<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>アノマロカリスのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/labigmart/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/labigmart/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ﾌﾞﾛｸﾞの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>｢仰ぐ｣ ｢扇ぐ｣ ｢煽ぐ｣ の使い分け方</title>
<description>
<![CDATA[ <br>　今回は｢仰ぐ｣ ｢扇ぐ｣ ｢煽ぐ｣ の使い分け方について。<br><br>　と言っても取り分け難しい訳でもありませんよね。<br><br>　｢仰ぐ｣の旁は｢跪いて立つ人を見上げる様子｣を示しています。<br><br>　ですから｢上を向く｣以外にも｢尊敬する｣や｢求める｣といった意味も含まれます。<br><br>(例：天を仰ぐ。師と仰ぐ。指示を仰ぐ。)<br><br>　｢扇ぐ｣は勿論｢扇子や団扇などを動かして風を送る｣行為です。これは説明するまでもありません。<br><br>　さて肝心な｢煽ぐ｣、これは｢扇ぐ｣と全く同じ意味です。<br><br>　火偏だから｢風で火を盛んする｣と思われがちですが、飽くまで｢扇子や団扇などを動かして風を送る｣行為を指すのです。<br><br>　則ち｢風で火を盛んにする｣という意味の動詞は、｢煽ぐ｣ではなく｢煽る｣を用いることが最適なのです。<br><br>　最も｢煽ぐ｣で通じないとは限りませんが、言葉は正しく使うべきです。<br><br>　因みにこの｢煽｣の字ですが、所謂俗字と呼ばれる正しいとされない字なのです。<br><br>　しかし実際、俗字が一般化されるのはそう少なくなありません。<br><br>(例：當→当，效→効)<br><br>　さてこの｢煽る｣は先の意味より、｢唆す｣の意味でよく使いますよね。<br><br>　｢唆す｣でしたら、｢扇ぐ(煽ぐ)｣＋｢立てる｣の｢扇ぎ(煽ぎ)立てる｣という言葉で表現が可能です(他にも｢煽(ｵﾀﾞ)てる｣という意味がある)。<br><br>　これに関連して｢酒(毒)などを一気に飲む｣意の、｢呷(ｱｵ)る｣という動詞があります。<br><br>　実はこれ｢煽る｣と同じ語源なのです。昔は煽って、酒や毒を飲ませていたのでしょうか。<br><br>　さらに何の偶然か、｢仰ぐ｣にも｢毒を一気に飲む｣という意味が存在するのです。<br><br>　非常に興味深い話ですね。<br><br>　以上｢仰ぐ｣｢扇ぐ｣｢煽ぐ｣の違いでした。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/labigmart/entry-11263414325.html</link>
<pubDate>Tue, 29 May 2012 16:09:04 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>｢飽きる｣ ｢厭きる｣ ｢倦きる｣ の使い分け方</title>
<description>
<![CDATA[ <br>　さて｢飽きる｣｢厭きる｣｢倦きる｣の使い分け方について。<br><br>　この｢あきる｣は殆どの人が｢飽きる｣と充てますよね。<br><br>　しかし、これらは微妙に意味が違っているんです。<br><br>　まず大概が使う｢飽きる｣、この｢包｣は勿論｢包む｣の｢包｣です。<br><br>　意味は｢食物を食べて膨れる｣を示します。熟語では｢飽食｣や｢飽和｣なんて言葉がありますね。<br><br>　つまり、「十分過ぎてこれ以上いらない」ということ。<br><br>　次に｢厭きる｣。部首の｢厂(ｶﾝ)｣は｢岩石｣を、部外の｢日月犬を組み合わせた字(ｴﾝ)｣は｢覆う｣という意味をそれぞれ示します。<br><br>　則ち｢同じ物事が長く続いて辟易する｣ こと。この場合部首の｢厂｣は余り関係なく、部外の｢覆う｣が厭きるの意味を担っています。<br><br>(例：長話に厭きる。この料理に厭きた。)<br><br>　では最後の｢倦きる｣ですが、これを目にするは非常に珍しいですね。<br><br>　でも｢倦｣だけだったら、どこか見覚えありますよね。そう｢倦怠期｣や｢倦怠感｣です。<br><br>　部外の｢巻｣は｢人が膝を曲げる｣様子を表しています。則ち｢疲れる｣の意味です。<br><br>　これらを踏まえると、｢倦きる｣は｢心身共に疲れて怠い｣という意味に繋がるのです。<br><br>　主に否定型で使うとしっくりきます。<br><br>(例：倦きずに努力する。)<br><br><br>　以上が｢飽きる｣｢厭きる｣｢倦きる｣の違いでした。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/labigmart/entry-11261630663.html</link>
<pubDate>Mon, 28 May 2012 21:30:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>｢会う｣ ｢逢う｣ ｢遭う｣ ｢遇う｣ の使い分け方</title>
<description>
<![CDATA[ <br>　｢会う｣｢逢う｣｢遭う｣｢遇う｣はどう使い分けるべきでしょうか。<br><br>　普段、最も明確に区別しているのは｢遭う｣ですよね。<br><br>　これは｢悪い状態に陥る｣や｢災難に見舞われる｣といった否定的な場面で使われます。<br><br>(例：被害に遭う。交通事故に遭った。)<br><br>　次に｢遇う｣ですが、この使用は滅多に見かけませんね。この｢禺｣という字はナマケモノ類の象形で、｢意志も目的もない｣または｢何と無くする｣という意味を持ちます。<br><br><br>　ですから｢偶然に｣や｢思いがけず｣など、予期していなかった場合などに使えます。<br><br><br>　さて｢会う｣と｢逢う｣、この使い分けは少し難しいかもは知れません。<br><br><br>　則ち｢会う｣は｢約束｣や｢計画的｣な対面を意味し、｢逢う｣は｢親しい人との対面｣または｢貴重な出会い｣など主に｢美的な表現｣として使われます。<br><br><br>　確かに｢彼に会った｣と｢彼に逢った｣では受ける印象が変わりますよね。<br><br><br>　以上が｢会う｣｢逢う｣｢遭う｣｢遇う｣の大まかな違いでした。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/labigmart/entry-11261043666.html</link>
<pubDate>Sun, 27 May 2012 11:38:56 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
