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<title>みちかけ手記</title>
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<description>安定して不安定。固まっては融けてゆく。</description>
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<title>賭け事と器</title>
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<![CDATA[ <br>※お手数ですが下にある「蟻と司法書士」という記事をご一読下さい。<br><br><br><br>やる気がかつえてきました。<br>私は通常より自意識過剰な性質なので、あの記事もかなり勇気を出して書いたのですが…。<br>なんとまぁ、人間の美しくないところをお見せしてお恥ずかしい。<br><br>この停滞の原因は、私自身の怠け癖もせいもあるのですが、今が特別な時期、というのもあります。<br>私は来年度、大学四年生です。<br>今の時期、大部分の同期が就職活動に向けて動き出しています。<br>私の今後の予定はというと、<br>七月の第一日曜日までは試験の勉強に専念し、<br>自動車免許を持ってないので合宿に行き、<br>その後、司法書士事務所に補助者として、という形で就職活動(10月まで合否がわからないので)<br>という予定でした。<br><br>ですが、「八月頃から就職活動ってやばくない？」という一言で簡単に揺れている。<br>今ここです。<br><br>この時間は実に無駄です。<br>だって、「やばいかな？」と思って公務員試験とか求人情報とか見て一喜一憂してるだけで何もしてないからです。<br>これもひとえに、私が合格する自信がないからに他ありません。<br>司法書士になる！と決意することは、即ち同期と同じ選択肢を捨てるということなのに、私はそれを理解していなかった。<br><br>七月まで就職活動をしない、ということは、落ちた時はその負債を八月の自分に背負わせる、ということ。<br>大卒でフリーターになるかもしれない。<br>その賭け事のために、「今」の時間をつぎ込んでいるということを、私はわかっていなかったようです。<br><br>とても怖いです。<br>私は小心者なので、八月に既に内定をもらった同期の中で一から始める自分を想像するだけで内臓のどこかが破裂しそうです。<br>なので、賭け事は賭け事でも、まずはバロメーターで自分をはかってみようと思います。<br><br>四月に答練があります。<br>模試のようなものなのですが、そこで八割の点数を出せなかったら、私は司法書士の器じゃなかったと思ってすっぱり諦めようと思います。<br>択一式問題午前午後各35問なので、28問取れれば八割ですね。記述式問題はABC判定みたいなもので出ます。<br><br>"自分はこの程度の人間じゃない、本当はもっとすごいんだ"<br>それが本当かどうか、試してみようと思います。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11991953516.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Feb 2015 18:04:00 +0900</pubDate>
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<title>天国と縄</title>
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<![CDATA[ <br>おはようございます。<br>どうにか有言を実行することができました。<br>しかしやっぱり朝は眠かったですね。冬は特に二度寝しちゃいます。<br>外がむちゃくちゃ寒い分、ベッドの中が天国です。何か強制力のあるイベントがない場合、私がこの誘惑に勝てたことはそれほどありまでん。<br>ちなみに三年間大学生をやってきましたが、欠席したのは二回です。どちらも寝坊かつ片方は試験日でした。教授が仏様がごとき懐の広さを見せてくださったおかげで追試験を受けられたのでなんとか大丈夫でしたが。<br><br>二度寝に身を委ねるあの気持ち良さはきっと誰もが経験したことがあると思います。<br>でも、私は意識高い系なので、意識「だけ」高い系に堕ちたあと、底で落ち込みます。実にならない自己嫌悪もします。<br><br>寒い中起きるのは二度寝がものすごく気持ちいい分辛いですが、今こうやって記事を書いてちょっとした清々しさを得られるなら、まぁいっかとなるものです。<br>こういう時、禍福は糾える縄の如し、ということわざ？を思い出します。<br>どこに居ようと、どこに行こうと、禍福はいつも共にある。<br>なら、自分で決めた禍福を手にしたいものですね。<br><br>余談ですが、8:45分くらいには電車に乗っていたのにどうでもいいこと書いてたらギリギリになりました。<br>もうちょっと早くかけるようになろう。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11984170079.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Feb 2015 08:57:00 +0900</pubDate>
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<title>三日目と鉛筆</title>
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<![CDATA[ <br>意志薄弱な話です。<br><br>今日は予備校がありました。<br>久しぶりに高密度の講義を長時間聴いたのでなかなか疲れました。<br>特に辛かったのがお腹が鳴るのを我慢することですね。<br>私が通っている予備校ではDVD講座なるものがありまして、教室講座の時に録音されているのです。<br>私は頭を使うとすぐお腹が鳴ってしまうので、チョコレートなんかを食べてどうにか凌ぎました。<br><br>これくらい疲れていると、私の悪癖が呆気なく発露してしまうことが多々あります。<br>三日坊主です。<br>ちょうど三日前あたりに威勢のいい記事を書いたと思いますが、このように三日目にがっつり頑張ると、明日は「今日くらいいいや…」となる可能性が極めて高く、それ以降は以前した覚悟など忘れたように過ごす、ということを何度かしてきました。<br><br>どうすれば明日も勉強するか。<br>それはほぼ「明日外に出るか」で決まります。<br>私は用事がない時は大抵家から出ず、最悪一日中寝ています。<br>逆に家から出さえすれば何かしら絶対にします。<br><br>そこで、ここでは明日の9:00までに、電車内でブログを書くことを予告します。<br>頑張って外に出ます。<br><br>ちょっと話が変わります。<br>木曜日に母と東京で遊びました。<br>その中で明治神宮に行ったのですが、明治神宮のおみくじが他と少し毛色が違うことって有名でしょうか。<br>和歌が書かれてるんですね。<br>目の前に無いので詳しくは書けませんが、母のはおおらかな感じだったのに私のは厳しめでした。<br>外部から影響を受けやすい私はなんだかぐっと心にきて、頑張らなきゃ！と思えました。<br>単純なのはいいことです。<br><br>タイトルにある鉛筆というのはお守りを買うところで買えます。<br>五本の鉛筆に各々二種類の和歌が記されているのですが、それがとても好きです。<br>うろ覚えですが、「目に見えぬ神に向かいてはぢざるは人の心の誠なりけり」みたいな感じです。<br>あともう一種類と、意味も書かれているので興味を惹かれた方はぜひ。<br><br>いつかは自分だけの力で、意思を貫けるようになりたいです。<br>継続は力なり。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11983932951.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Jan 2015 17:58:00 +0900</pubDate>
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<title>出題者と階段</title>
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<![CDATA[ 蟻と司法書士のおまけです。<br><br>そういえば紹介したDaiGoさんの記事の中で、「正しいことだからやろう」というモチベーションは思っただけでやった気になってしまう、とも書かれていたことを思い出しました。<br>さっきの記事だけじゃ盛大な失敗フラグを建てたみたいになってしまうので、もうちょっと考察を重ねたいと思います。<br><br>去年司法書士試験を受けて撃沈したわけですが、一応過去問は一通りやったんですよね。<br>間違えた問題も後で「あー、あれか！」となるくらいには。<br>そんな中途半端にできて、根拠のない自信があるから落ちるイメージが拭えないんですよね…。<br>どうしたらいいのかな。<br>過去問をもっと繰り返すべき、なんだろうけど、過去問を繰り返しさえすれば受かる、わけじゃない…。<br><br>私はもともと、法律の勉強は好きなんですよね。<br>だから社会人になってからも法律に携わる仕事がしたかった。それが司法書士なのは適当です。<br>でも司法書士試験の科目は11科目相互に関連してて、勉強するのは結構楽しいんです。<br>過去問はクイズ感覚で解いてる感じ。<br><br>でも合格するには、クイズの回答者ではなく出題者に近づく必要があります。<br>どのレベルの知識を持つ人に合格して欲しいかを振るいにかける出題者に。<br>私は専門家になりたいわけですから。<br><br>いきなり専門家にはなれません。<br>まずは自分のレベルを知り、上の段階に上がらなければ。<br>ううん…もう過去問を"解く"のはやめてみます。<br>過去問とテキストを見て、自分が出題者ならどう出すかな？というシミュレートをやってみようと思います。<br>私はものぐさなので、こういう作業が嫌いでした。<br>でも落ちる妄想をするよりはずっと簡単に好きになれそうです。<br>まずは出題者になりきります。<br>
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11982770576.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jan 2015 20:31:00 +0900</pubDate>
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<title>蟻と司法書士</title>
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<![CDATA[ 自己嫌悪を乗り越えて達成したいことの話です。<br><br>働きアリの法則というものがあります。<br>100匹蟻がいるとして、そのうちの2割はよく働き、6割は普通に働き、2割は働かない。<br>では、その中の働かない2割を取り除くとどうなるか…残った8割の中で、またよく働くアリ、普通に働くアリ、全く働かないアリと分かれてしまう。こんな感じです。<br>私は大学生なのですが、集団の中にいて、よくこの法則を思い出します。<br>私の友人に某私立トップの大学に通っている子がいるのですが、その中でも全然勉強しない人はいるそうです。もちろん、よく勉強(活動)する人もいるし、普通に勉強する人もいる。<br>私の大学は普通の中堅レベルですが、揃って中堅というわけでもなく、その中でも頑張ってる人、学費を無駄にしているとしか言えない人、普通の中堅レベルに頑張ってる人…。<br>私は？<br>私はもう優等生です。授業は真面目に出るし、実際に成績は良い。この大学という巣全体を見れば、よく働くアリであるのは間違いありません。<br>でも私はこの巣で一生を過ごすアリではないので、「よく働くアリ」で終わるわけにはいきません。<br><br>私には目標があります。<br>司法書士になることです。<br>私にとって、これは難しいことです。<br>一回試験を受けましたが、自分としてはそこそこ頑張ったつもりだったのに、失笑ものの点数で終えました。<br><br>どうしても司法書士なりたいのに、がむしゃらになれないのです。<br>普段大学の勉強はコツコツ頑張れるのに、どうしてだろう？<br>そんな時、あるブログを見て思い至りました。<br>(同じAmeba、メンタリストのDaiGoさんの1/21の記事です)<br>曰く、正しいことをしたあとは、ちょっと悪いことをしてもいい、という心理が人には働くらしいのです。<br>私は普段真面目に大学の勉強をしているから、資格試験の勉強くらいさぼってもいいと、そんな無意識を持っているのでしょう。本末転倒です。<br>大学の勉強なんかより、という話ではありません。<br>どちらも私に必要なことで、どちらも私がやろうと決めたことです。<br><br>でもこんな正論を翳しながら、私は大学生活でよく「働きアリの法則」を思い出します。<br>これはつまり、『あんな馬鹿もいるんだ。それに比べて私は…』という思考の裏返しで、つまり。私は今自己嫌悪で死にそうになっています。<br><br>死にそうになっているとは大袈裟ですね。私は死なないですし、死にたくないです。<br>より楽しく生きるために大学生になり、勉強してきました。<br><br>私は愚かな人間なので、人と自分を比較して一喜一憂せずにはいられない性分のようです。<br>だから悪い成績はとりたくないし、目に見えて評価される肩書きが欲しいのです。<br><br>私が司法書士になりたい理由って、なんかつまらなくて失望しそうですが、そういうことなんですね。<br>私は何かになりたいのではなくて、何かになりたくないから頑張る。<br><br>司法書士は国家資格で、司法書士でないと登記申請の代理を業務にはできません。他にも色々、普通に大学を卒業した人にはできなくて、司法書士ならできることはたくさんあります。<br>ちなみになぜ司法試験を受けないのかというと、お金がないし、物凄く難しいらしくて受かる気がしないし、弁護士や検察官は怖そうだからです。<br>私は法律が好きで、法律を扱う自分が好きで、それを仕事にする社会人としての自分を妄想した時、浮かんだのが司法書士だった…。<br>どうせなら難しいものがいい、その方がかっこいいと思って。<br>まぁそんなファッション感覚だけで合格できるほど甘い試験では断じてありません。<br><br>このまま怠けて、不合格のまま卒業したらどうなるでしょう。<br>私は働きながらでも目指すつもりです。私はいつか司法書士になる、今の自分は本当の自分ではない、私は本当はもっと凄いんだ…。<br>こんな感じでしょうか…。物凄く嫌です。こんなのは絶対に嫌です。<br><br>私の価値観が「司法書士以下はクズ」とか、めちゃくちゃ偏ってるとかそんなんじゃありません。<br>ただ、なりたいものを決めたのに、夢破れて夢に縋って現実逃避…というのがとてつもなく辛いことに思えてならないのです。それならすっぱり諦めたほうがマシです。<br>でも、私はまだ不合格になってません。今年の試験まであと五ヶ月あります。<br><br>私は国立落ちです。<br>最初はある国立大を目指してたのに、理系ができなさすぎて目標を達成できませんでした。<br>私は非常に高い目標を立てていたのに、その目標を達成するのに相応の努力をしてこなかった…そして結局、受験すらしませんでした。今の状況はあの時によく似ています。<br>私は法学部に行きたくて、とりあえず国立で偏差値の高い大学を志望校にしました。なんとなくカッコ良かったから。<br>周りに吹聴して、形だけ頑張って…E判定でもあまりに届かなすぎてあんまりショックじゃありませんでした。<br>実際、私が行きたかったのは法学部であって、どうしてもその大学、というわけではなかったので、今の中堅私大でも楽しかったです。<br>このまま過ごせば同じことを繰り返すでしょう。<br>このまま流れに身を任せて克己しなければ、私はずっと、「今の自分は本当の自分じゃない、私はもっと優秀だ」と思って、周りと比較して、周りを見下して生きる実につまらない人間になるんでしょう。<br>そんな生き方は絶対したくありません。<br><br>今度こそ、有言を実行してみせます。<br>私は口だけでかい小物ではなく、難しいことでも自分で言った以上達成する、誠実な人間であると証明します。<br><br>司法書士試験は七月の第一日曜日です。<br>合格発表はそれ以降になりますが、必ずここにご報告します。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11982756251.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jan 2015 19:53:00 +0900</pubDate>
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<title>ギャルと片想い</title>
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<![CDATA[ <br>ギャルという言葉からどんな人を想像しますか？<br>黒いギャルは最近全然見かけませんね。髪色が明るくて、目元のメイクが濃くて、流行のお洒落。これくらいは共通するでしょうか。<br>私は以前までは、それでいて性格がきつい、という印象も持っていました。でも大学で社交的で性格のいいギャルが、すごく優しくしてくれるので、現金にも今はそういう先入観もプラスされています。今回はこのギャルへの片想いの話です。<br><br>私は人に頼らず、できる限り努力してきたと過去に記事で述べましたが、それが好きで、正しいと信じてこのスタイルを貫いているわけではありません。<br>人見知りだからです。<br>良い仲間がいるのは素晴らしいと思います。<br>各々真剣に取り組み、自分なりの考えを持ち、時に助け合いながら、意見を交わしたいと互いに思える仲間がいるなら、ものすごく羨ましいし、尊敬します。<br>私にはそれができません。<br>私には、できる限り労力をさきたくないがための保険としてなんとなく必要とされることに便乗するくらいしかできません。<br>私は真面目ですから、そういう怠惰な集団の中では大体搾取される側になります。<br>おそらく数ある人見知りのうちで分かれるのはここでしょう。搾取されるか否か、群れるか孤立するか。私は後者を選びました。<br>仲間をつくるため、自分から話しかけるのが苦手で仕方ありません。<br>でも世の中にはいとも簡単にこなしてみせる人がいます。このギャルの子もそのうちのひとりです。<br><br>私はこの子にとても好意を持っていますが、同時に理解できません。<br>なんで私に優しくしてくれるのでしょう？<br>もちろん、その子は私にだけ優しいわけではありません。私はそれに片思いに似た小さな切なさを覚えます。私はあの子が好きで、卒業しても付き合いたいと思いますが、彼女は私程度に仲良い子なんてたくさんいます。ですが、私はこの嘆きに対し何もしません。彼女ともっと仲良くなりたいとは思いますが、その方法が検討もつきません。だから私は彼女との束の間のお喋りを楽しく過ごせるよう努める以外は何もしません。一期一会、という言葉で自分を慰めています。<br>なぜ私がここまで好きになったのか。それは彼女が私に期待するものが、「私」以外のものであるとは思えないからです。私を利用して楽をしようとか、そういういやらしさを全く感じないのです。<br>私と仲良くして、彼女にどんなメリットがあるのでしょう？ずっとわからないままです。<br><br>とまあ悩んでいたのですが、図らずもメリット、という言葉を使ったことでなんとなくわかりました。あの子はきっと、メリットデメリットで物を考えていないのですね。<br>私の予想では、無意識に対人関係をメリットデメリットで測っている人は結構多いものと思われます。<br>長いものとノートの先輩は、私にとってまさしくそんな人でした。私のことが気に食わないけど、私から得られるメリットのために(表面的でも)仲良くしようとしてきたのだと思います。<br>それに対する反応は様々、一般的な有象無象が溢れます。私もそのうちのひとりで、その中ではどちらかというと少数派でしょう。<br>あの子は別系統の少数派、言うなればちょっとした「人付き合いの天才」というものなのでしょう。<br><br>他人と仲良くできるならした方がいいのは当然です。その方が楽です。しかし私は人の反応に一喜一憂し、それなりにダメージも受けやすいので、労力に見合わず、仲良くしようとする努力をしません。つまり疲れるのです。でもあの子は疲れない。そういうことなのでしょうね。<br><br>惚れた方が負け、それに尽きます。<br>長いものとノートの時は、嫌いな先輩に流されることで、自分が嫌いになりそうでした。悩んで答えを出した結果、私は自分自身を信じることができました。私は勝ったのです。<br>しかし、これは同じようには解決できません。恥ずかしながらありのままの欲望を吐き出すなら、私は自ら変化しないまま、彼女ともっと親しくなりたいのです。片想いのまま告白しないとはそういうことです。(注:私は彼女の特別な友人になりたいのであって、友人を超えた特別な関係になりたいわけではありません。)<br>特別な友人になるには何が必要なのでしょう。少なくとも今以上に歩み寄る必要はあります。ですが私にはその限度がよくわかりません。やり過ぎて彼女に気持ち悪いと思われるのは、とても怖いです。私にできるのは、現状維持だけです。<br><br>恋愛ならともかく、友人関係において不自然なまでの接近は、関係を壊します。逆の立場なら私でも距離をとります。<br>私にできるのは、ただ彼女に好意的な態度を示すことだけです。<br>これが負けるということなのですね。片想いも悪くない気分ですが、物悲しいものです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11963339366.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Dec 2014 16:48:00 +0900</pubDate>
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<title>わだかまりと結末</title>
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<![CDATA[ <br>前回のつづきです。<br><br>結局私はノートを見せてあげないことにしました。直球で「嫌です。」と言ったわけではありませんし、また後になってしつこく見せてと言ってくるかもしれませんが、とにかく見せてあげませんでした。これで良かったのか、わかりません。あとで後悔するかもしれません。でも少なくとも、「自分が頑張って早起きして授業を聴いてテストに備えたノート」を嫌いな相手に見せる、という個人的にとてつもなく嫌な事態は避けることができました。<br><br>それでも、私は今割と気分が悪いです。私に断られて、あの人はこれからどうする気なんだろう、単位を落としたらまずいことになるのでは、そんな考えで心苦しくなっています。<br><br>おそらく、押し切られてノートを見せることになったら、「どうしてあんな人に私が…」と思い、それはそれで最低な気分になったと思います。彼に一種の同情を覚える反面今でも思うのですが、今頃になって媚を売るくらいなら、なぜいつもあんなに私を蔑ろにしたのでしょう？理解に苦しみます。普段から媚へつらえとは言いませんが、少なくとも私の同期の班員たちと平等な態度を心がけるくらいのことはするべきだったと思います。<br>彼は私が同じ授業を取ってることを早い段階で知っていました。それで私は「目をつけられている」自覚があったのです。おそらく私の努力は搾取される危険に晒されるだろう、という確定的な予感がありました。<br>もしかして、彼は私をどう扱おうと、言うことをきくだろうと思っていたのでしょうか？私はそこまで見くびられていたのでしょうか？自分は先輩で、相手は後輩だから。普段は容易に格下における相手だから。いつもひとりで頼りないから。勝手に想像しといてなんですが、甚だ不愉快です。<br><br>私が彼に対し同情を覚え、気まずい思いになっているのは、人から嫌われることを反射的に恐れて本能が迎合しようとしているためでしょう。普通、敵は作りたくありませんしね。本当に彼を可哀想だと思うなら、今からでもノートを見せてあげればいいのです。私はただ、人から悪人だと思われるのが嫌なだけなのです。<br><br>性格が悪くて結構、器が小さくて何の問題もありません。このことが後々私の立場を如何に危うくしようと、所詮大学生のノートの貸し借りです。もしこれで痛い目を見たら、その時は傘と外人の時と同じように、反省すればいいだけです。次からどんなに嫌いな相手でも、齎される利害が把握できないなら、いくらでも搾取されましょう。私は既に拒絶した。どれだけ迷って不安を抱えていても、「敵を作りたくない」という防衛本能ではなく「あなたが嫌い」という感情に従いました。<br><br>暇な文系大学生といえど、年末は忙しいです。今のところ私はレポートを四つ抱えています。こんな心底どうでもいい、嵐が過ぎたら三時間で忘れるような瑣末な出来事に拘っている場合ではないのです。<br>働きもせず遊びもせず、学業に従事してきた私の成績が良くないなどとあってはならないことです。周囲はサークルやバイト、様々な経験をしていますが私は違います。これしかやっていないのです。どんなに周りが学業を粗末に扱っても、私は違います。全力を出します。レポートもそうです。適当に書いた有象無象を教授に見せるわけにはいきません。学んできたことをすべて見せられるような、教授が一見しただけでその学生ができる限りの全神経を注いだことがわかるものを書き上げるのです。<br><br>思えば、あらゆる問題について常に正しい答えを出せるというほうがありえないし、正しい答えなんてどこにもないのでしたね。<br>きっと私じゃない人なら、ノートくらい見せてあげるというのが正解という方もいるでしょう。そちらの方が多数かもしれませんね。<br><br>私は違う。ただそれだけのことです。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11961002183.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Dec 2014 19:44:06 +0900</pubDate>
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<title>長いものとノート</title>
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<![CDATA[ <br> 今回タイトルは直球で「ノート乞食」にしたかったのですが、品性が疑われるのでやめました。いくら心が醜い人でも外見は気にすべきというのが自論です。<br><br> 私は栄光ある孤立を目指す大学生です。一般的には「ぼっち」と言われているようですが気にしません。他人に頼るのが死ぬほど苦手です。人から頼られるのは痛手がなければ割と好きなのが普通の人間だと思うのですが、単に「道具」として扱われるのが好きな人がいないのも普通だと思います。今回はそんな話です。<br><br> 大学生は授業の組み方が自由です。小中高と違い基本的に出欠も取りません。理系は同じ大学生と括られるのが気の毒なほど忙しいらしいですね。<br> 文系大学生は本当に自由です。適当にバイトやサークルをしつつ適度に遊んで学ぶというのが王道と思われます。稀に偏った大学生も出現します。夜勤バイトに時間をほとんど費やし留年した人もいます。苦学していたわけではないそうで、嘆かわしいことです。私は遊びもせず働きもせず、親の支援と奨学金に頼ってある法律系の資格取得のため日々勉強中です。余談が長くなってしまいました。<br><br> 大学生は本当に自由放任なため、授業をサボる学生率も小中高に比べ高くなります。後期に一回あるテストさえ通れば単位(卒業するため一定以上取得しなければならない)をもらえるからです。テストのため、授業に全く参加してなくても、授業の情報は欲しがる人がいます。私の場合これが先輩なのです。<br> 私はこの先輩が嫌いです。ゼミのグループ内で一緒になった人なのですが、私はこの人を「長いものに巻かれる」タイプの人間だと評価しています。小学校を想像して下さい。だいたい明るくて輪の中心になる人物やグループがいるとます。私が思う「長いものに巻かれる」タイプの人間は、決してその明るいメンバーの一員にはなれない淀んだ空気を纏っているのに、同類を疎い邪険にして中心に擦り寄る性質を持っています。私は悲しいことですが、邪見にされる同類とみなされることが多いです。でも嫌いなものは嫌います。<br> 私がその先輩をそう判じているのはあくまで主観ですが、他の友人に頼めず、控えめながらも嫌いだよオーラを発している私に頼ってきたという点でだいたいのイメージを持ってもらえると思います。ちなみに男性です。普通同性の方が気軽に頼れるはずなのに、という点も考慮すると、私は彼を見下す態度に磨きをかけてしまいます。<br><br> 気持ちははっきりしてるのに何を悩んでいるのかというと、「ノート見せて」という頼みが断りづらいのです。「ノートくらい見せてあげればいいじゃん、減るものじゃないし」という声なき声が聞こえてきます。私の器が大きければ気にせず見せてあげるのかもしれませんが、そんな人間だったら下のような記事を書くようなことは起きませんでした。<br> すごく嫌です。なんで私が嫌いな人の手助けをわざわざしてあげなければならないのでしょう。記事は短い時間で書くという誓いを余裕で破っていますが気持ちの整理がつかないため終われません。<br> 今は無視しています。私は都合よく甘えられることを心の底から嫌っています。自分が都合よく甘える唾棄すべき人間になることもしたくないし、「都合よく」ではない形で甘える、信頼関係というものの作り方がよくわからないため、私はひとりです。ですがひとりであることを自覚し、努力してきました。 ノートを見たからといって、いい成績は取れません。ですがテストまでの安心を与える効果はあるでしょう。なぜ私が、嫌いな人のために。それが回り続けています。<br> 器の大きい人なら見せてあげるでしょう。ですが見せたからといって器が大きくなるわけではありません。<br> 自分の素直な感情を貫きたいという欲と、過去を省みて変化すべきなのかという焦りが鬩ぎあって、今もまだ悩んでいます。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11960557220.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Dec 2014 16:05:49 +0900</pubDate>
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<title>傘と外人</title>
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<![CDATA[ マナーは他人じゃなく、自分のために守るんだ。そんな話です。<br><br>今日駅で、ちょっとやだなと思った人がいました。雨で混んでるのに道の脇に寄らないで、悠々と歩いていたんです。<br>急いでた上性格の悪い私はイライラして、「ちょっと濡れてしまえ」と思いつつ、駅から出て傘を開く時ちょっとその人に近づけていました。<br>そしたら、傘の先端がその人に刺さってしまいました。<br>その人は怒って振り返り、英語で何か言いました。"…sorry！？"と言っていたと思います。もちろん謝ったんじゃなくて、たぶん「反省してるのか？」的な意味だったと思います。<br>その人が邪魔だったなら、口でそう言えば良かったのです。面倒臭がって言わなかったのは私です。<br>水がかかるくらい近くで開けば、足に刺さる可能性も十分予想できました。<br>東京であれば、多少後ろの人が何かしてきても、「混んでるから」で済み、何も言わずに通りすぎるだろうと高を括っていたのです。<br>最初は「なんだこいつ」という思いだったのに、最後は文句無しに自分が悪いという結果が残りました。自業自得過ぎて物凄く悔しいです。<br>マナーの悪さに、マナーの悪さで対抗してはいけない。自分のために。もう二度とこんなことはしません。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11957131868.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Nov 2014 12:51:12 +0900</pubDate>
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<title>戦国BASARA</title>
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<![CDATA[ 突発的に話したくなったこと。<br>戦国BASARAのアニメ三期がいつの間にか始まっていつの間にか終わったみたい。<br>アパートにテレビないから全く触れてないんだけど、どうやら稀に見る不評ぷりっぽい。<br>Amazonのレビュー見てみたら、すごく熱の入った批判がぞろぞろ。<br>ファンであるほどダメージを受けるらしいので、ゲームやってないけど過去のアニメ見てキャラクターのファンではあるので絶対見ないことにした。<br>ゲームのプロデューサーさんが監修に入ってるのに、なんでそんなに酷い出来になっちゃったのかな？<br>前のアニメでは、伊達政宗の兜の紐を、アニメーターは省略したかったのにプロデューサーがどうしてもって描かせた、みたいな話聞いてたのにな。<br>今回のアニメ、その伊達政宗が特に酷い扱いらしい。<br>プロデューサーがキャラクターに近過ぎて、何をしても、どんな酷い扱いしても大丈夫だと思っちゃったのかな。
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<link>https://ameblo.jp/lexystics1234/entry-11953612673.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Nov 2014 20:12:37 +0900</pubDate>
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