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<title>kiyohitoのブログ</title>
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<title>ホームページ開設のお知らせ</title>
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<![CDATA[ みなさん、いよいよホームページを開設いたしましたのでお知らせします。<br><br>以下のところです。<br><a href="http://www.kotovision-kyoto.net/"><br>kotovision KYOTO</a><br><br><br><br>これからはこちらを中心にいたしますのでまた遊びにきてください。<br><br>今後ともよろしくお願いします。<br>
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<pubDate>Wed, 03 Nov 2010 00:01:42 +0900</pubDate>
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<title>ここどこ？</title>
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<![CDATA[ 和泉式部のお墓です。<br>街の真ん中にあるのですが京都通の方も案外知らない人がいるんじゃないでしょうか？<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101021/15/kyotox3/66/29/j/o0400060210813443611.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101021/15/kyotox3/66/29/j/t02200331_0400060210813443611.jpg" alt="kiyohitoのブログ-和泉式部"></a><br><br>
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<pubDate>Thu, 21 Oct 2010 15:44:19 +0900</pubDate>
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<title>ブログの引越とホームページ開設のお知らせ</title>
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<![CDATA[ みなさまこんにちは。<br><br><br> さて突然ですが,ここのブログを引越し、新たにホームページ開設をすることとなりました。<br><br>　装いを新たに   <font size="4"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">kotovision　KYOTO　</span></font>として楽しく、ためになりまた,少し過激に<br>京都からの情報を発信してまいります。<br><br>オープンしましたらまたお知らせいたします。<br><br>それまで、しばらくお待ちくださいませ。<span style="text-decoration: underline;"><br></span>
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<pubDate>Tue, 19 Oct 2010 17:50:56 +0900</pubDate>
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<title>京猫菫日記　第００７回『みな兄弟』</title>
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<![CDATA[  <br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101015/10/kyotox3/1d/b5/j/o0312024210802067140.jpg"><img width="220" height="171" border="0" style="clear: both; float: right;" alt="kiyohitoのブログ-sumire07" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101015/10/kyotox3/1d/b5/j/t02200171_0312024210802067140.jpg"></a></div> な、なんだこれは」写真は下手だし、猫ではないし、まして私菫ではないし、何をしとるんか、とお叱りの声もなく、あっても聞こえず、知らん顔して、弁解を一杯。まず、下手な写真は、私も驚いたが主人も驚いて、慌てて携帯で、しかもガラス越しに、さらに夜間に撮ったものです。下の模様はこちらの絨たんが写り込むと言う、素人ならではの味。<br>　嵐山の駅で拾われて、徒歩数分のこの家に御厄介になって二年になるのですが、その間、私は外にほとんででません。しかし、いろんな動物がやってきます。これは図鑑で調べましたら、アナグマだそうで、一メートル以上あった大きなものでした。誰かが捨てたアライグマも良く庭先に表れて、家中の先輩猫が大騒動。さらに驚いたことには、子供三匹連れたアライグマさえ現れました。それにハクビシン、タヌキ、イタチなどにお目にかかります。何でも主人のウオーキングの途中では、嵐山の亀山公園でイノシシに遭遇、以前に射殺された熊にも遭遇、それに鹿、猿に、渡月橋の下にはヌートリア。捨てられたものや、餌がなくて里に下りてきたもの、さまざまですが・・<br><br>「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と宮沢賢治さんもおっしゃっています。賢治さんの思いは「生き物はみな兄弟であり、生き物全ての幸せを求めなければ、個人の本当の幸福はありえない」と言うことです。<br><br> <br><br>確かに人間だけでなく動物や植物も加えないと、最初に人間が滅びますよ、そう主人に言い聞かせています。何でも東の鴨川では鮎が泳いでいるそうですが、京都が世界に先駆けて人間と生き物の共生タウンになれるよう、私、捨てられた猫一匹声を大にして叫びます。ご静聴ありがとうございました <br>
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<pubDate>Fri, 15 Oct 2010 10:12:20 +0900</pubDate>
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<title>Ｂｌｏｇ０００７／ 京都症候群     ～京都を笑って笑いの健康法～</title>
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<![CDATA[ <br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101014/06/kyotox3/0f/f3/j/o0600040010800167557.jpg"><img width="220" height="147" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101014/06/kyotox3/0f/f3/j/t02200147_0600040010800167557.jpg" alt="kiyohitoのブログ-大徳寺庭" style="clear: both; float: right;"></a></div>ノーマン・カズンズの『笑いと治癒力』、日本では伊丹仁朗医師などが先駆者で、筑波大学名誉教授<br>村上和雄先生も注目されているように、笑いは医学的に優れた治癒効果を持っていることは知られています。ならば、京都を訪れる京都症候群の人々も、それを受ける重症の京都も笑って治癒できるものなら、笑い飛ばしてはいかがでしょうか？<br><br>以下、京都についての川柳を幾つか。笑えれば相当に京都通。いずれ何故おかしいか解説をしますが、もちろん継続もしますし、<br>投稿も歓迎。では。<br><br>カップルが　いちゃつき歩く　手つなぐ道（哲学の道）<br><br>不景気で　大歓迎の　一見さん　<br><br>雑誌社の　危機救うのは　京特集<br><br>野宮の　祈りの声は　チャイニーズ<br><br>伝統の　京の料理に　フォアグラか<br><br>街中で　聞いたことない　どす言葉<br><br>三十年　たって後悔　縁結び<br><br>地下鉄は　東西線と　トリマル線　<br><br>国際化　それより先に　国内化<br><br>頼みごと　考えとくわで　断られ<br><br>お番菜　財なす商家の　ケチの味<br><br>古着来て　漆喰塗られる　ニセ舞子<br><br>歴史都市　時代祭りは　青二才<br><br>ハモニシン　京都以外で　捨てた物<br><br>七月は　キュウリナマスも　短冊に<br><br>大文字　焼きなどと言い　馬鹿にされ　<br><br>おまわりは　ポリスでなくて　食べるもの<br><br>はてさて、幾つ笑えましたか？ <br>
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<pubDate>Thu, 14 Oct 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>京猫菫日記　第００６回『集まれ！暑さに負けない熱い魂』</title>
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<![CDATA[     <br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101008/00/kyotox3/50/1d/j/o0427023810788772737.jpg"><img width="220" height="123" border="0" style="clear: both; float: right;" alt="kiyohitoのブログ-sumire06" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101008/00/kyotox3/50/1d/j/t02200123_0427023810788772737.jpg"></a>   アンニュイな午後ではないです。主人の写真が下手ですから、足が写っていませんが、足も伸ばしています。何をしているか、と申しますと、避暑です。ソファーの背もたれの上は、頭上のクーラーからは直接風のあたらない、絶好の場所だからです。本来人工の涼しさが駄目だった私たち猫もクーラーの部屋に入ってしまうていたらく。進化なのか退化なのか、ニャンとも言えませんが。<br></div><br>昔、油照りと表現された京の暑さよりはるかに高温で、亜熱帯化した激暑の夏、そして底冷えの京都と言う表現を凍らせるような寒い冬。この地球温暖化のせいかどうか、日本でも有数の激しい気候変動の京都でも、めげない人たちがいます。そう観光客の皆さんです。その京都を訪れる人の中に中原中也や富永太郎はいませんか？<br><br>「おそろしく暑い。外で一枚描いたきりへこたれてしまった」とは大正一三年に詩人富永太郎が書いた手紙の一節。大正一三年がどの程度暑かったかは分からないが、今ほどではなかったに違いない。彼は京都に住んでいた若き中原中也を訪ねて、京都にやってきて住み、二人で暑さに負けない熱い情熱で京都を歌った。<br><br>　かつて中原や富永など熱い魂を持った若者を引き付けた京都だが、そんな若者を引き付け、彼らの情熱にさらに油を注いで、夢を育める京都、そんな京都であってほしい、暑さ倍増、訪れる人倍増の夏の午後、ちょっと祈っていたのですが・・・・<br><br> <br> <br> <br>  <br>
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<pubDate>Fri, 08 Oct 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>京都症候群 ～京都も世界も病気ですから～</title>
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<![CDATA[  <br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101005/22/kyotox3/63/c8/j/o0333050010785269952.jpg"><img width="220" height="330" border="0" style="clear: both; float: right;" alt="kiyohitoのブログ-鴨川" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101005/22/kyotox3/63/c8/j/t02200330_0333050010785269952.jpg"></a></div>「民衆の物は針一本、糸一筋も盗るな」と言う注意事項が、どこの国の誰によって定められたかなんてすぐわかる人は、今や死語と化してしまったこの言葉とその国の動静を苦々しく思っているに違いありません。これは一九二八年、毛沢東によって、中国工農紅軍の軍規として制定された『三大規律六項注意』と呼ばれるものです。以前ならこんなことを書こうものなら、ややこしいことになりもしましたが、今ではその規律の国の余りの変節ぶりに誰も歯牙にもかけません。悪いですが、歴史が前進ばかりしているのではないことが良く分かります。<br><br>京都症候群などと京都に魅力を感じて、京都に来なければ落ち着かない人をそんな風に言ってみましたが、前回の記事のように、京都そのものが瀕死の重傷。そして、その京都になだれ込むように入ってくる一団が、その「針一本、糸一筋も盗るな」と言って建国をした国の住人で、この国も国民も決して健康とは言えない現状です。そうなると大阪や東京、あるいは九州の都市のように、炊飯器などの家電を主として物品の販売で有頂天になっているのもどうかと思いますし、幸か不幸か京都にはその種の美味しい話しはなさそうです。<br><br>ですから冒頭の言葉同様、本当の意味での「観光」という言葉をも死語にしないためにも、やがて膨大に訪れるこの国の人との付き合い方も考えねばならないのでしょう。そうそう、「観光」とはそもそも「国の光を観る。用て王に賓たるに利し」で、その意味は「その国の王の立派な人徳と、その王による国民の教化の美しさをみる」ことで、そうして「それだけの知力を持った人物であればこそ、王の賓客として遇せられる臣となることができる」と言う意味だと言われています。もちろん主権在民のジャパン、王は国民で、この場合京都市民。野宮神社の境内に飛び交う中国語を聞きながら「どないしまひょう」と思います。そうそうもちろん、「観光」という言葉、これも中国の古典『易経』からどすえ。
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<link>https://ameblo.jp/kyotox3/entry-10668426011.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Oct 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>京猫菫日記　第００５回『皆で渡らない』</title>
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<![CDATA[ <br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101001/21/kyotox3/d1/a3/j/o0274045110777801308.jpg"><img width="220" height="362" border="0" alt="kiyohitoのブログ-sumire05" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101001/21/kyotox3/d1/a3/j/t02200362_0274045110777801308.jpg"></a></div><br>　前回に続いてのお詫びです。この姿勢のことではありません。これはこれで面白いだけで、さほど恥ずかしいとは思いませんが、菫でないではないか、というご批判を覚悟の上で、姉のミルクを登場させてしまいました。この格好、私にはなかなか出来ずに、書き手の父がどうしても手を上げているところが欲しかったようなんです。「手を上げて横断歩道・・」ではなくて、「手を上げて皆で渡れば怖くない」と言うのを、止めませんか、と言いたかったようです。こうして一人で手を上げてほしい、そう思っているようです。手を上げるとなると、今は禁止されているヒッチハイク。ヒッチハイクと言えば、ジャック・ニコルソンのジョージ・ハンセンを思いだし、『イージーライダー』から『俺たちに明日はない』とか、『バニッシング・ポイント』のヒッピー映画を思いだし、日本では風俗に堕してしまったヒッピーの運動は、伝統・制度などの既成の価値観に縛られた社会生活を否定することを信条として、自然への回帰を提唱していたはずだったことを思い出します。そして基本的に、自然と愛と平和と芸術と自由を愛していました。千二百年の歴史と伝統が売りの京都では、前半の既成の価値観に縛られた社会生活を否定するのは難しいかもしれませんが、後半の自然と愛と平和と芸術と自由を愛する場になるのは得意かもしれません。五千万の人がぞろぞろと訪れる観光客の流れに竿刺して、あなた一人、手を上げて渡りませんか・・・ <br>
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<pubDate>Fri, 01 Oct 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>　京都症候群　　　～京都市が危篤状態・臨終間近！～</title>
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<![CDATA[ <span style="color: rgb(255, 0, 0);">5000万の患者より150万の危篤患者　</span><br><br>エ！京都病の人が入院する病院に倒産の危機ですって。<br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100929/21/kyotox3/cf/0b/j/o0400060010774458568.jpg"><img width="220" height="330" border="0" alt="kiyohitoのブログ-地蔵" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100929/21/kyotox3/cf/0b/j/t02200330_0400060010774458568.jpg"></a></div></div><br><br><br>9月24日の報道によれば、京都市の財政再建計画を議論する外部の専門家の会議が、京都市は現在の施策をすべて見直さなかった場合、３年後の平成25年度には国に財政再建に向けた計画を提出することが求められる「財政健全化団体」になり、その翌年には、会社の倒産にあたる「財政再生団体」に陥る恐れがあると示したものです。5000万人の観光客で150万人の市が潤わないとは、一体、どこの何がどう間違っているのでしょうか？<br><br>　とは言え、それを論議したり、改革案を提出したりするつもりはありませんが、いよいよ本格的に京都を見直さないといけなくなったことを、改めて確信させてもらったということです。すなわち、今までの5000万人に対する一切の対応の仕方が良くなかったということではないでしょうか？これだけ京都専門雑誌や、有名雑誌の京都特集、京都本の氾濫にも関わらず、5000万人に喜んでもらうより、そこに住んでいる150万の人が生きる場が瀕死の重体ではいかんともしがたいのではないでしょうか？<br><br>きっと、京都にまつわる一切のパラダイムを変えないといけないのでしょう。1200年の歴史と伝統の利子ではもはや生きていけなくなるのでしょう。<br><br>そう思うと、この尋常でなく、半端で、斜に構えた、ひょっとするとひねくれ者の発信する京都情報が突破口を開くのかもしれません。ささやかですが、ささやかだから「星火燎原」、ほそぼそと燃えます。<br><br>ホームページ開設前になんともタイムリーなニュースで、どうやらホームページ開設の趣旨も間違っていないぞ、と客観的な状況がお墨付きを下さったようです。<br><br>もう一度言っておきます。ほそぼそと燃えます。10月初旬、ホームページ第一次オープン。目下、制作快調、請うご期待！<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>京猫菫日記　第００４回『人生裏返しの場』</title>
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<![CDATA[ <br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/kyotox3/83/88/j/o0264038810762025365.jpg"><img width="220" height="323" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/kyotox3/83/88/j/t02200323_0264038810762025365.jpg" alt="kiyohitoのブログ-sumire04"></a></div><br>のっけからお詫びです。娘なのにこのていたらく、いや、猫なのにお腹を出して寝るなんて申し訳ないことです。もちろん私が完全無防備で、言わば世界にごめんなさい、と言っているのですが、それはとにかく、猫なのに逆さに寝て、と思ったら、鶯の逆さ鳴きを思い出し、あれは目白の間違いと言う説よりも、夏目漱石の京都を訪問しての文章を思い出して、あぁ京都はそうあるべきだと、猫の分際でまたまたお説教垂れたくなって。あの文豪夏目漱石さんだって、若い頃から作家一筋で生きていたように思われるが、デビューの『吾輩は猫である』は三八歳の作。五〇歳で逝去するのだから、遅咲きであり、しかも大学講師などの職の傍ら書いたもので、本格的作家生活に入るのは、新聞記者をしながらで四〇歳。漱石の経歴は調べていただければいいのだが、何が言いたいかと言えば、あの大作家にして、いろいろ悩みはあったようです。「学校をやめてから、京都へ遊びに行った。其地で故旧と会して、野に山に寺に社に、いずれも教場よりは愉快であった。鶯（うぐいす）は身を逆（さかし）まにして初音（はつね）を張る。余は心を空にして四年来の塵（ちり）を肺の奥から吐き出した。是（これ）も新聞屋になった御蔭（おかげ）である」（『入社の辞』より）と。漱石は京都が嫌いだったという説があるが、この時ばかりは京都が人生の転機の場になったようです。あなたも是非・・・<br>　<br>
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<pubDate>Fri, 24 Sep 2010 00:00:00 +0900</pubDate>
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