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<title>辞めたい時ー！</title>
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<description>年齢性別職業を問わず、みんなの「仕事を辞めたくなった時」の体験談</description>
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<title>お先真っ暗な介護業界</title>
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<![CDATA[ <p>私は特別養護老人ホームで働いている介護職です。<br><br>皆さんご存知の通り、介護業界は他の業界より賃金が低く肉体労働のイメージが強く不人気な仕事の一つです。<br>しかし、実際に働いてみると確かに賃金は低い傾向にありますが、それでも年収にすると平社員でも４００〜４５０万円くらい得ることができ、仕事内容もやりがいがあることも多いです。そして、思ってよりも肉体的な負担は少なかったりします。<br><br>実際の残業時間は全くない月も珍しくなく、慌てることなくのんびりと仕事をしていれば退勤時間がくる毎日です。<br>そう考えると給料は極端に高くないけれど、難しい知識や技術が要求される仕事もなく仕事それ自体に大きな不満やストレスはありません。<br><br>ところが、介護施設には仕事や賃金よりも遥かに大きな闇、問題、ストレスがあります。<br>それは社内の特殊な人間関係です。<br><br>現在の介護施設でも常にそれが原因で辞めたくて仕方ありません。<br>また過去の施設でも共通して特殊な人間関係に関する問題がありました。<br><br>介護施設では仕事ができる人間はすぐに多数派の職員に根も歯もない噂をされ批判され追い込まれていきます。<br>仕事が極端にできない職員に関してもいじめに近いことをされ追い込まれます。<br><br>ではどんな職員が生き残るかと言うと、仕事ができるとかできないというよりも経営層に対して不満を持ちそれを周囲にばらまき、職員同士の悪口や噂話に対して極端に関心が高い方です。そういった方々がそれぞれ結束し多数派を形成し自分たちの思い通りに職場を支配していきます。<br><br>その他の職員はその傘下に入るか、批判されながら仕事を続けるかの二択になります。<br>仕事ができるではなく、自分たちの職場をプライベートのストレス発散の場にできるように支配するのが介護の仕事よりもずっと大切なことのようです。<br><br>夢も希望もないドロドロした人間関係でいっぱいの介護現場、<br>もうそろそろ辞めて新しい仕事をするべきかなと常に悩んでいます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12826496148.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2024 12:00:12 +0900</pubDate>
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<title>もう二度とやりませんし来ません</title>
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<![CDATA[ <p>派遣会社で働いていたときに、その日は工場内で台車を使って商品を棚にしまっていく作業でした。<br>初めてする内容で時間もかかりテンパりながらも仕事をしていました。</p><p><br>棚に商品をしまったら台車を元の場所に返さないといけないルールがあったのですが、1台が通路に置きっ放しになっていたそうです。<br>工場中も広く商品数も多い、商品も重くタブレットを使いながら独特のルールが何個かあり焦って作業をしていた私は自分が戻したかどうかなんて全然記憶がありませんでした。<br>「誰か戻していないよ〜』と一人の人が騒ぎ始め、周りがざわざわしだし犯人探しをし始めました。<br>そこで働く社員やバイトの人と何人かで同じ作業をしていたので他の人が片付けていない可能性もあるのにも関わらず、一人の女性が私に向かって「あんたしかいないんだからちゃんと片付けろよ」と言い放って来ました。<br>私自身、初めての作業でそれどころではなく記憶が曖昧で覚えていませんでした。<br>でもここで問題を起こしても何もならないと思ったので謝り元の場所へ片付けました。<br>今思えばその騒ぎ始めた人も騒がず、そのまま気がついた人がしまえばいいだけのことなのになんなんだろうと思います。<br>はっきりと自分が片付けていないのを覚えていれば名乗り出るし、派遣が私一人だったのもありそう思われても仕方なかったと思います。</p><p><br>ですが、言い方にも腹が立ちましたし証拠もないのに決めつけるのもどうかと思いました。<br>そんな態度の奴がいるから人がやめていき派遣を頼み自分で自分の首を絞めているのでは？と思いました。<br>今でもその女の顔は忘れませんし二度と行きたくありません。<br>初めの挨拶の時点で気に入らないような顔をしていたので、気に食わなかったのでしょう。</p><p><br>あまりにも腹がたったので派遣会社にも報告しそれ以来、工場内作業はしないと決めています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825845517.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jan 2024 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>なんでも忘れてしまう社員</title>
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<![CDATA[ <p>私はとある不動産会社で事務員として働いています。<br>私の場所は事務員しかいない所謂経理や総務の仕事を一気に引き受けている部署です。<br>そこそこの規模にも関わらず常に人手不足の状況で残業は当たり前のブラック企業です。<br>残業代金はみなしになっているためほぼ支給されません。</p><p><br>そんな中、その人手不足解消のため、とある部署から移動してきた人がいます。<br>なんでも営業部署から移されたらしく、移されてきた理由が事務作業が得意だから、というものでした。<br>ニコニコと愛想の良いその人は、なぜか上席者から謎の評価を得ていて、異動してきてすぐにその部署でも重要な仕事を任される事になりました。</p><p><br>実はその仕事を前にしていた人が、妊娠して出産のために休むことになったため、誰もその仕事をできる人がいなくなったのです。<br>なにしろ責任重大な仕事のため、薄給のブラック企業では誰もやりたがらない仕事です。<br>実を言うと、産休社員の前は私がその仕事を担っていたのですが、時短勤務中のため、どうしてもその仕事はできない…という事になっていました。<br>そのため、その新しくきた人のサポートいうかたちで私も一応任命されたのですが、ここが地獄の始まりでした。</p><p><br>これは勝手な予想なのですが、おそらくその人はなにかの障がいがあると思います。<br>一度言った事を次の日に忘れてしまう。<br>話しかけられるとどれだけ急ぎの仕事があったとしてもそちらに気を取られてついつい忘れてしまう。<br>2つ以上のことを頼むと最初に言ったことを忘れてしまう。<br>など、あげだすとキリがないのですが、とにかく仕事が出来ない。<br>上記のような有様なので、サポートの私の仕事が増えに増えて、時短勤務中なのにも関わらず、終電で帰る事になる日も出てくる始末です。</p><p><br>それなのに他に仕事をやれるような気概ある社員もおらず、しばらくはこのまま続きそうな日々を思うと、どうしても退職の文字がチラつきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825845156.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jan 2024 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>真面目な人が損をする</title>
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<![CDATA[ <p>介護士として今の職場(通所リハビリ施設)で10年以上勤務しています。<br>私は自分で言うのもなんですが、どちらかと言えば真面目な性格です。<br>その為、仕事を頼まれた場合、嫌だと愚痴をこぼしたりすることもなく、頼まれた仕事をこなしていきました。<br>介護福祉士以外に、社会福祉士の資格も持っていた為、一時期介護の業務と相談業務も兼務していました。<br>自分としては、今の職場にかなり貢献してきたつもりです。</p><p><br>しかし、私の部署はスタッフ数も15名以下なのですが、他のスタッフは、よく利用者様のことで愚痴を言ったり、仕事に対しても「面倒。嫌だ。」など思ったことを言う人が多いです。<br>みんな愚痴を言い合って、それで話が盛り上がっているのが、私としては嫌だと思っていたのですが、その話題に入っていかない私の方が、スタッフの中で浮いてしまっており、何で真面目に頑張っているのに…とモヤモヤした気持ちを抱えながら仕事をしていました。<br>真面目に仕事をしている自分よりも、愚痴を言ったり冗談を言って盛り上がって、話の輪の中に入れる人の方が、職場での人間関係が上手くいっており、真面目な人の方が損するのかな、と悩みました。<br>その為、仕事を辞めたい！という気持ちが強くなり、本気で転職を考えていました。</p><p><br>しかし、結婚と出産を機に、正社員からパート勤務に変えてもらいました。<br>今は育児で毎日がバタバタとしている為、職場の人間関係について悩む暇はなくなりました。<br>今でも他のスタッフに対して思うところはありますが、子供の体調不良で急に休んでも、皆さんフォローして下さるので、なんだかんだで恵まれた職場だと思って、もうしばらくは今の職場で頑張ろうかな、と思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825748295.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jan 2024 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>仕事を辞めるか悩んだ時の決定打</title>
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<![CDATA[ <p>高校生時代飲食店でアルバイトをしていました。</p><p><br>将来やりたい仕事もなかった為卒業後そのまま契約社員になったのですが、アルバイトとの違いを考えずに契約社員になってしまったことを後悔しました。<br>アルバイトは時給だったので働いた分だけお金になったのですが、契約社員は１ヶ月分の給料が決まっていて、いくら沢山働いても変わりません。<br>残業もつけていいとは言われていましたが、他の社員は残業をつけておらずサービス残業。暗黙の了解のような感じでした。<br>そしてアルバイトの欠勤が出れば穴埋めはほぼ社員。<br>休みの日も誰かから欠勤の連絡が来るのではないかとドキドキしていました。<br>それでも長年アルバイトをしていたこともあり会社からは評価して頂き学生時代よりは全然いいお給料をもらっていました。</p><p><br>しかし、大学を卒業して入ってきた新卒正社員の方たちとの給料の差に愕然としてしまいました。<br>やる仕事は同じでも正社員と契約社員はこうも違うのかと。<br>高卒の私は正社員にはなれないことは承知で契約社員になったのですが、やはり悔しい気持ちが出てきてしまいました。<br>それでも仕事は楽しく仲間も大勢いるこの職場が大好きで続けていこうと思っていましたが、辞める決意をする出来事がふたつありました。</p><p><br>一つ目は、会社の業績が上がりボーナスが支給されることになった時です。<br>正社員には30万円以上のボーナスを支給し、契約社員とアルバイトは一律1万円。<br>頑張っても正社員には敵わないんだと痛感しました。<br>&nbsp;</p><p>二つ目は、その頃開催された同窓会に参加した際に周りの友人たちがやりたい仕事に就いていたり、やりたい仕事に就くために勉強をしている姿を見て、自分は楽な方に進んだだけなんだと感じたことです。<br>就活をめんどくさがりアルバイトの延長をしていただけなんだと。<br>アルバイトから長く仕事を続けて偉いと言ってもらえても、キラキラした友人たちを見ていたら虚しくなってしまいました。</p><p><br>このまま文句を言いながら仕事をするのは会社にも申し訳ないと感じ、退職を決意しました。<br>そしてその一年後、転職先が見つかりました。<br>これまでと全く別の業種ですが、興味を持ったところから勉強を始め、就職後も勉強を続けています。<br>もちろん前の職場にも感謝していますが、思い切って退職して良かったと思えるほど今もやりがいを感じています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825748035.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jan 2024 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>結果は出して評価？はされるも重労働化　～社畜の誕生～</title>
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<![CDATA[ <p>老人デイサービスで管理者として就職しました。できて5年程の施設でした。<br>私は5人目の管理者だそうで単純計算で1年毎に交代しているという、今思えば少しブラック臭のする職場でした。<br>原因はすぐにわかりました。社長夫人が癇癪持ち。これまで主婦業がメインで経営は殆ど分からない方で口に出すことは営業成績と清掃に関すること。<br>成績が悪かったり掃除ができていないと会議で大声で吊るし上げます。これに嫌気がさして皆辞めていくのです。なんだかビッｇ、いやいや何でもありません。<br><br>少し骨が折れるかも、と思いましたが地味にコツコツやっていこうと思いました。<br>まずはユーザーを増やすために営業活動、ユーザー家族も含め満足度を上げるための様々なサービスの施行、現場職員のモチベーションアップのための食事会、悩み相談などなど色々と時間を割きました。<br>逆に言うとそれらが一切できていなかったということになります。まあ、できていたとしても志半ばであったかと思われます。そりゃあ1年毎に管理者が変わってたら自分の色出せんわな。<br>幸い私の場合は早いうちに結果が出て売り上げは上昇。5年後には就職当時に比べ2倍以上の売り上げを達成することができました。社長からは優秀扱いされたようで、感情をぶつけられること等はありませんでした。<br>その間、他部署の社員たちは吊るし上げに遭いコロコロ人が変わっていきました。就職当時の先輩社員は一人も残っていませんでした。<br><br>しかし徐々に不都合が生じてきます。管理者だけという業務がやがて介護の現場兼務となり、相談員や事務、送迎の上、退職した他部署の管理者の業務も兼任するような状況に陥っていきました。ただでさえ少なかった自分の時間が極少になり、もはやプライベートがない状況。<br>人を入れても癇癪砲を受けてすぐに辞めていってしまいます。<br>あらゆる人から頼られる、という一見すると幸せそうな状況ではありましたが流石にプレッシャーが強すぎました。<br>そしてある日、気が付きました。<br>「俺、何のために仕事をしているんだろう」と。<br>悩んでも答えが出てきません。まさしく虚無。分からなかったので社長に同じことを伺いました。<br>社長「ん、会社のためでしょ。当たり前。売り上げもっと伸ばしてね、あと私のデスク掃除しといてね」<br>私「は、はあ（ダメだコイツ）」<br>心の糸がプツーンと切れる音がしました。<br><br>1か月後、そこには元気に失業保険を申請する私の姿が！</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825575583.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jan 2024 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>教員は仕事の多さがあり得ない！</title>
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<![CDATA[ <p>私は5年間、公立高校で教諭を勤めていました。<br>特に3年目、2年生の担任をしていた年が一番辛かったです。<br><br>2年目から、「私は話すこと、特に人前で話すこと自体がどうしても好きじゃないんだ」と気づき、辞めようかなとは感じていました。<br>しかしその翌年があまりにもキツく、よく乗り切ったなと自分でも思います。<br><br>ざっと挙げても、次のような仕事、苦労がありました。<br><br>①授業<br>3年目だと、まだ授業もそこまで上手くありません。生徒から、他のベテランの先生と比較されることも。<br>受け持ったクラスに、そもそも勉強に意欲的でない子が何人もいただけでなく、悪いことに午後イチの時間に多く当たっていました。<br>寝てしまう子が多く、クラスの士気も下がっていたように思います。<br><br>②担任<br>授業準備も大変なのに、担任業務も降りかかります。<br>夏休みは、全員と三者面談。<br>2年生は文化祭、体育祭、修学旅行などメインとなる行事が多く、そのたびに会計処理やら手続きやらに追われていました。<br>修学旅行は楽しかったですが、やはり担任である以上楽しいだけとはいかないなと感じました。<br><br>③部活動の役員<br>なり手がいないという理由で、高校文化部連盟県支部の役員（会計担当）になりました。<br>自校の顧問をするのすら、休日がなくなり大変です。<br>それだけならまだ頑張れる気もしますが、県すべての学校を取りまとめ、年度末には膨大な会計資料作成。<br>必要なのはわかりますが、どうしてこんなことまで教員がやるんだろうと、一番途方に暮れた仕事でした。<br><br>④組合の会計担当<br>組合に入っている以上、いずれはやらなければならないものですが、自分が一番忙しい年に選出されてしまいました。<br><br>とにかく色々なことが重なってしまい、毎日苦しかったです。<br>若手のうちこそ授業準備に時間がかかるし、担任である以上生徒ともたくさん向き合ってあげたい。<br>それなのに全然違う業務が多すぎるのが、非常にストレスでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825573762.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jan 2024 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>頑張った自分へのご褒美のつもりか？</title>
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<![CDATA[ <p>私は以前、地元の観光地にある高級旅館で働いておりました。</p><p><br>経営者の家族が代々営んでおり、規模はそれほど大きくはないのですが、ある程度歴史があり立地も良かったので、地元ではそこそこ有名な人気旅館でした。<br>ただ、社長とその息子(当時30代)が典型的なおぼっちゃまで、やりたい放題。<br>従業員支払う給料は安いのに生活はまあまあ派手。</p><p>自家用車の洗車やタイヤ交換、自宅の掃除、飲み会の送り迎えなど、通常の業務の他にも私たちはやることがたくさんありました。中には「使用人みたいだね」なんて言う人も。</p><p><br>そんな日々が何年か続いたある日、あの東日本大震災が起きました。<br>私の住んでいる場所は関東地方なので、幸いにも直接的な被害はそれほどでもありませんでしたが、宿泊のキャンセルが相次ぎ、しばらくは開店休業の状態でした。</p><p><br>ゴールデンウィークあたりから少しづつ観光客も来るようになり、夏になるころには通常の業務にもどりつつあったある日、事件は起こりました。<br>震災後、ただでさえ少なかった給料も減らされ、みんなで頑張ってようやくここまで来た。<br>そして、夏のボーナス・・・。</p><p><br>２万円！<br>&nbsp;</p><p>別にこれは良いのです。震災で売り上げもなかったわけですから。逆に頂けただけで感謝です。<br>私は思いました「さすがに経営者家族の皆さまも、今回は大きなダメージを受けて心を入れ換えたのだな。よし！俺もこれから頑張っていこう！自分のために、そして会社のために」</p><p><br>数日後。<br>社長と社長の息子の高級車２台が納車されました。</p><p><br>「何か違う、やっぱり何か違う。この感じは俺だけか？」<br>&nbsp;</p><p>こんなことを自問自答しながら、気づいたら社長に辞職の意思を伝えていました。<br>ただ、これからやってくる秋の繁忙期に人手が足りないのはまずいので、紅葉が終わる頃、落ち葉が舞い散る季節に私は会社を去りました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825556709.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jan 2024 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>カレールーとご飯の闘い</title>
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<![CDATA[ <p>山陽道路のパーキングエリアの飲食店で働いていた時の事です。</p><p><br>とにかく朝早くから忙しくて下ごしらえの準備から接客までフル回転でした。<br>メニューも定食や単品もあり、注文もさまざまで覚えるのに必死でした。<br>従業員は店長以外は皆さん親切で丁寧に教えて頂けました。<br>店長は最初から出来て当たり前主義で教えてもらってない内容でもわからなかったり、戸惑っていたらきつく叱られました。<br>いや、聞いてないし！教えてもらってないし！と思いながらも我慢して謝って心の中で負けるものかと自分に言い聞かせながら働きました。<br>カレーライスも大盛り、中盛、小盛りとありルーの量ではなくてご飯の量で分かれていました。<br>ご飯の分量も測るのではなく、目分量です。</p><p><br>カレーライスの注文を他のパートが受け、私が作る配置にいた時のことです。<br>カレーライスの中盛入りました！と声が厨房に届きました。<br>私はレシピの写真を確認しながら目分量でご飯を中盛分皿に入れ、ルーをかけようとしたその時です。<br>店長が側に来てご飯の量が多い！と注意を受けました。<br>謝って少し減らしたら、それは小盛りの量だと怒鳴られました。<br>泣きそうになりましたが、グッと堪えてまた少しだけご飯をたしてルーをかけました。<br>そんなに細かく言うならきっちり量を測るようにして分量を決めたらいいのにと思いました。</p><p><br>翌日、またカレーライスの注文が入りました。<br>前回はルーをご飯の横に流し入れたので同じようにしてカウンターに置きました。<br>するとまた店長が側に来て、ルーはご飯の上にかけなさいと叱られました。<br>昨日は横に流し入れましたけどと反論すると今日は上にかける日なんだと言われました。<br>何を根拠にどんな決まりでそうするのかさっぱり理解出来ませんでした。<br>それからは、カレーライスの注文が入る度にドキドキして気がおかしくなりそうだったので<br>ひたすら洗い物ばかりしてました。<br>店長が出勤してる日は辞めたい気持ちでいっぱいでした。</p><p><br>いまだにカレーライスを作る度にあの時の怒りがよみがえります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825556453.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Jan 2024 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>電話対応なのに声が出にくくなってしまい仕事が辛くなった</title>
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<![CDATA[ <p>正直私は仕事が好きではなかったので常に辞めることができるのであれば辞めたかったです。<br>しかし、私は障害者であり、障害者を短時間だけ週に数回だけ雇ってくれる一般企業がなかなかなかったので、辞めることはできませんでした。<br>辞めたら他の仕事を探すことが大変になると思ったからです。<br><br>私は身体障害者ですが、普通の人のように体力がないので本当に5時間の勤務でもしんどかったです。<br>最初は4時間勤務だったのに人手が足りず5時間勤務に増やされてしまい、ますます辛くなって来ました。<br><br>仕事内容はコールセンターでお客様サポートセンターの電話応対の仕事だったのですが、何年も働いているのに仕事がなかなか覚えることができず苦労しましたものです。<br>後から入った人たちはみんな覚えるのも早いのにどうして自分ばかりがと悩みました。<br><br>基本的にやめたくなるのはいつもでしたが、決定的な出来事があります。<br>突然声が出にくくなってしまったことです。<br><br>自分ではどうして声が出ないのか分かりません。<br>今まで普通に話すことができていたのに、「お電話うありがとうございます」の最初の「お」が出にくくなっていたり、日数を重ねて行くうちに私の声はだんだん出にくくなるばかりです。<br><br>職場の人たちは「ちゃんと声出てるし話せてるじゃん」と言われて真面目に聞いてくれる人はいませんでした。<br>そんな中でも一人の上司だけは理解をしてくれたのが嬉しかったです。<br><br>その後私は辞めたら仕事探しが大変になるので休職をしたのですが、結局よくなることはありませんでした。<br>そもそも、私は想像よりも早く仕事復帰をしまったのです。<br>仕事をしていないのが不安だったからです。<br><br>結局全くよくなることはなく、仕事中にクレームを浴びせられても泣かない私が声が出ないことが辛くて泣くようになり最後は結局やめることにしました。<br>ちなみに10年以上経過しますが今もまだ治っていません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/light-0090/entry-12825555820.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Dec 2023 19:00:00 +0900</pubDate>
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