂理？ 親の都合？ 男だ女だ、暮らしにくさだ、誰のせいだ、家族って何なの、普通って何なの。そういった人間的な感情が渦巻いて、愛憎が湧き出て、うまく整理がつかずに悩んで悩んで生きていく。その少女の視点による、喜怒哀楽。非常にデリケートかつセンセーショナルで、多感な映画です。</p><p>&nbsp;</p><p>　監督は、本作が長編デビュー作となるマルー・ライマン。何と彼女自身の実体験に基づいた映画企画といいます。そう11歳で父親が女性になったという経験をしているんですね。よって脚本も、自分で仕上げ、自分で演出にあたっています。その実体験。少女期の複雑な感覚。家族愛、親子愛。愛ゆえの反発。それでもパパはパパなんだという愛慕を、どうしても映画にしたかった。感動作という言葉は使いたくありませんが、ライマン監督が愛の本質に迫りながら、人情の機微を晒していく、あまりにも感覚的な映画タッチに涙しました。これが夏に上映されたなら、終映後の脱水症状が心配です。それだけ落涙し、塩分が流れ出ます。この監督は人類を感涙で干乾びさせようとしているのかもしれません。恐ろしい人ですよ、マルー・ライマン。</p><p>　ということで、『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』はデンマーク映画の新たな傑作。もし北欧映画デンマーク映画にまだ触れたことがないという方がおられましたら、本作が新たな趣向のきっかけになることでしょう。ここからデンマーク映画の面白さや可能性をどんどん探っていってもらいたいです。これからも、まだ見ぬ才人による新作が日本に届くでしょう。本作はそういった期待を抱かせるほど、希望を感じる一作です。</p>
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<pubDate>Sun, 20 Mar 2022 20:42:13 +0900</pubDate>
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<title>『茲山魚譜  チャサンオボ』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220313/20/kw4093/4b/41/j/o0566080015087321635.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220313/20/kw4093/4b/41/j/o0566080015087321635.jpg" width="220"></a></p><p>　韓国では有名な海洋生物学書「茲山魚譜(チャサンオボ)」。その完成に纏わる史実を基に、長きにわたって実際に著した学者・丁若銓(チャン・ヤクチョン)と、その助けとなり完成に欠かせなかった存在である青年漁夫・張昌大(チャン・チャンデ)の絆を、互いの人生観を交えながら描き通した、貫禄と情緒の溢れる人間ドラマだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　19世紀初頭の朝鮮王朝時代。キリスト教の弾圧により、熱心な教徒であった学者ヤクチョンは「邪教によって国を乱す大罪人」とされ、最果ての島「黒山島(フクサンド)」に流刑となる。豊かな海と自然に恵まれた島で、貧しいながらも懐深い島民たちに受け入れられ、処罰された割には意外と充実した生活を送れることとなった。ある日、ヤクチョンは若き漁師チャンデと出会い、助けられたことと、海洋生物の魅力に目覚めたことをきっかけに、庶民に向けた海洋学書を著したく思い始める。漁をしながら、学問にも積極的であるチャンデを弟子として互いに教え学びあう関係を築き、時を経て世の中や将来設計を見詰めていくようになる―そういったお話です。</p><p>&nbsp;</p><p>　私が思うに、映画とは人間感覚の教科書。その面白さはどういったところか。映画とは感覚。『チャサンオボ』の見どころは、そういったものがハッキリ表れているところ。例えば、主人公がこれまでと違う新しい感覚を覚える場面があり、その演出が的確かつ明白でウィットに富んでいればいるほど、映画の奥深さは増していきます。劇中のチャン・ヤクチョンは「人の生きる道」に関する学問を広く修めてきた知識人ですが、島での生活や人との出会いを経て、いまここで触れられるものについて学び調べ記録し著していこうと考えます。つまり海洋生物について。魚類、甲殻類、海鳥、海獣、海藻類。牡蠣やムツゴロウを見つけては、面白くて興味深くて、「これは何だ、名前は何だ、食えるのか」と興奮冷めやらない。漁師チャンデも最初は「何だ、この人」と敬遠するも、自身が興味を持つ難解な学問の解釈について講義を受けるうちに、先生と呼ばせてほしいとまで慕うようになる。このおじさんと若者。師匠と弟子。先生と教え子。お互いが学びあって教えあって、双方に充実感のあることがハッキリしていて可笑しくていいですね。身分違いの2人が互いに刺激しあえる存在になる面白さ。この人間関係の奥行。これぞ劇的な面白さですね。『チャサンオボ』は人間臭い面白さに溢れています。この師弟関係が、茲山魚譜の執筆が進むにつれてどのようになっていくのか。好奇心を取り戻し、本を書くことに生きる男と、獲っては学び、学んで厚い信頼に気付く男の、見事なドラマ、人生のドラマを見せていきますね。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>　監督のイ・ジュニクといいますと、韓国時代劇映画の巨匠ですね。『王の男』『王の運命–歴史を変えた八日間–』『空と風と星の詩人 尹東柱の生涯』『金子文子と朴烈』など、ヒューマンタッチの手厚い歴史劇を手掛けてきた大御所です。本作においても、政治や紛争とった背景よりも人物像を特筆する監督術で完成に導きました。主演は『1987、ある闘いの真実』や『殺人者の記憶法』などシネ・ウインドでもすっかりお馴染みの名優ソル・ギョングが俳優人生初の時代劇に臨み、実在したヤクチョンという役と人物に溶け込むように感慨深い演技を披露しています。ジュニク監督とは『ソウォン/願い』以来、8年ぶりのコラボレーション。ギョングとともに映画の核心を担ったチャンデ役のピョン・ヨハンは『監視者たち』『ミスター・サンシャイン』『太陽は動かない』など、着実に話題作への出演続きの人気俳優ですね。本作においても、心情の移ろいや人生の転機、歳を重ねていく人情機微を見事に演じています。これからも大作や大監督との仕事が続くでしょうが、活躍が期待できる俳優のひとりです。</p><p>&nbsp;</p><p>　ということで、本作のテーマには好奇心や知識欲があります。これこそ人間的な感覚ですね。いま何かを学んでいる人、これから何かを学ぶ人、学ぶことに疲れてきた人、久しく学ぶことから遠ざかっていた人、たくさんの方に観てもらいたい。学問と明徳、徳の輝きについて。学問と至善、最善に至ることについて。人生がより豊かになるためのヒントがあります。この時代劇を大いに面白がって、涙でストレス成分を減らしてもらい、人生充実の一環となってもらえたら幸いです。</p>
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<pubDate>Sun, 13 Mar 2022 20:13:30 +0900</pubDate>
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<title>『偽りの隣人  ある諜報員の告白』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220311/19/kw4093/3a/6a/j/o0566080015086343250.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220311/19/kw4093/3a/6a/j/o0566080015086343250.jpg" width="220"></a></p><p>　前川裕さんか、黒沢清さんですか、ジョエル・エドガートンなのか、気がかりな邦題になっていますが、原題の意味は「遠い親戚より近くの他人」という諺なんですね。さらに英題だと『Best Friend』。これをなんとなく頭の片隅にでも入れて観てもらえたらと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　この作品について述べたいポイントは大きく3つあります。まず1つめ。そもそもどのようなお話なのか。これは1985年という軍事政権による弾圧が増していく時代の出来事。次期大統領選に出馬予定の野党総裁が国家安全政策部によって逮捕され自宅軟禁されます。彼を監視するため、諜報機関は3人組の盗聴班を設置して隣家に住まわせることに。盗聴班はこの政治家の生活を覗き見、家族とのやり取りを盗み聞きしてその人間性に触れていくうちに…、という内容です。なかなか社会派、政治的な気配がして胃が痛くなりそうと敬遠なさらないでください。詳しくは申せませんが、この隣家の盗聴班3人組が、時代空気の厳しさを緩和するような面白連中で、おやつを詰まらせて死にかけたり、家政婦さんと一進一退を繰り広げたり、任務と一念で体を張るような場面がありまして、見どころのひとつとなっています。</p><p>　2つめ、『角砂糖』や『7番房の奇跡』を手掛けたイ・ファンギョン監督脚本の6,7年ぶりの最新作であること。『角砂糖』は韓国初の動物映画とのことで、牧場娘と愛馬の家族愛を描き、『7番房の奇跡』は刑務所の連中が無実の罪で収監された父親と幼い娘を再会させてやろうと頑張りを見せていくような面白い傑作でした。この方は寡作ながら見事なヒューマンタッチを持っている作家です。ということで、この映画の男物語、その面白さは納得もんです。</p><p>　3つめ、いま注目の人気俳優チョン・ウとヴェテラン俳優オ・ダルスの共演作ということ。チョン・ウ、いいですねぇ。『レッド・ファミリー』『セシボン』『ヒマラヤ』『善悪の刃』『王の預言書』、どれもいい。個人的には『善悪の刃』で見せた、野心を含んだ弁護士がどんどん熱血していく演技はとても良かった。顔立ちこそ素朴な感じですが、内面からしっかり味を出すような面白い俳優だと思います。「千万妖精」ことオ・ダルスは『夏物語』や『国際市場で逢いましょう』など多数の出演作を経る名優ながら、2018年のセクハラ暴露騒動によって否認しながらも映画界から一時退くこととなりました。このたび嫌疑なしの判決を受け、活動を再開。本作はスクリーン復帰作のひとつとなっています。いろいろとありましたが、どうあっても演技はやめられないという俳優オ・ダルスがチョン・ウとどれだけの共演をしてみせたか。イ・ファンギョン監督がこの演技をどれだけじっくり見届け映し出すか。映画の面白さはまさにこういうところ。</p><p>&nbsp;</p><p>　そういうわけで、『偽りの隣人&nbsp; ある諜報員の告白』は韓国映画祭2022の第1弾に相応しい秀作です。政治的な真面目一辺倒のサスペンスと思いきや、大間違い。隣家の盗聴班は対象の政治家に話しかけられたり、お子さんに機材を見られたり、作戦がバレそうになってしばしば慌てます。これをどう乗り切ってやるか。その機転と強引さに笑えてきます。そして監督が最も描きたいものは人情。男たちは諜報機関の作戦を通し、数々のピンチを経て、思慮を巡らせていきます。情が移っていくのか、対象を陥れるどころか、放っておけない人情が沸々と湧いてくる。やがては体を張るようにまでなり、服を脱ぐことも厭わない。見事な人情劇になっていきます。出演者が力いっぱい入り込んで演じ切っているのがよくわかります。スリリングで愉快、かつヒューマニズムが尊い一作です。</p>
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<pubDate>Fri, 11 Mar 2022 19:47:05 +0900</pubDate>
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<title>『アイダよ、何処へ？』</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/21/kw4093/12/bf/j/o0566080015056573668.jpg"><img alt="" height="311" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220104/21/kw4093/12/bf/j/o0566080015056573668.jpg" width="220"></a></p><p>　じっくりご覧いただきたい問題作です。戦争映画、紛争映画とは、激しい撃ち合いの壮絶や爆破爆撃のスペクタクルで見せるものばかりではありません。本作は、セルビア人勢力から逃れるボスニア・スレブレニツァ市民が大勢押し掛ける国連施設で、ある家族に焦点を当てたドラマです。「アイダ」というのが主人公の名前で、国連施設の職員であるおっ母さんの名前です。夫と息子二人を守るため、ちょいと強引にでも施設内に引き入れようとするところから始まります。軍の侵攻で陥落した街からの避難民が大勢いるなか、コネを使ったりして、この国連の基地に夫と息子二人を入れました。ふう良かった良かったと一息入れていると、セルビアの将軍が国連基地にやってきます。無茶苦茶言いながら、入ってきて、「アンタら、ここに残るか、出ていくかを選びなさい。輸送バスは用意するからね」と。国連軍も、アイダも、ゾッとします。避難計画と言っていますが、そのバスに乗ったらね、絶対もう帰らない。家族ともう二度と会えなくなる。待って待って連れてかないで。このお袋さんアイダ。どんどん必死になる。家族のため、息子たちのため。走り回ったり、頼み込んだり、頑張っていきます。どんどん怖くなっていきます。これは事実に基づく1995年の、人類史上の残酷。壮絶悲劇。そんななかでこの家族ドラマはどうなっていくか。どういう最後を見せていくか。もうこれ以上は申せませんね。あとはもう観ていただくしかない。この監督は、それだけ本気です。</p><p>&nbsp;</p><p>　本作を何としてでも完成させたかったこの監督、ヤスミラ・ジュバニッチ。かつてサラエボにてボスニア紛争を生き延びたという、この女性作家。2006年に当時32歳にしてボスニア紛争の傷跡を抱えた母親、親子のドラマ『サラエボの花』を監督した、あの映画作家です。近頃、日本でも、韓国でも、ヨーロッパでも、多くの女性映画監督が出てきて、逞しくも優れた作品を発表しています。ジュバニッチ監督は、個人的にいま最も注目している女性監督のひとりです。自身も紛争体験者で、サラエボで集団虐殺に呑まれる可能性もあったというだけに、この「スレブレニツァ・ジェノサイド」という集団虐殺事件について徹底した調査を重ね、これを映画にして世界に発してやろうという、これも執念ですね。映画作家の使命感と、本気の執念。それが演出にこめられて、エラいヒューマンドラマが出来ました。あまり表現や作劇において男だ女だと言いすぎるのもどうかとは思いますが、ヤスナ・ジュリチッチ演じた母アイダの視線と行動力。何とも知れない残酷の気配。ラストシーンの表情。この企画はジュバニッチ監督でなければ完成されなかった。男の監督だったら、これほどの感覚は掴めなかったであろう、恐ろしい緊張の一作です。わたしは去年2021年に観た新作映画のベストでは、本作を6番目に選びました。でも、もっと上にしてもよかった。それだけ、実際の惨劇に対する強固な訴えのエネルギーを浴びました。</p><p>&nbsp;</p><p>　新潟シネ・ウインドでの上映は1/8㈯～1/21㈮までとなります。是非ご覧ください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/kw4093/entry-12719463026.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Jan 2022 21:11:58 +0900</pubDate>
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