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<title>休職日記</title>
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<description>順風満帆なサラリーマン生活から一転、うつ病による休職→退職へ・・価値観の変遷を振り返って綴ります。</description>
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<title>元気です？</title>
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<![CDATA[ 時期外れの風邪をひき、携帯が故障し、かつ家のwifiの調子がおかしくなってインターネットに接続不可になってしまうという災難が幾重にも重なってしまったため、間が空いてしまった。<br>さすがに不便すぎるので、本日咳をこらえながら携帯ショップに行って電話を修理に出し、wifiのルータを交換してきた。<br><br>もともとこのブログは僕の手慰みでやっているものなので、今後もこういうことが起こるかもしれない。<br><br>ご容赦願いたい。
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11872475796.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Jun 2014 23:12:01 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 ６</title>
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<![CDATA[ 「どういうことだ？」<br>マイクは笑みを浮かべながら僕に聞いてきた。<br>「たとえば、普通の人間はなにかやってみたいことがあっても、資金面や環境面の制約が多い。それを克服しようと意に染まない仕事でもしないといけない。そうこうしているうちに、手段だったはずの仕事を上手くやることが目的になってしまうんだ」<br>僕はこのように伝えたイメージだが、実際にこの文章を組み立てて話すのに５分は要しただろうか。こんなにすらすらと伝えられたわけではなく、「あの」「えっと」「うーん」といったような前置きが盛んに盛り込まれていただろう。<br>「そこで、手段が目的になってしまうなら、それは本当にやりたいことではないのだろう。」<br>マイクはあっさり答えた。僕はカチンときた。<br>「本当にやりたいことを探すために色々のチャレンジをする機会が少ないんだよ。圧倒的に」<br>僕は言い返した。<br>「ほとんどの人間は、余裕のない世界で生きているんだ」<br>「サラリーマンは、その最たるものか。やたらと長い勤務時間、無能な上司に合わせて自分を殺すこと。しかもそれを自分たちで皮肉っていたりする。とんでもないマゾヒストだ」<br>そうかもしれない。ブラック企業ではなくても、仕事の忙しさや大変さをどこか誇りに思っていた自分がいた。「忙しくて何もできない」ことを「社会に必要とされている自分」と勘違いしていたのではないか。<br>「そうだな。その中にいると、それが当たり前になってしまう。しかし、サラリーマンは一度なってしまえばよほどのことがない限りレイオフされることは少ない。だからそこで生きていくのが楽だと思ってしまう」<br>「自分を殺すことが？思考停止して日々を過ごすことが楽だって？ナンセンスだ」<br>「そして真っ当に仕事してきたつもりでも、ある日リストラ対象になって焦るんだ」<br><br>なぜ、自分を癒しに来た宮古島くんだりで、僕は頭をフル回転させてつたない英語を紡ぎだしてアメリカ人と会話しているのか・・しかし、その刺激がある種心地よくも感じた。<br>マイクはその後も「信じられない」「なんてことだ」「通りであいつはすぐ辞めたわけだ」とか、自分の経験と常識に照らし合わせた観点で僕の話を興味深く聞いていた。<br>「で、君はこれからどうするんだ？それだけ冷静に分析しているなら、答えは出ているんだろう？」<br>急に矛先が僕に向かった。<br>「俺の見たところ、君はその会社に収まる人間ではないように思うが？」<br>「どういうことだ？」<br>「人に使われるより、使う方のタイプに向いているということだ」<br>マイクが思いがけないことを言った。<br>僕は働く＝どこかの企業に就職するというイメージしかなかった。だから、もし今の会社を辞めても転職しか考えていなかった。<br>「企業でもしたらどうだ？いいアイディアなら俺が出資してもいいぞ」<br>急にそのようなことを言われても・・と僕は戸惑った。しかし、彼からしてみればたとえば一千万円くらいでも一万円いや、それ以下の感覚なのであろう。そして興味を持ったことには金を惜しまない。僕は富裕層の言動を目の当たりにして面喰っていた。<br><br>居酒屋から帰って、フローリングの床の上に直接敷いた蒲団に包まりながら、僕は眠れなかった。休職して、復帰して・・どうする？とずっと思っていたが、別のルートがあるような気がしていたのだった。ただ、自分で何かするというのはまったく青天の霹靂であり、今までの価値観のドラスティックな転換を迫られることだった。<br><br>翌日、「急なミーティングが入った」とマイクは急遽予定を繰り上げて東京に戻ることになり、「また、日本に来ることがあったら」と連絡先を交換した。僕は、彼を見送ると、再度伊良部島に渡り、下地島まで車を走らせたが、急な曇天から土砂降りになり、昨日の美しさは見る影もなかった。嵐のようなその光景を車窓から眺めながら、僕は自分の中にも嵐が到来するような予感がしていた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11858689907.html</link>
<pubDate>Sat, 24 May 2014 10:10:40 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 ５</title>
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<![CDATA[ 伊良部島から宮古に戻り、マイクが友人から借りたというその家に向かった。そこは、海と繁華街にほど近い、普通の2DKのマンション・・アパートだった。その部屋は、その友人が海を堪能するために借りたということだった。余計なものは置いておらず、清潔に片付いていた。<br><br>その夜は付近の居酒屋に出かけた。<br>マイクは自分のことを語った。それは、絵に描いたような成功人生であった。<br>アメリカの資産家の家に生まれ、世界の大学ランキングトップ１０に入る名門校の一つを卒業し、当然のようにＭＢＡも取得しており、現在は某企業の役員を勤めており、海外出張が多いという。ジェットセッターというのであろうか。働かなくても親の資産はあるが、羨ましいことに、仕事自体は楽しく趣味だという。そうやって話している間にもしきりにiPhoneのメールを返信していた。<br><br>「日本語は今勉強中なんだ。なかなか難関だよ」<br>彼は、そう言いながらメニューを眺めて「これはなんて読むんだ？」と僕に聞いてきたりした。彼のように貪欲な好奇心があれば、遠からず日本語もマスターできるであろう。<br>僕は自分よりは１０くらいは年上のマイクの話を聞きながら、自分の１０年後の姿をぼんやりと思い浮かべた。絶望的なくらい、何も浮かばなかった。<br><br>確固たる自分がないまま、流されてサラリーマンを漫然とやって、今の状況にある僕からすれば、彼は遠い世界の人間だった。もし、これがマイクが日本人で、東京の資産家の家の生まれで、幼稚舎から慶応・・みたいなルートをたどっているような男であれば、日本の格差社会を感じたかもしれないが、あまりに遠い世界なので、嫉妬を感じるまでもなかった。ただ、彼の話を聞いていると、「やってみたい」と好奇心を持ったことについて、たとえば資金面などで諦める必要が無いため、心ゆくまで追求することができ、それが、貪欲な好奇心のさらなる源泉になっているようだった。<br><br>「それで？君は何をしているんだ？」<br>おもむろにマイクが聞いてきた。僕は一瞬返答に詰まったが、某企業のサラリーマンで、現在休暇中であるということを話した。<br>「その企業なら聞いたことがあるぞ。その業界なら（競合他社の）役員の●●なら知り合いなんだが・・そこで何をやっているんだ？」<br>僕は、特に専門性のない自分の業務・・いわゆるゼネラリスト養成コースのようなサラリーマンの仕組みを話した。<br>「それじゃあ、その会社を出たら通用しないじゃないか。会社が倒産したり、レイオフされたらどうするんだ？」<br>「リストラされて、次の職が見つからない中高年は山ほどいるよ」<br>マイクは絶句した。自分の会社と取引のある日本企業でも思い浮かべているのだろうか。<br>なんだか討論のようになってきたので、僕は話題を変えることにした。<br>「ところで、マイクはどうしてわざわざ宮古島に？」<br>「ああ、昨日東京に着いたんだが、ミーティングの調整で空き時間が３日できてね。どこか海が綺麗なところはないか友人に聞いたら、ここが良いと言うから」<br>「すごい行動力だな」<br>「人生の時間は短いんだ。やりたいと思ったことはやっておかないと後悔するからね」<br>「それは、やりたいと思ったことをすぐやれる環境にある人間の台詞だ」<br>和やかな会話をしようと思ったのに、喧嘩を売ってどうするんだ。<br>僕は瞬間後悔したが、マイクは会話の手ごたえを感じたのか、目を輝かせた・・ように見えた。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11858648744.html</link>
<pubDate>Fri, 23 May 2014 10:17:58 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 4</title>
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<![CDATA[ 僕は、マイクによって、自分の風景への耽溺の時間を中断したが、それほど不快ではなかった。それは、彼も僕と同じようにこの絶景に純粋に感動していたからだ。<div>違いは、僕は言葉を失ったが、彼は思わず発したということだった。</div><div><br></div><div>※僕は英語がそんなに得意ではない。ので、以下の会話文は日本語で記すが、実際は僕がなんとかリピートしてもらって聞き取れた内容を記載していく。昔流行った超訳ではないが、やや脚色があることを了承願いたい。</div><div><br></div><div>「本当にいい景色に出会えてラッキーだ。そう思わないか？」</div><div>「そうですね」</div><div>「なんだ、Japaneseはノリが悪いな」</div><div>「静かに感動してるんですよ」</div><div>「俺はマイク。アメリカ人だ。今はバケーションで沖縄を回ってるんだ。君は？」</div><div>僕が自分の名前を名乗ると、彼は握手を求めてきた。がっしりとした手だったが、無骨ではない。</div><div>マイクは客観的に見て、相当な美男子だった。歳は三十代後半から四十代だろうか、背は、僕が170なのだが、そこから10センチ強は高い感じがした。また、振る舞いが堂々としており、いわゆる勝ち組のオーラを醸し出していた。もし、彼が日本人だったら僕は引け目を感じて卑屈な気分になっていたかもしれない。しかし、多くの日本人がそうであるように、始めから僕はマイクとは同じ遡上に登っていないという認識だったので、ただ凄いなあと思うだけだった。</div><div>「一人旅なのか？」</div><div>そうだと僕は答えた。</div><div>「俺もだ、一緒だな。今日の宿は？」</div><div>決まってないと答えると、彼は思いがけない提案をしてきた。</div><div>「実は、日本の知り合いが宮古島にセカンドハウスを持っていて、俺はそこに泊まるんだが、君もどうだ？」</div><div>正直、節約という意味であれば、渡りに船だった。しかし、初対面の人間と一緒に泊まるという行動は今までの僕には経験したことがないことだった。</div><div>「部屋はあるし、俺も飲み相手が欲しいし」</div><div>だから普段なら断るところだったが、妙に人懐こい彼に絆されたのと、南の島という非日常空間が、僕の思考回路に影響を与えたのかもしれない。</div><div>「じゃあ、泊まらせてください」</div><div>僕は彼の申し出を了承した。</div><div>「ハハハ！よろしくな！」</div><div>彼はにかっと笑った。</div><div>芸能人は歯が命…という古いCMが思い浮かぶほどの白さと歯並びが、彼の階級を物語っている気がした。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11856757115.html</link>
<pubDate>Thu, 22 May 2014 10:20:32 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 3</title>
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<![CDATA[ 翌日、僕は伊良部島に渡った。<div>天気は快晴で、空の色が素晴らしい。雲の白さと空の青のコントラストがはっきりとしており、強い日差しが目を焼いた。</div><div>僕は、レンタカーを借りて伊良部島と下地島を一周してみることにした。かなり使い込んてくたびれた軽自動車と、カーナビがないので、島の地図を渡された。</div><div>「この、飛行訓練所の先が一番景色がいいよ」</div><div>レンタカー会社で受付をしてくれた気の良さそうなオヤジさんがそう教えてくれた。下地島には、パイロットの訓練用施設があり、その飛行機を間近に見るために訓練日は混み合うそうだが、当日は訓練日ではなく、そのスポットにも立ち入ることができると言う。</div><div>「そこが一番じょーとーさぁ」</div><div>上等。</div><div>沖縄の人はモノを良いと言うとき上等という言葉を使うのだなと思った。</div><div>さて、僕は久しぶりの車の運転ではあったが、ほとんど信号や車の往来がない道路だったので、難なく目的地まで到達することができた。</div><div>果たして。</div><div>そこには天国かと思われるような光景が広がっていた。その日が晴れていて、ちょうど潮が満ちていたことが大きかったとは思うが、こんな海の色を僕は見たことがなかった。</div><div><div id="{04CDA18F-3EFD-461C-A48E-E5F3D6B7F09D:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140521/10/kyushoku-diary/8b/65/j/o0480048012948002516.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140521/10/kyushoku-diary/8b/65/j/o0480048012948002516.jpg" alt="{04CDA18F-3EFD-461C-A48E-E5F3D6B7F09D:01}" width="300" height="300" border="0"></a></div></div>どこまでも透き通り、空の色を反射して輝く海面が鏡のようだ。</div><div>僕は、その場に立ち尽くし、時間を忘れて見入っていた。</div><div>自然を見て、純粋に美しいと思ったのはどのくらいぶりだろうか。抗鬱薬で感情の波が極めて平坦に抑えられてはいたが、それでも僕はこの景色に釘付けになった。</div><div>しかも、この日は平日でシーズンオフだから、付近には誰もおらず、この風景は僕だけのものであった。</div><div>時間を気にせず、感動に没頭できる贅沢というものを、僕は始めて知ったような気がした。日陰のない空間だったが、僕は堤防に腰を下ろして、呆けたようにただ視界を埋めつくすその風景を自分の記憶に刻んでいた。</div><div><br></div><div>どのくらい経ったのだろうか。</div><div>不意に背後から声がした</div><div>「How beautiful !! It's amazing!」</div><div>振り向くと、一人の外国人が立っていた。それが、マイクとの出会いだった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11856720917.html</link>
<pubDate>Wed, 21 May 2014 10:22:30 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 2</title>
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<![CDATA[ 改めて読み返してみると、代表的なトピックを拾って書いていることもあり、僕はうつ病患者にしては活発に動き過ぎているように思った。<div>動けない時期を過ぎると、回復のためにできることはやってみたくなり、やりすぎて疲れ、また寝込み…そんな繰り返しの日々であったが、こうして見ると、何もしていないように思っていたが、いろいろな事をしていたものである。</div><div><br></div><div>それでも自分では焦りがあり、もっと行動しなければという脅迫観念と戦っていた。</div><div><br></div><div>しかし、僕は治って何がしたかったのであろうか…？当初は復職であったが、徐々に今までしていた仕事に疑問符が生じてきたのだった。</div><div>それらは、本当に意味のある仕事だったのか？仕事のための仕事ではなかったか？僕のしていた仕事で誰かのためになっていたのだろうか？</div><div>意義のない仕事だが、収入を手放せずに続けていた自分が情けなくなり、そして、そこを離れたからといってそれ以上に稼げる自信など皆無であった。</div><div><br></div><div>僕は、こういった不安や焦燥をジェイゾロフトとソラナックスで和らげながら、なんとか日々を繋いでいた。</div><div><br></div><div>沖縄に行きたくなったのも、東京という土地が、自分の今までの価値観と分かち難く結びついていたからであろう。</div><div><br></div><div>ともあれ、僕は沖縄でそれまでの価値観を覆す出来事に遭遇するのであった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11851090237.html</link>
<pubDate>Mon, 19 May 2014 10:24:43 +0900</pubDate>
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<title>沖縄旅行 1</title>
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<![CDATA[ 引っ越ししてから数ヶ月が過ぎた。その頃の僕は回復傾向にはあるものの、まだ、テレビや本からの情報の摂取を拒む状態であった。よく、うつ病の回復期に図書館などひ通う、というのがあるが、試しに行ってみて1時間で挫折した。<div>とある日の朝（当時は曜日感覚が失われており、良くゴミを出し損なっていた）目覚めた時に、無意識にテレビを付けていた。<div>「あ、しまった。消さなきゃ」</div><div>とリモコンの電源ボタンを押そうとした時、ちょうどテレビで沖縄旅行の紹介をやっていて、僕はその海の美しさに目を奪われた。</div><div><br></div><div>以前、当時付き合っていた女性と沖縄に行ったことがあるが、美ら海水族館とホテルが綺麗だったこと以外はあまり記憶がなかった。</div><div><br></div><div>強い太陽の光の元で、綺麗な海に身を浸したら、自分が浄化されるような気がしたのだ。特に観光などは求めず、ただ綺麗な海に接したかった。</div><div>そして、僕は沖縄旅行への欲望に取り憑かれた。しかし、引越してから、充電したパワーを使ってしまい、iPadの設定すらできない状況で、諸々の手配は僕の望むスピードでは済みそうになかった。しかし、それが結果的にはプラスに働き、僕は度重なる台風の合間に出発することができたのだった。ラッキーなことに、飛行機代はかつて出張が多かったこともあり、マイル消化で間に合った。あと数回は行けそうである。</div><div><br></div><div>休職中の旅行については賛否両論別れるところだ（もちろん否定が多い）。僕は旅行をすることについても少なからず罪悪感を感じており、この旅行でもしかしたら自分の心境は酷くなるかもしれないとすら思った。だが、人生には何か見えない力で引っ張られる時があり、この時の僕はまさにそうだったのだろう。</div><div><br></div><div>行き先は宮古島。本島や石垣島ほどメジャーでなく、会社の人間が仮に休暇を取って沖縄に来ていても、鉢合わせる危険性が少ないところを選択した。もちろん、第一の理由は海が美しいということではあるが…</div><div>宿泊先も安いゲストハウスにした。</div><div><br></div><div>こうして僕は人目を忍んで旅立った。</div><div><br></div><div>つづく</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11851082714.html</link>
<pubDate>Sun, 18 May 2014 10:06:14 +0900</pubDate>
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<title>ネットサーフィン</title>
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<![CDATA[ 引っ越しした事が功を奏したのか、僕は少しずつ食欲を取り戻していった。<div>引っ越し先には、都内でも有名な商店街があり、生活必需品はほぼここで揃えることができた。また、付近には手頃な飲食店も揃っており、作る気力が湧かない時はそういった店を利用した。それらの素朴さは、僕の慰めになった。</div><div>僕はもともと田舎の出身なので、それを嫌がって上京してきたのだが、改めて繁華街でない静かな住宅地に住んでみると、その環境の方が自分に合っているように思えた。もちろん、それはこの状況だから言えることではあるが。</div><div>そうした静かな生活をしていたら、僕の貯金通帳の残高が少しずつ余裕が出てきた。手当&gt;支出なのだから当たり前であるが、あれ程苦心していた貯蓄が微々たる額であっても毎月できてきたことは、僕にそれなりに心の安定をもたらした。</div><div>仕事をして、それなりの収入がありつつも、それを消費し続けないとやっていけないストレスを抱えているのとどちらが幸せなのだろうか…</div><div><br></div><div>もうひとつ、会社と（というより僕の部署の人々と）文書以外の接触を絶ってもらったことも、僕の回復に大いに寄与した。</div><div><br></div><div>こうして、気が向けば僕は近所に出かけ、簡単な買い物をし、それ以外はスマホでネットサーフィンなどしてダラダラと過ごしていた。というか、それしかできなかった。スマホの画面が小さかったので、iPadを購入したが、パッケージを開けて、充電して、設定して…という作業はどうしてもやる気になれず、宅配便は数ヶ月放置された。</div><div><br></div><div>ネットサーフィンでは、やはり自分と同じような環境にある人を探した。世の中にはこんなに病んでいる人がいるのかと思った。回復した人、何年も患っている人、薬が合わずジプシーを続けている人などなど。2ちゃんねるのメンタルヘルス版は良く見ていた。いわゆるROM専ではあるが…</div><div><br></div><div>僕は、結婚していたらどうだっただろうかと考えた。もしかしたら、心の拠り所があって、妻子を養う大黒柱だったらもっと意識が違ったかもしれない、いやいや、逆に重さに耐えかねてもっと酷い事になったかもしれない…など。</div><div>たら、れば、もし…いろいろな空想の中で、僕はただ微睡んでいた。</div><div><br></div><div>未来は全く想像がつかなかったが、僕はレールから外れてしまった以上、新しい自分の価値観を構築する必要があることだけは解っていたが、その道すじも見えず、焦りと、それを宥める気持ちのあいだで、日々を過ごしていたのだった。</div><div><br></div><div>つづく</div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11851069360.html</link>
<pubDate>Sat, 17 May 2014 10:42:25 +0900</pubDate>
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<title>Let it go</title>
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<![CDATA[ 先ほどコーヒーを飲みに入った店で、表題の曲が、<br>・原曲<br>・日本語バージョン１<br>・日本語バージョン２<br>と３曲連続で流れた。<br><br>「アナと雪の女王」は「トイ・ストーリー３」を抜いて歴代アニメーション興行収入第１位を記録しているそうだ。ヒットという結果をもって要因を探ることは容易であるが、ヒットを前提に仕掛けるというのは本当に至難の業だ。見に行く元気はなかったので、結末まで掲載されているあらすじを探して読んでみたが、アンデルセンの原作を大胆にアレンジしたということは解ったが、世間は恋愛に食傷気味で、血は水より濃いということなのだろうか。<br>また、ありのままでいたいという曲がここまでヒットするというのは、抑圧された人々がこの世界の多数派ということなのであろうか。その割に、この手の大勢にヒットする作品に感動していると言っている人の中には、感動すべきという空気に負けて感動した！と言っている人も多数いそうな気がする。<br><br>究極のマーケティングは有無を言わさぬ空気を作ることなのだろう。<br><br>少し一般的な感覚を取り戻すために、機会があれば視聴したいと思う。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11850748338.html</link>
<pubDate>Fri, 16 May 2014 10:07:59 +0900</pubDate>
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<title>経済的な不安から引越</title>
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<![CDATA[ 僕は、勤務先がいわゆる大手企業だったこともあり、こんな状態になってもある程度の収入が確保されていた。<div>基本給の9割がその金額だった。</div><div>本来であれば、単身でそれだけの手取りがあれば、充分やっていけるはず…なのだが、よく経済雑誌の記事などでもあるように、僕は中途半端に収入があったために、住まいも恵比寿に構え、普段は近辺でほぼ外食、服飾品も結構な割合で購入するなど、見栄の消費が非常に多く、貯蓄の習慣もさして持ち合わせていなかった。唯一、月に微々たる金額を天引きしている財形が貯蓄と呼べるものであった。</div><div><br></div><div>だから、手取りから各種手当が消えたのは非常に痛い話で、僕はすぐに経済的な困窮に陥った。特に休職前はストレス解消と銘打って、いろいろ使っていたので尚のことだった。クレジットカードの支払いが危ういことを知り、慌てて財形を解約した。そして、振り込まれた金額の数字の羅列を眺めながら、これが自分が働いてきた結果なのかと虚しくなった。</div><div>特に、恵比寿の家は繁華街に近く、かつては自分もその中に存在していた夜の喧騒は激しく自分を責めたてた。この部屋には、会社の思い出がありすぎた。</div><div><br></div><div>幸い、財形の解約で何回かに渡るクレジットカードの支払いを乗り切ったが、毎月容赦無く天引きされる15万の家賃は正直痛かった。そこで僕はまだ口座にお金が残っているうちに、生活コストを下げなくてはいけない現実に向き合うことになった。</div><div><br></div><div>僕は、寝込んだ当初は、情報を何も受け付けなかったが、しばらくすると寝たままのスマホ操作ならなんとかできるようになった。</div><div>それから、僕は引越しをすべく物件を探し始めたのだった。もちろんスムーズに事が進むわけはなく、休み休みの作業であった。途中で何もかもが嫌になって投げ出したくなる気持ちになったら、投げ出して休み、あくまで物件探しは気持ちが乗ったときにとどめた。</div><div><br></div><div>引越うつという言葉もあるように、引越は変化を伴うので、できる限りしない方が良いであることもわかっていたが、僕の場合はそのまま居住した場合の経済的不安がそれを上回っていたので、結果として引越はプラスになった。静かな環境と必要経費の削減で、少なからず僕の心は安らいだ。こんなことなら、在職中にしておけば良かったと思うくらいであったが、おそらくあの忙しさの中では引越は相当ストレスに感じたであろう。時間だけはあったので、引っ越しの荷物もゆっくりまとめ、荷ほどきも気が向いたら行い、疲れたら休み、徐々に片付けた。</div><div>今回の引っ越しで一番きつかったのは、人事部とのやりとりであった。僕の家は会社の借り上げ社宅の扱いになっており、出るには転勤などの相応の理由が必要だ。<br></div><div>僕は療養における必要性を説明し、なんとか許可を得た。そしてこのやり取りでも数日寝付いた。しかし、不動産業者と関連書類をやり取りしているうちに、書類の誤りを指摘できるほどには、自分の文書処理能力が少し回復してきたことも感じられた。</div><div><br></div><div>僕は新居で、貧乏だった学生時代を思い出しながら、近所の商店街などで買い物をして自炊を始めた。もともと、料理は嫌いではない。しかし今までは余裕がなかったのだ。とにかく、自分の気が乗らない時に、何かを義務として行わないこと。それを心がけて過ごしているうちに、数ヶ月の時間があっという間にたち、僕は、どうにか食欲も回復し、体重も戻ってきたのであった。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/kyushoku-diary/entry-11844465518.html</link>
<pubDate>Thu, 15 May 2014 10:11:10 +0900</pubDate>
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