<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>鏡子のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/kyoko-411/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>① 陽くん(次男)日記３歳で発病したネフローゼ。薬の副作用で脳症に。その15年間の出来事を、思いだしながら少しずつ書きためています。② 智ちゃんダンスmemorial４歳で始めたダンス。今はチーム活動を中心に頑張ってます。時々ですが、活動記録を書いてます。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>陽くん日記⑩</title>
<description>
<![CDATA[ ずいぶんと更新してなくて…出来なくて…<br>陽くんも智ちゃんも忙しくて、精神的にもちょっとしんどくて…書く気持ちが起きない日を過ごしていました。<br>やっと、色々なことが落ち着いてきたので<br>また少しずつ書いてみようと思います。<br><br>陽くんが小学３年生以降のこと。<br>ほぼ、毎年 &nbsp;再発しては入院。退院して自宅療養と学校は訪問学習。<br>プレドニンが10ミリ近くになると、再発。<br>40ミリにすると治まり寛解に。<br>小学生の間は少しは学校に行ける日もありました。<br>運動会は３年生のときだけ、ダンス参加出来ました。その後はほとんど見学のみ。<br>５年、６年は担任の先生が色々と工夫して学校に行きやすいようにしてくださって、<br>お友達に助けてもらいながら、少しですが楽しい時間を過ごせました。<br>遠足も車椅子で参加できるように、段取りしてくださって、海遊館に行けました。<br>あまり学校に行けないと、お友達も居なくて行き辛い状態でしたが、担任が陽くんと話しをしに頻繁に来てくれていたので、だんだんと学校が楽しい場所になっていきました。<br>６年のときも再発して、入院して<br>卒業アルバムの写真もなかなか撮れない中<br>カメラマンさんを陽くんが学校に行ける日に合わせて、呼んでもらって<br>ちゃんと集合写真にもはいれて、卒業式も疲れないように保健室で待機させてもらって、ほんとにたくさんお世話なりました。<br>この時の担任の先生にはとても感謝しています。<br><br>そして６年の入院の時にもお友達が出来ました。<br>けんちゃんとまあくん。<br>同じ６年生です。<br>けんちゃんは脳腫瘍。<br>まあくんは骨肉腫。<br>二人とも抗がん剤治療と手術を受けていました。<br>陽くんが２ヶ月入院していた期間、３人はほんとに兄弟みたいに24時間一緒に過ごし<br>ケンカもしたり、でもすぐに仲直りして<br>ゲームに夢中になったり。<br>お互いにしんどいときは、そっと見守り<br>子供なりに気をつかっていました。<br>退院してからも、通院時にはけんちゃん、まあくんの部屋に遊びに行く陽くん。<br>けんちゃんは１年くらい、まあくんは２年くらい入院してました。<br>まあくんは膝に腫瘍があり、人工関節を入れる手術をしていましたが、なかなか適合しなくて…その後太ももから下を切断し、義足をはめて歩く訓練を頑張っていました。<br>中学生になって、けんちゃんもまあくんも少しずつ元気になり、今ではそれぞれの進路で頑張っています。<br>ほんとにみんな元気になってくれて嬉しく思います。<br>久しぶりに会いたいな～(*^^*)<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12151497384.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2016 14:31:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記⑨</title>
<description>
<![CDATA[ 陽くん日記⑧で書いてました、まこちゃん。<br>まこちゃんは生まれた時に二分脊椎だとわかり、生まれて直ぐに手術ができる病院へ救急搬送されたそうです。<br>二分脊椎は腰の髄液が漏れて、コブのようになっている状態。<br>そしてどこかに『しょうがい』が。<br>これは人によって様々あるそうです。<br>まこちゃんは呼吸器に。<br>生まれた頃はかろうじて、自力で呼吸していたそうですが<br>生後数ヶ月頃に肺の機能が低下して、やむなく人工呼吸器をつけることに。<br>そのため、食事も離乳食を食べていたのに<br>鼻からチューブを通して、栄養食を胃に直接入れていました。<br>少しずつ身体も大きくなり、生まれてからずっと病院生活なので、１度は仮退院をしたいと目指して頑張っていました。<br><br>陽くんが退院してからも<br>外来で病院に行くたびに、まこちゃんのお部屋に遊びに行っていました。<br>智ちゃんも、まこちゃんの笑う顔を見るのを楽しみにしていました。おもちゃを持って行ったり、絵本を見せてあげたり。<br>楽しく過ごす子供たちをみて<br>私もまこちゃんママも喜んでいました。<br><br>まこちゃん、１歳５ヶ月の時。<br>ママからメールで少し体調が悪いと聞いていて、なにげなく外来とかもない日に<br>智ちゃんとお見舞いに行きました。<br>なんとなく、行かないといけないような気がして…<br>病院につくと、まこちゃんは個室にいました。炎症反応があって、熱が出てました。<br>ちょうど、看護師さんに身体を拭いてもらっていました。<br>ちょっと辛そうな顔。<br>少しだけ面会して、ママとも少し話して帰って来ました。<br><br>翌日、まこちゃんママから電話が…<br>朝方、まこちゃんは天国に行ったと…😭<br><br>生まれてからずっと病院で<br>家に帰るのを夢見ていたのに…<br>多臓器不全でした。<br><br>陽くんも智ちゃんも晃ちゃんも<br>一緒に泣きました。<br>ほんとに辛くて、しばらく放心状態で<br>過ごしていました。<br><br>晃ちゃんだけ、お葬式に連れていきました。小さすぎる棺…<br>子供を亡くす悲しみははかりしれません。<br><br>でも、まこちゃんママは病院から１度は家に帰りたいという願いが叶った。<br>まこちゃんも喜んでると思うから。って<br>覚悟していたんだな…って思いました。<br><br>お葬式から２週間くらいしてから、不思議なことがありました。<br>夜ご飯を作っていたら、なんとなく視界の端に赤い服を着た人影が!?<br>その夜遅くにテレビが突然、バチッっと消え、つけてもまた、消え!?ｴｴｴｴ!?<br><br>このことをまこちゃんママに話したら、<br>たぶんまこちゃんが最後に来てくれたのかな…って。<br>まこちゃんは赤い着物を着て棺に入っていたそうで、この２週間のあいだに<br>かかわりのあるとこに、不思議なことが起きてると聞きました。<br><br>うちにも来てくれたんだな…<br>ありがとう、まこちゃん。<br><br><br>それから、２年後<br>まこちゃんママに新しい命が✨<br><br>とても元気な女の子。<br>まこちゃんの分までよく動く、よく喋る<br>ももちゃん。<br>今は小学生になり、ママがついて行けないほど活発に。<br>いつまでも、元気でいてね✨✨✨<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12052242176.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jul 2015 17:09:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記⑧</title>
<description>
<![CDATA[ ネオーラル脳症。<br>このネオーラルという薬は、免疫抑制剤なのですが、ステロイドのプレドニンを助ける作用がある薬。<br>陽くんはステロイド依存性のネフローゼなので、再発が多くて<br>ネオーラルを切り替えるタイミングを逃していました。<br>４年使用していました。<br>この薬の副作用で脳症になり、<br>右前頭葉の一部が硬化してしまいました。<br>脳梗塞が起こったような状態です。<br>後遺症には、てんかん発作。<br><br><br>救急病院から主治医の居る病院に移された時には、眠らせる点滴は抜いていたのですが、なかなか起きなくて…<br>目が覚めるのか？<br>ほんとに不安でした。<br>転院した翌日、やっと目が覚めて<br>ホッとしたものの<br>陽くんはぼんやりしていて、ほとんど喋らなくて？喋れない？<br>少しずつ戻っていきましたが、言葉が出にくい状態は続きました。<br><br><br>ネオーラルを止めていたら…こんなことにはならなかったのに…<br>何度も悔やみました。<br>でも、再発が多くてなかなかネオーラルを止めることができなかったのも事実。<br>ここから、てんかん発作との闘いも始まりました。<br><br><br>いつものことですが<br>この入院でも友達が出来ました。<br>陽くんは発作が起きるかも知れないので、<br>看護師さんの目が届く部屋、観察室でした。<br>同じように目が離せない重病のまこちゃん。まだ小さな赤ちゃんでした。<br>生まれつき、二分脊椎で呼吸器に<br>しょうがいがあって、<br>気道切開して人工呼吸器をつけていました。<br>なので、声が出せません。<br>お腹が空いたり、何かを知らせるのに<br>赤ちゃんは泣きます。<br>でもまこちゃんは泣いても声は出ません。<br>涙は出ているのに…<br>まこちゃんのママやパパはいつもそばにいて、まこちゃんのお世話をしていました。<br>ほんとに、大事に大事に✨<br><br>陽くんとまこちゃん、すぐに仲良しになりました。私とまこちゃんのママも🎶<br>陽くんのお見舞いに、こうちゃんやともちゃんも来てましたが、まこちゃんと遊ぶのを楽しみしていました。<br><br>子供同士は通じるものがあるみたいで、<br>ともちゃんがまこちゃんのそばに行くと、<br>まこちゃんはニコニコ☺顔に💮<br>こうちゃんがまこちゃんの口元を拭いてあげると、またニコニコ😁✨✨<br>入院生活は大変でしたが、<br>色んな大切なものを教えてもらえたと思いました。<br><br>陽くんは１ヶ月くらいで退院できました。<br>てんかん発作の薬が始まりました。<br>痙攣やてんかんのことは、よくわからなくて…薬もたくさん種類があって、手探りでした。<br><br>３ヶ月くらいしてから、またきつい発作が‼<br>あわてて救急車を呼び、運ばれました。<br>強直型の発作です。<br>あまり、薬があってないかも…<br>数日で退院しましたが、薬を変えてみて<br>様子をみてみることに。<br><br>小学３年の頃から、学校へもなかなか通えない状態になっていました。<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12048793284.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Jul 2015 12:53:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記⑦</title>
<description>
<![CDATA[ 陽くん、幼稚園はあまり行けなくて<br>寂しい思いもしましたが、<br>小学校は入学式も出て、元気に通えていました。<br>ただ、疲れてはいけないので<br>ピカピカのランドセルは、私が持って<br>陽くんと一緒に届けていました。<br>門のところで、担任の先生に渡して<br>帰りも門のところで、先生から受けとる。<br>陽くんは塩分制限、運動制限があるので<br>色々と先生方にお願いしないといけないので、気を使いました。<br>塩分制限は給食メニューを２枚もらい、<br>１枚に赤ペンで、食べさせないものや<br>汁抜きにしてもらうものなど、細かく書いて渡していました。<br>元から給食は塩分控えめに考えてあるので、１食2～3㌘なんですが<br>陽くんは１日5㌘の制限なので、少しでも減らしておきたいと思い、漬け物や海苔など抜いて味噌汁やシチューも具だけ食べるようにしていました。<br>運動制限はステロイドの副作用で<br>骨密度が低く、激しい運動はもちろん<br>こけただけでも骨折する恐れがあるので、<br>体育や水泳の授業は見学か保健室待機にしてもらっていました。<br>今思うと、ほんとに先生方には<br>よく配慮してもらって助かりました。<br><br>学校生活も薬の減量も順調で<br>１年生はほとんど通えました。<br>お友達も少しずつ増えて、楽しそうでした。<br>でも、中には病気の陽くんと係わると<br>ややこしいと思う親が居て、<br>学校が終わってから遊びに行っても良い？って子供は行ってるのに<br>親は何かと理由をつけてダメだと言い<br>結局、１度も家に遊びには来れませんでした。<br>まぁ、そんな親とわかり合えるとは思わないので、私は構わないけど<br>その子供が狭い価値観を教えられて<br>可哀想だと思いました。<br>子供は親を選べませんから…(T-T)<br><br>もちろん、仲良くなったお母さんも<br>たくさん居て、今でもお付き合いしてる<br>お友達も居ます(*^^*)<br>子供を通じて知り合いましたが、<br>同じ価値観の人と出会うのは、貴重だと思いました。<br>陽くんのことも理解してくれて、<br>辛いときはほんとに力になってくれました。<br><br>順調に２年生になり、新しいクラスや<br>先生にも慣れて来た頃…悪夢のような…<br>陽くんの新たな病が現れました。<br><br><br>風邪をひいたと思っていた症状で<br>熱が出ていました。<br>突然、痙攣が始まり<br>白目をむいて…<br>１歳くらいに熱性痙攣を起こしたことがあったので、それかと思っていたら<br>どうも様子がおかしい❗<br>なかなか痙攣が治まらなくて、救急車を呼び、その間に痙攣止めの座薬を入れました。<br>それでも痙攣は止まらず15分くらいで<br>少し止まりそうになりましたが、<br>意識はもどらず、<br>そのまま病院へ。<br>病院でも座薬を入れましたが、とまらず<br>点滴で無理矢理眠らせる薬を入れて<br>なんとか激しい痙攣は止まりました。<br><br>ここから悪夢の２日間…<br>熱は始めは38度くらいでしたが、<br>病院に入ってからは、40度越え(T-T)<br>点滴で眠らせているはずなのに、<br>うなり声を上げ、バタバタと寝返りして<br>動くので、ずっとつきっきりで<br>おさえていました。<br>熱を下げる為の薬がなかなか効かなくて<br>２日間その状態でした。<br>３日目に薬を変えて、やっと37度台まで<br>下がりました。<br>その間、ずっと意識はなく…ほんとに不安で仕方なかった…(T-T)<br><br>救急車で運ばれた病院は、主治医がたまたま出張で居なくて、しかも土曜日だったので近くの救急病院でした。<br>熱も落ち着き、主治医も帰って来たので<br>３日目には転院しました。<br>ほんとに、生きた心地がしなくて<br>ヘトヘトになりました。<br><br>その後、陽くんは、ネオーラル脳症になっていたと主治医から聞き、<br>ネフローゼの時よりも大きなショックで<br>愕然としました。(T-T)<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12045307044.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2015 14:08:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記⑥</title>
<description>
<![CDATA[ 陽くん、幼稚園の年は３回再発して<br>入院していました。<br>この入院の時に、隣のベッドだった<br>同い年の男の子ゆう君。<br>このゆう君は突然、足が痛くなって<br>検査の為に入院していました。<br>そして、結果が<br>骨肉腫。<br>それも珍しい、足首の骨に腫瘍が。<br>多くは膝に腫瘍ができるそうですが、<br>足首は極めて稀なケース。<br>腫瘍を摘出するのは危険で、<br>メスを入れると全身に癌がまわってしまう…(T-T)<br>命を守るために、足首の少し上から<br>切断しないといけないことに…。<br><br>はじめ、ゆう君ママから病状を聞いた時はほんとに愕然としました。<br>こんな小さな身体なのに…<br>ついこの前までは、元気に走り回ってたのに…悲しすぎます…<br><br>陽くんが春に入院した時は<br>薬で癌を小さくする治療をしていました。<br>吐き気や身体がしんどくなる症状。<br>ゆう君はあまり弱音を言わない子。<br>だから、余計に見てる方が辛い…<br>ゆう君ママも芯の強いママだから、<br>ゆう君が吐き気と闘ってるときは<br>病院でご飯は食べてなかった…(T-T)<br>母の愛、強し。<br><br>陽くんとゆう君はすぐに仲良くなって<br>遊んでいました。<br>ゆう君がしんどい時は、陽くんも<br>大人しくしてました。<br><br>秋、また陽くんは入院。<br>そしてゆう君の隣のベッドへ。<br>ゆう君は「おかえり～😁」って。<br>入院して、私はへこんでましたが<br>ゆう君が居たので、陽くんはニコニコ☺してました。<br><br>他にも<br>血小板が異常に少なくて、ちょっと何かにぶつかると青タンができてなかなか治らなくて、酷くなると内出血が止まらなくなる原因不明のたく君。<br>この子も同い年。<br><br>骨が異常に弱い、骨形成不全のゆうた君。<br>くしゃみをするだけでも骨折してしまう程で、しょっちゅうギプスをしてました。<br>この子も同い年。<br><br>陽くんの病院での友達は増えていきました。<br>入院するたびに、知らなかった病気を知り<br>たくさんのママたちと出会い、<br>励まし合ってきました。<br>今でも連絡をとる仲間ができました。<br>同じ痛みを知る仲間はほんとに通じ合えると思います。<br><br>ゆう君は冬に足の切断手術をしました。<br>陽くんも冬に入院してました。<br>でも、その時は隣のベッドではありませんでした。<br>ゆう君は隔離部屋に。<br>この時ばかりは、ゆう君が暴れて叫んでる声が聞こえました。<br>ママは受け止めるしかない状態…<br>ほんとに一番辛い時期でした。<br><br>その後、薬の治療をしてから<br>ゆう君は退院しました。<br>しばらくしてから病院で会ったら<br>松葉づえでしたが、義足をつけて<br>リハビリを頑張っていると。<br>人間の生命力の強さを感じました。<br>ゆう君は小学生の時は野球、<br>中学生からはサッカーをしてました。<br>今では背も伸びて、元気に高校生を<br>楽しんでいます。<br>ほんとに良かったです。<br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12039477916.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2015 09:35:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記⑤</title>
<description>
<![CDATA[ 今、振り返ってみると<br>発病した３歳から５歳の２年間の出来事は<br>覚えていない事の方が多く、<br>手帳を探しても<br>この２年間の手帳はみつかりません。<br>辛いことは忘れるようになっているのでしょうか。<br>流行りの歌やドラマ、お笑い番組まで<br>ほんとにこの２年間のものは<br>あまり知りません。<br>智ちゃんも、いつの間にか大きくなって<br>どうやって育児していたのか…(^_^;)<br>このblogもわづかな記憶の中、印象的な<br>ことを書きました。<br><br>ただ、晃ちゃんは生まれつき酷いアトピーで、１歳過ぎると喘息も出て来て<br>よく晃ちゃんの喘息の点滴に連れて行って<br>そのあとに、陽くんの病院に向かうことが多くて…ほんとに、しんどかった…って<br>これは、覚えてました。<br><br>５歳の年は、なんとか再発なしで<br>入院もしなくてすみました。<br>幼稚園だと、年中さんの年でしたが<br>とにかく家で過ごせることを目標にしていたので、幼稚園は行かない選択をしました。<br>翌年、年長さんになったので<br>ようやく幼稚園に入園することにしました。<br>入園式の6日前に尿蛋白が出始めました…<br>なんとか、粘って入園式は出席しましたが<br>保健室待機。<br>翌日に入院しました。<br>また再発です。<br>ステロイドが増えて、いつものような<br>副作用が…(T-T)<br>マイナスになるまで、10日間ほどかかりました。<br>せっかく、幼稚園に通えると思った矢先に入院(T-T)<br>お友達もできず、寂しく感じでいました。<br>やっと、ステロイドが減り退院したのは１ヶ月半後でした。<br>すぐには、外出できなかったので<br>幼稚園に行けたのは、１学期の終わり頃の<br>少しだけ…<br>行かせるのは、とても不安でした。<br>でも、担任の先生が入園式後から<br>ずっと欠席してる陽くんのことを話してくれていたそうで、<br>「ここのロッカーのお友達は陽くんです。陽くんは病院で頑張っています。」って。<br>なので、退院後初めて幼稚園に行くと<br>お友達がたくさん集まって来て、<br>「陽くん、あそぼう‼」って声をかけてくれて…(T-T)<br>陽くんも直ぐに打ち解けて、楽しそうに<br>遊ぶようになりました。<br>ほんとに、担任の先生のお陰で<br>心配なく通うことができました。<br><br>ただ、この年は１学期も２学期も３学期も<br>再発して…入院(T-T)<br>楽しみにしていた幼稚園生活も<br>半分は病院で過ごすことになりました。<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12034228935.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Jun 2015 20:48:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記④</title>
<description>
<![CDATA[ やっと退院。<br>ほんとに長く感じた10ヶ月でした。<br>退院前は、塩分制限の食事を勉強する為に<br>病院の栄養指導を受け、<br>衛生面でも気を付けないと<br>まだまだ、感染症は怖いので<br>消毒薬やマスクなど準備していました。<br>久し振りのお家。<br>家で過ごせることに、感謝しました。<br>以前は普通のことでしたが、<br>入院生活が長くなると、ほんとに普通のことが出来なくなるので、しみじみと思いました。<br>陽くんの塩分制限の食事は、始めは慣れず<br>調味料の塩分量を計り、電卓で計算して<br>１日３㌘の塩分になるように。<br>かなり、大変でした。<br>あと、尿蛋白のチェック。<br>毎朝の尿をテステープで検査。<br><br>智ちゃんも１歳過ぎになり、うろちょろ<br>するように…(^_^;)<br>体力勝負の時期です。<br>陽くんの通院も毎週だったので<br>毎日があっという間にすぎて行きました。<br><br>退院してから２ヶ月後。<br>また蛋白尿がプラスになり再発(T-T)<br>束の間のお家でした。<br>ステロイドが増えて、今回もなかなか<br>蛋白尿がマイナスにならなくて…<br>アルブミンの点滴や利尿剤の点滴。<br>やっと蛋白尿がマイナスになりましたが、<br>ステロイドが退院できる量までは、<br>時間がかかりました。<br>40㍉で蛋白尿がマイナスになって、<br>そこから４週間してから30㍉に。<br>またそこから４週間。<br>この頃はそんな感じで減量していました。<br><br>陽くんも入院生活に慣れて、<br>３歳のころは泣く泣くしていた採血も<br>一人で処置室に行き、泣くこともなく<br>ケロッとした顔で帰って来て。<br>別の部屋で泣いている赤ちゃんが居たら<br>のぞきに行っては、テレビをつけてあげたり、本やおもちゃを持っていって<br>泣き止むように遊んであげていたと<br>看護士さんから聞いて…この子なりに<br>成長しているって思いました。<br>２回目の入院は４ヶ月かかりました。<br>この退院のころから、<br>「ネオーラル」と言う免疫抑制剤を<br>使い始めていました。<br>これはステロイド剤のプレドニンを<br>助ける薬。<br>この薬は効果は良く、この退院から<br>一年間は入院せずに過ごせました。<br><br>陽くんは再発が多くて、先生から<br>腎臓の組織検査をした方が良いと言われて<br>５歳の時には腎生検をしました。<br>10日間程の入院でしたが、<br>背中からエコーで腎臓を見ながら、<br>針を刺して組織を採取する検査。<br>腎臓はふわふわ浮いている臓器で、<br>針を刺す位置が悪いと出血が酷く<br>危険な検査。(T-T)<br>検査後は24時間安静。<br>寝返りはもちろん、起き上がることも禁止<br>なので、付きっきりで世話をしないといけないので、智ちゃんを預けて二日間入院してました。<br>検査は成功して、組織検査も<br>ネフローゼでは多い、微少変化群。<br>組織には異常はないので、薬で治療すれば大丈夫だといわれました。<br>この検査は念のため、２年後にもしました。その時も同じような診断で<br>腎臓は硬化していないので、薬で治療を<br>続けていました。<br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12031311488.html</link>
<pubDate>Tue, 26 May 2015 14:34:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記③</title>
<description>
<![CDATA[ ２回目の再発。<br>いつ退院出来るのか…<br>ゴールの見えないマラソンのようで、<br>何を励みに頑張ればいいのか…<br>よく見失いそうになりました。<br><br>そんな辛い入院生活の中でも<br>病は違っても同じように闘病生活を送る<br>親子が居て、明るく前向きに頑張っている姿はほんとに救われました。<br><br>大きな病院なので、<br>脳障害や白血病、小児ガンの患者が多く<br>どの親御さんも明るく、<br>いつも私を励ましてくださいました。<br>自分も始めは落ち込んで、<br>途方にくれていたと…<br>みんな、乗り越えてきたからこそ<br>そんなに明るく居られるんだな…って<br>思いました。<br>共感できる、共感してもらえる。<br>これはほんとに当事者しかわからない感覚だと思います。<br>今でも病院で偶然再会したり、<br>年賀状とかでお互いの近況を報告しあって<br>繋がっている友達はたくさん出来ました。<br>出会った方、皆さんに感謝してます。<br><br>そうやって、色んな人に支えられながら<br>入院から10ヶ月。<br>ようやく退院出来ました。<br>陽くんは４歳になってました。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/0b/35/j/o0800045013316970986.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/0b/35/j/o0800045013316970986.jpg" width="100%"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/9a/3f/j/o0800045013316971000.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/9a/3f/j/o0800045013316971000.jpg" width="100%"></a><br>これは入院前の陽くん、晃ちゃん<br>智ちゃん。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/c2/60/j/o0800045013316971019.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/c2/60/j/o0800045013316971019.jpg" width="100%"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/13/eb/j/o0800045013316971045.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150524/22/kyoko-411/13/eb/j/o0800045013316971045.jpg" width="100%"></a><br>次は入院中と、退院後。<br>陽くん、ムーンフェイスです(^_^;)
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12030149497.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2015 18:13:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記②</title>
<description>
<![CDATA[ 点滴を始めて翌日、<br>恐る恐る病室に行くと<br>熱が下がって来ていると看護士さんから。<br>ほんとに、良かった❗<br>病室に着くまで、怖かった…でも<br>一命はとりとめましたが、<br>ここからネフローゼ症候群との闘いが<br>始まりました。<br><br>ネフローゼ症候群。<br>聞いたこともなかった病名でした。<br>色々と調べてみると<br>原因不明で、蛋白尿が出る。<br>血中蛋白が減ると身体が浮腫み、<br>脱水症状になり、尿量が減り、<br>さらに浮腫みが酷くなると、腹水が溜まり<br>血管も圧迫され、点滴が漏れる。<br>ステロイドが効かないと<br>危険な病気。<br><br>陽くんはステロイドは効果ありでした。<br>始めはなかなか蛋白尿が止まらず、<br>ヒヤヒヤしましたが、少しずつ治まり<br>蛋白尿がマイナスになりました。<br>それは入院してから、１ヶ月程。<br>喜びも束の間、ステロイドの副作用が<br>出てきました。<br><br>顔がパンパンになる、ムーンフェイス。<br>ご飯を食べても、満腹感が得られないので<br>絶えずお腹が空いてる感覚。<br>３歳の陽くんには理解できないことばかり<br>自由に好きなものを食べられない。<br>お昼ご飯が待ちきれなくて、配膳車が<br>上がってくるのを、部屋から出れないので<br>入り口に椅子を置いて、ちょこんと座り<br>「ご飯まだ～？」って。<br>おやつも夜ご飯も。<br>こうやって待つ…<br><br>朝からの検温、血圧測定、シーツ交換、お風呂など私がやらないと看護士さんは<br>拒否するので、大変でした。<br>お風呂は蛋白尿がマイナスの時は<br>毎日入るのですが、私は服を着たまま<br>長靴を履いて、エプロンをして<br>大きなお風呂場でマットを敷いて<br>陽くんの頭と身体を洗い、<br>湯船も大きいので、溺れないように<br>補助して…もう汗だく💦<br>このお風呂の間は、智ちゃんは<br>ベビーカーか陽くんのベットで<br>すやすや寝てました。<br>智ちゃんはいつも静かに寝て、<br>起きても泣かずに、周りのママたちに<br>抱っこしてもらい、ニコニコ☺<br>ほんとに、助かりました。<br><br>ステロイドの量を減らし、３ヶ月。<br>マニュアル通りにやってみたら、<br>再発…<br>また蛋白尿が出てきて、ステロイドの量が増えました(T-T)<br>たしか、シクロクポリンを使ってました。<br>また、少しずつ減らし３ヶ月。<br>もう少しで退院、って段階で<br>また再発…<br>これは原因がありました。<br>「りんご病」に感染したようです。<br>ネフローゼ症候群は感染症にかかると<br>再発するのです。<br>思いもよらない再発でへこみました。<br>また大量のステロイド。<br>副作用も眼に出るらしく、眼科にも<br>かかるようになりました。<br>骨の成長も止まるので、身長が伸びず<br>骨密度も低い状態。<br>激しい運動は制限されました。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12029916143.html</link>
<pubDate>Sat, 23 May 2015 01:00:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>陽くん日記 ①</title>
<description>
<![CDATA[ 突然の入院。<br>陽くん、３歳４ヶ月の時。<br><br>その１週間くらい前から<br>なんとなく、よく寝るなぁ…<br>ちょっと、大きくなった？太ったかな？…<br>生まれて、それまではほんとに元気で、<br>標準よりも大きめ。<br>長男の方が酷いアトピーで、喘息も<br>あって入院したり大変でした。<br><br>母になんとなく…「この子、浮腫んでるじゃないの？」って言われて<br>母が昔、近所の子が同じような症状で<br>その後、亡くなっていたことを聞かされて<br>ゾッとしました。<br>次の日、かかりつけの小児科で受診。<br>おそらく「小児ネフローゼ症候群」であると、診断され緊急入院。<br><br>小児科から紹介された病院は完全看護ではありませんでした。<br>ちょうど、陽くんの３歳のお誕生日に<br>下の子が生まれていたのです。<br>智ちゃん、４ヶ月。<br>この子を預けて陽くんの病院につきっきりはできなかったので、<br>完全看護のある、病院を紹介してもらい<br>その日のうちに転院しました。<br><br>まだ、病気のこともよくわかっていなくて<br>ほんとに、パニックでした。<br>担当の先生から病気の説明を受けて、<br>薬の説明、あらゆる可能性の話。<br>それは、悪化した場合の話。<br>薬の副作用など…<br>聞いたこともない内容ばかり。<br>そして、入院して陽くんが家に居ない…<br>それだけでも毎日、辛くて…<br><br>朝は長男、晃ちゃんを幼稚園に送り<br>智ちゃんを連れて病院へ。<br>夕方まで病院で陽くんの付き添い。<br>その後はおばあちゃんやパパが交代で<br>寝るまで付き添い。<br>晃ちゃんは実家の母がお迎えにいって<br>預かってもらってました。<br>私は病院から実家へ。<br>ご飯を作る時間もなくて、食べさせて<br>もらってました。<br>晃ちゃんを連れて帰り、寝かせる。<br>ほんとに、バタバタと過ぎる時間。<br>でもお風呂に入ると、一人になると<br>自然と泣いてました…毎日。<br><br>今、起きている現実が受け入れられなくて<br>なぜ、陽くんが病気になってしまったのか<br>どこに、この気持ちをぶつけたらいいのかわからずにいました。<br>近所の人に、色々と聞かれるのも嫌で<br>さけていました。<br><br>陽くんの病状も悪く、水分制限や塩分制限<br>入院して直ぐは、熱が下がらなくて<br>ガンマグロブリンの点滴をしないと<br>ダメだと言われました。<br>これは、親の承諾書が要る点滴。<br>でも、この点滴で熱が下がらないと<br>助からないかも…と…<br>生きた心地がしませんでした。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/kyoko-411/entry-12029003649.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2015 20:27:56 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
