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<title>旅好き　野球好き　NAOのブログ</title>
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<description>日々の雑感を書き込むぞ～</description>
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<title>ドルニエ EPOS ULTRAで足裏治療</title>
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<![CDATA[ <p>本日ドルニエ EPOS ULTRAを使った2回目の対外衝撃波治療に行ってきた。</p><br><p>年初から足の裏の痛みに悩まされて色々と調べた結果、ドイツ　ドルニエ社製のEPOS ULTRAという衝撃波治療が有効だということを知った。</p><br><p>都内には設置してる病院がなく（板橋の国立スポーツ科学研究所に1台あったがオリンピック強化指定選手じゃないとダメなんだと　アホかっ！）</p><br><p>千葉県船橋市の有名なF整形外科まで行って来た。</p><br><p>衝撃波治療とは電子衝撃波を痛い部分にピンポイントで照射し、痛みを根絶するというもの。</p><p>尿管結石を砕く電子衝撃波装置を応用したものらしい。</p><br><p>足の裏の痛いところに衝撃波を当てるのだがこれが痛いの何の！</p><p>指で押しても激痛がするので当たり前なんだけど、神経に直接ハリを刺すような鋭い痛み。</p><p>良くなるためにと脂汗を流し、うめきながら両足４０分の激痛治療に耐え続けた。</p><br><p>4週間前と今日と２回やったが全く効果なし、むしろ悪くなったような。。</p><br><p>効果がある人もいるようだが私には合わなかったようだ。</p><br><p>保険は効くが3割負担でも治療費は3万円超。</p><br><p>金返せ～！</p><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 07 May 2013 16:10:58 +0900</pubDate>
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<title>ありがとう！最後のゲンコツ親父～西本幸雄さんに捧ぐ～</title>
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<![CDATA[ <p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; COLOR: black; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ ゴシック'"><font size="3">「悲運の名将」西本幸雄さんが逝った。</font><span lang="EN-US"><br><br><br><font size="3">　昭和44年の或る日、初めてテレビでパリーグの試合を見た。<br>熾烈な首位争いを繰り広げていた　近鉄バッファローズvs阪急ブレーブスの試合だった。<br><br>　この試合の近鉄の監督は就任2年目の「魔術師」三原脩　阪急の監督が西本さんだった。<br>たまたまこの時、近鉄を好きになってしまったことが、その後数十年に渡る、私の不幸？の始まりだった。<br><br>生活の全てが近鉄バッファローズになってしまった当時８歳の私にとって、近鉄がどうしても勝てない阪急は巨悪そのもの。<br><br>その阪急の監督の西本さんが憎くて仕方がなかった。<br>口を「への字」に結び、全く笑顔を見せない無愛想なこのライバル球団の監督が大嫌いだった。<br><br>西本さんは弱小チームだった「灰色の阪急」を常勝軍団に育て上げたが、昭和49年、愛弟子の上田利治に後を託し、何と近鉄の監督に就任した。<br><br>「あの憎い西本が近鉄の監督になる？」<br>私の幼心は最初は複雑で受け入れがたかったが、近鉄の西本監督に心酔してゆくのに、それほど時間はかからなかった。<br><br>西本さんは当時、高校出たての若手だった、梨田昌孝、羽田耕一らをしごき上げ、「パリーグのお荷物」近鉄を徐々に勝てる軍団に育てていった。<br><br>愚直なまでにコツコツと基本練習を繰り返し、絶対に妥協をしなかった。<br><br>当時の近鉄の大エース、鈴木啓示がオープン戦でメッタ打ちにされると対戦相手の若手投手を指差し、「少しはあのピッチャーを見習え！」とやった。<br>これには鈴木が激怒しトレードを直訴したという。<br><br>　また、「山口高志の高めの速球には手を出すな！」という指示にも関わらず、高めのストレートを空振り三振してベンチに戻ってきた羽田耕一に鉄拳を振るい、ベンチ内を凍りつかせたこともあった。<br><br>一見、傲慢とも見える指導法に、当初近鉄の選手は戸惑ったが、それが深い愛情に裏打ちされたものであることを次第に知るようになる。<br><br>トレードを直訴していた「天皇」鈴木啓示も「このオッサン本気なんやな！」と西本監督を慕うようになっていった。<br><br>　そして就任５年目の昭和53年、弱小近鉄を球団創設30年目にして悲願の初優勝に導く。<br>翌昭和54年もパリーグ連覇、しかし「江夏の21球」に敗れ、日本シリーズでは一度も勝つことは出来なかった。<br><br>そして昭和55年に勇退。<br><br>　最後の試合となった　近鉄対阪急戦の試合終了後、何と近鉄、阪急両方の選手が総出で西本さんを胴上げした。<br><br>　西本さんが阪急の監督を辞め、同一リーグ近鉄の監督に就任したとき、近鉄との契約の席に阪急の森薫オーナーと近鉄社長の今里英三が仲良く同席する前代未聞の形となった。<br><br>そこには純粋に、高潔に、野球しか見えない。<br>後に野村克也や星野仙一が阪神タイガースの監督に就任したときのような非難めいた議論は一切起きなかった。<br>西本さんの人柄が窺い知れる話である。<br><br>こんな話もある<br><br>元近鉄の応援団長で現在作家の佐野正幸さんが中学生のころ、当時阪急監督の西本さんにファンレターを書いた。<br>当然返事など期待していなかったが、見事な達筆で返事が届いた。<br><br>　それをきっかけに二人は文通を始めたが、佐野さんは北海道在住だったため、球場に西本さんの試合を観に行くことはなかった。<br><br>後に西本さんは近鉄の監督になるが、佐野さんも徐々に近鉄のファンになっていった。<br><br>　後年、佐野さんは就職活動のため上京した折に念願の近鉄の試合を観戦する。<br><br>試合終了後、球団のバスに向かう西本監督に「僕が札幌の佐野です！」と声をかけたところ、「ここに電話しなさい」と宿泊先のホテルのマッチを手渡されたという。<br><br>　西本さんは佐野さんに就職の世話をし（近鉄百貨店）さらに佐野さんの結婚式の仲人まで務めた。<br><br>縁もゆかりもない、一中学生のファンにここまでする西本さんの律儀さ、愛情の深さを示すエピソードである。<br><br>佐野さん元気かな？　死に物狂いで一緒に近鉄を応援していた頃を思い出すと、こみ上げるものを抑えることが出来ない。<br><br><br>母子家庭に育った私は、いつしか西本さんが自分のオヤジのように思えてきた。<br><br>頑固で寡黙で滅多に笑うこともなく、冗談も通じない無愛想。<br>実は律儀で深い愛情を持って本気で人に接する。<br><br>こんな人が自分の父親であったなら心底尊敬するだろう。<br><br><br>その西本さんが逝った。<br><br>私の中で、またひとつの時代が終わった。<br><br>今のどこかの球団のように、オーナーも球団社長も、商売や利権のことで対立したりせず、純粋に野球に勝つことだけに邁進したあの時代。<br><br>その時代の象徴だった西本さんが逝った。<br><br>ありがとう西本さん！<br>頂いたサイン色紙は形見として、家宝として、一生大事にします。<br>そしてあなたのことを生涯忘れません。<br><br><br><br><br><br>最後のゲンコツ親父　西本幸雄氏に捧ぐ</font></span></span><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-bidi-font-size: 10.5pt" lang="EN-US"><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11089586463.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Nov 2011 10:54:00 +0900</pubDate>
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<title>巣鴨プリズン同窓生とC I A</title>
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<![CDATA[ １９４８年１２月２４日、当時の日本にはクリスマスイブとい う日は存在しなかったと思われますが、東条英機ら死刑判決を 受けた７名のＡ級戦犯の刑が執行されたその翌日のこの日、戦 後の暗黒史を司るキーマン3人が巣鴨刑務所を密かに出所しま した。<br><br>岸信介、児玉譽士夫、笹川良一 の３名です。<br><br>戦後の米国服従の土台は、この巣鴨プリズン三兄弟と前年９月 に出所していた正力松太郎によって築かれます。<br><br>何故この４人が釈放されたのか？<br><br>背景には終戦直後から始まったアメリカとソ連を中心とした東 西冷戦があります。<br><br>米国にとってソ連や中国といった共産主義国家の、のど元に匕 首を突きつけるには日本は戦略的に大変重要な位置に国土が存 在していたのです。 日本を前線基地にして核兵器を配備し、脅しをかけるのです。<br><br>もしこの時に、その地理的メリットを最大限に活かし、日本に 有利な交渉が出来る政治家が存在したら、米国による実質植民 地化は防げたかも知れないと思うと残念でなりません。<br><br>アメリカは戦争犯罪人の処刑という復讐から、「冷戦のために 使えそうな奴は生かして使う」という「逆コース」と呼ばれる 政策転換をしました。<br><br>4人の釈放にはこのような裏事情があったのです。<br><br>巣鴨プリズンを出所した４人の「同窓生」達はそれぞれに役割 分担を与えられました。 簡略に書きますと、岸、正力が表、児玉、笹川が裏の世界を操 るというものです。<br><br>1947年に設立されたアメリカ中央情報局（Central Intelligence Agency, CIA）が、その任にあたりまし た。 アメリカのための従順な日本を創るため4人を構成員にして日 本を操ろうということです。<br><br>ＣＩＡといえばアメリカのハリウッド映画に度々登場するあま りにも有名な国家的スパイ組織ですが、主に以下のような任務 があるとされます（※wikipediaより抜粋）<br><br>○世界に知られる訳にはいかない機密の保持や証拠物件等の抹 消 ○敵国指導者の暗殺 ○敵国外交官の買収・懐柔・脅迫 ○敵国内での情報操作、プロパガンダから民衆扇動 ○交戦中の敵国捕虜に対する尋問・拷問 ○潜在的敵対国にとっての反政府組織やゲリラなどへの人材・ 資金面や交流・援助 ○アメリカが攻撃対象とできる反米集団の育成 ○反米政権打倒と親米政権樹立の援助 ○独裁政権の打倒や樹立の援助<br><br>殺人を犯しても罪に問われないこの特権集団は時に暴走しま す。<br><br>対キューバ侵攻作戦（ピッグス湾事件）に失敗したことに業を 煮やし、ＣＩＡ解体を宣言した時の大統領、ジョン・Ｆ・ケネ ディと後継の大統領候補であった実弟のロバート・ケネディ、 また、将来の大統領候補といわれたジョン・Ｆ・ケネディ・ ジュニアを暗殺し、末弟のエドワード・ケネディ上院議員も女 性秘書を水死させる事件を仕組まれ、大統領への道を閉ざされ ています。<br><br>また、ジョン・Ｆ・ケネディの死後３年間に、重要証人１８人 が死亡しています。<br><br>６人が撃たれ、１人は咽喉を切られ、もう１人は首に空手 チョップを受けて殺害されています。 ３人は交通事故、２人は自殺、３人は心不全、残る２人は自然 死です。<br><br>これら全てにＣＩＡが関与したことを否定する人は今日のアメ リカには居ないと言われています。<br><br>自分の国の大統領一家を根絶やしにして殺してしまうこの組織 はオウム真理教など目ではなく、イタリアマフィアよりも格段 に恐ろしいと言えます。 前述したようにアメリカでは一定期間経過後、政府の機密情報 を公開することが法律で定められていると書きましたが、概ね その期限は３０年です。<br><br>しかし「ケネディ暗殺に関わる情報は２０３９年まで公開でき ない」という行政命令がジョンソン大統領にて下されました。 完全に事件を封印してしてしまおうということでしょう。<br><br>4人の巣鴨プリズン同窓生はこの恐ろしい組織に自分の命と引 き換えに雇われてしまいました。<br><br>次回は日本を売ったこの4人のスパイ達について記したいと思 います。（つづく）<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085771936.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2011 10:52:00 +0900</pubDate>
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<title>岩隈よどこへゆく</title>
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<![CDATA[ 今日東北楽天イーグルス岩隈投手がFA宣言を行いました<br>昨年はポスティングシステムでのメジャー移籍を目指しましたがオークランド アスレチックスとの条件があわず今期は日本に残留していました<br>熱狂的な近鉄バファローズのファンであった私にとって岩隈は最後の近鉄のエース、彼が引退するまで動向を追い続けようと思います。<br>出来ればドジャース、エンゼルス、マリナーズなどの西海岸のチームに行ってほしい<br>そうすれば 毎年恒例のラスベガス 旅行の際に一緒に立ち寄り、観戦することが出来るからです<br>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085595421.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Nov 2011 00:09:15 +0900</pubDate>
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<title>今日もヒマだったぞ</title>
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<![CDATA[ <p>ブログって過去に遡って書き込みが出来るようなので、以前、野球チームの掲示板に投稿した政治ネタ等を整理してみました。</p><br><p>今日はこれでヒマをつぶすことが出来ました。</p><p><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085381207.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Nov 2011 21:21:27 +0900</pubDate>
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<title>野球公式戦終了</title>
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<![CDATA[ <p>ＣＯＭＥＴＳ</p><p>2011年最後の公式戦、先発して５回を投げた。</p><p>４失点で負け投手(x_x；)</p><br><p>肩手術から３年経つのにまだ完治しない。</p><br><p>20球くらいで球威が格段に落ちる。</p><br><p>ピッチャーやめて内野手に専念しようかな～</p>
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<pubDate>Sun, 20 Nov 2011 20:39:55 +0900</pubDate>
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<title>アメリカ公文書にみる日本人ＣＩＡエージェント</title>
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<![CDATA[ <font face="ＭＳ ゴシック">今朝の参院予算委において自民党の山本一太議員が、帰国した野田総理に対しＴＰＰに関する質問を繰り返し行うのをＮＨＫの国会中継で興味深く見ていました。<br><br>　山本議員が「交渉に参加しない選択肢もあるのか」と質問したのに対し、曖昧な答えに終始していた野田首相ですが、繰り返しの山本議員の激しいツッコミに最後は「参加を前提で協議するが何が何でも、国益を損ねてまで、とにもかくにもということではない」と、事前協議の結果によっては参加しない可能性もあるとの認識を示しました。<br><br>　しかしアメリカは日本は参加表明したと思っています。今更やめさせてもらえるわけはないと見るべきでしょう。<br><br>　そのアメリカですが、早速、①アメリカ産牛肉の輸入制限撤廃②自動車の市場開放③日本郵政の優遇措置見直し　の3つの条件を早々に突きつけてきました。<br><br>　貿易に関わる牛肉と自動車は、まだわかりますが、ヒトの国の郵便のことは関係ないと思います。<br>前の書き込みで指摘した通り、郵政の300兆円を狙っているのがミエミエです。<br><br>　政治家も当然わかっている筈ですが、もし政治家自身がアメリカのスパイだったとしたら？ 大マスコミがアメリカのスパイだったら？ 国民をダマして300兆円をアメリカに献上することなどたやすいでしょう。<br><br>そんな馬鹿な話が！と思われるでしょうが、戦後、あまりにも多くの政治家・官僚達がCIAに買収され米国益の為に活動していましたし、それは今も続いているのです。<br><br>ワシントンＤＣに国立公文書記録管理局（United States National Archives and Records Administration, NARA）というアメリカ政府の書類と歴史的価値のある資料を保存する公文書館があります。<br><br>米国では法律で、一定年数経過後に政府の記録が機密解除されることになっています。<br><br>　2007年にCIA（アメリカ中央情報局）で活動した諜報員（スパイ）の極秘ファイルの第2次公開があり、この公文書館に保管されました。現在ではネット上でも閲覧可能です。<br><br></font><a href="http://6402.teacup.com/878787/bbs?M=JU&amp;JUR=http%3A%2F%2Fwww.archives.gov%2Fiwg%2Fdeclassified-records%2Frg-263-cia-records%2Fsecond-release%2Fname-files.html" rel="nofollow" target="_blank"><font color="#3300ff" face="ＭＳ ゴシック">http://www.archives.gov/iwg/declassified-records/rg-263-cia-records/second-release/name-files.html</font></a><br><br><font face="ＭＳ ゴシック">ここにあるCIA Name File 2nd Releaseを見てみますと多くの日本人が含まれているのがわかります。<br><br>　日本人らしい名前は、<br>秋山浩、有末精三、麻生達男、福見秀雄、五島慶太、服部卓四郎，東久邇稔彦、今村均、石井四郎、賀屋興宣、岸信介、児玉誉士夫，小宮義孝、久原房之助、前田稔、野村吉三郎、緒方竹虎，大川周明、小野寺信，笹川良一、重光葵、下村定、正力松太郎，Shima Horia ，辰巳栄一、辻政信，和知鷹二、和智恒蔵<br>の28人です。<br><br>この中には内閣総理大臣（岸信介）や読売新聞社社長（正力松太郎）東急電鉄創業者（五島慶太）など、政財界の超大物が数多く存在します。<br>それぞれコードネーム（暗号スパイ名）を割り当てられ、米国の国益のために暗躍したことが詳細に記録されています。<br><br>　例えば正力松太郎はPODAM(ポダム)というコードネームで、戦後の親アメリカ的な世論形成、原子力発電所の日本への導入に深く関わり、米国に大きく貢献しました。<br><br>コードネーム一覧表（下記を開きsecond release lexicon を開く）※45ページにPODAM　matsutaro syoriki, POBLK yomiuri news paper japan 等の記載がある<br><br></font><a href="http://6402.teacup.com/878787/bbs?M=JU&amp;JUR=http%3A%2F%2Fsearch.archives.gov%2Fquery.html%3Fqt%3Dpodam%26submit%3DGO%26col%3D1arch%26col%3Dsocial%26qc%3D1arch%26qc%3Dsocial" rel="nofollow" target="_blank"><font color="#3300ff" face="ＭＳ ゴシック">http://search.archives.gov/query.html?qt=podam&amp;submit=GO&amp;col=1arch&amp;col=social&amp;qc=1arch&amp;qc=social</font></a><br><br><font face="ＭＳ ゴシック">上記の２８人の共通点は、連合国軍最高司令官総司令部（ＧＨＱ）に逮捕され戦犯として巣鴨刑務所に拘留されていたか、同じくＧＨＱにより公職追放された人がほとんどです。<br><br>「命を助けてやるからスパイになれ」と脅されやむを得ず国を売ってしまったのでしょう。<br>中にはそれを潔しとせず、死刑になった人も多くいたと思われます。<br><br>　悲しい敗戦国の現実ですが、現在も続くアメリカ隷属の基礎はこれらＣＩＡのスパイ達によって戦後、作られました。<br><br>次回は具体的にどういったスパイ活動を行って来たかを検証したいと思います。</font><br>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085274595.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Nov 2011 19:49:47 +0900</pubDate>
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<title>またか！やはり野田は売国どじょうか～ＴＰＰ議論の馬鹿馬鹿しさ～</title>
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<![CDATA[ <font face="ＭＳ ゴシック">今の政治的茶番劇は見るに耐えません。ＴＰＰの是非を議論すること自体が茶番です。<br>新聞は例によって世論調査を実施、43.7％が参加支持、35.7％が参加不支持と参加支持者が不支持者を上回っているというお決まりのうそ報道を繰り返し、ＴＰＰ参加が日本にとって良いことだという雰囲気を作り出そうと必死です。<br><br>しかし私の周りには私も含めて参加を支持する人は皆無です。<br>新聞やテレビニュースの一方的な報道ではない双方向のネットの意識調査では66％が不支持、31％が支持という圧倒的な結果が出ています。（2011／11／14現在）<br></font><a href="http://6402.teacup.com/878787/bbs?M=JU&amp;JUR=http%3A%2F%2Fseiji.yahoo.co.jp%2Fvote%2Fresult%2F201111060001%2F" rel="nofollow" target="_blank"><font color="#3300ff" face="ＭＳ ゴシック">http://seiji.yahoo.co.jp/vote/result/201111060001/</font></a><font face="ＭＳ ゴシック">　（ヤフーみんなの政治）<br><br>恐ろしいのはマスコミにより工業vs農業に問題がすりかえられている点です。<br><br>ＴＰＰには２４分野２１項目あり、その中には「投資」「金融」という、アメリカが参加してから新たにアメリカによって加えられた2項目があります。<br>ＣＩＡスパイ小泉純一郎によってなされた「郵政民営化」で自由市場に流れようとしたゆうちょ（郵便貯金）、かんぽ（郵便局の簡易保険）、などの300兆円を超える国民資産はギリギリのところで亀井静香が守りましたが、簡単にあきらめる相手ではありません。<br>「非関税障壁」撤廃を求められ、これらの莫大な資金がウォール街に流れ込むことになります。<br>アメリカの本当の狙いはここにあります。<br><br>アメリカの対外債務は14兆＄以上、深刻な財政危機です。日本の300兆円を何としても手に入れたいのでしょう。日本でも財政危機が叫ばれ、増税やむなしと報道されていますが、日本の債務のほとんどは国内債務です。外国から借りているわけではありませんので破綻する心配は実はありません。ここもうまくマスコミに騙されています。<br><br>ＴＰＰに参加しても一般国民にとっては何ひとつメリットはありません。関税撤廃で原材料が安く調達できることと外国からの低賃金労働者によって経団連の一部の大企業が潤うだけです。<br><br>しかし例によって利益は社内留保され、社員に還元されることは無いでしょう。<br>それどころか低賃金労働者が外国から入ってくることにより日本人の給料はますます下がり、職を奪われて失業も増え、デフレはますます加速し、国内で回っていたお金がどんどん海外へ流失、景気はますます悪くなり、日本はどんどん貧乏になってゆきます。<br><br>そして何よりも問題なのは国民を守るために、国民の代表が決めた法律や制度が、アメリカ企業の都合によって、いくらでも変更してしまえるようになることです。<br><br>日本国民の主権が奪われ、夢も希望もない国になってしまいます。<br><br>これは、黒船来航とか、敗戦とかと同じくらい、歴史的な重大事なのです。<br><br>さすがに良心からか、アメリカが作った政党、自民党からもＴＰＰ反対議員が続出しています。<br>国会前ではものすごい数のデモ隊が連日、反対デモを繰り返していますがマスコミは絶対に報道しません。何故か？何故日本のマスコミは真実の報道をしないのでしょうか？<br><br>そこには敗戦国日本の悲しい現実があります。この構造的な問題を解決しない限り、アメリカの搾取から逃れることは出来ません。<br><br>構造的問題を解決するには、国民一人一人が真実を見極める目を持ち、政治を変えていかなければならないのです。<br>長い間ダマされ続けてきたことに国民はようやく気付いてきています。<br>今回のＴＰＰ騒動は日本の政治が誰のためのものか、計らずも露呈してしまいました。<br><br>アメリカのコントロールで日本の政治が行われていることに気付いた国民も大勢いるはずです。<br><br>夢のある国を子孫に残すために何が出来るのか？まずこうして書き込むことにより一人でも多くの人に真実を知ってもらうことが大事だと信じています。<br><br>次回はアメリカの支配という構造的問題について書いてみたいと思います。</font>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085279914.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Nov 2011 19:56:11 +0900</pubDate>
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<title>終戦の日に想う</title>
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<![CDATA[ <span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ ゴシック', sans-serif; FONT-SIZE: medium" class="Kiji_Article">並木路子という歌手をご存知だろうか？<br>「♪あ～か～い～リンゴにくちび～るよ～せ～て～♪」毎年この時期になると流れてくるサトウハチロー作詞の「リンゴの歌」を歌った歌手である。<br><br>サトウハチローとは童謡「お山の杉の子」「ちいさい秋みつけた」等を作詞した言わずと知れた日本を代表する詩人、作家である。<br><br>戦災の焼け跡のラジオから流れる「リンゴの歌」が憔悴しきった国民に大きな癒しとなったのが当時空前の大ヒットとなった理由なのだという。<br><br>幼少時から私は軍歌のレコードを聴きながら激動の時代を生きた先人達のことを思い、一人涙を流す相当に変わった子供であった。<br><br>当然この歌は知っていたが実はあまり興味はなかった。<br>というのも私の中では「軍歌」と「戦時歌謡」は全くの別物。<br><br>戦争を肯定し、戦意を昂揚させるかのような「作り物」の「戦時歌謡」には全く興味がなく、またその多くをサトウハチローが作詞していたため、「リンゴの歌」が終戦後の歌だといっても素直に受け入れることが出来なかったのである。<br>　「ダンチョネ節」や「ズンドコ節」のように誰が作ったかわからない作者不詳の曲が当時の私の涙腺を緩めた。<br><br>おそらく軍隊の中に音楽的才能のある無名の兵士が居て、明日出撃で死ななければならぬ、やむにやまれぬ想いを歌に託し、それが生き残った兵士の間で歌い継がれてきたのだと思う。魂の叫び、これ以上の真実があろうか！<br><br>並木路子に話を戻す。<br>後年、私は並木路子の波乱に満ちた半生を知ることになる。<br>浅草で生まれ、松竹歌劇団で子役デビューした彼女は、戦争で父と次兄を亡くす。<br>手をつないだだけだったが、心の支えだった初恋の立教大生も学徒出陣で特攻隊に志願し、南の海に散った。<br><br>松竹歌劇団からの収入で何とか母との生活を支えていた彼女も、20年3月10日の東京大空襲に見舞われる。<br><br>母と手をつなぎ逃げまどい、隅田川に飛び込むが、後日,母の遺体と対面することになる。母の身元が確認できたのは遺体のポケットに入っていた彼女の給与明細からだったという。<br><br>天涯孤独になり落ち込む彼女に「リンゴの歌」を歌わせるのは酷だ、と誰もが思ったが、作曲した万城目正は多くの戦災孤児の前に彼女を連れて行き、「この子達のために歌って欲しい」と諭したという。<br><br>それから５０年、阪神淡路大震災の最大の被災地である神戸市長田区へ並木路子は慰問に訪れた。<br>「焼け跡に再びリンゴの歌が流れた」という見出しが当時の新聞紙面を飾った。<br><br>そして２００１年、自宅浴槽で孤独な死を迎える。私の母親が亡くなった1年前であった。<br><br>並木路子がもし生きていたら、真っ先に東北の被災地へ飛んで行ったに違いない。<br>私たちは三たび、瓦礫の中から「リンゴの歌」を聴くことが出来た筈だった。<br><br>戦災の記憶を思い起こし、今回の震災を乗り越えて行かなければならないと思う。<br><br>並木路子の人生は特別なものでもなく、当時としてはどこにでもあった話なのかも知れない。<br><br>しかし私たちは彼女が生きた時代の人たちのことを忘れてはならない、また、責任を持って後世に伝えていかなければならない。<br><br>多くの先人達がかけがえのない命を散らした。その礎の上に今の満ち足りた私たちの暮らしがあることを未来永劫忘れてはならないのである。<br></span>
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<link>https://ameblo.jp/laxlassfo/entry-11085282413.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Aug 2011 19:59:52 +0900</pubDate>
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<title>パとセの力の差について～浜田省吾とパリーグの選手～</title>
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<![CDATA[ <p><font face="ＭＳ ゴシック">昨日、国立競技場　代々木体育館に浜田省吾のコンサートを観に行ってきました。<br>ヤフーオークションで多少プレミアは付きましたが、意外にあっさりチケットを入手出来たので<br>「さすがのハマショーもそろそろ落ち目か？」とか思っていたらトンデモナーイ！<br>チケットを入手出来たのは奇跡的な偶然だと後で知りました。<br><br>原宿駅からコンサート会場である代々木体育館まで長蛇の列。普段なら徒歩５分もかからない距<br>離を人にもみくちゃにされながら約30分かかって辿り着きました。<br><br>３階席まで立錐の余地も無く超満員のスタンドはコンサートが始まると何と１曲目から全員総立<br>ち！１万人の地鳴りのような歓声が続く中、周りを見渡すとほとんどがおじさん、おばさん！<br><br>「この団塊の世代のパワーがあったらからこそ、戦後の日本の急速な復興があっんだろう。今の<br>草食系の若い人たちに日本を託して大丈夫かな？」<br><br>と妙な感心と心配をしたのもつかの間、私もこの大きなうねりと同化して上質の映画を見るよう<br>な浜田省吾の独特なロマン溢れる楽曲に、それを聞いていた青春時代の甘酸っぱい記憶を重ね合<br>わせ、感涙にむせびなら聞き入りました。<br><br>それにしてもメディアを一切利用せず、レコード制作とコンサート活動のみでトップシーンに登<br>りつめ、デビューから35年経った現在も絶大な人気を維持し続けている浜田省吾は稀有な、<br>特異な存在です。<br><br>マスコミ出演を一切せず、たたき上げの実力だけで不遇の時代から這い上がってきた彼の曲の<br>「ホンモノの凄味」が多くの人の胸を打つのでしょう。<br><br>ところでコンサート会場入り口にようやく辿り着いたとき、懐かしい声が聞こえてきました。<br>低くよく通るダミ声で「チケットあるよ～」「ハマショーあるよ～」いわゆる「ダフ屋」です。<br><br>この時私の脳裏には浜田省吾のコンサートと人気の無かった時代のプロ野球、パリーグの試合が<br>一瞬重なりました。<br><br>もう時効だと思いますのでカミングアウトしますが若い頃よく「ダフ屋」に世話になりました。<br><br>当時、近鉄バッファローズの熱狂的なファンだった私は、近鉄が関東地区で試合を行うときは余<br>程の事が無い限り、必ず球場に足を運んでいました。<br><br>浜田省吾のコンサートと違い近鉄の試合はいつもガラガラ。特に川崎球場のロッテ対近鉄戦など<br>は観客数を目視で数えられる程閑散としていました。<br><br>翌日の新聞には一応　観衆3000人とかサバ読んで記載されていますが、どう見ても100人程度しか<br>観客がいない試合が数多くありました。<br><br>そんな試合にどうして「ダフ屋」がいるのか？不思議に思われるでしょうが、「ダフ屋」はチケ<br>ットを高く売るだけではなく実は逆に定価より安く売ることもあるのです。<br><br>例えば窓口で買うと￥2,000のチケットがダフ屋から買うと￥1,500だったりします。但し、ダフ<br>屋のチケットは新聞社や後援会等がバラまく「無料招待券」です。ダフ屋にとってはタダで仕入<br>れたチケットが￥1,500で売れ、客にとっては定価よりも安く買えるということで利害が一致する<br>のです。<br><br>若く貧しかった私は、球場に着くとまずダフ屋の「ワリビキあるよ～」という声を探しました。<br><br>それでも数年に１試合くらい、優勝がかかった天下分け目の大一番となるといかに近鉄の試合と<br>いえども満員になることもありました。<br><br>そんな時ダフ屋は当然、今度はチケットを高く売るんですが「おお～！今日は定価より高い！<br>近鉄も全国区になったもんだ！」と妙に嬉しくなったのを思い出します。<br><br>そんな誰からも注目されないパリーグでは、アマチュア時代の実績など全く関係なく、頼れるの<br>は自分のウデひとつ。<br><br>巨人軍に鳴り物入りで入団した選手の多くは２軍にいるだけでもスター扱いされ、本人も勘違い<br>してせっかくの才能を散らしてゆきます。<br><br>　近年、一昨年の新人王松本外野手や貴重なリリーフ左腕山口投手など巨人にも生え抜きの若手<br>成長株が出てきましたが、いずれもアマ時代は全く無名。しかも給料はサラリーマンより安い育<br>成選手上がりです。<br><br>多くの有名選手を押しのけ、彼らが這い上がって来れたのは人一倍のハングリー精神の賜物では<br>ないでしょうか！？<br>また、無名であるからこそ周りに干渉されず、野球に打ち込めたのが良かったのかも知れません<br><br><br>松本外野手や山口投手は巨人にいながらパリーグの選手と同じような境遇だったのが彼らにとっ<br>て幸いしたのだと思います。<br><br>このあたりにパリーグがセリーグよりも強くなるポイントが隠されていると思います。<br><br><br>つまりパリーグは例えアマチュア時代大スターだったとしても、入団すればただの一選手。<br>２軍に落ちようものならどんな大スターでも早々に忘れ去られます。<br>西武に入団した菊池雄星をみると良くわかります。<br><br>　巨人や阪神、中日といったセリーグの人気球団では例え２軍であっても追っかけの女性ファン<br>も数多く、またいわゆる「タニマチ」と呼ばれる後援者も存在します。２０歳そこそこの若者が<br>カン違いして本業の野球を知らず知らずおろそかにするのも無理もありません。<br><br>一方のパリーグはどうか？ずいぶん縮まったとはいえ現在でもセに比べれば不人気のパリーグは<br>、周囲に干渉されず野球だけに集中出来る環境、言い代えれば２０歳そこそこの若者がカン違い<br>しない環境が整っているのではないでしょうか？<br><br>パリーグの一軍で活躍している選手の多くは旺盛なハングリー精神で不遇の境遇から這い上がっ<br>た、それこそ浜田省吾のように実力でスターダムを獲得した「タタキ上げ」の選手がセよりも多<br>く存在するのではないでしょうか？<br><br>そんなことに思いを馳せながら浜田省吾のコンサート会場を後にしました。</font><br><br></p>
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<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 20:03:00 +0900</pubDate>
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