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<title>lifenet4545のブログ</title>
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<description>マスターベーション。</description>
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<title>大学4年は何にもしなくてもいいだよ</title>
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<![CDATA[ <p>大学最後の1年間は遊びつくすべきだ！</p><p>という世間の論調にちょびっとだけ反論したい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>就職活動が終わり、4年になり、来年には社会人。</p><p>この時期は大変に暇である（すくなくとも、ほとんどの文系は）。</p><p>そして、この時期を最後の猶予期間ととらえる人たちは、口をそろえてこう言う。</p><p>「とにかく遊んどきな！絶対後悔するよ！」</p><p>海外旅行などを筆頭に遊ぶことが奨励される。</p><p>（人生において遊びが推奨される次期なんて、ここと小学生低学年くらいじゃないだろうか。）</p><p>&nbsp;</p><p>そこでひねくれものの私はこう思う。</p><p>「別にムリに遊ぶ必要ないんじゃねーの・・・？」</p><p>まるで遊ばなければ罪だとばかりの風潮が気に食わないのである。</p><p>&nbsp;</p><p>大学最後の一年が貴重な時期であることは同意する。</p><p>確かに、何をしても許されるような時期だ。</p><p>だが逆に言えば、何もしなくても許される時期でもある。</p><p>&nbsp;</p><p>ムリに遊ぼうとするよりも、好きなことを好きなようにやればいい。</p><p>もしも好きなことが無いならば、ボッーとヒマを謳歌すればいいではないか。</p><p>断言しよう。</p><p>もしもヒマにヒマを重ねたような無駄な一年を過ごしても、それは有意義な時間である。</p><p>なぜなら、社会人になってまっとうに働くことを考えているのならば、</p><p>そんな時間は当分とれないからである。</p><p>&nbsp;</p><p>おもいっきりヒマを謳歌した1年も、</p><p>海外をバックパックで渡り歩いた1年も、</p><p>洋画を300本見た1年も、</p><p>本を200冊読んだ1年も、</p><p>とにかく彼氏に尽くした1年も、</p><p>片っ端から声をかけ10人以上女を抱いた1年も、</p><p>どれも尊い1年なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>周りに流されることなく、自分の思うままに生きる一年にしてほしい。</p><p>それがどんなに下らないものでも、時が経てば何となく輝く1年になったりもするから。</p><p>最悪なのは、他人の言葉に惑わされ、自慢のために恰好をつけた1年を過ごすこと。</p><p>何をしても良い時期に、他人の為の行動をするなんて、ばかげているよね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12166800823.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2016 01:08:18 +0900</pubDate>
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<title>本を読む人はエラいのか</title>
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<![CDATA[ 小説や詩を読むことで心が豊かになると妄信している人は、<br>かなり危険な状態だと思いますね。（吉本隆明）<br><br>私はこの言葉がめちゃくちゃ好き。<br>理由は、いわゆる文学青年として生活していながら、<br>文学なんかに耽溺している自分を馬鹿にしてもいた奇妙な時期から救ってくれた言葉だから。<br><br>この言葉は、そのあとこう続く。<br>1　文学には薬もあるが、それ以上に毒がある。<br>2　だいたい文学の世界と人の生きている世界は完全に分かれてて、<br>　どっかで地続きになってるなんてこたぁない。<br><br>まさにその通りだと思った。<br>実務的な読書を除けば、たいして意味のない行為だし、<br>少なくとも「この文学から何かを得るのだ学ぶのだ。」<br>なんてことを考えていちゃあ本は楽しくなくなる。<br><br>結局は楽しみの延長に過ぎないし、そういう気持ちで臨んだほうが、<br>かえって文学も気楽に門を開いてくれるもんだ。<br><br><br>ちなみにその後、吉本隆明は「芥川賞よりも直木賞のが暇つぶしにはおもしれー。」とも語ってる。<br>純文学と大衆文学の垣根が薄まっている現代（純文学のレベルが下がった結果だと思うが）<br>においては、そんなもんなのだ。<br><br>エラそうに現代作家の純文学読むくらいなら、<br>古典作品か、暇つぶしに娯楽読んでるほうがいいよ。そのほうが楽しいからね。<font size="4"></font>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12162062068.html</link>
<pubDate>Thu, 19 May 2016 22:38:20 +0900</pubDate>
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<title>ロクでもない教師</title>
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<![CDATA[ 人はいつ大人になるのだろうか<br><br>この問いかけにもちろん応えはない。肉体的に線引きはあっても、精神的な線引きは個人差に左右される。ただ、僕自身は一個の考えがある。<br><br>大人は正しい、ってのは大間違いなんだなぁ。と気づいたとき。<br><br>大人に対して疑問を持ったときがスタートと考えている。<br>この基準に合わせて考えると、小学校低学年に経験をした人もいれば、20歳超えても未経験の人もいると思う。こんな小さなブログで垂れ流している戯言だし、許してほしい。<br><br>小さなころ、人は批判的にモノを見ることができない。というか、そんなことをしていては生きていけなくなってしまうのだ。熱いヤカンに触って怪我をした子供は、「ヤカンには出来るだけ触らないこと」を憶える。「いや、本当にヤカンが原因か？」なんて考えていては、いつまでたっても学習できないのだ。<br>それに対して、大人の学習とは、この批判的なモノの見方が前提となる。<br>「本当にこれは正しいのか」を疑うことから始まるのである。<br><br>人は一生学んでいく生物でありながら、その姿勢は大人と子供で異なる。<br>そこで、大人的な学習の仕方を初めて行った瞬間が、重要なのである。<br>もちろんここには、自発的に自分の頭で、という重要なワードが組み込まれる。<br><br>そして、我々が最初にぶち当たる（確率の高い）問題とは、<br>大人（親や教師など）との関わりである。<br>そこから人は、様々な人としての感情を憶えるのである。<br><br>こういう点から、<br>大人の言うことやることに疑問を持ち、<br>「あぁ、大人ってのは正しい訳じゃないんだな。」と考えた瞬間こそが大人に<br>変わった瞬間なのではないだろうか。<br><br><br>世の中にはロクでもない人間が山ほどいる。<br>そして僕個人としては、教師という職業の方の中にあまりにも多いような気がしてならない。<br>もちろん統計も何もない。完全に個人の意見である。文句あるかいってんだ。<br><br>「彼らは、日常で満たされない部分を、従順な子供たち相手を威嚇することで<br>埋めようとしている寂しい人間なんだ。」（村上龍『69』）<br>当時この本を読んだ私は、大いに賛同した。<br>同時に、このように教師を見ることの出来る生徒はとても少ないだろうと感じた。<br><br>多くの生徒は、「大人は無条件に正しい」という感覚を持っている。<br>そして、自分が怒鳴られるようなことがあれば、その責任を自分に求めるのである。<br>素直で家族から愛されてきた子供ほど、その傾向は強い。<br>これは傷つくことへの恐怖心を植え付け、周りの目を気にする精神を育ててしまう。<br>怒られたくないから、大人しく気をつかう、なんてことがまっとうな成長のはずがない。<br><br>それでも、子供に対して理不尽に怒鳴りちらすようなロクでもない教師は、<br>自分のおかげで大人しくなったと喜ぶかもしれない。<br>モノを教える人間どころか、まずは教育されるべき人間であるといえるだろう。<br><br>私はこういった人間が本当に大嫌いである。<br>小学2年生で教師から驚くほど嫌われた私は、相手に好かれることをよく心得た<br>「要領の良い子」になった。<br><br>中学二年生で数学の教師に憎まれた私は、今まで好かれてきた分だけ、<br>嫌われたことに傷付いた。未だに100％トラウマを払拭したとはいえない。<br><br>こういう人生上のダメ教師を通して、学んだことなど何一つない。<br>どうやったって役に立たない存在はいるのである。<br>「こいつはどうやらおかしいな」と考えて、さっさと逃げるべきである。<br><br><font size="4"></font>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12161756726.html</link>
<pubDate>Thu, 19 May 2016 00:08:24 +0900</pubDate>
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<title>就活ニヒリズム</title>
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<![CDATA[ 今が就職活動のピークらしい。<br>何をもってピークとするのかはサッパリ分からないが、<br>ともかくピークということは、忙しくてゲロゲロ言ってる時期くらいの認識でいいだろう。<br><br><br>毎年、リクルートスーツで街を徘徊している学生たちを見ると、<br>「あーあんなこともあったねぇ。懐かしい懐かしい。」的な会話が出てくる。<br>僕自身も同じ状況を経験しているから、「本当だねぇ」なんて返したりしている。<br><br>でも実は、僕は就職活動をとっても見下ながらやっていた。<br>いかんせん先行きの見えない不安というものがあって、<br>どうしても本格的に身を入れる気にならなかったということが大きい。<br>今思えば、「たいして力入れてなかったから、まぁそんなに大変じゃなかったよ」<br>的な武勇伝を後輩に語るためだったかもしれない。<br>うすっぺらい人間だと思われるかもしれないけど、今でも多少そういうところが<br>あるもんで仕方がない。<br><br>必死にESを書く勉強をしたり、面接対策をしたり、テスト勉強をしたり・・・<br>説明会を回ったり、セミナーに出たり・・・<br>もちろん0ではなかったけど、自分はこういうことを避けていた。<br>「あんなもん、くだらねぇよ。ちょっと頭使えばみんな分かるこったろ。」<br>なんて言ってた。当時もSNSは流行っていたから、今でいう意識高いことを<br>ネット上に垂れ流す人のことは白い目で見ていた。<br>屈折した負けず嫌いが、そういう奴と同じ土俵に上ることを避けてたんじゃないかな。<br><br>自分では当時、【就活ニヒリズム】なんて言っていた。<br>就活なんてくだらねぇよ。俺のことなんてなんも分かっちゃくれねぇんだ。<br>とか言いながら気取ってただけなんだけども。<br><br>ただそういうことをした結果分かったことは、<br>都会ってのはそういうニヒルな悪ガキにも仕事を与えてくれるくらいには<br>器が広いってことだね。そこそこの企業に内定をもらったとき、<br>「自分ってすごい！」よりも、「都会ってのはイメージよりも暖かいのかもしれないなぁ」<br>と感じたのを今でも覚えている。<br>田舎生まれ田舎育ちの自分にとっては、結構たいせつな転換点だったし、<br>この経験が無かったら、アンチ都会の片田舎の頑固ジジイになってた可能性が多いにあるし、<br>そう考えるとふつうに就職して良かったなぁと思ってる。<br><br>ダラダラと自分語りしてしまった。<br>つまり、働かずに生きるのはとっても生きにくそうだから、<br>とりあえず就活しようかな、みたいな考えの人もいるんだよってことです。<font size="4"></font><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12160438348.html</link>
<pubDate>Sun, 15 May 2016 02:17:15 +0900</pubDate>
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<title>「負けず嫌い」は美徳か</title>
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<![CDATA[ <font size="5">「負けず嫌い」は長期的に考えれば、苦しみにつながる。<br><br>人間の性格の中でも辛い性質の一つである。<br>なぜか。<br>理由は二つ<br>①人生は長いから<br>②世界は広いから<br><br>どういうことか｡｡｡<br>負けず嫌いな子供は、かけっこに負けて泣いてしまいます。<br>レギュラーが取れなくて怒ります。<br>試合に負けてイライラピリピリします。<br>こういった悔しさをエネルギーに、努力します。<br><br>そして見事リベンジ成功。晴れて栄光を勝ち取ります。<br>しかしこの子たちは一生勝ち続けることができるでしょうか。<br>不可能ですよね。人生は長いから。ライバルは多いから。<br>世の中には星の数ほどライバルがいる現実に直面して、<br>どこかでボキッと折れます。プライドが。<br>「俺は一番にはなれない」と知るんですね。<br><br>理屈で言えば、世界に一人だけいますが。<br><br><br>じゃあなぜ、こんなにも美徳と考えられているのか。<br>理由は簡単です。<br>「負けず嫌いは社会的な成功者が多いから。」<br>世の中が称賛する人物は、世の中での成功者です。<br>「あの本田圭佑のエネルギーの源は、負けず嫌いな性格にあった！」<br>こんな美談があちこちから。<br><br>じゃあ果たしてこの人たちは幸せなのでしょうか。<br>私にはとても疑問です。<br>なぜなら、「優越感」から来る幸せは、諸刃の剣であるから。<br><br>自分が成功者であることにより満たされる欲求は、<br>自分より優れたものをみることで苦痛の感情に変わります。<br>常に他人と自分を比較しているからです。<br><br>こういった人たちが本当に幸せを感ずるのは、<br>「自分の戦いを辞め、そのうえで自分の手にしたものを眺めるとき」です<br>本当の自分を見つめなおし、自分で自分をほめたたえるとき。<br><br>自分のミカタは自分であることを忘れてはいけません。<br>自分の評価を他人にゆだねること、それはランダムに称賛と罵倒を手に入れようと<br>しているのと一緒。他人の意見なんてあてにならない。<br>自己評価の重要性とは、そういう部分にあるんだよね。</font>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12143480261.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Mar 2016 20:22:32 +0900</pubDate>
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<title>意識の高い人が苦手です</title>
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<![CDATA[ <font size="5">意識の高い人が苦手です。<br><br><br>性格に言うと、意識もテンションも高い人が苦手です。<br><br>まるで、周りを威嚇しながら喋っている感じが苦手。<br>「俺にはこれだけの能力がある！」<br>「お前らとはステージが違うぞ！」<br>血走った眼が語っています。<br><br><br>彼らの問題点は、<br><br>・デキる大人像が画一化されてしまっていること。<br>（デキる大人はこういう人だ！俺もなろう！）<br>子供がヒーロー戦隊をみて、ポーズをまねるのと全く一緒。心が未熟。<br><br>・「人から良く見られたい」という見栄っ張り。自覚があればセーフ。<br>人間の成長に、自己顕示欲とか虚栄心ってのはある程度必要だったりもする。<br>友達に自慢するために、受験を頑張る、とかね。<br>ただ、これはどこかの段階で捨てないと、広い世界に出るほど苦しみが大きくなる。<br><br><br>この二つ。<br>結局、経験不足と精神的な未熟さが原因だから、<br>年を重ねるごとにだんだん無くなっていく。<br><br>甘酸っぱい青年期の1ページにすむのならば、なんの問題も無し。<br><br><br></font>結局何が言いたいのかというと、<br>私はテンションと意識が高い人が苦手ですよって、それだけでした。
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12142486243.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Mar 2016 01:00:45 +0900</pubDate>
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<title>自分の人生を生きることについて</title>
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<![CDATA[ 自分の人生を生きる　<br><br>なんだか意識の高い言葉だ。<br>敷居も高そうだ。求められる能力も高そうだ。<br>でも、あたりまえのことだよね。<br>その当たり前ができるだけで楽になるのに。<br><br>世の中には、いろんなしがらみがある。<br>このしがらみがまとわりついて、人は自分の人生を生きることが出来ない。<br>その原因は結局、「決断の経験不足」につきると思う。<br><br>例えば。。。<br>そこそこ順調な人生を歩んできたA君は、自分の人生を歩めなくて困ってる。<br>彼は勇気が出ないのだ。それはなぜ？<br>彼は小さいころから、誰かのレールを走ってきた。<br><br>中学生のころは部活はそこそこ、勉強もそこそこ。<br>地元でそこそこの高校を見つけ、先生にも薦められ、合格した。<br><br><br>高校では気の合う仲間を見つけることに成功。<br>2年生のころには、人生初彼女が出来ちゃってウキウキ。でも2か月でフラれがっくり。<br>3年になれば受験開始！目標は地元の名門B大学だ！<br><br><br>合格！おめでとう！涙を流して喜ぶA君！見事国立大生だ！<br>大学では何となくサークルに加入。うーむ酒とはこういう味か。<br>20そこそこで童貞も捨てたぜバンザイ！俺も大人になったもんだ・・・<br><br>さて3年になったA君はある問題に直面した。<br>「俺はレールの上しか走ってない・・・」<br>そしてどうしたもんかと迷いながらも、地元の企業に晴れて就職to be continued....<br><br><br><br>彼の問題点はどこ？<br>そう、決断したことがないこと。経験値が不足している。<br>じゃあ経験豊かな人生って何？<br>それは、人生の節目で、決断を下していること。<br>Ａ君のような人生の場合には・・・<br><br>１　高校に行くかどうか。　ここで迷う人は稀だけどね。<br>２　アルバイトをするかどうか。　<br>３　アルバイトが辛い！辞めるかどうか。<br>４　大学受験するかどうか。　私の経験上、ここの決断をしたことが無い人は、レール病に悩む<br>５　どこの大学に行くか<br>６　大学に入ったけど、つまらない！辞めるかどうか。<br>７　大学で勉強に目覚めた。留学を検討してみよう。<br>８　大学でもっと勉強がしたい。院に行こうかどうか。<br>９　就職活動で何を選ぼう。地方を飛び出てやろうか（地方に飛び込んでみようか）<br><br>ざっとこんな感じ。<br>アルバイトなんか入れるな！と思う人は、視野が狭い。<br>高校生にとって、人生初めてのアルバイトって、決められないし、辞めにくいものだよ。<br><br><br>つまり何が言いたいのかというと、<br>決断をした経験=決断する恐怖の軽減　<br>ということ。<br>色々な決断をした人に話を聞くと、こんなことを言うよ<br>「俺は意外となんとかなる。だから次もどうにかなるだろう」<br>「大学辞めたときに比べれば怖くない」<br>「自分は自分にしか責任持たないから気楽なもんだ。」<br><br>彼らはみんな知っている。人生って、一回の決断で終わったりしないことを。<br>そして、絶望的なレールなんて、そうそう無いってことを。<br><br>でも、決断の経験が無い人はこれができない。<br>今のレールを降りたら、暗くて長いトンネルに入っちゃうんじゃないかと考える。<br><br><br>自分の人生の責任を誰が持っているのか、を把握することが大切です。<br>自分の決断で苦しむのは、自分自身。<br>決断せずに苦しむのも、自分自身。<br>トゲトゲした刺激っていうのは、ほとんどのレール上には無い。<br>刺激を求めるなら、レールを降りて、獣道の開拓者にならなくちゃ。<br><br><font size="5"></font><br>そして、最後の最後にスーパー大事なことを一つ。<br>おとなしくレールを走っていても、その先が崖のことってざらにあるよ。
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12140359254.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Mar 2016 02:49:24 +0900</pubDate>
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<title>何かを書くことについて</title>
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<![CDATA[ <font size="4">文字を書くことが好きな人は、今どきそんなに多くないのかな。<br><br>何かに迷ったとき、何か困難にぶち当たったとき、<br>アイデアを練るとき、ただ何となく不快なとき、<br>私はいつも文字を書いている。<br><br>3冊100円のノート、これにひたすら書き続ける。<br>すると不思議と考えが段々まとまってくる。<br>自分の中にある「ごちゃごちゃした思い」を紙に吐き出すことで、<br>その成り立ちがよく見えてくるから、かな？<br>それはたぶん、こんな経験に似ている。<br>友達にひたすら愚痴っていたら、なんだか考えがまとまって、落ち着いてきた。<br>こんな経験。<br><br>人は頭がノイズでぐちゃぐちゃになると、うまく考えることが出来ない。<br>イライラしたり、落ち込んだり、感情が割り込んできて、いつまでたっても前に進まない。<br>これがよくない。<br><br>文字に起こすという行為は、頭の中の作業を一歩一歩ハッキリとした形にすることで、<br>前進する道しるべを作ってくれる。<br><br><br>ある意味あたり前の話でした。</font>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12136807289.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 23:22:55 +0900</pubDate>
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<title>絶対内定に見る、傷付きやすくて惚れっぽい若者</title>
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<![CDATA[ <font size="3">「絶対内定」<br>就活本の中でも群を抜いた人気を誇る一冊。<br>聞けばすでに20年ほどのロングセラーらしく、自己研究ブームの生みの親とのこと。<br>せっかくだから読んでみた。<br>面白い。確かに面白い。<br>書いてることは至極まっとうなことだ。<br>「確かに企業に受かるのは、そういう人間だろう」と納得させられる。<br>だが、この本が人気を博している理由は、そこにはない。<br>なぜなら、そんな「まっとうなこと」はどこの本にも転がっている。<br>誰だって、自分の本を売るため、必死に書いているのだから当然だ。<br><br>この本の最大の武器は「熱量」だろう。<br>熱い。著者がとにかく熱いのである。<br>ひと昔前に流行った（この表現は不適切とは思うが）予備校の先生さながらである。<br>自分を全力で応援してくれる。<br>この人についていけば安心だ。<br>こんな大人になりたい！<br>いつの時代も、若者は熱量に弱いのである。<br><br>有り余るエネルギーを燻らせ、（本来存在しない）無限の可能性を妄信する。<br>コンプレックスを引きずりながら、世の中を狭いものさしで批判する。<br>そして、カリスマを求める。<br>父の代わりに、憧れるに足る大きな存在を。<br>母の代わりに、間違いを指摘してくれる優しさを。<br><br><br>「良い就活本」だけど、「聖書」にしちゃいけない。<br>著者も言ってる通り、人生の喜びは単一じゃない。<br>親との関係がすべてじゃない。名誉がすべてじゃない。<br>本当の自分の幸せのビジョンを、他人からの影響で固めちゃいけない。<br>山奥でひっそりと農業をしながら暮らす幸せがあることを忘れないこと。<br>名誉というのは、自分を不幸にすることの多い価値基準であることも忘れない。<br><font size="2"></font><br>世の中にはいろいろな人がいて良い。</font>
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<link>https://ameblo.jp/lifenet4545/entry-12125554398.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Feb 2016 02:52:18 +0900</pubDate>
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